偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第35話:三日目⑦ 如月邸にてⅢ

 ニヒトが潜伏している廃工場を、アルフレットと彼の弟子たちが襲撃するより、少し時は遡る。

 

 

 春日居市旧地区、某路地裏。

 春日居市の旧地区は昔ながらの形を保っているため、路地裏は街灯の光も届かず薄暗く、その先が行き止まりや袋小路であることも少なくない。

 なので住民たちさえも自分たちに馴染みのある小道以外は基本的に大通りを使う。特に物騒な噂や事件、事故が発生している此の所では、特に人通りが多く、文明の利器による光がある場所を好んだ。

 

 

 その場所は数ある袋小路に繋がる路地裏で、周辺住民はそのことを承知しているので近づかない。

 その男はまさにそんな袋小路の奥で死んでいた。

 心臓を抉り取られ、飛び散った血が地面や路地の壁を汚している。

 アルフレット・ウォーラーは男の死体を見下ろしていた。

 しばらくじっと死体のそばに佇んで、死体から目をそらさない。そんな彼の後ろには弟子たちが並んでいた。

 死んだ男はアルフレットの弟子だった。といっても前線に立つような魔術師ではなく、ライダーの魔力供給、および日用品や必需品の補充、街の探索の補助など、いわゆる裏方の人間だった。

 

「オレの失策だな」

 

 アルフレットは呟き、足元に視線を動かした。

 そこにはもう一人、やせ型の男が蹲っていた。

 灰色の、肩までかかる長髪、ギラギラとした黄色の瞳、痩せ型の体躯に長身、上着を脱ぎ、皴だらけのワイシャツ姿で右手の指で死体に触れていた。

 男は小刻みに震え、苦悶の表情を浮かべていたが、やがて死体から手を離した。

 

「何かわかったか?」

 

 アルフレットは英語で男に語り掛けた。男は気をしっかりさせるように頭を振って、

 

「ど、髑髏の仮面を、半分だけつけた女だ。そ、そいつがこの男を殺した。む、胸に腕を差し込んで、し、心臓を抉りだした。そ、そのあと、心臓を喰った」

「半分髑髏仮面の女、か。間違いなくアサシンだな。心臓を喰ったのは魂食いか」

 

 痩身の男は降霊術の使い手だった。アルフレットは聖杯戦争に臨むにあたって、フリーランスのこの男を外部から雇った。

 このような、弟子が殺される可能性を考えていなかったわけではないし、この偽りの聖杯戦争の噂に誘われて春日居市入りし、そこで命を落とした魔術師がいれば、降霊術でその死の状況を把握できれば、他のサーヴァントについての情報を得られると思ったのだ。

 あくまでも万が一の保険のつもりだったが、その予感は的中した。不幸にもアルフレットの弟子はサーヴァントに殺された。

 

「さ、最期の光景はどこかに向かうアサシンだ。こ、この男は、いきなりアサシンに襲われて、ここに連れ込まれて、心臓を抉り取られた」

「なるほどな。こいつは最期の瞬間、アサシンがどこからきてどこへ行ったか見たのか?」

「み、見た。し、示せる」

「じゃあ、どこから来たのか、示してくれ。たぶん、その向こうにアサシンのマスターがいるだろうよ」

 

 言いながら、アルフレットは中折れ帽子の鍔に指をかけ、帽子を深くかぶり直した。

 

「どちらにしろ、こいつは十分に仕事を果たしたわけだ。じゃあこっからは、オレの仕事だな」

 

 そう言うアルフレットの服の袖から、音もなく忍び出てきたものがある。

 乳白色の霧。霧は音もなく広がっていく。

 

霧煙る国(ニヴルヘイム)、起動。アイリーン、索敵範囲を広げる。同調を開始しろ」

 

 深く冷たく、淡泊にアルフレットはそう言った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市旧地区、廃工場前。

 その後、アルフレットはフリーランスの降霊術師を使い、ほかに二体の死体を発見後、降霊術によってアサシンの足取りを逆にたどっていった。

 アルフレットはアサシンがマスターのそばにいない理由に、拠点がはっきりしているマスターの許に向かったと判断した。偵察か暗殺。どちらにしろアサシンはマスターのそばを離れており、弟子や他の魔術師を()()()で殺して目的地に向かっているのだろう。

 だとすれば、その逆をたどれば出発点、つまりアサシンのマスターの拠点にたどり着くと推測した。

 その推測は当たり、斥候に送った弟子が結界を張られた廃工場を見つけた。()()()調()()()アイリーンが中を確認して、アサシンのマスターと思われるホムンクルスを見つけた。

 

「だいぶ弱ってやがるな。結界が雑だぜ」

 

 アルフレットはフランス語で呟いて、無造作に廃工場の中に踏み入った。

 なかはがらんとしており、そこここに撤去されずに残された機械が、シートと埃をかぶっていた。

 電気は勿論通っていないので、天井からぶら下がっている電灯は割れるか沈黙している。

 先程までは窓から陽光が差していたのだろうが、日の光は霧によって遮られて、工場内は薄暗い。

 

「止まれ」

 

 英語で後続の弟子たちに警告して、アルフレットは辺りを見回した。

 アイリーンの報告に会ったホムンクルスの姿はない。こちらの接近に気づいたようだ。

 

「だったら、あぶりだすだけだ。――――――斬撃(ソード)

 

 アルフレットが呪文を紡いだ瞬間。工場内に音もなく忍び寄っていた霧の一部がひとりでに渦巻き、流れるように刀剣の頭身部分を思わせる形を作った。

 停滞はなく、まるで見えざる巨人の手に握られたように、放たれた。

 霧が押しのけられるように動き、ベッド代わりにしていたと思われるソファを切り裂いた。

 霧の刃が一つだけではない。次々に同じ刃が斬りから生成され、放たれる。

 刃の群はシートがかぶせられた機械を次々に切り裂き、ただのスクラップに変えていく。

 

「さて、どうだ?」

 

 フランス語で呟いた後、刃の一振りが切り裂かれた。

 

「そこか」

 

 再び刃の群が斬りから形成され、一斉に一振りが切り裂かれた地点に向かう。

 霧の中を銀色の線が翻る。銀色の線は刃と化して霧の斬撃を迎撃。あるものは切り裂き、あるものは逸らし、それでいながら差し込まれるように反撃の銀線が走る。

 アルフレットめがけて三本、振り下ろされた。

 

(シルト)

 

 ドイツ語で呪文を唱えた瞬間、アルフレットの眼前の霧が寄り集まり、硬化し、一瞬にして大人が三人は後ろに隠れられる巨大な盾が形成され、銀線を弾いた。

 弾かれた銀色の光は跳ねまわって壁や天井、柱に傷をつけた後うねくって引っ込んだ。

 暗がりの中から華奢な影が跳躍してきた。

 腰くらいの長さの銀色の髪、赤い瞳、、蝋のように白い肌、ダブルピースの黒のスーツ。

 アルフレットは「アサシンのマスターか、確かに人間離れした美人さんだ」と内心に(うそぶ)いて、ホムンクルス、ニヒトを指さした。

 

「狙え」

「はっ!」

 

 弟子たちが一斉に動き出す。各々手をかざし、掌から光の玉を弾丸のように発射していく。

 呪文も何もない、ただ魔力の塊を弾丸にして打ち出しているだけの初歩的な魔弾だが、それでいい。とにかく間断なく攻めまくれと、弟子たちには言いつけてあった。

 

 

 一方、ニヒトは大いに困惑し、同時に苦戦していた。

 この場所がばれた理由が分からない。分からないがバレた以上はこの場から撤退するのが鉄則だが、周囲を囲まれている上に見晴らしが非常に悪い。

 この霧のせいだ。これも目の前の壮年の男が成したことだろう。

 まず間違いなく聖杯戦争に参加しているマスター。

 だが誰だ? セイバーのマスターではない。キャスターのマスターは如月邸から出てきていない。ライダーは脱落している以上、そのマスターは教会に保護を求めたか、この街から出ているはず。

 アサシンが言うには、アーチャーのマスターはアーチャーと同じく狙撃手とのこと。一日目の夜にマスターらしき人物から狙撃されたので、間違いないだろうとのこと。

 だとすればアーチャーのマスターも違う。狙撃手がこんな堂々と表に出てくる必要がない。

 ならばいまだ姿を現さないランサーのマスターか? この正体不明のマスターだけがまだニヒトもアサシンも目にしていない。

 

「ッ!」

 

 考えるよりも体が反射していた。指を動かし、銀糸を操って織り、編み、即席の盾を作って、『魔弾』を防御。同時に足を狙って迫りくる霧の刃を跳躍して回避。盾をほどいて天井の梁に糸をひっかける。

 糸を巻き上げて身体を上に。だが後を追うように霧が蠢く。

 

(ビアン)

 

 中国語で呪文が紡がれた瞬間、霧の一部がまさしく鞭のようにうねってニヒトに向かう。ニヒトはすぐさま糸を切断。中空に投げ出される形になったニヒトだったが、左腕を振るい、再び意図を射出。壁の柱に突き刺さった後、自分の身体を引き寄せた。

 アルフレットたちの猛攻は終わらない。弟子たちが次々に『魔弾』を発射する。

 大したことない威力。糸の防御を破れない。

 

「ッ!」

 

 はずだった。一発が糸を貫いた。

 ニヒトは指を動かし、もう一度盾を形成。着弾し、糸が引きちぎられる。

 防御無意味の魔弾。ニヒトはすぐに壁を蹴って離脱。もう一度糸を伸ばして天井の梁に巻き付け、切断。床に着地する。

 

「――――――」

 

 息が荒くなる。昨日の昼間に受けた傷はまだ感知しておらず、血も足りない。しかもマスターも厄介だが、その取り巻きの弟子たちも狡猾だ。

 大した威力ではない『魔弾』の群の中に、時折強力な一発が仕込まれている。見た目が同じなので区別がつかず、全てを防ごうと強力な盾を編み込もうとすれば、その分魔力の消費が激しい。

 

(アサシン、どこですアサシン!?)

 

 姿を見せないサーヴァントに念話を送る。近くにいないことが分かっていた。だがここまで押し込まれては呼び戻すしかない。

 だが返事はなかった。

 

(アサシン!?)

 

 返答のアサシンに、もう一度念話を送る。と、今度も返答はなく、逆にノイズのような音が鳴り、衝撃がニヒトの耳から脳に渡って駆け抜けた。

 

「ぐ……!」

 

 耳がキーンとなる感覚。頭が揺れる。

 思考を手放せば死ぬ。危機に対する反射だけで身を投げ出し、まだ無事な機械の影に隠れた。

 猶予はない。機械に『強化』の魔術を施す傍ら、糸を張る。

 

密集陣形(ファランクス)

 

 アルフレットの唇から呪文が紡がれ、霧が新たな形を作る。

 今度は今までよりも大きい。ニヒトの目にもはっきりと映る、長槍を構えた人型の群。

 ファランクス。その名の通り密集し、前方に――ニヒトのいる方向に――槍を構えた戦士たちが見える。

 アルフレットの右手が振り上げられ、降ろされた。次の瞬間、霧の戦士団が一斉に突撃した。

 ニヒトは糸を操り、網目の結界を造り出した。物理的にこちらを害することができるなら、この結界に阻まれるはず。

 ニヒトの目論見は当たり、戦士団の先頭が網目にかかった。

 が、戦士は細切れにされた次の瞬間には修復した。本質が霧なので、この手の妨害は意味をなさないらしい。

 サーヴァントとは連絡がつかない危機的状況。それでもニヒトの脳みそは明瞭で、刹那を引き延ばして思考する。

 アサシンとの連絡が取れない。念話による会話は何者かに妨害されているようだ。

 令呪ならどうだろう? 試してみる価値はある。

 

「――――――ッ!」

 

 ニヒトはいったん後方に大きく跳躍した。

 傷が痛む。まだふさがり切っていない傷口が熱を帯びて思考を犯してく。

 委細構わず令呪に意識を集中させる。

 左手の候、その刻まれた令呪が赤い輝きを放つ。

 喉が渇く。熱で浮かれる精神の中、ニヒトは自分にできる力の限り叫んだ。

 

「来てください。アサシン!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市旧地区、如月邸。

 

「では死ね、アサシン」

 

 キャスターが指を鳴らす。それを合図に炎の魔剣を手にしたバーサーカーと、多頭を持つ大口の竜種、ラードーンが一斉に動いた。

 アサシンは即座に宝具を起動させ、体を後ろに倒れこませた。

 背をつけていた壁を透過して廊下側に。体が書斎から完全に抜け出た瞬間に透過を解除し、そのまま背をつけ一回転。両足で着地した瞬間、眼前の壁が向こう側から破砕された。

 炎と壁の破片が散弾のようにアサシンに向かっていく。

 そしてそれらを追い越すように、ラードーンの牙群とバーサーカーの身体が突進してきた。

 アサシンはあえて前へ。物質透過を起動しながら床を蹴る。

 地面を突き抜けてしまわぬように、物質透過中でも足の裏は実体化し続けなければならない。が、空中ならば話は別だ。牙群と炎剣とすれ違うように通り抜けたアサシンは床に足をつけたと同時に横に跳躍した。

 すでに暗殺が失敗している以上、キャスターのアサシンを殺すことは諦める。其れに令呪を通して伝わってくるマスターの危機の方が気掛かりだ。

 再び壁を通り抜け、壁を蹴って天井を潜り抜け、二階の廊下に出た途端に壁を通り抜ける。

 キャスターはこの屋敷の内部で察知できないことはなく、夫も子供も思うがままに出現も消失もできるといっていた。

 裏を返せば屋敷から外に出れば察知も追撃も屋敷の中ほど自在ではないということだ。

 とにかく外を目指さなければならない。

 

「■■■■■――――――!」

 

 足元から咆哮が上がり、炎が吹きあがった。一階にいたバーサーカーが炎を天井に――二階の床に――向けて放ったのだ。

 両腕をクロスさせて顔面をガードするアサシン。とにかく視界を塞がれることだけは防がなければならない。

 バックステップで炎から距離を取った瞬間、後ろに気配を感じてとっさに透過を発動。自分の身体を横薙ぎの一閃が通り抜ける感覚に背筋が冷える思いがした。

 いつの間にか背後にいたバーサーカーの一撃だった。アサシンは振り返り、横に跳躍した。

 今は敵に構っている暇はない。一刻も早く屋敷から脱出し、マスターと連絡を取り、令呪を使ってでもマスターのそばに馳せ参じなければならなかった。

 

「■■■■■――――――!」

 

 炎が追ってくる。バーサーカーの肉薄を背中で感じながら、ランサーは真上に跳躍して天井を蹴りつけ、壁を透過する。壁は薄すぎるために完全に潜航するには霊体化が必須だが、見境なく攻撃してくるバーサーカーが近くにいる状態で霊体化は悪手だ。透過を駆使しで移動するしかない。

 壁一枚を超えて、再びどこかの部屋に飛び出した瞬間、アサシンの右肩に激痛が走った。

 見ればラードーンの首が一つ、アサシンの左肩に噛みついている。

 強烈な顎の力で肩の骨を噛み砕かんとするその眼球に、短剣(ダーク)を突き立てる。

 眼球を刺し貫かれるのはさすがに答えたと見えて、肩にかけられた顎の力が緩んだ。

 その隙に脱出し、次々に迫る牙に対しては透過を駆使して回避する。

 

「■■■■■――――――!」

 

 咆哮と共に壁を破ってバーサーカーが現れる。アサシンは一瞬だけ左手を床につけて、跳躍。まっすぐ向かってくるバーサーカーの足元に、今仕掛けたアサシンの宝具が反応。自動的に床から飛び出したアサシンの右腕が伸び、バーサーカーを狙う。

 が、効果は薄い。バーサーカーの全身から噴き出ている炎が触手のようにうねり、アサシンの腕を捕獲、そのまま握り潰してしまった。

 多重に咆哮が轟く。ラードーンがアサシンを狙う。アサシンは宝具を連続で床や壁に設置し、追いすがる首に対して発動し、牽制する。

 その隙に壁を抜ける。屋敷の間取りがおかしい。キャスターによって歪められているようだ。

 だが壁はある。それは分かる。ならば壁を抜けていけば外だ。

 そう感じたアサシンの背中に衝撃と激痛が走った。

 

「――――――ッ!」

 

 何が起こったのか分からないが、倒れるわけにはいかない。つんのめるように前に転がるが無理矢理跳躍し、天井を蹴って着地する。そのころには背中に突き刺さったものが抜け、さらにその同類が視界に広がった。

 異様に鋭い(くちばし)をもった、白と黒のマーブル模様の翼をもった巨大な鷲の群。

 神性を持つ体を啄む鷲の群、エトンだった。

 エトンの群がミサイルのようにアサシンに迫る。アサシンは身を低くしてエトンの群に向かっていった。

 迫る嘴を、当たる物だけ透過で回避する。そうしながらすれ違いざまに短剣(ダーク)で切り付けていく。

 炎が追ってきた。エトンがいようがお構いなしにバーサーカーの炎が向かう。エトン達が器用に炎を避けていく。

 また一つ壁を抜けた。今度はホールだった。おそらく玄関ホール。ここから抜けるのが最短距離と判断したアサシンの眼前に突然バーサーカーが出現した。

 走り出したアサシンの身体は止まれない。薙ぎ払うように繰り出された一閃を跳躍して回避するも、炎が巻き付いてくる。

 一瞬、肉が焼ける感覚があった。が、透過で逃れ、着地と同時に玄関扉を潜り抜けた。

 

「ああ、やはりそこに来よるよな」

 

 どことも知れぬ場所にいるキャスターは嫣然と微笑んでそう呟いた。

 

 

「が―――――」

 

 玄関から外に出た瞬間、横合いから来た何かにアサシンの身体は加えこまれた。

 太く長い牙がアサシンの前後を挟み込み、牙が彼女の身体に深々と突き刺さった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 暗殺者らしからぬ、ただの悲鳴を上げて、アサシンは苦痛に喘いだ。体の中に何かが注ぎ込まれているのを感じた。

 毒か? だが暗殺者として耐毒の訓練も受けている己にこれほどの苦しみを与える毒とは何か? 激痛で千切れそうな思考の中、それでもアサシンは考えた。

 見ればアサシンの身体を貫き、喰らいついているのは巨大な多頭の蛇だった。

 蛇だ。ラードーンとは違う。首の先にはちゃんと身体がある。

 怪物の正体は分からないがこのまま咥えこまれているには非常に危険だ。アサシンは怪物の表皮に手をやり、宝具を発動した。

 肘まで右手を潜り込ませ、頭部の中をかき混ぜる。

 さすがに物理的に頭の中をかき回されるのはいかな怪物といえども堪えるのか、アサシンを捕えていた顎の力が緩んだ。

 その隙にアサシンは脱出した。

 地面に着地後、マスターであるニヒトに念話を送ろうとして、自分の身体が見えない力に引っ張られるのを感じた。

 

「?」

 

 それは空間そのものに引かれ、どこかに連れていかれるような感覚だった。

 令呪による空間転移だと、アサシンは理解した。

 マスターが呼んでいる。まだ、マスターの危機は続いている。

 続く戦いに備えながら、アサシンは令呪に導きに身を任せた。

 

 

 アサシンの姿が消えたことはキャスターにも知覚できた。

 

「令呪による空間転移か。示し合わせたとは思えぬ。偶然、マスターの令呪使用のタイミングが重なったか」

「つまり、逃がしたということだな」

 

 淡々とした口調で、キャスターのマスターは言った。キャスターは苦笑しながら「問題ない」と告げた。

 

「脱出直後、アサシンに食らいついたのはヒュドラだ。かの大英雄、ケイローンやヘラクレスさえも滅ぼした猛毒だ。ただでさえここでの激戦でアサシンの霊基(からだ)はボロボロ。その上ヒュドラの毒まで喰らえば、霊基の崩壊は時間の問題。すでに仕留めたも同然よ」

「ならばいいがな」

 

 マスターは表情を変えずにそう言った。キャスターは微笑んだ。その手には先程アサシンを(ついば)んだ鷲、エトンが一羽止まっていた。

 

「いずれにせよ、アサシンの消滅は時間の問題。ようやく聖杯がサーヴァントの魂で潤うというわけだ」

 

 くつくつと、キャスターは妖艶に笑った。

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