偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第1話:アーチャー召喚

 東京都内某所。

 ビジネス街の隣に建てられたその料亭は、古き良き日本料理を振るまいつつ、客同士がかち合わないようプライベートには徹底して気を配られ、隣の部屋の音が漏れないよう工夫されていた。

 ゆえにこの店には、一般の客とは別に、常連にだけ解放される、離れのスペースがあった。

 その部屋は日々、様々な人種が利用する。

 例えば政治家。彼らの秘密の談合が、誰の邪魔も入らないうえで行われることもある。

 企業家同士の取引――中には法に触れるもの――も多くあり、店の者達はその内容には絶対に触れない。目を閉じ、耳をふさぎ、口を縫い付けるかのように、ただ定期的に料理や酒を運ぶ機構となる。

 そして、法の網から外れた者達が、今日もその店に集っていた。

 ただし今日の相手は日本人ではない。正確には片割れが、だが。

 料亭の入り口が開かれる。出てきたのは、五十過ぎのスーツを着た小太りの日本人男性と、その後ろに立つ、くすんだ金髪をした長身の白人男性。

 ウィンクルードは、料亭の玄関口を高所から監視できるとある高級マンションの屋上で、ライフルを手に伏せ撃ち姿勢のまま、じっと出てきた男たちを見据えていた。

 ウィンクルードのターゲットは、後者の白人。彼は白人男性を光学照準器(スコープ)内に捉えたまま、じっくりと観察する。

 倍率を合わせて顔をアップに。間違いない。依頼にあった顔だ。

 

 

 偽典の聖杯戦争。アメリカ大統領は、今回春日居(かすがい)市で行われる聖杯戦争を、そう表現した。

 そして大統領の依頼を受けたウィンクルードに対して、大統領は追加でもう一つ依頼をしてきた。

 ある時は傭兵、ある時は便利屋、ある時は護衛者。便利屋の様な仕事をしているウィンクルードだが、今回の仕事は暗殺。

 聖杯戦争の前の前仕事と言っていたが、おそらく大統領は、ウィンクルードの実力を知りたいのだ。

 今回、敵対する六人の魔術師に対する、暗殺者としての。もっとも、既に令呪は移植済みなので、依頼が撤回されるということはないだろうが。

 暗殺目標は在野に下った魔術師であり、同時にとあるマフィアの(ドン)でもあるアメリカ人男性。アメリカに寄生するこの男が持つマフィアは、秘密裏に魔術師を囲って私兵にしているという。

 ありえない話ではない。魔術協会のような大きな組織に属していない、フリーの魔術師というのも存在するし、そんな彼らの中にも、二流、三流所は在野にあり、後ろ盾を求める。

 たとえ魔術師としての実力が低くとも、魔術は魔術を知らぬものに対して絶大なアドバンテージとなる。この男はそんな魔術師たちを庇護下に置き、研究の場所を提供する代わりにファミリーの戦力として使っているという。

 もっとも、その試みはうまくいってはいないだろう。何しろ、アメリカでは、彼らの組織よりもはるか以前に、同じように魔術師のパトロンとして彼らを匿い、それでいながら自由に研究をさせている、老獪で厄介なマフィアがすでにいるのだから。

 

「スクラディオ・ファミリーだけでも頭が痛いのに、この上さらに頭痛の種を増やしたくはない」

 

 大統領は苦虫を噛み潰すような顔でそう言っていた。

 ウィンクルードは苦笑する。泰然とした超越者然とした大統領にも、このような頭痛の種が多いようだ。

 

 

 迎えの車が料亭の玄関前までやってきた。

 

 

 この男がなぜ日本の政治家と会食を行っていたのかは分からない。日本と取引をしたいのか、アメリカからこの極東の島国に活動の場所を変えるため、まずはその足掛かりとして利用したいのか。どうでもいいことだ。依頼人の思惑も、ターゲットの思索も、ウィンクルードには関係ない。

 依頼を受けたら、果たす。それだけだ。

 

「――――――」

 

 冷徹な思考と、怜悧な指使い。まるで恋人の肢体にするように、ライフルに指を這わせる。

 標的との距離は1540メートル。ライフルで狙うには難しい距離だ。

 だが関係ない。

 しかも今日は横から強風が吹いている。屋外、夜、さらにこの風と来ては、1540メートルというのは無限に等しい距離となる。

 だが関係ない。

 ウィンクルードが今使っているのは対人型のスナイパーライフル、アメリカ合衆国の名門銃器メーカー、レミントン・アームズ社製の名器、レミントンM700。

 これは現在、軍でも使用されており、且つ、日本でも競技用として所持が認められているため、日本入りするうえで都合がいい。愛用の品なのでなおさらだ。

 もはや意味がない。

 今のウィンクルードに取って、あらゆる事柄はすでに遠く離れた位置から俯瞰するだけの対象に過ぎない。

 心の底の――あるいは遠く離れた宇宙の果てのどこか――ひどく冷えた場所から、全体を俯瞰する。

 冷静に、冷徹に、そして怜悧に。いかに確実に対象に死を与えるかを思案し、その方法を見出し、タイミングを見極める。

 すでにウィンクルードには人を殺すことに禁忌もなければ躊躇もない。自分から一個の狙撃機械に()()()()()()己に、感情は必要ない。全て棚上げにする。

 

「――――――」

 

 呼吸が止まる。ウィンクルードとライフルとの間にあった境界線がなくなっていく。

 ウィンクルードは、全身の血が冷えていくのを感じた。自分と銃との境界がなくなり、銃が己の身体の一部なのか、己が銃のパーツの一部なのか、分からなくなる。

 魔術発動。『強化』の魔術によって、手にしたライフルを『強化』する。

 完全に呼吸を停止させ、銃のぶれをなくし、後は沈黙のまま、その時を待つ。

 迎えの車の運転手が下りてくる。

 いそいそとドアを開ける。まず最初に、日本人が乗りこんだ。

 続いてターゲットが車に乗り込むため、身をかがめ始めた。

 

「――――――」

 

 ここ、と思った時には指が引き金を引いていた。

 風避けの呪文を刻まれた弾丸が、効力を発揮。亜音速の弾丸は横殴りの強風にも負けず、大気を突き破っていく。

 着弾。弾丸は狙い過たず標的の頭蓋骨を穿ち、脳症をずたずたに引き裂いてひっかきまわわしたうえで顎骨から露出。地面に着弾した。

 スコープ越しに、運転手と日本人が驚愕で凍りつき、次いで恐怖で身を伏せるのが視える。だがウィンクルードの思考はまだ狙撃時のそれのまま、人のものに戻ってはいない。

 ターゲットの身体は、まるで砕け、飛び散った頭を探すかのように、痙攣しながら二、三歩よろめいた。その、空いた左胸、即ち心臓に、もう一発。

 着弾。赤い華が今度はターゲットの左胸から咲き、見えない力で殴られたかのように、骸となったその身体が吹き飛び、今度こそ地面に落ちた。

 脳と心臓を破壊されれば、いかに生き汚い魔術師といえども死ぬ。ターゲットの死を確認してから、ウィンクルードはスコープから目を離した。

 ライフルとの境界線を引き直し、人間に立ち戻る。伏せ撃ち姿勢から立ち上がり、空薬莢を回収する。

 

「見事なものだ。この距離の標的を一撃、か」

 

 ウィンクルードの耳朶を叩く岩のような重々しい声。

 振り返ると、そこには聖職衣(カソック)姿の、岩盤が人の形をとったような男がいた。一体いつからいたのか、ウィンクルードは全く気付かなかった。一応、簡易の索敵結界を張っていたので、何らかの魔術を使って接近してきたわけではない。この男は、純然たる体術と身体能力で、ウィンクルードの直近までやってきたのだ。

 大統領の部下にして、元第八秘蹟会の男、そして今は大統領とウィンクルードのつなぎ役兼監視役、エクソダスであった。

 

「そうでもない。オレは魔術師だからな。魔術と武器を組み合わせれば、あれくらいはできる」

「それは頼もしい。ぜひとも、残る六人のマスター相手にも同じような結果を期待したい」

 

 となれば、これからの予定も決まった。

 サーヴァントの召喚。そして聖杯戦争の参加。己の右上腕部に移植された令呪の存在を意識しながら、ウィンクルードは思考を聖杯戦争に向けて切り替えた。

 

「じゃ、いよいよカスガイ市に移動だな。それにしても大したもんだ。この距離までオレに気づかれることも、結界を反応させることもなく近づくなんてな。あんたが参加した方がよっぽど勝率は高いんじゃないか?」

「殺気の有無で結果は変わろう。もしも私が殺気を持ってこの場にいたならば、貴殿はもっと早く反応し、その懐の弾丸を私に叩き込んでいたことだろう」

 

 確かに、ウィンクルードの結界は敵意にも反応するようにしてあった。もしもエクソダスが敵意や殺意を持っていたら、もっと早くに存在に気づき、迎撃に出ていたことだろう。

 

「ま、いいさ。次の仕事だ」

(しか)り。我々の、聖杯戦争を始めよう」

 

 巌のようなエクソダスの言葉が、重々しく夜風に混ざった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居(かすがい)市、新地区。

 一仕事を終えたウィンクルードは、数日後、春日居市入りしていた。

 今回、ウィンクルードの服装は落ち着いた色合いのシックなスーツ姿。髪を整えて後ろで束ね、ノーフレームの伊達眼鏡まで用意し、手にはアタッシュケース。その姿は外国からやってきたビジネスマン風だ。

 ここは戦地だが、神秘の秘匿の観点から、聖杯戦争は夜に行われるのが鉄則だ。だからこそ、真昼間から野戦服姿など目立って仕方がない。

 戦地での的確な擬態も、戦う上で重要なファクターだ。これが長期戦になるならばなおさらだ。

 聖杯戦争の期間は約二週間。長期滞在するのだから服装から違和感を抱かれる危険は避けるべきなのだ。

 

 

「…………」

 新地区にあるビジネスホテル。旅行者が泊まるような施設ではなく、出張や首都圏へのワンクッションとして一夜の宿にされる、そんなホテルだった。

 ウィンクルードはフロントを素通りし、エレベーターを使って三階へ。こつこつと靴音を響かせながら、あまり質の良くない扉の前で立ち止まる。

 303号室。記憶した番号と一緒であることを確認し、ドアをノックする。

 コンコン、ココン。決められた手順でノック。「今開ける」と巌のような重々しい声が返ってきた。

 扉が開かれる。中からエクソダスが顔を出した。

 

「待ちかねたぞ、ウィンクルード・アーマス」

「悪かったな。が、オレだって遊んでいたわけじゃあない。戦場の調査は戦争を始める前の基本だ。それより、頼んでいたものは手配できたか?」

 

 眼鏡を外し、問いかけるウィンクルード。その視線は刃のように鋭い。戦士の眼差しだ。

 そんな刃のごとき視線を受けても、エクソダスは小揺るぎもしない。「無論」と短く超えてて首肯した。

 

「そなたの要望にあった武器弾薬はすでに条件に見合った隠れ家(セーフハウス)に運び込んである。また、それ以外の予備の武装も、この街の各所にすでに収納済みだ。そしてもう一つ、我が主、大統領(プレジデント)の伝手を使い放った間者によって、此度の聖杯戦争に参加するマスターと、その候補についても情報が手に入った」

 

 上出来、とウィンクルードは笑った。

 

「それじゃ、情報のすり合わせと行こうか」

 

 ホテルに備え付けの美品はベッド、衣服のクローゼットのほかには簡素な机と椅子が二脚。ウィンクルードはその内一脚に腰を下ろし、足元のアタッシュケースを丁寧において、ここに来るまでに買ってきた春日居市の地図を広げた。

 

「戦地調査、か」

 

 言いながら、エクソダスはいったん席を立ち、備え付けのポットの中身をこれまた備え付けの湯飲み茶碗に注いだ。

 

「中身は?」

白湯(さゆ)である。わたしは常にこれを飲んでいる」

「……せめてコーヒーとか、ないのかよ?」

「わたしは聖職者。清貧を旨とする」

 

 大きくため息を一つ付いて、ウィンクルードは「まぁいいや」と思考を切り替えた。

 

「春日居市。街の真ん中を大きな川が通り、この川は海まで続いている。そしてこの川を境に、街は昔ながらの面影を残す旧地区と、急激に発展し、様相ががらりと変わった新地区に分かれている。どっちもちらっと見て回ったが、ここまで一変するのは珍しいな。

 で、十万トンオーバーのコンテナ船も入れる港があり、旧地区には山もある、と」

「この山、千堂山(せんどうざん)は非常に特殊な霊地だ。かなり外的魔力、即ちマナが濃い。これでは魔術の研究や、魔術師による後継者の育成に差し障る。

 仮にサーヴァントがあの山に入るとしたら、正面の山門以外からの侵入はまず不可能だろう。進めば進むほど、力を抑えられ、削がれる。例外は高い『単独行動』スキルを持つ、アーチャーくらいなものか」

「なるほどね。そいつは要注意だな。もしもキャスター辺りが先んじてそこに籠城されたら、ちょっとやそっとじゃびくともしねぇ要塞の完成だ」

「完全に籠城向きなため、キャスター以外が利用する利点は薄そうではある、がな」

 

 そこでいったん白湯を飲んで喉を湿らせたウィンクルードは、次に話題に映ることにした。

 

「地理の話はここまでにしようか。戦いやすい、一目につかない場所はおのずと限られるからな。エクソダス、あんた等の力を少し見せてもらいたいな」

「というと?」

「はぐらかすなよ。あんた等がつかんでいる、この偽物の聖杯戦争の参加者について、だ」

 

 ぴんと、空気が張り詰めた。ウィンクルードが静かにエクソダスを見据える。

 その視線をものともせず、エクソダスは語りだした。

 

「我々が確認したマスター及びマスター候補は三名。まず一人、これは確定だ。名はアルフレット・ウォーラー。魔術協会から此度の聖杯戦争に参加した。元封印指定の執行者。本人の性格的嗜好の方向性からして、好戦的で、戦闘に特化した魔術師だ」

「名前は知っている。やり合ったことはないが、神秘の秘匿のため、封印指定の執行のため、色々と外に出て荒事に首を突っ込んでは力づくで解決してきたんだってな。はん、魔術協会め、三人も聖杯戦争で人材を失っておきながら、まだ懲りずに人を送り込むか」

「第四次聖杯戦争で、最も未熟だった魔術師が無傷で生還し、あまつさえ、今は時計塔のロードの一人だからな。もう一度と、夢を見てしまうのやも知れぬ」

 

 白湯を飲み、エクソダスはそこでいったん言葉を切った。

 

「残念ながら確定しているのはここまでだ」

「なんだ一人だけか。お前らご自慢の情報網は」

「これが本来の聖杯戦争ならば、もっと深くまで調べられただろうし、候補も搾れただろう。だが今回は事情が異なる。何せ今回の聖杯戦争、過去五度の聖杯戦争のように、人知れず、神秘の漏えいを防ぐが故に、協会にも教会にもさほど注目されないわけではない。むしろ逆だ」

 

 エクソダスの言葉をウィンクルードが引き継ぐ。

 

「魔術世界に対して大々的に宣伝された、この春日居での聖杯戦争。まるで一人でも多くの魔術師を呼び込みたいがため、と見れるな」

「そのため、この街には現在、多くの魔術師が入りこんでいる。この中の誰に令呪が宿ったのか、見極めるのは非常に困難だ」

「が、そんな有象無象の中にも、候補になりそうなやつがいる、と」

 

 頷くエクソダス。「そう、少なくとも二人はマスターとして参加している。そう思える魔術師がいる」

 

「そいつらは?」

「一人はこの春日居の土地の管理者(セカンドオーナー)如月雷葉(きさらぎらいは)。如月家の現当主。彼は二十年前に妻を、十年前に跡継ぎだった息子を亡くしており、如月家は実質彼一人。管理者という立場からも、まず間違いなく、彼に令呪が浮き上がっているだろう」

「順当だな。今回の聖杯戦争に、フユキの時のような御三家のようなシステムがあるのかわからんが、開催地の管理者なら、聖杯が選ぶマスター候補としてはまず第一にあげられるな」

 

 そしてもう一つ、如月雷葉が参加者であるとする根拠があった。

 それを口にしたのはウィンクルードの方だった。

 

「管理者、か。聖杯が選びそうなマスター候補第一位だし、ついでに言えば()()()()()()()()()

 

 ウィンクルードの台詞に、エクソダスは眉一つ動かさず頷いた。二人とも、この偽典の聖杯戦争の黒幕が個人にしろグループにしろ――個人ということはまずありえないと思っているが――その一味に、必ず土地提供者がいると考えていた。即ち、舞台を整える役割を担っている誰かだ。

 そして最も容易に舞台を用意できる人間は、やはりその土地の管理者に他ならない。

 

「ただ問題がある。如月雷葉は息子と亡くしてから、滅多に屋敷から外に出ていない。接触しようにも、奴は自身の屋敷を病的なまでに魔術的な結界で囲い、完全に引き籠っている」

「真相は闇の中、か。ほかに候補は?」

「やはりこの土地に根を下ろした魔術師だな。祠堂(しどう)家。ここは当主をはじめ、息子が二人、娘が一人いる。娘はよその魔術師に嫁に出て行ったので、残っているのは当主と息子兄弟だけだな。また、当主と言ってもすでに魔術刻印の移植は長男に対して行われているようだ」

「その中の誰かに令呪が宿った可能性が高いわけか。順当に考えれば当主かな?」

「どうかな。長男という可能性もある。が、その家の誰かであることは確実なようだ。我らの手のものが祠堂家を探っているが、先日雇っていた女中(バーラーメイド)達に一斉に暇を出したようだ」

「余計な人間を巻き込まないための措置、だな」

 

 神秘を秘匿するには、やはり神秘を知る人間の数を減らすに限る。神秘を知る必要のない人間は遠ざけ、関わらせないことが最も確実、かつ安全なのだ。

 

「鉄板はその二人、そして確定のアルフレット・ウォーラー。オレを加えても四人か。もしも如月雷葉が主催者側じゃなけりゃ、確実にあと一つか二つ、このバカげた祭りを企画した主催者が参加してくるだろうな」

「残念だが、確認は難しいだろう。今この街は外来の魔術師が多い。また、魔術師としては二流でも、戦闘に特化した魔術使いもいればさらにマスター候補の幅が広がってしまう。

 確認した中でも、戦闘の特化した()()()()の魔術師は多い。黒魔術使いのエルザール・アイスコル。錬金術師のズィルバ・ムジークとかな」

「そしてまったくイレギュラーな一般人が参戦してくるかもしれない。可能性を探ればキリがない、か。ほかに情報は?」

「裏付けをとっている最中だが、深夜に怪物を見たという噂があるな」

「へぇ」

 

 ウィンクルードの瞳が細まった。

 噂、都市伝説、怪談巷説。その奥に魔術師の影があることだって、決して珍しくないのだ。

 だが怪物とは―――

 

「どこかの魔術師の使い魔か? どんな姿をした怪物なんだ?」

「残念ながら、噂の詳細はバラバラだ。恐ろしい二足歩行の巨人かと思えば、巨大な四足歩行の獣だという話もあり、いやいや、空を飛ぶ巨大な翼を持った何者かだという説まであるのだ。そしてその物理的な危険は実在する。実際に行方不明者もいるし、その中にはこの街に来たと思われる魔術師もいるのだ」

「十中八九聖杯戦争関連だな。あるいはサーヴァントの仕業かもしれない。深入りしすぎて怪物の腹の中、なんて結末もあるかもな。以上か?」

 

 頷くエクソダス。ウィンクルードは「そうか」と告げ、白湯を飲み干し、ウィンクルードは席を立った。足元のアタッシュケースを持ち、くるりと(きびす)を返した。

 

「どちらへ?」

「あんた等が用意した品々の確認さ。午前零時、オレは英霊の召喚を行う。ついてきたきゃ勝手にしろ」

 

 そしてウィンクルードは去っていった。最後まで、アタッシュケースの中身は露わにしなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市、新地区、とある民家。

 日付が変わる直前の午後十一時五十五分。ウィンクルードは、エクソダスが手配し、大統領たちが様々なルートと偽装の上で、書類上はフェイクの地位と名前と職業を得たウィンクルードが購入した民家の中にいた。

 ここの元住人は二か月ほど前に家庭の事情で引っ越している。これは本当に、何の作為もない出来事なので、そこから誰かに不審がられることもない、ある意味、この街で潜伏するには好都合な物件だ。

 家具は引き払われていたし、二か月の無人は、家の中を痛めていたが、エクソダスの計らいか、あらかじめ清掃と補修は施されており、一般家庭に見えるよう、新しい家具も入れられていた。

 だがウィンクルード自身はこの家具にあまり興味を示していない。どうせ似たような隠れ家(セーフハウス)はこの都市の新地区、旧地区問わずいくつかキープしているのだ。このような一軒家から、一か月分前もって料金を支払ってあるホテルの一室や、アパートの一室等。

 急な開発に伴って、この街は住人の出入りがまだ激しい。特にこの場を新たな仕事上の拠点にしようと考えている人間たち用に空けられた売地、貸事務所などには事欠かない。

 

「……………」

 

 民家のリビング。邪魔な家具をどけ、ウィンクルードは床に、水銀で魔法陣を書き込んでいく。

 やがて己の魔法陣の出来栄えを三度確認し、間違いのないことを確信し、ウィンクルードは満足げに頷いた。

 家にはウィンクルード一人だ。エクソダスは来なかった。それでいいと思う。サーヴァント召喚はこの聖杯戦争において、ある意味闘争よりも重要な儀式だ。一人の方が集中しやすいだろうと、事前に連絡を受けていたし、実際その通りだった。

 

「よし、始めるか」

 

 そして、ウィンクルードは部屋の隅にどけておいたアタッシュケースを手に取り、日本を訪れてからエクソダスの前でも開けなかった蓋を開けた。

 中から取り出したのは、一つの小さな、血がこびりついた弾丸だった。

 聖杯戦争で最も重要なのは、やはりなんといってもサーヴァントの強さだろう。

 強いサーヴァントを従えることができれば、それだけ聖杯戦争で生き残る確率も高くなるのは自明の理だ。

 だがそのままサーヴァントを呼び出したとしても、出てくるサーヴァントはランダムだ。

 正確にはマスターの性質に近いサーヴァントが引き寄せられるというが、そうやって呼び出されたサーヴァントとは確かに相性の面では不安はないだろうが、戦力として強力かどうかは分からない。

 そんなギャンブルをして、弱いサーヴァントを引き当ててしまう確率をなくすのが、生前、英霊に縁のある遺物を用意し、それを召喚の触媒にする方法だ。

 これならば、召喚したい英霊を召喚できる可能性はぐっと高くなる。

 勿論、かの有名なアーサー王の円卓や、ギリシャのアルゴー船のパーツなど、一つの触媒でも呼び出せる英霊が複数おり、必ず狙った英霊を呼び出せるとは限らない触媒もあるが。

 だが今回、ウィンクルードがパトロンであるアメリカ大統領から提供された触媒の数々の中から選んだのは、おそらくほかの英霊は呼ばれないだろう。

 この触媒の持ち主が自分と同じ、狙撃に特化した能力を持っている。

 もしも伝説通りならば、この弾丸はある()()と狩人によって作られた“魔弾”だ。

 

 

 目を閉じ、意識を集中させる。時刻は午前零時。ウィンクルード・アーマスの魔術師として絶好調な時間帯だ。

 カチリ、と、頭の中で撃鉄を起こすイメージ。同時に、体中の魔術回路が起動し、脈動し、例えようのない異物感がウィンクルードの全身を走り抜けた。

 

「……!」

 

 鈍痛と、血管を得体の知れない虫が這いまわるような不快感を飲み込む。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 呪文の詠唱が始まる。同時に、魔法陣がほのかに輝きだした。赤い、まるで血の様に赤く、炎の様に煌めく光が。

 同時に、不快感がより強くなる。構わず詠唱を続ける。

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 輝きが強くなる。同時に、締め切った部屋の中に旋風が噴き出した。

 

「告げる――――――」

 

 ここで一拍息をつく。魔術回路が、まるで歓喜するかの様に励起する。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ――――」

 

 旋風が走り、稲妻が走る。閃光が部屋の中を満たす。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 詠唱が終わる。旋風と閃光が一際強くなり、旋風はすでに突風。部屋の中に発生した極小範囲の嵐となっていた。

 

「―――――――!」

 

 息が苦しい。あまりにも強烈な魔力の反応に、ウィンクルード自身、目を奪われた。

 感じるのだ。あの魔法陣の中央。そこから、魔術の世界の常識と照らし合わせても()()()存在が、今現れようとしている。

 

「ッ!」

 

 稲妻のような閃光と、竜巻のような突風は、不意に、何の前触れもなく終わった。

 

「…………?」

 

 思わず目を瞑っていたウィンクルードは、そこで恐る恐る、目を開けた。

 

 

 魔法陣の中心、そこに、いた。

 

 

 三十歳前後の男。百九十センチ近い長身。痩身だがひょろい印象はなく、いかなる風雨にも決して折れない樫の木の風情。

 緑を基調にした狩猟服に、ショートカットの茶色の髪、若草色の瞳、褐色の肌。

 表情は薄く、目つきは鋭い。ナイフのような鋭さと弾丸のような容赦のなさを内包させた瞳をしている。

 そしてこれが彼の一番の特徴か。

 二メートルほどの長さの、先込め式の最初期のマッチロック式マスケット銃。扱いに難儀しそうなそれを、さも自分の身体の延長であるかのように、違和感なく、身体になじませるように背負っていた。

 銃という近代の武器。神秘は古ければ古いほど強い、という大前提があるため、通常、召喚されるサーヴァントはより古い時代、より魔力(マナ)が濃い、神代の時代のサーヴァントが狙われる。

 だがウィンクルードは、あえてその線を捨て、自分と同じような特性を持つサーヴァントを選んだ。

 その結果出てきたのが彼であれば、あてはめられたクラスはおそらく――――

 

「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ、参加した」

 

 若者、アーチャーが口を開いた。森の木々を抜ける風のような、静謐な声音だった。

 

「お前が、おれのマスターで、間違いないか?」

 

 一語一語、区切るように、言い聞かせるように言うアーチャー。

 アーチャー。弓兵のクラス。なるほど確かに、一言に弓兵(アーチャー)と言っても、そのカテゴリーは深い。突き詰めれば、飛び道具主体の戦い方さえすれば、アーチャーであるといえなくもない。

 

「ああ、そうだ。よろしくな。アーチャー」

「ああ。よろしく頼む、マスター。しかし、アーチャーか」

 

 ふと、アーチャーは自分自身の身体を、まるで確かめるように見回した。

 

「クラスに不満があるのか?」

「いや。基本クラスに当てはめるなら、確かにおれはアーチャーだろう。後はアサシンか。どちらかだ。ただ、おれのような銃を使う英霊は、アーチャーではなく、ガンナーというエクストラクラスに当てはまると、思ったんだがな」

「ガンナー……。確かに、そっちの方が当てはまりそうだな」

 

 ウィンクルードは触媒になっていた弾丸を拾い上げて頷いた。

 そして思う。聖杯戦争には基本の七クラス以外にも、エクストラクラスと呼ばれるクラスがあり、セイバー、アーチャー、ランサーの、いわゆる三騎士以外の四つのクラスのいずれかと入れ替わる形で参戦するという。

 

「そういえば、資料で見たな。過去の聖杯戦争でも、基本クラス全てが揃ったわけじゃなく、エクストラクラスが割り込んだクラスもあったと。第三次だったかな」

 

 しかし今回は基本クラスのアーチャーの(クラス)に収まっている。これは、今回の聖杯戦争が冬木のではなく、偽りであるため、そもそもエクストラクラスという概念が存在しないのか、それとも別に理由があるのか、定かではない。

 

「まぁ、いいか。召喚に成功したんだし。何か不都合があるか?」

 

 マスターの問いかけに、アーチャーは「いや」と首を横に振った。

 

「どんなクラスであれ、おれはおれの仕事を果たす。そして願いを叶える。それだけだ。それでいいんじゃないのか、マスター?」

「……ああ、そうだな。そう言うビジネスライクな関係は嫌いじゃあない。オレ達はオレ達の敵を倒す。六人のマスターと、六騎のサーヴァントを」

「そうだ、それでいい」

 

 アーチャーは頷き、魔法陣から出た。そして、ウィンクルードが、「あ、そうだ」と人差し指を立てた。

 

「一つ、確認しておきたい。アーチャー、あんたの真名についてだ」

 

 アーチャーの足が止まる。ウィンクルードは手の中で転がしていた弾丸を、アーチャーに見せた。アーチャーの目が細まった。

 

「それは……」

「伝承通りなら、あんたはこの弾丸を使って、危うく花嫁を殺しちまうところだったらしいな」

 

 アーチャーは無言。だがそれも仕方がないと、ウィンクルードは思った。本人にとっても、あの瞬間は忘れがたいが、同時に思いだしたくもないはずだ。

 

「魔弾の射手、マックス。それがあんたの真名()で間違いないか?」

 

 魔弾の射手のマックス。

 その名に、アーチャーは皮肉気な笑みを浮かべた。その嘲りはどこへ向けたものなのか。ウィンクルードか、それとも自分へか。

 

「ああ。間違いない。おれの真名()はマックス。ドイツのオペラが有名だが、大本はその原題の民間伝説。まぁ、そこで語られる狩人だな」

 

 正確には、そのモデルとなった人物だろう。物語として語られた“登場人物”は、そのモデルとなった人物が幻想に昇華され、サーヴァントとして召喚されるという。

 どこか他人行儀なアーチャーの来歴に眉をひそめたものの、サーヴァントして現界している身ならば、生前の自分と今の自分を、同じに語れないのかもしれない。

 

「あっているようで何よりだ。アーチャー、これからよろしくな」

「ああ、よろしく頼む、マスター」

 

 物静かな射手に対して、ウィンクルードは笑みで手を差し出した。

 サーヴァントはマスターから差し出された手を、静かに握った。そして言う。

 

「利き腕を差し出しての握手か。その信頼に応える程度の働きはして見せよう」

「ああ、期待しているぜ、狙撃手(スナイパー)

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