偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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プロローグ:偽典の聖杯戦争

 白金の光で庭を照らす月の光の下、旋風と雷光とともに現出した美しい銀閃が、白い槍の穂先を弾いた。

 自分の目の前で繰り広げられる超常の光景に、命を狙われていた彼は、思わず目を見張った。

 美しい光景だった。

 外見年齢は自分と同じか、少し年上。二十歳前後か。そんな、少女のあどけなさと大人の凛々しさを併せ持ったような、不思議な魅力を感じる。

 月光を吸い込むような金の髪は後ろで束ねて一本の三つ編みにしつつも腰まで届く長さ。胸と腰回りなどを守るだけの、最低限の範囲の白銀の軽装鎧。露出した肌の部分にちらちら見える、血を啜った茨のような赤黒い、痣とも、刺青とも取れる模様。そして彼女を守るように――あるいは責め立てるように―――空中で浮遊している四本の剣。

 ああ、その姿。幻想的でありながらも無視できない存在感を発揮する彼女。彼の命を狙ってきた、白い槍を操る槍兵(ランサー)の前に立ちはだかり、彼を守ってくれている剣士(セイバー)。その姿に、見惚れなかったと言えば嘘になる。

 その夜。祠堂司(しどうつかさ)は紛れもなく、運命に出会った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 急速に発展した都市というのは、必ずどこかに歪みを抱えている。表面上は問題なくとも、その裏では異形が蠢いている。そんなことがよくあるのだ。

 それはここ、春日居(かすがい)市も変わらなかった。

 春日居市は東日本の地方都市の一つだ。街の中心に流れる川。その川を境に、昔ながらの旧地区と、発展を遂げ、開発されていく新地区に切り替わる。

 いかなる理由か、十数年の間に急速に発展し、新旧入り混じった街並み。急発展のせいか、その町並みは新地区と旧地区でがらりと変わっており、心なしか人々の雰囲気も、街並みの変化と同時に変わっているように思える。

 一見すると、表面上は普通の地方都市だ。ただ土地柄故か、都心に行きたい外国人が一時の宿、止まり木にするかのように、外国人の姿が住人に珍しくない程度には人目につくのが特徴といえるだろう。

 だから、だろう。雑踏を行く彼らの姿も、さして人目を引かなかった。

 男女のペアだ。歳の差は離れているように見える。

 男の方の年齢は四十代から五十代後半か。灰色の髪に落ち着いた緑の瞳。アルマーニの三つ揃いスーツ姿にシルクのマフラー、中折帽姿。

 女のほうはまだ若い。二十代前半か。背中までかかる長い金髪、赤い瞳にフレームレス眼鏡。白いシャツに薄青のスラックス姿は簡素なもので、傍らの男と比べるととても質素に見える。しかも今は十一月。夏の気配は去り、そろそろ肌寒くなってくる時期だ。それで上着の一つもないのは少し空寒しい。

 だが女性は顔色一つ変えない。寒さを感じていないかのようだ。男の方も、女の格好に気を払う様子はなかった。それが自然体であるかのように。

 奇妙な二人組だった。だが通行人は誰も彼らに奇異の視線を向けようとしない。正確には、一瞬向けはするのだがすぐに怯えるように顔をそむけた。二人から、何かただならぬ異様な雰囲気を感じ取っているのだろう。

 確かに二人組からは触らぬ神に祟りなしと、そう思わせる何かがあった。悪い夢から出てきた二人組。彼らにはかかわらず、さっさと家路を急いで、忘れよう。そう思っているかのようだ。

 

「カー! どうなってやがるんだこの街は?」

 

 男の方が周囲の困惑、忌避などまるで気にせず、そう吐き捨てた。通行人はますます二人から離れようと、流れを早くする。

 

「一見すると普通! だがその裏には魔術師どもが息を潜めてやがる! じっと、じぃぃぃぃっと! 穴熊決め込んで今か今かと待ち構えていやがる! 辛気臭いったらねぇぜ!」

 

 周囲の反応などお構いなしに、男は大声でそう言った。しかも普通に考えれば荒唐無稽というか、現実離れしている。魔術師など、()()()にとってはファンタジーの中だけの存在だ。

 だが、そんな奇異なことを言うも、その意味はおそらく往来には伝わるまい。

 何しろ彼は、先程からすべて、複数の言語を用いて言葉を言い放っているのだ。

 日本語から始まったかと思えば次は英語、フランス語、イタリア語にギリシャ語、ロシア語、果てはペルシア語などの日本人にはなじみの薄い中東方面の言語まで出てきている。

 一文の中で、わざわざ違う国の言葉を使って単語の一つ一つ、接続詞さえ変えて。もはや言葉というよりもぶつ切りにされたそれは暗号のようだ。

 

「しかし、しかしですよ、アルフレット様」

 

 半歩後ろを歩く女性が、前を行く男に言葉を投げかけた。アルフレットと呼ばれた男は振り返りもせずに「なんだぁ? アイリーン」と返した。アイリーンと呼ばれた女はそんな男の反応を気にも留めずに告げる。

 

「今、この春日居市に魔術師が集まるのは当然のこと。我こそはと、そう思うものは多いでしょう。何せ、この地は今、世界中の魔術師にとって注目の的です」

 

 アルフレットと同じく、アイリーンもまた、複数の言語を一文に交えて語った。アルフレットは「ケッ!」と吐き捨てた。

 

「聖杯戦争、か」

 

 聖杯戦争。その単語に、アイリーンは眉をしかめた。

 

「どこで、どこでいらぬ輩が効いているとも限りません。アルフレット様、そんなことをこんな往来で言わない方が――――」

「構うもんかよ。知ってるやつは知ってることだ。何しろ、ここ数か月の間でおれ達魔術師の世界じゃ噂が広がりまくってる。

 

 日本の春日居市で、新しい聖杯戦争が行われる、ってな」

 

「ええ、ええ、その通りですね。こと『聖杯』と名がついたものならば、私たち魔術師は足を運ばざるを得ない。例え極東の島国の、一地方都市だろうと、ネットオークションの中だろうと、三流週刊誌のゴシップの中だろうと」

 

 アイリーンの言葉に、アルフレットは頷いた。

 

「そうだ。しかも実際に地脈に異常が起きてやがるときた。ふん。ここはかの冬木(ふゆき)同様、特殊霊地の一つに数えられていたからな。こういうこともあるか」

「おまけに、ロード・エルメロイ二世もまた、この地での異常を確認しています。おかしな話です。冬木式の聖杯戦争は五度目で終わったはず。他ならぬロード自身が、冬木の聖杯を解体したのですから」

「奴さんの弟子ならともかく、ロード本人の分析は粗も目立つけどなぁ。ま、ありえるはずのない聖杯戦争だ。何が起きても不思議じゃねーし、何も起きなくとも不思議じゃない。

 けど、まぁ――――」

 

 足を止めるアルフレット。その左手の指が、己の左首筋から鎖骨に掛けてを撫でる。

 僅かに、スーツの襟から顔を覗かせる、()()を撫でて、にやりと笑った。

 そこには、三匹の蛇が互いに絡み合ったような、赤い刺青(タトゥー)のような痣があった。

 

「こうして令呪は浮かび上がった。後はサーヴァントの一騎でも召喚できりゃあ、聖杯戦争確定なんだがな」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 かつて、闘争があった。

 舞台は東洋の島国にある地方都市の一つ。

 たった七人の人間を中心とした、人知れず行われた()()

 そう、それはまさしく戦争だった。

 おそらくは世界で最も最少人数の戦争。だがこの戦争、内包する力だけ見れば地上のあらゆる兵器をも凌駕するだろう。

 それほどに、人一人が持つにはあまりにも大きすぎる力を行使して行われる戦い。その目的は、あまりにも荒唐無稽だった。

 聖杯。

 一にして無限の奇跡。

 伝説。

 神の世の残滓。

 到達点。

 様々な呼び名があり、時と場所をこえて語り継がれる存在だが、その存在証明はいまだに確立されていない。聞く人が聞けば鼻先で笑い、或いは眉を寄せ、または正気を疑うだろう。

 とはいえ、ここでの聖杯とは本物、いわゆる聖遺物ではない。

 ここでの聖杯とは、あらゆる願いを叶える万能の釜を原型とした無色の力。ただ願いを叶えるためだけの概念だ。

 その聖杯を求め、七人の魔術師が殺しあう戦争。それは、聖杯戦争と名づけられた。

 

 

「ここまでが、聖杯戦争の簡単なあらましだ。かなり駆け足だったからな、何か質問があるならば聞こう」

 

 重々しい――そして若干芝居がかった――男の言葉に、ウィンクルード・アーマスは頷き、そして、やはり芝居がかった様子で大げさに肩をすくめて見せた。

 

「凄い話だ。映画化すればアカデミー賞ものだな」

 

 短めに切りそろえられたすす汚れた金の髪に、茶色い瞳。野戦服に身を包み、軽薄な表情を貼り付けた、二十代後半から三十代前半に見える男、――ウィンクルード――は、座っていた高級ソファーの上で足を組み替えた。

 

「ふざけないでもらおうか、ウィンクルード・アーマス」

 

 五十代ほどの年齢の、野戦服姿のウィンクルードとは対照的に、上等かつシックな黒い背広を一部の隙もなく着込んだ男は、咎める視線と共に言う。

 射抜くような視線。ウィンクルードは肩をすくめ、姿勢を正した。

 

「失礼、大統領(プレジデント)。そうだ、その通りだ。今の話がただのフィクションならば、オレがペンタゴン(ここ)に呼ばれることもない。そして、あんたが誰かと一対一で話をすることもない。オレをここまで呼んで、わざわざ自分で長話をするってことはさ、盗聴の可能性の考慮してのことだ。だろ?」

 

 二人のいる執務室に、沈黙が下りた。

 

「…………そこまで解っていながらそんなふざけたことを言う、君のその思考は理解できないな」

 

 男、四十五代アメリカ大統領は、渋面を作って苦言する。ウィンクルードは、今自分が相対している大人物に対する気負いなど微塵も感じさせず、にやにやと笑みを浮かべる。

 

「軽いジョークさ。場を和ませようと思ってね」

 

 と、唐突に、ウィンクルードの表情が変わる。にやけた表情は一瞬で鳴りを潜め、代わりに表に出てきたのは、氷のように冷たく、刃のように鋭い表情専門家(スペシャリスト)の顔だ。

 

「なんでも願いを叶えてくれる聖杯。それを手に入れるため、最後の一人になるまで続けられる殺し合い。それが聖杯戦争である。――――説明してもらって悪いが、実際のところ、オレのところにも情報は入っているんだよ、何か月か前から。

 ありえない六度目の聖杯戦争が、日本のカスガイって街で行われる、ってな。ふん、おかしな話だぜ。聖杯戦争ってのは、アインツベルンとマキリによって作られたシステムに、トーサカが土地を提供して成り立っていたはずだ。フユキって土地をな。――――ふん、魔術の世界からは遠ざかっているってのに、それでも耳に入ってくるんだから、聖杯戦争ってのはよっぽど注目度が高いらしい」

「そこまでわかっているのなら話は速い」

 

 大統領はそう言って、ウィンクルードを見据えた。まるで彼を見定めるように。

 嫌な視線だ、とウィンクルードは思う。あらゆるものを手に入れた「王」であるが故の傲慢さ、そしてその佇まいから放たれる有形無形の圧力(プレッシャー)。さすがはアメリカ大統領だと、内心で舌を巻く。

 ちなみに、ウィンクルードはアメリカ国民だ。ゆえに、大統領に対する畏敬の念は持ち合わせている。

 にもかかわらずふてぶてしい態度でいるのには、彼なりの立ち位置の確定だった。

 今、自分は大統領と国民として、目の前の男と顔を合わせているのではない。依頼人と、傭兵という立場で会話している。

 仕事を請け負う――それも公にはできないやばい仕事だ――かどうかはともかく、下手に(へりくだ)ると舐められる。ウィンクルードの業界にとって、下に見られるのは死活問題だ。それが例え、自国の大統領でも。

 

「が、それでも聖杯と名の付くものに対して、連中が動かないわけにはいかない。実際、春日居の街の地脈に異常が確認された。これは『協会』と『教会』も確認している」

「協会――――魔術協会には聖杯戦争に参加したことのあるやつもいるからな。ロード・エルメロイ二世、有名だ」

「その魔術協会が動いている。これが、この聖杯戦争がただことではないことを示している」 

 

 二人の視線が交錯する。もう、ウィンクルードの頭の中には大統領の依頼内容が分かっている。問題は受けるか受けないか、ではない。

 ()()()()()()()()()()、だった。

 

(考えるまでもない、か)

「さて、ウィンクルード・アーマス君。君の来歴は知っている。ずいぶんユニークな経歴だな」

 

 そう言って、大統領はウィンクルードの半生を読み上げる。ウィンクルードに関するデータは頭の中にあるのか、そらんじて見せた。

 

「六代続く魔術師の名家、アーマス家の長男として生を受けながら、二十歳の時に魔術刻印の移植後、出奔。その際に、君は当時の当主であった父親を含めた両親と、君自身の許嫁(いいなずけ)を殺害している。

 以来傭兵として、君は世界各地の戦場に現れては、小金を稼ぐ日々。同時に、様々な依頼を受けて暗殺の仕事をこなしている。

 このリストを見た時、正直私は驚いたね。我が国(アメリカ)の政治家のうち、何人かが君に暗殺されている。なんとなんと、中には私と大統領選を争った女までいた始末だ。ま、あの女の悪徳具合から、死んでくれた方が世のため人のため、この国のためだったのは事実だがね」

 

 よく調べたものだと、ウィンクルードは思った。ちなみに最後の女政治家の件は、目の前の男は無関係だろう。彼女を殺してくれと願ったのは、同性愛者で、性格破綻者、おまけに虐待癖のあるターゲットに恋人を無残に殺された青年からのものだった。

 

「ずいぶんと、よく調べているようで」

 

 あまりに詳細に明らかにされた己の半生の苦笑し、ウィンクルードは思わずそう口にしていた。

 あるいは、目の前の男はなぜ自分が両親と許嫁を殺害したのか、その理由まで知っているかもしれない。口に出さないのは、ウィンクルードからいらぬ顰蹙を買わぬように、という配慮か。正しい判断だ。もしも()()()を口にしていたら、自分はこの場から立ち去っていただろう。後のことなど何も考えずに。

 

「当然だとも。これは、私からの仕事の依頼だ。依頼する相手は慎重に吟味する必要がある。当然、徹底的に調べさせたよ。過去を、現在の状況を、ね。そのうえで、私はこの仕事を依頼するのは君が最もふさわしいと感じた」

 

 にやりと笑う大統領。そして告げた。

 

「この私、第四十五代アメリカ大統領から、ウィンクルード・アーマスに依頼する。この、春日居の聖杯を可能ならば入手。聖杯の入手が不可能となった時は破壊してくれたまえ」

 

 来た、とウィンクルードは内心で身構えた。

 どんな願いもかなえる聖遺物。本物だろうと偽物だろうと、願望機としての機能があれば関係ない。手に入れれば、それはとてつもない力となる。仮に意図した力がなくとも、持っているという事実だけで、交渉カードにもなるだろう。

 全ての国がそう、とは言わないが、魔術と大国暗部は、密接につながっていることが多い。主に魔術を、行き場を失った魔術師を、国が抱えいれることで。

 そんな国に対して、「我々は願望機たる聖杯を所有している」とちらつかせれば、それは最高のブラフになる。例え本当は使い道のない、底の抜けた(さかずき)だろうとも。

 

「いくつか質問と、問題があるな。解決策があるかどうか、聞いておきたい」

 

 口にしつつも、この依頼に断るという選択肢は与えられていないと、ウィンクルードは考えていた。

 一個人がどんなに死力を尽くしても、国家に勝てるわけがない。いつの時代も、知りすぎたものに対する処置は決まっているのだから。

 だがそれでも、見過ごせない点はある。だから確認だ。

 

「何かね? 言ってみたまえ」

「先も言ったが、オレも聖杯戦争の情報は仕入れている。その一つ、聖杯戦争には参加資格があったよな? 令呪って奴だ。そいつがないと、肝心要のサーヴァントとの契約もできない」

 

 ウィンクルードの質問に、大統領は満足げににやりと笑った。

 

「やはり、独自に情報を得ていると、話が早くて助かる」

 

 それでも、語りたがりな大統領は、なお語る。

 

 

 そも、聖杯と言う名の願望機は、聖杯戦争が始まった時点ではまだこの世に顕現していない。

 聖杯に先んじて、七つの『魂』がまず顕現する。

 この星の上で芽吹いたあらゆる歴史、伝承、呪い、虚構。ありとあらゆる中より選ばれし『英雄』の魂を、過去、現在、未来の時間軸の壁を飛び越えて『サーヴァント』という使い魔として顕現する。

 また、七騎のサーヴァントにはそれぞれに対応したクラスが用意されており、即ちそれは――――――

 斬り殺す者、セイバー。

 突き穿つ者、ランサー。

 狙撃する者、アーチャー。

 横断する者、ライダー。

 猛り狂う者、バーサーカー。

 策謀する者、キャスター。

 忍び寄る者、アサシン。

 それぞれの英雄の召喚者、あるいは契約者になった魔術師は『マスター』と呼ばれ、マスターはサーヴァントを使役することで聖杯戦争を勝ち進んでいく。

 そして殺し合いによって破れた魂は聖杯となるべく器へと帰還し、それが満たされることによって初めて、願望機は完成する。これは、そういうシステムだった。

 

 

 そして、このサーヴァントを使役する者、即ちマスターの証である聖痕(スティグマ)。それこそが令呪。マスターとサーヴァントの契約書、彼らを繋ぐパスであると同時に、マスターが自らサーヴァントの手綱を締め、使役するために、三度だけ行使できる絶対命令権。

 これは、聖杯自体が参加者を見定め、その身に刻みこむという。ならば――――

 

「オレの身体には、どこにも令呪は表れていない。現地入りすれば話は別かもしれないが、不確定要素が多すぎるんじゃあないか? そもそも、もうすでに七人のマスター候補の身体に令呪が刻まれているかもしれない」

 

 もしそうならウィンクルードになす術はない。したがって、この依頼は意味がない。

 ところが大統領は我が意を得たりとばかりにニヤリと笑った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?」

 

 訝しむウィンクルードには構わず、大統領は内線電話で連絡をとった。

 しばらくして、執務室の扉がノックされる。

 

「入り給え」重々しい大統領の言葉。「失礼します」という返答の後、扉が開かれた。

 

 入ってきたのは、四十代と思しき男。

 中肉中背だが体つきは巌のようにがっしりした、岩盤が人の形をしたような男。身を包む聖職衣(カソック)が今にもはちきれそうだ。

 決して長身ではないが、実際の身長以上に巨大に見える威圧感がある。男は右手に、片手で持てるくらいのサイズのクーラーボックスを持っていた。

 

「紹介しよう。彼の名はエクソダス。元第八秘蹟会の人間だ」

 

 第八秘蹟会。その名称に、ウィンクルードの眉が寄せられ、その表情に険の一字が宿った。警戒しているのだ。

 

「第八秘蹟会。教会―――聖堂教会の、あの狂信者どもの巣窟じゃねぇか。魔術師にとってはある意味、不倶戴天の宿敵だぜ?」

「元、である」

 

 男、エクソダスが口を開いた。見た目と同様、岩のような重々しい声だった。

 

「今のわたしは大統領の庇護下で活動する、ただの人員に過ぎない。ウィンクルード・アーマス。そなたが大統領の依頼を受ければ、わたしがバックアップとつなぎ役を行うことになる」

 

 エクソダス――思えばこれも偽名だろう。そもそも本名があるのかも怪しいが――の自己紹介よりも、ウィンクルードは彼が手に下げているクーラーボックスの方が気になった。豪奢でありながらも質実剛健さを兼ね備えた執務室には似合わない、安っぽい品だ。

 だが中が一切窺えない。それは物理的にもだし、魔術的にもだ。ウィンクルードが軽く精査してみようとしたが、弾かれた。どうやら相当強固な魔術的防護をかけているらしい。それだけ重要な品ということだ。特に、魔術師にとっては。

 

(まさか――――)

 

 その可能性が頭に浮かんで、ウィンクルードはソファから腰を浮かしかけ、慌てて自制した。落ち着け。あれが本当に予測通りのものでも、餌に駆け寄る犬のような真似はするな。足元を見られる。

 

「そなたは先程、令呪の件について言及した。全く正しい言及だ。そして、その解決策が、これだ」

 

 言って、エクソダスはクーラーボックスを開けた。中に入っていたのは、大きめの氷嚢(ひょうのう)に収められた、人間――おそらく男――の右手首から先だった。

 そして、その手の甲には、牙を並べた獣の口を思わせる、タトゥーのような文様が刻まれていた。

 

「こいつは――――」

「ご所望の、令呪だ。この令呪をそなたに移植する。わたしは心霊医術も習得している。その技術を持ってすれば、なんら問題はない」

 

 令呪、聖杯戦争参加者の証。

 

「彼は元第八秘蹟会出身だけあってね、生身の戦闘能力は群を抜いている。春日居の聖杯戦争に参加すべく、令呪を宿して意気揚々とやってきた魔術師から奪い取ったのだ。サーヴァント召喚より以前ならば、なんら脅威ではない」

 

 大統領はさらりと言っているが、その魔術師にサーヴァントを喚ばれる恐れもあったのだ。実際は命がけだったのだろう。

 

「……オーケイ、令呪の問題はクリアだ。だが、まだ聞きたいことはあるね。いや、確認したいことかな」

「言ってみたまえ」

「何故、聖杯を求める? 別に本物じゃあない、ただの願望機の機能しか持たないレプリカのはずだろ?」

 

 分かり切っている質問をするのは、はっきりと相手に言葉にしてもらい、言質を取るためだ。

 

「そう、聖杯と言っても偽物だ。そもそも今回は舞台が正規の冬木ではない。ますますもって胡散臭い。だが、例え偽物であろうともそれが願望機しての機能を持っているのであれば、それが一個人の手に渡る危険性は考えるまでもないだろう?」

「つまり、誰かに盗られるくらいならば、国で管理したほうがいいと。そして誰かに奪われるならば、いっそ破壊して、誰の手にも届かないようなるべきだ、と」

 

 にやりと、大統領は笑う。

 ウィンクルードは、白々しい、と思った。なんだかんだといいながら、結局は聖杯を、いやさ願望機を手に入れたいだけなのだろう。自国のために。

 

「もう一つ。なぜオレに依頼をした。わざわざ外部の人間を雇わなくとも、あんたの命令一つで命を思わず戦う人間はごまんといるだろう。そこのおっさんのようにな」

「君は意外と意地が悪いな。その答えもまた、予想しているだろうに。どうしても私の口から言わせたいか」

「依頼内容は依頼人の口から直接に。オレのポリシーだ」

「その答えは気に入った。おおよそ予想で来ていると思うが、手持ちのカードを使わないのは、此度の聖杯戦争の信憑性についてだ」

 

 やはり、とウィンクルードは思った。

 

「冬木ではなく、春日居で行われるが故に、この聖杯戦争は本来ありえないもの、偽物の聖杯戦争と呼ばれている。だからこそ、呼び出される聖杯も、本当に願望機としての機能を有しているかどうか、疑問だ」

「不確かな情報が錯綜し、不確かな現状が横たわっている。そんな戦地に、手駒は遅れない。手駒を失う危険は冒せないってわけだ」

 

 大統領は無言で肯定する。ウィンクルードは一つ、大きく嘆息した。

 ここまで聞いてしまい、令呪まで用意された以上、依頼を受けない、という選択肢はない。ここで断れば、彼は間違いなく消される。別に命は惜しくないが、大国――それも自分が生まれ、育った国だ――と喧嘩して果てるほど破滅願望が強いわけでもない。

 それに、惹かれる部分もある。万能の願望機。もしも本当に、その機能を発揮できるなら。自分は――――

 

「さて、受けてくれるだろうか? 報酬は三千万ドル。なお、君が首尾よく聖杯を手に入れた場合、回収部隊が向かう手はずになっている」

 

 大統領は、言外にこう言っている。ウィンクルードにも、聖杯を使うチャンスがある、と。ウィンクルードの中にある、願望機に託したい願いがあることを、見抜いているのだ。

 やはり、この男はなぜ自分が両親と許嫁を殺したのか知っている。聖杯に、願望機に惹かれる理由を、知っている。

 

「さて、受けてくれるかな?」

 

 受けないわけにはいかない。ウィンクルードは石像のように直立不動しているエクソダスに一瞥を加え、

 

「前金で半分いただきたい。生還率が低い仕事だからな。取れる分は取っておきたい」

 

 ウィンクルードの返答に、大統領はにんまりと、満足げに笑った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 これより始まるは、正典でも、外典でもない。どこからも語られることのない、偽典。

 そう、偽典の聖杯戦争の幕が上がるのだ。




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