偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第22話:二日目⑩ 狂戦士の略奪

 夜が来る。本格的に、聖杯戦争の再開を知らせる闇の帳が落ちる。

 夜が更ける。勘のいい人間がいるなら、この街の異変を本質は知らずとも察知し、家路を急ぎ、しっかりと家の中に閉じこもる時間帯がやってきた。

 如月邸にて、特徴のない顔つきの男が言う。

 さぁ、聖杯戦争を続けよう、と。

 

 

 春日居市、新地区。

 すでに語ったことではあるが、偽典の聖杯戦争が開催されるという噂は、魔術世界を電流のように駆け巡った。

 それは――古い魔術師は忌み嫌うだろうが――まさにインターネット上で情報が拡散されるように、瞬く間に魔術世界に広がった。

 故に、万能の願望機である聖杯を手にし、己が夢をかなえようとする者たちが誘蛾灯に集う虫のように春日居市に集まった。

 それはサーヴァントが七騎全て召喚されて、春日居での聖杯戦争が開始された今も変わらない。

 何とか現在のマスターから令呪、マスター権を奪い取り、自分がマスターとなって聖杯戦争に参加する。

 その可能性を捨てきれない魔術師は多く、彼らはいまだに春日居市に滞在し続けていた。

 春日居市新地区の一区画。なんてことない住宅街にも、そういう魔術師は潜んでいた。

 ホテルを借りるのではなく、彼は一般の民家に居候していた。

 もっとも、住人に暗示をかけ、完全にこちらの言うことを聞く人形状態にしたことを、居候と言っていいのかは疑問だが。

 

「聖杯戦争、サーヴァント……!」

 

 その民家に住んでいたのは、なんてことない両親と高校生の娘が一人、その弟の中学生が一人いるだけの、なんてことない家庭だった。

 典型的な中流階級。彼らは明日が当たり前に続くと信じていたし、本当ならそうなるはずだった。

 拠点を探していた魔術師さえやってこなければ。

 聖杯戦争に参加することを目的としていた男は、魔術的暗示を使って家族を支配下に置き、己の都合のいいように動かしていた。

 といっても、一般人にできることは多くないので、せいぜい食事などの身の回りの世話くらいだ。

 後は血を適量頂き、魔術の触媒にでもするかと考えていた。

 家主が書斎として使っていた部屋で、男は妄執に濁った瞳で虚空を睨みつけていた。その目は街中に飛ばした使い魔の――蝙蝠だった――視覚と共有しており、夜に出歩いているマスターやサーヴァントを見つけようとしていた。

 

「サーヴァント、サーヴァント! あれさえ手に入れれば、私も聖杯戦争に参加できる! 必ず、聖杯を手にしてやるぞ……!」

 

 男の目がぎょろぎょろとせわしなく動く。その両目は血走っており、文字通り血眼(ちまなこ)になって街中を探っている。

 ふと空腹を感じた。

 

「おい! 飯だ、飯を作って持って来い!」

 

 乱暴に怒鳴る。暗示をかけた奴らは部屋の前で並べて待機させているので、いつもならこれでか細い返事が聞こえるはずだった。

 だが今夜は何の返事もない。

 

「? おい!」

 

 もう一度怒鳴りつけ、今度は体ごと振り返った。

 

 そこに、黒があった。

 

「あ?」

 

 視界いっぱいに広がる黒に、男は訝し気に眉を寄せた。

 椅子から立ち上がり、横に移動する。

 黒い色の正体は人型。呆けたまま、それでも習性的に細部まで観察する。

 肩と膝に牙を上下に打ち合わせたような装飾が入った、黒銀の甲冑。肩に部分には何かを削り取ったうえに焼いたような跡。腰に下げた鞘に収まった両刃の直剣。

 甲冑を全身に着込んでいるので肌の露出は一切なく、これだけだと男なのか、女なのかもわからない。

 正体不明、性別不詳。だが明らかに異常な存在感。

 

「あ……?」

 

 正体が分からない。否、分かる。この存在の固有名詞までは知らないが、どういう存在かは分かる。

 見るまでもなく肌で感じる魔力量。ただそこに立っているだけなのに、嵐が人の形に収められているような圧倒的存在感。

 なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらいだった。

 男の目の前に、男が求めてやまなかった存在が立っていた。

 

「サーヴァント!」

 

 思わぬ幸運――と本人は思っている――に射精しそうになりながら、男はその名を呼んだ。

 それが、この夢見た魔術師が生涯で最後に取った行動だった。

 鎧の左手が動いた。

 それは男の認識外の速度だった。気付く暇さえなく、心臓への衝撃が男の身体を貫いていた。

 鎧の抜き手が男の左胸を貫き、心臓を握り、引き抜いた。

 

「――――」

 

 鎧の兜部分、その隙間から息が漏れる。

 魔術師の心臓を頭上に持っていき、仰ぐように見る。口を開けていればそのまま一息に喰ってしまいそうだ。

 そして、黒鎧こと、バーサーカーは心臓を握り潰した。

 大量の血液がバーサーカーの兜に降りかかる。

 次の瞬間、血は砂に水がしみ込むようにバーサーカーの鎧に飲み込まれていった。

 

「え。何? なんであたしこんなところに……」

 

 扉の向こうから戸惑った声が聞こえる。魔術師が死んだので、暗示が解けたのだろう。バーサーカーは素早い動作で腰に下げていた剣を鞘から引き抜いた。

 ドアノブが回り、扉が開かれる。恐る恐る部屋の中を覗いたのはこの家の長女。

 

「え――――?」

 

 長女は自分が見た光景を、果たして認識できたのかどうか。顔をのぞかせた瞬間、剣を握ったバーサーカーの右手が一閃。荒々しい動作で娘の首を斬り落とした。

 鮮血が吹きあがり、天井を濡らし、バーサーカーの身体にも祝福のシャワーのように降りかかる。

 床を蹴る。それだけでフローリングの床が割れ、派手な音を立てた。

 そのまま壁に向かって、バーサーカーは拳を突き出した。

 壁はビスケットのように簡単に砕かれ、突き出された左手が何かを掴む。

 この家の主人の頭だった。握り潰す。血と頭蓋骨の脳漿が混じったモノを体全体で啜る。

 壁を破って廊下に出るバーサーカー。出る動きに合わせて一閃。

 鮮血。長男が胸から上を両断されて倒れた。バーサーカーの黒銀の鎧が血に染まっていく。

 さらに一閃。家族を皆殺しにされた夫人が頭から股間までを真っ二つにされた。

 惨劇は三十秒とかからずに終了した。

 

 

 魂食いというものがある。

 基本的に英霊は人間霊と性質が近いため、生きた人間の精神や魂を喰らうことで自身の魔力の強化、補充が可能となる。今バーサーカーがやったのはそれだった、

 血を浴びることで魔術師と家族、計五人の魂を喰らい、魔力を補充したのだ。

 マスターからの魔力供給が十分でなかったり、マスターを失い魔力切れによる消滅の危機を回避するために使われる手法で、バーサーカーの場合は後者だ。

 昼間、バーサーカーは考えた。

 死んだアーノルド(マスター)が残した魔力結晶で、しばらくは持つがそれも永遠じゃない。どこかで魔力を補充しなければならない。

 選択肢はほとんどなく、魂食いという結論にたどり着くのに時間はいらなかった。

 それに魂食い、即ち人間の魂、命、言ってしまえば一番大事な財産を奪うことは、魂食いとは別に、魔力を補充できる手段にもなっていた。

 そういうスキルをバーサーカーは持っていた。他者の財産――金品であったり、家族であったり、住む家であったり、命でたったり。とにかく対象の財産に区分されるものを奪うことで、魔力を回復させる。魂食いと合わせて使えるので、バーサーカーという魔力消費が激しいクラスでも、負担は軽減できる。

 だがこれもマスターがいればの話。マスターとはただサーヴァントに魔力を供給するだけでなく、サーヴァントを現世に繋ぎ止める楔としての役割も持っている。

 なのでその楔がないバーサーカーは魔力を補充しても手の中の砂のようにどんどん零れ落ちていく。早く補充しなければならない。

 兜の間から息を漏らしながら、バーサーカーは床をぶち抜いて一階へ。そこで金品をあさる。

 現金から貴金属、預金通帳やクレジットカードなど、とにかく現世的価値観で財産とみなされるものを片っ端から奪う。

 奪った端から握り潰されたり炎で焼かれたりしているが問題ない。バーサーカーにとって重要なのは奪ったという事実なのだ。

 

「■■■■■――――――――!」

 

 咆哮を上げる。バーサーカーの全身から炎が噴出する。

 炎は即座に床と言わず壁と言わず天上と言わず、とにかく燃え移る。勢いは止まらず、このままなら家全体から猛々しい炎が吹きあがるだろう。

 金品から貴金属、家族、命は奪った。次に奪うのはこの家、住居だ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市新地区、ビジネスホテル“山茶花”102号室。

 火事は多くの人々の目に留まった。

 当然火事の連絡が入り、春日居市内の消防署からサイレンを鳴らして消防車が出動した。

 町中に響き渡るサイレン。勿論、ホテルに滞在していた司とセイバーの耳にも届いた。

 

「火事?」

 

 呟いて、司は部屋のカーテンを開けた。そこから夜の闇に照らされる炎の赤がはっきりと見えた。

 赤々と燃える炎。火の粉が天に昇っていくのが、司の強化した視界にはっきりと映った。

 妙な胸騒ぎがした。あそこは()()()。そんな、説明できない焦燥が沸き上がる。

 このざわめきが何なのか、司自身理解できない思いを抱えていた時、懐の振動に気づいた。

 スマホが着信を告げいる。出てみると、シスター・キャロルからだった。

 通話ボタンを押す。ついでにセイバーにも聞こえるようにスピーカーモードに変えた。

 

「もしもし?」

『司君、新地区の火事が見えますか?』

「はい、はっきりと。まさかあれは――――」

『察しがよくて助かります。あれを起こしたのはバーサーカーのサーヴァントです。炎の勢いはすさまじく、隣民家に延焼しています』

「狙いは魂食いですか?」

『おそらく。わたしは部下を指示しながら現場を封鎖、消防隊も止めておきます。難しいかもしれませんが、少なくともバーサーカーが現場にいる状態で、彼らを近づけるわけにはいかない』

「周囲の人たちへの対処は?」

『避難指示は出しました。その他の雑事もすべてこちらが受け持ちます。司君、貴方は――――』

「バーサーカーを現場から遠ざけます」

『話が早くて助かります。ランサーもバーサーカーに当てますので、協力して、せめて住宅街から遠ざけてください』

「分かりました」

 

 通話終了。セイバーを見れば、彼女の表情も険しい。

 

「ごめん、こういう時はあらかじめ了承を得るべきだった。セイバー、昼間一戦したばっかだけど、戦える?」

「問題ありません、マスター。負傷は感知しましたし、魔力もまだ十分あります。今日あと一戦くらい、どうということはありません」

「……ごめん、でもありがとう」

 

 言いながら、司はスマホを操作し、春日居市新地区の周辺地図を表示する。

 しばらく地図とにらめっこをして、「ここだ!」と叫ぶ。セイバーにスマホを差し出し、

 

「わかるかなセイバー? ここに誘導してほしい」

 

 スマホの画面をのぞき込んできたセイバーに、目的地の場所を指で指し示す。そこは春日居市が運営している自然公園だった。

 複数のサーヴァントが戦闘しても問題がなさそうな広い土地を持っており、さらに噴水もある。炎を使うバーサーカーに対して、少しはましになるかもしれない。もっとも、焼け石に水かもしれないが。

 

「かしこまりました。マスター」

「悪いけど先に行ってくれるかな? 俺が一緒に行ったらセイバーの足が遅れてしまう」

「承知致しました」

 

 セイバーの身体が一瞬光に包まれる。光がガラスのように細かく砕けた時、彼女の姿は露出の多い鎧姿になっていた。即ち戦闘スタイルだ。

 

「では、行ってまいります」

 

 セイバーの姿が消えた。霊体化して外に出たのだ。サーヴァントの速度なら見える範囲の火事現場などすぐだろう。屋根の上を渡っていけるので直線で行ける。このあたり、地べたを走るしかない自分とは違う。

 胸騒ぎがする。脳裏を、昼間あった友人の顔が過った。

 中園さんは無事だろうか? 彼女は確か、新地区に住んでいるはずだ。

 無事なことを願うしかない。司はセイバーに指示を出した誘導地区に先回りするつもりだった。だから現場には行けない。

 薄情かな、と、司の中の人間的な感情が囁いた。まぁこんなものだ、俺は。魔術師的な思考が返答した。

 現実の司は無言で移動。己の存在をホテルの従業員やほかの客から隠し、バイクのキーを回した。

 聖杯戦争二日目、本格的な幕が上がる。


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