その1
「ああ、くそ……。 嘘だろ……」
艦が揺れている、完全に傾いているもわかる。
大型の台風でも小さな揺れで済むはずの艦が、転倒しそうなほど揺れている。
今、この艦は襲撃を受けているのだ。
ならばただの駆逐艦でしか無いこの艦は、海に浮かぶ金属の塊にすぎない。
『奴ら』にとっては脅威ではなく、ただの『餌』にしか過ぎない。
「……総員退艦!? 冗談じゃ──」
共有通信領域から艦長の最優先命令が発せられた。
傾いている廊下で踏ん張りながら、艦外へと向かって動き出す。
靴底が通路の床に吸い付いて、傾いた艦の通路をなんとか駆け上がって気密扉を開放した瞬間。
「──?」
体が浮いていた、見えるのは黒く淀んだ雲と降りしきる灰色の雨。
あ、と思った時には、背中から海に落ちた。
瞼を開いたままだった、流れ込んでくる黒い海水が目に激痛を与えてくる。
落ちた? 海に?
息を吐いて口の中から可能なかぎり海水を取り除く。
纏わり付く黒い海水をなんとかかき分け、海面から顔を出す。
瞼を開きたいが無理だ、激痛に苛まれる眼球から涙が溢れているが黒い海水を押し流すには至らない。
緊急作動した体内のナノマシンが皮下と口内、眼球内に集まり汚染物質の体内侵入を抑えている。
唾と一緒に口の中に残っていた黒い海水を吐き出しながら、波に揺れる体で聞き取るのは戦闘音。
まだ撃沈されていない味方艦が居るのだろう、粒子砲の発射音が何度も聞こえてくる。
呼吸を整えながら、もう駄目なのかと考える。
引っ切り無しに共有通信領域から確認できている敵の数や艦種、味方の損害が流れてきている。
更新される度に味方艦が減り、敵艦の数が増えている。
質で負けているのに数でも負ける、類稀なる戦術家でもなければ覆せない状況。
そしてその戦術家に相当する人物は……居ない。
一隻、また一隻と、船体を抉られ、爆発が起こっている。
あるいは、光が船体を貫き、復原不可能な致命傷、遅れて爆発。
もう、終わりだ……。
奴らに打ち勝てる『切り札』は、此処にはない。
故に負けた、切り札を手に入れる前の状況が此処で繰り返されただけ。
「……ちくしょう」
爆発で大きくなった波に攫われながら、ここで死んでしまうのだろうかと考えていた。
──身体保護モードに切り替わります──
27世紀、西暦2621年。
人類発祥の星である地球を中心とし、太陽系に分布していた人類の数は嘗て1000億を超えて版図を広げていた。
それよりたった17年の後、今現在約20億にまで数を減らされた。
その原因はたった1つ、外宇宙より飛来した『人類に敵対的な太陽系外起源種』である。
奴らとの交戦、それが人類の衰退を招いた。
最初期こそ、進化し続けていた人類の科学力を持って圧倒出来ていた。
だがそれは長くは続かなかった、奴らは対応してきたのだ。
今までは接近して殴ってくると言う原始的な攻撃ばかりであったが、損害を受け続ける奴らは射程と言う概念を理解し、威力と言う法則を理解した。
それからは一ヶ月と掛からず戦いは砲撃戦へと移行、撃って撃たれての砲撃の殴り合いになった。
こちらの主力艦の火力を上回り、通常の装甲では防ぎきれなかったために被害が増大。
それを嫌った人類は長距離からの大火力狙撃に移行、これも初期は効果を挙げていたが対応された。
結局交戦距離が長くなっただけの射撃戦、被害は変わらずに奴らの攻撃パターンを増やしただけ。
その当時はまだ何とかなると上は考えていたのだろう、今となっては罵倒されるだけの無能者集団呼ばわりだが。
当初の圧倒的優勢は半年ほどで圧倒的劣勢へと様変わりした、そこからは阿鼻叫喚だったという。
質を獲得した奴らは人類の勢力圏を瞬く間に縮小させていった。
滅びないためにも足掻くも、奴らに慈悲という言葉はなく人類を潰して回っていった。
その結果が17年の内に失われた数百億もの人命と、奴らの人類の本拠地たる地球への侵攻。
星の海へ出ることを封じられた人類は、母なる大地と海を汚されながら戦い続けていた。
──身体保護モードを終了します──
目が、覚めた。
あったのは驚愕、状況的に助かるとはとても思えなかった。
陳腐な言い方をすれば奇跡なのだろう、まさかあの後すぐに救助が来たなんて思えない。
……いや、もしかすると、駆けつけた切り札が奴らを薙ぎ払ったのかもしれない。
何にせよ自分は助かったのだ、喜ぶべきことだろう。
ナノマシンのおかげで寝起きの微睡みは一切なく、ベッドからすんなり起き上がれた。
筋肉の衰えも抑えられていて、あの時の艦から投げ出される前と変わりがないと感じる。
ベッドから足をおろして座っていると、俺が目を覚ましたことにナノマシンからの通信で気が付いて来た看護師が現れた。
「気が付かれましたね? 担ぎ込まれてきた時は酷かったんですから」
看護師に話を聞くと、海に投げ出された後海難に遭って漂流していたらしい。
普通に考えれば味方の艦が全滅すれば、すぐに助けに来てくれる存在など居ないので海難に遭ってやむなしだ。
海難に遭った俺は海面を二週間ほど漂い、本土側に流されていたおかげで救助されたとのこと。
拾い上げられた時は体中汚染された海水でドロドロ、後2日か3日漂っていたらナノマシンも抑えきれなくなって皮膚からドロドロになっていたらしい。
ちょっとブヨブヨだった俺は当然入院、それから一ヶ月間の汚染除去と身体治療の甲斐あって今さっき目が覚めた。
「立てますか? 医療用ナノマシンも有りますけど、精密な検査をこれから受けてもらいますよ」
是非もなしだ、汚染で障害が残ると碌な事がない。
俺は頷いて、先導する看護師の後について行った。
それから大型の機械に入れられて体中くまなく検査された、結果汚染の除去は完了して身体機能に障害は残らないと判断された。
もう大丈夫なら帰っていいのかと、退院の手続きをお願いしますと言えば待機しててくれと言われた。
困ったことに退院手続きの準備のための待機ではなく、軍からの命令だった。
士官学校卒業したすぐ後のあれだから、色々話をしないといけないのだろう。
……そもそも俺以外に生き残った者は居ないのだろうか? 居たら良いのだが望みは薄そうだ。
そんなことを考えながら2時間、病衣のまま着替えることも出来ず長々と待ってやっときたのは軍服を着た男。
素早く階級章を確認すると、両肩には海将の階級章。
まさか海軍幹部が通信ではなく直接会いに来るとは思わなかった、確認するやいなや立ち上がって姿勢を正し、敬礼を持って迎える。
「休め」
指示通り両手を腰に回し、足を肩幅まで開いて休む。
「……体調はどうだね、少尉」
「手厚い看護を頂けたようで万全であります、閣下」
「それは良かった、君だけでも快復したのは幸いだった」
「……生存者は、自分だけでありますか?」
閣下は頷く、百名を超えていた乗員は俺を除いて帰らぬ人になってしまったのか。
戦わずして同期が皆逝ってしまった、
「まさか、と言う思いが強い。 このような形で彼らを失うとは痛恨の極みだ」
閣下は目頭を押さえた、卒業したての幹部候補生が皆海へと消えたのだ。
配置も恐らく決まっていたのだろう、予定がかなり狂ったのは間違いない。
「……少尉、君には選択肢がいくつかある」
顔を上げた閣下は、脇に抱えていた書類を差し出してきた。
「これには君の次の命令が書いてあるが、君はこれを受け取らず拒否する権利が与えられている」
「……宜しいのですか?」
「今の君に対して、上は懐疑的でもあるということだ」
視線を落とせば真っ白で何も書かれていない表紙、諜報防止用の特殊加工がしてあるのだろう。
それを見やった後、手を伸ばして命令書を受け取る。
「命令書を受領いたしました」
「……宜しい、貴官の健闘を祈る」
俺の敬礼に対して、答礼を返す閣下。
減り張りの聞いた動きで踵を返し、閣下は病室を出て行った。
それから数秒して腕を下ろす、いきなりお偉いさんが来てかなり焦った。
一つため息を吐いた後、手に持つ命令書に視線を落として捲ってみる。
真っ白い命令書を数秒見つめれば、文字が浮かび上がってきて俺に与えられた命令がどういった事なのか理解する。
「……大学の科を回れ?」
命令は海軍大学の艦艇に関する幾つかの科で講義を受けてくるように、と書いてあった。
講義を受ける事は当然その科に関する艦艇の訓練をするということ、科の種類が幅広いために何を修めさせようとしているのか理解し難い。
しかしながら自分で選んだのだからやらねばならないだろう、やっぱり嫌だなんてのは通じないんだから。
死にそう、命令受諾後に退院やら着替えやらの後、改めて命令書見たら一週間で回って来いとか書いてあった。
おかげで食事とトイレと風呂と睡眠以外は全部講義の時間、本当に俺に何をさせたいのか……。
特にメンタル科とか受ける意味があったのか、疑問しか浮かばない。
それでも何とか頭の中に無理やり詰め込み、一応の修了認定を受けて卒業させられた。
精神的疲労とはこんなものなのか、頭から重くなって体も重くなっている気がする。
横になって眠りたかったが我慢して修了した旨を報告したら、今度は横須賀基地に行けと命令された。
休む隙がないとはこの事か、迎えに来た車に乗せられて横須賀基地へ連行。
その時の車内で命令書を渡され、見てみると新造の特型駆逐艦艦長に任命すると書かれていて混乱した。
艦長!? 艦長なんで!?
命令書に齧り付くように見たが、見間違いではなかったようでやっぱり艦長に任命すると書いてあった。
士官学校卒業して半年も経っていない少尉が艦長に任命されるなど、余程のことがない限り在り得ないだろう。
じゃあ今が余程のこと、緊急事態なんだろうか?
いやいやまさか、慢性的な人員不足と言われてるが流石にこれは、ねぇ……?
送迎の運転手に聞いたとしてもわかるわけないし、命令書を渡してきた人に聞いても同じくだ。
しょうがないので基地に着いたらお偉いさんに聞いてみるしか無い、溜め息を吐きながら命令書を足元において流れる外の景色を眺めた。
それから数十分、巨大建造物が立ち並ぶ要塞港でもある海軍施設が見えた。
はっきり言って一つの街規模の港だ、日本の主要基地であるために周囲は相応の施設で盛り沢山。
そんな数百年の歴史ある港の一角にある基地のゲートから中に入り、司令部へと足を運ぶ。
そこでも命令書を渡されるだけ、一介の少尉が司令官に会えるわけもなく命令書に従って9号ドックへと移動した。
あったのは外からは中を伺えないドック、視線をどこに移しても銃を持った兵士がうろついている最重要機密区画だ。
なんとなくだが嫌な予感がした、明らかに少尉ごときが近づいてはならない場所。
冷や汗をかきながら受付へ、命令書を渡してからの身体検査と身分確認。
三十分掛かって本人であると判断され、中に招き入れられた。
開かれた重厚なドアを何度もくぐり抜けて、ドック内へと入り込むと一隻の艦艇があった。
すでに進水は済んでいたのか、ドック内に注水してあり浮いていた。
まさかこれの艦長になれというのか、どう見ても通常艦艇とは全く形状の違う艦だ。
妙に角が多く、通常艦艇に見られる丸みが一切ない。
このような形状の艦は現状一種類しかなく、俺の予想通りの艦であれば……。
「あなたがこの暁の司令官ね!」
声がした方向に視線を向ければこの場にそぐわない、子供の風貌の少女が居た。
腰くらいまである艶やかな黒髪の上に、おそらくは昔のものであろう戦闘帽を被っている。
これまた古いセーラー服で、黒いストッキングか何かを履いている背の小さい十代前半位の少女。
彼女から視線を外して艦を見る、そうして悟った。
「ふふーん、暁の魅惑的な
腕組みしてなんだかよくわからないことを口走っているこの少女に、俺に求められたのは真っ当な艦長職ではなく。
この新造された特型駆逐艦こと『重力子機関搭載型駆逐艦』の艦載AIの教育係、それが上から求められた俺の仕事なのだと悟ってしまった。
「──ちょっと、司令官? どうしたの?」
俺が反応しないことに訝しんだのか、一歩前に出て顔色を窺ってくる艦載AI。
いや、
「初めまして、貴艦の艦長となる日本皇国海軍特殊作戦群所属の
「日本皇国海軍所属、暁型駆逐艦1番艦『暁』よ! 一人前のレディーとして扱ってよね!」
そうして握った彼女の手は、人在らざる冷たさだった。