偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第15話:二日目③ 戦場侵入

 春日居市新地区。第七聖堂病院。

 頭を爆ぜさせて、頭部を悪趣味な赤いペンキに変えて壁を汚した医師の、臓腑が蠢き、破裂音とともに腹部が爆ぜた。

 弾丸のように飛び出したのは、巨大な鷲。歪に捻じれた嘴が螺旋の矢のようにすぐ近くのキャロルめがけて迫る。

 キャロルは鷲の動きを目で追えていた。だが体が動かない。己の反応速度を超えた至近距離からの一撃に、感覚のみが引き延ばされて体が追い付かない。

 死が頭をよぎった瞬間、白い閃光が奔り、鷲の胴体部を貫いた。

 

「――――――――――――!」

 

 人間の可聴領域ぎりぎりを攻める甲高い絶叫が狭い霊安室に響いた。迎撃はランサーの槍。横合いから走った一撃が、辛くもキャロル(マスター)の命を救った。

 

「無事ですか?」

 

 戦場であっても変わらぬ穏やかな声。死を感じた心臓の鼓動を無視して、キャロルは「ええ」と努めて落ち着いた声音を出して返答した。

 

「はい、なんとか、ですけどね」

「それはよかった。しかし――――」

 

 ランサーは視線を下に向けた。キャロルもそれに倣った。

 ランサーとキャロルの視線の先には悍ましい光景が繰り広げられていた。

 身元不明の遺体――アーノルドだ――の腹から飛び出した鷲、その鷲に殺された医師の腹から飛び出した鷲。まだ二羽残っている。そのはずだったが、残った鷲たちは地面に倒れ伏した医師と聖堂教会のスタッフの遺体に殺到、その死肉を啄み始めた。

 鳥による死肉あさり。自然の摂理と言えばそれまでだが、この鷲は明らかに異常だ。

 そして、さらなる異常が起こった。

 貪られて、引きちぎられた死体の臓物が床に散らばる。まだ湯気を立てている臓物が蠢き、弾けた。

 中からは明らかに臓物よりも大きな体を持った鷲。

 悍ましい誕生。今度は左右で翼の長さの違う鷲。

 

「サーヴァントの仕業、でしょうか」

「ほぼ間違いなく」

 

 言いながら、ランサーの姿がかすむ。

 重量級の戦車のような立ち姿からは想像できない、疾風のような速度で英霊が駆ける。

 床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴っては槍が翻る。そのたびに鷲の身体が、頭が、羽が貫かれ、床に落ちていく。

 腸を啄み、腸を触媒に生まれる異形とはいえ、それでもサーヴァント、英霊には遠く及ばない。暴風のようなランサーの槍捌きは決して広いとは言えない霊安室内でも全く色褪せなかった。

 振るわれる白い長槍の穂先が鷲の胴体を貫き、振り下ろされた柄頭が頭を叩き潰し、刃が首を斬り落とした。

 どうやら鷲自体の臓物からは新しい鷲は出てこないらしく、悍ましい羽音と奇声を発していた鷲たちがすべて倒されると、新しく鷲が生まれる気配はなかった。

 

「無事ですか、マスター?」

「ええ。ありがとうございます、ランサー」

 

 小脇に抱えた聖書を撫でながら、キャロルは頭を下げた。

 周りを見れば、生き残っているのはキャロルのほかには彼女を迎え入れたスタッフが一人だけ。あとは皆、鷲によって頭を吹き飛ばされ、その内臓は新しい鷲の触媒にでもなってしまったようだ。

 

「…………」

 

 キャロルはわずかに目を伏せ、死者の冥福の願う祈りの言葉を口にした。彼らもまた、聖堂教会やその息のかかったスタッフ。死は覚悟していただろうが、あまりにも唐突だ。誰かが祈ってやらなければあまりにも報われない。

 

「間違いなく、サーヴァントの仕業でしょう。これらもまた、本質的にはエーテル体です」

 

 槍の実体化を解いたランサーが、軽く鷲の臓物に指を触れさせながら呟いた。

 

「サーヴァントの宝具、キャスター、ですかね?」

 

 この手の召喚タイプの宝具を持っていそうなのはライダーとキャスターが当てはまるが、ライダーならばそれこそ騎乗できる大型獣だろう。ならば一番可能性が高いのはキャスターだ。

 

「何らかの魔物、怪物を召喚するキャスター、その可能性が高そうです」

 

 ランサーはそう言ったが、その表情は少し険しい。あまり不安、不満を表に出さないだけにこのような表情は珍しい。

 

「数で押してくるタイプは危険です、マスター。場合によっては対軍以上の宝具が必要になります」

 

 基本的な宝具が対人に限られている自分とは相性が悪い。ランサーはそう言いたいのだろう。

 また、キャロルは敵サーヴァントの宝具の詳細とは別に気になることがあった。この罠を仕掛けた側の思惑だ。

 いかなる手段か。キャスターはこの死体が聖堂教会によって回収される前に接触し、何らかの――おそらく宝具による――細工を施したのだ。監督役(こちら)が身元不明の遺体を回収すると、そう考えて。

 

(キャスターのマスターは、如月(きさらぎ)家の現当主。これはますます、如月雷葉(らいは)が黒幕、あるいはそれにかなり近い位置にいると考えてよさそうですね)

 

 そこまで考えて、キャロルは独り言を呟いた。

 

「これは――――君の重要性が増したかもしれませんよ、司君」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市内某所、???

 

「エトンがやられたか……」

 

 不愉快そうな声音で、その女は呟いた。

 美しい女だった。

 そして、魔性を宿した女だった。

 穂満な胸も、くびれた腰も、張りのある尻も、全てが至高の芸術にして天然自然の美。いかなる彫刻家もその美を再現することはできまい。

 上半身は何も纏っておらず、艶やかで瑞々しい黒髪が一房ずつ乳房にかかり、ファーのようになっている。

 下半身には血のように――あるいは血を吸い取ったかのように――赤いイブニングドレスのスカート姿。

 今は金の縁取りがなされた安楽椅子に座り、不愉快気に喉を鳴らした。

 この春日居の街に召喚されたサーヴァント、その一騎。

 術の英霊(キャスター)のサーヴァントだった。

 

『不機嫌だな、キャスター』

 

 キャスターの眉宇(びう)が上がる。

 ひどく特徴を欠いた男の声。()()()()()()()のごとき矛盾と無機質さを備えたそれを、キャスターは知っていた。

 己のマスターの声だった。

 

『無論だ、マスター。妾は今、猛烈に不機嫌だ。どうにかして、この念話に呪詛を流し込めないものかと思案する程度にはな』

『それは恐ろしい。しかし、なぜそこまで憤る。エトンなど、所詮は偵察、奇襲用。今回のサーヴァントのメンツでは持ち前も神性特攻も意味を成すまい』

「たわけ」

 

 ただ戦略上の欠損のみで語るマスターに対して、キャスターは怒気を交えて、念話だけでなく、声に出して、言った。

 

「子を失い、悲しみに暮れぬ母がいようか。憤らぬ母がいようか! もしいるならば、それはすでに母ではない。母を気取る肉袋よ」

 

 キャスターの辛辣な言葉も、何らマスターに影響を与えなかった。

 

『そうか。私には少々わからぬ感情だな。だがいい。わざわざ念話を送ったのは、お前の怒りを確認するためではない。新たなサーヴァントが明らかになった、という事実を検証するためだ』

『ふん。よりにもよって、監督役がマスターか』

 

 怒りはそのままに、キャスターもマスターの話に応じた。

 「母」としての憤りはそのままに、「従者(サーヴァント)」としての在り方も損なわない。キャスターは唇に折り曲げた人差し指を当て、思案するように話した。

 

『監督役など不要、面倒と考えて罠を仕掛けたが、思わぬ収穫が出たものよ。いや、これは藪をつついて蛇を出したか?』

『蛇はお前のお仲間だろう。問題あるまい。とはいえ、審判(ジャッジ)参加者(プレイヤー)だったのは気に入らない』

黒幕(ゲームメイカー)が何をほざくか。何、いざとなれば教会に攻め入ればよかろう。我が宝具ならば容易きこと。妾の子らの中でも戦闘に特化した子らならば、サーヴァントにも遅れはとらん。

 本来の聖杯戦争ならばアウトだろうが、今回の主催者は()()()だ。しゃしゃり出てきた監督役など、何するものぞ』

『……それをするのは、最終手段だぞ、キャスター。まぁいずれにしろ、お前自身はまだ表に出るべきではあるまい。その()()は居心地がよかろう?』

『子供と最も接触できる場所ではあるな』

『ならば大人しくしていろ。戦況が激変すれば別だがな』

 

 そこでマスターとの念話は途切れた。一人残されたキャスターは吐息を漏らした。

 

「マスター、お前の言っていることは正しい。キャスターは下手に陣地の外に出るべきではない。籠城が唯一有効に働くクラス故に、な。だがなマスター」

 

 ふと、嫣然と微笑んだキャスターは、自分と、子供たち以外誰もいない空間で呟いた。

 

「妾が持つクラスはキャスターだけではないぞ?」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市郊外、七公館大学。

 セイバーからサーヴァント発見の報を受けた司は、こっそりと教室を抜け出そうとひそかに準備を始めた。

 講師は説明を続けながらも黒板に意識を取られている。周りの学生達も同様だ。司は周りを気にしながら、ひそかに机の上に広げていたノートや筆記用具をしまい、スマホの電源を切った。

 同時に念話でセイバーに呼び掛ける。

 

『セイバー、状況は?』

『サーヴァントは明らかにこちらを誘っているようです。さっきから気配が現れては消え、移動してはまた現れております』

『間違いなく、罠に誘い込むつもりだね。セイバー、今、どのあたりに向かっているかわかる?』

『えーと……。どうも大学のキャンパス? の、中心部からは離れているようです』

『これから戦うとしたら、神秘の秘匿の関係上、人目につかない場所で、しかも結界を張るはずだ。どこか、その条件に適した場所はある?』

 

 今度は返答にやや時間がかかった。多分、周囲を見渡しているのだろう。

 

『あ、森があります』

『敷地に隣接してる森だね。ビンゴだよ、セイバー。そこは昼でも暗いから人も寄り付かないし、結界も張りやすいだろう。罠を張るのも、戦うのも、うってつけだ。

 ふむ混んでみよう、セイバー。やばければ逃げればいい。俺もサポートするから』

『分かりました。マスター』

 

 場所は分かった。だからあとは向かうだけだ。できるだけ姿勢を低くして、司はこっそりと席を立ち――あらかじめ、抜け出しやすいように教室端の席を選んでおいた――慎重に移動。気付かれないよう、目立たぬよう教室を抜け出した。

 

 

 しつこく表れたナンパの男をあしらった後、セイバーはサーヴァントの力を発揮し、少し強引にその場を移動した。

 常人には瞬間移動に見えたかもしれないが、建物の角を曲がり、誰も見ていない、気にもしない瞬間を狙って走ったので大丈夫だろう。

 声をかけてくる男がいないことを確認しつつ、セイバーは改めて、意識を敵サーヴァントに向けた。

 現れては消え、消えては現れるサーヴァントの気配。自分を誘っていることを理解しながらも、セイバーは退くことはしなかった。

 (マスター)にはすでに念話で通達してある。司は言った。俺も向かうけれど、罠ならば、いっそ踏み入ってみよう、と。

 信頼されている、のだと思う。自分ならば、多少の罠ならば潜り抜けられると。

 信頼にはこたえなければなるまい。他者が――マスターが――願う通りに。それが世界のあるがままの流れである。

 見え隠れするサーヴァントの気配をたどっていく。この時点で、セイバーは相手サーヴァントのクラスにある程度あたりをつけていた。

 感じ取れる気配は(おぼろ)げで、消えてしまえば感知は不可能。ほぼ間違いなく、アサシンだろう。

 アサシンが仕掛ける罠。容易いはずはないが、仮にも自分は最優と謳われたセイバーのクラスを頂くサーヴァント。たとえ罠を張って待ち構えていようとも、そう後れを取るつもりはない。

 凛とした表情のまま、セイバーの足が止まった。そこからサーヴァントの気配を感じる。しかも、移動していなかった。

 視線の先には、大学の敷地に隣接する森。そういえば、マスターが言っていた。この森の中には今は誰も使わなくなった古い洋館があり、そこには昔、魔術師が住んでいたと。

 魔術師が住んでいたのなら、その場は工房になっている可能性が高い。ならば、この偽りの聖杯戦争の噂を聞きつけてやってきた、外様の魔術師が拠点にしているだろうか?

 

「考えても仕方ありませんね」

 

 フルフルと頭を振って雑念を振り払う。

 これより先は殺し合いだ。余計な雑念は即、死を意味する。セイバーは覚悟を決めて、日の光の届かぬ、鬱蒼とした暗い森の中に足を踏み入れた。

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