まだ書き足りないことがあるので、それは次回ですかね。
あと、また大変なことになりました。詳しくはあとがきで。
リリィウッドに存在する意思決定機関、元老院の起源はまだ人類が害虫と戦う以前、即ち千年以上前から存在している。
スプリングガーデンにおいて人類レベルで最古の組織であるが、つまりこれは害虫と戦うことを想定されていなかった機関とも言える。
交渉や外交などで時間を稼げる人間と戦ってきた頃の名残もあるのだろう。
流石に当時からすれば色々な変化があったのだろうが、臨機応変とは程遠い現状を見れば劇的な変化があったわけではないのは分かるだろう。
少なくともチューリップ団長が「平安貴族が某異星起源種と戦ってるみたいなもの」と現状を揶揄するくらいには現在の戦況と噛み合ってはいなかった。
その原因の一つとして、元老院所属の花騎士プロテアはこう考えを仲間たちに話した。
「これまで元老院は自分たちと現場で戦う花騎士を血筋などで分けてきた。
それは軍人は現場で、政治家は議会でと専門化してたからなの。
私自身、花騎士の家系の人間だしね」
だからこそ、彼女は思う。
自分はこの伝統と言うしがらみに縛られる元老院に、一石を投じる人間になろう、と。
花騎士たちも現場の焦燥を後方に伝えてくれる貴重な人物として、彼女に期待しており、その姿勢から国民の人気は高かった。
そんな彼女であったが、お世辞にも同じ元老院メンバーから認められているとは言い難かった。
最年少の議員である彼女と、次に若い議員の年の差が四十歳以上あると言えば、ひ孫くらいの新参の小娘など侮られない方がおかしい。
「おお、プロテアお嬢ちゃんや。
悪いがこの資料を資料室に運んでおいてくれぬかのぉ」
と、元老院の議事堂にやってきたプロテアに、声を掛ける人物がいた。
御年90、議員歴五十年以上の大ベテランの大人物、人呼んで元老院の長老と呼ばれている御老人だった。
「あ、分かりました。私が持ち運びますね」
杖を突いた老人から嫌な顔をせずに資料の束を受け取るプロテア。
「うむうむ、若い者はそうでなくてはな。
全く、うちの孫にも見習わせたいもんじゃわい」
と、好々爺のように笑うこの老爺は、しかし決して彼女に優しく当たる人物ではない。
プロテアにことあるごとに雑用を押し付けていくのである。
とは言え彼女も目上の、しかも杖を突いた大先輩からの頼みを断ることはできずに様々な頼みごとを引き受けていた。
その様は同じ議員と言うより秘書か何かみたいである。
元老院の職員は主に貴族やその子弟などで構成されている。
血筋が重視されるこの場所で、本来ならば立ち入る事すら難しい傍系の花騎士の家の人間に過ぎないプロテアは議員と言う立場でもそこらの職員より立場が悪い。
そして、特にどこかの派閥に居るとか、強力な後ろ盾とかがない彼女は、雑用を押し付けるには気兼ねの無い相手であるとも言える。
彼女に頼まなければ、仕事の優先度的に散々たらい回しにされた挙句、資料が紛失しているなんてことも珍しくない。
資料の移動ひとつでこの有様である。貴族社会の面倒臭さでもある。
そのあたりを、プロテアはこの場所に来て早々に思い知らされた。
そしてそれだけ元老院において彼女のやる事がないことを示していた。
今日の議会も、とっくの昔に重要な事は話し終えていることだろう。
それでもプロテアは、重要じゃない案件でも物事を少しでも良くしようと発言することを止めない。
それで議会が長引くのを嫌がられ、半ば除け者にされていると理解していながら。
「そうそう、プロテアお嬢ちゃん」
「はい? どうかしましたか?」
早速資料室に資料を届けようとしたプロテアを、長老は呼び止める。
「それを届けたら、すぐに議場に来なさい」
と、彼は言った。
彼女は議員なので議場に行くのは当然のことなのだが、プロテアはその意味を理解した。
道中で何か頼まれても、それを断り最優先で議場に来い、そう言われたのだ。
「わかりました」
プロテアは彼の視線から何かを感じ、軽く一礼をしてその場を離れた。
彼女は議場にたどり着くまで、雑用を頼んでくる議員や職員に丁重に断りを入れながら進んで行った。
「元老院のメンバーが、水運ギルドの不正を指示した!?」
議場で待ち受けていた議員たちの言葉に、プロテアは驚愕を隠せなかった。
「まさか、それは本当ですか?」
「その可能性がある、というだけだ。
それが本当かどうか調べてほしい」
その議員の言葉に、プロテアは信じられないと首を振った。
伝統に縛られ、面倒なしらがみに
「しかし、私にそれを調べる当ては……」
「これは先ほど議会で決まったことです、プロテア殿」
「水運ギルドはリリィウッドでも由緒正しき伝統あるギルド。
この不正で更に落ち目になっては困る」
「場合によっては援助の検討もせねばなるまいしな」
「不正が指示された場合、その親族にも配慮も考えねばな」
「そして、そろそろ貴殿もこの場の空気にも慣れたことだろうから、簡単な議員の仕事というものをしっかりやっていくべきであろうという我々の配慮なのです」
「その後の対応も考えねばならぬ。伝統と栄誉ある元老院議員が不正など有ってはならぬ。ですな、議長?」
「うむ」
議員たちの言葉に、議長も軽く頷く。
実際のところ、これは嫌がらせでも何でもない真っ当な仕事だった。
ただ単に、政治家としてのイロハもろくにない小娘に押し付けられたというだけで。
「……わかりました、謹んでお引き受けします」
本来なら自浄作用がしっかり働いていることを喜ぶべきところだったが、プロテアの内心は不安に満ちていた。
§§§
「どうしたのプロテアちゃん、そんな顔しちゃって」
議事堂から出てきた浮かない表情のプロテアに、彼女の護衛の花騎士リカステは声を掛けた。
ちなみに、同じ護衛のオトメギキョウは風邪で寝込み不在で、それがキリンソウにもうつったらしい。彼女は仕事が大事だと表面は大丈夫そうにしているが、喉をやられたらしく声が出ないようだ。パートナーのイブキが彼女を心配そうに見ている。
二人の不調は、大人の事情である。読者の皆様には察して貰いたい。
「実は、議会から仕事を任されちゃったの」
「え、いつもの雑用とかじゃなくて?」
先日膨大な資料の提出をしろという雑用を手伝わされた記憶を脳裏に蘇らせながらリカステは言った。
「良かったじゃない、あの人たちから少しは認められたってことでしょう?」
あれでも元老院議員の連中は建国当時の賢人たちの末裔である。政治家であると言う点を除けば、素晴らしい叡智の持ち主たちである、筈だ……。
妹分の成長を喜んでいるリカステだったが、当人はどうしたものかと首を捻っている。
「そうかもしれないけれど、任された仕事の内容がね」
そう言って、こと細かくプロテアは仕事の内容を伝えた。
「信頼できる者だけで、元老院の人間の不正があるかどうか見つけろってこと?」
それを聞いたリカステも、傍で控えているキリンソウも眉を顰めた。
他の議員ならいざ知らず、プロテアには無理難題だと悟ったのだ。
そしてそれは、彼女自身も自覚していることだった。
彼女は国民から人望や人気こそあるが、他の貴族から疎まれていると言っても良い。
伝統が重視されるこのリリィウッドでは、彼女の家格で元老院議員になったことを貴族たちはよく思ってはいない。
彼女が元老院副議長に前任者の後継者に指名された時、元老院議員の大多数が反対したことでもそれが窺える。
プロテアが元老院議員をしているのはそれだけ奇跡のような幸運、いや、不幸と不運の連続だったのだ。
信頼できる貴族など、居るはずもない。
数少ない支援者になると言ってくれた貴族の誘いを、立場を利用されるくらいならば、と断ったほどだ。
実際、誰か支援者が付いていたとしても、その人物の傀儡になるのは透けて見えていた。
「……ぃ……」
「え、キリンソウさん、何です?
………期限は、ですか? 七日です」
それを聞いたキリンソウは、自分たちの仕事は遅いくせに随分と急かすんだな、という表情になった。
事実、彼女に任された仕事と言うのは専門性が高く、それを得意とする人物でなければ難しいものだった。
それを七日でやれと言う、どう考えても笑い者にする為にこんな仕事をやらせるとしか、彼女は思えなかった。
「うーん、こうなったらあれね、彼を頼りましょう。確かこの国に居たはず」
「彼って、誰のこと?」
「花騎士が頼る相手なんて、騎士団長以外居ないでしょう?」
リカステは不安そうなプロテアのそれを拭い去ろうとするように笑みを返した。
§§§
リリィウッド騎士団支部、多国籍遊撃騎士団の本拠点。
プロテア一行は突然の訪問にも関わらず、快くナズナ団長の元へと通された。
「先日振りです団長さん。光華祭ではお世話になりました。
突然の訪問にもかかわらず機会を設けていただき感謝いたします」
プロテアが彼にそう言うと、ナズナ団長も柔和な笑みで礼を返した。
「私は団長さんの補佐官をしてます、ナズナと申します。
プロテア様のお噂はかねがね」
「ありがとうございます」
丁寧に腰を折るナズナにも一礼するプロテア。
「それで、元老院の方であるプロテア様が私たちに一体どのようなご用件でしょうか?」
ナズナが早速要件を尋ねた。
「ええと、それが……」
プロテアが口籠ると、ナズナ団長は何かを察し、ナズナに目配せした。
彼女も何かを察したらしく、目配せを受けて無言で部屋から退出した。
「御無礼をお許しください、実は……」
プロテアは自分に押し付けられた仕事の内容をナズナ団長に話した。
なるほど、と話を聞いた彼は頷いた。
そして彼は、同僚にチューリップ団長という男が居る、この建物のこの場所に居るから、ここで受付をして会うと良い、彼ほどこのリリィウッドに関して信頼できる仕事をする人間はいない、等々詳しく説明しだした。
「分かりました、いろいろありがとうございます」
彼の言葉の端々から、チューリップ団長に対する信頼を感じられたので、プロテアは安心してナズナ団長に頭を下げた。
気にするな、と何でもない風にそう言うナズナ団長だった。
そうしてナズナ団長の執務室から受付に移動したプロテア一行は、チューリップ団長に会いたいと伝言してもらい、待合室で待つことなった。
「チューリップ団長って、あのチューリップ団長よね?」
「うん、そうだと思うわ」
チューリップ団長やらナズナ団長やらはこの多国籍遊撃騎士団のみで通じる通称だが、彼に限ってはそうではなかった。
リリィウッド町内でよく放送を行う彼の声を知らないという人間は居ない。
町の治安維持に力を入れ、数多の催しを主催し、様々な下らない騒ぎで新聞を賑わす。
悪名高き魔女四姉妹の元に下宿し、地下で夜な夜な怪しげな研究をしているという、知名度だけならこのリリィウッドで指折りの人物だった。
民間レベルとはいえ、その民間レベルでも伝統に縛られるこのリリィウッドで新しいことを次々と行えているというのは、プロテアにとっては羨望に近いモノがあった。
「キリンソウさん?」
キリンソウはどこか落ち着かない様子で周囲をきょろきょろしていた。
彼女は両手で双眼鏡を持って見る仕草をした後、二人と自分を指差した。
「……監視されているってこと?」
リカステの言葉に、彼女は頷いた。
その言葉に疑念を持つ前に、応接室の扉が開いた。
「失礼します、団長は現在予定が立て込んでまして……」
「あ、そうですか。では後日改めてお伺いしますとお伝えください」
団長の部下らしき女性が非常に申し訳なさそうに一行にそう言った為、プロテアは席から立ち上がって一礼した。
「時間が無いのに……」
「仕方ないわよ、また明日来ましょう」
そうして三人は日を改めてやってきたのだったが。
「申し訳ございません。
団長は急用で外部へと赴いておりまして」
何だか見ている方が申し訳なくなるほど恐縮した様子で昨日の女性がそう対応した。
「ではまた明日に改めて参りますので、ご予定は有りますでしょうか?」
「いえ、予定などは有りませんが……」
「ではよろしくお伝えください」
一行は騎士団長であるし、こういうこともあるのだろうと納得して帰ったのだが。
翌日。
「本当に、本当に申し訳ございません。
探したのですが団長の姿が見えず……」
いっそ哀れなほどぺこぺこと頭を下げる彼女に、一行も困り果てていた。
流石にここまで露骨に避けられていて、それに気づかないほど彼女たちも愚かではなかった。
仕事の期限ももうすぐ半分になる。
これ以上彼に掛かりきりになってもリスク管理的に割に合わない。
「ねぇプロテアちゃん、もうこうなったら予言の力に頼ってもいいんじゃないかな?」
それは、そう言ったリカステにして最後の手段にしたかったと表情が物語っていた。
「この力に頼りすぎるのは危険だけれど……」
プロテアには、近い未来を予言する力がある。
予言とは言うが、呪いに近いその性質故に彼女はあまり頼ろうとは思えないのだ。
「議員の皆さんに失望されるよりは……」
それは苦渋の選択だった。
これで己の未来に彼らから笑われる姿が映ったのなら、それを受け入れる覚悟で彼女は予知を試みた。
そして、彼女は観た。
己がどこかの部屋の中で、騎士装束の男性と二人で何かを話している姿を。
「二人とも、図書館に行こう」
五里霧中の状況で、預言者が名乗り出て人々を導くかのごとく、プロテアは未来の指針を指し示した。
その後、彼女らは図書館でプロテアが予知で見た騎士装束の人物がチューリップ団長であるのかと新聞のバックナンバーなどで確認することとなった。
「間違いない、この人です。
近い未来、私はこの人と話していました」
彼が受けたインタビューに似顔絵が載せられており、それを見たプロテアはそう断言した。
「困ったわね。向こうに避けられてるっていうのに、こっちはどうしても会わないといけない訳なのね」
プロテアの予知は、未来が見える代わりにそれを変えてはいけないという状況的制約が伴う。
それを破れば、未来を変えた反動で何が起こるか分からないのだ。
逆説的に、手をこまねいて予知した未来に辿りつかないのならば、どうにかしてそれを実現せねばならないということになる。
「大丈夫、プロテアちゃん?」
「うん……」
それを確認し終えて、未来を見たという行為に伴う疲労がプロテアにやってきた。
「とりあえず、やるべきことはハッキリしたわ」
それであなたはどうするのだ、と言いたげなキリンソウに、プロテアはそう言った。
「ねえ、もう一度あの団長さんに頼ってみない?
私たちがダメでも、彼に呼び出してもらうとかやり様は有るはずだし」
「……うん、そうだね」
そうして一行は本拠点へと再び足を運ぶこととなった。
§§§
「おや、これはプロテア殿ではないか、会えて嬉しいぞ」
「あ、カサブランカ様。こちらこそ、先日振りです」
プロテア一行は受け付け前でカサブランカに遭遇した。
「先日の光華祭では個人的に交流を持ちたいと言っておいて結局ごたごたがあってお流れになってしまって残念に思っていたところだ」
「いいえ、お気になさらないでください」
「そうか、ではヤマユリ」
「はい」
カサブランカは背後に控えていたヤマユリに目を向けると、彼女は既にメモ帳に連絡先をしたためていた。
「何かあったら気兼ねなく相談してくれ」
「ありがとうございます。あの、では早速で悪いんですが……」
プロテアは連絡先を受け取ると、恐縮そうに目的を告げた。
「なに、チューリップ団長に会いたいだと?
会おうと思えば会えるはずだぞ?」
「……どうやら避けられているようでして」
「ああ、なるほど……」
カサブランカには心当たりがあるのか、少々困り顏のプロテアに頷いて見せた。
「あの男は政治に携わるだろう人間を毛嫌いしている節がある。
奴が私を見る目は、お前みたいな小娘に何ができる、と口ほどにも語っているからな。
とは言え誠実に相対すれば無害な男だ。だがこの国で敵に回せば奴以上に恐ろしい者は居ない。
貴公もこの国で執政を行う者として心するが良い」
「わかりました。
それでは、カサブランカ様の口添えでも会うことはできないと」
「いや、あれは情に弱いタイプの人間だ。
借りのある人間からの紹介状が有れば逃げはすまい。
そうだな、うちの部隊の団長やナズナのところの団長の分もあれば確実か。
私から彼らに紹介状を書くように一筆書いておこう」
「お気遣い、ありがとうござます」
「気にするな。顔も見ずに女を袖にするなぞ、同じ女として許せぬからな」
カサブランカは冗談っぽくそう言って、団長たちへのメモ書きを渡した。
「ああ、そうだ、私が籍を置いている部隊の団長だがな。
言動に気を取られ、あまり気を許さぬことだ。あれは必要ならば血を見ることに躊躇いの無い男だろうからな」
去り際に、そんな言葉を彼女は残した。
「くくく、栄光を掲げる者よ、よくぞ我が眼前へと参られた。
我こそ咢を開く龍を従えし、百花繚乱の長である」
プロテア達は、キンギョソウ団長の執務室に入って開口一番にそう名乗られ、ぽかんとなった。
「ああ、この人のトンチキな名乗りは気にしないで。
私は花騎士のキンギョソウだよ。こっちはうちの部隊の団長さん。
あなたがプロテア様だよね? あなたのことはこの国ではよく聞くよ」
「ええ、ありがとうございます。
私がプロテアです、同じ花騎士としてよろしくお願いします」
そう言って彼女が握手を求めると、キンギョソウも快く応じた。
二人が手を握ったその瞬間だった。
二人の脳裏に稲妻が走り、二人はお互いのことを理解した。
「あ、あなた、もしかして……」
「まさか、プロテア様もそうだっていうの……」
お互いに眩暈を覚えて、膝を突く。
プロテアは仲間に支えられ、キンギョソウは顔を抑えて彼女を見る。
「キンギョソウ……来たか、ついにこちら側へ!!」
「違うからね!! 単に私とプロテア様が似た力を持ってたから、多分共鳴とか相互干渉とかしただけだからね!!」
「共鳴……!! 干渉!!」
「ああもう、逆効果だこれ!!」
実際傍から見ればどう見ても思春期特有の精神疾患を患った人間が歓喜する光景だった。
「なるほど、つまり貴殿は天命に導かれて我が元へとはせ参じた、と」
「うう、大体あっているのが悔しい……」
狂人の洞察力的な超絶理解で状況を察したキンギョソウ団長のしたり顔に、リカステは何だか敗北感に襲われていた。
「ふむ、つまり、貴殿は死色の魔王に挑むという
「ええと、とりあえずチューリップ団長さんに会えれば、と」
「案ずるな。我と奴の間には魂の契約が成されている。
この漆黒の魔力で契約書を綴れば、奴も召喚に応じるだろう!!」
「ごめんね、恥ずかしい人で」
「い、いいえ……」
羽ペンにインクを付けて紹介状を書き始めたキンギョソウ団長の姿を見て、彼の補佐官は申し訳なさそうに頭を下げた。
こうしてプロテア一行は紹介状を手に入れた。
「なんだか楽しそうだね、すごく悪い顔してるよ」
「分かるか、我が眷属よ?」
§§§
その後、プロテア達はナズナ団長にも紹介状を書いて貰い、それらを受付に提示して待合室で待っていると。
「あの、大変申し訳ないのですが、団長からの伝言です」
団長の部下はそのまま消え行ってしまいそうなほど申し訳なさそうにして、チューリップ団長の伝言を伝えた。
そしてそれを聞いた瞬間、キリンソウはダンと床を踏み鳴らし、激怒を示しながら立ち上がった。
こう言えば帰るだろう、と舐められているのだから当然だった。
「お、落ち着いてキリンソウさん」
「いや、だってこれは無いわよ。
私たちを置いてあっちの護衛だけで来いなんて、あなた達の暗殺を警戒してます、こっちは暗殺するかもだけど良いよね? って言ってるようなモノよ!!」
温厚なリカステも語調を強め、キツイ物言いをするくらいの対応だった。
「……ぃ……」
「明確な悪意を感じるから今日は引き返せって?
私も同じ意見よ。今日は一旦帰りましょう、キンギョソウ団長を通じて抗議を送れば明日にはあっちから詫びを入れに来るわ」
キリンソウの意を汲み、真剣にリカステはプロテアの身を案じてそう言った。
「……いえ、多分、あの瞬間はこの時だと思う。
それを変えてはいけないの、これは勘だけど、確信してる」
しかしプロテアは己の直感を信じることにした。
避けられているのは明白だが、少なくとも彼女には害意は感じなかった。
彼女とて修羅場をそれなりに潜り抜けている花騎士だ。危機的状況かそうではないかぐらいは分かる。
それに予知能力者の第六感というのは往々にして侮れないものだ。
二人は彼女の覚悟にため息をついた。
そしてキリンソウは、足元に居るパートナーを抱き上げると、彼女に託した。
魔力の体を持つイブキはその体を霧散させて、霊体となって彼女の肩に乗った。彼女は最低限、これ以上は譲らないと言った様相だった。
それを見ていた団長の部下にキリンソウは目くばせしたが、彼女はそっぽ向いて知らんぷりをした。
向こうの人望のほどが分かる対応だった。
プロテアがチューリップ団長と会って感じた印象は、事務的に見えない程度に用件を処理しよう、そう思っているように感じた。
彼女はその手の手合いは元老院で山ほど出会った。
それでいて嫌悪感を隠さない。隠そうともしない。
お前には何も期待しないし、好悪問わず関心を持ちたくも無い、自分の吸う空気の範囲に居ないでほしい。
彼の雰囲気がそう語っていた。
彼はカサブランカの言うとおりの人物だったが、それ以上でもあった。
彼は無言で、雰囲気で、無力な彼女を責めていた。
それが彼女にはたまらなく悲しかった。
用件をさっさと終わらせ、こちらと話をしたいと言った時は怪訝に感じたが、なんてことない。
要するに、どれだけ評価を落とすべきか精査していたのだ。
どのレベルで関わり合いにならないようにするか、判断する為に。
勿論プロテアは彼に熱意を持って多くを伝えた。
人類愛に満ちた、彼以外が聞けば胸を打たれるような聖女の如き高潔な意志を本心から語った。
それが、微塵も彼の心に響かないと、分かっていながら。
仕事は期日に提出すればいいが、プロテアの心の中は空虚だった。
嫌いとすら思いたくない、なぜ彼がそんな態度を取るのかわからなかったからだ。
いや、一つだけ明確なことがあった。
それは己の無力さだ。
何もできないくらいなら、花騎士だけで居る方がずっとマシだと彼は言っていた。
だが仮に、そうしたところでどうだろうか。
更なる失望を買うだけではないのか。少なくとも彼はそれで良かったんだよ、なんて言わないだろう。
何より、もう既に失ったものは取り戻せないのだから。
そうして彼の元から帰って、悶々とした時間を過ごしていた彼女に、転機はやってきた。
§§§
「まずは、突然の私との会談に応じてくれたことを感謝する」
キンギョソウ団長は、気取った片仮面を外し、深々と一礼した。
「いえ、お気になさらないでください。
しかし、彼のことで相談とはどのような事でしょうか」
プロテアはそう言って話を促した。
二人は深夜のリリィウッドの湖上を小舟の上で、それぞれ護衛を一人だけ伴って会っていた。
「その前に一つだけ聞かせてほしい。
貴殿が元老院議員に就任したのは貴殿の意思か?
貴殿は予知した未来に従い、その通りにならぬことを恐れて元老院へと入ったのか?」
彼のその言葉は、両者の護衛を務めるキリンソウとキンギョソウとの間の空気を張りつめさせるのに十分な物だった。
「少なくとも、元老院に入ったこと自体は私の意思です」
プロテアは彼から視線を逸らさず断言した。
その視線と言葉を受け、わかった、と彼は頷いた。
「それを聞いて安心した。
貴殿には見えるだろうか、この国の亡国の兆しを」
「亡国の兆し、ですか?」
「この国は千年以上続いている。
しかしそれは、この国の組織が優れているからではない」
現状、人類が害虫に対抗できているのは各国の意思が統一されているのが大きい。
「国と国との垣根を越えての助け合いの結果、リリィウッドは存続できている。
この大陸の中心であるこの国が害虫に敗れれば、各国は事実上の分断状態になるからな」
船で移動したりすることは可能だろうが、それでも限界はあるだろう。
少なくとも、各国の連携は粗雑になり、人類の滅亡の足音は間近になるはずだ。
「たとえこのままでもこう着状態は維持できるだろう。
だがそれは、先が有ると言えるのだろうか?」
「……」
「ナズナ団長は、偉業を成した。
あの巨大な害虫を抑制する手段を見つけたのだから。
チューリップ団長は、このままではこの国は時代に取り残されると言っていた」
「それはどういうことでしょうか?」
「彼の頭の中は私にもよく分からない。
だが危機感は伝わった。私は彼の愛国心を信じているからね」
キンギョソウ団長は、真剣な表情で彼女に訴える。
「それで、だ。貴殿が良ければだが、彼の部隊に転属するのはどうだろうか?」
「彼の部隊に、ですか?」
「ああ、彼の部隊は基本的にリリィウッド周辺を動かない。
貴殿が元老院議員であるのなら、その方が都合が良いだろう。
そして彼の手腕を間近で見て、学び、それを議会で生かすことができるのではないかね?」
「それは、確かに。
ですが、どうやら私はあの人に嫌われているようで……」
「ふむ……」
その不安そうなプロテアの言葉を聞いた団長は思案するように唸った。
「これは私の口から言っていいのか分からぬが、貴殿らの間には因縁があるのだ」
「因縁ですか? それは一体……」
「私の口から
取りつくしまも無く、彼はそう言いきった。
「だが、私が思うに、彼はいきなり誰かを嫌ったり
恐らくその因縁故に彼は負い目があるのだろう。
その結果、貴殿に嫌われようとしているのなら、何とも不器用な話だが」
「…………分かりました」
思考を巡らせ、考えに考えたプロテアは決断した。
「どうか、そちらでお世話にならせてください」
深く彼女は一礼してそう言った。
「任されよ」
キンギョソウ団長は口元に笑みが浮かびそうになるのを堪えながら頷いた。
この悪党め、と己の部下に背中をげしげし蹴られながら。
§§§
プロテアの転属は、瞬く間に新聞などでリリィウッド中に知れ渡った。
一気に彼女のファンを敵に回したチューリップ団長は、送られてきた数多の脅迫文に厳正な対応を指示し、正式に配属されたプロテアに向き直る。
「さて、プロテアさん。正式に俺の部下になったあなたに一言言いたい」
「はい、なんでしょう」
「君さ、政治家向いてないから辞めたら?」
「そうかもしれません。
ですが、この国を想う気持ちは団長さんと変わりません。
一緒にこの国を良くしましょう!! 差し当たっては、ですが」
団長の嫌味を軽く流しつつ、プロテアは大量の書類の束を取り出した。
「こちらがこの騎士団の視察を求める書簡で、こちらが元老院から団長さん当ての書類、こっちが……」
と、次々に書類の束を団長の机に置いていくプロテア。
「ふ、ふ、ふざけんなぁ!!」
膨大な仕事が増えた彼は、思わず叫んだ。
「私も一緒にやります、だから頑張りましょう!!」
「クビだ、俺の前から今から書類ごと消え失せろ!!」
「不当な解雇に対して断固として戦いますけど、よろしいですか?」
「上等だ、思い知らせてやる!!」
そして二人がまた新聞を賑わすことになるのだが、二人の関係はこのようにして始まったのだ。
とりあえず次回は「プロテア、視察する」って感じを予定中。
その後に、リンゴちゃんイン団長の話をやろうかと。
あと、前書きでほのめかした大変なことですがね、死に掛けました。
詳しくは省きますが、交通事故です。エアバックが発動して生き延びました。
車一台御釈迦ですよ。もう散々です。命だけ拾いました。なんでこの半年、私の人生波乱万丈なのかなぁ。