偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第39話:三日目⑪ 強襲

 かつて、神話の時代。

 ギリシャ神話の英雄ヘラクレスは、狂気にかられ、我が子や異父兄弟の子を殺害してしまう。

 その贖罪のために英雄は十二の難行に挑んだ。

 その一つに、猛毒ガスを吐き、九つの首を持つ大蛇、ヒュドラの討伐があった。ヘラクレスは苦戦の末この怪物を打倒するが、その際にヒュドラの援軍として現れた巨大な蟹がいた。

 巨蟹カルキノス。

 無情にもこの蟹は助太刀に来たものの気にも留められずにヘラクレスに踏み潰されてしまったが、その蛮勇ともいえる友情に心打たれたか、神々はこの蟹を星にして、現代では王道十二星座の一つ、蟹座として夜空に輝いている。

 そのカルキノスこそが、今宵祠堂(しどう)邸に忍び込み、強襲をかけてきた怪物だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市、新地区、祠堂邸、中庭。

 夜空を、司を脇に抱えたセイバーが舞う。

 打ち出した剣を足場に軽やかに踊りながら、視線は書斎から出てきた蟹の大群に固定。七本の直剣を蟹群に向けて撃ちだした。

 ()()。土塊を舞い上がらせ、剣が蟹達を切り裂き、砕き、磨り潰していく。

 だがいくら何でも数が多すぎる。一塊、二塊、それらを砕いたところでキリがない。

 着地したセイバーを追って、小蟹達が進軍する。黒い群体がざわざわと蠢くさまは不気味で、蟹達の目が無機質な其れなのもまたその印象に拍車をかける。

 

「セイバー、ただ攻撃するだけじゃ効果は薄い。一網打尽にできないだろうか?」

「確かに(わたくし)もそう思いますが、私の宝具では一網打尽にするのは難しく」

 

 確かに、今まで司が見てきたセイバーの宝具は無数の剣と影絵の茨の二つ。彼女が真名を明かさないためこれ以上の手札がないとは言い切れないが、これらでは大量に出てきている小蟹を殲滅するのは難しいかもしれない。

 だが司はセイバーの宝具について、ふと思いついたことがあった。自身も炎の魔弾を放ちながら蟹達を牽制しつつ、司は自分の考えをセイバーに訊ねてみた。

 

「それは――――――できるかもしれませんが、その分マスターの負担が大きくなります」

 

 司の魔力消費量のことだ。それくらい覚悟の上だった。

 

「やってくれ、セイバー」

「かしこまりました!」

 

 司の覚悟を受け取って、セイバーも力強く頷いた。

 彼女は一端司を下ろして、膝を付いた状態から両手を地面につけた。

 動きを止めたセイバーと司に向かって、蟹達がざわざわと向かってくる。

 

「行きます!」

 

 掛け声とともに、セイバーの全身から魔力が迸る。司は己の身体から魔力が抜けていくのを感じながら、その光景を見た。

 セイバーが地面に接した掌から、無数の黒い茨が湧き出した。

 それはセイバーが幾度も行使した影絵の茨。群れとして出てきた茨は幾重にも枝分かれし、地面を這い進んだ。

 二次元の茨は影だけが地面を走り、小蟹達の直下を進んでいく。

 蟹達も自分たちの足元を通過していく、触れられない茨に気づき、進軍の足を止めて下を向いた。ように司には見えた。

 さらに茨は二次元のまま縦横無尽に駆け巡り、やがて非常に細かな編み目を造り出した。

 

「はぁ―――――!」

 

 気合の一声とともにセイバーが地面から手を放し、大きく体を振り上げた。その様は大きくて重いものを渾身の力を込めて振り上げるものであり、そして事実その通りだった。

 セイバーの手元に繋がっていた二次元の茨は、その瞬間に実体を持ち、三次元の世界に干渉しだす。

 引き上げられた茨は編まれた網目に沿って、巨大な網となって地上に蔓延(はびこ)る小蟹の大群を()()()()()

 司がセイバーに提案した一網打尽の方法がこれだった。群の全てではないが、これでかなりの数の蟹が網にとらわれた。しかも急に密集した蟹達のうち何割かはお互いに押し付けられ、潰れた。元々ヘラクレスに一顧だにされずに踏み潰された逸話を持つため、このような叩きつける、押し潰す攻撃には一際弱いのかもしれない。

 吊り上げられた蟹の群は頂点まで上昇後、一瞬だけ静止する。

 

「ああああああああああああああ!」

 

 裂帛の気合と、『無辜の怪物』スキルによる本来のスペックを上回る怪力を用いて、セイバーは渾身の力を込めて捕えた蟹の大軍を、掬いきれなかった蟹群に向けて振り下ろした。

 ぐしゃりと、耳を覆いたくなるような、胸が悪くなるような音と、地響き、そして土煙を上げて、蟹の群が蟹の槌によって叩き潰された。

 

「今!」

 

 そして司もこの機を逃さない。両手を眼前で合わせて、両手に宿らせていた炎を一つにした。

 

「砲門製造、砲身固定、腔線作成、砲弾装填。準備完了(セット)。――――主砲展開(カノンバレル)発射(シュート)!」

 

 司の両手の炎が巨大な火炎となって()()された。

 まさに砲撃を思わせる轟音と熱量の一撃が、セイバーによって叩き潰された蟹の群に追撃として叩き込まれた。

 着弾。炎上。炎の柱が上がり、蟹達が泡のように溶けていく。

 

「これで――――」

 

 倒した。そう思った司だったが、セイバーは険しい表情を崩さない。

 

「セイバー?」

「まだ気を抜いてはいけません、司様。あの怪物は、まだ滅んではいません」

 

 セイバーの視線の先で、泡となった蟹の群が、蠢きだした。

 

「!」

 

 息を飲む司の眼前で、蠢く泡は生き物の出来損ないのようにぎくしゃくと、不出来に蠢きながら寄り集まっていく。

 やがて一か所に集い、固まっていく泡は明らかに固形物になっていき、()()()()()()

 そこにいたのは象を上回る巨体を手にした蟹だった。

 黒く、ごつごつとした外骨格、その巨体を支える八本の足は一本一本が司がすっぽりと入りそうなほど太く、蟹の代名詞である腕の鋏は腕を含めて四本に増えている。

 異形の巨蟹。これこそが、怪物カルキノス――その意味はそのもの“蟹”だ――の本領発揮というところか。

 

「マスター、下がって!」

 

 司に後退を促して、セイバーは地を蹴った。大蟹との距離が一気に縮まる。

 

「――――――――――――!」

 

 司の聴覚に叩きつけられたのは耳を覆わんばかりの咆哮。身を震わせるのは目の前の大蟹。口から泡を噴き出しながらなので、くぐもった咆哮だったがだからこそ不気味だった。

 

 蟹の鋏が振り下ろされる。

 一回、二回、三回。四回。四つの鋏を、セイバーがステップでかわす。同時に剣を鋏の関節部分に向けて射出した。

 鋏一つにつき二本ずつ、計八本の剣が向かうが、カルキノスは八本の足を実に器用に操って真横にスライド。剣を躱しながら、最もセイバーに近い足を振るった。

 巨大な柱が迫るような圧迫感。だがセイバーに焦りはなく、躱された剣を冷静に操作する。

 剣は翼が生えたように飛翔し、巨蟹の目に迫った。蟹が鋏を振るって剣を叩き落とすのをしり目に、セイバー自身は迫る足を軽やかに躱しながら、左手から延ばした影絵の茨を巨蟹の鋏の腕部分に巻き付けた。

 自分の腕に巻き付いた異物に気づいたか、巨蟹が不快気に茨が巻き付いた腕を体の外側に向けて振るったが、その腕が急ブレーキをかけられた。

 無論、セイバーの仕業だ。彼女は己の膂力を最大限に発揮し、鋏に巻き付けた茨を引いて巨蟹の動きを制限した。

 生前の彼女が持ちえなかった驚異的な膂力。『無辜の怪物』スキルの賜物(たまもの)

 セイバーと巨蟹の力関係が拮抗する。その瞬間、巨蟹の頭上から直剣が射出され、()()()によって動きが止まっていた鋏の関節部に直撃。接合部を貫かれた蟹の腕が、セイバーの膂力によってあっさりと折れ砕けた。

 鋏ごと、巨蟹の腕が宙を舞う。が、腕は空中で泡のようになった。

 一体どういうことか、司が『強化』の魔術を使って見てみたところ、泡に見えたのは無数の小蟹の群。群れはそのまま這うように地面を移動し、大蟹に接触、その瞬間に自らの身体を泡とした。

 泡は自立して蟹の身体を這い上がり、切断された腕にまとわりついたと思えば腕と鋏の形を成した。

 再生だ。元が小蟹の群。エーテルという仮初の身体を得たこの怪物の、これこそが真骨頂だろうか。

 だとすれば切断を主な攻撃手段にしているセイバーとは相性が悪い。どうするべきか思案した瞬間、蟹の動きが止まった。

 そのままその全身が崩れた。いったい何が起こったのか。目を凝らせば巨蟹は元も子蟹の群に戻っていき、そのまま潮が退くように後退を始めた。

 一体どういうことか、司とセイバーが呆けている間に蟹達は夜の、街灯が届かない闇の中へと去っていってしまった。

 突然の撤退。だがなぜいきなり下がったのか。セイバーにはその理由が分からなかったが、司は()()()()

 この巨蟹は()()()()()()()()。次に来るものに、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「セイバー! 来るぞ!」

 

 何が来るのか、司は明瞭に口にしなかったが、怪物の主、即ちキャスターが昨日()()()()()()()()、そこに思い至れば答えは簡単だった。

 

「ッ!」

 

 セイバーはマスターを守るために地を蹴って後退し、司のそばについた。

 油断なく剣を構えた直後、上から()()が来た。

 

「■■■■■■■■■■――――――――――――!」

 

 頭上から降ってくる世界を振るわせる咆哮。それは聖杯戦争が始まって以来、逐一聞いてきたものだった。

 巨大な存在感が空から着地し、土塊が舞う。

 土砂をかき分け現れたのは、炎を噴き出す身体を黒銀の鎧で包み込んだ、武骨で凶暴な戦士。

 

「バーサーカー!」」

 

 その正体をセイバーが口にした瞬間、バーサーカーは炎と咆哮を荒れ狂いさせながらセイバーに向けて肉薄した。

 炎を纏った魔剣が力任せに振り下ろされる。セイバーは担い手のいない直剣をバーサーカーの剣の側面から当てて逸らして直撃を避け、そのままステップでバーサーカーの、剣を持っていない方の側面へと回り込んだ。

 しかしバーサーカーは猛獣のような唸り声を上げながら、無手の左手をセイバーに向けて突き出した。

 

「ッ!」

 

 突き出された腕から炎が生えてくる。

 絡みつく蛇のように炎がセイバーを狙う。

 バーサーカーの炎は宝具だ。その炎はセイバーの茨のように物理的な干渉能力を持ちながら、同時に炎本来の性質、即ち熱をもってこちらを焼いてくる。

 捕まれば継続ダメージに加え、さらなる苛烈な追撃を受けることは必至。

 セイバーの周囲を、彼女の剣が舞う。まるで見えない使い手がいるように剣が踊り、炎と切り結ぶ。

 だが威力が足りない。切り結べたのは僅かな時間。しかしそれで十分。切り結んだことで空いた隙間を縫うように、セイバーが地を蹴り、身をひねりながら低く跳躍する。

 炎を抜け、伸ばした茨をバーサーカーの左足首に巻き付けた。

 地面を転がりながら、渾身の力を込めて引く。バーサーカーの身体が寄れてバランスが崩れたその瞬間、首を狙って飛来する三本の剣。

 

「■■■■■■■■■■――――――――――――!」

 

 咆哮が轟き、バーサーカーの足元が()()()()

 距離を取った司にはそうとしか見えなかった。だが何をしたのかは理解できた。規模は及ぶべくもないが、自分の似たようなことをアサシンのマスターとの戦いで行ったからだ。

 バーサーカーが己の宝具の一部を足下で爆発させ、その爆発を推進力に強引にセイバーとの距離を詰めた。さらに体制を整え、上半身のバネだけを使って大きく振りかぶった一撃をセイバーに向けて振り下ろした。

 

「セイバー!」

 

 司の叫びは何もかも遅すぎた。セイバーの小柄な体が砲弾のように飛んで、祠堂邸の壁をぶち破って中に突っ込んでいった。

 沈黙。セイバーが復帰し、すぐに飛び出してくる様子はない。バーサーカーの一撃をまともに喰らったのか。だとすればあの華奢な体がどうなっているのか、想像したくもなかった。

 

「セイバー!」

 

 叫びに応える声はない。其れより早くその場所を移動しろ、司の中の生存本能が全力で叫んでいた。

 ああ、だがどうしろというのか。己のサーヴァントはおそらく戦闘不能。そして目の前には敵対サーヴァント。自分を守るものは何もない。

 こんな状態で、脆弱なマスターに、一体何ができるというのか。司の中の、最も冷静な部分が総評していた。

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