ネタ回ですので、気楽に読み飛ばしてくれると助かります。
大きめの武家屋敷調の伝統家屋。
それが普通の家で生まれ育った人たちが、門の外から四つ葉家本家を見たときに受ける印象なのだろうな、と今の私はなんとなしにそう考えていた。
兵器としての魔法師としての在り方を突き詰めすぎたような徹底した秘密主義を貫く家風と、他者には見せられない機密が多すぎる家柄のため、外部から大勢の来客を招くような必要性がなく、広すぎる大邸宅なんて邪魔なだけだと、そう思っているのが四つ葉の方針。
・・・・・・とは言え、それでも一般家屋で育った普通の子供たちから見れば、十分すぎるほど広くて贅沢な「お屋敷」と表現するのが妥当な家造りだったのが、この本家だったのだという事実を今の私は理解できるようになっていた。
昔はイメージで考えるしかできなかったけれど、魔法科高校に入学してから出来た友人たち、ほのかやリーナのお家に何度か遊びに行くようになったおかげで、等身大のリアルな比較対象を知ることができ、やはり「叔母様」のご自宅は普通よりも大分広かったのだなと、そんな下世話なことを考えつける程度には成長することが出来ていたようだと思って、私は少しだけ安心する。
もっとも、他の十師族である七草会長や、九校戦でお会いした一条さんのご自宅はさらに広大で豪華な作りなのかも知れないし、誕生会に招待された雫の家の“別邸”と比べれば―――
「・・・・・・・・・・・・」
・・・何度か小さく頭を振って、私は雑念を思考から振り払い、まだまだ自分の知識不足と未熟さを痛感する思いで心に教訓として刻み込む。
改めて考えてみると、私たち兄妹の周囲にいる人たちには、一般サイズの家庭で生活している人がほとんどいないままだったんですね・・・・・・。
“あの頃”よりも大分成長できたと自分では思っていたけれど、まだまだ世の中は広く、私では知らないことが多く残っているままなのだと気付かされて少しだけ溜息が出る思いを抑えきることが難しくなりそうです・・・。
それにしても――
「あら? ・・・・・・あの後ろ姿は・・・」
「どうしたんだい? 深雪。なにか気になるものでも庭にあったのか」
「あ、いえお兄様。大したことではないのですが」
中庭に面した窓から、ふと外の景色へと視線を向けた瞬間に目に入った二人の姿に思わず声をあげてしまった私の呟きに、鋭く反応してくれたお兄様の気遣いに恐縮しながら、私は自分が見たばかりの『見知った二人』のことを兄に告げる。
過去の思い出を振り返って、現在もあまり変われていない部分があったことを痛感させられた気持ちを切り替えるため、ソファから立ち上がって外を見たとき偶然に視界に入っただけだから特に意味はないのだろうとは思うのだけれど・・・・・・念のために。
「いま、亜夜子さんと文弥くんの姿が見えたのです」
「黒羽の兄妹が?」
「ええ。ちょうど帰るところのようですが・・・・・・偶然なのか、少しだけ疑問に思ってしまって・・・」
私が今見送ったばかりの二人、黒羽亜夜子さんと文弥くん、双子の兄妹は、私たち司波兄妹にとっての親戚筋にあたる黒羽家の子供たちで、文弥くんの方は『十師族としての四葉家』にとって次期後継者の座を争う間柄でもある。
とはいえ、文弥くん自身にはそういった意識はないようで、私に対しても素直に懐いてくれているほど。むしろ姉である亜夜子さんの方が私に対して対抗意識のようなものを向けてくることが多いぐらい。
昔は、その行動の意味するところが分からなかったけれど・・・・・・今はもう彼女が私に抱いている感情の内訳を、私は正確に理解できるようになっている。なってしまっていた。
そしてそれは、文弥くんが当時からお兄様に向けていた、強すぎる憧れの感情への理解にも通じるものがあって――
「どうかな? 俺たちがここにいることを知っていて、素通りする二人じゃないと思う。
昔から縁が濃いのか薄いのか、あの二人とはニアミスを起こす巡り会いになることが多かったからな。今回もそれの一つ―――どうした? 深雪。
なにか俺の顔に、付いてでもいるかい?」
「い、いえ何でもありません! ただ、わたくしは男性として、お兄様がすごく格好良いと―――思っていたわけではありませんので、どうか誤解なさらないようお願いしますね!?」
「・・・・・・?? まぁ落ち着くんだ。雫ではないのだし、不思議なしゃべり方で話す必要性はないだろう」
「う゛、ぐ・・・・・・も、申し訳ございませんお兄様・・・少しばかりテンパッ――いえ、焦るあまり動揺してしまったようです・・・」
深々と頭を下げて、お兄様に対する非礼を詫びながら―――もの凄く恥ずかしい想いを私は押さえつけるのに苦労しなきゃいけない羽目になってしまいました!!
ああもう! 雫がいつも変な言い回しや言葉遣いばかり聞かせてくるから! もう雫ったらもう!雫ったら!(プンプンッ!!)
・・・・・・こ、コホン。
ま、まぁそういった色々な影響を受けながら今の私たち兄妹がある現在までの時間があるわけですが。
「そう言えば・・・・・・あの子と初めて出会ったのも、亜夜子さんたちと擦れ違った日のことでしたね・・・」
「ん? ――ああ、そう言えばそうだったな。当の本人が完全に忘れてしまっていたせいで俺も自信が持てず、気づいたのは割と後の話になってしまったが・・・」
完全に鉢合わせすることは少なく、完全に擦れ違うことも少ない、同じ一門に属する近くて遠い双子の兄妹との関わり合いを想起していく過程で思い出した、ある夏の夜の出来事。
私にとっての『兄』が、まだ『お兄様』に変わっていなかった最後の数日間。
すごく近くて、とても遠い。
そんな曖昧な関係だった頃の私たち兄妹にとって、一晩だけの接近遭遇となった、あの日の出来事を・・・・・・私は、そしておそらくお兄様も、同じように思い出さずにはいられない―――
――わたし、中学一年生の女の子である司波深雪は、別に兄のことが嫌いではない。
ただ、苦手には思っている。
一体なにを考えているのか分からないからだ。
だから私は、夏休みを利用してきた沖縄へのプライベートな家族旅行に、イヤな感情は抱いていない。
ただ、お母様と二人きり、ではなく、兄も一緒に三人での家族旅行なのが玉に瑕と思っているだけ――
「どうしました? 深雪さん。もう準備、済んでらっしゃるんでしょう?」
「あ・・・桜井さん・・・」
声をかけられた方を振り向いて、わたしはお母様の『ガーディアン』である女性『桜井穂波』さんと同室だったという事実を数瞬の間だけ忘れてしまっていた事実を急速に思い出し、なんでもなかったように取り繕いながら返事を返そうとする。
『ガーディアン』というのは、四葉家特有の特殊な「役職」のことで、「職業」というのとは少し異なる。
職務内容的にはボディーガードに近いのだろうけれど、報酬をもらって依頼された護衛対象を守るため体を張る彼らと違い、ガーディアンに利己はなく、私生活すらもない。
そういう風になるよう育てられ、教育され、訓練されて、その役目のため命と人生を自主的に捧げさせる・・・・・・そういう存在。
だから四葉では彼ら彼女たちのことを、「護衛役」とか「ガード」といった無味乾燥だけど近代的な名前で呼ばずに、『ガーディアン』なんていう大げさで時代がかった呼び方をする。
たしかに私生活まで護衛対象にすべて捧げて、「マスター」とか「ミストレス」とか呼んでくる場合すらある彼ら彼女たちの存在は、『ガーディアン』という中世的な表現の方が適切なようには思えるのだけれど・・・・・・。
普通の子たちと同じ小学校に通っていた経験のある、わたし的には正直少し――いえ、ハッキリ言って、かなり恥ずかしい。
「そうですか? ならいいですけど・・・・・・でも、そんな不機嫌そうな顔をなさっては、せっかくのお召し物が台無しですよ」
「・・・・・・やっぱり、わかりますか?」
「まっ、私には、ね」
軽くウィンクしながら微笑まれてしまい、わたしは少しだけ赤面させられ、多少ばつが悪い心地にさせられる。
桜井さんは5年前まで警視庁のSPとして経験を積んだ後、就職する前からの予定通りお母様のガーディアンとなるため四葉に戻ってきた調整体魔法師の女性。
わたしたちが生まれる前に終結を向かえた『二十年戦争』とも呼ばれる第三次世界大戦の末期に研究所で、魔法的資質を強化するため遺伝子操作されて生まれてきた『桜シリーズ』その第一世代で、戦争が終わった後に四葉が買い取った。それが彼女。
年齢としては30歳らしいのだけれど・・・・・・こういう可愛い笑顔でクスクス笑っているところを見ると、せいぜいが20歳ぐらいにしか見えない不思議な女性。
それでいて、暗い生まれの事情をまるで感じさせない明るくてサッパリした性格や、護衛以外にもお母様の私生活など細々としたお世話までしてくれる、「家政婦の方が性に合っている」とまで言い切れる才女な人。
「それは冗談としても、世の中には私以上に鋭い『目』を持った人は大勢います。
私は深雪さんのことをよく知っているというアドバンテージあってこその面もありますが、もしかしたら一目見ただけで深雪さんの表情から裏の裏を読んでくる人も“今夜のパーティー”には来ているかもしれません。
今はまだ深雪さんは中学生ですが、普通の中学生じゃないのも事実ですし、隙につながるようなことは無くした方が安全だと思いますよ」
「・・・・・・どうしたら良いでしょう? なにかコツのようなものはないのでしょうか?」
「難しいですね。どんなに上手く隠したつもりでも、気持ちというものは目の色や表情の端々に表れてしまうものですし。
そもそも隠し抜いたという行為そのものが裏を読まれる理由になることもありますし、何か隠していると相手に見抜かせることが狙いという手も存在している業界ですから」
なんだか聞いていると、頭が痛くなってきそうな話だった・・・。
大人同士の化かし合いや騙し合いという分野には生まれたときから付き合ってきて、それなりに見る目は養ってきたつもりだったけれど・・・・・・なんだか今夜一晩だけで人間不信になりそう・・・・・・。
もっとも――今日に限っていえば、仮に極意やコツがあったとしても、今からで早くに立ちそうにないというのも事実ではあるのだけれど。
「必要なのは、自分の気持ちを上手に騙せるようになること、でしょうか。建前というのは、まず自分を納得させる為のものでもあるんですよ。
たとえば――“今から行くパーティは避けようがないんだから仕方がない”とかね?」
「もう・・・・・・分かってるなら言わないでください・・・イジワル」
「フフっ、ごめんなさい」
指摘された否定しようのない事実に、まさしく心を読まれた状態になってしまった私は思わず頬を「ぷくっ」と膨らませてしまう。
実際、今夜招かれている今から行くパーティー会場には、今から何を教えてもらっても間に合うわけがないし、拒否するのも不可能。
今はプライベートな家族旅行中で、わたしはまだ中学生になったばかりでしかない身だけれど、バカンスに来ているから世間のしがらみと縁を切っていいという訳でないのも、また事実。
要するに、招かれたら断れない招待主の相手と、同じ時期に同じ場所へ旅行に来てしまっていたのが、わたしたち家族だったというわけで・・・。
「だからこそコツとして、「自分が納得しやすい建前」を、場に合わせて幾つか用意しておくことが大事でしょうね。
他人を説得するためには、自分の言っている言葉を自分自身が『正論だ』と信じれるようになれば、嘘をつく必要すらなくなる訳ですから。
イヤなことを我慢して行うため、言い訳として自分に言い聞かせている内は、まず無理だと諦めて割り切ることをお勧めしておきます」
「・・・・・・難しいです・・・さっきより更に難しくなりました・・・」
もはや難解な哲学のようにすら思えてきてしまった、桜井さんの語る達人に達した社交界での人付き合いにおける社交術。
少なくとも、建前で自分の心を覆い尽くすのは、言い訳して我慢してパーティに出席することしかできない今のわたしには不可能だと割り切るしか他にないみたいだった。
はぁ・・・と小さく溜息をついてから――少し思う。
そう言えば―――あの、“兄”の場合はどうなのだろうか?・・・と。
あの人もまた、普通の子供たちとは一線を画する超越的なところがある。
学校の成績は飛び抜けて優秀で、スポーツは何をやらせても一流か超優秀。
それでいて、妹に顎で使われ、使用人のように妹やお母様の荷物を運ぶ役をやらされながら、顔色一つ変えず文句の一つも言ったことのない、本心をまるで見抜くことができそうにないあの人から見て、他人やお母様や―――わたしの心の内はどのようなものに見えているのだろう?
わたしは別に、あの兄を嫌っていたことは一度もない。
わたしの家が、特殊なのだと言うことも分かっている。
そういう役目を与えられているのだと言うことも知っている。
そんな兄は桜井さんと同じ、四葉のガーディアンで、ガーディアンに私生活はなく、彼ら彼女たちの全ては護衛対象にのみ捧げられる。
そして兄は、わたしが六歳になった時から、わたしのガーディアンだった。
わたしにとって初めてのガーディアンで、多分それは、これからもずっと変わらない。
つまりわたしは、「兄のマスター」であり、兄にとって「わたしはミストレス」であり、それはこれからも変わらず、六歳の頃からずっと兄の私生活の全てはわたしのために捧げられていて、そして、それで――――
「あの・・・・・・深雪さん? なんだか顔色が赤いですけど、一体なにを考えて――」
「な、何も考えていません! わたしは兄のことを考えていただけです! 変なことを考えたりなんかしてませんから、変な勘違いはなさらないでくださいね!?」
「いやあの・・・今回のは私じゃなくても多分、表情から読めると思うんですが・・・・・・本当になにかありました?
沖縄に着いた頃から、なんだか今までの深雪さんと少しだけ雰囲気が変わってたような気が―――もしも~し? 深雪さん、ちょっと」
ザワザワザワ―――
無駄に派手な印象のあるホテルの敷地内に降り立ちながら、わたしは心の中だけで最後にもう一度だけ盛大に溜息をついてから、無人運転のコミュターからロビーへ足を踏み入れる。
来る前から予想していたことだけれど、個人のパーティーとしては大きすぎる会場に、わたしは兄に護衛の先頭を委ねながら、男性客のパートナーとして隣を歩くことなく、歩を進めていく。
親戚筋ばかりが招かれる、そんなに招待客が多くないはずのパーティーで、正直これほどの規模のホテルを使うのはどうかと思うのだけれど・・・・・・この人の場合は、そういう趣味なのかもしれないし、それが四葉の流儀なのかもしれないとも思う。
自分たち自身の生活スペースには実質的なものばかりを尊ぶわりに、普通の人にも見える用の表向きの別荘や施設には、普通の人より過剰でけばけばしく派手で豪勢なものを購入しやすいのが、四葉家の奇妙な伝統であることは生まれた時からこういう場に付き合わされ続けていると分かってくるもの。
「叔父様、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「おお、良く来てくれたね深雪ちゃん。お母様は大丈夫かい?」
豪華なテーブルを背景にして、高価なスーツをまとって大層フレンドリーな言葉で私を迎えてくれた招待主、お母様の従弟で正確には「叔父」ではないけれど、『黒羽貢』叔父様と呼んでいる相手のことが、実際にわたしは嫌いというわけでは決してなかった。
悪い人ではないと思うし、少なくとも私に対してはいい人なのだろうなと思ってもいる。
ただまぁ、奥様を早くに亡くされているからかもしれない。
「お気遣い、おそれ入ります。少し疲れが出ているだけだと思いますが、本日は大事をとらせていただきましたが、ご挨拶のため後日あらためてと言伝を頼まれております」
「それを聞いて私も一安心だよ。おっと、こんな所で立ち話もなんだな。ささ、奥へどうぞ。亜夜子も文弥も、深雪ちゃんと会うのを何日も前から楽しみにしていたんだよ」
「まぁ――亜夜子さんたちも今日は、こちらへ参られているのですね」
「そうなんだよ。いや、実にタイミングがいい。まさに天の差配としか言い様がないね。
おお、天の差配と言えば先日、亜夜子がピアノコンクールで入賞した際に、審査員の方から『天から響く賛美歌のような音楽』とまで絶賛されてねー」
「はぁ・・・」
「文弥の方も、乗馬教室では上達の早さは上級生以上で、飛び級させたいほどだと褒められてしまってねぇ~。
いやはや、父親としては面はゆい限りで、だが逆に思い上がらぬよう諭さねばならぬ立場でなかなかに両立が難しくて。優秀な子供を持った、凡人の父親が抱く苦悩というのは独身の頃には分からぬものなんだねぇ、ハーッハッハッハ♪♪♪」
「は、はぁ・・・・・・」
・・・・・・男親だけで子育てをしたせいなのか、親バカっぷりが正直かなり・・・・・・いえ、ハッキリ言って物すっごく鬱陶しいことが偶に、けっこう――割とあるのが玉に瑕な人だとは素直に思う人でもあるわけで・・・。
親族とはいえ、人の子供を相手に、自分の子供自慢を延々と語り続けるというのは一体どういうつもりで行われている行為と思えば良いのでしょう・・・?
あるいは、聞かせている私がどう思うかなんて考えてもいないのではないか?と思ったこともありましたが・・・・・・ならなぜ毎回のように私に向かって語りたがるのかという疑問に整合性がつけられず、結局は謎のまま今夜もまた『他人の子供自慢を聞かされる他人の子供』という立場をわたしは果たさなければならなくなるわけで・・・・・・これは本当になんの罰ゲームなのかと本気で疑問が沸いてきた頃・・・・・・。
ふと、傍らから声をかけてくる人がいたことに、わたしは驚かされることになる。
「ほう? なかなかに、お美しいお嬢さんだ。黒羽さん、どちらのレディですかな?」
そんな予想外の声がかけられてきたことに、私は驚いて相手を見つめる。
かけられた声の内容が予想外だったからでは無く、声をかけられたこと自体が驚きだったから。
いつもなら耐えるしかなかった、退屈で憂鬱で、嫌いな招待主ではないけど行くのが苦痛なパーティー会場でホストと二人きりでの会話という苦行。
人の良さそうな親ばかの父親という顔の裏側に、四葉家の諜報担当として汚れ仕事の総責任者でもある『黒羽家』の投手に、横から割って入って親しげに語りかけてこれる人なんて滅多にいない。
そう思って、声のした方に振り返ったわたしの前に。
『船長』が――――立っていました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
――思わず、訳が分からずポカンとしながら、そうとしか言いようのない私・・・。
い、いやあの・・・・・・たしかにここは沖縄で、沖縄には海がありますし、船もありますけど・・・・・・え~とぉ・・・・・・
ギリシャ帽を目深にかぶって、飾りボタンの付いたジャケットを着込んで、ご丁寧にパイプまで咥えている、実年齢より若く見える中年の・・・・・・男の人。
・・・・・・どう見ても、船長さんがそこにいました。今、私の目の前に立っています。
スーツ姿の男性や、ドレス姿の女性客が多く招かれているパーティー会場の中央近くに堂々と、20世紀風の船長の格好をした男性が立っていて、わたしに話しかけてきて・・・・・・えっとあの、周囲からの視線が・・・周りの目が、ちょっとだけ痛―――
「おお、これは失礼を。深雪ちゃん、こちらの方は『北方潮』さんといって、さるやんごとない立場にある御方でね。私の仕事でも最近いろいろと世話になることが増えている人なのだよ。
偶然にも、なにかの用事で沖縄に来ているらしいという話を小耳に挟んだので、このように小さなホテルの会場では失礼かとも思ったのだが招待させていただいたというわけさ」
「は、はぁ・・・・・・」
「そして、北方さん。彼女の名は『司波深雪』ちゃん。私の従弟に当たる人の娘で、我が一族の時期後継者候補として文弥と甲乙つけがたい良きライバル関係とも言うべき、将来が楽しみな逸材の一人なのですよ」
「ほほうっ、君があの? お噂はかねがね。あらためて、初めましてレディ。
貴女のように美しいお嬢さんと出会える切っ掛けをもたらすとは、近い未来に当家が購入したあばら屋にとって、望外の栄誉となりましょう」
「は、はぁ・・・・・・ど、どうもあの・・・初めまして・・・」
胸に手を当てて、芝居っ気たっぷりに一礼しながら挨拶をしてくる―――中年の年上の男性を目前にして、わたしは礼儀として付き合いよくニッコリ笑って膝を折って見せようとして・・・・・・微妙に頬が引きつってしまったのは、やはり経験不足ゆえなのか・・・。
「ちょうど私にも、君と同い年ぐらいの娘がいてね。沖縄に来ていたのも、実はそれが理由だったのだが―――む? そう言えば雫はどこへ行ってしまったのかな?
いつも知らない人が多い土地へ来たときには、私の足にしがみついている子なのだが・・・」
―――コアラ!? え、あれ、この人の子供のお話なんですよね?
その割には私と同じくらいの年頃って・・・・・・あら? あそこで佇んでいるのは、もしかして―――
「・・・ん? 君は――俺になにか用事でもあるのかい?」
「あ、あう・・・・・・あぅ・・・ん(ギュッ・・・)」
――こうして私たちは、雫たちが高校入学前に転校してくる前に初めての出会いと、接近遭遇を経験していたのだけれど・・・・・・その続きはまた、別の機会で思い出すべき思い出話。