偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第16話:二日目④ セイバーVSアサシン

 二日目、昼。春日居市(かすがいし)七公館大学(しちこうかんだいがく)キャンパス内、森の中。

 その森に入った瞬間、セイバーはここがすでに異界であることを肌で感じ取った。

 空気が違う、というべきか。森の中と、外。その境界線が、そのまま日常と異常を隔てていた。

 瞬時に武装を行う。簡素な衣服は消え、肌の露出の多い鎧姿へと変化する。

 白い肌を縛るように、戒めの黒茨の痣がセイバーの身体をはい回っている。

 ()()()()()。並の鎧など足元にも及ばぬ防御力を提供してくれる茨の痣。それ故に、セイバーの武装姿は肌の露出が多い。鎧による可動域の減少を最小限に抑えているのだ。

 武装状態から、さらに一歩、踏み込む。

 

「結界、ですね……」

 

 おそらく、こちらを誘い込んだサーヴァントのマスターが仕掛けたのだろう。真昼間から仕掛けるのは聖杯戦争の常識から外れているが、こうして結界を張り、内と外を隔てたのは、神秘の秘匿という、魔術師の大前提を順守するつもりがある為か。

 これで、一般人は誰もこの森には入るまい。そして、おそらく出ることも容易ではないだろう。

 セイバーは魔術に明るくないが、この結界が実に見事に張られていることは分かる。

 そして、魔術師の間で通説となっていることだが、異常を、異常と認識させない異常。結界の最上位は()()であり、さらに一部の頭抜けた結界構築の使い手には、一切の魔術を用いずにそんな結界を構築する凄腕も存在するという。

 秋という季節柄、人間にとっては涼しげで、過ごしやすい気候なのだろうが、この場所は涼しいなどという生易しいものではない。

 (シン)、と空気が凍っているようだ。

 さらに一歩、前に踏み出してみる。

 するりと、どこからともなくセイバーの前後左右に無銘の剣が現れた。

 飾り気のない、実用性一点張りの剣。名剣の類ではなく、大量生産された量産品に過ぎないのは、見るものが見ればはっきりわかるだろう。

 

「…………」

 

 サーヴァントの気配は感じない。あまりの気配の希薄さに、セイバーは敵がアサシンであると見抜いていた。

 アサシンのサーヴァントが持つクラススキル、『気配遮断』、完全に隠れられれば発見するのは不可能に近い。少なくとも、セイバーには無理だ。

 だが『気配遮断』スキルは攻撃の瞬間に大きくランクが下がる。敵が攻撃に移った瞬間にそれを察知、迎撃すれば、そのままカウンターでアサシンを補足できるかもしれない。

 さらに一歩。次の瞬間には跳躍しようと、膝を屈め、力をため込んだ。

 

 

 セイバーは気付かなかった。己のすぐそばまで迫っていた暗殺者の存在に。

 彼女の背後、周囲を警戒しながらだったが、通り抜け、踏み越えた地面から、唐突に現れる()()があった。

 黒い腕、ゆるりと蠢くそれに、セイバーは気付かない。

 指先が、何かを探るように蠢き、前を行くセイバーの背中を()()()

 セイバーが跳躍の前動作として、両膝を屈めた一瞬の無防備を狙って、心臓を抉り取る魔手が迫った。

 

 

 セイバーが森の暗がりに入ってきた時、アサシンは表情には出さず、内心でほくそ笑んだ。

 アサシンの宝具、仮想体廊(サバーニーヤ)はあらゆる場所に潜む罠となる。

 生前はただの物質潜航能力だった。サーヴァントとなった今は、生前にはできないことができるようになった。

 己が本質的には霊体の存在となったからだと思う。自身の魂の一部を切り離し、自在に操作できるというもの。

 設置型のトラップにもできるし、死角から直死の一撃を叩き込むこともできる。事実、アサシンはこの宝具によってバーサーカーのマスター、アーノルドを殺害している。

 次は人間(マスター)ではなく、サーヴァントだ。

 地面から、アサシンの右手が()()()()

 狙いが定まる。攻撃は、セイバーがアクションに移る直前。セイバーが攻撃に移る直前の、最も無防備なところを狙う。

 その瞬間が来た。セイバーが、跳躍のために膝を屈めた。

 今。アサシンは設置しておいた右手を遠隔操作。地面から毒蛇のようにアサシンの黒い手が跳ぶ。

 

 

 取った。アサシンはそう確信した。確かに、セイバーだけならば、そうだったかもしれない。

 だが現実はそうはならなかった。セイバーの背後、今にも彼女の心臓を抉り取ろうとしていた黒い魔手は、頭上から降ってきた銀の光によって、手首から断ち切られた。

 

「!?」

 

 驚愕はアサシンだけではなく、セイバーも。完全に意識の外から突然降り落ちた剣にびくりとし、その剣が今しも己を狙っていた手を斬り落としたと知り、表情を引き締める。

 アサシンは己の宝具を展開。前後左右上下、全てに己の()()を生やす。

 

 

「これは!」

 

 セイバーは眼前に光景に愕然とした。

 背後から心臓を抉ろうと迫った腕、それと同じ黒い右手と左手が無数に生えていた。

 手に手に短剣(ダーク)を持った無数の腕。それが海面から突き出た鮫の背びれのように地面から生えていた。

 

「……セイバー」

 

 森全体から、声が響いてきた。女の声。セイバーの知らない声。

 

「アサシン、ですか?」

 

 誰何の声に対する応えは目の前に来た。

 地面から生えていた手の群が一斉に動く。セイバーは身を固め、剣を展開させて身構えたが、手の群は彼女を無視して、その視線の先、一層と生い茂った森の一角に集まった。

 手の群が集まり、固まり、組み合わさってできたのは、無数の手を使ってできた台座。いくつもの掌が上を向いている。

 そこに、黒い影が出現した。

 染み出るような出現は、霊体化を解除したのだろうと判断。セイバーの視界中央に、()()はいた。 

 漆黒が形を成したような人型。体にぴったりと張り付く、ベリーダンス風の服装。スレンダーな体つきは無駄な肉がなく、しかしやせ細っている印象は全くない。

 漆黒で、影を思わせるヒトガタ。その中で、白い髑髏の仮面だけが異様に目立つ。

 ただし、半分だけ。黒衣の人型は、顔の右半分にだけ、髑髏の仮面をつけていた。

 露わになっている左半面。黒曜石のような瞳は美しいが、全ての光を吸い込み、脱出を許さぬような有無を言わせぬ意志があった。

 意志の名を、殺意といった。

 

暗殺者の英霊(アサシン)、ですね……」

 

 セイバーは警戒の念もあらわに、確信を込めてそう言った。アサシンは答えない。だがセイバーの頬には額から流れ落ちた汗が垂れた。緊張の汗だ。

 影に紛れ、闇からマスターを奇襲することに特化したアサシンが、鬱蒼とした森の中とはいえ日の光の下に出て、最優と謳われるセイバーのサーヴァント(じぶん)の前に姿を現した事実を、セイバーは全く楽観視していなかった。

 むしろ危険を感じてさえいた。暗殺者がわざわざ姿を見せるということは、それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――セイバー、ここは私の領域、私の意図の中心地。その命を、屠ります」

 

 瞬間、アサシンが跳躍した。彼女の動きに合わせて、彼女の台座となっていた手群が一斉にばらけた。

 

「ッ!」

 

 セイバーも跳躍する。いつの間にか、全ての手はそれぞれ短剣を握り締めていた。

 空気を割く音が連続する。手首のスナップだけで、手群がセイバーに向かって短剣を投擲する。

 セイバーの前面に剣が展開された。

 剣の腹が盾となって短剣を弾く。火花が散り、短剣があらぬ方向に飛んでいく。

 同時、セイバーは左手を横に払う。その動きに合わせて、彼女の身体を拘束するように這い回っていた茨の痣が移動。平面から三次元的干渉能力――立体化――を果たし、疾走。近くの木の幹に巻き付いた。

 茨が木の幹に食い込む。次の瞬間、茨が伸縮を開始。セイバーの身体を幹に向かって巻き取った。

 直後、無数の短剣が嵐となって、先ほどまでセイバーがいた空中の空間を通り過ぎていった。

 初撃は躱した。だが安心できない。セイバーは幹に両足をつけた瞬間に再跳躍。地面に着地し、前転。その背中を短剣が空気を割く音がかすめていった。

 アサシンの姿はいつの間にか見えない。

 

「霊体化!?」

 

 セイバーの推測は外れだ。アサシンは自らの宝具によって、この森の木、地面、それらに潜航している。

 しかしセイバーはそれを知らない。当然だ。自らの宝具の詳細を告げる英霊などいるはずもない。

 大地を蹴り、走り出すセイバー。彼女の足元から爆発が起こり、腐葉土が噴水のように飛び散る。

 サーヴァントの戦闘能力、その真価。人間の域を大きく超えた速度で木々をかける。

 アサシンの姿は見えない。しかし彼女の腕は無数に生えていた。

 それぞれが短剣を投げてくる。それを剣でいなし、弾き、防ぎながら、セイバーは周囲を見渡した。

 アサシンの姿はやはり見えない。短剣が投じられた方向に向けて剣を放っても、結果は幹を貫くか葉枝を斬り落とすだけ。また、アサシンが投じた短剣もまた、セイバーを傷つけることはできない。剣の壁を突破しても、茨の痣が鎧となってセイバーを守る。

 と、パターンが変わった。投擲ではなく、目の前でいきなり現れた腕が()()、直接セイバーを狙ってきた。

 セイバーの周囲を浮かぶ剣が反応する。セイバーの足元から生えた腕、それが振るう短剣を剣が弾き、返す刀で情報から射出された剣が腕を斬り落とす。

 だが無意味だ。斬り落とされた腕の残骸はそのまま夢幻のように消えていく。

 アサシンの一連の攻撃を受けて、セイバーは祠堂司(マスター)から聞いていたことを思い出した。

 セイバー(じぶん)を召喚する前、襲撃してきたランサーに対して、覚えのない黒い腕の罠が発動したこと。その罠は、サーヴァントを傷つけたこと。

 間違いない。セイバーは確信を持って言える。あの謎の罠の正体こそ、このアサシンの宝具なのだ。

 幸いなのは、祠堂邸に仕掛けられた罠が一つだけだったこと。セイバー召喚後、二人で屋敷の敷地内を徹底的に調べたが、同じ罠が発動することはなかった。

 そして、気を付けなければならない。アサシンの宝具は素手でサーヴァントの身体に埋没し、仮初の肉体を抉ることができる。

 短剣による斬撃、刺突。そして黒い手による抉り。それら全てに注意を払わなければ、敗北するのは自分だ。セイバーは戦慄とともにそう思った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 大学構内某所、カフェテリア。

 そこは学生たちの憩いの場。昼時や大抵の授業が終わった後など、暇を持て余した学生たちはここに集まり、級友たちと時間を潰したり、あるいは近く迫る試験の勉強をしたりと、思い思いの時間を過ごす。

 だが授業時間の今は人もまばらだ。

 そんな中、彼女は異彩を放っていた。

 座る場所は道路に面した外席。

 パラソル下のテーブルにつき、椅子に腰かけたまま、視線は森の方向――一般人は認識できないが、セイバーとアサシンが戦っているという異常が起こっている場所だ――に向けられている。

 背筋が凍るほど、美しい女だった。

 腰まで届く、ウェーブのかかった黒髪。ファーの付いた、何らかの獣のコートを身にまとい、その下には日中の大学には似つかわしくない、真紅のイブニングドレス。

 薄手のドレスと前を開いたコートゆえに、彼女の放漫な胸のシルエットがはっきりと浮き出ており、くびれた腰も、突き出した尻のラインも浮き彫りになっている。

 妖艶で、蠱惑的な美女。血を啜ったように赤い唇が笑みの形に吊り上がり、純度最高のルビーを思わせる双眸はひたと森に据えられていた。

 人外の美貌を持つ女。だが誰も彼女に声をかけようとしない。どころか、彼女の存在に気づいた様子もない。

 もしもここに、認識を操作されぬ人種、即ち魔術師がいたならば、やはり目をむいただろう。

 白昼堂々、大学の構内で優雅に()()()()()()()()()()()()()()

 その異常性、異質性。古い考えに凝り固まった典型的な魔術師ならば、その衝撃たるやいかほどのものか。

 女はゆっくりと、どこから持ち込んだのか、陶器のカップを持ち上げ、唇をつけた。

 中の紅茶の風味を味わいながら口に含む。舌に染み渡らせて、嚥下する。笑みがまた一つ、強くなった。

 

「さて、アサシンとセイバーがぶつかったか。まともに考えれば、アサシンがセイバーに敵う道理はない。が、あのアサシンは別――――」

 

 ゆえに、勝敗は分からぬ。そう女は呟いた。

 グルルルル……と、獣の唸り声がどこからともなく女の耳に届いた。

 この偽典の聖杯戦争に参加するサーヴァントの一騎、魔術師の英霊(キャスター)は苦笑を一つ。姿を見せぬ唸り声の主に向かって語り掛ける。

 

「そう慌てるな。お前を連れてきたのは(わらわ)の護衛のため。妾に命令なく飛び出されてはかなわんよ」

 

 見えない何かをなだめるように、キャスターは何もいないはずの虚空を撫でた。

 安心したような、獣の声。その様子を確認して、キャスターは微笑した。

 

「上機嫌じゃないか、キャスター」

 

 そんな彼女にかけられる声。

 カツカツカツと足音を伴って、男が一人、キャスターの対面の席に歩み寄った。

 そのまま乱雑に椅子を引き、どっかと腰を下ろす。

 ひどく、特徴に欠けた男だった。

 年齢は二十代後半から四十代前半のどれにも見える。中肉中背。痩せ過ぎているわけでもなく、かといって太りすぎているわけでもない。目鼻立ちも、一つ一つはそれなりに整っているはずなのだが、全体を見るとその印象がぼやけ、結局後に残ったのは平凡の一言。

 清潔に切り揃えられた黒髪、僅かに細まった黒い瞳、黒のシングルスーツに白のワイシャツ、黒のネクタイ、銀のネクタイピン。

 全体的に清潔に保たれているが、だからこそ、小奇麗な身なり以上の印象を得ない。

 平坦でのっぺりとして、平凡すぎるがゆえに、何よりも異形、異常めいて見える無貌の男。

 不機嫌そうな表情を浮かべていても、なお印象に残らない。

 

「マスターか。こうして顔を合わせるのは久しぶりに思うぞ」

 

 くつくつとキャスターが喉を鳴らして笑う。マスターと呼ばれた男は憮然とした表情のまま、

 

「キャスターは『陣地作成』のスキルを持っていたな。そこに陣取っていることこそが勝利するためのパターンのはずだ。なのになぜここにいる? 陣地から出て、戦場近くに」

 

 キャスターのマスターは詰問口調だ。だがそもそもその口調事態に感情が乗っているかも怪しい。

 ()()()()()()()。そう思わせる。

 

「軽率だとは思わないのか?」

 

 問い詰める形式だがやはり怒りはない。憮然とした表情も、こうしてみると薄っぺらだ。ただ、怒った顔のテクスチャを貼り付けただけのように思える。

 

「そうでもないぞ、マスター。妾は妾で考えている。実質、護衛もおるしな」

 

 そう言ってキャスターは何もない空間に向かって手を差し伸べた。グルルルと獣の唸り声が聞こえてきた。

 

「それに、妾はキャスターのクラスで現界したが、同時に()()()()()()()()。ならば如月(きさらぎ)邸から滅多に出てこぬ貴様と違い、騎兵(ライダー)らしく駆け抜けたいと思うものよ」

 

 『二重召喚』、というスキルがある。基本の三騎士、即ちセイバー、アーチャー、ランサー以外の、自分本来の召喚されたクラス以外に、もう一つクラスを持つレアスキルだ。

 女はキャスターのサーヴァントとして召喚されながらも、ライダーの特性も有していた。

 キャスターは嫣然と笑い、紅茶を口に含む。

 じっくり嚥下してから、告げた。

 

「それよりマスター。セイバーめは罠に嵌りながらも、なかなか頑張っている。それに、この女のマスターもまたいじらしい。セイバーが心配なのか、わき目も降らずに死地に飛び込んでいったぞ」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 セイバーの身体が跳ねる。足首を刈り取るように振るわれた刃を跳躍で回避。だがそれこそが罠。空中で身動きの取れないセイバーに対して、七つの短剣が投じられた。

 セイバーが無手の左手を、近くの木に向けて伸ばした。

 遠すぎる。届くはずがない。

 だが届く。セイバーの左手首から、影が伸びたからだ。

 それはセイバーの体を覆う茨の刻印。影絵の茨が、今は平面の世界を脱し、三次元的立体を伴って出現。木の幹に巻き付いた。

 セイバーの身体が、木に向かって引き寄せられる。茨が引き寄せている。ゆえに、七つの短剣を回避。反撃に、セイバーは短剣が飛んできた方向それぞれに、七つの剣を放つ。

 手応えはない。しかし残念だとは思わない。敵はアサシンだ。しかもこの得体のしれない手数による攻め。そう簡単に攻撃が当たるとは思わない。

 木の幹に着地。次の瞬間、その幹から黒い左手が飛び出した。

 無手の左手。だが油断などできるはずがない。安心などもっとできない。物質潜航、設置型トラップ。その恐ろしさは今絶賛味わい中だ。

 セイバーは幹を蹴って再び跳躍した。弾かれたように、木の表皮が剥がれて舞う。

 黒手がセイバーの左足、腿辺りを掠めた。

 

「ッ!」

 

 鋭い痛みが走る。そしてセイバーははっきりと見た。アサシンの手指が確かに、セイバーの腿を触り、その内部に潜り込んだのを。

 自分の身体に異物が入り込んだような不快感が、一瞬だが確かにあった。

 そして、セイバー自身の移動に追随できず、指は離れた。その瞬間、腿にあった異物感と不快感は嘘の様に消え去った。

 着地と同時に跳躍する。とにかく動き回らなければならない。補足されては、今度は心臓を抜き取られかねない。

 (マスター)は言っていた。地面から生えた黒い腕は、ランサーが身に纏っていた鎧も無視して、背中を抉ったと。

 あの手に物理的な防御は無意味。ゆえに剣の射出もさして意味はあるまい。

 可能性があるとすれば――――

 

『セイバー!』

 

 その時、セイバーの脳裏にマスター、祠堂司からの念話が届いた。

 

『マスター!?』

 

 驚愕に、返信の念話が僅かに乱れる。そして戦闘の集中が切れた瞬間を狙い、アサシン本体が地面から現れ、抜き手を放った。

 

「あっ!」

 

 セイバーの右手から茨が伸び、木枝を掴んだ。セイバーの身体が右手に引っ張られるように上に飛ぶ。同時、剣が置き土産とばかりにアサシンめがけて射出されたが、アサシンはその場から飛びのいて回避。着地と同時に、再び地面に沈み込んだ。

 

『セイバー?』

 

 心配げな念話が届いてくる。いけない、何という失態だ。マスターを気遣わせるなど、サーヴァントにあるまじきこと。

 

『な、何でもありませんマスター。それと、敵の正体が判明しました。アサシンです』

 

 地面から出現したアサシンが肉薄してくる。

 短剣(ダーク)が森の闇を吸い込むような黒さで翻る。

 右、左、上下前。変幻自在に繰り出される短剣を、セイバーは右手一本で剣を手にして対応する。

 受け、払い、弾き、時に叩き落とす。

 刺突を、短剣を打ち払って下に落とす。アサシンの身体が下に流れた。

 金属音を響かせながら、セイバーは右手の剣を跳ね上げる。

 一瞬、剣と短剣のぶつかりから火花が上がる。カウンターとして切上げられた一閃を、アサシンは地を蹴って回避。バック転のように宙返りし、セイバーの剣の軌道に沿って躱し、さらにそれがそのまま逃走経路になる。

 セイバーによる追撃はない。なぜなら、彼女の肩から奇妙なものが生えていたからだ。

 セイバーの左肩に深々と突き刺さったアサシンの短剣。剣も茨も反応できない、完全に意識の外から放たれた一撃。暗殺者の英霊(アサシン)は伊達ではないことを示す。

 しかも本来、サーヴァント戦では後れを取るはずのアサシンが、セイバーを白兵戦で相手取っても全く引けを取らない。宝具による奇襲性といい、厄介で、危険な敵であることは間違いなかった。

 攻防は一瞬。しかし司は不振がったようだ。念話で、見えないパスで繋がった司から何があったのかと問いかけられた。

 

『申し訳ありません、マスター。戦闘中ですので、その――――(わたくし)の意識が割け切れないのです』

『――――分かった。だったら、俺も行く。森の中だろう?』

 

 マスターからの申し出に、セイバーはびくりと震えた。

 

「いけませんマスター!」

 

 つい声に出てしまい、それでは届かないと思って改めて念話で説得にかかる。

 

『森の中は結界が張ってあります。これは、外から一般人に異常を気付かせないだけでなく、中に入ったものを出さないものです。ここは罠の巣窟です!』

 

 セイバーの言っていることは正しい。アサシンと、そのマスターの住処にして罠。この森はそういう場所だ。ならばここはサーヴァント単独で切り抜け、マスターは安全地帯で待機しているべきだ。

 セイバーの主張は全く正しい。()()()()()()()()()()()()()()()

 だから司はこう返した。

 

『いや、()()。そうしなければ、きっと敵の思考の裏をかけない。――――上を、行けない』

「マスター!?」

 

 またしても声に出てしまった。しかし司はもう何も答えない。セイバーが何を言っても、応答はなかった。

 白兵戦でセイバーと互角に戦うアサシン、そして強力な結界を張ったアサシン。このコンビは強力だ。

 そんな相手に、司はどう対応するのか? 策はあるのか? セイバーの胸中を混乱が駆け巡った。

 

 

 サーヴァントの混乱などつゆ知らず、司は森の入り口に立っていた。

 事前に連絡してあった。セイバーは森に入る前に、自分が入った場所の地面に、小さく×印を書いていた。

 司はそこを避ける。

 迂回し、サーヴァント戦に遭遇しないだろう位置を見定めた。

 

「よし、行くか」

 

 気負いなく、司は森へと足を踏み入れた。

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