偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第32話:三日目④ 作戦会議

 春日居市旧地区、春日居教会。

 信仰心の厚い住人も、さすがに一日中ひっきりなしに教会を訪れるわけではない。

 午後になると彼らも生活に戻っていく。そのため礼拝堂内にも人気(ひとけ)はなく、よく手入れをされた花壇が並ぶ前庭も今は誰もいない。

 だがそれでも司は正面から教会に入ることはしなかった。

 事前に連絡したとおり、裏に回り、指定された裏口をノックした。

 

「どうぞ」

 

 聞き覚えのある声にまさかと眉を寄せる。隣のセイバーもまた同じような表情だった。

 

「今の声……」

「ランサー、でしたね」

 

 二人で頷き合ってドアを開けたら、予想通り、声の主であるランサーが待っていた。

 

「どうしましたか?」

 

 穏やかにランサーが訪ねてくる。司は一瞬気圧されたように言葉を詰まらせたが、唾を飲み込んで言った。

 

「いや……。意外だっただけだよ。まさかサーヴァント自ら出迎えてくれるなんて、ね」

「我々とあなたがたは同盟関係。であれば、私が出迎えるのは至極当然。こちらへ。マスターがお茶の準備をしております」

 

 ランサーの先導に従う司とセイバー。案内されたのは教会に住み込む人間が使っている食堂だった。今朝がたキャロルがランサーやスミス神父と食事をした場所だ。

 

「ようこそ、司君、セイバー」

 

 迎え入れるキャロルはテーブルの上に四枚のソーサーを置き、その上にティーカップを置いた。そして司たちが入ってきたタイミングを見計らってティーポットの中身――紅茶――をカップに注いでいった。

 

「どうぞ席についてください。それと、ささやかですが紅茶を」

「やぁ申し訳ない。いただきます」

 

 そう言って司はキャロルの対面に座った。セイバーが司の隣に座る。二人が座ったのを待ってから、キャロルも椅子を引いて腰かけた。その隣にランサー。

 真っ先にキャロルがカップを手に取って紅茶を飲んだ。それを見届けたから、司も紅茶を口に含む。

 

「おいしいですね」

 

 微笑を浮かべて司はそう言った。返礼のようにキャロルも微笑んだ。

 マスターたちに倣うように、ランサーも紅茶を飲み始めたので、緊張気味だったセイバーもカップをハンドルに指を入れずに持ち、上品に飲む。

 

「まぁ、おいしいですね」

 

 クスリとセイバーが笑う。その様子を、キャロルが満足そうに眺めた。

 

「さて、それでは情報交換と、我々の今後の方針を決めましょう」

 

 全員が紅茶を飲み、悪くない反応を得られたことに満足し、キャロルはそう切り出した。

 そして語られたのは、キャロルがランサーから説明されたアーチャーについての特徴。

 銃を使う狙撃手のスタイル、弾丸に宝具の属性を付加すること、非常に高い腕前で、風やコリオリの力の影響を受けない“魔弾”は非常に高い命中精度を誇り、直前に殺気を察知しても跳弾を駆使してこちらに当ててくる。

 

「話を聞いていると、ロングレンジから一方的に弾丸を撃ち込まれたらなす術はないようなのですが……」

 

 控えめに手を挙げてのセイバーの発言は、まさしく正鵠を射ていた。実際に相対したランサーもそれに肯いた。

 

「その通りですね。しかしそれでは戦えない。であれば、常に警戒を怠らないことでしょう」

 

 確かにそれしかできないかもしれない。だとすれば常に狙撃を警戒しなければならず、神経をすり減らす。

 

「それだけではありません。アーチャーの宝具はもう一つあり、こちらこそが真なる魔弾です」

 

 そしてランサーが語ったのは、今朝がたマスターに報告したのと同じもの。

 かすっただけでもその場所から霊基が崩壊していく魔弾。これは厄介極まりなく、しかもそればかり警戒していれば宝具の属性を付与された弾丸が飛んでくる。

 

「本当に厄介なサーヴァントですね……」

「霊基の修復には令呪を使うくらいしか方法がないでしょう。まぁ、膨大な魔力のストックがあるなら話は別でしょうが」

 

 キャロルの言うことは真実だ。事実彼女は昨夜、ランサーの傷を治療するために令呪を一画使用している。

 

「ただし、何も悪いことばかりではありません。アーチャーの真名はほぼ確定です」

 

 悪い情報ばかり渡して、悪戯に相手の不安を煽るべきではない。危険性は十分伝わったはずなので、キャロルはここで最も重要な情報を公開した。

 

「マックス。かつて、愚かにも悪魔と契約し、望むものを(あまね)くを撃ち抜く七発の魔弾を鋳造し、本当に大切な者を失いかけた哀れな射手です」

「魔弾の射手……ですか」

 

 司の脳裏に魔弾の射手の概要が思い浮かぶ。

 その昔、狩人のマックスは絶大なスランプに陥っており、恋人のアガーテとの結婚を賭けた射撃大会に対して、大きな不安を得ていた。

 その不安と、結果いかんでは結婚を認めてもらえない恐怖に付け込まれ、友人のカスパールに唆されて悪魔ザミエルとの契約で、六発はマックス自身の、一発は悪魔の望む所に弾丸が飛来する七発の魔弾を鋳造した。

 翌日の射撃大会でマックスは素晴らしい成績を残したが、領主の命令で最後の一発で鳩を撃とうとした時、最後の一発は悪魔の望むままに飛来し、恋人のアガーテを狙った。

 だがアガーテは森の隠者から貰った白い薔薇を使って作った冠をつけていたため、その冠がお守りとなり、最後の魔弾は間一髪、アガーテを避け、代わりにマックスの命と引き換えに魔弾を鋳造する契約を悪魔と交わしていたカスパールに命中、その命を奪ってしまった。

 友を失い、魔弾という禁忌に手を出したマックスは領主に全てを告白した。

 追放を言い渡され、全てを失うかと思われたその時、アガーテに白薔薇を渡した隠者が現れ、領主を諭した。

 結果、マックスは一年の執行猶予の後、無事アガーテと結婚したのだった。

 

「けれど、魔弾の射手はフィクション、虚構であり、当然マックスも実在の人物ではありませんよ?」

 

 脳裏に浮かんだ疑問をそのまま口にした司。対するキャロルは平然と答えた。

 

「英霊は人々の信仰の上に成り立っている。そして召喚される英霊に時間の縛りはなく、未来からの英霊もサーヴァントとして召喚される可能性があります。

 ――――信仰の力さえあれば、それが架空の人物でも、極端な話、無機物であってもサーヴァントとして召喚される可能性があります」

 

 紅茶を飲み干して、キャロルは続ける。

 

「ならば物語の登場人物であるマックスが、アーチャーとして召喚されても不思議はないでしょう。それに、この魔弾の射手のストーリーには原典があり、マックスにはモデルとなった実在の人物が、過去存在したとしたらどうでしょう? アーチャーのサーヴァント、マックスとして召喚されるのは、その実在したモデルとなった人物では?」

「そう、なると……。ありえそうですね……」

 

 自分の疑問をひっこめるように、司もカップの中に残っていた紅茶を飲み干した。

 

「アーチャーが魔弾の射手のマックスならば、彼が持つ真なる魔弾には弾数制限があります」

 

 沈黙が下りる前に、実際にアーチャーと相対したランサーが口を開いた。

 

「七発の魔弾。しかもアーチャーの意志通りに動くのは六発のみ。これは聖杯戦争という、六騎の敵を屠るには心もとない。何しろ、一騎に対して一発しか使用できない。同一の相手に二発以上使えば数が足りなくなり、真に頼る宝具を封印した状態で残りの敵と戦わなければならない。であれば、すでに一発使い、私を仕留めそこなったのはアーチャーにとって無視できない痛手のはず」

 

 引き継ぐようにキャロルが口を開いた。

 

「打てる対策としては現状、常にサーヴァントを実体化させたうえでそばに置いておくことでしょう。わたしは日中ほとんど教会から出ませんが、司君は学校に行くのでしょう? 白昼堂々、何者かの狙撃を受けて死亡、なんてことにならないようお願いしますよ」

 

 言外に大学など行くなと言われているようで、司は思わず苦笑した。その様にますますシスター・キャロルが不機嫌になるので慌てて頭を下げた。

 

「そうですね。そこはセイバーを信用します。それと学校には行きますよ。少なくとも、バーサーカーをどうにかするまでは」

 

 司の言いたいことを察したのだろう、キャロルは僅かに目を伏せた。

 

「ご友人の安否確認のために、これから毎日、おっかなびっくり学校に行くのですか? 魔術師なのに?」

「俺は魔術師としては落第者ですので。父も何も言わない。兄は見逃してくれていますけどね」

 

 おどけたように肩をすくめる司。その目は一切笑っていないので、本人は口調と裏腹にどこまでも本気だ。

 

「申し訳ありません。失言でした」

「いえいえ」

 

 一つ溜息を吐いて、キャロルは話題を変えるために席を立った。

 

「紅茶のお代わり入りますか? それから、貴方がたの話を聞かせてください」

 

 報告会は小休止に入った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 結局全員が紅茶のお代わりをして、それぞれ新しい紅茶を飲み、一息ついた。

 ただそのタイミングで控えめなノックが一つ。キャロルが立ち上がり、扉を開けるとそこにはスミス神父が立っていた。

 

「どうかなさいましたか?」

「はい、シスター・キャロル。急な出張が決まりまして、今夜にもこの街を離れます。おそらく、帰りは明後日の夜になるでしょう」

 

 つまり聖杯戦争の五日目。いいことだとキャロルは思う。

 この街はもはや戦場だ。神父様の様な善良な人間が犠牲になることは避けたい。

 彼がこの街の人々を見捨てて逃げることはしない人物だと分かっているが、一時的にでもこの街から出るというのは、安心できた。

 

「分かりました、神父様。ならば食事を用意しますか?」

「いえ、本当に急な出張ですので、準備が終わり次第出立します。夕食も、どこかで取ります」

 

 そこで視線をキャロルから外し、司とセイバーへ。彼は目を伏せ、一礼し、

 

「どうか、お気をつけて。貴方がたに幸運を」

 

 そう言ってドアを閉めた。神父の善性に触れた四人は、それぞれの胸の内で神父の言葉を噛み締めた。

 

 

 そして会議は再会する。口火を切ったのは司だった。セイバーはサーヴァントとしての立場を貫くつもりか、常に司よりも一歩引いた立ち位置を取っていた。

 

「昨日も話しましたけど、アサシンについて詳細を語りましょう。セイバー、いいかな?」

 

 ここに来る前にセイバーとも話し合ったが、キャロルにアサシンの宝具の詳細を、セイバー自身の口から語らせることにした。

 なにしろ、直接アサシンと相対したのはセイバーのみなので、彼女からのまた聞きではアサシンの宝具の危険性は表面だけしか分からない。

 セイバーは難色を示した。それは今後敵になるかもしれない相手に、必要以上の情報を渡していいのか、という戦略上の懸念からだった。

 それに対して司はあえてこちらから情報を事細かに渡し、警戒を促すことでランサーチームからも積極的にアサシンを狩り出すように仕向けたいといって説き伏せた、

 セイバーは生前、こういう先を見据えた立場にいたのか、司の行動指針に対してもっと長期的に見た懸念を打ち出してくる。

 勿論これはセイバーがキャロルのことをよく知らないからで、普段からそれなりに交流のある司からすればキャロルが背中から司を狙うとは考えにくい。

 だからこうして詳細な情報を渡すことにもためらいはなかったが、それを説明したところで受け入れられない。というか、召喚後、最初に教会に行くといった時に散々説明しても聞き入れてもらえなかったのだ。

 

「分かりました」

 

 語ったのは宝具とアサシンについての詳細と、実際に戦ってみた時に所感だった。

 アサシンでありながら、セイバーの自分と正面から戦える基礎ステータスの技量、そして自らのフィールドに引きずり込み罠を仕掛ける周到性と、宝具の奇襲性。

 そこに司が、マスターは銀色の糸を使ったことを添える。

 

「銀髪に赤い瞳、人間離れした端正な美貌と、それでいながらも人形めいた佇まいってのは、どうにも純正の人間っぽさを感じませんでしたね」

「ホムンクルス、かもしれません。かつて冬木の聖杯戦争の御三家の一つ、アインツベルンのホムンクルスが、そのような特徴を備えていたはずです。しかし、アインツベルンは第五次聖杯戦争の敗北を契機に、滅びたと聞きましたが、生き残りがいたのでしょうか」

 

 キャロルの言は当たっていた。これはこの場の誰も知らぬことだが、アサシンのマスター、ニヒトはアインツベルンのホムンクルス生産場で廃棄処分となりながらも、生存本能と幸運から生き残ったホムンクルスだった。

 

「そして透明化に罠の設置、そしてセイバーとまともに戦えるスペックの持ち主のアサシン、これは危険です。であれば、なるべく早期の内に倒したい」

 

 ランサーの言うことももっともだ。怪物を産むキャスター、狙撃を行うアーチャー、退場したはずが退場していないライダー、無分別に暴れる危険性があるバーサーカー、そして透過、罠のアサシン。

 

「どれも一筋縄ではいきませんね」

「このうち、アサシンはマスターが重傷を負っています。胸をセイバーの剣で貫かれたんですからね。逃走先に安全に潜伏できる場所があったとも思えないし、治療ならなおさらだ。やっぱりアサシンチームを早急に見つけなければ、安心もできない」

「簡単に言ってくれますね」

 

 苦笑を滲ませてキャロルは言った。

 

「残念ですがアサシンや、彼女のマスターの潜伏先はまだ分かっていません。生憎昨日のバーサーカーの一軒の後処理や、家に帰した市民のケア、監視カメラをはじめとした科学の目に対する対応。さらには避難者のカウンセリング。スタッフを総動員しても一日では収束しません」

「手は回せないなら、私が行くのが筋でしょうが――――――」

 

 控えめな発言はランサーのもの。確かにランサーなら単独で行動してもそうそう不覚はとらないだろう。だが――――

 

「アーチャーもいる以上、マスターのそばを離れるのは得策ではありませんね」

 

 セイバーの言う通りだった。そしてセイバーは言外に司に対しても、そばを離れるつもりも、実体化を解くつもりもないことを主張していた。出会って数日でもそれくらいは分かる。

 

「それに、影に潜むアサシンも危険ですが、日向に――というか夜に――やってくるかもしれないバーサーカーや、たびたび目撃されてるキャスターが繰り出してくる怪物たちの方が厄介かもしれません」

 

 特にキャスターは、と司は続けた。

 場の雰囲気がまた一段と引き締まる。

 キャスター、エキドナはギリシャ神話に名を刻む怪物たちの母である。これは司の推測でしかないが、エキドナはこの怪物たちの母という立ち位置そのものが宝具で、子供の怪物たちを()()、従えているのではないだろうか?

 

 顎に指をあてて、キャロルが納得したように頷いた。

 

「この街の噂に昇っている怪物たちの影がキャスターの子供たちならば、外からこの街にやって来た魔術師が行方不明と言うのも、キャスターに攫われた、とみるのが正解でしょうか。

 ……唾棄すべきことですが、魂食いのために連れ去られた、とか。余計なちょっかいを出してくる可能性のある魔術師を排除しつつ、召喚系という魔力消費が大きくなりそうな宝具を連続使用できるよう、魔力供給の手段として使っている」

 

 不快感もあらわに、ランサーが吐き捨てる。ふいに、セイバーが、発言許可を求めるように手を上げた。三人の視線が一斉にセイバーを向いた。

 

「父親、ではないでしょうか?」

「父親?」

「はい。キャスターの真名が本当にエキドナで、子供たちを召喚することが宝具ならば、エキドナは必然、怪物の母という側面を持って召喚されたことになります。独りでは子を産めません」

「確かに、神話でもエキドナは自分の子供や、他の怪物との間に子を成している。ならばサーヴァントとして現界したキャスターが、この出産を逸話として引っ提げてきたならば、父親が必要になるのは必然」

 

 ランサーの憶測は正解だ。この場の誰も知らぬことだが、キャスター、エキドナが子供を産むためには父親が必要であり、父親の魔力の質が高ければ高いほど、生まれてくる子供もまた強くなる。

 そういう意味で、サーヴァントであるバーサーカーは現状求められる父親の中で最高だった。

 

「――――――どうにも手数に差がありすぎますね。しかもキャスターか、そのマスターは立ち回りがうまい。行方不明になるのは魔術師ばかりで、しかも血痕などの痕跡もなく忽然と姿を消すのは、サスペンスよりもミステリーで、血なまぐささがない。これでは事件は事件でも、殺人などではなく料金の踏み倒しからの逃亡など、街の不安感からすれば脅威度、優先度は低くなってしまう」

 

 今、春日居市の警察たちが最も注目するのは、昨夜バーサーカーが起こした放火だろう。警察は放火犯を血眼になって探し、人員を投入するだろう。その場合、旅行者の失踪は必然、扱いが小さくなってしまう。

 

「これは神秘の漏えいに抵触しない。いえ、キャスターのマスターが如月雷葉ならばこのやり方も納得ですが」

 

 キャロルは疲れが滲んだため息を漏らした。その疲れも当然だろう。聖杯戦争に臨むだけでも神経をすり減らすのに、さらにキャロルは監督役としての立場もある。

 だから彼女は昨夜のバーサーカーのように、神秘の隠蔽にも奔走しなければならない。さらにに一般人が大規模に巻き込まれればやはり隠蔽は困難を極めるだろう。

 キャロルのみならず、彼女の指示に従っていたスタッフたちもまた、疲労は馬鹿にならない。

 これが続けば聖杯戦争終結前にキャロルが心労で参ってしまいそうだ。

 

「率直に聞きます、シスター・キャロル。バーサーカーはまだ現界していますか?」

 

 不安、懸案事項は司にもある。もし今後もバーサーカーが毎夜ごとに暴れるならば、今度こそ友人が巻き込まれるかもしれない。

 それは絶対に避けたい。

 

「霊基盤は、バーサーカーがまだ消滅していないことを示しています。如月雷葉はキャスターだけでなく、バーサーカーとも契約した。通常の聖杯戦争では下策ですが、もしも如月雷葉に魔力供給の当てがあるならアリです」

「単純に戦力が大きく増えますからね。バーサーカーという強大な戦力に加え、バーサーカーとキャスターを掛け合わせて、新たな怪物たちを産める」

「一陣営だけ、非常に大きな群れができる。これは明らかにこちらの不利」

 

 ランサーの言葉も苦い。元々生前はローマの百卒長(ケントゥリオ)をしていたランサーは、数の脅威を知り尽くしている、おまけに一体一体が並の英霊を凌ぐ怪物ならばなおさらだ。

 

「やはり、私たちだけでキャスター、バーサーカーを討伐するのは厳しいのでしょうか」

 

 セイバーの言うことにも頷ける。それほどのキャスターの陣営は強力だ。奇襲をかけようにも、推定陣地である如月邸は要塞並みの魔術的防御。セイバーとランサーだけでは本丸に届いてもだいぶ消耗させられ、キャスターあるいはそのマスターの首に届くかは分からない。

 

「ライダーのマスターは難しいでそうね。ライダーの脱落を装っているので、影で動く気満々です」

 

 これだから時計塔の魔術師は、とキャロルが吐き捨てた。その言葉を聞いて反応したのはセイバーだった。

 

「? キャロル様はライダーのマスターについて、何か知っているのですか?」

 

 セイバーの台詞に、キャロルは一瞬固まった。

 

「シスター・キャロル? この期に及んで隠し事はなしですよ?」と、咎めるような目絵付きの司。

「いえ……、隠していたわけではなく、確証がないのです。候補としてライダーのマスターである可能性は非常に高いのですが……。あぁ、もういいでしょう。話します。

 アルフレット・ウォーラー。魔術協会からやってきた魔術師で、おそらくは春日居市内に今いる外様の魔術師の中では最強でしょう。何しろ、元封印指定の代行者。その実力は底知れません。そしてそんな強力な魔術師が来訪したならば、聖杯はほぼ確実にマスターとして選ぶでしょう」

「なるほど……、道理ですね。そのアルフレット・ウォーラーを市内で見たことはありますか?」

「いいえ」

 

 キャロルは首を横に振った。

 

「買い出しや雑用と思われる彼の弟子たちを見たことはありますが、本人は滞在元と思われるホテルから動いていません。少なくとも街中を奔走してくれているスタッフは見ていません」

 

 本当に実力最強の魔術師なら、そういう監視の目さえも欺いて外出するくらい楽に行うだろう。そもそもその滞在先のホテルと言うのも本当かどうかわからない。

 

「言いたいことは分かりますよ、司君。わたしもそのホテルにアルフレットが本当に滞在しているかどうか分かりません。鵜呑みにしてはいけませんよ」

「ちなみに、アルフレット・ウォーラーの滞在先のホテルは?」

「ここです」

 

 そう言ってキャロルは懐から紙切れを出して司に渡した。二つ折りにされた紙を司が開く、そこからセイバーものぞき込む。ともすればセイバーが司にもたれかかっているようにも見えて、司は胸がドキリとした。

 開いた紙に書いてあったのは番地の番号。これがアルフレットが止まっているホテルの番地だった。

 

「くれぐれも単独でこの場所に突入しないでください。まず勝てませんので」

「分かってます。逆にここには近づかないくらいの用心深さでなければいけないということでしょう?」

「分かっているのならばいいのです」

 

 呆れたような声音でキャロルは言う。そのままとはいえと続けた。

 

「ライダーのマスターと組むのは得策ではないかも知れませんが、せめてアサシンかアーチャーのマスターと組めればいいのですが……」

「どちらもすでに戦ってしまって、遺恨がありますね」とランサー。特にと司が続ける。

 

「アサシンに至っては、そのマスターに重傷を負わせています。あれじゃあ、一両日中にまともに動けるかどうか分かりませんよ。そうなったらアサシンだって簡単にはマスターのそばを離れないでしょうし、離れなくても他者を攻撃できる宝具を持ってるならなおさら――――――」

 

 どうにも煮詰まってきそうだ。ただし方針としては、

 

「せめてバーサーカーだけでも討伐できればいいのですが」

 

 これだろう。キャロルとしても無差別に暴れまわるバーサーカーを討伐できれば、一般人の被害を減らせるし、必然的に隠蔽に走る人員を減らせる。さらにキャスターの子供の増加を食い止めることもできる。

 

「やっぱりバーサーカーは捨て置けませんけど、報酬も何もないと他のマスターの協力も仰げないんですよね」

 

 第四次聖杯戦争の際、神秘の秘匿という大前提を大きく逸脱したキャスター組に対して、監督役は令呪一画を賞品にほかのマスターたちによるキャスター狩りを提案した。

 この令呪は過去の聖杯戦争で使われずに残され、監督役によって保管されていた余剰令呪なので、今回のように第一回目だとその余剰令呪もない。

 そしてバーサーカーを討伐しようにも、キャスターの横やりがあるならその難易度は跳ね上がる。

 と、そこでキャロルが壁に掛けられた時計を見た。

 

「いけません、もう五時です。とにかくバーサーカーとキャスターを最重要視することにして、また新しい情報が入ったら連絡を取り合いましょう」

 

 これ以上話していても煮詰まるだけ。そう判断したキャロルはここで話を打ち切ることにした。椅子から立ち上がった時、控えめなノックの音があった。

 

「どうしました?」

「失礼します、シスター・キャロル。おかしな霧が市内を覆っているようなのです。正確には一区画だけですが」

 

 ドアの扉が開かれて現れたスタッフから、そんな言葉が飛び出した。

 セイバーとランサーが立ち上がる。二人とも警戒の念を表情に出し、己の感覚を総動員して感覚を研ぎ澄ませた。

 

「霧ですか?」

 

 早朝ならばともかく、日も完全に沈んでいない、しかも秋口にそんな霧が突然発生するはずがない。

 明らかに人為的な霧。魔術だろう。

 

「誰かが聖杯戦争を行っている?」

 

 司の呟きに内心で首肯しながら、キャロルが問いかけた。

 

「霧はいつごろから発生していましたか?」

「そ、それが、分かりません。忍び寄るように、静かに広がっていて、気付いたら霧が覆っていた、と言った有様で」

 

 舌打ちを堪えながらスタッフたちに指示を出そうと部屋を出る。出入り口で司の方を振り返り、

 

「しばらくここで待機していてください。どうも、この場から動かない方がいいようです」

「いえ、マスターもこの場で待機してください」

 

 遮るように言うのはランサー。訝し気に眉根を寄せるキャロルに、ランサーは告げる。

 

「この霧は一般人が内部を見渡せないようにしたものだと思われます。であれば、神秘の秘匿の原則に従う者の仕業。マスターであってもバーサーカーの様な無法者ではない。今は様子を見るべきです」

 

 ランサーの言うことはもっともだ。だからこと下手に動けない。

 作戦会議に気を取られ過ぎた。そして教会内で作業していた聖堂教会のスタッフは数が少なく、残りは出払っていた。

 そのため霧の発生に気づくのが大きく遅れたようだ。

 事態は進行していた。もう何もかも終わってしまっているかもしれない。

 事態を把握するために何をするべきか。誰もがすぐには動けずにいた。

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