「君は選択が出来る人間だ。偽善者ぶって何も行動せず、僕は出来ませーん、うえーん、……なんてくだらねー泣き言吐くなんて、あまりにも無価値な行動だ。貴重な休日を疲れてもいないのに、一日中眠って過ごす程に無価値なんだよ。だって、それは自殺と同意義なんだから。
そもそも、大事な相棒と一緒に死ぬなんて馬鹿だよ。どちらにせよ老人は殺されていたのだから、その巻き添えを食らうよりも生き残る道を選ぶという選択をするのは当然であり、賢い行いなんだ。……最も、それは脅されたとはいえ、僕と同類になるという事だけどね」
さて、と冬樹はそこで饒舌を止め、住宅街のあちらこちらを見回す。あれだけ叫んだと言うのに、あまり人が見えないのは余程平和ボケでもしてるのだろうか。……何処か、自分を見ている人間がいないか――、冬樹は家を見回し、そして何軒かを視線からはずした所でようやく見つける。窓からこの光景を見下ろし、青ざめた青年の姿を。
にぃ、と悪意に満ち溢れた笑みと共に右手を振ってやると、青年はばっ、と後ずさりして、忍者かと見間違えるような俊敏な動作でカーテンが閉められた。わーお、と感嘆の声を上げる冬樹の屈託の無い笑顔は、宗次朗の眼窩にはまるで道化師のように映って見えた。
「んじゃ、そこの傍観者みたいな雑魚キャラAの家を燃やしてくださいませ。さもなきゃ右腕から順にエアスラッシュで輪切りにしてやる。そんでブーバーンの炎でイカリングみたいにするよ」
「……」
地べたに這い蹲り、泣きじゃくっていた少年はおもむろに起き上がると、アスファルトに接して汚れたTシャツの胸部分で顔をぐしゃぐしゃと拭い、それから鼻を啜った。
「……本当に」
「うん?」
「本当に――俺とブーバーン、それから! おれのがぞぐも……助けてくれるんだろうな!!」
「……君の出方にもよるよ」
「……わかった」
その目に、恐怖の色は見えようと、戸惑いの感情はもう無かった。彼は精神的に追い詰められて尚、崩れる事はなかった。どんなに惨めで、どんなに犯罪者と攻め立てられようと……死にたくは、無かった。家族を、殺されたくは無かった。もう、絵里のように大事な人が死ぬ姿を、見たくは無かった。
例え――それ以外の人間が、どれだけ業火に身を滅ぼそうが、今の覚悟完了した彼の前には、興味すら覚えられぬ事であったのだ。
(醜い。人は醜い。死にたくないという一念だけで、こうも簡単に人殺しの覚悟を決められるのだから。……その道具に使われるポケモンが、一番の被害者なのかもしれないけど……ねっ)
うっとりとそんな事を考える冬樹の耳に、轟音が何度も木霊する。一度、二度、三度。聞き慣れ始めたその音の出所は確認する必要も無かった。直線状に放たれる砲弾のような炎の塊は、青年の家を直撃し、家具とか思い出とか、そういうちっぽけな物を焼き払って、焼き尽くして、無へと変えて行く。
その光景が――冬樹の目には、なんとも非現実的な物に映って、もっと見てみたい、という感情へと昇華されていく。自分が直接手を下さず、相手に行動させている、というのも気分が清清しくなる原因の一因だった。自分を苛めていた人間が大量殺人者になるというのは、物凄い転落人生っぷりで、清々した。
「一軒だけじゃ物足りないなあ。もっとこう、エレクトリカルパレード! どーん! みたいな光景が見たいから周りの住宅全部焼いちゃってー……あ、僕に向かって撃ったらその瞬間惨殺だから変な気は起こさないように」
「……ダイヤさんの家も、か」
「うん。漁ったけど役に立ちそうな物はあらかた強奪してきたからもういいよ。見る? ポケモン図鑑とか。このメガヤンマのレベルの高さに驚愕すると思うよ」
「……勝てないのは、百も承知だから、もういい」
虚ろな瞳に、感情はあるのかどうか、判断するのは難しかった。動かされる指の先で、次々に上がる火の手は、やがて辺り一面を焦がして、煙を発生させる原因となっていた。
「火事だあああああああああ、燃えてるぞおおおおおおお」
「ひいいいいいいいい、なんで!? 何があったの!?」
「朝っぱらから何の騒ぎだ……って、なんだこりゃああああああ!」
「た、たすけ……ひ、腰が……あ、かみ、かみさま、ああああ」
絶景。
絶句。
絶叫。
絶望。
「……これで、満足かよ」
「わー、綺麗な景色だねー……、はい、心にも無い言葉を吐いた所で僕はもう行くよ」
「……え?」
「だって熱くなって来たし煙とか吸いたくないし。ま、君は適当に家を燃やしながら逃げ惑う人々を灰にしちゃってください。当然、役目を放棄したら君の家族は……」
「わかってるよ!!」
その一声と共に放たれた火焔が、先程の青年の身を包み込んだ。家が燃え、道路に飛び出してきた途端の出来事であった。一瞬だけ絶望に濡れた断末魔を振り絞って、彼は天へと召された。遺体は原型という表現をハンマーで粉々にしたような、とにかく原型をとどめていない、無残な姿だった。
「……よろしい。では、役目を果たしてください。……メガヤンマ、背後から攻撃してきたら反撃よろしくね」
もうそんな気力は無いと思うけど、と捨て台詞を残し、宗次朗に背を向けてゆったりのんびり、マイペースに冬樹は道を歩き出した。去り行く背中に、少しずつ小さくなっていく影に、宗次朗は――攻撃の命令を、下す事など出来なかった。
悲鳴と絶叫が折り重なり、一つのオーケストラを構成する中、宗次朗はせわしなく命令の声を張り上げた。ブーバーンという配下はそれに応じ、次々に焼き払っていく。
「お、おまええええええええええええええええええ」
「……ッ!! もやッせえええええええええええ!!!!」
鬼気迫る声を張り上げ、筋肉質なポケモン――ゴーリキーと共に特攻してきた、Yシャツ姿の中年男性を一瞬の内に物質変化させてからぐるりと180度身体を回転させて、住宅街から去ろうとする親子に炎を贈って。確実にその身を焦がしたのを確認してから、宗次朗は自身に怒り狂って特攻してきたトレーナーと、彼らが使役するポケモンを首をせわしなく動かして視認し、コンマ一秒の遅れも無く、最適な動作で薙ぎ払った。
「ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ――」
頭脳が冴え渡る。目の前で黒炭になった人々を突き飛ばし、更に火の手を強めていく。くそ、手数が足りない。まだ、まだまだまだ。誰も逃さない。全部焼き尽くせ。焼かなければ、命が危ないのだから。誰の? 勿論自分さ。後家族。それ以外の命? 知らない。興味ない。だって他人。焼いて焼いて焼き尽くす。あれ、なんだか楽しくなってきた。忙しさが、なんとなく楽しいんだ。なんだろう、この感情。自分でも知らない内に、なんだか――人を燃やすのが、楽しくなってきた?
「燃えてしまええええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!!」
彼の心の中に――僅かばかりの、人を燃やす快感が生まれたのは、丁度その時だったのだろう。
その考えを振り払うように、絶叫に次ぐ絶叫を重ね、ただ、目の前の作業に没頭した――
―
――
―――
「成り行きとはいえ、まさかこうも面白い展開になってしまうとは思わなかった。ね、君もそう思うでしょ、メガヤンマ」
「……」
「反応してくれって!」
「……」
勿論ポケモンが喋る筈も無く、真上のメガヤンマに向かって突っ込みのチョップを入れる冬樹の姿はあからさまな変人として映っている事だろう。ただ、彼の周りに人はいない。逃げ惑う人々は皆、宗次朗の手によって、綺麗に(炭化した状態ではある)掃除されていたからだ。
「あのブーバーンって何レベルくらいあったんだろう。ダイヤって人、炎タイプのポケモンいなかったから……ちょっと欲しかったな。ま、いいか」
そこまで一人ごちて、ふと振り返る。空にもくもくと昇っていく煙。赤い炎が空気を揺らして少しだけ幻想的。耳を澄ませば、静寂の中に少しばかりの悲鳴と絶叫がバックコーラス。少し遅れて、爆音の効果音のおまけ付きだ。
「……自分の大事な物の為ならば、全てを投げ打てるのが人だ。人は殺してはいけません、そんな事、誰が決めた? お偉いさん? いるかもわからない神? はっ、なら人じゃなきゃいいのかよ、って話にならないかな。だってそうでしょ、僕達は日々牛や豚を殺してハンバーガー! テレッテー! とかやってるけど、それだって殺しさ。要殺しは悪い事じゃない。だってそうだろ、そうじゃなきゃ僕達の食事は栄養価の低い野菜だけになってしまう。僕は御免だね」
再び饒舌を取り戻した冬樹がそこまで語って、息継ぎと深呼吸を何度かしてから、言葉を紡ぎ始める。
「理性が保っていた時代はもう終わりだ。こんなに恐ろしい兵器が蔓延してる世界に、法律なんて必要ない。全部壊して、全部狂わして、全部全部、僕の狂気を伝染させていけば――」
そこまで語った後、一層激しい轟音が振り返った先から響く。
「ほらこの通り、綺麗な世界の完成だ」
ふふーん、と鼻歌を上機嫌で歌いながら、冬樹は歩き出した。