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かんらんちゅうい
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04.滑空する狂気と殺意の華炎
血液と脳髄の入り混じった液体が器を失い、本人の意思など関係無しに空間へと撒き散らされていく。断末魔を上げる暇など無く、一瞬の内に絶命した少女は、その鋭利な切断面から臓物と肉片を零れ落とし、アスファルトへと倒れ込んだ。
広がる血溜まり。少年の絶叫。ぴくりとも動かない死体。早朝の日常は、一人の少年と彼が使役するポケモンの手によって、非日常へと変貌を遂げたのだ。
「おー、ちゃんとバッジの効果ってあるんだなあ効かなかったらどうしようかと思ったけどなんというか凄いなあ心の中で念じただけでそれが命令になるって洗脳装置とかそういうレベルじゃなくてもう意識をポケモン自体に伝えてくれるみたいな感情自体がトリガーとなってますのようなだって僕が技名を口にする前に攻撃が発動してそこにある物体が出来上がった訳なんだから凄いよねこれってはははポケモン図鑑って便利だなあポケモンが覚えている技もステータスと一緒に分かるなんて発明した人はノーベル賞取れるんじゃないのっていう完成度なんだそれにしても今まで自分を苛めてたやつを殺しても嬉しいとか思わないってのは僕が冷め切った人間だからかな?」
普段冷静な彼が、嬉々とした表情を浮かべて饒舌になるのは珍しいといった物ではなく、数年に一度あるかどうか、というくらいであった。
それだけ、彼は興奮したのだ。自分の意思でポケモンを動かす事が出来た、それも、技名を叫ぶ前に、心で念じた技が繰り出された事に対して。
最初にポケモンを手にし、バトルに臨んだ時のような、わくわくとした、子供心。それが今、彼の心に『再び』芽生えたのである。それに比べれば、目の前のどうでもいい存在が死んだ所で、なんら彼の気持ちには影響しない。
「う、う、うううううううううううう!!」
其れに対し――宗次朗という少年が見せた感情は、憤怒という言葉その物であった。阿修羅のような形相で、身体の右半分を血で紅く染めた男は、歯を食い縛り、ただ唸っていた。ブーバーンを超えた先に存在する、人殺しとその道具に対して。
それは人間として至極当然の感情であろう。自身の横で、友達――あるいはそれ以上の存在――が殺されたのだから、これで憎まないというのは聖人としか言い様が無い。彼は聖人とは程遠い存在であった。
「ころすっ! 殺す殺す殺す殺すころころころころころろろろろろろろろろろろろろろろ!」
「あらら、何言ってるかわからないよ」
「殺すッ!!」
目元にうっすらと涙を浮かべて、感情のままに叫ぶ宗次朗。其れを冷ややかな目で見下す冬樹。一変して冷静さを取り戻した彼の頭脳で考えるのは、必ず誰かが来るだろう……という事だ。
早朝からあれだけ大きな声で叫んだのだから、間違いなく人がやってくる。そうした時に、ポケモンに命令を下した経験が然程無い自分が対応できるかどうか。ポケモンは強かろうが、自分はまったくの素人――冬樹は恐ろしい武力を手にしてても、いや手にしたからこそ――あえて、臆病なほどにあらゆるパターンを想定しているのだ。
「あいつ『ら』を焼き尽くせ!! ブーバーン!!」
その命令を受けて、今まで無反応だった炎の化身、ブーバーンがぎろり、と目の色を変える。其れを見て冬樹は溜息を吐いた。
ポケモンは友達でもなんでもない。ただ、ボールの中に閉じ込めて、命令を下して操っているだけ。だから、主人の大切な人が殺されようと、微動だにせずに命令を待つのだ。その事が――冬樹には悲しかった。どれだけ相棒だろうとなんだろうとのたまおうと、所詮は道具、いや、奴隷に過ぎないという事をブーバーンの態度から理解したからだ。
「残念ながら僕は死なないよ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! 最大火力で大文字だッ!!」
ブーバーンが筒状の両腕を前方の冬樹に標準をあわせ、突き出した。左右の先端部が打ち付けられ、かたん、と機械のような音を立てる。右膝を曲げ、左足を後方へと下げて体勢を保え、構えを取る。
その動作を目視してから冬樹は顔を上げ、彼の真上でせわしなく羽を動かしているポケモンを見つめ、首を傾げてから、誰も答えを出す事の無い疑問を、ぼそりと口にする。
「えーと……このポケモンって他の技何覚えてたっけ?」
け、という一文字が空間に溶け込むのと、ブーバーンと呼ばれた巨漢の両腕から荒ぶる業火が放たれたのは、刹那の狂いも無く、同じタイミングであった。
轟音。例えるなら太鼓を強くバチで打ち鳴らしたような、戦場で砲弾が放たれたような、全身を内部から襲うような衝撃に反射的にびくり、と身体を震わせた冬樹。
その眼窩が捉えたのは、自身目掛けて飛来する炎の塊。螺旋を描くように回転し、空気をその熱で焦がしながら、距離を詰めて来るそれは、当たれば必死。一瞬の内に体中の水分が蒸発し、黒く炭化してしまうだろう。
大文字。数多く存在するポケモンの『技』と言われる攻撃や補助の手段の中で、これはガチが幾重にも折り重ねられるような、圧倒的な攻撃技。炎技の中でも上位に君臨する、弱点を付けば相手を一瞬の内に相手ポケモンを一瞬で瀕死に追い込むような、あまりにも強力過ぎる攻撃。
それが人間に放たれた、つまり――この瞬間、ポケモントレーナーの中では禁忌とされる、人間への攻撃を宗次朗は命令してしまったのだ。
「ポケモンって怖いね……ああ、そうそう……覚えてたのは――」
怯む事は無い。冬樹の真上で羽音を立てているそれを信用しているからであり、その炎を掻き消せるだろうと確信していたからだ。
ポケモン同士のタイプ相性、自然現象、そういう概念全てをぶち壊してしまうかのような、圧倒的な力量があると、確信していた。だから、顔を背けてしまうような熱風が訪れようが、彼は避ける動作などせず、その場に身動ぎせずに留まる事を選択した。
すっ、という擬音が相応しい、自然な動作で突き出された人差し指。びし、と業火に突きつけ、そして――、放つ。言霊を。
「むしのさざめき」
ざわ、と風がさざめいた。冬樹の手前まで訪れていた灼熱が、一瞬揺らぐ。そして、次の瞬間には揺らぎが水面に広がる波紋のように、激しく、重なり合っていく。
炎の壁が、削られていって。さざめく風の音が、ごうごうと燃え盛る炎の音を掻き消していって。羽ばたきから広がる風圧が、全ての熱を無に還して行って。
ざざざざざざ、とノイズのように激しく広がる旋風は留まる事を知らない。それが攻撃技なのかどうか分からなくなってしまう程に、美しく、広がっていくさざめき。
避ける必要など無かった。ブーバーンとそのポケモン――メガヤンマとの間には、比べ物にならない程に実力差がありすぎた。
「ば、ばかな――」
唖然とした声で、目の前で展開された光景に驚きを漏らす宗次朗。その表情は憤怒から一点、驚愕に歪み、だらしなく口を開いていた。
「最大の火力なのに――炎タイプの技を、虫タイプの技で消し去った……?」
「そりゃそうだよ。ステータス画面で見たレベルは、84。手持ちの中で一番レベルが低いと言えど、そこらの雑魚に比べては失礼という物だ」
「お、お前のポケモンなんか……じゃ……ないっ!! それは、ダイヤさんのポケモン、だ……! どうして、お前なんかが扱える……!? そもそも、何でダイヤさんのポケモンを――」
「僕がそのダイヤさんを殺して奪ったからに決まってるじゃないか」
その一声が、静寂を生み出す。
あまりにも無慈悲に、あまりにも残虐に、心を抉る一声。
宗次朗という少年が憧れ、尊敬していた存在が――死んだ。
「う、うそだ」
真っ青になった顔とぱくぱくと震える唇でようやく紡ぎ出した言葉を、冬樹は一蹴する。
「嘘じゃないよ、玄関見てみれば? 包丁で、こう……ぶすり! と刺してね。即死だったんじゃないかな? あ、でも包丁引き抜く時に声出してたから即死じゃないな」
「え、絵里だけじゃなくて、ダイヤさんまでも殺すなんて……糞、くそくそくそくそくそ!! お前みたいな屑がああああああ!! 許さない、絶対に許さない!! 焼き尽くした後に焼き尽くして焼き尽くしてやる!! 炎を飽きるまで浴びせてやる!!」
「あらら、実力差をはっきりとさせたつもりだったのに、懲りずに向かってくるのかー。というか悲しんだり、怒ったり、真っ青になったり、また怒ったりって忙しいね」
その発言で完全に抑えが効かなくなった宗次朗がブーバーンに命令を下そうと口を開いた時――
「ひ、ひゃああああああああああああああああああ!!!!????」
彼を停止させる、第三者の絶叫。
宗次朗の背後から突如現れた、場違いな存在は、絶叫やら何やらに釣られてやってきた近所のおばさん、と言った所だろうか。
「えーと、あんたも邪魔」
邪魔。それだけの理由で――冬樹は、命令を下した。
「エアスラッシュ」
メガヤンマと呼ばれた、ポケモンが羽ばたきを強める。緑色の人間以上に巨大な外見はまるで蜻蛉、いや蜻蛉(とんぼ)その物と言えるだろう。特徴的なのは目元。まるで眼鏡を掛けた様な洒落たデザインは、昆虫には相応しくない。そして更に特徴的なのは頭から首筋、胴体に掛けてステゴザウルスのような棘が3つほど存在している事だろう。尻尾の方にも一つ存在している者を含めれば4つにもなるそれは、蜻蛉(とんぼ)には相応しくない。そして六本存在している獲物を掴むのに使うのであろう腕は、いかにも昆虫です、という事をアピールしていた。
白と赤の特徴的な羽から放たれた衝撃波。少し羽ばたきを強めただけで放たれたのは、殺意を秘めた攻撃。先程、年端もいかない少女を惨殺した風の刃が次に標的として選んだのは、第三者として選ばれた、何ら罪の無い存在だった。
「な、なに、なによこ」
「れ。多分言えなくなったと思うから、僕が代わりに言っておいたよ」
正確な狙い。正確すぎて怖いほど。幾分の狂いも無く真っ二つにする、その的確さに冬樹は舌を巻く程であった。……そして宗次朗は、次々と訪れる死があまりにも非現実すぎて、脳が麻痺し、背後でおばさんが死んだ、という事実を受け入れられずにいたのだった。
「……さて、ここで宗次朗クンに質問だ。僕は君をいつでも殺す事が出来た。それこそ、機会は100を超える。ただ、命令するだけで絶命させる事なんて、メガヤンマには余裕だからね」
「……」
「あらら、だんまりか、何か返答して欲しい物だよ。僕を睨む気力が残ってるのならね」
「黙れ……」
「聞き飽きた。黙れ。うん。黙らないよ。……さて、質問を続けよう。何故、僕は君を殺さない? そこのブーバーンを真っ二つにしない? ……答えは簡単だ」
「黙れ……!」
「残念時間切れ。……その答えは」
「黙れよ……ッ! もう……!」
楽しげに、満面の笑みを意図的に作って、冬樹は言葉を紡いだ。
「君自身に、この街の人間の殺しをしてもらおうと思ってね」
手持ちポケモン
メガヤンマ:Lv84 おや:ダイヤ
エアスラッシュ ???
むしのさざめき ???
その他のポケモンデータは02参照の事。