楽そうな主人公の作品なのに、なぜか毎回遅れやすくてホント申し訳ございません…(陳謝)
「予想以上だったわね、うちと第二高校との二試合目は・・・・・・」
先程まで続いていた試合映像を映すディスプレイから視線を外して、私は近くに立ってた克人君に話しかけながら―――ちょっとだけ首をかしげちゃう。
私たちが今いるのは昨日と同じで、各校ごとに用意されている本部テント内のモニター室。自分たちの学校や他校がやってる試合会場の見えにくい部分までサーモグラフィーやズームアップ機能で見やすくしてくれる場所。
さっきまでやってた、達也くんたちが出場しているモノリスコードの第二試合、二校との戦いも客観視点で観戦させてもらってたんだけど・・・・・・正直ちょっと、いえハッキリと疑問が残る試合運びだったせいで少しだけアンニュイ気味な今の私。
「昨日の今日でいきなり押しつけちゃった側で言うのもなんだとは思うんだけど・・・・・・あんなに手こずって時間かけるほどの相手だったかしらね? 二校選手たちのチームって。
それに、ちょっとだけだけど何だか司波くんの戦い方が、十文字くんのスタイルに似せてきてたように見えなくもなかったし・・・どう思う?」
「・・・・・・その疑問を、俺に問われてもな」
腕組みしながら唇を微妙な形に曲げて、なんだかちょっと答えにくい質問された時みたいな声音と態度で、十文字くんが私の疑問に「分からない」っていう答えを返してくれる。
まぁ、そういう回答しか返しようがないわよね。
『自分のスタイルに似てたような気がする』なんて言われても、それは『見る側の受け取り方次第』な問題。
『こーいう戦い方が十文字くんに近くて似ている。・・・・・・と私は思った』
とかって言われてるようなものだし。・・・流石に答えづらいわよねー、本人的にはこの聞き方だと。
それに普段から鏡を見つめて、自分の試合スタイルを意識してるから「似てる人」がいたら分かるようになった十文字くんって言うのも・・・・・・うん、ごめん。ちょっとだけイヤな想像しちゃったので忘れます。
「ごめん、愚問だったわね。
普段の達也くんらしくない戦い方で、十文字くんみたいに圧倒的な力で押しながら前に前に進んでいくスタイルを、達也くん流にアレンジしたって印象だった気がしたのよ。
時間はかかってたけど、弱い小技と戦術で戦ってくタイプの頭脳戦型の主人公じゃなくて、スゴい必殺技とかでピカーッ!ドカーッ!って派手に戦ってくバトル物主人公みたいな感じで」
「その表現ならば分かる。・・・・・・いや、後のたとえは理解できなかったが・・・その予想は多分、合っているだろう。
あの魔法の使い方は、司波本来の戦い方ではないように俺にも思われた」
雫ちゃんから借りて読んでた幾つかの漫画とか――軽小説?っていうのかしらアレって。なんか可愛らしい絵が表紙に書いてある文庫を思い出しながら言った私の言葉を聞いて、たとえは伝わらなかったみたいだけど、十文字くんは疑問の方には賛成を返してくれた。
答えてくれた内容に、私が答えを出すより早くリンちゃんが会話に加わってきてくれる。
ちなみにだけど、今日はいつもの相方な摩利は不在。
まぁ、もともとベッドで安静にしてなくちゃ行けないはずの重傷者が、いつも相方として居続けてた時点でおかしいと言えばおかしかったんだけど・・・・・・そこをツッコんじゃうと馬に蹴られた上に、女として負けた気になりそうなイベントに行って戻ってこないまま。正直、裏切り者のことは知らない。プイッ。
「おそらく、意図的に意識して参考にしていたと思われます。
司波くんの戦い方は、機動力と洞察力、そこから導き出される意外性。魔法力よりも戦闘技術にあると言うことは、先の第一試合でも明らかなはずです。
現に、先程の試合のような直接的なぶつかり合いによる決着仕方は、エンジニアとして手がけた選手たちにさえ、やらせていた例は一つもありません。
・・・・・・根拠は薄いのですが・・・・・・これは、一条選手への挑発ではないかと」
「挑発? あの達也くんが?」
リンちゃんからの意外すぎる一言に、思わずキョトンとなってしまう。
あの大人っぽくて、ひねくれ者の理屈屋な後輩くんが、そんな子供っぽい行為を自分から仕掛けるっていうのは、ちょっとイメージがつかなかった。
これが逆の立場だったなら、驚きはしても納得する気持ちにはなれたんじゃないかなって想像できるんだけど、達也くんの方からってなると急に印象が・・・
「その鈴原の推測は、おそらくは正しい。
俺のスタイルを意識しているのかどうかまでは分からんが、これは一条たちに対する、『正面から撃ち合ってやるから降りてこい』と、三校に準決勝での決着をつけさせるため挑発しているのだろうな」
「はぁ。まあ気持ちは分からなくもないけど・・・あの達也くんが・・・意外だわ」
「そうだな。そして一条たちは、この挑発に乗るだろう」
「え? 三校の《クリムゾン・プリンス》がわざわざ?」
「ああ。九校戦での優勝を諦めていないであれば、応じるしかない」
「それってどういう――ああ、そっか。合計ポイントね。なるほど」
言われてから頭の中で暗算して、現在までの九校戦全体での獲得ポイントと本戦での残り競技数とを試算して、ようやく納得することができた。
新人戦男子陣が悪くなり過ぎちゃったとはいえ、女子陣の結果がスゴク良くて、他の学校が点の取り合いでバラついたことで、合計ポイントだとモノリス・コードが始まる前には既に一高は完全優勝できる可能性が極めて高い状態に至ることが出来ちゃっていた。
コレを阻むには、三高が達也くんたちを準決勝で負かしただけだと不十分で、本戦モノリス・コードを――は難しいとしても、《ミラージ・バット》では一位を取って、逆にうちの成果は芳しくない・・・・・・それぐらいの展開が待っている必要があるほど。
もちろん私たちの第一高校が、今のままの点数を維持する前提で計算していいのなら話は別になるんだけど、現実には相手チームだって今より先へ進み続けるもの。それは私たち自身の側も変わるわけじゃない。
この後も、それぞれに増え続ける点数を勘案した上での計算でなら・・・・・・今の時点で達也くんたちを四位で敗退させられる可能性を得るため第三高校がわざわざ一試合逃してでも達也くんと直接対決を望む可能性はふつうにあるってことになる。
そんな風に考えて、達也くんの謎の理由だった行動に納得することができてたところ、リンちゃんが「ですが・・・」って顎に手を当てて異論ありそうな顔で呟くのが聞こえてきて、
「――その観点で考えれば、やはり先の試合における司波くんの策は『失策』だったのではないでしょうか?」
「え? なんでリンちゃん、一条くんたちの三高に1ポイントも取られることなく勝てるチャンスなのに」
私が再び首をかしげて問い返す声に答えてくれたのは、またしても本人じゃなくて十文字くん。
「次の試合で、司波は一条の方から近づかせてやる必要は無かったからだ。
すでに合計ポイント数で、一高は三校に勝てているのだからな。策を弄することなく決勝で奴らと相対する段まで行けただけで、全体での勝利はほぼ確定していた」
「・・・・・・あ」
その言葉で私は再びポカンとなり、次いで再び納得して、最後にもう一度疑問がわいてくるループ状態に陥るしかなかった。
「じゃあ結局、達也くんは何で、さっきの試合みたいな戦い方してたことになるの? まさか本当に一条くんたちとの競い合いを真っ向から挑みたがるタイプには正直見えないんだけど・・・」
「さあ・・・その点は私にも皆目と予測が・・・。
可能性としてだけなら、司波くんが今までの勝利でおごり高ぶり、策士が策に溺れた結果と見ることも出来なくはないかも知れませんが・・・」
「えぇ~・・・あの達也くんが、やるかしら? そういう類いの失敗って・・・。そこまで可愛げがある後輩の男の子だったら、今よりはハンゾーくんに好かれてる気がするけど・・・」
「・・・そうですね・・・だからこそ私の推測も、根拠が薄いとしか言いようがなく・・・」
「お前ら・・・・・・司波のことを一体何だと考えている・・・?」
新人戦モノリスコード第二試合の結果によって、困惑に包まれていた第一高校首脳陣の面々。
自分たちから臨時の補欠選手になってくれるよう要請して受け入れられた相手に、いう言葉ではほとんどない内容ばかりを言い合いながら決勝リーグ開始までの時間を本部テント内でグダグダと過ごすことになり。
ところ変わって、テント内で首脳陣メンバーたちが、悶々と浮かんだ疑問に自問自答を繰り返していた丁度その頃。
彼女たちと同じ学校に所属している一人の選手が呼び出しを受け、とある場所で待ち合わせていた相手との会合と『引き渡し作業』が同時進行で進んでいた事実を、彼ら彼女らが知ることはない。
その場所とは、九校戦の会場。ゲート前の出入り口。
「小野先生、ご苦労様です」
「コラッ、目上に向かってご苦労様とは・・・・・・分かってて言ってるわね? まったく。
言っておきますけど、私はカウンセラーであって、使い走りじゃないのよ」
俺を呼び出して、頼んでおいた荷物を渡しにきてくれたのは小野遙先生だった。
おそらく師匠からも呼び出しを受けた後、俺への物資運搬役を押しつけられた結果――そんなところだろう。
第一高校の心理カウンセラーにして、警察庁公安庁に属する秘密捜査官。
そして俺と深雪にとっての師匠である九重八雲から教えを受けた、弟子の一人でもある若き女教師。
また、弟子入りした時期で見れば俺たち兄妹にとって年上の妹弟子に当たり、おそらくは《BS魔法師》でもある女性。
・・・考えてみれば、ずいぶんと多彩多芸でバラエティー溢れる統一感のない経歴の持ち主な人だったのだなと改めて思わされる人ではあった。
それぞれに共通して関連する事項がないわけでは無いのだが、逆に言えば応用さえできればなんでも良いようにも思えてしまう。
その点では、むしろ彼女という人間を非常によく現している経歴の持ち主、そう評していいのかも知れない相手。それが彼女だ。
「先生に運搬を依頼したのは師匠であって、俺じゃありませんよ。ですが・・・・・・そうですね。雑用がご不満なようでしたら、本来の仕事でお願いしたいことが無いわけではないのですが・・・・・・」
「いえ、無理に仕事が欲しいわけじゃないんだけどね。それにほら、本来は今日の私の仕事お休みの日だし。休みの日はキチンと休んで休養するのも社会人の義務というもので――」
「――税務申告が必要ない臨時収入、欲しくないですか?」
「・・・・・・・・・(ぴくぴくっ)」
そんなバラエティ豊かな経歴と所属をもった彼女『本来の仕事』の業務内容に、こなせる役割は思った以上に多いという事柄にも今になって気付いた俺は、改めて臨時のヘルプとして彼女に頼れるかどうか試してみることにした。
――もっとも、分かりやすく金で釣る誘い文句に、分かりやすく瞳に浮かんだ同様だけでなく、耳まで反応したような幻覚を見た気になってしまうほど、あからさますぎる反応を見せつけられて些かの後悔も感じなかったかと言えばウソになるが・・・・・・。
これほどアッサリと買収されそうになってしまう諜報員に、仕事を依頼して本当に大丈夫なのだろうか・・・? そういう類の不安が頭をよぎらずにはいられなかったからだ。
このさい彼女がドジを踏んで、正体が露見して敵に掴まって情報を吐かせるため、所謂「あんなこと」や「こんなこと」をされるのは自己責任として構わないとしても、そのヘマに巻き込まれたのでは目も当てられん。
これほどに性格――は別として、人の善い性質の持ち主に諜報員という役職が本当に務まるのだろうか? 早めに足を洗うことを勧めた方がいいかもしれない。
ガラにもなく、そんなことまで考えてしまいそうになり、
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その瞬間。
・・・・・・思わず『無表情な顔をしてピースサイン』をして見せる、世界を変えた天才と称えられている技術者の正体を思い出してしまった俺は、頭を振ってイヤな記憶と関係ない話題を纏めて思考から追い払う。
「し、仕方ないわね。不安を抱えた生徒の力になるのは私たち教師の勤めだし、担当外とか時間外とか言わずに対応してくれるカウンセリング体制の充実ぶりが第一高校の売りでもあることだし」
「勤め先の運営方針をカモフラージュに使う手法には賛成しますが、残念ながら俺の依頼はそちらの仕事ではなく、もう一つの方の仕事に対してでして」
「・・・・・・な、何をさせる気なの・・・? ハッ!!」
俺からの続く言葉を聞かされた途端、強い警戒感を示しはじめる小野先生。
振り払った記憶の悪印象が強く残ってしまっていたのか、些か以上に冷たい声音での言い方になってしまったのも影響したかもしれない。
まぁ別段それで、俺の方が依頼と報酬を取り下げようという気を抱かせる理由になる訳でもなかったが・・・・・・そこは彼女も諜報員の端くれ、ということなのだろうか。
最後の反応を示した直後、何かに気付いたらしき反応を見せながら、俺への恐怖心と不安をハッキリと感じている表情で後ずさりを始めて、そして
「え、エッチなことは! 駄目ですからね!?
私たちは教え子と教師という関係を忘れるのは良くないと思いますっ!!」
「・・・・・・」
・・・・・・そして「ババッ!」と、効果音が聞こえるほどの勢いで両腕を胸の前で交差させ、俺の視界から局部を隠し、恐怖と不安がない交ぜになったような視線で俺の顔を見上げてくるのだが―――何故だろうか。
その表情からは明らかに、諜報員がどうこうと言った理由で彼女への対応を考えるのが面倒で仕方がなく感じさせられる、『とあるバカの影響』を連想させられ、被害妄想だと切り捨てられない俺がいる・・・・・・
「・・・・・・いえ、そういう方面での依頼でもありません。
むしろ、それは裏と表どちらの業務でも内職として兼業しない方がいいと個人的には愚考します。
――俺が頼みたかったのは、ノー・ヘッド・ドラゴン・・・・・・香港系犯罪シンジケート『無頭竜』のアジトがある場所の所在を調べて欲しいというものです」
「あ、あ~、なるほど。ソッチのお仕事の方だったのね、ごめんなさい。
つい、学校内で見かけた司波くんの行いから、勝手に誤解しちゃって――って、え!?
なな、なんで司波くんが、ノー・ヘッド・ドラゴンのことを知ってるの!?」
そんな俺の返答から、一瞬の間をおいて抱きつかんばかりの勢いと距離まで詰め寄ってきて慌てふためいて見せる小野先生。
興奮した口調ではあるものの、声量は潜める基本的な部分だけは出来ていた彼女からの詰問だったのだが。
――どちらかと言えば俺の方が、彼女の発言内容に疑義を呈したい部分が多かった気がするのだが。
いったい学校内での俺が送っている日常風景は、彼女の目にはどのように映っていたのだろう・・・?
彼女個人がどう思っているかなどと言う、個人的な主観の問題だけなら特に気にする必要性はないと割り切れるのだが、それが彼女個人のものなのか、学園内の女生徒たちに広く認識されてしまっているイメージなのか・・・・・・それを知っておかねば後々面倒な展開になりかねないメンツが、色とりどりな髪色と共に今の俺の周囲には多く集まりすぎているからな・・・。
「先生・・・先ほど言いかけられておられた内容について、俺からも確認のため質問したい事柄が含まれていたように感じられたのですが、それは俺の聞き間違いによる結果だったのでしょうか?
何やら学校教師が、所属する学校の一生徒の行状にあらぬ疑いを抱いているらしい節が見受けられたのですが・・・・・・」
「――え!? い、いやあの・・・えっと・・・コホンコホン!
そ、それより今は生徒として、先生からの質問に答えるのが先です!
なんで司波くんがノー・ヘッド・ドラゴンに知っていて、所在を知りたがってて、その情報をいったい何に利用する気なのかが最重要事項です! ゴッホン!!」
「・・・・・・今のところは、特になにも。
自分たちに危害を加えようとしている敵の正体を調べるのは当然だと思いましたので」
白さの混じった視線で意図的に見つめ返しながら、俺はキョロキョロと視線を左右に逃したがる小野先生との会話を真っ直ぐ彼女の顔を見つめ返して交わし続け。
「え、え~と・・・ゴホンゴホン!
・・・・・・い、いざという時の保険として知っておきたいだけ、なのよね・・・・・・?」
「そう取っていただいて構いません。実際それで終わるのが一番いいと思っているのも事実です」
「・・・・・・分かったわ。一日、ちょうだい」
「素晴らしい。一日ですか、流石ですね。
・・・・・・ところで先の発言の続きなのですが――」
「ゴッホン! オッホン! ウォッホン!!」
そんなノリと話の流れの末に、会場ゲートまで運んできた電動バッグを俺に押しつけた小野先生は足早に九校戦の会場を去って行き、依頼を果たすため本来の仕事の内職作業へと戻っていってくれた。
その際の帰り際には、「これから予定が」や「午後から会議があったことを思いだし」などの定番な逃げ口上を幾つか述べていきはしたが・・・・・・おそらく特に意味はないレパートリーから選ばれた言葉だったのだろうし、無視してなかったことにするのが教え子としての義務と義理というものでもあるのだろう。
「・・・・・・・・・・・・ふぅ」
先生から受け取ったバッグの中身である『物資』を作戦本部をかねたテントへと運んだ後。
俺は複数のテントが密集している、だが一定距離ずつ離された位置に規則正しく配置されている、結果的に一定スペースの空き地が形成されていた一角まで一人足を運んだ後。
試合開始までに残された時間ギリギリまで、身体をほぐすためのストレッチに当てようと考え、ヨガのような動作を先程から続けていた。
流石にシャワーまで浴びている暇はないと考え、持参してきた訓練用の武道着に着替えた上でおこなっている本格的な準備運動の最中、頭に浮かぶのは会長から告げられたばかりの例の言葉――
『決勝戦に進んでくれるだけでも、その時点で新人戦の優勝と、総合優勝はほぼ確実に決まってくれるんだし。あまり無理をしなくても良かったんだけどね』
物資をテントまで運び込んだ際、会長からそう言われた記憶を今の俺は頭の片隅で思い出していた。
――たしかに、無駄に余計なリスクを背負うだけの愚かな選択肢だったかもしれないのだ。
この準々決勝で《クリムゾン・プリンス》を敗退させるため、俺如き劣等生が彼を挑発して引きずり出すという行為は。
準備をしたし、打てる限りの手を尽くしたのは確かだ。
だが・・・・・・もし試合ではなく実戦での殺し合いだったとしても、お互いに何の制約も課されていない状態でぶつかり合い、一条将輝と戦って「勝てる」と言い切れるだけの自信が、今の俺にはもつことが出来ていない。
一族当主の命令によって、能力を制限するため『枷』が架せられているという事情もあるが、仮にそれがなかったとしても分が悪いのは恐らくコチラの方だと俺は見ている。
一条家の得意魔法である《爆裂》にはじまって彼らの得意な間合いは『砲撃系の遠距離飽和攻撃』だからだ。
魔法力が乏しく、『射程の短さ』が唯一の確実な弱点になっている《グラム・デモリッション》を攻撃手段の要とせざるを得ない俺としては、この距離の壁を突破できない限り一条に勝利できる手段がない。
『倒されないこと』は可能だが、『倒すこと』が出来ないのでは勝利者になることはできない。
それが魔工科代表になった今でも尚、劣等生として俺が抱え続けざるを得ない大きな問題点の一つになっている部分だった。
入念なストレッチは、それ故に行っている作業という側面もある。
掠り傷や打撲程度ならともかく、骨を折ったり動脈を切ったりした場合には、俺が意識して停止させるより早く魔法が発動してしまい、『秘密にしなければならない能力』が露見してしまう恐れがある。
損傷の度合いによっては、瞬時に発動する必要があると肉体が判断しないとは言い切れない。
それほどの深手を負わされる危険性を持った相手が、一条将輝とカーディナル・ジョージだということだった。
そんな相手たちと好き好んで『勝つ必要がある時点での勝負』を自分の方から挑むのだから、酔狂とも失策だったと言われてしまうのも仕方がない。
「・・・・・・・・・」
そんなことを思案しながらも、身体は休むことなく動かし続けてストレッチしていた傍らに、途中から深雪がやってきて見守るように見つめてくれていたことは俺も気付いていた。
急ぎの用があるわけではないらしく、ただ穏やかな微笑みを浮かべて俺の運動が終わるのも待つ姿勢を示してくれていたため、途中での中断は却って気遣いを無駄にするだけかと考え、そのまま一通りの準備運動を終えて憂いのなくなった後。
ようやく俺は、なんの二心なく向き合うことのできる状態で、深雪の方へと体と心を本心から傾ける。
「お兄様、タオルをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
手渡された濡れタオルを受け取りながら、俺は言葉としてはありふれた感謝を妹へと向けた。
単に備え付けの機器に常備されているものを渡してきた訳ではないらしく、彼女が真夏の熱気の中で待ち続けてくれていた時間に関係なく、よく冷えていたタオルは微かに吹き出していた汗を適度に冷やしてくれる。
こういう何気ない気遣い一つ一つをとっても、本当に自分には過ぎた妹だと思わざるを得ない。
「・・・? お兄様、わたしの顔に何かついていますか?」
「いや・・・」
そんな内心が表情には表れようがなくとも、無意識のうちに行動には反映していたのか、少しだけ首をかしげて俺を見つめながら訊ねてきた深雪に、俺としては答えを濁す以外に返しようがない。
世が世ならば、この彼女の為なら命も惜しくないという男たちが群れを成すかもしれない、俺と違って良くできた自慢の妹。
いや、たとえ今の世であっても僅かな一言だけで男に命を賭けさせられる可能性を、この妹は秘めているのかもしれない。
――何しろ、今の俺自身とその行動が、それを示す証拠になっているのが今なのだから。
今回の九校戦で第一高校にちょっかいをかけてきている犯罪組織ノー・ヘッド・ドラゴン。
正直なにを目的として行っている妨害工作なのかは、未だに判然としない部分があるものの初手からの連なりから見て『第一高校が優勝すること』を邪魔しに来ていることだけは明らかだと言っていい。
――だからこそ、この『モノリス・コード』で優勝を確定させておきたかった。
仮に《プリンス》率いる第三高校との戦いが、決勝まで進んだ後に勝利して尚、『新人戦での優勝が決まる“程度”』に留まる点数差と順位表だった場合、得られる点数が倍になる本戦に残った二つの競技が、奴らにとって最後に残ったチャンスという形になる。
その2つの内、男子競技の《モノリス・コード》には十文字会頭が出場する。それが決まっている時点で、モノリス・コード本戦がターゲットになる可能性はほぼないと言っていいだろう。
利害損得のために違法行為を犯している犯罪組織というものは、必然的にリスク・リターンが行動を選ぶ際の判定基準として重要になりやすいからだ。
十師族の一家で、次期当主の一人でもある相手に傷を負わせ、タダで済むと思えるほど奴らとて愚かでなければ、売り出し中の小物犯罪者でもない。よりリスク少なく確実な方に狙いを定める道を選ぶ。
つまり、女子《ミラージ・バット》本戦――深雪が一年生ながら出場が決まった競技だ。
それを俺は阻止する為にこそ、今日の試合の時点で一条将輝たち第三高校を準々決勝で敗退させ、獲得ポイント無しで終わらせる必要性が存在していた。
もし今日の時点で第一高校の総合優勝が事実上の確定――もしくは、第三高校に逆転の見込み無しと相手方に判断されるだけの結果さえ得られたならば、深雪に危険が迫る可能性は大幅に低下させることが可能になるのだ。
それで素直に諦めてくれれば良いが、たとえ諦めずとも『ミラージ・バットの一高選手リタイア』という形では求める結果が得られなくなった以上、打てる手は限りなく制限されることになる。
せいぜいが大会を台無しにして『優勝者も敗者も無し』ということで、ウヤムヤにするぐらいが関の山といったところだ。
それら計算の結果が、順位とポイント評を基にして自らを餌に用い、一条将輝たちを挑発して準々決勝まで引きずり出した『プランB』真の目的だった。
小野先生から得られる情報次第では、先手を取って潰すという手もないわけではなかったが・・・・・・妨害のため使ってきている手段が判然としない状況で強攻策をとることにはリスクがある。
『犯人たちは排除したが、仕掛けられた爆弾は残った』などという事態は避けたいところだったからな・・・。
「お兄様・・・いよいよ決勝戦ですね。次の相手は、相当手強いと思われますが」
「・・・・・・そうだね」
それら客観的に見れば賢明でなければ合理的でもない、愚かな思い上がりの傲慢と誹られても言い返せる余地のない俺の無謀な行動に、深雪は故意にか無意識にか追求してこようとはしなかった。
ただ躊躇いがちな声で俯きながら、しかし顔を上げた時には、はにかんだ笑顔を浮かべてくれて、
「力も技も制限された状態で・・・・・・制限した側の人間である私が、この様なことを申し上げるのは筋違いであり、ご不快かもしれませんが・・・・・・それでも。
わたしは、お兄様は誰にも負けないと信じていますっ」
文句の付けようがない満面の笑顔で、そう言い切られ。
・・・・・・果たして、言われた側の出来損ないな劣等生の兄としては、唖然としたまま適切な返す言葉を思いつくことが出来ずにいる――それ以上の選択肢が選べる者がいったい何人いることだろう。
「それに――」
俺が返事を思いつくことが出来ず、立ち尽くしたままになっている前で「クルリ」と背中を向けて後ろ姿を見せつけながら。
深雪は、ある一点だけに視線を向け直しながら、ストレッチを見続けていた“もう一つの気配”に含むところがある声と口調で言葉をかけ、
「どうやら、私以外にも“同じ気持ちの女の子”が、陰から見守ってくれているようですし・・・・・・ね? 雫」
「――はうっ!? ひ、ひゃ、い・・・・・・ッ!?」
声をかけられた瞬間に、隠れていた箱の後ろからビクビクッ!と効果音でも轟かせるような勢いで怯えたように飛び上がって出てきて見せる、俺にとって“もう一人の守るべき少女”
その娘が、いつも通りオドオドととした態度で、上目遣いに涙目を浮かべながら――それでも後ろには下がることなく、俺のいる方へと真っ直ぐ向かって歩いてくると、
「え、えと・・・あ、う・・・・・・その・・・た、達也さ、ん・・・・・・」
『『・・・・・・』』
「あの、ね・・・? あの・・・え、と・・・・・・あう、ぅ・・・・・・だからそ、の・・・・・・」
『『・・・・・・・・・』』
「が、がぅ・・・・・・がば、つ―――次のしあ、い頑張ってくださ、い・・・・・・ッ!!」
バッ!!と。
言うだけ言うと、顔を真っ赤に染めながら背を向けて、走り去っていく幼馴染みの小さな後ろ姿。
ツバメのように素早く軽やかに――とは残念ながら遠く及ばぬ、だが出会った頃と比べれば確かな成長を感じさせる動きによって、テントへ向かい走って戻っていく後ろ姿を見送りながら――俺はしばし、不思議な感覚に囚われかけていた。
その感覚が、どのような表現で現すべきものなのかが分からず。
そんな自分が今どのような表情を浮かべているのか想像することも出来ないまま。
微かな困惑を抱かされ、ただ立ち尽くして走り去る雫の後ろ姿を見送ることしかできないまま
「・・・・・・あ・・・っ! ふ、べッ!?」
『『あ』』
ズルッ!!
バチーンッ!!!
―――足をつまずかせて、顔面から地面に激突していく後ろ姿を見せつけられることになる。
「・・・あうぅ、ぅ・・・い、いふぁ、い・・・・・・グスっ・・・グ、ス・・・っ」
やがて顔を上げ、いつもと異なる本当に涙を浮かべているであろう顔をグシグシと両手で拭うと再び走りだし直し、
「・・・・・・は、うッ!?」
ズルリッ!!
バチコ――ッン!!!
―――また転び、また頭から地面にぶつかっていく。
流石に3度目まで同じような無様は晒さず、20世紀代に流行したというコメディアンたちの芸風を無自覚に再現するようなマネまではしなかったものの・・・・・・コチラからは手を出す余裕すら与えられない見事なまでの・・・・・・まぁ、アイツらしい退場の仕方ではあったと言うべきなのかもしれん。
褒めすぎかも知れないが・・・・・・多少は美化してやらんと、流石に女として・・・・・・思うところがありすぎる内訳だったから・・・。
「あの子は・・・もう、本当にまったく・・・・・・ハァ」
先程まで完璧に近い気遣いを見せていた深雪をもってさえ、表現すべき言葉をすぐには思いつくことが出来なかったらしく、頭に手をやって深い溜息を吐いて見せながら――それでも尚。
「とはいえ―――女の子に、あれだけ恥ずかしい思いをさせてまで応援してもらった訳ですから。
これは流石に、負けるわけにはいかないのではありませんか? お兄様♪」
「・・・・・・・・・参ったな。それを言われると本当に、参ったと言うしかない・・・」
一転して、輝くような満面の笑顔を浮かべ直した完璧すぎる妹による、エールとも脅迫とも付かない声援に、俺は多少ひきつる表情を自覚させられながらそう答えるしか他に選択肢を奪われてしまった・・・。
流石の俺も、一応とはいえ婦女子にあれだけの姿を晒させておきながら、それを無駄にさせて『男が廃る』と思わずにいられるほど枯れる域にまでは達していない。
それに今の俺の精神は、深雪を守らせるため叔母上の魔法により、強制的な偏りを成長過程で施された結果であり、そうなる年齢にいたるまで『普通の少年として過ごした年代』を経験したこと自体はあるのだ。
その時の記憶が残っている身として、深雪から勝利を願われたガーディアンとして。
理屈としても、己の精神の在り方としても。
二人の少女達から『勝って欲しい』という願望を抱かれた男として―――どう計算しても次の勝負は、負けるわけにはいかなくなってしまったらしい。
(・・・しかし、それにしても・・・・・・)
そう感じると同時に、俺は心の中で考えずにはいられない想いに、複雑な念を抱くしかない。
――その内に、わずか一言の言葉と笑顔だけで、群れを成す男たちに命を賭けさせてしまう、魔性の女王へと成長してしまえそうな片鱗を見せつけられた兄としては、妹の将来が僅かながら心配になったのも確かである・・・・・・と。
そんな風に一般的な魔法師基準では劣等生の兄と、女としても優等生に成長しつつある妹による、司波兄妹の悲喜こもごもから離れていった、一応はもともと『男だった“はず”』の憑依転生者、北山雫はどうしてたかと言うと。
「・・・あうぅ、ぅ・・・ッ! 恥ずかし、い・・・! 恥ず、かしい・・・!! 恥ずかしいよ、うぅぅ・・・・・・ッ!!」
私は顔を両手でおさ、えながら走ってテントに戻ってきてか、ら悶絶す、る・・・!
スゴク恥ずかしいこ、とをしちゃった自分が、スゴク恥ずかしかった、から・・・!!
恥ずかしいこと、はよくないと思いま、す・・・・・・!!!
「・・・うう、ぅ・・・・・・達也さん、に“がんばって”って、言っちゃった・・・・・・っ。
私、ひねくれ者な、のに・・・・・・ひねくれ者が、“がんばって”なん、て・・・前向きなこと言うのはダ、メなのに・・・!」
ひねくれ者、に『がんばって』は、ダメ。
ひねくれ者は、がんばらない。
私は、誇りたか、きひねくれ者。
だから私は、がんばってって言っちゃ、やっぱりダ、メ。
「・・・ん。決め、た。もう私は死ぬまでずっ、と“がんばって”って2度と言わない。
ひねくれ者とし、て、ひねくれの神様に誓、います。ヒーメ、ン」
北山雫は、生まれ変わってから十年以上経った今でも、変わることなく前世と同じひねくれ者でい続けていた。
本人の中では、『自分はひねくれ者』として、変わることなく続けている。
他人たちから見て、どーかは知らない。
それが、ひねくれ者の生き方というものだったから。
つづく
*『今話のネタ説明』
単純すぎて却って分かりづらかった可能性に気づいたため、念のため補足です。
【雫からの応援シーン】の内訳。
『必勝』を祈願しにきた帰り道で2回、『すべる』『転ぶ』
縁起の悪さをネタにしてみました。原作ファンタジー作なので一応は(微)