偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第38話:三日目⑩ 追憶

 春日居(かすがい)市、新地区、祠堂(しどう)邸。

 バイクのエンジン音が、日が暮れて閑静になった住宅街に響き渡った。

 祠堂(つかさ)はバイクのスピードを落として我が家の敷地内に入った。

 屋敷の防護を司る昨日はランサーの襲撃で機能を低下、ないし失っているが、敷地内の異常――轟音など――を外部に漏らさない結界はまだ働いている。そのためバイクのエンジン音も外にもれなくなった。

 所定の場所に止めて、司とセイバーはバイクを降りた。

 セイバーは私服姿だったが、自分と司の周囲の剣を出現させた。姿の見えないアーチャーを警戒しているようだ。

 司もそれが分かっているのでそそくさと屋敷の中に入った。ドアを閉めた途端、セイバーが息を吐いた。やはり教会からの帰り道、彼女はアーチャーの狙撃を警戒していたのだろう。

 

「セイバー。俺はこれから父さんの書斎に行くよ」

如月雷葉(きさらぎらいは)様について調べるのですね?」

 

 如月雷葉。この春日居の土地の管理者(セカンドオーナー)。この偽りの聖杯戦争を行うにあたって、一番重要なのは聖杯を降臨させるための霊地の確保だ。

 下準備も含めて、非常に大がかりな時間と労力をかけるはずだ。だとすれば、部外者が管理者に気づかれずにそれらの準備を行えたとは思えない。

 土地の提供者として、まず間違いなくこの聖杯戦争の開催に関わっている。黒幕側だ。少なくとも司は半ば確信している。

 シスター・キャロルが言っていた、如月雷葉がキャスターを召喚し、聖杯戦争への参加を表明したという事実。キャスターの宝具が子供を()()のなら、“産場”が必要だ。如月邸の敷地内ならば、それも可能だろう。

 

 しかし司は如月雷葉のことを致命的に知らない。今はほぼ途絶えてしまっているが、昔は如月と祠堂の家にも魔術師同士の親交があったらしい。実際、まだ幼いころ、司は父に連れられて如月雷葉と会ったことがある。

 あれはいつだったか。そう、自分が、一般人ではなく、祠堂家の次男、兄の予備として、魔術を学ぶことを決めた頃だったと思うのだが――――――

 

「司様? いかがなされましたか?」

「あ、いや……」

 

 物思いに耽っていた司の耳朶を、セイバーの優しげな声が叩いた。

 

「ごめん、なんでもない」

 

 思考を切り替える。今は昔に浸っている場合ではない。現在の危機的状況を打開するための方策を探し出すのだ。

 

「書斎に行こう」

 

 父の書斎は工房として機能はしていない。鍵もただの物理的なもので、それも今は掛けられていなかった。調べ物があれば調べればいいと、そう言って鍵を掛けずけずに出ていったのだ。

 

 扉の向こうは暗い。手探りで壁のスイッチを押して、電気をつけた。

 照明は最小限に抑えられており、部屋の隅は薄暗いままだ。

 だが調べ物をする分には支障はない。司は父親が使っていた書斎の机に近づいていく。

 工房でもないので魔術的な鍵はない。引き出しを開けて中を確認していく。

 求めているのは父親が書いた日記だ。それも最近のではなく、最低でも十年以上昔だ。

 春日居市の管理者。如月雷葉について書かれた記述。それを求めていた。今でこそ疎遠となり、親交もないが、まだ司の年齢が一桁だったころは土地を納める管理者と、その土地に移り住む魔術師の一家として、交流があった。

 特に父は如月雷葉とウマがあった。魔術師というのを抜きにしても、その交流は友人関係だった。

 今現在、如月家は当主のみが屋敷に住んでおり、当の如月雷葉も屋敷に引きこもって表には出てこない。

 何があってそうなってしまったのは分からないが、少なくともかつては社交性があったはずだ。

 その時のことでも書かれていれば、少しは敵を知る手掛かりになるかもしれない。

 淡い期待をもって、手帳を手に取ってみると、それは残念ながら祠堂家の家系図だった。そっと引き出しの中に戻す。

 

「父さんは、日記を書かなかったのかな?」

 

 日記とはいかなくとも、日々の記録を書き留めるくらいはするかと思ったが……。

 思案しながら机の引き出しを次々に引き開けていく。

 

「お?」

 

 最後に開けた引き出しの奥の方に、黒革の手帳があった。

 

「これは……」

 

 引っ張り出して開いて見てみれば、これこそが目的の物だった。

 

「父さんの日記。それも古い」

 

 これなら目的の物があるかも。そう思ってめくっていくと、あった。

 

「これだ……」

 

 その手帳には、如月家と祠堂家の交流について書かれていた。書かれている如月雷葉の人柄は穏やかだが芯が強く、魔術に対しては厳格。それでいながら表の顔を保つことも忘れない。

 およそ現代に適応した魔術師としては完璧だったといっていい。父は、如月雷葉のことをそう評していた。

 

「…………」

 

 思い出す。司も、父と兄に連れられて、如月雷葉と会っていた。会食の際に父が紹介したのだ。後継者と目されている兄と、その予備である自分。どちらも魔道に足を踏み入れたため、紹介したのだった。

 あの頃の草薙雷葉はまだ壮年で、一本芯が入ったように背筋を伸ばした男性だった。

 やや白いものが混じり始めた髪と髭、シックな装い。草原に佇む大樹を想起させた。

 無言で、司は手帳のページをめくる。

 

 

 本日、如月家当主と初顔合わせだ。この土地の管理者。移り住んだ我々としては失礼のないようにしたい。

 

 

 そんな当たり障りのない文言から始まって、父の如月雷葉に対する印象が綴られていた。

 どうやら父も司と同じような印象を抱いたようで、如月雷葉からは大樹を連想したらしい。

 父と雷葉の交流は、そのまま祠堂家と如月家の交流だった。次男である司が同席したのは数えるほどしかなかったが、この頃の如月雷葉は魔術師であることを覗けば非の打ち所の無い人物で、表の顔もあり、評判も良かった。

 父もそんな如月雷葉に対して好印象を持ち続けており、彼のことを悪く言う記述はなかった。

 

「普通、隠し事を記すのが日記や手帳の類。それなのに相手を貶めたり罵る言葉を書かなかったのなら、如月雷葉という人物は本当に好人物だったのでしょうね」

 

 まだ会ったことのない如月雷葉の人柄に思いを馳せたのか、司の横から手帳をのぞき込んでいたセイバーがそう言った。

 過去を手繰る。朧げな過去を。

 

「うん。俺が覚えているのはほとんどないけれど、この頃の如月雷葉は人格者で、社会に適応していて、さらに穏やかだった。雷も、葉も似つかわしくない、どっしりと構えた大樹みたいだったよ」

 

 だがそれはすべて過去だった。今の如月雷葉は外界との接触を完全に断っている。

 

「魔術師として、父さんや兄さんとの交流は勿論、一般社会にも顔を出さなくなった。何があったのか、俺もよくは知らない。そして再び魔術世界に顔を出したのが、この偽りの聖杯戦争。だけどその姿を見せてはいない」

 

 声だけで、電話越しで、教会に参加の表明をしただけだ。

 ページをめくる。如月雷葉に関係のない記述は飛ばして、時を辿っていく。

 しばらくめくって、手が止まった。日付は十年前。

 

「これは……」

 

 

 魔術師は弟子や後継者を大切にする。これはもはや常識だ。我々は、常に次代に受け継いでいく存在なのだから。だがだからといって、伴侶の死も軽んじられるものではない。

 雷葉の奥方が亡くなったという。末期癌で、発見された時にはすでに手遅れ。科学の手による治療を拒んだ奥方の望みを受け入れて、雷葉は魔術による痛みの緩和のみ行ったらしい。穏やかな死に顔だったのがせめてもの救いか。

 私の目から見ても、彼は奥方を深く愛していた。そこに魔術師の顔はなく、あるのただ、妻を愛する夫の顔だ。

 ……白状すると、奥方の死を嘆き、悲しみに暮れて魔道の探求への足を止めてしまった雷葉を、不甲斐ないと思う心がなかったといえば嘘になる。

 だが同時に羨ましかった。そうやって妻の死を嘆けるということは、それだけ奥方を愛していたからだ。私はどうだろうか? 私は、仮に妻が死んだとして、彼のように悲しめるだろうか?

 妻を愛していないのかと言われれば否定するだろう。だが愛しているかと言われれば、一瞬の間があるかもしれない。

 私にも子供がいる。息子が二人に、娘が一人。長女はいずれ他の魔術師と婚姻を結び、その家に嫁ぐだろう。完全な政略結婚だ。

 息子二人のうち、長男は祠堂家の魔導を受け継ぎ、次男はその予備だ。長男に何かあった時、代わりに祠堂を受け継ぐのがあの子となる。

 子供たちの扱いに疑義はない。長子達に選択の余地はなく、次男も魔術に関わるとあの子自身が決めたのだから。

 だが妻はどうだろうか? 魔術師の妻となった彼女は、それ以前に、この私の妻だろうか? 少し、私は私を見つめ直す必要がありそうだ。

 

 

「…………」

 

 父がこんなことを考えているとは知らなかった。司から見て、母と接する父は厳格な父であり冷徹な魔術師だったと思う。それでも父の胸中にはそのような想いがあったのだろうか。思うに、自分は父のことを何も知らなかったかもしれない。

 

「司様、その……、お母様は?」

「数年前に死んじゃった。まぁ、突然死ってわけじゃなかったから、受け入れるだけの時間はあったけどね。少なくとも、俺も兄さんも、姉さんも、父さんも、全員この書記にあった如月雷葉のような取り乱し方はしなかった」

 

 少なくとも司にはそう見えた。だがこの手帳を見てしまうと、父の内面を推し量りにくくなる。

 と、ふと気づけば隣のセイバーが委縮してしまっていた。

 

「セイバー?」

「あ、あの、申し訳ありませんマスター。不躾なことを聞いてしまいました」

 

 どうやら母親が死んでいたことが想定外で、思いのほかショックを受けてしまったらしい。母のことはすでに司の中で折り合いが付けられていて、過去のことになっていることなので、そう畏まられるとかえって悪い。

 司は苦笑して、

 

「そう気を使わなくていいよ。母さんのことは、俺の中でもう整理のついたことだから」

 

 それよりも今は、如月雷葉の情報が欲しい。司はさらに手帳のページをめくった。今度如月雷葉についての記述を見つけたのは、今から八年前の日付。

 

 

 再三に渡って言うことだが、魔術師は弟子や後継者を大切にする。

 自身の魔道の続きを歩んでくれる後継者。この存在無くして魔道はない。いつか、やがていつかはと、見果てぬ星に手を伸ばすように、我らは歩き続けるのだ。

 だからこそ、如月家には同情せずにはいられない。たとえ雷葉が望んでいなくてもだ。

 雷葉の息子が死んだ。不可解な言い方だが、息子に移植した魔術刻印が、急に拒絶反応を起こしたのだという。伝え聞く限り、私にもそう思えた。非常に不可解なことだが。

 妻に引き続きの悲劇に、私もわがことながら言葉を失った。

 一人息子を失い、同時に後継者を失った雷葉は、魔術師としても、親としても何もかもを失ってしまった。そのように見えて仕方がなかった。

 かける言葉が見つからなかった。それ以後、雷葉は屋敷に引きこもってしまい、誰とも会おうとしない。

 現代を生きる魔術師として心がけるべき、一般社会へと折り合いをつける表の顔さえ演じられなくなっていた。

 

 

「そうだ。それで如月雷葉は外界との接触を断ってしまったんだ」

 

 妻と息子を立て続けに失い、魔術師としてのその先さえも失って、如月雷葉の心は完全に折れてしまった。

 しかし、本当に如月雷葉がこの聖杯戦争に関わっているのなら、ここで終わっていないはずだ。必ずどこかに再起する場面があるはず。

 一縷の望みをかけて、司はページをめくる。もう残りのページも少ない。空振りだったか、そう思った時、開いたページにある言葉が飛び込んできた。

 

 聖杯戦争。

 

「!?」

 

 当たり(ビンゴ)か。そう思った瞬間、身体を悪寒めいた寒気が走った。

 なんだろうか? そう思って顔を上げた刹那――――――

 

「マスター!」

 

 緊急のセイバーの声。気付いた時には司の腰にセイバーの手が回されていた。

 

「え――――?」

 

 呆けた声は置き去りに。辛うじて手帳は保持した状態で、司の視界が回った。

 思考は追いつかないが、身体は反応した。司はほとんど無意識に魔術回路を励起させ、流れるように『強化』の魔術を発動。文字通り強化された視界でとらえるのは、本棚、机、天井、そして一回転して床。

 その床に、いた。

 書斎の照明、薄暗いその光が届かない部屋の隅や、家具の隙間、照明を遮る場所。つまり影の中に、()()()()と蠢く影。何十何百、といるそれらは一見すると黒い小さな塊、その集合体にしか見えない。

 だがより目を凝らしてみると、それらの一体一体の姿が見えてくる。

 

「蟹?」

 

 黒いから細部は分からないが、蟹のように見える。

 ()()()()()()()()。セイバーが床に着地するのと同時に、蟹の群――というのもおこがましい、悍ましい何か――は影の名から光の下に這い出してきた。

 

「司様、つかぬ事をお聞きしますが、これらはこの家の使い魔か何かですか?」

「まさか。うちで使ってる使い魔は鳩だよ」

「ならばこれらは―――――」

「間違いなく、キャスターの、エキドナの子供たちだ」

 

 司が言った瞬間、黒い蟹たちが蠢く。何匹かが飛び出した。

 

「!」

 

 (マスター)の命令を待たずに、セイバーが跳躍。ガラスが割れ、セイバーと、わきに抱えられたままの司が外に飛び出した。

 蟹の群が追う。先行して飛び出してきた数匹に向けて、司が右手を翳した。

 

銃身展開(バレルオープン)発射(シュート)!」

 

 翳された右手から炎が溢れ出し、その一部が弾丸となって放たれた。弾丸は七発。それらは飛び出した蟹に直撃し、その身を炎上させた。

 

「脆い?」

 

 仮にもサーヴァントの宝具によって生み出された怪物ならば、この程度の魔術では牽制程度にしかならないはず。司はそう思ったし、少しでも足を止められればという判断で放った炎弾だった。

 が、実際は当たった蟹は炎上し、地面に落ちてしゅわしゅわと泡となって消えてしまった。

 あっけなさすぎる。意外性に司は一瞬だけ呆然としてしまった。その間にセイバーが再度跳躍し、蟹の群から距離をとる。

 瞬間、セイバーが切り開いた窓だけでなく、外に面していた全ての書斎の窓から蟹の群が洪水のように飛び出した。

 いったいどれほどの数があの書斎に潜んでいたのかと言いたくなる、津波のような怒涛の群。一匹二匹を倒しても焼け石に水でしかない。

 

「いや違うな。こいつらは群体。触れて、群れることが特色なのか?」

 

 だとすればこれらを全て倒さなければならないのだろうか? この、万にも届きそうな蟹の群を?

 

「セイバー、下ろしてくれ。この敷地の結界はまだ生きている。ここなら被害は外に漏れない。こいつを、外に出してはダメだ」

「かしこまりました」

 

 鎧姿にその身を換装し、剣と茨を現出させて、セイバーは険しい顔でそう言った。

 夜はまだ長い。聖杯戦争三日目は、まだ終わりそうにない。

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