偽典の聖杯戦争   作:tuki21

38 / 49
第36話:三日目⑧ 廃工場にて

 春日居市旧地区、廃工場。

 ニヒトの左手の甲。そこに刻まれた令呪は確かに赤い光を放った。その輝きはアルフレットの目にも確認でき、アルフレットはサーヴァントが来ることを覚悟した。

 アサシンはサーヴァントの中では直接戦闘力が低いとされるが、それでも並の魔術師では太刀打ちできない。

 そして令呪の補助を経て、空間を超越し、アサシンが現れた。

 顔の半分だけを白い髑髏の仮面で覆った黒衣の女暗殺者。その場所は廃工場の天井付近。すぐさまこちらの攻撃が届く距離ではなく。逆に相手からは全体の全てを俯瞰できる。

 

(シルト)

 

 アルフレットの判断は早かった。即座に攻撃を中止し、呪文を紡ぎ、アルフレットは自身と弟子たちの前方に霧の盾を造った。

 直後にアサシンから放たれた短剣(ダーク)がアルフレットの脳天と首、心臓を狙ってきたが、霧の盾によって弾かれた。

 その様子を見てアサシンは内心で舌打ちする。

 投擲の威力が落ちている。否、自分の霊基(れいき)が今この瞬間も蝕まれ、崩れ落ちようとしているのを感じる。

 毒だ。間違いなく、令呪で転移される直前に受けた怪物の体内で生成された、あの異常な強さの毒。あれが原因としか考えられない。そのせいで自分の能力が著しく落ちている。

 

「アサシン!」

 

 ニヒトの動きは迅速だった。両手の五指を素早く動かして、細かな編み目を形成する。

 空中の足場。アサシンはすぐさまマスターの意図を理解した。

 いったん霊体化を通して実体化し直すだけで傷を治す。ただしこれは外見だけ取り繕っただけだ。中身の傷は負ったまま。

 アサシンはマスターが作り出した足場を蹴りつけ、砲弾のようにアルフレットに向かっていった。

 アサシンの霊基は崩壊を始めている。だがこの場でニヒト(マスター)を抱えて離脱しても追撃がかかるだろう。

 ならば今は敵の首魁と目される、一際異彩で派手な男を仕留め、その混乱に乗じて離脱した方がいい。

 ニヒトもそう考えたのだろう。マスターのアシストを受け、ニヒトはアルフレットに肉薄した。

 

「―――――宝具展開」

 

 血飛沫が舞った。当時、アサシンが時間が停止したような静謐な感覚に包まれた。

 

「――――――え?」

 

 仮面の奥の口元から溢れ出るものがあった。

 赤い色、血だ。アサシンは自分の胸元を見た。そこにはあまり太くはないが、長い棒が突き刺さっていた。

 棒ではなく、それは槍だった。

 

「――――――」

 

 アサシンの顔から仮面が落ちた。地面に落ちた仮面は乾いた音を立てて割れた。

 視線を向けると槍は一人の男の手に握られていた。

 誰かは分からない。何しろアルフレットの弟子たちはすべて同一の背格好をしていたので、個別の区別などつかない。

 だがなぜただの槍がサーヴァントたる自分に傷をつけられたのか、それが疑問として沸いた時、その答えが目の前に現れた。

 男の姿が、変化していく。パリパリと、まるでテープを剥がすような現実感の無さで、男の輪郭が崩れ、その中から新しい男が現れた。

 外見は三十代の男。黒服もサングラスもない。

 逞しい身体に稚気にとんだ茶色の瞳、金の髪、身に纏うのは緑を基調にした革鎧。手にした槍の穂先が今、見事にアサシンを貫き、その霊核を砕いていた。

 その正体に、アサシンは気付いたが、理解できなかった。

 

「ライ……ダー……」

 

 これはおかしなことだ。ライダーは二日前に消滅している。アーチャーの弾丸を背中に受け、バーサーカーの一撃で断ち切られ、消滅したはず。その様はアサシンもこの目で目撃している。

 

「語ることはないよ。サクッと死にな」

 

 飄々とした、掴み処のない口調でライダーは言った。

 どうやらここまでのようだとアサシンは思った。

 己は死ぬ。その結末は変えられず、そして己が死ねばマスターも殺されるだろう。サーヴァントを失ったマスターは、同じくマスターを失ったサーヴァントと再契約を交わすことがある。

 この敗者復活を危惧して、サーヴァントを失ったマスターも殺すというのはあり得る話だ。

 だとすれば、このすぐにでも死に向かっている己にできることは何か?

 一つしかなかった。

 

「――――――仮想体廊(サバーニーヤ)

 

 槍を伝わって、アサシンの分身体が槍を伝わり、ライダーの手元で現出した。

 

「お――――――」

 

 前触れなく手元に出現したアサシンの腕に、ライダーは反応できなかった。

 魔力を振り絞った必殺の一撃はライダーの腕を掻い潜り、彼の胸にするりと侵入し、間髪入れずに心臓を握り潰した。

 

「か……ッ!」

 

 絞りだしたような声がライダーの口から洩れ、槍にかかっていた力が消えていく。アサシンはすぐさま槍を自分の身体から引き抜いた。

 視界の端でライダーが消滅するのが見えた。アルフレットは微動だにしないが、彼の弟子たちは動揺したようだ。

 今ここでライダーのマスターを葬り去るのは容易い。だがその場合、アサシンも消滅し、残されたマスターも殺されるだろう。アサシンの決断は早かった。

 背後に跳躍し、茫然としたままのニヒトを抱え、割れた窓から脱出した。

 

 

 アサシンとアサシンのマスターは逃亡した。では自分たちの奇襲は失敗だったのか? アルフレットの弟子たちの頭にはそのような危惧が浮かんだ。

 しかし彼らの師匠であり、ライダーのマスターであるアルフレットは涼しい顔をしていた。

 

「人が悪いぜライダー。すぐに復活できるのに、時間差かい?」

 

 消滅したサーヴァントに対して、英語で語りかけた。

 

「なぁに、アサシンがマスターを殺そうとするなら、ばっちり止めを刺しましたよ」

 

 飄々とした口調を伴って、今しがたアサシンに心臓を握り潰されたライダーが、そんな事実など無かったかのように実体化した。

 

「けどまぁ、油断しましたね。生前と違って、ポンポン生き返られるっての良くないなこれ。どうしても油断が出てくる」

「気を付けてくれよ? 残機は増えねぇんだからよ。しかし、アサシンを逃がしたのはいてぇな」

 

 苦い表情をして吐き捨てるアルフレットに対して、ライダーはそうでもないよと薄く笑った。

 

「この場に来るまでにすでに致命傷だった。さらにぼくの一撃が心臓を貫いている。そのうえで宝具まで使ったんだ。今消滅していないのが不思議なくらい。それに、あの女暗殺者がマスターを連れてどこへ行ったのか、予想はつく」

 

 その時、工場内を漂っていた霧の帳をかき分けて、アイリーンがやってきた。

 

「アルフレット様。アサシンと、そのマスターのホムンクルスですが」

「見つけたのか?」と日本語でアルフレット。アイリーンは肯いた。そこでライダーが口を出す。

「当てて見せよう。教会だろう?」

「そ、その通りです」アイリーンが驚いたように言った。ライダーは「大したことじゃないよ」と苦笑した。

「あのアサシンが、敵のマスターを殺せるタイミングを見逃してまでマスターの救助を優先したってことはさ、アサシンは一人でも多く敵を殺すんじゃなくて、一人でも多く生かそうとする思考だ。おまけに自分の寿命がすぐに尽きることも体感で解っているだろう。

 だったらマスターを連れていく場所は教会だ。マスターを説得して、聖杯戦争に脱落させるんじゃないかな? それこそ、敵じゃない者を一人でも多く生かそうとするために」

 

 いずれにしても、とライダーは続けた。

 

「アサシンはもう消滅する。そのマスターが生きていけるのか、ここで死ぬのかは分からないけどね」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 アサシンはニヒトを抱えたまま、春日居市を文字通り飛び回っていた。

 霧が街を包み込んでいる。その中を、家々の屋根を蹴りつけて跳躍しながら、アサシンは行く。

 向かう先は一つ。聖杯戦争の監督役がいる春日居教会だ。聖杯戦争のマスターは、サーヴァントを失った後、監督役の許へ行き、リタイアを宣言すれば教会で保護してもらえるという。

 もう己の霊基(からだ)は限界だ。一秒後に消えてもおかしくない。何しろ周囲の気配さえ探れない状態だ。

 そして自分が死ねばマスターも殺される。ニヒト(マスター)を救うには、監督役に保護を求めるしかない。

 

「アサシン、離してくださいアサシン!」

 

 腕の中でマスターが叫んでいる。アサシンは堪えずに屋根を蹴って跳躍した。

 

「アサシン! 下ろしてください! 君の身体は、もうボロボロじゃないですか! すぐに治療しなければ――――」

「――――――必要ありません。この体はすでに致命傷。分かるのです。すでに霊核が砕かれている。もう、(わたし)は助かりません」

 

 腕の中で、ニヒトが息を飲むのを感じた。そうしている間にも、アサシンは己の身体が鉛のように重くなっていくのを感じた。残された時間は本当に残り少ない。

 アサシンはどっと疲れを吐き出すようにため息を吐いた。そこにはかすかに血の臭いも混じっていた。いくら外見を取り繕っても、すでに致命傷を負っていることは察せられた。

 まだか、まだつかないのか。焦燥感にかられながら、アサシンはそれでも腕の中のマスターを(おもんぱか)った。

 

「――――――それより、マスターの顔色も優れません。申し訳ありません。病み上がりな上に、(わたし)が魔力を吸ってしまった。さらにライダーのマスターとの戦闘で、傷が開いている」

「そんなことは構いません。どうせ応急処置しかしていないのですから」

 

 アサシンに指摘されて、ニヒトは言われた通り、昨日セイバーの剣で貫かれた部分の傷が開いていることを自覚した。戦闘が始まる前に、麻酔代わりに痛覚を少し弄ったが、それが悪い方向に働いてしまった。自分が重傷を負っている身であることを失念していた。

 そして自覚した途端、傷口が熱を持ち始めた。

 

「――――――マスター。聞いてください」

 

 だがアサシンの声が耳朶を行った時、ニヒトの意識は持ち直した。

 そして地面に着地したのを体にかかる振動から察した。微かな呻き声がニヒトの唇から漏れた。

 ゆっくりと地面に下ろされたが、失血によって弱まった平衡感覚からか、ニヒトは膝を付いた。アサシンもまた膝を付き、目線をニヒトと同じくした。

 

「ここは……」

 

 周囲を見回してみると、そこはどうやらそこは教会の敷地内のようだった。後ろを見れば門を閉ざした教会があったので、前庭らしい。

 そして聖杯戦争に参加しているマスターなら、この教会が監督役の住む場所であり、一種の不可侵領域であることも理解していた。

 ここを訪れる理由は、聖杯戦争のルールの説明を受ける時か、聖杯戦争の運営に対して重大なイレギュラーが発生した時、もしくは監督役にリタイアを表明する時だった。

 

「――――――聖杯戦争をリタイアし、監督役の保護下に入って下さい」

「それ、は――――――」

 

 聖杯にかける願いを、なぜ自分が廃棄処分となったのか、存在の一切を否定されなければならなかったのか、その理由を知ることができなくなるということではないのか?

 愕然とした思いでアサシンを見ると、アサシンはゆっくりと首を左右に振った。

 

「―――――申し訳ありません、マスター。マスターの願い、その切実な気持ちは、(わたし)も共有しておりました」

 

 サーヴァントとマスターは見えないパスで繋がれている。だからマスターがサーヴァントの生前と夢として見るように、サーヴァントもまた、マスターの過去を夢として見ることがある。ニヒトがアサシンの生前を夢として見たように、アサシンもまた、ニヒトの過去を、アインツベルンのホムンクルス廃棄場から這い上がって生を掴んだその過去を、見ていた。

 そのことを理解してニヒトは言葉を失った。アサシンはそんなニヒトに語り掛けた。

 

「―――――亡くした本名を求める(わたし)が言えることではないかもしれませんが、過去ばかりに目を向けるよりも、これから先を、好きに生きればいいと思うのです。せっかく今、生きているのですから」

 

 そう言ってアサシンは微笑した。いつも半分だけとはいえ仮面をつけていた、それが彼女の初めて見せた笑顔だと、ニヒトは気付いた。

 

「……どうして、どうしてですアサシン? なぜここまで……。私と君はマスターとサーヴァント。それだけの関係のはずなのに、なぜここまでしてくれたのです?」

「――――――サーヴァントはマスターを守るもの、ですから。いえ、すみません。自分でもよく分かりませんが、ただ、マスターには、好きに生きてもらいたかったから、ですかね」

「私はもう、長くは生きられない」

「――――――だとしても、ここで死ぬことはないでしょう」

 

 ああ、もう時間がない。だから最後に伝えないといけない。アサシンは己のマスターに告げた。

 

「――――――最後に一つ。如月邸の当主は、屋敷の中で死亡していました。どうにも特徴のない男が、キャスターのマスターとして如月邸を我が物顔で占有しておりました。この情報を監督役に伝えれば、より扱いがよくなるかもしれません」

 

 この聖杯戦争は尋常ではない。それはマスターもサーヴァントも、全て知っていることだった。

 冬木ではない、偽りの聖杯戦争、その黒幕に対する手掛かりになるかもしれない。その情報をアサシンはニヒトに渡したのだ。

 

「――――――それではマスター。さようなら」

 

 そう言って、アサシンは消滅した。まるでそれを待っていたかのように、教会の扉が開かれた。ニヒトは扉の方を振り向いた。

 気づけば己の身体は鉛のように重くなっていた。開いた傷口から、相当な量の失血があったようだ。

 ぐらりと身体が傾いたのを、誰かが抱き留めた。今出てきた誰かだろうか? かすむ視界の中、それでも口を開いた。

 

「アサシンのマスターだった……。聖杯戦争のリタイアを表明する……」

 

 なぜ自分が失敗作として廃棄処分されたのか。その理由はこれからも永遠に分からないかもしれない。

 アインツベルンは滅んだ。自分のように、生き残ったホムンクルスがいるかもわからない。そして自分を造ったものがいなくなったのなら、失敗作の理由も、もう知るすべはない。

 意識が途切れる直前、脳裏にさっきまでこの世界に存在していた半分髑髏の女の姿が映る。

 根本に欠落を抱えたままなのは変わらない。けれど、聖杯戦争に参加する前と違って、その欠落を抱えたまま、それでも生きてもいいと思えた。

 まだ、もう少しだけ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。