偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第14話:二日目② 急変

 春日居市郊外。七公館(しちこうかん)大学。

 サーヴァント(セイバー)を学校に連れて行く。それも実体化させたままで。

 司のこのアイディア自体は悪くなかったかもしれない。実際、ほかの、今でも聖杯戦争の参加を虎視眈々と狙っている野良の魔術師や、聖杯戦争に参加している正式マスターは、近くに実体化させたサーヴァントを控えさせているマスターを、常に臨戦態勢にあると警戒するだろう。

 結果、外野の魔術師たちは手を出しづらくなるし、マスターであれば、まさしく撒き餌に食いつく有様になる。

 部外者を遠ざけ、当事者を引き寄せる。このまま夜にでもなれば、聖杯戦争二日目に行われる対戦カードが一組決まるわけだ。

 一石二鳥。司はセイバーに現世を見せてやりたいのとは別に、マスターとしての戦略も練ったうえで、彼女を連れて学校まで来たのだ。

 その判断は間違っていたとは思わない。

 誤算があるとすれば――――

 

「つ、つつつ、司! そ、その金髪巨乳な方は一体何者だ!?」

 

 大学の正門でばったり会った学友に、司は指さされてそういわれた。

 声が震えている。彼の動揺はすさまじいらしく、司に向けて突き出した指さえも小刻みに痙攣していた。

 金に染められた髪、碧眼のカラーコンタクトを入れた柄シャツにピアスの軽薄な青年、大槻(おおつき)君だった。

 そして声を出しているが、後ろの二人の少女――栗色のショートカットの髪と、灰色がかった瞳。活発そうな雰囲気の中園(なかぞの)さんと、腰までかかる黒い長髪、細めの黒い瞳、色白な肌。中園さんと正反対に、温和で穏やか、見るからにインドア派な雰囲気の小館(こだて)さん――も、びっくりした顔で司と、その三歩後ろで照れたように頬を赤くして俯くセイバーを凝視していた。

 

「説明したまへ司ぁ! お、お前俺様の知らないうちにこんな美人とお近づきになったのかそうなのかどうなのか!? あぁなぜ俺様にはそんな出会いがないのかうるおい――――はあるけど代わり映えはしないのか! てゆーか外人! 金髪巨乳の美人! お前はおくてだと思っていたの大人の階段と五段飛ばしで昇りつめたのかたのかそうなのかオンドゥルルラギッタンディスカー!」

 

 一息に言い切ったので意味が分からなかった。しかも最後は活舌まで変になっていた。

 クスリでも決めてハイになっているわけではない。大槻はこれで素面(しらふ)のテンションなのだ。

 

「うん、落ち着いてくれ、大槻君」

 

 どうどうと両掌を向けて肩で息をする大槻を黙らせにかかる司。見れば中園も小館も興味津々だ。

 

「あの、マスタ……司様。この方々は?」

 

 遠慮がちに、後ろからセイバーが問いかけた。司はこくりと頷いて、セイバーの方に向き直る。

 ちなみに、マスターという言い方は司がセイバーに厳命してやめさせた。聖杯戦争の、魔術師の時間の間ならばともかく、昼に学校、日常側で“マスター”という言葉は不穏だ。ともすれば特殊なプレイと思われかねない。

 魔術師として人から外れた道を歩む司だが、余計なことであらぬ道を歩むように思われてはたまらない。

 

「俺の友達。さっきまで騒いでた金髪が大槻君。ショートカットの子が中園さん。ロングヘアの子が小館さん。皆、紹介するよ。彼女はセイバー。父さんの知り合いんの娘さんで、こっちにホームステイに来たんだ」

「あ、いつも司様がお世話になっております。セイバーと申します。よろしくお願いいたします」

 

 ぺこりと頭を下げるセイバー。そんな簡単な仕草の端端にあふれる気品に、三人は絶句した。

 

「ふわぁ。凄い気品。これは中園ちゃんには分が悪いかな……」

「な、なに言ってんのよ! 何でもないし!」

 

 相変わらずほわほわした喋り方をする小館に対して、中園が慌てた様子でその口を閉ざしにかかる。そんな二人の意味が分からなかったのか、セイバーはことりと小首をかしげた。そんな仕草は年齢不相応に幼く映り、それがまた、大槻の「世の中不公平だー!」という本人的魂の叫びに直結したのだった。

 

「司様は、良きご友人に恵まれたのですね」

「ああ。俺にはできすぎな人たちだよ」

 

 三人に聞こえないよう囁いたセイバーに対して、司もまた、彼女にだけ聞こえる大きさの声で笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 講義が始まるとのことで、一端司とセイバーは分かれた。

 七公館大学は昼間は正門は開いているし、近所の人たちも中には入れるオープンな気質だが、さすがに完全部外者のセイバーを教室に入れるほど開放的ではない。

 司と別れることに、最初セイバーは難色を示したが、司に説得されて渋々ながら了承した。

 最初こそセイバーは勝手なマスターに不満を持っていたが、やがてその感情は霧散する。

 大学のキャンパスを歩き、その平和な光景、笑い合う人々。穏やかな陽気。耳をすませば、授業のない学生たちの会話が聞こえてくる。

 娯楽、恋愛、単位、将来、現在、過去、未来。あらゆることへの不安や不満から期待、そして現在に対する満足感。

 多くの感情、多くの思想がそこにあった。

 

「現世は穏やかですね。ですが、少し視線が気になります」

 

 きょろきょろと周りを見渡すセイバー。見れば周りの人間が――特に男子が――こちらを見ている。視線を向ければ慌てて顔をそむけた。

 

「何か、私の格好が変なのでしょうか?」

 

 現代の装いにおかしなところがあっただろうかと、セイバーはその場でターン。編まれた金髪が彼女の動きに一瞬遅れて動いた。

 真実は見慣れない美人がいるので、注目を集めただけだが、セイバーはそのことに気づかなかった。

 改めて、現代の空気を感じる。

 多くの雑多な感情が集まっている、現代の学校という空間。

 いいことだと、そう思う。

 自分の生前は己を取り巻く世界そのものが一つの意志に統一され、まるで竜のようなうねりを帯びていた。

 

(だから、私は――――)

 

 深刻な気分に浸りそうになるセイバーの耳朶に、陽気な男の声が届いた。

 見ればセイバーの前に笑顔の男が現れる。

 男はしきりにセイバーに話しかけてきた。要約すればこの後ランチを一緒にしたいとのことらしい。

 

(こ、これはもしや、ナンパというものでしょうか……)

 

 まさかの事態にセイバーは戸惑ってしまったが、顔には柔和な笑みを浮かべ、穏便に断った後そそくさとその場を立ち去ろうとする。

 だがナンパに失敗した男が立ち去るや否や、別の男がまたセイバーに声をかけてきた。

 セイバーはすっかり困惑してしまった。

 

『ま、マスター。ナンパというものには、どう対応したらいいのでしょう?』

 

 サーヴァントとしてあるまじきことだと思いながらも、セイバーは(マスター)に助けを求めた。

 

『あー。うん。大丈夫だよ、セイバー。適当に相手を刺激せずに、温和な感じで断ればいいよ。それと、相手が連絡先を渡してきたら、断らずに受け取って。それだけで満足する手合いもいるから』

 

 が、帰ってきたのは確かにアドバイスとしてはありだったが、そもそもナンパされないという根本的な解決にはならないのだった。

 

 

 七公館大学の敷地内を見学するセイバーだったが、もちろん目的は忘れてはいない。

 一通りのナンパたちをあしらってから、サーヴァントの気配を感じ取ることに尽力した。

 昼間の、しかも多くの無辜の民が集まる場所で、サーヴァントが襲撃をかけてくるとは思えないが、全てのマスターが聖杯戦争は夜行われるもの、という不文律を守る可能性など無い。特に魂食いを是とするマスターとサーヴァントならば、昼間の学校というのは多くの人が集まる絶好の狩場だ。

 油断はできない。ゆえに、セイバーは決して緊張の糸を緩めてはいなかった。

 だから、()()()()()()()ことで彼女を責めるのは酷というものだ。

 

 

 さて、七公館大学は大学である以上、教室棟から始まり、ゼミごとの研究棟、体育館、講堂、図書館など様々だ。

 そんな中、キャンパス内でも最も背の高い建造物、第一教室棟の屋上の電波塔に、()()はいた。

 正確にはその姿を見することはできない。だが、確かに()()

 もしも姿を消し、霊体化している()()が可視化できるなら、それはぼろぼろの黒衣を身にまとい、半分だけの割られた髑髏の仮面をしている女であることが確認できるだろう。

 この偽りの聖杯戦争に参加している、暗殺者の英霊(アサシン)のサーヴァントだった。

 『気配遮断』スキルを持つアサシンは霊体化し、その場を動かなければまず発見されることはない。サーヴァントの気配さえも遮断してしまうため、ほかのサーヴァントが完全に息をひそめたアサシンを発見することは神がかり的な偶然や直感に頼るしかあるまい。

 しかしアサシンの方は霊体化していれば攻撃はできないものの、敵サーヴァントを先に発見することはできる。

 このアドバンテージは思いのほか大きい。今回も、セイバーに先んじて、アサシンは彼女を発見できたのだ。

 早速マスターに念話で報告した。

 

『――――マスター。報告があります』

『なんでしょうか?』

 

 七公館大学の敷地内にある森。そこにある今は廃屋となった館。そこに坐するマスター、ニヒトの、耳に心地よい返答が帰ってくる。アサシンは端的に事実を告げた。

 

『――――サーヴァントを発見しました。こちらを見つけた様子ではなく、偶然この場に現れたと思われます』

『理由なくサーヴァントが一人で真昼間から学校に現れるとは思えません。マスターはここの学生でしょう』

『――――同意します。いかがいたしますか? 向こうはこちらに気づいていませんが』

 

 戦うか、やり過ごすか。アサシンの居場所も、ニヒトの潜伏先もばれていないなら、やり過ごすことは簡単だ。このまま何もしなければいい。

 迎撃するなら大変だ。スペックで劣るアサシンがほかのサーヴァントに正面からぶつかるのは得策ではない。最善はマスターの暗殺。次善は罠を仕掛けるか、自分たちのテリトリー――つまり、敷地内の森の中だ――におびき寄せるか、だ。

 もっとも、見つけたサーヴァントのマスターが誰であるのか特定できていない以上、最善の策は打てないだろうが。

 

『迎撃しましょう。幸い、罠は仕掛けられています』

 

 マスターが選んだのは後者。ならば是非もない。アサシンはそれに従うだけだ。

 

『――――かしこまりました』

 

 そしてアサシンは、セイバーの監視を怠らずにニヒトと打ち合わせを行った。

 

 

 そんなアサシン陣営の思惑などつゆ知らず、セイバーは自動販売機の前で硬直していた。

 

「自動販売機……。現代ではこのような無人販売所があるのですね。だ、誰もこれを壊してお金を盗もうとか考えないんでしょうか?」

 

 きょろきょろとあたりを見回してしまうが、そんな不届き物の気配はない。

 こくんと、セイバーの喉がなった。

 本質的にな霊体であるサーヴァントには、食事は必要ない。勿論、中には娯楽で食するものもいるだろうが。

 なので、セイバーにも喉が渇くということはない。だが、個人的興味は抑えきれなかった。

 ジーンズの尻ポケットから財布を取り出した。単独行動する際、司から金銭とともに渡されたのだ。

 決められた金額を入れる。小銭を入れるたびに鳴る自動販売機からの軽快な電子音にびくりとしながらおっかなびっくりボタンを押す。

 ガタン! と派手な音を立てて――セイバーはまたびっくりした――サイダーが落ちてきた。

 恐る恐るタブを開けて飲んでみる。

 

「ッ!」

 

 口の中、喉の奥で広がる炭酸の感覚に目を白黒させるセイバー。口元を手で隠して、目を瞑ってこくんと嚥下した。

 

「げ、現代の飲み物は、なかなか刺激できですね……」

 

 ちょっと涙目になりながら、セイバーは感を軽く振ってみる。まだまだ量はありそうだ。

 

「これは、厳しい戦いになりそうです」

 

 そんなどこか外れたことを呟いた瞬間、セイバーは自分の感知範囲ぎりぎりでサーヴァントの気配を察知した。

 

「――――――ッ!」

 

 先ほどまでの穏やかな表情は消え去り、戦士の表情が顔を覗かせた。

 缶を手に、セイバーは歩き出す。

 気配を感じ取れたのは一瞬だけ。今はもう消えている。

 だが間違えることはない。春の陽光のような気配はすでに彼女から消え失せ、凛とした表情のまま、セイバーは歩く。

 しばらく歩けば、また気配を感じた。

 現れては消えて、消えては出てくるサーヴァントの気配。

 誘っているのは明らか。向かう先に罠があるのは明白。

 セイバーは念話で司に連絡を送った。

 

『マスター。サーヴァントの気配を掴みました。ですがおそらく罠です』

『――――場所は?』

 

 最初の沈黙は、(マスター)も驚いていたのだろうか。ありそうだ。狙っていた側面はあるだろうが、まさか初日で釣れるとは思わなかったんだろう。

 深慮遠謀に見えて、こういうところは年相応なのですね。そんなことを思ってくすくす笑う。

 

『まだ移動中なので判明していません』

『俺も、合流するよ』

 

 端的な念話を最後に司は会話を打ち切った。もう移動し始めたのかもしれない。

 サーヴァントの気配は依然としてちらついている。セイバーはきっと前を向き、余人が声をかけるのを躊躇われるほど堂々とした足取りで進み始めた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市新地区。第七聖堂病院。

 聖杯戦争の監督役を派遣している大本、聖堂教会は、聖杯戦争運営中、諸方面に手を回す必要がある。

 神秘の秘匿、そのための情報統制、目撃者の記憶消去、またはその書き換え。雑務は多岐にわたり、監督役のシスター・キャロルにはやることが山積みで、仕事が絶えない。

 そんな中、巻き込まれた一般人の収容、治療を引き受けるのが、春日居市で長い間住民に親しまれている、ここ第七聖堂病院である。

 充実した医療体制に、腕のいい診察医。さすがに世界屈指の、とは言わないが、かなり大規模な手術もできる、地方都市には稀有な病院だった。

 キャロルは霊体化したランサーを引き連れて、そんな第七聖堂病院に踏み入った。

 コツコツとキャロルの足音が響く。

 進む先は一般病棟ではなく、もっと別の、隔離された場所。

 一般にそこは変死した患者を、遺族の許可を取ったうえで解剖する場所だったり、死亡してしまった患者の遺体を、荼毘にふすまでの間、一時的に保管しておく霊安室だったりする。

 昔は、それこそ都市伝説的な噂として、この区画にはホルマリン漬けにされた遺体があり、真夜中に秘密のバイトとして、ホルマリンのプールで遺体洗いのアルバイトがある、そんな根も葉も全くない噂が浸透するのは、なかなかに恐ろしいことだと、そんなどうでもいいことを考えていたキャロルの足が止まった。

 遺体安置の霊安室。そこには今、一人の身元不明男性の死体があるはずだった。

 扉の前に男性が二名。どちらも聖堂教会に所属し、此度の聖杯戦争のために派遣された、魔術に見識のあるスタッフだった。

 

「お待ちしておりました、シスター・キャロル」

 

 キャロルから見て、右側の男が頭を下げ、左側の男が扉を開けた。

 キャロルは我知らず、小脇に抱えていた聖書を少し強く握りしめた。

 

「よろしくお願いします」

 

 返礼して、中に入る。

 中はひんやりとしており、そこが、外界とは違う場所なのだと認識させられた。

 キャロルは一つ息をついて、中に入った。

 部屋の中央に移動式ストレッチャー。

 そしてその上に、仰向けに寝かされた男の死体。

 身元不明の男。しかも、昨日戦いのあった木暮岸壁の下水道などという、間違っても一般人が入り込むようなところではない場所で見つかった死体。

 十中八九魔術師。あるいは、あの場に足を運んだ聖杯戦争のマスターかもしれない。

 もしもマスターならば、これで少なくとも一組は脱落している可能性が高い。

 『単独行動』スキルを持っているアーチャーならばともかく、ほかのクラスのサーヴァントがそう長いことマスター不在の状況で現界を続けられるとは思えない。

 あるいは、マスター不在を覆すほどの膨大な魔力源でもあれば、話は別かもしれないが。

 中で待っていたのは白衣に身を包んだ医術の心得があるスタッフが三人。すでに魔術的な暗示をかけて、彼らは病院にスタッフとして潜り込んでいた。

 彼らに会釈で挨拶を交わし、キャロルは告げた。

 

「では、始めてください」

 

 検死開始だった。

 検死は滞りなく進んだ。

 結局男性は身元につながるものは何一つ所持していなかったが、その体にあった魔術刻印が彼がどういう存在か示していた。

 

「やはり、マスターでしょうか」

 

 確証はない。令呪の痕跡でもあればよかったのだが、残念ながら令呪はそれを宿した人物が死ねば痕さえ残さずに消えてしまうという。それでは確認しようがない。

 今夜、またサーヴァントが動けばそのあたりの疑問も解消されるだろうか。

 時間を割いた割に、得られたものはこの男がマスター()()という曖昧情報だけだった。

 ただ、やはり気になるのは抉り取られた心臓部、だろうか。

 抉り取られた、というのが気になった。

 昨夜の祠堂邸。ランサーを襲った突然の罠――おそらく、何らかのサーヴァントの攻撃――。抉られたランサーの背中。それを合致する。

 設置型の罠。

 

「アサシンの仕業、でしょうか……?」

「恐らくそうだと思います」

 

 思案気な声に返事があった。

 いつの間にか、キャロルの傍らに新たな人影が現れていた。

 肩までかかる長さの白金色の髪と、意志が強そうな、翡翠石のごとき碧眼。聖職衣を思わせる真っ白の戦闘服と、その上に白一色の青銅鎧をつけた重槍兵。堅牢鉄壁にして怒濤の、重戦車のような風情。

 キャロルのサーヴァント、ランサーであった。

 

「設置型で、罠を張っている。その戦い方が暗殺者らしいです。何より、この男性がマスターならば、暗殺されたと見れる」

「なるほど……」

 

 ランサーの言が正しいだろうか、そう思った時だった。

 

「え?」

 

 医療スタッフの一人が声を上げた。

 

「どうしました?」

 

 スタッフの様子の変化に小首をかしげ、問いかけたキャロル。スタッフが困惑した表情で言った。

 

「いえ、今、死体の肝臓が動いたような――――」

 

 ()()。死者の内臓が()()()

 ()()。何が起きたのか、その場の誰もが分からいまま、もう一度くぐもった爆発音が起こった。

 今度の音源はまさに死体の変化に眉根を寄せた医師だった。彼の首から上が血煙になって消滅。血と頭蓋骨、脳症と髄液が入り混じった複雑怪奇なペンキが霊安室の白い壁にぶちまけられた。

 何が起こったのか、スタッフたちが反応するより早く、()()()は決して広いとは言えない霊安室の天井付近に()()()()()

 バサバサと羽音が響く。その正体は巨大な鷲だった。

 大人一人分は優にありそうな巨大な鷲。(くちばし)が異様に長く、黒と白のマーブル模様の翼を翻し、鳴くでもなくただ床上の面々を睥睨していた。

 鷲は自動操縦のロボットのような無機質さで一気に急降下。とっさにバックステップで後退したキャロルの傍らを通り過ぎ――ライフル弾が顔横を通過したような熱と空気の動きをキャロルは感じた――反応が遅れたスタッフの脳天を撃ち抜いた。

 まさしくライフル弾の直撃を受けたかのように、男の頭部が爆ぜ割れ、医師と同じく頭部の内容物をペンキにして壁を彩った。

 全ては一瞬。それが何なのか理解する間もなく事態は進む。

 

「ッ! ラン――――」

 

 己のサーヴァントを呼ぼうとしたキャロルだったが、その時、視界の隅で蠢くものを見つけた。

 最初に大鷲によって頭部を吹き飛ばされた医師。その腹部が内側から盛り上がり――――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 回避不能な状況。大鷲の弾丸のごとき嘴が超速度でキャロルの顔面目掛けて突き進んだ。

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