体温というモノを感じられない、暁の小さな冷たい手を離す。
「暁、君は新造のユニオンコアだと聞いてるが合っているかな?」
「ええ、そうよ」
「では、特型駆逐艦として基本的な情報は入ってると考えてもいいかな?」
「ばっちりよ!」
胸を張って応える暁、通常艦艇にはない機能も問題なく使えるようならやっぱりコアの人格に関することなんだろうな……。
「そうか、なら特型として活躍できるよう私も尽力させて貰うよ。 ではまず君の認識について聞かせてもらいたい」
「……認識?」
首を傾げる暁、可愛らしい容姿であるから良く様になっている。
「暁、君は私のことを君の艦長であると認識してるかな?」
「ええ! 司令官はこの暁の艦長だってわかってるわ」
「なら気をつけた方が良い、君の喋り方は上官に対する言葉遣いではない」
基本メンタルモデルはコミュニケーション用インターフェースとしての側面が強い。
同時にメンタルモデルと言うナノマテリアル構成体は軍人として扱われ、艦長の麾下として指揮に従わなければならない。
つまり上官と部下の関係であり、部下である暁が上官である俺に砕けすぎた話し方をしてはいけない。
上下関係を持って規律を守る、それが軍隊であるからだ。
「理解できたかな?」
「わ、わかったわ……」
「わかりました、あるいは了解しました」
「わかりました!」
「宜しい、それじゃあ乗船しようか」
なんだかヤケクソになっているような気がする暁を置いて、艦艇の方の暁へと向かう。
「……なんだか苦手だわ、この司令官」
……出港時間も迫ってるし、今回は聞かなかったことにしておこう。
乗船するためのタラップねぇのタラップ、と見回していたら半透明の六角形が並んで艦へと伸びていた。
暁曰く、クラインフィールドの応用なんだから! と言っていたので注意しておいた。
確かクラインフィールドは重力子崩壊による境界面の空間作用効果によって上位次元にエネルギーを逃して無効化する、とか言う話だったはず。
船体を守るための盾としか考えていなかったクラインフィールドをこう云う風に使うか、と少し感心した。
同時に艦の全ての機能を制御するメンタルモデルが居れば、タラップなどの昇降装置を用意しておかなくて良い利点もある。
そう考えながら階段状になったクラインフィールドの六角形を登り、艦首近くから暁へと乗船する。
足を下ろした甲板は木目調になってはいるが木製でない事は踏み心地でわかる、通常艦艇と同じく滑りにくく水捌けが良い構成となっているのだろう。
足元から視線を上げてまず見えたのは砲台とその背後にある艦橋だ、何百年前もの軍艦を参考にした外観らしく奇妙な新鮮味があった。
艦橋へと向かえばさらに奥に煙突らしきものも見えてくる、当然特型の艦艇に排煙の煙突など必要ないので何か別の機能を持っているのだろう。
艦橋の側に行くと分厚いドアがある、前に立てばスライドして開き、中には手すりの付いたエレベーターがあった。
エレベーターに乗れば暁もピョンっと乗り込んできて、スイッチも何も触っていないのに上昇し始める。
エレベーターが上がりきって正面のドアが開くと、水平に180度ほど見える艦橋内部。
それだけだ、情報を示すディスプレイなどそういった物が全く無い。
艦橋の床と中と外を区切る壁と外の様子を見れる窓だけ、全く何も無さ過ぎて困惑する。
「……暁、これは?」
「これ?」
聞いてみるも暁は艦橋に何もない事は不思議でも何でもないらしい。
このメンタルモデルの暁は艦のセンサーやレーダーに直接繋がっているので、手動で操作する物が全く必要ない。
砲塔による射撃もミサイルや魚雷の発射も完全
それを成したのは『ナノマテリアル』、メンタルモデルの暁を構成しているのも、船体の暁を構成しているのも両方ナノマテリアル。
プログラムすることで組み合わさり一つの物体として構成することが出来る、分子サイズのロボット。
なので船体が大きく傷付こうとも、余剰のナノマテリアルがあればあっという間に復元できるし。
ミサイルや魚雷が不足すればその場で生成も出来る、当然弾頭の炸薬も生成できる。
理論上どんな形状にも物質にも変化することが出来る、人類科学の結晶体。
まさに夢の様な物ではあるが、分子レベルのロボットを製造すると言うことで、普通に製造された物よりもナノマテリアルで生成された物の方が圧倒的に高価となる。
それが祟って特型軍艦は馬鹿みたいな値段になるらしい、それだけではなくこの暁のユニオンコアや主機の重力子機関もちょっと想像も出来ないような費用がかかるのだろう。
そんな物を押し付けられた俺、はっきり言って退役したくなってきた。
事前に知ってたら絶対命令書受け取るの拒否してた、これは間違いない。
しかしながら、もう後戻りもできないので命令を遂行するしか無い。
「……とりあえず艦長席が欲しいな」
「椅子ね、わかっ……りました」
妙な間を開けて暁が言う。
なんでだろうか? 人間よりも切り替えはきっちり出来そうなものだが。
そんな事を考えていたら、艦橋中央の床のナノマテリアルが動き出して文字通りの椅子が出来上がる。
支える足があって腰を下ろす座面があるだけの、背もたれも肘掛けも無い本当にただの丸椅子だった。
暁を見るとやり遂げたような表情、正直この頭は飾りかとグリグリ押さえつけたくなる。
この椅子を見て艦長席と断言できる奴が居たら、そのアホ面を見てみたい。
「……暁、外部ネットへの接続は可能か?」
「勿論出来る、ます」
「結構、なら艦長席で検索しなさい」
「───」
指示通り外部ネットから艦長席と言うものを見ているのだろう、暁の瞳が揺らいで様々な色が乗った。
やはり人の形をした
まあ、人の脳細胞も寸分違わず再現できるのだから、人の感情もシミュレート出来ても何ら不思議ではないか。
「……あの、司令官」
艦橋の外を眺めていたら、申し訳無さそうな暁の声。
同時に丸椅子が床に沈んでいき、代わりに中々立派な艦長席がせり上がってきた。
ちゃんと肘掛けや背もたれもある、見かけは立派な艦長席だ。
問題があるとすればカバーの色だが、報告してくるのは暁だけなのでそこまで問題視する必要もないか。
「宜しい、上出来だ」
恐る恐るだがゆっくり座ってみると、ちゃんとクッションもあって中々の座り心地だ。
変にグラグラ揺れたりもしない、中身も伴った艦長席。
「暁、出港の時間が迫っている、機関の様子はどうか」
「……問題ありません!」
「では手筈通りに出港の連絡を港長に」
「……港長への通報完了、ドック開放まで45秒」
ドックの隔壁展開までの間、俺は窓の外に視線を向けたまま、暁に声を掛けた。
「暁、今の君には経験が必要だ。 失敗を恐れて躊躇うことはない、わからないことがあれば聞けばいい、外部ネットに繋がるのなら検索をかけてもいい。 その結果があの丸椅子からこの艦長席で、君は今一歩成長した。 だから躊躇うな、前に進め、それが一人前のレディーになるための最低条件だ」
言い切ったと同時に艦正面の隔壁が開き始め、外の景色が視界に入ってくる。
「両舷微速! 暁、出港!」
「両舷微速! 暁、出港します!」
艦が動き出す、開ききったドックの隔壁を横切り、予定航路へ乗るために海を進む。
全くもって、難儀な仕事になりそうだ。