アーチャー、ライダー召喚より時間は遡る。
魔術師は血筋と才能で決まる。それは嘘だと、アーノルドは知っていた。
彼の血筋は悪いものではなかった。七代続く魔術師の家系で、魔術回路も衰退の兆しも見せていない。
魔術協会にこそ所属していなかったが、アメリカという新天地でもこの血筋はよく
そう、自分もまた、前当主だった父よりも多くの魔術回路を身に着けて生まれてきた。
血筋は十分、その魔術基盤をさらに活かす才能にも恵まれた。その能力は、一つ上の兄よりも秀でていたと、自負している。
順当に考えれば、より能力に秀でた自分こそが、我が家の魔術刻印を受け継ぐにふさわしいはずだ。
なのに、何故だ――――。
――――図に乗るなよ、
黙れ。おれよりも一年早く生まれたこと以外、なんらおれより勝るところなどないくせに。
――――お前では駄目なのだよ。
生まれた順番なんて関係ないじゃないか。より優秀な方に遺産を継承させた方が、我が魔術の血筋はより長く、より強く受け継がれるはずじゃないか、親父。
魔術師は血筋と才能で決まる。そうじゃない、さらに、生まれた順番なんて糞みたいな要素が入ってくる。
ふざけるな、そんなこと、あっていいはずがない。そんなことで、より有能な才が消えるなど、あっていいはずがない!
だからアーノルドは、我が家を見限り、ある機関へと入りこんだ。
そこはアメリカ合衆国の暗部。そこには自分と同じように何らかの理由によって魔術の家から弾かれた者や、異端として排された者もいた。
魔術師、非魔術師問わず、様々な人材が集ったそこは、ある一つの目的のため動いていた。
第三魔法の解析という、目的のために。
目的のために、アメリカ合衆国、ネバタ州にある、スノーフィールドという名の土地を先住民から奪い、蹂躙し、弄り回して舞台を整え、偽りの聖杯戦争と、その後にやってくる本物の聖杯戦争を執り行い、第三魔法解析のためのステップを踏む、遠大な計画。
家を飛び出し、紆余曲折あった末に機関に入りこんだアーノルドは、この計画に心酔した。
もっとも、彼が心奪われたのは、第三魔法の解析ではなく、その前段階の、聖杯戦争だった。
万能の願望機たる聖杯をめぐる戦い。勝者に与えられる栄誉と、願望機という賞品に、目を奪われたのだ。
聖杯、それさえあれば、自分の名を永遠に刻むこともできるだろう。誰も見向きもしなかった、弟であるという理由から、目をそらし続けた世界に、己の存在を刻みつけることができる。決して消え去ることのない、忘れえることのない巨大な爪跡として。
アーノルドはこの計画に人一倍熱意を持って臨んだ。
その甲斐あってか、彼は本物の聖杯戦争のマスターの一人に抜擢された。
アーノルドは歓喜とともに計画の進行を待った。事実、このまま何事もなくことが進めば、同僚の一人であるファルデウスが行う宣戦布告によって、スノーフィールドで行われる偽りの聖杯戦争は問題なく始められるはずだった。
だがすべては瓦解した。極東の島国、日本で、スノーフィールドに先駆けて行われる聖杯戦争のせいで。
まったく前触れもなく、噂として立ち昇ったのが数か月前。実際に開催地として予告された春日居市には霊脈に異常が起こったらしい。
機関のエージェントが何人か先遣隊として現地入りしたが、皆帰ってこなかった。
結局機関の計画は、先んじて発生したこの聖杯戦争によって潰されたといってよかった。
政府はスノーフィールドでの計画を凍結し、春日居市の聖杯戦争に対しても静観の構えをとった。
結果、この偽りの聖杯戦争に割く戦力は、外部戦力として雇ったウィンクルード・アーマスと、彼のサポート要員だけ。ほかの人員は大統領直々の命令で、日本への渡航を禁じられた。慎重派の大統領は、無為に自分の手駒を失うことを恐れたのだ。
その時の絶望は筆舌に尽くしがたかった。
なぜだ。やっと展望が開けたではないか。己の存在を刻むチャンスが、なぜこうもあっさりと、しかも突然にふいになるのだ。
何のために、体に無理までさせて、実家から魔術刻印を取り返したと思っているんだ。組織の力まで借りて。下げたくもない頭を、ファルデウスに対して下げてまで!
全てはスノーフィールドで行われるはずだった、聖杯戦争のためじゃなかったのか。
聖杯戦争を行わないのならば、ここにいる意味なんかない。
「――――――――――――」
午前二時の丑三つ時。自分の魔力が最も高まり、安定する時刻。アーノルドは一人、鶏の血を使って書き上げた魔法陣の出来を確かめていた。
結局、アーノルドは機関を抜けることにした。
機関を抜け、合衆国を後にし、そして、日本にやってきた。この、予想外に降って湧いた、六回目の聖杯戦争に参加するために。
「よし、問題はないな」
魔法陣のできに満足し、いったん陣の外に出るアーノルド。
ここ千堂山は、春日居市の中では最も上位に当たる霊地だった。
ただし、その力は想像以上で、非常に濃い
そのため、春日居の
「…………」
アーノルドは無言で千堂山を見上げた。
石段が造られ、それが山の中腹あたりまで伸びているようだ。魔術で視力を『強化』して視てみたところ、山中には朽ち果てた寺院があった。どうやら、昔は寺があったらしい。
とはいえ、危険なのは山の敷地のみ、麓の雑木林は安定しているため、サーヴァント召喚にも十分だ。
そして、アーノルドはサーヴァント召喚のための『触媒』を取り出した。
それは一見すると、ただの古い布切れのようだった。
切れ端なので、全体像は分からない。ただ、元の形さえ分からない布の切れ端だというのに、信心深いものならばその場で膝をつき、祈りを捧げたくなるような清澄さ、神々しさがあった。
この触媒で召喚されるサーヴァントは、間違いなくトップクラスだ。
世界レベルの知名度はこの極東の地でも最高値をマークするだろうし、元々のステータスが高いのは間違いない。
この英霊の力ならば、或は、聖杯に手が届く。そう、確信させる代物だった。
胸の内を高揚が占めていくのを感じながら、アーノルドは詠唱に入った。
本来、この触媒はアーノルドが所属していた機関が、ひいては
これは、身一つで機関を抜けようとしたアーノルドへの、ある魔女からの餞別だった。
「あれ? あれあれあれ? 一人でどこに行くの、アーノルド君?」
機関を後にしようとしていたアーノルドの前に現れたのは、ゴシックロリータ風のドレスを着た少女だった。
いや、
名を、フランチェスカと言った。
「あれあれ? なんか失礼なことを思ったのかな?」
くるりとターンを一つ描き、こちらに近づくフランチェスカ。目の前に立たれて、じっと見つめられる。身長に差があるので、必然、彼女の方がこちらを見上げる形になっていたが、アーノルドの内心は蛇に睨まれた蛙だ。
こうして目の前にして、こちらの目をじっと見つめられるとより強く実感する。自分は被捕食者で、相手は捕食者。彼女がほんの少し気まぐれを起こせば、自分は殺される。こんなのと曲がりなりにも対等に話せるファルデウスやオーランドはどうかしてるとしか思えない。
「いや、何も……」
声に脅えが乗っていないことに感謝した。だがしかし参った。よりにもよって、脱走直前にこんな化け物に見つかってしまうとは……!
だがこちらの、声に乗っていない怯えを察知したのか、フランチェスカは笑う。笑い、笑い、そして、
「アハ! そんなに怖がらなくてもいいよー。別に私は君を取って食おうってわけじゃないんだから」
にこりと可憐に笑うが、それが擬態だとわかっている以上、不気味でしかない。
「日本に行くんでしょ? そこの聖杯戦争に参加しちゃうんでしょ?」
内心を言い当てられたが、動揺は少なかった。来ると、頭のどこかで思っていたからだ。
フランチェスカはくるくるとアーノルドの周りを回り始めた。からかうように、嬲るように。
「凄いよねー、勇敢だよねー。この国でもまったく状況分からないのに、それでも参加しようなんて! 私もそっとのぞき見しようとしたんだけどさ、なんか邪魔されて、うまくいかなかったんだよ。だから、アーノルド君、うまく帰ってこれたら、お土産話期待してるね」
うきうきと笑うフランチェスカ。
「……あんたは、参加しないのか?」
正直、こういう予想外のイベントはフランチェスカが好みそうな展開ではあった。だからそう問いかけてみたが。分かってないなーと笑われた。
「私は
からころと笑いながらそう告げるフランチェスカ。アーノルドは聞くだけ無駄だったことを確信し、彼女に挨拶をして去ろうと、そう思った。
だが次の瞬間、アーノルドの耳朶を打つフランチェスカの言葉は、彼の足を止めるに十分だった。
「でもアーノルド君、何の触媒も持ってないでしょ? そんなんじゃ、参加してもすぐに死んじゃうよ?」
フランチェスカの言う通りだった。アーノルドに機関が保管している触媒を手にするすべはなく、よって、彼は身一つで聖杯戦争の地まで行くしかなかった。
だがそれで構わなかった。己は確かに、世界に己の存在を刻みつけたい。だがそのチャンスをみすみす見逃すくらいならば、死のリスクが極限まで高まろうと、自分は機会を掴みたい。
「構わない。おれは、おれが望むままに生きる」
「わーかっこいー。男の子だね!」
もういいだろうか? そう言い残し、アーノルドは今度こそ去ろうとする。
だが今度もまた、その足は止まった。
「そんなアーノルド君に、プレゼント♪」
じゃーんとおどけた様子で、フランチェスカが取りだした
フランチェスカが取り出し、広げて見せたのは、一枚の布切れ。
古びた布切れで、それ自体に特に力は感じない。だがアーノルドは知っていた。それはサーヴァント召喚の触媒であり、その触媒で呼ばれる英霊は間違いなく、世界最高の知名度補正と、トップレベルのステータスを有していると。
「それ、は……」
「そ。これは、あの聖処女が振るっていた旗。その切れ端。間違いなく、これは触媒になるよね? だって生前、本人が戦場で使っていた品だもの。縁はできてる」
「それ、を……」
自然、声もかすれていた。目の前の現象が理解できない。
「プ・レ・ゼ・ン・ト♪ 欲しい? 欲しいよね? だってこれがあれば、アーノルド君の生還率と勝率がぐっと上がるもんね」
その通りだ。だがアーノルドは差し出された触媒を手に取ることができなかった。
この魔女が、何の見返りもなくこんな一級の触媒を渡すとは思えない。
「じ、条件があるんじゃないのか?」
舌がうまく回らない。突然の事態に、喉がひりついてしまっている。
「条件っていうかね。お願いがあるんだよ。この触媒で、
「バーサーカーを……」
バーサーカーは、英霊に狂化を付与し、ステータスを底上げする代わりに理性を奪う諸刃の剣だ。
狂化の影響でたとえステータスがアップしても、消費される魔力量は大きく増えるし、理性がないから考えて行動することができない。
半面、裏切られる心配がほぼないというメリットもあるにはあるが、この英霊ならばそんなことをしなくても十分強力なサーヴァントだ。
弱いサーヴァントを強化するという、バーサーカーの本来の用途にそぐわない。
「何故、そんなことを?」
だから、問いかけてみる。するとフランチェスカは、輝かんばかりの笑顔でこう答えた。
「勿論! 意に沿わぬ、誰もが何も見通せない、偽物で異端の聖杯戦争の中で、あの聖処女が、あの輝かんばかりだった
結局、アーノルドはフランチェスカの“お願い”を聞き入れた。なんだかんだ言って、第一級の触媒は魅力的だったからだ。
今この一瞬だけは、
奪い取った魔術刻印が疼く。既に成人した段階で魔術刻印を移植するのは相当無理をした。おかげで魔術刻印が不定期に疼き、痛みを与える。
常人ならば常時悲鳴を抑えられない代物だが、アーノルドは魔術と薬で痛覚を操作していた。それでも減衰しきれない痛みがあるが、アーノルドにとって、この痛みは心地のいいものだった。自分が手に入れた、正当な遺産の存在を感じられるから。
召喚の儀式はつつがなく進んでいく。そして、ついにその時がやってきた。
サーヴァント召喚の呪文。本来は追加する必要のない一説を付与する。
「――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」
サーヴァント召喚に際して、アサシンと同じくクラスをあらかじめ決められるバーサーカー。召喚の際に狂化を付与する詠唱を加える。
そして――――
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
召喚は成功した。魔法陣から突風と閃光、そして稲妻が迸る。
召喚される英霊は決まっていた。そのための触媒だ。そこにフランチェスカの嘲りと悪意が込められていようが知ったことではない。そもそも、それらは自分ではなく、この英霊に対してだ。
ジャンヌ・ダルク。それが、この触媒で召喚されるサーヴァントの真名だ。
彼女ならば、たとえバーサーカーとなり果てても、能力としては申し分ないだろう。
閃光が収まり、辺りが静かになる。そして、
はずだった。
「何……だと……?」
バーサーカーの召喚には成功した。だが、静かに立つ存在を前にして、アルフレットは困惑の表情を浮かべていた。
いくつもの可能性が頭をよぎったが、最終的に、彼が言葉にできたのは一言だけ。それも返答など望むべくもない物だった。
「お前は、誰だ……?」
召喚されたバーサーカーは、