今日も朝から伊達川に説教された俺は仕方なく地下に足を向けた。
屋上に行くのも考えたけど、この炎天下はちょっとな。
研究室の主はうるさいのと邪魔になるのを嫌う。
けどそのどっちもしなければとりあえずそこにいることを許してくれる。
話しかけても無視されるとか、そんなのは俺には関係ないからな。
俺は涼しいところで昼寝できればそれでいい。
「真葉、俺は資料室にいますから明紫波が来たら必要なものは棚にあると伝えてください」
まどろむ俺に声をかけて石黒が研究室を出ていく。けど眠い俺はそのほとんどを聞いてなかった。
そのまま寝ていると遠くでドアの開く音が聞こえる。
寝ぼけ眼をこじ開けると石黒の名前を呼ぶ明紫波がいた。
「真葉、石黒は?」
「棚にあるって言ってたヨ」
何か知らねェけど眠いから持っていけよ。そう思いながら頭の向きを変えた俺は瓶の容器を見つける。
friandises…
ああ、小菓子か。その羅列を目にした俺は自然と瓶のふたを開けていた。
突然の爆発………じゃない。
爆発的に広がった白煙が俺の視界を白濁と覆い尽くしてめまいと頭痛を引き起こす。
なんだこれヤバイやつか?
刺激臭はないけど、ああ駄目だヤバい。
室内に明紫波がいたんだ。
早く外に逃げないと、あいつを逃がさないと。
そう思うのに煙を吸った俺の身体は痺れて動かなくなった。
煙を探知してスプリンクラーが発動する。水が降ってきて俺の身体を濡らしていく。
「真葉!」
誰かの声が聞こえた。でも返事ができない。喉が痛いし目も痛いし…動けないでいたら誰かが背負って運んでくれているらしい。
ああこれが明紫波ならいいのに。他のヤツに運ばれるとかゴメンだから。
目が覚めたら俺は病室で点滴を受けていた。
枕元には伊達川がいて、心配そうな顔でこっちを見てる。
「大丈夫か。ユキちゃん」
さっきまで散々説教を向けていたはずなのに、今は変によそよそしい。
「俺は大丈夫だヨ。それより…」
何があったのかと聞こうとしたんだけど、俺は声のおかしさに言葉をとぎらせた。
声が高い。
慌てて起き上がって自分の身体を見たが外傷らしきものは見当たらない。
「ユキちゃん、着替えをここに置いておくからな。俺は外にいるから…その、濡れた服は脱ぐべきだぞ」
よそよそしい態度の伊達川は病室を出ていく。けどまああいつの言いたいことはわかる。
スプリンクラーのせいで服が濡れて気持ち悪いし………
って、服のサイズがおかしくなってるじゃねェか。
袖も長いしいろいろ変だ。
慌てて点滴を抜いて、服を脱いだ俺はそこで愕然としてしまった。
背が縮んでいたり手が小さくなっていたり。とにかくたぶんこれは女の身体だ。
骨格からそんな気がする。
着替え終えた俺は病室を飛び出した。
廊下には伊達川がいてくれて、あの時の事を教えてくれる。
石黒が開発した新薬は性別を根本から変えてしまう代物らしい。つまり俺はあの煙で女になったということなんだとさ。
普通なら信じにくいことだが……と伊達川も困った顔を見せてる。
そんな伊達川と職員室に行くと外科部長の机に人だかりができていた。
意味がわからないまま眺めていると、男性医師の何人かが股間を押さえて前のめりになりながら職員室を飛び出していく。
伊達川は人混みを掻き分けて机へ向かい、俺もそこにいる明紫波を見た。
たぶん女医の誰かの服を借りたんだろう。
女になった明紫波は暑そうに内輪で胸の谷間を扇いでいた。
ガラの悪かった男が今は巨乳美女になるなんて、ありえるのかよ。
「明紫波、みっともない格好はならんぞ。それに薬品の影響が気になるから休めと言われたではないか」
「だからこうしておとなしく事務仕事だけにしてやってんだろ」
伊達川の注意に反論した明紫波がこっちを見た。
「真葉はあんま変わらねぇな」
ぺったんこじゃねぇかと笑う明紫波に俺は自分の胸元を見る。
すると明紫波はPCを閉じて立ち上がった。
立ち上がると余計に明紫波の変化が見てとれる。
まず身長は俺より低い。
胸は大きいし腰は細いし。何より髪が長い。
色気もある。
「いくぞ、真葉」
「どこにだヨ」
「診察室」
明紫波は俺を診察したいのか? 意味はわからないけど俺は明紫波に着いていくことにした。
診察室に移動すると俺はベッドに座らされた。なぜか緊張する俺の前に立ち、明紫波は額に手を当てる。
「石黒の話だと三日くらいで元に戻るらしい。だからその三日間は仕事休んで良いぞ」
「明紫波はどうすんだヨ」
「俺は事務仕事があるからな」
そう言い放った明紫波は平然とした態度で笑ってる。
こいつ、いきなりこんなことになっても戸惑ったりしないのかよ。
俺はこんな女の姿になって、不安でどうしようもないのに。休みをもらっても、寮でひとりだったら不安で落ち着かない。
そう考えていると不意に明紫波が左頬にキスをした。
軽いそれは一瞬のことだけど、でもすぐ間近に長いまつげに縁取られた明紫波の瞳がある。
「休みをやるから、俺の部屋でおとなしくこもってろ」
「なんで俺だけ…」
ひとりは寂しいし、明紫波が休まないのは納得いかない。
そう思って反論の目で明紫波を見てやる。
すると明紫波はいつもと変わらない悪戯めいた顔を見せた。
「今のおまえを、他の男に見せたくねぇんだよ」