牙狼 機戒ノ翼   作:バイル77

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第五話 「魔陣」

泥の人型に姿を変えた【シュヴァルツァ・レーゲン】がその手に精製した刀を上段に構え、凄まじい速度で凌牙と一夏に迫る。

 

 

『一夏っ!』

 

 

咄嗟に動けたのは魔戒騎士である凌牙であった。

一夏に庇われるようにしていた凌牙が、一夏を押し飛ばして、迫る刃を打鉄の腕部装甲で受け止める。

 

 

『凌牙っ!?』

 

 

甲高い破壊音が響き、打鉄の腕部装甲は綺麗に切断され、そのまま弾き飛ばされてしまう。

だが、それは凌牙の狙い通りであった。

 

弾き飛ばされた勢いのまま、打鉄を解除。

そしてラルヴァの口から取り出した魔戒剣を右手に構えて円を描く。

 

甲高い金属音と共に、右腕部分のみに金と黒の【狼我】の鎧が召喚された。

魔戒騎士の鎧は全身を覆うだけではなく、部分的に展開することも可能なのだ。

 

そして肩部の突起がまるでワイヤーの様に射出された。

狼我の鎧の肩部の突起はワイヤーの様に射出することが可能であり、この機能を使ってブレーキをかけたのだ。

突起がアリーナの地面に突き刺さり、弾き飛ばされた勢いを殺し、地面に着地して上空のレーゲンを見上げた。

 

 

「一夏っ、こっちに来てくれっ!」

 

 

右腕部分の鎧を解除し、ラルヴァの口から魔法衣を取り出し身につつ叫ぶ。

 

 

『わっ、分かったっ!』

 

 

凌牙の声に従って一夏の白式が降下してくる。

どこか一夏の顔には怒りの様な物が浮かんでいたが、今はそんなことを気にしているわけにはいかない。

その様子をレーゲンは観察するように眺めていた。

 

するとラルヴァの声ではない別の女性の声が響く。

 

 

『凌牙君、聞こえる?』

 

「ええ、聞こえてます、楯無さん」

 

 

ラルヴァを介して魔導坎で楯無が通信を送ってきたのだ。

 

 

『負傷したセシリアちゃんたちはこっちで回収したわ、後アリーナの人払いは済ませてあるから遠慮なしにやっちゃって構わないわよ』

 

「ありがとうございます、助かります」

 

『私と虚ちゃんの【魔導坎】で結界も張ってるから、逃がさないでね』

 

「当然です」

 

 

レーゲンが構えを変えると同時に、魔戒剣を頭上に掲げ、円を描く。

円の軌跡で光が輝き、甲高い金属音と共に、金と黒の【狼我】の鎧を纏う。

掲げていた魔戒剣も装飾を施された迅雷剣となる。

 

左腕の手の甲に刃を当て、まるで弓を引き絞るかのように迅雷剣を持つ右腕を引く。

 

狼我の系譜の源流は【黄金騎士 牙狼】の系譜である。

故に彼の構えは黄金騎士の構えと酷似しているのだ。

 

レーゲンが急降下しつつ、上段に構えた刀を振り下ろす。

その速度は並のISで出せるものではなく、また太刀筋も一流の剣士の物だ。

しかし――

 

 

『ふっ!』

 

 

振り下ろされた刀を迅雷剣で受け止める。

そしてそのまま、相手の刃に迅雷剣の刃を滑らせることで、受け流しからそのまま斬撃に移る。

黒い人型の泥、その腕部を迅雷剣は切り裂き、レーゲンを構成している【泥】が飛び散って【地面】に染み込んでいく。

 

受け止められると思ってはいなかったのか、レーゲンは身体を硬直させておりまともに受けてしまった。

しかしすぐさま狼我から離れ、身体中から溢れる泥が腕部に集まって傷を再生させて行く。

 

 

『再生するのか……厄介だな』

 

 

迅雷剣を構えなおしつつ、呟く。

魔戒騎士の鎧は切り札であるが、強力であると同時に【制限】が存在している。

それは鎧には【装着制限時間】が存在することだ。

 

魔導刻と呼ばれるその制限時間は、【99.9秒】

それ以上人間界では鎧を召喚することはできない。

正確には可能ではあるのだが、99.9秒を超過すると魔戒騎士の魔導力を持ってしても

強力な鎧の力をおさえることは不可能となってしまうからだ。

 

すでにレーゲン相手に鎧を召喚して10秒程度たっている。

残り約89.5秒――レーゲンは警戒しているのか、刀を構えたまま降下してこない。

すばやく決着をつけなければならないなと凌牙が考えた時であった。

 

 

『凌牙、あの泥の中に人の気配があるわっ! あの娘はホラーになったわけじゃない、生きてるのよっ!』

 

『……やはり人間を取り込むタイプかっ!』

 

 

ラルヴァの忠告の叫びと、凌牙の怒りの叫びが木霊する。

先程の一撃はその可能性を考慮し、ラウラが取り込まれた泥の中央部を避け、腕部を構成している泥を切断したのだ。

 

 

(くそ、下手をすれば迅雷剣でラウラを……っ!)

 

 

鎧を纏った魔戒騎士の剣戟は普通の人間のそれの比ではない。

もし泥の中にいるラウラを誤って斬ってしまえば生身の彼女は間違いなく死ぬ。

最悪の場合は彼女毎ホラーを斬る選択肢も存在している。

もちろんなるべく選ぶつもりはないが、本当に打つ手がなくなった場合の選択肢を浮かべた時であった。

 

 

『凌牙、あの泥、俺の白式で払えないかっ!? あれ元はISだろっ!?』

 

 

策を講じていた凌牙に背後の一夏が叫ぶ。

振り返った狼我の青い瞳が一夏の瞳を見つめる。

 

 

『……【零落白夜】か?』

 

『ああ、ホラーって言ってもあれ、元はISだろっ! なら俺の【零落白夜】が届くかもしれないっ!』

 

 

確かにと、一夏の言葉にうなずく。

ホラーが憑依しているのはラウラではなく彼女のISだ。

ISを元にあの泥を形成しているのならば、ISに対する絶対的なエネルギー無効能力である【零落白夜】が有効な可能性は十二分に存在している。

エネルギーがなくなれば、泥が消えてラウラを助けることも可能になるかもしれない。

 

 

――だが

 

 

『……駄目だ、いくら中にラウラがいるといっても奴はホラー、お前に戦わせるわけにはいかない』

 

『何でだよっ!』

 

『……お前は【ドルチェ】になりたいのかっ!?』

 

 

凌牙の言葉に一夏が息をのむ。

 

ドルチェとは――通称【血のドルチェ】

正式な名は【血に染まりし者】

 

ホラーの血液に侵された人間は約100日経過すると意識を失うことも許されず、生きたまま腐り死に至る。

その存在はホラーを呼び寄せ、ホラーにとっては最高の食糧となる。

呪いを解呪には【ヴァランカスの実】と言う【ホラーの恐怖】が固まった果実と言う非常に希少で入手が難しい品が必要となる為、まず不可能。

魔戒騎士の掟の中でもせめてもの情けで切り伏せることが許されているほどだ。

 

 

『アイツは物体に憑依するタイプのホラーだ、血液が飛び散る可能性は低いが、それでもお前を戦わせるわけにはいかない』

 

『……ならっ、せめてあの泥だけは払わせてくれ、頼む……っ!』

 

 

顔を伏せて一夏が凌牙に告げる。

 

 

『……どうしてそこまでするんだ? ホラーの相手なら俺に任せれば……』

 

『それでもなんだよっ! 目の前で誰かが不幸になるのを見過ごすなんて俺にはできないっ! 俺の力で少しでも可能性があるのなら、誰かにまかせっきりなんか俺にはできないんだっ!』

 

 

捲し立てる様に一夏が叫ぶ。

 

 

『アイツのあの形は俺の大切な人の【誇り】を侵してるんだっ! だから頼むっ!』

 

 

【誇り】――一夏の言葉に何かを考えるかのように狼我の鎧の瞳が閉じる。

そして青い目が開かれ、一夏を見つめる。

 

 

『……最悪の場合、血に染まりし者になる覚悟もあるんだな?』

 

 

躊躇うことなくコクリと一夏が頷く。

 

 

『……ラルヴァ、俺は一夏の可能性に賭けたい……どう思う?』

 

『……貴方がやってみたいと思った事ならばやってみる価値、あると思うわよ』

 

 

左腕の甲に埋め込まれる形となっているラルヴァに告げると彼女は優しく肯定の言葉を返した。

彼女の言葉にうなずいて、再び一夏に視線を向ける。

 

 

『……今回だけだ、今回だけ手伝ってもらう、俺が奴を拘束する、いけるか?』

 

『……ああ、大丈夫、いけるっ』

 

 

少し緊張したような表情で一夏が返す。

残り75.6秒――

 

 

『はぁっ!』

 

 

気合の咆哮と共に跳躍し、様子をうかがい警戒していたレーゲンに狼我が襲いかかる。

ISのハイパーセンサーを持ってしてもたった一瞬で距離を詰めた凌牙に一夏は驚愕の表情を浮かべていた。

迅雷剣は変化した鞘に納めて、腰に装着していた。

 

 

『はぁっ!』

 

 

狼我の咆哮と共に繰り出される右の拳をレーゲンは刀を用いて辛うじていなしている。

刃と鎧が高速でこすれ合うことで火花が散る。

 

 

『うおおっ!』

 

 

続けざまの連撃、何とか刀で捌いているレーゲンであったが次第に追いつけなくなる。

そしてついに拳がレーゲンの刀を弾き飛ばした。

しかしレーゲンは瞬時加速じみた速さで後退し、弾き飛ばした刀がレーゲンの手に再生される。

 

だが凌牙にとってその行為は遅すぎた。

残り70.3秒――

 

 

『逃さんっ!』

 

 

両肩部のワイヤーが射出され、レーゲンの両腕に絡まり、そのまま全身を拘束したからだ。

射出されたワイヤーをつかみ、着地、そのまま上空でもがくレーゲンを力任せに振り回す。

 

 

『うおおおおおっ!』

 

 

まるでハンマー投げの如くレーゲンを振り回して回転を開始。

狼我の鎧の口が開かれ凌牙の咆哮が木霊している。

遠心力によって泥の雫が辺りに飛散し、地面に染み込んでいく。

 

そして――ワイヤーからの抵抗が弱まったところで回転を停止し、待機している一夏に叫ぶ。

この状態ならばレーゲンは動きを取れず一夏に血液が付着する可能性は限りなく低い。

残り65.9秒――

 

 

『今だ、一夏っ!』

 

『おうっ!』

 

 

凌牙の声に一夏が答えて、白式の単一仕様能力である【零落白夜】を起動。

装備している唯一の武装である【雪片弐型】から光が溢れる。

 

そしてそのまま、レーゲンに零落白夜が発生している刀を押し当てる。

決して刃を立てぬようソフトに。

 

零落白夜の光が泥に触れると同時に、粘性の泥がパシャッと水音を立ててアリーナの地面に零れていく。

泥がこぼれていくと共に、泥の中から【人骨の様な影】が飛び出し、アリーナの上空へ逃げ出す。

残り63.5秒――

 

 

『凌牙、ホラーの本体よっ!』

 

『分かってるっ!』

 

 

肩部のワイヤーウィンチを回収した狼我は鞘に納めた迅雷剣を構える。

ホラー【レヴィタ】の時と同様に前傾の抜刀術の構え。

 

 

『はぁっ!!』

 

 

咆哮と共に狼我の姿が一瞬で消え、逃げる影に追いつく。

一瞬の加速と共に抜かれていた神速の刃が、影を容赦なく切り裂き、消滅していく。

 

【迅雷騎士 狼我】の称号はこの速度と抜刀術が由来である。

静止状態から一瞬でトップスピードへと到達する、刹那の加速力と身体のバネ。

これを最大限に生かす為に狼我の系譜は抜刀術に磨きをかけた。

その結果、数ある魔戒騎士の系譜の中でも抜刀術に秀で、その速度は闇夜に奔る雷に喩えられた。

故の――【迅雷】

 

全ての泥が落ち切ったレーゲンはメインフレームだけのボロボロの姿となっていた。

ほどなくしてレーゲンのエネルギーが尽きたのか、ISが解除された。

 

 

『おっと』

 

 

一夏がラウラを受け止めて彼女が無事か確認を行う。

泥に飲まれて意識を失いつつも、しっかりと上下する平坦な胸――生きている。

 

 

『生きてる……生きてるぜ、凌牙っ!』

 

 

命を救えたことに歓喜の表情を浮かべた一夏が叫ぶ。

彼とラウラにホラーの血液が付着した様子はない。

 

 

「……ああ、よかった」

 

 

狼我の鎧を解除し、凌牙は魔戒剣を鞘に納めて笑みを浮かべる。

すると背後に気配を感じた。

 

 

「おっと、出遅れたか?」

 

「……遅い、もう終わったぞ」

 

 

振り返るとニヘラと笑みを浮かべた陽一がいた。

ファルヴァがホラーの気配を感じ為、現場に急行してきたのだ。

 

 

「一夏を協力させたことは黙っといてやるが……ISにホラーが憑依してたのか?」

 

 

笑みを消した陽一の問いに凌牙が頷く。

 

 

「おそらくな……けど」

 

「けど?」

 

「泥が溢れる前、一瞬だったが【魔導文字】が見えた。 こちら側の人間が干渉したとみて間違いないだろう」

 

「……魔戒法師か?」

 

 

陽一が怪訝な表情で尋ねる。

過去、闇に囚われた、落ちた魔戒法師によって様々な災厄が起こったことが多い。

各々先代である父親から、とある魔戒法師に【破滅の刻印】と呼ばれる呪印を刻まれた事を聞かされている。

 

 

「……術を使う騎士もいるし、決めつけるのは早計だがな」

 

「ただでさえ人手不足なご時世に、騎士2人をこの学園につけるとはきな臭いと思ってたが……そういう事か」

 

 

陽一のうんざりしたような、しかしどこか怒りを感じさせる声に凌牙は頷いて答えた時であった。

 

 

『……我を起こすのは誰ぞ(ヤメヨロソツオバガメド)……?』

 

 

しゃがれ反響するこの世のものとは思えない声がアリーナに響く。

 

 

「「っ!?」」

 

 

瞬間、2人を心臓を鷲掴みされたかのようなプレッシャーが襲う。

嫌な汗が噴き出るが、魔戒騎士として訓練された精神力で抑え込み魔戒剣を引き抜く。

 

 

「凌牙に陽一……どうしたんだよっ!?」

 

 

ISを解除し、ラウラを抱えていた一夏が顔色を変えた2人に向かって尋ねる。

彼にもプレッシャーが襲いかかっているのか、脚が震えて立つことができていない。

 

 

「逃げろ一夏っ!」

 

 

凌牙の叫びと共に、地響きが響き、地面に亀裂が入っていく。

亀裂はやがて地割れの様に開き、その底から黒い靄に包まれた何かがゆっくりと上昇してくる。

 

それはまるで巨大な【腕】、爬虫類の様な鱗を持った数十m程の大きさの腕であった。

 

 

『そんなホラーがいきなり現れるなんてっ!?』

 

『しかもこの気配は【使徒ホラー】並よっ!』

 

 

ラルヴァとファルヴァの困惑の声が漏れる。

それは当然であろう、魔導輪である彼女達の探知でもいきなり現れた様にしか感じ取れなかったのだ。

 

 

『ほう、魔戒騎士か……いいだろう、久々に自由となった我の力を見せてやろう』

 

 

腕の声が響き、周囲が歪んでいく。

 

 

「何でまたあんなでかいホラーがIS学園の地下にいるんだよっ!」

 

「俺が知るかっ、来るぞっ!」

 

 

互いに魔戒剣を掲げ、頭上に円を描く。

狼我と牙煉の鎧が召喚されると共に腕がその大きな掌を広げた。

 

―――――――――――――――――

アリーナ上空

 

 

突如現れた巨大なホラーの影響で闇に包まれているアリーナを俯瞰し、見下ろす者がいた。

まるでSF映画に出てくるような円盤が浮遊しており、その上に人間が乗っている。

 

 

『……【魔陣ホラー】め、小娘の執念を吸ってようやく目覚めたか……しかし分割された【腕】だけか』

 

 

全身黒ずくめの法衣に身を包んだ【男】は懐から細い【筆】を取り出し左腕に構える。

 

 

『2人も魔戒騎士がいるのは予想外だったが……まぁいい、奴の陰我は俺がもらう』

 

 

顔は全く見えないが明らかに笑みを浮かべている声色で男は呟く。

同時に手に持った筆を用いて、空中に【魔導文字】を描いていく。

 

やがて文字が【陣】となり黒い靄が溢れ、アリーナに降り注いでいく。

その靄を弾くように、アリーナに張られていた結界が瞬くが一瞬の拮抗の後に砕けて消えてしまった。

 

 

『更識の令嬢か……だが所詮は魔戒法師でもない人間が作り上げた結界、脆すぎる』

 

 

筆をしまった男が足場にしていた円盤から飛び降る。

円盤が消え、懐に【魔戒筆】をしまう。

そして代わりに【黒鞘の剣】を取り出す。

 

 

『それにしても【狼我】の系譜……我ながら因果なものだな』

 

 

男の右腕に収まっている魔戒剣の鞘には【△が2つ重なった紋章】が刻み込まれていた。

 




「どういうことなの、IS学園の土地にあんなホラーが封印されているだなんてっ!」

「それに現れたあの男……まさか【暗黒魔戒騎士】だとでもいうのっ!?」

「ホラーに暗黒騎士、いくら凌牙と陽一でも……っ、この気配、凌牙、頼もしい助っ人が、最強の魔戒騎士が来てくれた様ねっ!」

「次回、「雷牙」、歴代最強の牙狼、その力存分に見せてもらいましょう」


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