偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第37話:三日目⑨ 作戦会議Ⅱ

 サーヴァントの気配が消えた。というランサーの報告を受けて、キャロルは教会の扉を開けた。

 万が一の時のために(つかさ)とセイバーには待機してもらい、キャロルは外に出た。

 春日居(かすがい)市の一部を覆っていた霧は出現と同じくいつの間にか消えており、キャロルの目の前には今にも死にかけた人影が一つ。

 人影がぐらりと揺れて、硬い地面に向かって倒れこんだ。

 一目見て尋常ではない様子だった。聖杯戦争の監督役という以前に、聖職者(シスター)としての使命感に突き動かされて、キャロルは人影に駆け寄った。

 受け止める。思いのほか軽く、しかし硬い体躯に軽く驚きつつ、キャロルは相手の顔を見た。

 銀色の髪の、人間離れした美貌――ただし人間味が薄い――は、人間ではなく、ホムンクルスだろうか。薄く開けられた瞼から、焦点の合わない赤い瞳がキャロルを見たように感じられた。

 

「アサシンのマスターだった……。聖杯戦争のリタイアを表明する……」

 

 かすれる声。だが確かにキャロルは聞いた。

 ホムンクルスが意識を失った。キャロルは急いでその体を教会に運び込んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 司は手持無沙汰になってしまい、落ち着かない様子で教会内の食堂の椅子に座っていた。

 隣には実体化したセイバーがいて、とっくに空になってしまったカップを手の中に包み込んでいた。

 

「司様、あの方は……」

「アサシンのマスターだ。だいぶ憔悴してたし、今にも死にそうだったけど、昨日の昼間あったホムンクルスに間違いない」

 

 一体何があってここに担ぎ込まれてきたのか。治療に当たる前に、キャロルは簡潔にアサシンが消滅し、そのマスターが保護を求めてきたと言っていた。

 そのままキャロルは何人かのスタッフとともに教会の奥に引っ込んでしまった。アサシンのマスターは重傷で、これから治癒魔術も絡めた緊急手術を開始するらしい。

 一体何が起こったのか、それを知ることができるのはアサシンのマスターが起きてからだろう。

 帰ろうか。もしかしたら、アサシンのマスターを追って、他のマスターとサーヴァントがここまでくるかもしれない。サーヴァントはサーヴァントの気配が分かるから、このままとどまっていると中立地帯であるはずの教会にサーヴァントがいるというおかしな事態に陥るかもしれない。

 だがそもそも教会(ここ)にはすでにランサーがいるのだから、今更サーヴァントの気配を掴まれたところでかえって開き直るだけだと考えなおした。

 

「いずれにせよ、サーヴァントが一騎脱落した。であれば、聖杯戦争も進展し、新たな局面を迎えることになりそうです」

 

 ランサーが実体化した状態で食堂にの扉を開けた。手にはティーポット。空になった司とセイバーのカップに新しい紅茶を注ぐ。

 

「シスター・キャロルは?」

「手術中です。私がいても邪魔なのでここに。何かあればすぐに駆け付けますが」

 

 ランサーは微笑しながら、テーブルの上に放置したままだった自分の分のカップにも紅茶を注ぐ。香りを楽しみながら一口。

 

「しかし治癒の魔術も織り交ぜた術式ですので、すぐに終わるでしょう。それまで待ちますか?」

「そうします。何があったのか知りたいし。情報の入手は早い方がいい」

 

 気づけば外はもう暗い。夜、即ち聖杯戦争の時間だ。だったら、教会からの帰り道で襲われるかもしれない。そうなればアサシンのマスターについて考えられる余裕はないかもしれない。得られる情報を逃す手はない。

 

「しかし、さんざんセイバーからもアサシンの宝具の詳細とその危険性を説明して貰っておきながら、まさかそのアサシンが脱落するとは。これもまた聖杯戦争ということかもしれませんね。であれば、このタイミングの悪さもありでしょう」

「こちらからすれば、いつどこから襲ってくるか分からない宝具に晒される危険性が一つ減ったので、安心感しかありませんけどね」

 

 場を持たせるための雑談だろうか。話を振ってきたランサーに対して、司も苦笑で返した。

 

「これで懸念するのはアーチャーの狙撃。できればアーチャーのマスターを特定して、彼らと一時的でも同盟を組みたいですね。幸いというべきか、組んで当たるべき危険な存在がすでにこの聖杯戦争に入るようですし」

 

 キャスターのことだ。もしもキャスターの真名が予想通りエキドナならば、彼女の子供たちである怪物は脅威になる。それことサーヴァント単騎で挑むには無謀すぎるほどに。

 それにキャスターの怪物はバーサーカーを連れ去った。どうしたいのか分からないが、バーサーカーの消滅が霊基盤に確認されていない以上、バーサーカーは生きているのだろう。

 だとすれば絶対に碌なことにならない。他の参加者にとっても、この街の人々にとっても。

 

「この聖杯戦争では危険が多い。であればこそ、せめて後ろから撃たれる危険は排除したい。分かります」

「ですが、狙撃を主戦術にしているアーチャー陣営に対して同盟を組む場合、問題が多くあると思います」

 

 セイバーも会話に参加してきた。司とランサーの視線が彼女を向いた。

 

「まずは裏切りです。後ろから狙われる心配がないと思わせておいて、こちらの頭をズドン」

 

 言いながらセイバーは右手で鉄砲の形を作って撃つ真似をした。気品がある佇まいなのに妙に子供っぽい。

 

「そして(わたくし)達はアーチャーのマスターの姿を見ていません。性別も容姿も、どんな人間なのかもわかりません。信用できるかどうかも」

 

 それもまた大きな問題だ。司はシスター・キャロルについては昔から付き合いがあるし、人柄もわかっているつもりだ。だからこそこうして同盟を組むことにしたし、セイバーもマスターが信用できる人柄だという、その言葉を担保にランサーとキャロルを信用しているふしがある。

 

「そして何より、アーチャーのマスターは今まで一度も顔を出していない。己の顔も、立場も、信念も見せない相手と交渉事は成立しません」

 

 断言するセイバーに、司とランサーが目を見張った。彼女は常にマスターの後ろに控えて司を支え、戦いとあれば前に出て彼を守っていた。今こうして自分の意見をここまで主張するのは珍しい。確固たる意志が彼女から感じられた。

 

「ええ、その通りです、セイバー。確かに貴方の言う通りだ。であれば、アーチャー陣営とは同盟を組むよりも、徹底して叩いた方が身の安全を図るという意味でも効率的かと」

 

 とにかく背後からの脅威はできるだけ早く取り除きたい。そのためには、アーチャーとそのマスターとの接敵は避けられそうにない。

 覚悟を決める必要がある。司がそう決意した時、やや憔悴した様子のシスター・キャロルが入ってきた。

 

「お疲れ様です。マスター」

 

 席を立ったランサーがそのままにされていたキャロルのカップに新しい紅茶を注いだ。ありがとうございますと礼を言って、キャロルは席について紅茶を口に含んだ。

 キャロルが一息ついたタイミングを見計らって、司が声をかけた。

 

「手術はどうなりましたか?」

「ええ。魔術も併用していますので、通常の術式よりも回復も早いでしょう。ただ意識はまだ取り戻していません。峠は越えましたが、目覚めるのは早くても明日になるでしょう」

「そうですか……」

 

 では今日はもう、アサシンのマスターから情報を得ることはできそうにない。結果的に無駄に時間を潰してしまったか。だとすれば、あまり長居をするべきではないかもしれない。

 

「しかし驚きました」

 

 だが急な手術で疲れていたのだろうか。愚痴をこぼすようにキャロルは言葉を続けた。

 

「アサシンのマスターのホムンクルス。かなり性能が高いですね。通常ならもう死んでいても不思議ではないのに、()は頑丈でした。手術直後の時点でもう呼吸も安定していましたし。意識を取り戻さないのは疲労によるものでしょう。先に述べた身体的特徴から、やはりアインツベルン製のホムンクルスなのでしょうね」

 

 ほとんど愚痴と独り言だったが、その中で司が予想もしなかった一言があったので、思わず聞き返してしまった。

 

()? アサシンのマスターは男だったんですか? 奇麗な顔立ちだったので、てっきり女の人かと……」

「男性型でしたよ。顔だけならやや陰と険のある美女なので間違えるのも無理はありませんが。っと、すみません、ちょっと無駄話をしてしまいました。もう帰るところだったのでしょう?」

 

 思わぬ大仕事に愚痴めいたことを口にしたことは自覚していたのか、司から目をそらして、キャロルはバツが悪そうに言った。司は気にするなとばかりに肩をすくめた。

 

「アサシンのマスターが目覚めないというなら、得られる情報もなさそうですからね。彼が目覚めて、有力な情報を手に入れられたのなら報告してください。いつの間にかだいぶ時間がたっていますし、今日はこれで失礼します。おやすみなさい、シスター・キャロル」

「ええ、おやすみなさい。司君」

 

 ぺこりと一礼して、司とセイバーは教会から退去した。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 バイクを使って司たちが向かう先は、市内のホテルではなく祠堂邸。

 

「司様、祠堂邸は結界も役に立たなくなり、工房としても使えなくなり、場所も割れています。他のマスターの襲撃に会う危険が極めて高いので、今戻るのは得策ではないのではありませんか?」

 

 バイクを走らせる中、背中からセイバーが語り掛けてきた。当然の疑問だと思いながら、司は返した。

 

「ちょっと屋敷に戻って、調べたいものがあるんだよ。如月(きさらぎ)邸。この春日居市の管理者(セカンドオーナー)、如月雷葉。あの人についての手記が、父さんの書斎に残ってないかと思ってね」

 

 セイバーがほかの学校以外でも“司様”といってくれた事にほのかな嬉しさを感じながら、言葉を続けた。

 

「雷葉さんのは子供のころに父さんに連れられてあったきりだから、正直話をしたこともない。魔術師といっても、次男と当主じゃ立場が違い過ぎるからね。だからどんな性格で、どんな行動方針なのか何も分からない。

 そりゃあ、キャスターを召喚したなら穴熊を決め込むかもしれないけどさ。――――まぁ要するに、敵を知りたいんだよ、その手がかりを掴みたい」

 

 と、前方の信号が赤になった。司はバイクを停車させた。エンジン音だけが静かな道に響き渡る。

 

「……セイバー、俺はバーサーカーを第一の討伐対象にしようと思う」

 

 怪物を生み出すキャスターでもなく、謎の復活を繰り返すライダーでもなく、恐ろしい狙撃手であるアーチャーでもなく、略奪と殺戮を行うバーサーカーを最初に倒すと、司はそう宣言した。

 

「それは、ご友人のためですか?」

 

 静かな、しかしエンジン音に負けないセイバーの声に、司は無言で首肯した。

 中園(なかぞの)さん。同じ大学に通う友達。他の二人と違って、春日居市新地区の自宅から通っているから、聖杯戦争に巻き込まれる危険があった。

 バーサーカーはどういうわけか意図して殺人と略奪、火付けを行っていた。この蛮行を繰り返せば、いつかはバーサーカーの炎が彼女を襲う。

 もし本当にバーサーカーのマスターがキャスターのマスターとも契約し、安定した魔力供給源を得られたのならばこの心配は杞憂かもしれないが、そうでない場合やそもそも魔力の補給、魂食いとは別の目的で蛮行を繰り返しているならば、今夜もまた火付けを行うのではないか。司はそんな想像を切り離せないでいた。

 

「ごめん、セイバー。セイバーには実体化して、アーチャーの狙撃を警戒してほしい。それはきっと、神経をすり減らすものだろう。だけどやってほしい。これは俺の我儘だ」

 

 セイバーはすぐには答えない。だが首を横に振ったのが気配から伝わった。

 

「司様、貴方様は私のマスターです。ならばもっと胸を張って、私に命じてくださればいいのです。私はセイバー。この手で振るう剣にかけて、マスターの命を遂行します」

 

 信号が青に変わった。司がバイクを発進させた。

 だから司は前を向いているから、セイバーの表情は分からない。けれどきっと柔らかく微笑んでいるのだろうと思った、

 

「ありがとう、セイバー」

「なんのなんの。この程度できなくて、最優のサーヴァントは名乗れません」

 

 身近な言葉に万感の感謝を込めた司に対して、敢えてセイバーは軽く請け負ったのだった。

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