申請は受理されました。
次に登場する頃には元気な姿を見せてくれるでしょう。
「今日からよろしくお願いします」
ハナモモ団長は目の前の男に礼儀正しくお辞儀をした。
「うん、よろしくね。
いやぁ、少し見ないうちに男を上げたね。リンゴ団長のシゴキはきつかっただろう?」
チューリップ団長は同僚相手だからか、優しげにそう言った。
ここはリリィウッドの多国籍遊撃騎士団支部にあるオフィスの一角だった。
今日からハナモモ団長の研修が始まるということで、彼はチューリップ団長の元へと挨拶にやってきていた。
「はい、とても厳しく指導していただきました」
「まあ怖がらないであげてね、彼には彼の信念があるから。
まあ、俺の時もすっごく厳しくどやされたんだけどさ」
と、チューリップ団長はからからと笑った。
「でも年も離れているのにお友達なんですよね」
「女性の好みは合わないけどね。まあ、だからこそなのかもしれないけど。
とりあえず、俺は彼のように出来ないなら切り捨てるようなことはしないよ。
出来る仕事だけを割り振るし、給料もそれ相応になるだけさ」
「つまり、実力主義ってことですか?」
ハナモモ団長はそう質問を投げかける。
「ちょっと違うかな。
俺はね、努力は才能だと思ってる。どれだけ努力できるかも才能のうちで、それによる伸びしろは言わずもがな。
俺は凡人だから、自分や他人の成長や向上心を当てにしないことにしているんだ」
それはある意味、リンゴ団長の方針より残酷なことだと、ハナモモ団長は思った。
彼は全く、他人を信用していないのと同義だからだ。
機械のように、組織の歯車であることのみを望んでいるのだから。
「まあ、僕ら団長のやる事なんて大部分が事務仕事。
団長なんてたいそうな名前だけど、役場の上級事務員みたいなものさ。
とりあえず、このリストにある書類をナズナ団長から貰ってきてくれない?」
「はい!!」
ハナモモ団長は頷いて、チューリップ団長のオフィスから去った。
「えーと、ここかな」
ハナモモ団長は支部内にあるナズナ団長の執務室の前に来ていた。
ブロッサムヒル出身のナズナ団長は国からの任務を担当している。
その為、提出しなければならない報告書の類も多い。
「失礼します、チューリップ団長からの遣いできました」
そう言って彼はドアをノックすると、ドア越しでも分かるほど澄んだ男性の声が聞こえた。
「え……」
ドアを開けて、ハナモモ団長は硬直した。
部屋の中が余りにも煩雑としていて、足の踏み場も無いほど書類や物で溢れていたからだ。
「あの、ナズナ団長、これって……」
ハナモモ団長は引きつった表情で言うと、気にするな、とナズナ団長は言った。
そして彼は、用件は何だと問うてきた。
「あ、はい、これなんですけど……期限が超過している書類のリストらしいです。
今日中に、出来れば可及的速やかに提出するようにと伺っています」
ハナモモ団長が書類のリストを差し出す。
それを受け取ったナズナ団長は、何やらそわそわし始めた。
「どうしたんですか?」
不審に思って問うと、ナズナ団長は心当たりのない書類がある、と言った。
「そんな!? どれですか!!」
慌ててハナモモ団長がリストを覗き込むと、彼はリストの中を幾つか指さした。
中には、緊急、と赤ペンで丸されている物もあった。
「ちょっとこれ、不味くないですか?
これって至急国に報告するやつじゃ……」
すると、頼む探すのを手伝ってくれ、とナズナ団長は手を合わせて頼み込んできた。
ハナモモ団長の視線は、床の散乱した書類や物に向けられた。
「とりあえず、救援を呼んできます」
彼は基本に立ち返って、執務室から逃げ出した。
すぐさま、彼は訓練中の花騎士たちに助けを求めた。
そして、これはという頼もしい花騎士たちを引き連れ、ナズナ団長の元へと戻ってきた。
「うわ、これは酷いね……」
これは無二の掃除好きとして知られるアネモネの一言である。
「これは……」
アイリスは室内の有様に絶句した。
「またこんなに散らかして……」
タチバナは怒り心頭の様子だった。
頼む、助けてくれ、と低頭してナズナ団長は彼女らに頼み込む。
数十人の花騎士を束ねる大団長とは思えぬ情けなさだった。
「とりあえず、役割分担を致しましょう。
私とタチバナさんは書類を分別、アネモネさんと団長さん達は要るものと要らない物を分別してください」
アイリスがズレたメガネを直し、指示を飛ばす。
他の二人も、団長たちも粛々と行動に移した。
全ての掃除が終了し、ハナモモ団長が書類の束を持って帰るのは二時間後のことだった。
「おや、意外に早かったね」
ハナモモ団長が書類を持ってくると、何食わぬ顔でチューリップ団長はそう言った。
「……すごく大変だったんですけど」
「そう言わないでって。
こういうのって団長にしかできない仕事だろ?」
心底疲れた様子のハナモモ団長に対して、彼は飄々とした態度を崩さない。
「まあ、今日は良いところに連れてってやるからさ」
な? と笑いかけてくる彼に、ハナモモ団長は口を結んで黙り込んだ。
そのまま事務仕事などを教わりつつ、夕方になるとチューリップ団長は彼を連れて支部から目的地へと向かう。
「あの、ここって入って大丈夫なんですか?」
二人がやってきたのは、リリィウッド内に存在する貴族御用達の高級サロンだった。
一般庶民が入ろうものなら、やんわりと追い返されることだろう。
「大丈夫だって、一応騎士だって一代限りの貴族身分だろ」
「そりゃあそうですけど」
チューリップ団長に連れられ、高級サロンの中に入ると、中はハナモモ団長が見たことも無いような豪華な調度品で溢れかえっていた。
「どうぞ、ようこうそいらっしゃいました」
「どうもー」
身綺麗な店員たちの横を顔パスで通り過ぎるチューリップ団長。
ハナモモ団長は離れずに付いて行くだけで目が回りそうだった。
これでは将来、活躍が評価されて晩餐会にでも招待された日にはどうなってしまうのだろうか。
内装もそうだが、過ぎ去る人々が皆、煌びやかな服装を纏って談笑しているのだ。
殆ど私服に近い二人は、悪目立ちしていた。
その事実だけで、ハナモモ団長の胃はきりきりと締め上げられるような思いだった。
「やあ、久しぶり」
「お、珍しいなお前が顔を出すなんて」
奥の席までやってくると、チューリップ団長は数人の男たちが座る席へ近づいた。
「そこのちっこいのは?」
「新人だよ、俺の所の後輩で面倒見てる」
「へぇ、じゃあ新たな騎士団長に一杯奢らせてくれよ」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
二人は席に着くと、ハナモモ団長は横の席に問いかけた。
「あの、これはどういう集まりなんですか?」
「ああ、ここは俺の騎士学校時代の同期だよ。
当然みんな、騎士団長だ。君も良くしてもらえよ」
チューリップ団長はそう答えた。
「あ、そうなんですか……」
「新人ってことは、まだ一部隊ぐらいしか人数居ないのか?」
「懐かしいねぇ、俺のところも昔はそうだった」
「丁度、一番楽しい時期だもんなぁ、羨ましいぜ」
と、彼らは口々に話しかけてくる。
男子校のノリに付いて行けず、ハナモモ団長はこくこくと頷くだけだった。
「なぁなぁ、補佐官の子との馴れ初めとか教えろよ」
「そうだそうだ、どんな子なんだ?」
「とりあえずキスぐらいはしたんだろう?」
「えーと、そう言う関係じゃないんで」
彼がそう言うと、周囲の団長連中は信じられないといった表情になった。
「嘘だろ、お前補佐官の子に手を出してないのかよ」
「まあ、とりあえず馴れ初めだ。言え言え」
「あ、はい……」
周囲からせっつかれて、ハナモモ団長は口を開く。
「仕官学校のオリエンテーションに、近くの森に知り合いの花騎士を連れて課題を達成してくるっていうの有るじゃないですか」
「ああ、あったあった」
「懐かしいなぁ」
「こいつ、あの四姉妹連れてきて周囲をドン引きさせてたよな!!」
「一人で良いなんて知らなかったんだよ」
「一人でも大概だっての!!」
ぎゃはははは、と酔った男たちは笑い声をあげた。
チューリップ団長も酒の席の笑い話として流していた。
「それでですね、僕は遠くから来たもので困っていたら、モモさんって花騎士が偶々通りかかった僕に卒業したら補佐官にして経験を積ませてほしいってことで紹介してくれたんですよ」
「ほうほう、珍しいタイプだな」
「俺は幼馴染だったな。押しかけ女房同然だったぜ。
そのまま押し切られてこれだけどな。もっと遊べばよかったぜ」
結婚指輪を見せつける団長の一人は満更でもなさそうにそう言った。
「お前ん所の嫁はしっかりしてるから良いだろ。
聞いたぜ、お前南方の砦を任されるようになるんだって?
大出世じゃねーか!! 基地の司令官様よー」
「いやぁ、うちの嫁って後方指揮とか得意でさ、あれよあれよと言う間にこれだ。
俺の仕事と言えば、うんうん、そうだそうだ、それはそっちが悪いとか言って書類にサインするだけだもんな。
でも町から遠いから、出世と言ってもあんまり嬉しくないな。あんまり遊べなくなる」
「贅沢言いやがってよー!! 将来は安泰じゃねーか」
「だが南方辺りと言うと、最近害虫どもが活性化しているらしいじゃないか。
調査の依頼を頼むよ、司令官様」
「
「いえーい!!」
と、周囲は煽って出世頭に奢らせていた。
「ちゃんと情報交換とかしているんですねぇ」
「まあ、死活問題だからな」
何だかんだで彼らも団長なのだろう。
皆が部下の命を預かってる身なのだ。
「っけ、何が司令官だ、へんッ。
嫁の尻に敷かれてるだけじゃないか」
すると、この中で一番身なりが良く、一人だけ会話に参加せずに酒を飲んでる団長がくだをまいた。
見るからに深酒をしていて、かなり酔っている様子だった。
「荒れるなよ、お前の気持ちは分かるって」
「あんだと、自分の気持ちがどうわかるってぇ!!」
彼は声を張り上げ激昂したが、すぐに消沈して酒をちびちびと飲み始めた。
「お前たち庶民出身にはわからんだろう。
将来の為に箔を付ける為に騎士団長となったら、実家から親父の騎士団長時代の花騎士が復帰して送り込まれてくるなんて。
知りたくも無かった……初恋の相手だったうちのメイド長が元花騎士で、親父の愛人だったなんて……」
うわぁ、と口には出さなかったがハナモモ団長は心底彼に同情した。
「親父の跡を継いで議員になるのは良い。
自分は貴族だ、将来の自由なんてない。だけどな、だけどな!!
自分の身くらい自分で立てたいと思って何が悪い。
騎士団長など通過点に過ぎないが、それでも、自分は国の為に自ら貢献したかったのだ!!
なのに、なのに、うぐ、うううぅ」
「よしよし、泣くな泣くな」
「初恋なんてそんなもんだよ」
「そもそも、身を立てるのに騎士団長は間違いだったんじゃないのか?
女性に尻に敷かれてナンボだろう、この職業は」
「うるさいやい!!」
そんな感じで、騒がしい面々であった。
「皆さん、いつもこうやって飲んでいるんですか?」
意外と鋭いハナモモ団長は、ふとした疑問をそう口にした。
常識人だが空気の読めない彼は、団長たちがいつもこうして集まって酒を飲んでいると考えられなかったのだ。
だというのにチューリップ団長は特に約束した風も無く、この場所にやってきた。
「んなわけあるか……」
男泣きしていた貴族の団長は、袖で涙を拭うと、先ほどより更に意気消沈して吐き捨てた。
それだけで酒宴の雰囲気が、変わって見えた。
「同期の一人がな、戦死したんだよ」
「小さな村ひとつを救援が来るまで最後まで守って、自分も剣を取って戦って、名誉の戦死だったそうだ」
「バカな奴だよ、ひ弱で成績も悪くて、斬れもしない剣で前に出て。
臆病でまともな戦果も挙げられないような奴だった」
「だが、羨ましいよな。俺も最期はそうしたいもんだ」
団長たちは口々にそう言った。
その雰囲気は決して暗くは無かったが、喪に服しているのだけはどことなく感じられた。
「羨ましいって、そんな」
「騎士団ってのはある程度人員が揃ってくると、団長ってのは後ろで指示するだけになるんだよ。
ま、当たり前だよな。指揮官が死んじまったら元も子もねぇし」
「そりゃあ部下たちの戦果は俺たちの戦果だけどよ、男なら直接武勲を立てたいってもんだろう?
部隊を複数に分けて、それぞれの頭となる花騎士を決めて、俺らがその上に立つってなると無茶の一つもさせて貰えない。
それはそれで寂しいもんだ」
名誉を得る為に戦いで身を立てたい、実のところハナモモ団長にはよく分からない感情だった。
当然だった、彼はただ出稼ぎに来ただけなのだから。
「ああくそ、こんなことなら貸した3000ゴールド取り立てときゃよかったよ」
「諦めろよ、死後の国まで取り立てには行けまい」
「あいつのことだ、今頃死後の国の守りでも務めていることだろう。
俺たちは奴が助けを求めて来るようになるほど、奴の所にクソ害虫どもを送り込んでやるだけだ」
「おいおい、俺があっち行ったら手加減してくれよ」
あっはっはっはっは、と笑って酒を注ぎ合う団長たち。
二人は数杯だけ付き合い、高級サロンを後にした。
「名誉って、そんなに大事なんでしょうか」
あまり名誉と言う概念からは縁遠い環境で育ったハナモモ団長は、帰り道の道中にぽつりとそう呟いた。
「まあ、死後の財産みたいなもんなんだろうね。
お金以外に家族に遺しておけるモノ、俺はそう考えている」
チューリップ団長はそう答えた。
だからこそ、リンゴ団長のいっそ脅迫的なまでの規律違反者の対応に効果があるのだろうが。
「キンギョソウ団長の部隊ってさ、やたら身分の高い人が多いと思わない?」
「……言われてみれば」
ハナモモ団長の脳裏に、高貴な血族の花騎士たちの名前や顔が浮かんでは消えていく。
「彼の部隊ってさ、重要度は高いが危険度はあまり高くない任務を主にしてるんだよ。
調査任務担当ってのはそういうことなんだ。
とは言え実際大事な仕事だし、全く危険なわけじゃないけどね。
あ、このことは機密だから言ったらダメだよ。それを知ったら彼女らは怒るだろうし」
「……」
ハナモモ団長も、それを知った誇り高い花騎士たちの怒りようは想像できた。
あくまで認識レベルでのことだろうが、特別扱いを嫌う彼女らは抗議するだろう。
とは言え、死んでもらっても困るという層の人間は確かに存在するのだ。
偶々死角からやってきた流れ弾が、偶々無防備な急所に飛来し、偶々助ける余裕が無い状況で、運悪く死ぬ。
戦場ではそう言うことが珍しくないのだ。
それが次期女王の最期とかであったら、笑い話にもならない。
「常に矢面に立って味方を鼓舞し、矢継ぎ早の指揮を持って手足の如く味方を操る。
リンゴ団長の凄さと馬鹿らしさはそこだよ。
あれを真似しようとしちゃダメだよ、被弾の危険性のある場所で常に指揮するなんて総力戦でもあるまいし。
同期たちは羨ましがるかもだけど、あの人どこか頭のネジ逝っちゃってるからなぁ」
と、チューリップ団長は貶すように語るが、その言葉は羨望の裏返しでもあった。
「君はどう思うかな?」
「……僕もあそこまでは無理ですけど、害虫根絶の為に戦いたいとは思っています」
「なるほどね」
チューリップ団長は腕を組んで頷いた。
「君はリンゴ団長よりなんだね。俺やキンギョソウ団長のように安定志向でもなく、ナズナ団長のようにバランス寄りでもない。
そして同期たちの話に関心を持った様子も無かった。
名誉に興味は無く、君は出稼ぎだって言ってたけど、そう言うタイプにも見えない。
――――君の本当の目的は害虫をぶっ殺す戦力を得ることなんだろう?」
彼の分析に、思わずハナモモ団長は足を止めた。
「まあ、君の故郷のことを考えれば、それも止む無しだろうけど」
「……僕のこと、調べたんですか?」
「身内は徹底的に調べないと安心できない性質でね。
でも君については苦労した方だよ。俺としてもちょっと信じられない調査結果だったけど。
……君がうちに来たのは天の采配だったのかもね」
くるり、とチューリップ団長は振り返って笑みを向ける。
「あんな場所でも、僕の故郷なんですよ」
ハナモモ団長は、俯いて拳をギュッと握りしめていた。
「君からしたら、俺はとんだ大馬鹿者なんだろうね」
「どうしてですか?」
「君が心底望むだろうモノを、投げ打ってここにいるからだ」
「なら、リンゴ団長のこと言えないじゃないですか」
「違いないね!!」
けらけら、とチューリップ団長は笑った。
「明日、良い物を見せてやるよ」
別れ際にそう言った彼は、悪戯を仕込んだ子供のような表情だった。
登場人物の大半が男の花騎士二次小説があるらしい(二度目
思ったより長くなったから切ったらそうなった。
次回もハナモモ団長回です。チューリップ団長回でもあります。
あれ、女の子・・・。ま、私が書きたいから書いてるんだし(震え声