偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第11話:一日目⑧ 戦い終わって

 春日居市新地区。

 春日居市は古くからある街並みの旧地区と、新しく開発された新地区に分かれている。

 旧地区には昔からそびえる山、千堂山(せんどうざん)と、古くからこの地に根を下ろした二つの魔術の家系、如月(きさらぎ)家と祠堂(しどう)家がある。

 そして新地区にある丘の上には、一軒の教会が建っていた。

 荘厳な造りの西洋建築。前庭にはよく手入れされた花壇があり、教会部分とそこに住み着いている人間用の住居を結ぶ外廊下。そこから見える中庭も、よく手入れが行き届いており、四季折々の花を咲かせる花壇が供えられていた。

 昼は近所の住民の中で、信心深い者たちの憩いの場。特にそうではない人々でも、冠婚葬祭の場など多くの繋がりを有する祝福と鎮魂の場。

 しかし今この時期の夜ともなれば事情は変わり、もう一つの、一般人には絶対に見せない顔をのぞかせる。

 即ち、聖杯戦争の監督役の居城。

 聖杯戦争を、神秘を表に出さず、影から影へ、闇から闇へと葬り、事実を隠蔽し、歪曲し、多くの情報を書き換えて、神秘抜きの真実を作り出す場。

 同時にサーヴァントを失い、戦う意志を無くしたマスターを保護するための駆け込み寺。

 その教会、春日居教会には明かりがついていた。

 教会内にはシスターが一人。

 二十代前半の外見。赤みがかった茶色の髪、同じ色の瞳。髪の長さは肩にかかる程度で、わずかにウェーブがかかっているのが、彼女のなりのおしゃれか。

 尼僧用の聖職衣(カソック)姿に首から下げた銀のロザリオ。小脇に抱えた聖書。どこからどう見ても教会勤めのシスターといったいでたち。

 彼女の名はキャロル・スコットワークス。通称シスターキャロル。この春日居の地に根を下ろす二つの魔術の家を監視する役を聖堂教会より任じられ、そして今回始まった偽典の聖杯戦争の監督役となった女性だ。

 キャロルはコツコツと靴音を響かせながら携帯電話を耳に当てたまま室内を歩く。

 訪れた信者や客のための長椅子を迂回しカーブ。パイプオルガンの前で一旦立ち止まる。

 

「では、木暮岸壁の戦闘は収束したのですね? ええ、はい、そうですか。では、過激派のテロの仕業という方向で処理しましょう」

 

 今、キャロルは部下から今夜行われた聖杯戦争の初戦、ライダーとランサーの戦い、バーサーカーの乱入による三つ巴からアーチャーの介入。アサシンの暗躍と言った混沌とした状況を作り出した、木暮岸壁での戦闘の情報と、その収束の報告を受けていた。

 初戦にして大きく破壊された岸壁、コンテナ群。これでは船をつけることもできないし、過激派のテロとすれば港もしばらくは閉鎖しなければならないかもしれない。春日居港は外国籍の船も寄港する大きな港だが、閉鎖となれば彼らはやってこない。外国人が落とす貨幣もなくなり、経済面での打撃も少なからず出るだろう。

 そして復旧にどれほど時間がかかるかもわからない。聖杯戦争に関する損壊のため、復旧費用も聖堂教会が捻出せねばならないだろうし、多くの情報操作も必要となりそうだ。

 サーヴァント同士の戦闘。覚悟していたが、まさか初日からこれほどの被害が出るとは。一般人の人的被害が皆無だったのが唯一の慰めか。

 

「はい。港内の監視カメラの映像はすべて破棄してください。決して魔術師や、間違ってもサーヴァントの姿が映った映像は残さないように。ほかに報告は――――え?」

 

 最後に部下から伝えられた最新の報告に、キャロルは眉をしかめた。

 部下からの報告はこうだった。岸壁の下水道内で男性の遺体が発見されたと。

 遺体は心臓を抉りだされており、他殺体。それも明らかに尋常な方法で殺害されたものではないとのこと。

 

「――――分かりました。遺体は事前の取り決め通り聖堂第七病院に移送してください。明日、わたしも立ち合いのもと検死を行いますので、魔術に見識のあるスタッフを先に病院までよこしてください。はい、では」

 

 通話終了。同時にどっと疲れを感じて、キャロルは長椅子の一つに座り込んだ。思わずため息が出てしまう。

 

「これが、聖杯戦争……。冬木の監督役はどのように処理していたのでしょう」

 

 同じ聖堂教会から派遣された者同士、意見やアドバイスを聞いてみたいがそれは叶わぬ願いだ。何しろ、冬木の聖杯戦争を取り仕切っていた監督役は皆揃って死んでいる。

 キャロルは聖堂教会の人間にしては珍しく、異端であるはずの魔術も習得しているが、残念ながら降霊術の類は門外漢だった。それ以前に降霊術で本当に死者と対話できるかどうかさえよく知らないありさまだった。

 と、俯き気味だったキャロルの目の前に、カップに注がれたホットミルクが差し出された。

 見上げた先に男の姿。

 神父用の聖職衣姿の四十代の男性。冴えない風貌――しかし全身から漂う穏やかさ――、うだつの上がらない茶髪、皺のよった顔つき、黒い瞳、針金のような痩躯。道のはずれで静かにひっそりと佇んで人々を見守る街路樹の風情。

 

「ブラザー・スミス」

「お疲れ様です、シスター・キャロル」

 

 外見に相応しい穏やかで落ち着いた声を発するブラザー・スミス。

 彼が名義上、春日居教会の責任者だ。表の顔の責任者と、言い換えてもいい。実際、日曜日のミサや結婚式の進行など、教会の表向きの業務は彼が取り仕切っている。

 彼は聖堂教会の人間ではない。

 ゆえにキャロルの仕事について理解はあるが内容は知らないし、踏み込まない。ただ穏やかな顔で彼女の仕事を見守り、知らず、触れず、ただ己の職務を忠実に遂行する。

 

「私は君の仕事を知らないし、関与もしない。しかし君が過労で倒れてしまったり、ましてや死んでしまうのとはとても困るし哀しい。私にできるのはこのくらいですが、無理はなさらずに」

「ええ。分かっています。わたしが倒れてしまったら、代行の監督役がいなくなってしまいますから」

 

 ホットミルクを受け取って、微笑んで見せるキャロル。

 

「では、私はこれで。君も早く休んでおくれよ」

「ええ。おやすみなさい。ブラザー・スミス」

 

 退室する神父に一礼し、キャロルは立ち上がった。

 今夜の知らせは受けた。指示も下した。ホットミルクの暖かさが喉から食道を通って胃の腑に染み渡る。

 ふうと一息。そして霊基盤を見た。今日の昼までは確かに存在しなかったセイバーのサーヴァント。その召喚が確認された。

 七騎揃ったサーヴァント。ついに聖杯戦争は始まった。偽物であってもそれは変わらない。

 偽典の聖杯戦争。明らかに見え隠れするゲームメイカー。その影を踏み、実態を掴みたい。

 だが、手が足りない。自分だけではどうしても届かない。そんな予感は確信に至る。

 協力者が欲しい。信頼できるとまではいかない。しかし信用できる誰かが。

 そんなことを考えていると、携帯電話に着信。画面に表示された名前は部下たちの誰でもなかった。しかし知らない名前でもなかった。

 祠堂司。祠堂家の次男。そして、令呪が現れたマスターの一人。セイバーが召喚されたのだから、おそらくはセイバーのマスターになり、そのまま聖杯戦争に参加することになったのだろう。

 とにかく電話に出てみる。

 

「はい?」

『シスター・キャロル。今大丈夫ですか?』

「問題ありませんが?」

 

 要件は一体何か。疑問に思った矢先に、相手が切りだしてきた。

 

『夜分遅くにすみませんが、今から教会に行ってもいいですか?』

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 春日居市新地区。カスガイ・グランド・ホテル。

 

「やーれやれ。まっさかいきなりやられるたぁな」

 

 最上階のスイートルーム。イタリア語で話すその男はくつくつと肩を震わせて笑っていた。

 面白くて仕方がない。楽しくて仕方がないというかのように。

 短めの灰色の髪と落ち着いた緑の瞳。アルマーニの三つ揃いのスーツ姿。ただし今はスーツをラフに着崩している。

 にもかかわらず粗野な印象は全くなく、どこか気品のようなものを感じさせた。

 時計塔から派遣された魔術師にして聖杯戦争の参加者の一人。ライダーのマスター、アルフレットだった。

 アルフレットはホテルの備品の椅子に腰かけ、体重を後ろにかけてゆらゆらと揺れていた。そうしながらもやはり笑いは止まらない。

 

「まーったく。人が駆けつける前にドンパチ始めたもんだから、介入しようがなかったが――――、ハッハァ。やっぱ面白れぇもんだな、聖杯戦争っつーのは」

 

 ドイツ語で言い捨てて、アルフレットは椅子から立ち上がった。その勢いで椅子が倒れるが、絨毯が音を吸収する。

 その目の前に差し出されたのはグラスに注がれた白ワイン。グラスを渡したのは彼の弟子の筆頭にして助手、アイリーン。

 すらりとしたモデル体型、背中まで伸びた金髪、フレームレスの眼鏡、赤い瞳、白いシャツ、薄青色のスラックス姿。真冬の空の下で鍛えられた氷の短剣の風情。

 いつも静かに師匠であるアルフレットの三歩後ろを歩き、様々な言語をまぜこぜにして話す師との難解な会話を成立させる数少ない人物でもあった。

 

「お、すまねぇなアイリーン。祝杯ってわけにゃいかねぇが、一杯やるか」

「それ、ぼくも参加していい? やっぱり祝杯じゃないけど、生還記念ってことでさ」

 

 第三の声は部屋の真ん中から。直前まで誰もいなかったその場所に、まるで空間からにじみ出てくるように男が一人、現れた。

 鎧の上からでもわかる逞しい体つき、稚気に富んだ茶色の瞳、金の髪、緑と茶色を基調にした革鎧、緊張感など皆無といった様子の、口元に浮かべた緩んだ笑み。

 どれほどの暴風にあって揺れても決して折れぬ柳の風情。

 木暮岸壁の戦闘でアーチャーの狙撃を受け、さらにバーサーカーの一撃で消滅したはずの、ライダーのサーヴァントだった。

 消滅したはずの己のサーヴァントを見ても、アルフレットは眉一つ動かさず、さもそこにライダーがいるのが当然というように笑い、「勿論だ。駆けつけ一杯」と重厚なテーブルに不似合いな缶ビールを手渡した。

 

「ありゃ、ぬるいよこれ」受け取った缶に顔を顰めるライダー。

「マジか。アイリーン」アルフレットのめくばせ。師の視線を受け取ったアイリーンがライダーから感を受け取った。

「――――――」一工程(シングルアクション)の詠唱。それだけで缶ビールが再び冷たさを取り戻した。キンキンに冷えた証拠に缶から水滴が浮かぶ。

「あっは。すごいね。見事だね」受け取った缶を上機嫌に見つめるライダー。蓋を開けて中身を飲み干す。言いながらも興味深げな視線をアイリーンからそらさない。

 

 今の一瞬での詠唱は、人間のそれとは少し違っていた。そう思う。現代よりも、自分が生きていた時代に近い。あの、幻想が幻想として闊歩していた時代と。

 

「くー! キンッキン! 最高」そしてそんな内面はおくびにも出さずに、満足げに笑う。

 

 しばらくその場の全員で酒を嗜んだ。何に乾杯するか? ライダーが聞いた。聖杯戦争と、ろくでもない争いに。アルフレットが英語で答えた。アイリーンは無言だった。

 

「さて、事前の説明通りなら、オメェさんの()()は残り十一か」グラスのワインを一気に飲み干して、アルフレットが日本語で聞いた。

「そうだよ。残機が0になったら本当の消滅だから、あと十回、ぼくは今夜のように消えられる」缶の中のビールを飲み干してライダーは答えた。

「その、貴方の命は、時間経過や魔力の補給で増えたりしないのですか?」ちびちびとチューハイを飲んで、遠慮がちにアイリーンが聞いた。

「いやー、そりゃ無理。いったん消えて、別の場所に復活できるってのは利点だけど、消えた命は補えない」

 

 ライダーの宝具は特異だ。

 命のストック。死してのち、一度は消滅する。その後、再構築される、

 その場での蘇生ではなく、外傷も、装備品の破損も修復されたうえで、ある程度任意の場所で――例えば戦場から離れた安全圏などで――復活できるのだから、かなり有用な宝具だろう。

 それはリトライができることもあるが、何よりも

 

「オメェさんの消滅を確認した連中はこう思いだろう。ライダーは消滅した、残る敵は五騎だと」

「つまり、ぼくは透明人間になれるってわけだね」とライダー。

「暗躍にはうってつけ、ですか」とアイリーン。

「おうよ。こいつは、このアドバンテージはでかいぜ。オメェさんの命ひとつ払ってもおつりがくらぁ」にやりと笑うアルフレット。

「じゃ、これからぼくはしばらく影に潜んだ方がいいね。存在を知られていないってのはいつだって有利に働く。戦争政争関係なく、ね」

 

 笑うライダー。そして、ライダー陣営の方針は決定した。

 表向きはサーヴァントを失ったにもかかわらず聖杯戦争にしがみつくピエロを演じ、裏で()()()()()()を画策する、まったく食えない陣営だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 少しだけ、昔の夢を見た。

 

「司。よく聞くんだ」

 

 記憶の中の父の声。重くて分厚い声。

 

「お前の兄は我が祠堂家の魔術刻印に実によく馴染んでいる。そしてお前の姉は祠堂家の権力基盤をより強固にするため、よそに嫁いだ。これで時計塔の繋がりはさらに強くなった。結果、祠堂家は私の代でさらに栄え、次の代もつつがなく続くだろう」

 

 父の言いたいことは分かった。そして思い出す、これは夢だと分かっている、夢の中で目覚めたような状態の、現在の自分は覚えている。

 確か、高校に入学してしばらくした頃だったと思う。父がこう切り出したのは。

 

「祠堂家は順調だ。だからこそ、次男であるお前は選ぶことができる」

 

 本来、魔術は一子相伝。たとえ同じ家に生まれても、嫡子以外に魔術は伝授されない。魔術の一切を知らず、一般の家庭と同じように育てられる。

 例外があるとすれば、一例としては予備か。嫡子が何らかの不幸に見舞われて死亡、或は後継者たりえなくなった時、そんな不測の事態のために用意される、代替品。

 他家との政略のために魔術を学んだ姉も似たようなものだし、司もそうだった。

 しかし兄は頑健で、順調に健やかに育ち、祠堂家の魔術刻印も継承した。能力面でも人格面でも、祠堂家の次期頭首として完成した。

 だから、兄の予備だった次男(じぶん)は必要なくなった。

 記憶を消去し、改竄し、一般の人間に戻す。そういわれるかと思った。

 だが、違った。今でこそすっかり俗物100%になった父だったが、このころはもう少し人間的だったと思う。少なくとも、()()()()()()()()()息子に選択肢を与える程度には。

 

「選べ、司。もうすぐ■■■■■■■■■■の時期だ。迷う暇はない。ここで決めろ。魔術師として生きるか、ごく普通で平凡で、しかしてまっとうな人間として生きるか」

 

 選択だ。選んだ瞬間運命は決まり、今後の祠堂司の人生における流れが決定する。

 運命に流される自分。今までその流れは一本道だった。言われるがままに魔術を学び、兄の予備という立場を受け入れてきた。

 分かれ道だ。流される自分でも、流れは選ばなければならない。いつだって、選ばなければならない。自分が身を任せる流れを。

 そして、司は選んだ。

 

 

 目覚めた先にあったのは夜空ではなく、天井だった。

 知っている天井。祠堂邸の客間の天井だ。

 司はゆっくりを身を起こした。どうやら客間のソファに寝かされていたらしい。

 状況を把握する。聖杯戦争を観戦しようと、身の程知らずにも木暮岸壁の戦闘を観戦し、そこでランサーに見つかって、追われた。

 祠堂邸に帰還後、ランサーに襲われながらもなんとかサーヴァントの召喚に成功。これを撃退した。

 そして戦闘後、自らが召喚したサーヴァントに()()()()()()()()()()()、貧血で倒れてしまったのだった。

 

「あ……」

 

 そこで己の失念を悟った

 セイバー。司が召喚したサーヴァント。彼女はどこだ?

 

「目が覚めましたか、マスター?」

 

 すぐそばで声。どうやら自分は相当呆けていたようだ。セイバーは司をソファに寝かせ、自分はそのそばで看病してくれたようだ。もっとも、単純な貧血である以上、できることなどほとんどない。それこそ司を室内に入れるくらいだろう。

 

「セイバー。えーと……」

 

 司は言葉に詰まった。何を言えばいいのかわからない。何しろ、意識を失った状況と理由があまりにも特殊過ぎた。

 当たり前といえば当たり前だが、吸血による貧血など初めてだったのだ。

 というわけで司が言葉に詰まっていると、セイバーのほうから頭を下げた。

 

「申し訳ございません、マスター!」

 

 床に正座して恐縮しているセイバー。俯き加減なので表情は分からないが、耳まで真っ赤にしていることから申し訳なさと恥ずかしさが大いに喧嘩しながらも一つ屋根の下で同居しているのが察せられた。

 

「わ、(わたくし)ときたら、あんな―――――はしたないことを!」

 

 確かにいきなり押し倒したのはそうだろうが、果たして吸血行為ははしたないですむレベルなのだろうか? そんなことをまだ少しぼーっとしている頭の片隅で考えながらも、司は気にしていないと告げた。

 それでも顔を上げようとせず、真っ赤になって俯いて恐縮してるセイバーを見て、吸血された事実などどこかに追いやって、純粋に、単純に「かわいい」と思った。

 

「それより、さっきは戦闘中だったからいろいろ言えなかったけど、改めて言うよ。俺は祠堂司。一応、君のマスターってことになる」

 

 そう言って、右手の令呪を見せる。セイバーはこくんと首肯した。だがどうも様子が変だ。もじもじしていて顔を上げてくれない。

 よく見ればセイバーはかなり露出の激しい格好をしている。お腹やへそ周りが丸出しだ。

 ひょっとして恥ずかしいんだろうか? ランサーと対峙していた時はあんなに勇ましかった彼女が、今は外見より幼く感じられる。

 だがすぐにそれだけではないと気付いた。セイバーはさっきからしきりにわき腹辺りを抑えている。怪我かと思ったが違う。彼女が掌で覆っているのは、その身に刻まれた、茨を思わせる痣――刻印――。それを見せたくないと思っていた。

 司はあえてセイバーから視線を外した。()()()()()()()()というように。

 頬を掻きながら、何気ない風を装って聞く。「とりあえずセイバー。着替える?」

 ぱぁっとセイバーの顔が輝いた。「はい」

 着替えを渡した。「姉さんが使っていたものだけど。もう嫁いじゃって、使わなくなったから。よかったらどうぞ」

 ぺこりと頭を下げるセイバー。「とんでもありません。重ね重ね、ありがとうございます、マスター」

 セイバーが着替えるまでの間、紅茶の用意をする。時間が短いのでパックのもので我慢。

 

「お待たせいたしました」

 

 シンプルなシャツと活動的なジーンズ姿になったセイバーが顔を出す。姉は魔術師だったが跡継ぎとして見られていなかったためか、一般の生活にもなじんでいたし、服装も活動的なものを好んでいたと、そんなことを思い出した。

 

「ああ。紅茶でも飲みながら話そうか」

 

 対面で座る二人。場所は客間のままだがいいだろうと思う。

 壁に掛けられた時計を見る。どうやら自分が意識を失っていた時間はそう長くはないようだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて、セイバー。まずはランサー撃退、お疲れさま。本当に助かったよ」

「いえ。サーヴァントとしての務めを果たしただけですから」

 

 微笑むセイバー。その顔に邪気はない。

 

「それじゃあ、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい。何なりと」

 

 では遠慮なくと、司は一つ深呼吸した。

 これから聞きたいことは結構デリケートだ。慎重に行かなければ。

 

「セイバー、君の真名はなんだろうか?」

 

 慎重に行かなければならない。そう思っていたはずなのに、司はストレートに聞いた。

 司とセイバーはこれから聖杯戦争を戦い抜くことになる。そのために、まずお互いを知るべきだ。

 そしてマスターがサーヴァントに関して一番最初に知りたいことは一つ。真名だ。

 サーヴァントの真名が分かればおのずとその実力、できることとできないことの枠組みができる。

 だが、

 

「いいえ、その――――。すみませんマスター。真名は、その――――」

「教えられない?」

 

 セイバーの意を汲んで先を告げる司。セイバーは心底申し訳なさそうに、こくんと頷いた。

 サーヴァント側が真名の開示を拒むこともあるだろうと思っていた。理由もそれなりにある。

 例えば――――

 

「それは、俺から君の真名が漏れることを恐れてのこと? 重要な情報を知っている人間は、少ない方がいいとか。一応俺も魔術師だから、魔術的な精神防壁は張れるし、魔術的な暗示に対してはそれなりに対抗できると思うけど。やっぱり、召喚して早々戦わせたマスターは信用できない?」

「違います!」

 

 思いのほか大きい声での否定にびっくりする司。セイバーはますます顔を赤くしてうつむいてしまった。

 そんな仕草もかわいいなと思いながら「じゃあなぜ?」と先を促す。

 セイバーはもじもじしていたが、やがて語りだした。

 

「マスターには何の問題も落ち度もありません。真名を開示できないのは、私の問題なのです」

 

 セイバー側の問題で真名を開示できない。理由を問う前に、司は意識を失うことになった原因を思い起こした、

 吸血行為。英雄というよりも、それに倒される側がするような怪物的行動。今も小さく除く牙。ランサーの洗礼詠唱の効果を受けた、呪いじみた茨の刻印を思わせる宝具。自ずと答えは見えた。

 

「セイバー。君は、()()()なんだね? それに負い目か何かを感じているから、本来倒される側にいる自分の名を、俺に聞かせたくないの?」

 

 セイバーの目が驚きに丸くなる。セイバーの心に感謝の念が湧いた。このマスターはいい人だ。こちらの打ち明けにくいことを巧く促してくれる。

 

「はい。お恥ずかしい話、私は反英雄。その真名を、貴方様に明かして軽蔑されるのが怖いのです。はしたない女だとお笑いください」

 

 完全に恐縮するセイバーに、司の方が何だか申し訳なくなってくる。

 苦笑する司。「大丈夫。そんなことないから。じゃあ、真名の話はおいておこう。で、君のスキルや、パラメータに表示されない技能なんかもしたいけれど――――」

 カップに残った紅茶を飲み干す。セイバーも司に倣う。

 

「それは後々。実は、今日のうちにやっておきたいことがあるんだ」

 

 そう言ってセイバーの文のカップも持って席を立つ司。そのまま洗い場へ。セイバーも後をつける。

 

「やっておきたいこと? あ、中庭の片付けですか?」

「それは明日以降でもいいかな」軽くカップをすすいで手をぬぐう。そして、懐からスマホを取り出した。

 

 セイバーに手で待てと合図して、登録してある番号をコール。しばらくして応答があった。

 

『はい?』

「シスター・キャロル。今大丈夫ですか?』

『問題ありませんが?』

 

 一つ間を開ける。そして告げた。

 

「夜分遅くにすみませんが、今から教会に行ってもいいですか?」

 

 沈黙は一瞬。

 

『何故今更?』

「俺も聖杯戦争に正式に参加することになりました。サーヴァント・セイバーの召喚にも成功し、マスターとして契約を交わしました。その報告を。昼間言ってましたよね? 辞退するなら二日以内に連絡しろって。一応、参加するっていう連絡もしようと思って」

『……報告なら、電話(これ)でいいのでは?』

「直接、会って話したいんです。正式な参加表面なんだから、じかにあって、正式に宣言したいんです」

 

 また沈黙。電話の相手、シスター・キャロルはこちらの意図を図っている。図り切れず、訝しんでいる。

 

『聖杯戦争に関する情報でも知りたいのですか?』貴方を完全に疑ってますと言外ににじませるキャロルの声音。

「実はそうなんです」ほかに他意はありませんと、あっけらかんという司。

『監督役であるわたしが、参加中のマスターに情報を渡すことはあり得ませんよ』

「そこを何とか。俺との付き合いの長さに免じて」

『ありえません』ぴしゃりと否定の言葉。いささかも動じない司。

「じゃ別にいいです。けれど、やっぱりじかに会って宣言したいです。祠堂家(うち)とは浅い付き合いとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」言外に自分は死ぬかもしれないからと、告げる。

 

 沈黙。今度のは司の悲観的ともいえる台詞に思わず口をつぐんでしまった。そんな様子だった。

 

『…………分かりました。お待ちしています』

 

 通話終了。スマホをしまい、司はセイバーに向き直った。

 

「というわけで、これから教会の監督役のところに行くよ。セイバーも、見るだけ見て損はないと思うよ」

 

 状況を理解できないセイバーに向けて、司はにこりと笑った。




現在公開可能なサーヴァントステータス。

クラス:セイバー
真名:???
マスター:祠堂司
性別:女 身長154cm、体重44kg、属性:秩序・悪
筋力B+ 耐久A 敏捷B 魔力C 幸運B 宝具?
クラススキル
対魔力:B:魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても傷つけるのは難しい。
騎乗:B:大抵の乗り物は人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
固有スキル
無辜の怪物:A++:生前のイメージによって、後に過去の在り方を捻じ曲げられなった怪物。能力・姿が変貌してしまう。そのせいでセイバーはどこか吸血鬼的な側面を持つ外見に変貌している。
吸血:C:吸血行為と血を浴びることによる体力吸収&回復。ランクが上がるほど、吸収力が上昇する。基本どんな血でもOKだが、好みの血であれば回復効果が上がる。
味にはこだわりがあり、処女、或は自分が心を開いた異性の血を特に好む。逆に長時間血液を得られないと渇きによって精神の安定性が崩れる。
宝具
???
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