蒼き鋼鉄の艦隊   作:BBBs

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その3

 ぐんぐんと横須賀港から離れていく暁、何というか恐ろしいほどに速い。

 

「暁、艦の情報を」

「了解しますわ」

 

 うん、流石におかしい。

 かなり言葉遣いに違和感が出てきたので、もしかしたらコアがエラーでも吐いているかもしれない。

 艦の情報を見る前に、暁の様子を調べようとした時には艦橋一杯に情報が表示された。

 文字通り隙間なく空間に投影され、それが全て艦のリアルタイム情報だと何となく理解できた。

 

「……暁、情報を確認するのは人間であることを考えてから表示しなさい。 艦の機関出力やクラインフィールドに強制波動装甲展開率、残弾数程度で良い」

「了解したわ」

 

 情報を表示していたサインフレームが殆ど消え、先ほど言った情報だけが載ったものが残る。

 

「………」

 

 その中の現在の速力を見れば、150ノット(277.8キロメートル)ぴったりで航行していた。

 知ってはいたが目の当たりにするとちょっとした恐怖感が湧き上がってくる、こんな速力で移動するなど普通であれば小さな波でも跳ね上がってそのまま海面を転がってバラバラになりかねない。

 しかし艦は僅かな揺れもなく、まるで海面を滑るように移動している。

 それを成しているのが艦全体に掛かっている重力及び慣性制御、これで艦に無用な反動を弾いていて驚異的な速力を実現している。

 特型軍艦の中で最小ながら通常艦艇を遥かに超える性能、この速力で巡航速力なのがそれを証明している。

 

 最新鋭は伊達じゃないか、膨大な出力を出せる重力子機関に理論上あらゆる物体に変化できるナノマテリアル。

 それだけじゃなく重力及び慣性制御装置も画期的なテクノロジーであるし、プラズマジェット推進機も数千トンもある物体を簡単に押し出せる推進力を生み出す。

 そしてそれを統括するのが暁の頭脳であるユニオンコア、中枢であるからこそ半端な出来で作り出されるわけがない。

 

「暁」

「何でしょうか、司令官」

 

 呼べば振り向く暁、なんだか感情が抜け落ちたかのような表情。

 

「今から自己診断モードを掛けられるか?」

「……メンタルモデルはシステムチェックによる擬似休眠状態に入り、船体機能の一部が使用不可となります」

 

 淡々とした物言い、急に機械じみてきた暁。

 やっぱり問題でも出てきたかと考える。

 

「周囲に敵性反応がなければ、船速を10ノットまで落としてチェックには入れ」

「システムチェックに1時間ほど掛かります、予定到着時間に間に合わない可能性があります」

「構わん、システムチェックに入れ」

「命令に反する可能性があります、この場合──」

「艦長命令だ、システムチェックに入れ」

「了承、減速後システムチェックに入ります」

 

 強く命令すれば、それに従う暁。

 正直俺の責任よりも暁の方が大事だ、特型が一隻居るだけでも相当な戦力なるんだから、作られたばっかで早々壊れるとか俺の首が飛ぶどころじゃないし。

 そんな事を思いながら眺めていた艦の状況を示す一つのサインフレーム、速力の部分が急激に下がっていく。

 外の景色も流れる速度が遅くなる、全く慣性が掛かってないから重力制御万々歳だな。

 

「これよりシステムチェックに入ります、システムチェック中も音声応答可能」

 

 そう言って暁がその場に座り込む、足を抱えての体育座り。

 膝に顎を乗せて動かなくなった、リソースの多くを内側に向けたのだろう。

 そんな暁から視線を外し、船体情報のサインフレームを見つめる。

 クラインフィールドや強制波動装甲の稼働率から機関の出力など、他にも色々表示されているが技師でないので理解できないものも多数。

 

「……暁、システムチェックの進捗状況の表示してくれ」

「了解」

 

 他のサインフレームを押しのけ、暁の内面を表示するものが現れる。

 一瞬何かが表示されて消えていく、下から上へと瞬時に押し流されて判別出来ずに流れている。

 それを一目見てわかったのは、何もわからなかったということ。

 

「正常な状態と比較して、異常値を出したものだけを表示してくれ」

「了解」

 

 超高速で流れていた情報が消え、幾つかのエラーと推測される情報が浮かんだ。

 

「……個性(アイデンティティー)とのコンフリクト?」

 

 暁は感情を表現しきれていない、言葉に出来ないとか笑顔が上手く浮かべられないと言った意味ではない。

 喜怒哀楽は表現できる、楽しいと判断すれば笑えるし、悲しいと判断すれば泣ける。

 だが喜びと悲しみと言った背反する事を両立できない、嬉しいと悲しいを同時に感じればどちらか片方の感情しか表現できない。

 人間であれば嬉し泣きと言った表現もできるが、暁にはそれを表現できない。

 個性と定めた感情で、個性と定めた『明るくよく喋る』事と軍人として『言葉遣い正しく静かで居る』事は暁の中では背反していたために両立しようとしておかしな言葉遣いになっていた。

 

 正直こんなのどうすればいいんだよ、と考えれば解決方法も書かれていた。

 簡単な話、暁は経験が足りないのだ。

 子供が大人になる過程で学んでいくように、コミュニケーションを経て感情の処理方法を学ばせていく他ない。

 なんでこんな解決方法が出てくるのかというと新造のコアが陥りやすい状況との事、ユニオンコアとか暁の一個だけじゃないから同じ事例もあったわけか。

 問題があるとすれば、具体的な解決方法が書かれていないということだな。

 

「………」

 

 どうすればいいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システムチェック進捗率が増え続けるのを一時間、敵襲もなく合流予定の艦隊にも問題が発生したので遅れますと連絡を入れて待った。

 連絡の際、合流先の艦隊司令官にネチネチ言われたけど、俺より特型駆逐艦の方が大事なのでは? と言ったら認めてくれた。

 通信が切れた後は静かだ、外の音は聞こえないし暁はシステムチェック中で無言だし、だから艦長席に腰掛けたままどうすればいいか考えた。

 と言うか、なんで明るくよく喋る事と言葉遣い正しく静かに居る事が相反するんだ?

 時と場合で使い分ければいいことだが……、それが出来ないからおかしなことになってるのか?

 

 経験が足りないって事はそのまま子供って事でいいんだろう、ちょっと違うが我儘を言って叱られても大人しく出来ない子供と言った感じか?

 正確に言えば感情を制御しきれないのか、だから自然に表現できずにエラーを吐いて感情の演算を切っていったのか。

 この場合の解決策は二つある、一つはそのまま軍人として行動させ感情演算を切らせる、デメリットは暁の個性が育たないこと。

 もう一つは軍人として行動させないこと、デメリットは言葉遣いが直せないこと。

 

「………」

 

 仕方がない、か……。

 

「──システムチェック完了、エラーレポート生成」

「暁」

「はい、司令官」

 

 立ち上がった暁の、感情のない顔がこちらに向けられた。

 

「感情演算の再開、同時に言葉遣いの矯正命令を撤回。 以後暁が定義した個性のまま振る舞うことを許可する」

「──了解、……本当にいいの? 司令官」

 

 急に感情が乗った表情になった暁、本当にコロッと変わるな。

 

「……大事なのは暁だ」

 

 そう言えば両手で顔を抑えて、体をもじもじと揺らし始めた。

 

「……あ、暁が大事だなんて……。 で、でもレディーとしてちゃんと答えないと……」

「機関出力上昇、遅れた分を可能な限り取り返す。 200ノットだ、可能だな?」

 

 俺の声を聞いて唖然とした表情から、むうっと頬を膨らませた暁。

 

「……と、当然よ! 暁が一人前のレディーだってこと、見てなさいよ!」

 

 変なこと考える前に、本当の一人前のレディーになってくださいよ。

 そんなことを考えながら、速力が急速に上がっていく状況を眺めていた。

 

 

 

 


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