長くなったのでチューリップ団長編はもう一話続きそう。
活動報告にちょっとした質問があるので、目を通してくださると幸いです。
「はぁ、コミフェスの夜でも仕事とか、団長業はツラいよ~、と」
姉妹との食事を終えたチューリップ団長は、リリィウッドに置かれている騎士団支部へと向かって夜道を歩いていた。
「早く戦利品をゆっくり見たいってのに、今日は支部に缶詰めかなぁ」
彼は脳裏にたまっている書類の山を思い浮かべ、溜息を吐いた。
その時である。
「お、おい!!」
「はい?」
魔法街灯が夜道を薄暗く照らす先にて、見覚えのない男が立っていた。
「あ、あんた、レッドチューリップさんとこの団長だろ!!」
「……ああ、はい、なるほど、分かりました。
うちの姉さんがご迷惑を掛けたんですね。その件に関しては明日に騎士団支部にお越しくだされば……」
「ち、ちがぁう!!!」
慣れた対応で事務的に答えようとした彼だったが、その男は血走った目で叫んだ。
「お、お、俺はあの人に振り向いてもらう為に前の彼女を捨てたんだぞ!!
なのに、なのにあの人は急に俺を見向きもしなくなって!!」
「そう言うところがダメだったのでは?」
柔和な表情で、チューリップ団長は毒を吐いた。
男は更に金切り声を挙げた。
「お、お前が、お前が居なければ、彼女も目を覚ますはずだ!!」
そう言って男はナイフを取り出した。
「まあまあ、落ち着きましょうよ。
後日そちらの元彼女さんの所にも伺って事情を説明いたしますから」
などと、穏便な対応をするのだが、男は問答無用にナイフを振り上げ彼に襲いかかってきた!!
「死ねえぇぇ!!!」
男の凶刃がチューリップ団長に迫った瞬間だった。
「あ、がぁ!!」
男のナイフが弾け飛んだ。遅れて銃声が響く。
その男は手に受けた衝撃で体勢を崩したが、続く衝撃によって昏倒した。
衝撃の正体は、狙撃だった。
「……こういうのは久しぶりだなぁ」
暢気な声音で彼はそう呟くと、片手を上げた。
「魔女狩り隊、集合」
彼がそう告げると、無数の足音が四方八方から迫ってくる。
そして総勢二十名ほどの黒い影が、彼の周囲に跪いた。
この部隊はチューリップ団長直属の護衛である。
彼女らは四姉妹に偏見のない、抱けもしない、主に貴族の屋敷で飼われていた花騎士の奴隷などを安く買い上げ、訓練を施し、規律を徹底させた忠実な駒だ。
「君たちさ、なにやってるわけ?」
チューリップ団長は、先ほど四人に向けていた表情とは打って変わって不機嫌そうにそう言った。
「君たちはさプロでしょ?
お金貰って仕事してるんでしょ?
どうして漏れが出た。報告しろ、今すぐにだ」
彼は報告しろと言ったが、報告しようがないことを報告できるわけも無い。
弁明をして鬱憤を晴らさせろと言っているのだ、彼は。
「はっ。恐れながら我らの護衛は万全でした。
レッドチューリップさまはこのような男と睦事を交わした記録はありません」
「君らが見逃したかもしれないかもだろ?
姉さんたちはいつも俺らの目を出し抜こうと機会を窺ってるんだからね」
全くもう、と溜息を吐いて彼は首を振った。
彼女らの主な任務は団長護衛、そして四姉妹(主に上二人)が問題を起こさないよう陰ながら監視することだった。
この部隊の存在は彼女たちも当然知っている為、無益なチキンレースが繰り広げられている。
「とりあえず、これの情報集めて、これの言ってたことが本当ならちゃんと筋通さないとさ」
自分に襲いかかってきた男を足蹴にしながら、彼は部下たちに言った。
「三時間で身辺を洗え。俺は仕事して待ってるから。
いいか、リリィウッドの平和はお前たちの双肩に掛かってるんだからな?
俺もこんなこと言いたくないけど、今回は刃傷沙汰になりかけたんだ。
失敗したら分かってるな? 食堂のランチのデザート、三週間抜きだからな」
「そ、それだけはご勘弁を!!」
「なんでもしますから、許してください!!」
「つべこべ言わずにさっさと解散しろ!!」
涙目になっている彼女らを散らすと、彼は仕事へ向かうため歩き出す。
「俺、こんなことするために団長になったわけじゃないんだけどなぁ」
彼は空を見上げる。
夏の夜空の星々は奇麗だった。
彼が団長になると四姉妹に宣言する、少し前になる。
彼は悩んでいた。
異郷の地にて受けた恩をどのようにして返すか、である。
故郷では二流大学の学生に過ぎなかった彼は、いかな不条理か化け物と化した虫が徘徊するこの地へと一人来ていた。
特別優れた資質があったわけでも、勇者として害虫と戦う使命を与えられたわけでもなく、ただこの地に放り出されただけの彼は自分を拾ってくれた四姉妹に恩返しをしたかった。
そうして思いついたのが、騎士団長となって彼女らの理解者になることだった。
とはいえ、お金があるわけでもなくコネが有るわけでもない彼は、すぐにそれが不可能だと断じた。
診療所の経営は火の車。
学費をねん出する余裕なんて皆無だった。
いつまでも彼女らの世話になるわけにはいかないという、男としての矜持とプライドが彼を焦らせていた。
だからだろう、突然降って湧いた話に彼が乗ったのは。
それは四姉妹が騎士団を除籍された数日後のことだった。
いつものように買い出しに出かけていた彼は、見知らぬ紳士に声を掛けられた。
その紳士は彼に診療所に寝泊まりしている男か、と尋ねてきた。
彼はハイと頷くと、その紳士は
何でも、その紳士は花騎士の管理に携わる元老院の評議員のひとりだという。
彼はあの四姉妹がどこの騎士団からも異動を拒否された為、困っているのだと語った。
その紳士の話を受け、彼も危機感を覚えた。
なにせ、国からの報奨が主な収入源なあの診療所だ。
どこの騎士団にも所属できなかったら干上がるのは目に見えていた。
その紳士にしても、花騎士の管理の為にどこかしらの騎士団に所属してくれないと困るため、彼を探していたのだという。
なんで俺を、と疑問に思った彼に紳士は言った。
君が騎士団長になり騎士団を創設しないか、と。
最初はこんな都合のいい話があるわけがない、と疑った彼だが、その紳士は士官学校に彼を案内すると顔パスで校長の部屋まで直行。
校長からも、君のような有望な若者が我が校に来てくれるととても嬉しい、と両手で握手までされた。
懸念事項だった学費その他諸々も多くを免除、残りは出世払いで良いと言われ、出自が不確かだと言うと、昨今故郷が滅ぼされてそういう人間は少なくないから気にしなくていいと言われた。
紳士は四人に相談してからでもいいと言ったが、彼はその場でその話を受けた。
美味い話には裏がある、当然この話にも裏が有ったのだが、彼の快諾に紳士は涙して喜んだ。
とんとん拍子で入学準備が進み、入学試験前日になってようやく彼はそのことを四人に打ち明けた。
先に言っても反対されるのは目に見えていたし、驚かせたかったというのもあったのだろう。
当然ながら、ホワイトチューリップは大反対した。
他の姉妹三人が滅多に見ないほど怒って、それはもう周りが驚くほどに。
「それがあなたの未来ならば是非も無いわ」
と、パープルチューリップは反対せず。
「どうせあんたに騎士団長が務まるわけないじゃない」
と、イエローチューリップは無理であろうと高をくくり。
「頑張って男を磨いてくるのよ」
と、レッドチューリップは賛成した。
彼の数時間にも
騎士団と言えば剣を持って戦うのをイメージしていた彼だったが、現実は大きく異なった。
体力を付ける為の訓練は毎日、それこそかなりキツイレベルで存在したが、武芸の授業はそこまで重視されていなかった。
基本的に害虫に対抗できるのは花騎士だけである為、最低限さまになる程度あれば十分だったのである。
騎士団長の中にはそこそこの花騎士に匹敵する武勇の持ち主も居ると言うが、実際に剣を握った彼にしてみれば信じられない思いであった。
伝統が重視されるリリィウッドの、歴史などの授業は彼にこの世界の様々な背景や常識などを知るには良い場所だった。
数学も元学生の彼にとって難しいものでは無かったし、女ばかりのこの世界で男所帯というのも一周回って新鮮だった。
学友は数人しか居なかったが、誰もが共に切磋琢磨する仲だったし、いけ好かない貴族の嫡男も居たが最終的にはお互いを認め合ったりした。
そんな世界観的にらしからぬ青春を謳歌し、彼は士官学校を半年掛けてそこそこの成績で卒業した。
半年で卒業と言うのはかなり異例らしく、学友たちは訝しがっていたが、それでも彼の卒業を祝ってくれた。
そうして士官学校の寮を引き上げ、女王から貸与された騎士団長の証を手に診療所に帰った彼だったがここでようやく現実を知る羽目になる。
「姉さんたち、ただいま!!」
意気揚々と帰ってきたが、反応はなかった。
いつもは暇している四人の返事がなかったのだ。
驚かせたかった為に帰る日を知らせなかったのだが、それでも何かあったのかと首を傾げ、病室の方へ探しに行った時だった。
艶めかしい女性の声が聞こえたのは。
「赤姉さん? どうし……」
彼が病室の中を確認すると、そこにはベッドの上で見知らぬ男と絡み合っているレッドチューリップが居た。
「あ、おかえり、帰ってきてたのね」
素っ裸で情交の最中だというのに、何でもない風に彼女がそう言うので、ウンタダイマ、と片言で返事して彼はその場をそっと後にした。
その後、彼は診療所の前で頭を抱えて
そんなこんながあったが、彼も団長としての初任務がやってきた。
任務の場所は新人騎士団長の初任務先として恒例のフォス街道だった。
予定調和の如く彼の立ち上げた騎士団に配属されたチューリップ四姉妹は准騎士時代を思い返して懐かしがっていたが、彼はガチガチだった。
初の実戦に、緊張しすぎて彼の元に配属された新米の花騎士たちに心配されるほどであった。
適当に辺りを散策し、出てくる害虫をハエ叩きか何かのように潰していく四姉妹と新米花騎士たち。
新米であろうともこの辺りの探索は慣れたものである。
この程度のことは准騎士時代に幾らでもやっているからだ。
とりあえずノルマの分は終わりそうだと思っていると、巨大な影が騎士団の前に立ちふさがった。
その正体は、カマキリ型害虫カマキーリだった。
それを見た全員は、なんだこいつか、という表情になった。
見た目こそ大きいが、動きは鈍重で、花騎士の練習相手にもされるほどの雑魚だった。
一人前の花騎士だったら苦戦もしないような相手だったが、その巨体を見た瞬間に、彼はこちらに初めて来た時の恐怖がぶり返したのだ。
「団長、どうしたんですか?」
「困ったわね、立ったまま気絶しているわ」
「情けない……」
その後、カマキーリは新米花騎士たちによって難なく撃破されたのだった。
「う、ううーん、ここは……」
彼が目を覚ますと、見知った天井が有った。
「ここって、診療所か」
「そうよ、初めての実戦で緊張して気絶しちゃったみたいね」
そう言って顔を出したのはレッドチューリップだった。
「ああ、赤姉さんが看病してくれたのか。
せっかく騎士団長になれたのに、情けないなぁ」
「気にすることないわよ。最初はみんなあんな感じだから」
「そうなのかな……うん?」
その時、彼はごそごそという音が気になりそちらに目を向けた。
「赤姉さん、なんで服脱いでるわけ?」
「ちょっとベッドに寝てるあなたを見てたらムラムラしちゃって。
慰めてあげるからそのままでいてね」
「ちょ、待ってって!! 姉さんみたいな肉感的な女性は確かに好みだけどさ、姉さん相手にはそういう気は起きないんだって!!」
「大丈夫よ、天井の染みを数えているだけでいいわ」
ぺろり、と唇をなめるレッドチューリップ。
その目は肉食獣、否、食虫植物のだった。この場合は食人かもしれないが。
身の危険を感じた彼はベッド脇に備え付けられたハンドベルを手に取り、盛大に鳴らした。
「はいはい、どうかしましたかー、って、姉さん何してるの!?」
「白姉さん助けて!!」
間一髪のところで、彼はホワイトチューリップによって助け出された。
話はこれで終わりとはいかず、直後に家族会議が開かれる運びとなった。
「もう、姉さんはどうかしてます!!
この人はもう家族みたいなもんじゃないですか、身内に手を出すなんて節操無さすぎです!!」
「うう、うう、白姉さん、怖かった、怖かったよぉ」
二十歳を超えた男がこうやって女性に泣きついているのだから、彼の恐怖はもしかしたら害虫の時より上だったかもしれない。
「そうですよ、せめて合意は得るべきです。
女性不信になったらどうするのですか」
「悪かったってばぁ、気の迷い、一時の気の迷いよ」
号泣している彼を見て、流石に悪いと思ったのかレッドチューリップも気まずそうだった。
「これに懲りたら、少しは男遊びを控えてくださいね!!」
「えっ、流石にそれはちょっと。
ほら、彼も言ってたじゃない、私は好きなように生きろって、私はそうしてるだけよ」
「まるで反省していない……」
「ねえ、私調合に戻っていい?」
まとまりのない姉妹だった。
初戦こそ大失態を演じたが、それ以降彼の団長としての活動はそつのないものだった。
だが、ある時彼の元にとんでもない報告がやってきた。
「は、はぁ!?
黄姉さんが勝手に未検証の薬を使用した花騎士の父親が貴族で、激怒して訴えてやるだって!!」
「なんでも副作用が出たとかで……」
「……」
「団長、どうしましたか?」
「……」
「き、気絶してる!?」
そんなこんなで後日彼はその貴族に謝りに行く羽目になった。
その日の夜、二度目の家族会議が開かれた。
「黄姉さん、ちゃんと説明してよね」
「いやだってあれはね、あそこであの薬使わなかったら絶対に死んでたわよあの子」
「ほかにも処置の仕方はあったでしょって言ってるんだよ!!」
貴族相手に相当怖い思いをしたらしく、彼は声を荒げて怒鳴り散らした。
「そりゃあ、そうだけど、その方が手っ取り早かったし。
まぁ、こういうこともあるわよ。副作用も無事取り除いたんだしさ」
と、イエローチューリップは悪びれる様子も無くそう言った。
「あ、大丈夫ですか!?」
彼は眩暈で倒れそうになったところ、ホワイトチューリップに支えられた。
彼は分かってしまっていた。
あの紳士が涙を流すほど喜んでいた訳を。
この国家レベルの問題児たちの責任を押し付ける場所がほしかったのだ。
ひと月も同じ屋根の下で過ごせるのなら大丈夫だろう、と。
それは大きな間違いだったのだ。
それまでの彼は所謂、患者だった。
改めて身内になった以上、遠慮なんて無くなった、それだけのことである。
そもそも、スプリングガーデンで魔女とは畏れられつつも敬われる存在なのだ。
常識を知った彼は自分の所がいかに異常なのか思い知った。
同じリリィウッドに医院を構える医師のところにも、敵情視察ではないが行ってみたところ客足が途絶えるなんてことはなかったのである。
つまり、輪にかけて酷いのだ、ここは。
「……赤姉さん、あれから何度か騎士団宛に苦情が来ているんだけど」
「ごめんなさいね、私の中の情熱を抑えきれなくって」
「つまり、どうあってもやめないと、そう言うことだね?」
彼は持ち直すと、淀んだ瞳で二人を見据えた。
「それなら俺にも考えがあるよ」
彼はそう言うと、ふらふらと自室へと戻っていった。
「……姉さんたちは彼の中に眠る魔物を呼び覚ましてしまったようね」
大きく荒れる予感を、パープルチューリップは感じていた。