シュレディンガーのゴミ箱   作:テンガロン

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07.殺人に溺れた哀れなる犠牲者

 

 

「おじゃましまーす」

 

 

 冬樹は訪れていた。第一声を聞けば分かる通りに、とある住宅にだ。表札に記された文字は――野崎。古びた木造建築の家は、廊下に足を重ねていくたびにギシギシと鈍い音を立てて軋んだ。

 

「メガヤンマ、お前よく通れるな」

 

 頭上でせわしなく羽ばたいていたメガヤンマも、狭い家という事もあって少々控えめである。通路に羽がぶつかるのか、廊下の壁にはメガヤンマが羽ばたく度に深い切り傷が生じていくのがポケモンという存在の破壊力を現していた。

 ちらり、と冬樹が玄関先を振り返ると、まるで違和感も無くしたいが存在していた。普通だ。普通に死体が存在している。二体あるが、特に不自然な点は無いだろう。非現実的光景は、感覚の麻痺した冬樹の双眸に、最早オブジェクトとしてしか映る事は無かった。

 

「さて、適当に――」

 

 廊下を抜けた先、そこにあるのはごく普通のリビング。仮定的な場所。そこに置かれた一台の電話機を手に取り、彼は――

 

 

 

――

―――

 

 

「はぁ……、はぁ……、や、ったぞ……」

 

 

 へへへ、と顔一面に虚ろな笑みを浮かべ、虚勢を張る宗次朗。度重なる熱と絶叫に蝕まれ、彼の精神は最早崩壊寸前であった。それでも彼を現世に、現実に留める者は大事な家族の存在であり、それが失われたら彼は最早ただの虐殺者であろう。

 アスファルトに転がる炭は、かつて人間だった何か。それが転々と幾つも転がり、その犠牲者の多さを物語る。家々はまだ燃え盛っており、まだ燃やされていない付近の家や庭にまで引火し、更なる勢いを見せようとしていた。

 宗次朗は、自分の中に眠る人を燃やす快感にこの騒動の最中。気付き始めていた。ブーバーンが人を燃やすたびに快感を感じる。悲鳴が聞こえなくなるたびに興奮を感じる。それは避けがたい感情。だがそれを、宗次朗は必死に押さえつけた。絶叫。咆哮。叫んで叫んで叫んで蓋をして。その感情を、内側に潜めた。……その結果、彼の精神は、崩壊寸前といったところまで追い込まれてしまったのだ。

 肉の焼ける臭い。排泄物の臭いも混じっている。血の臭いは自然としない。炎に掻き消されたからであろうか。先程の住宅街を移動し、この数十分の間に次々と家や人、ポケモンを焼き払った凶行は、既に犠牲者を百名以上出すと言う大惨事を引き起こしていた。

 

 

「お、おおおおおおお、終わった」

 

 静寂。いや、炎がごうごうと燃え盛る音だけが残されている。それでも静かな物だ。先程までの、気が狂いそうな叫び声を思い出して、再び乾いた笑い声が喉を無意識の内に飛び出していた。

 街を焼いた。でもまだまだ焼いていない場所はある。だが、ブーバーンの体力は既に限界を迎え、炎を後数発しか撃てないという状態にまで追い込まれていた。撃ち切らないのは、誰かに襲われた時の保険である。精神的に参っていても、自分が生き残る術を最後まで残しておく、というのは――流石である。

 

 

「はは、ははは――」

 

 

 瞬間、足音。コツン、コツン、とわざとらしく音を敢えて大きく立て、近付いて来る人間。何処だ、何処から音が聞こえてきている。焼け続ける家々とアスファルトに転がる炭に目を配り、それから前方後方と振り返り、そして見つける。背後からやってきた人の皮を被った悪魔――冬樹とその配下。メガヤンマの存在を。

 

 

「おはようございます いやあ熱いねえ。宗次朗クン、汗だらだらだけど倒れたりしないよね? 煙も凄いし、大分心配になるなあ」

 

 

 冬樹は、何故か赤色の帽子を深く被り、黒縁の眼鏡を着けていた。その眼鏡を良く見れば、レンズが綺麗に割られて切除されている事が分かるだろう。要するに、伊達眼鏡という奴だ。……無論、そこまでして御洒落に拘る様な少年ではない。あくまでも、変装の為――

 

 

「あ、ああ、だ、だいじょうぶ―― ……   ……   え? 」

 

 

 その、何処にでもあるような格好が、特に赤色の帽子が、宗次朗の記憶を抉った。抉って抉って走馬灯が見えようとするくらいだった。脳に訪れる凶悪な頭痛とおぞましい想像。立ち眩みにも似た、世界に拒絶されるようなふらっとする感覚、あまりに突然に、唐突に、訪れたその冬樹の変装に、宗次朗は、絶望のあまり身体を硬直させ、地べたに崩れ落ちた。

 

 

「ああ、電話を借りたついでにちょっと拝借したんだ。これ、持ち主が死ぬ間際まで被っていた物なんだけど見覚えないかな? ……ね、『野崎』宗次朗クン――」

 

 

「                         」

 

 

 それは言葉ではなかった。絶叫、咆哮、叫喚、疾呼――言語なのかそうでないのか、冬樹にも、当の本人である宗次朗にも理解する事は出来なかった。感情のままに、喉から血が出ても尚、その感情の濁流を押し留める事は出来なかったのだ。目の前に空間に存在する生命、そう、冬樹という存在ただ一人に向けて、彼は憎しみを向けた。

 宗次朗の意思に呼応するように、ブーバーンが構える。両腕の筒状の物体を冬樹へと向け、過去最速の勢いで放たれた火焔は、叫びに不意を突かれ、メガヤンマに対処を命じる暇も与えられなかった冬樹のその華奢な身体一直線に向かい、そして灼熱の怒りを孕んだ炎は、冬樹の身体を焼き尽くした。断末魔を上げる暇も無く、骨を蝕んで、肉を犯して、血を乾かせて、全ての衣類を、宗次朗の家から拝借した帽子や眼鏡も蒸発させて、そしてそしてそして――

 

 

 

 

  ――そんな事はありえない

 

 

 

 

「ぶ、ば、……?」

 

 

 

 

 ブーバーンは炎を放たなかった。構えを取ったまま、微動だにしなかった。これには幾つかの可能性が考えられるが、最も確率が高いだろう物は、宗次朗の想定よりもブーバーンは疲労していて、炎を放てるだけの体力は残されていなかった、という物だろう。だがこれはありえない。彼の相棒であるブーバーンは、何年も一緒に戦ってきた仲間だ。限界を誰よりも知っている宗次朗が、読み違えると言う可能性はまずありえないのだ。事実、ブーバーンにはまだ体力は残されていたし、あのままなら炎は確実に冬樹を狙い放出されていたであろう。

 

 

 では何故か。

 

 

「  もう、 いやだ……    」

 

 

 可能性は、いや、現実は、真実は、ただひとつ。

 

 

 

「ご苦労様ブーバーン。君はもう用済みだ。ありがとうブーバーン。そしてさようならブーバーン。安らかに眠ってくれ。君のその壮大な火力はまるでオーケストラのように美しい物だったよ。宗次朗クンがこの街の期待株という話も分かると言う物だ。まあ僕には別段どうでもいい事だし、そんな事ブーバーンをぶっ殺しちまった今となっては3秒で忘れようようなすんげーどうでもいい現実なんだけどね。あれ、ブーバーンってなんだっけ? 誰だっけ? 人名? ロシア人みたいだね。……なんてね。てか、別に殺してはいないもんね。メガヤンマは凄いなあ。ああそうそう忘れてた。ごめんメガヤンマ。君は功労者だし、これを言わないと、なんだが締まらないもんね」

 

 

          「エアスラッシュ」

 

 

 過去の話だ。

 少し前に遡って。

 

 

  目の前に空間に存在する生命、そう、冬樹という存在ただ一人に向けて、彼は憎しみを向けた。

 

 

 この時点で、メガヤンマはもう、冬樹の傍らにはいなかった。

 メガヤンマは、冬樹の頭上を離れていた。あの帽子を見せた時点でこうなると予測していた冬樹は、ブーバーンの頭上へと既に仕向けておいたのだった。でもそれは、怒りに身を任せた宗次朗に、気付かれる事はなかった。

 ブーバーンの頭上から放たれたエアスラッシュは、彼の両腕の筒状の先端部を、綺麗に切断した。断面が露になるが、切断された部分を押し付ければくっつくのではないかと錯覚するくらい、綺麗すぎて、何も言えなくなる位の、切れ味の良さであった。

 生気を失う冬樹。炎を放てず、自身の手とも言うべき部位を切断され、苦しむブーバーン。唸り声なのか、叫びなのか分からない低い声を上げているが、冬樹には別段どうでもよかった。最早、彼の興味は完全に失われていた。

 

 

「メガヤンマ戻ってきて。……そうそう、君の母親と弟の死体が見たければ君の家の玄関に、逆上して襲い掛かってきた父親の死体が見たければリビングに行くといい。最も、見たい訳が無いだろうけどね! ふ、ふふふふ、ははははははは!!」

 

 

 飛来し、地面に着陸した巨大な蜻蛉、メガヤンマ。その背に冬樹は跨り、強くしがみ付く。やがてメガヤンマは地面から空中へと離陸し、宗次朗とブーバーンの姿が、離れていく。

 

 

「それじゃあ、達者でね!! 君の活躍は忘れないよ!! まだまだこの街は破壊してないけど、全国一周、全てをぶち壊したら戻ってきて、その全てを破壊してやるから、愉しみに待っていてね!!  ――アディオス、フタバタウン」

 

 

 こうして、冬樹は――次なる目的地へ向けて旅立った。

 数え切れぬ程の人々を意図的に殺害し、家々を燃やした脅迫犯に宗次朗という少年を仕立て上げ――彼の復讐計画は、ゆるりと始まったのだ。

 

 

 






「ちくしょう、ちくしょう……」


 それから、泣きじゃくる宗次朗と、痛みに苦しむブーバーンが残された。


「ごめんな、ブーバーン、今、ポケモンセンターに行って回復させてやるからな」


 ポケモンセンターとは、ポケモンの回復を請け負う施設。最も、手を切断などの重症が、無事に直るとは限らないのだが……


「よし、ボールにもど――」
「容疑者発見! 投降しろ! 貴様は囲まれている!!」
「え――」


 顔を上げた先には、警察。
 大量の警察。警察。警察。
 ……なるほど、ここまで派手に暴れれば来るのも当然か――そう、くしゃくしゃになった顔で笑った宗次朗。
 しかし、それが野崎家から、冬樹が電話を借りて通報した物だと知る由も無いのである。


   ――もしもし! 大変です! 家が燃えています! 人も凄い一杯殺されてて、大変なんです!! ブーバーンを操る少年トレーナーがいて、ええ、名前は宗次朗と言うんですけどね――


 興奮した様子でほくそ笑み、受話器を握る冬樹の姿を彼は知る由も無い。


「ブーバーンか……よくもまあ、ここまで残虐な真似が出来た物だ……」
「あは、あはは、おれじゃ、ないよ。おれがわるいんじゃ、ないよ。わるいのは、あいつなんだ……あいつ、どこいった? あれ? あれ、あれ あれれれれれ?」
「……隊長、あの少年、気が――」
「分かっている。……だが、見過ごすわけにも行くまい。……だが、ここまで非道な真似をして、精神に異常がある為酌量の余地ありと判断されるのは、遺憾な事ではあるがな……」

 炎を放出する事が出来なくなったブーバーン。気が触れた少年。
 程なくして、宗次朗は逮捕される事となったのであった。



シンオウ地方全土を揺るがす事件、これがその幕開けである。



04~07
乙:ハイテンション・ジャンクション
おわり


08~未定
丙:センチメント・ジャッジメント
つづくよ
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