貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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「私は何も悪い事はしていない」

     ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作
        オペラ、ドン・ジョヴァンニより



色狂いの果てに

※R版での、前回のあらすじ

リンゴ団長の性衝動の歪さを身を持って知ったサクラは、このままでは破滅は時間の問題であると、彼を正す為に心を鬼にして行動に移すことを決めたのだった。

 

 

 

「そろそろ来る頃だと思ってたよ、サクラさん」

 チューリップ団長のオフィスに入ると、彼は両手に持った書類を交互に睨めっこしていた。

 

「と言うことは、やはりそういう事なんですねぇ」

「まあね。我が魔女狩り隊の対人部隊は姉さん達、プロテアさん、そしてリンゴ団長の動向を見守っているから。

 その原因は彼の行動もそうだけど、貴女が所属しているからってのもある」

「以前、私のファンに襲われたらしいですからね」

「うん。まああの人が素人に後れを取るとは思えないけど。万が一スキャンダルになるようなことになってもこっちで原稿揉み消すし。

 彼にはまだまだ害虫を殺してもらわないと困るからね。うちの重要な資金源だし」

「では、私がなぜここに来たかもお分かりですよね?」

「あなたの求めるものはアイリスさんが管理しているよ。だから彼女に頼めばいい」

「分かりました、ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ。俺の友達を頼みます」

 そう言って、深々と頭を下げる団長に一礼し、サクラは目的の人物の元へと向かった。

 

 

 

「…………」

 サクラはアイリスから手渡された資料の束のうちの一つに目を通し、険しい表情でそれを下した。

 この資料にはリンゴ団長のありとあらゆる情報が集められていた。

 

「どう感じましたか?」

「私の懸念は的中するだろうという確信、かしら」

「ええ、でしょうね」

 暑く狭い書類庫で、二人は書類棚に背を預けて向かい合う。

 

「私は現状その必要は無いと判断し、静観していました。

 彼を監視しているシルビア隊の部隊員の報告は私にも来るので」

「でもそれは危うい均衡で、いずれ真ん中から折れるものだわ」

「そうなる前に、私が手を打つ算段でした。

 サクラさん、貴女が汚れ役を引き受ける必要は有りませんよ。これは私の仕事ですから」

「何を言っているの、アイリスちゃん。

 貴女もまた、私たちの掛け替えののない仲間なのよ?」

 サクラのその真摯な言葉に、アイリスの瞳が揺れた。

 

「失礼します、柄にもなく動揺してしまいました」

 ハンカチで軽く目元を拭うと、アイリスは少しだけ微笑んだ。

 彼女は普段、リンゴ団長の部隊を陰から支える役割をしていた。

 補給や乗り物の手配は勿論、彼の不祥事の対応まで。

 所属する部隊も別で、肩を並べて戦うことなど無かったのだから、サクラにそのようなことを言われるとは全く思っていなかったのだ。

 

「痛みを伴いますよ。貴女のしようとすることは」

「わかってるわぁ。でも、誰かがやらなければならないことなのよ、きっと。

 だったら、やりたいと思う私がやるべきなのだわ」

「ならば、不肖ながら私もお供しましょう」

「ありがとうね、アイリスちゃん」

 

 

 

 §§§

 

 

 二週間後、ウインターローズ城下町。

 

「あれ、なんなのかなこの手紙」

 ポインセチアは自宅のポストに入っていた手紙に首を傾げる。

 消印は数日前、リリィウッドからだ。

 差出人は、多国籍遊撃騎士団。個人ではなく団体だった。

 

 中身を開けると、手紙には親愛なるポインセチア様から始める定型句から、季節の文言、そして本題へと内容が移っていく。

 

 内容は、一週間後に先日のジョルン湿地帯での戦いの戦勝祝いをするということと、急な連絡になったことに対する謝罪、不参加なら折り返しで手紙を送ってほしい旨が綴られていた。

 

「あ、ポインセチアの所にも来たんだ」

 お隣のホーリーも、ポインセチアと同じように自分の所にきた手紙を持っていた。

 

「戦勝祝いだって。私達この戦いに出てないよね」

「そうよね。それに一週間後だなんて、随分と急よね」

 不思議そうにしている二人だったが、手紙は名指しで二人を指名している。

 

「あ、これ」

 よく見てみると、封筒の奥にまだ何か入っていた。

 それは、リリィウッドで使える有効期限間近のデザート食べ放題の店の無料招待券だった。

 他にもさまざまな優待券が同梱されていた。ただし、使用期限は一週間後ばかりだ。

 

「…………」

「…………」

 二人は顔を見合わせる。

 

「私、団長にお休み貰ってくる」

「私も、私も!!」

 そうして役者は揃っていく。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 一週間後、リリィウッドにて開催される戦勝祝いのパーティ会場には、団長たちだけでなく数百もの花騎士が集っていた。

 もう既に主催者側の挨拶も終わり、各々好き好きに食事や飲み物を楽しんでいた。

 

「皆さ~ん、この後に行う二次会の幹事を務めるサクラです~」

 各人好きに楽しんでパーティも終盤に差し掛かった頃に、サクラがマイクを片手にそう言った。

 二次会なんて初耳の花騎士たちは、サクラが幹事を務めることもあってか嬉しそうな声を挙げたり、まだまだ飲み食いし足りない者も歓喜の声を挙げる。

 

「皆一緒に行きたいのはやまやまなのだけど、お店の関係上人数が限られてしまうの。

 そこで、厳正な抽選によってこちらで選ばせてもらいました~。

 呼ばれた子はこの後会場に残ってくださーい。この後用事があって席を外す場合は、私に言ってね~」

 そう前置きをして、サクラは名前を次々と呼び上げる。

 その名前の数々に、約一名嫌な予感を感じていた。

 

 当然、その人物とはリンゴ団長である。

 彼はこのあと二次会があって、サクラがその幹事をするなど知らなかったのに、横に座っている他の団長たちはあらかじめ知っていた風なのである。

 

「ちょっと俺、気分悪くなってきたんで帰るわ……」

「どこに行くんです? 団長さん」

 その何気ないサクラの言葉に、団長は全身の総毛が逆立ったのを感じた。

 

「は、計ったな、まさかお前らもグルか」

 椅子に座っている団長の背後にはサクラが位置取り、その両手は彼の肩に乗せられていた。

 もう絶対に逃がさないという構えだった。

 

「そう言うわけですんで、あとはサクラさんよろしくお願いします」

「成果は後で見せて貰おう」

「それじゃ、僕は帰りますんで」

 同僚たちはそう声を掛けて、次々と席を立つ。

 

 まさかリンゴ団長を逃がさない為だけにこんな大規模なパーティを仕組むなど、誰も思うまい。

 

 

「……団長さん、お久しぶり」

 そんな同僚たちを恨めし気に見ていると、聞き知った声に団長はぎぎぎと油が切れたブリキ人形みたいに正面を向いた。

 そこには漆黒の花騎士が佇んでいた。

 

「や、やぁ、トリカブトちゃん……お久しぶり」

「お久しぶり、団長……私、会いたかったよ」

「俺も上に極力会うなって言われてなければ会いたかったよ。

 君が元気そうで俺は何よりだ……」

 団長の肌がだらだらと脂汗が噴き出しているのを、間近にいるサクラは感じ取っていた。

 

「私も二次会、呼ばれたよ。二次会が終わったら、また一緒に会おうよ。

 団長も寂しかった? 私も寂しかったよ。だからいっぱい抱っこしてあげるから、団長もだっこしてね?」

「う、うむ」

 あまり感情の起伏を感じないこの少女は、しかし無垢なようで魔性だとサクラは感じた。

 甘えられたら逆らえないような、溺れるような愛と儚さがあった。

 

 こんな陰のある美少女は団長の好みだろうなぁ、なんてサクラは考えていると、二次会に呼ばれた花騎士たちだけがパーティ会場に残っていた。

 二次会に呼ばれない面々は面々で、勝手に場所を移してやるらしい。

 

「では皆さん、こちらにお集まりください」

 サクラが呼びかけると、五十人くらいの花騎士たちはぞろぞろと彼女の近くへと寄ってくる。

 

 ここで各々皆が顔を合わせることになるのだが、ここである程度の面々はこの場の面子の共通点に気付いた。

 何せ彼の部下は勢揃いしている。彼女らは大部分が顔見知りだったり、団長に近しい人物だと察したのである。

 

「えー、まず皆さんはここに集められたのは抽選の結果ではなく、ある基準を持ってなのです」

 アイリスがマイクをサクラから受け取ると、彼女は集まった面々にそう説明を始める。

 

「その基準とは――」

 サクラは後ろに掲げられた横幕に掛かれた『ジョルン戦線 祝勝会』の端を引っ張る。

 びりびり、と薄い表側の用紙が破け、後ろに隠されていた文字が露わになる。

 

 即ち、『リンゴ団長 被害者の会』と。

 

「彼の部下、そしてこの人と性的接触が疑われる、または直接的な行為に至ったと思われる人物となります」

 その説明に困惑を隠しきれない花騎士たちの様子に、団長は青い顔で俯くことしかできなかった。

 

 

 

 ……

 ………

 …………

 

 

「ど、どういうことなんですか、サクラさん!!」

 同じように真っ青な表情でリンゴが声を挙げる。

 彼女も当然何も知らされていなかったのだ。

 

「……私も説明して貰いたいぞ、サクラ。

 私は教官、いや団長殿とは清い関係だ。それはお前も知っているだろう?」

 ウメは彼女と皆の間に立って、そう言った。

 

「も、もしかして、この間のことを怒っていらっしゃるんですか!?」

「違うわ、リンゴちゃん。あのことを私は怒っていないのよ。

 でも、無関係とは言えないわね。それが行動を起こした理由ですもの」

「まず、そのあたりを説明すべきではないのか?」

 親友の冷静な言葉に、そうね、とサクラは頷いた。

 

「実は三週間近く前に、私は団長さんと肌を合わせる機会があったのだけれど」

「ちょっと待ってくれ、団長が、お前と、なのだな?」

「そう言っているわ」

 その言葉にウメは信じられないという様子だった。

 他の面々も驚きだったり悲鳴じみた奇声だったりを挙げている。

 

「ちょ、し、信じられない!!」

「団長さん、サクラさんに手を出したの!?」

「ロリコンだから大丈夫だって信じてたのに!!」

「最低!!」

 サクラの自称親衛隊のいつものモブ四人衆も、すさまじい形相で団長に詰め寄っていく。

 

「お願い、最後まで話を聞いて」

 だが、当のサクラはそれを予想していたらしく、彼を守るように立ちはだかった。

 ですけど!! と異口同音で声を発する仲良し四人を、彼女は真剣な面差しで見つめた。

 そうまでされては、彼女らも引き下がるしかない。

 

「私は、団長さんを知る機会だと思ったの。だから私は彼を受け入れたわ。

 そして肌身を持って、彼の危うさを知りました。

 これは糾弾でもなければ、断罪でもない。清算なのよ」

「だが処刑ではある。違うか?」

 一人離れたところの壁に背を預けるクロユリが、ニヒルにそう言った。

 

「クロユリ……貴女には断っておくべきだったわね」

「勝手にしろ。どちらにせよ私とその男の関係は終わっている(・・・・・・)

 そいつが身から出た錆びでナマクラになろうと知ったことではない。

 ……だが、廃品回収ぐらいはしてやるさ」

 彼女の言葉にサクラは頷く。彼女のことだけが憂いだった。

 

 

「ええでは、この場に集まったのは現在確認が取れている彼との関係があると思われる人物です。

 実際にそうなのかどうかは各々の胸の内に秘めてもらって構いません。

 数名の欠席者はございますが、関係を清算済みの人間を除けばこれで全員のはずです」

 アイリスがマイクを片手にそう言った。

 団長はちらりと皆を見渡すが、内心あの子が居ない事だけが救いだった。

 

「まず、皆さんにお伺いしたいのは、彼に法的な処罰を望むか否かです」

 そして初っ端からの質問に、皆に緊張が走った。

 

「ちょっと待ってください、こんなの間違っています!!

 こんな、皆の目の前で、つるし上げるみたいに!!」

「リンゴちゃん、聞いて」

 涙ながらに叫ぶリンゴの両肩にサクラは手を置いて二人は向き合う。

 

「あなたが団長さんに色々と相談に乗って、手を貸していたりしたのは知っているわ」

「そ、それは……」

「待ってくれ、リンゴちゃんは関係無いだろう!!」

 ここに来て初めて、団長は発言した。

 彼にとって事ここに至って守るべきは彼女の名誉だと思ったのだろう。

 

「リンゴちゃん、団長は度々あなたのことを天使だって言っていたわよね?

 私もそう思うわ。あなたは団長さんにとっての天使。

 あなたが居なければ、もっと早く破綻が来ていたはずだわ」

 サクラは団長の声など意に介さず、彼女に語りかける。

 

「でも、聞いて。確かにあなたのお蔭で団長さんは救われていたわ。

 だけど、それはより深みに嵌る結果になるだけだわ。

 あなたは確かに団長さんの天使であるのと同時に、――悪魔だったのよ」

 どす、とその言葉と同時に、リンゴはサクラの手から離れた。

 彼女がその場から崩れ落ちたからだ。

 

「わ、わだ、わだじ、は、そ、そんな、そんなづもりじゃ」

「いいの、いいのよ、貴女は悪くないのだから」

 サクラも膝を曲げてリンゴの頭を掻き抱いた。

 その光景を、団長は茫然と見ていた。

 

 

「では、話を続けます。今この瞬間にでも、こう言った事実を知り、精神的苦痛などを理由に彼の処罰を求めたいと思う方は居ますか?」

「ちょっと待って、私からもいいかしら?」

 そう言って手を挙げたのは、ローレンティアだった。

 

「私もこうして皆の前で一人を一方的に責めたてるっていうの卑怯だと思うわ。

 確かに団長さんはここにいる皆を傷つけたかもしれない。

 私は難しいことはわからないけど、団長さんの言い分を聞かないとフェアじゃないわ」

 彼女は微塵も躊躇うことなくそう言った。

 

「その発言は尤もです。しかしこちらにも段取りが有ります。

 個々の意見で進行に差し浸かっては困りますので、意見などは後でまとめて取りましょう」

 アイリスはそう言って、彼女の発言を保留しにした。

 

「ちなみに皆さんは、彼が何度も裁判沙汰になりかけたのはご存知ですか?

 その中には最後まで争うという姿勢を見せる方も居ました。

 ……では、こちらの資料をご覧になってください」

 そこでアイリスはあらかじめ用意していた資料を配った。

 

 その資料は、団長の精神的な異常を示す診断書や女性遍歴のリストなどが記されていた。

 

「なにこれ……」

 特に女性遍歴のリストは、彼がこれまで関係を持った女性の名前がズラリと並んでいた。

 そしてその半数近くが、赤く斜線が引かれていた。

 

「そちらの資料は彼の付き合った女性のリストです。

 赤い斜線は既に害虫との戦闘で死亡している人間です」

 そのリストを見た面々は、その狂気的とも言える彼の行動に絶句していた。

 戦死者が多いのもそうだが、短期間にこんなに多くの女性と関係を持つのは普通じゃなかった。

 

「これらを根拠に、裁判では彼の無罪を主張し戦うとなると、とても時間が掛かる事でしょう。

 裁判の行方も分からなくなるので、全て示談でこれまで処理できてきました。

 その結果、彼にはかなりの借金があるわけなのですが」

「それはチューリップ団長とアイリスちゃんと相談した結果、私が立て替えることになったわ」

「……は?」

 何を言っているんだ、と言う表情で、団長はサクラを見た。

 

「良いのか、サクラ?」

「どの道、使い道に困っていたもの」

 サクラはリンゴの頭を撫でながら、ウメにそう言って肩を竦めて見せた。

 

 花騎士の給料が良いのは誰もが知っていることであるが、最も稼いでいる花騎士は誰かとなると、誰もがサクラを思い浮かべることだろう。

 そして実際それはあながち間違いではない。

 

 なので、彼女が団長の借金を立て替えるくらいわけないのである。

 

「これからも団長さんが女性関係で借金をする場合、私が立て替えることになったわ」

「お、おい、ちょっと待て、おいったら」

 自分の借金を女性に払わせるというダメ人間の見本みたいな状態に、団長は冷や水をぶっかけられたかのように身も心も冷えていくのを感じた。

 

「だから、お金での解決になってしまうけど、どんどん遠慮せず言ってね」

 真っ青な表情で金魚みたいに口をパクパクさせている団長を尻目に、サクラは皆に向かってそう言った。

 

「なんなのこの状況。何が一体どうなってるの?」

「私が聞きたいわよ……」

 新参の部類のエピデンドラムはこの状況に付いていけていない。

 何がどうなってこうなっているのか、正確に理解しているのにキルタンサスは分からない。

 一から十まで数を数えるのに、途中の数字がごちゃ混ぜになっているかのようだった。

 一つ一つの状況は理解できるのに、順番に並べると順序が繋がっていないようなちぐはぐさを感じるのだ。

 

 端的にこの状況を表すなら、狂っている、だろう。

 サクラもアイリスも、団長の味方である筈なのに、その彼を傷付けている。

 まるで出血を抑える為に熱した鉄で傷口を焼くような、そんな痛々しい状況だった。

 

 

「……団長、大丈夫?」

 トリカブトがガチガチと震える団長の頭を撫でる。

 その儚げで妖しい仕草に、団長は涙を流して彼女の体に顔を預けた。

 

「君が花騎士でなく、本物のトリカブトだったら、今すぐにでも君を飲み干したのに」

「苦しいんだね、分かるよ団長。でも大丈夫だよ、私が居るから」

 毒のように、水が紙に染みるように、溺れてしまいたくなるようなトリカブトの優しさに団長は震えた。

 

「……これ以上は、許さない」

「私はナイフを振り上げ、その刃を振り下ろしたわ。途中で止めることなんてできない」

 真っ向から対峙するトリカブトとサクラの間に、剣呑な雰囲気が満ちる。

 

「二人とも止めないか、落ち着け。

 どちらの気持ちもわかる。熱くなるんじゃない」

 そこにウメが間に入って、その空気を霧散させた。

 絶妙のタイミングだった。一歩遅ければ殴り合いになっていたかもしれない。

 

「ごめんなさい、団長さん……私はあなたの半身にはなれませんでした」

 ただ悲痛な、リンゴの泣く声だけが響く。

 

「ねえ、お願いだから、喧嘩はしないで。

 団長さんも、二人が喧嘩しちゃったらすごく悲しいよ」

 ポインセチアも二人の間に入ると、他の面々も二人を分けるように次々と落ち着くように言って間に入っていく。

 

「止めてくれ、二人とも。俺みたいなろくでなしの為に争うな……」

 やがて剣呑な空気が沈静化した頃に、団長がぼそりと呟いた。

 

「見ての通り俺はどうしようもない男だ。

 愛想を尽かしたならそれでも構わない。俺は引き止めない」

「団長さん、逃げるのはもうやめましょう」

 サクラがアイリスに視線を送ると、彼女は役目を引き継ぎ口を開く。

 

 

「あなたはかつて、部下だった教導部隊を全滅させてしまった。

 全てはその日から始まった。そうですね?」

「……ああ、そうだ。あの日から、俺は復讐に囚われている。

 目を閉じれば、今でもあの子たちの悲鳴が聞こえるんだ。

 眠る度にあの日の光景を夢に見る。今この瞬間にでも、彼女たちの怨嗟が聞こえるんだ。

 それを忘れられるのは、誰かを抱いている時だけだった」

 引き攣る様な奇妙な笑みを浮かべながら、団長は枯れた声で言った。

 

「そうさ、俺はまともじゃない!!

 まともじゃいられなかった!! 戦い続けるには!! そうでなければ、俺は彼女たちに報いれない!!」

 それは慟哭だった。

 戦うことを選んだ男の、成れの果てだった。

 

「……団長さん、あなたはその戦いから生還したのち、不可解な行動が目撃されています」

 目を伏せて、痛ましい物から目を背けるようにしながらも、アイリスは言葉を続ける。

 

「結婚式場を予約して、部下の葬式の直後にその予約をキャンセルしたり、婚約指輪を購入したり、自分の母親に子供が出来たから結婚すると手紙を送ったり」

 それは、聞く者をゾッとさせるような行動だった。

 

「教導部隊に残らなかった彼女たちの友人や戦友たちも、貴方の部下から結婚するという知らせを聞いた者は居ませんでした。

 念のために、産婦人科を当たりましたが、貴方の部下が掛かった記録は有りませんでした」

「おい、まさかお前」

 ずっと事態を静観していたクロユリも、アイリスの言葉に衝撃を受けたようだ。

 

 

「…………そうだった。忘れてた、そう言うこと(・・・・・・)にしたんだった」

 団長は感情の抜け落ちたような声音で、そう呟いた。

 小さな声だったのに、不思議ととよく響いた。

 

「なあ、ペポ。お前はランタナと喧嘩したことあるか?」

「えッ、は、はい、ありますけど」

「でも次の日には仲直りしているだろう?」

 優しげな口調の団長に末恐ろしいものを感じながらも、ペポは頷いた。

 

「その理由の大半は、頭が冷えたり、自分の非を認めたりで、怒りが持続しなかったからだろう?

 俺もあの日の怒りを忘れることを恐れたのだ」

 だから、と団長は言う。

 

「俺は憎しみの炎が絶えることの無いように、有りもしない恨みを作ったのだ。

 俺は憎み続ける努力を惜しまなかった。たしかその有りもしない事実を信じる為に催眠術の本を自分で試したりもしたな」

 まるで笑い話かなにかのように。

 

「お蔭で、皆には迷惑を掛けてしまったな」

 しかし消え入りそうな、泣きそうな声で。

 己の愚かさを悔やんでいた。

 

 

「団長さん。もう、逃げ場は有りませんよ」

「どうやら、そうみたいだな」

 疲れたように、団長はサクラにそう答えた。

 

「そうだ。彼女たちの怨嗟も、悪夢も、俺自身が作り出したものだ。

 自己暗示をずっと続けていただけに過ぎない。俺が忘れないようにする為に」

「もうあなたは十分に彼女たちに報いましたよ。

 もう止めましょう。今更、自傷行為は」

「やめる? それこそ今更だろうが!!

 俺に他にどうしろって言うんだ、何をすれば良いんだ!!」

 信頼する仲間を切り放し、プライドを粉々に砕き、過去の逃避路を潰した。

 あらゆる逃げ道を無くした男は、逆上するしかできなかった。

 

「恥の多い人生だった。それでも俺にも取り柄は有ったのだ。

 もう殺すしかない、あの腐れ虫どもを、殺す以外で俺の価値をどう証明しろというんだ!!」

「団長さん……」

 結局、そこに戻って来てしまった。

 サクラは徹底的にというデンドロビウムの助言を実行した。

 だが彼女には足りないものがあったが故に、彼をやけっぱちにさせてしまった。

 

 追い詰められればネズミも猫を噛む。

 今の団長は、雑魚害虫一匹に爆弾を抱えて特攻しかねない勢いだった。

 

「もう沢山だ。俺の馬鹿馬鹿しいお遊びも、お前たちを付き合わせるのも!!」

 団長は立ち上がると、会場から一人早足で歩きだす。

 

「団長さん、どこに行くんです!!」

「俺の価値を示しに行くんだよ」

 その意味を理解した面々は、急いで彼を抑え込んだ。

 

「どけ、放せ!!」

「落ち着いてください団長!!」

「うるさいッ、俺に関わるな!!」

 抵抗を続ける団長を花騎士たちは揉み合いになる。

 そんな時だった。

 

 

「やれやれですね、貴方と言う人は」

 その声に、団長の抵抗もぴたりと止んだ。

 

「本当にあなたはいつも周りのことを考えないで、一人で突っ走って」

「ディプラデニアちゃん……」

「手紙ではなく、ちゃんと面と向かって話せばよかったですね。私の手落ちでした」

 彼女はプルメリアに付き添われ、会場の入り口の扉を開けて中へと入って来た。

 

「そしてこうして、最後の最後まで会うのを躊躇う始末。どうしようもないですね」

「やめてくれ、違う、違うんだ、君は、君は悪くない」

「そうですね、私はもう私を赦せました。

 だからあなたも、もう自分を赦しても良いんですよ」

 たったそれだけの言葉で、団長は脱力して崩れ落ちた。

 

「サクラさん、正直に答えてください。

 貴方はどうしてここまで彼の為にしてくれるんですか?」

 ディプラデニアは、サクラに問う。

 

「私自身、上手く説明できないのだけれど」

 そう前置きして、彼女はいつもの四人を見た。

 

「貴女たちは私が、そうね、怪我をしたりしてもう戦えないってなったとして、挫折したとして、挫ける私を見たくはないわよね?」

「そ、そんなことないです!!」

「でも私達で良ければ何でもします!!」

「そうですよ!!」

「うんうん!!」

 彼女らの答えを受けて、サクラも頷いた。

 

「私もきっと、同じような気持ちだったんですよ。

 彼が落ちぶれる姿を見たくなかった、その為なら何でもしてあげたかった」

 それは献身的だったかもしれないが、愛は足らなかった。

 決定的に、それだけが不足した。だから失敗しかけた。

 

 

「こんなに想われているのに、なんであなたは同じことを繰り返すのです?」

「だけど、だけど俺は」

「なんであなたは、まだ吹っ切れていないんですか。

 いつまで私のことを引きずっているつもりですか? 女々しすぎて正直、迷惑です」

「ディプラデニアちゃん……」

「今度こそ、終わりにしましょう。

 私達の関係も、貴方の背負っていた怨讐も」

「…………」

「あなたの優しさには、それらは重すぎる」

「……」

 ぽたぽたと、今までとは違う涙が団長の目から流れ落ちていた。

 

「ほ、本当は、害虫との戦いなんて嫌だったんだ」

「ええ」

「子供のころから小さな虫一匹触れないくらい虫嫌いだったんだ!!」

「ええ」

「もう憎むのも疲れていたんだ、だけど止められなかった、自分で始めたことだから!!」

「わかってますよ」

「誰も傷付けるつもりも無かったんだ!!

 でも俺はこういう男だからって諦めていた、いつかくる破滅も受け入れる気になっていた、最低だ!!」

 本音を吐き出すたびに、団長の肩から色々な物が滑り落ちていくように皆は思えた。

 様々なもので覆っていた殻が、彼を守っていたモノが崩壊していく。

 

「うう、うぅぅ」

「団長さん」

 様々なもので着膨れし、それらを脱ぎ捨てた団長はどこかリンゴの目には小さく見えた。

 

「もう一度、やり直しましょう。私たちも」

 こくこく、と温かい涙を流す彼をリンゴは抱きしめた。

 

 こうして、二次会は終了した。

 勿論、この後三次会でいろいろ暴露しあって台無しになるのだが、それは別のお話。

 

 

 

 

 




結局一万文字を超えた為にこっちで書きました。
やっぱりこの空気でエロとか挟めませんでしたわ。
三次会の様子はR版でってことで。

とにかくこれで、リンゴ団長の話は一区切り付きました。このまま完結にしてもいい具合ですね!!
この後の彼の物語の展開はいくつか考えていますが、アンケートを取るかもしれません。
場合によっては主人公変更まで考えてます。
私はもっと惰性で書きたい話を書いていても良いのですが、そろそろ他の団長に焦点を挙げてもいいですしね。でもリンゴ団長の書きやすさは他にないんですよねー。
まあ、それはその時になってからでいいでしょう。

さて、次は何を書きましょうか。
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