春日居市旧地区、祠堂邸。
セイバーが祠堂の屋敷の壁を破って、中に叩きつけられた。
家の資材が落ちてくる音が小さく響くだけで、あとは夜の戦場に、一時の沈黙が落ちた。
その沈黙の中、刹那の時間でバーサーカーは
このままセイバーを追撃し、止めを刺すべきか。それとも、今目の前で、サーヴァントの守りさえないマスターを殺すか。
バーサーカーはマスターから三画の令呪をもって、聖杯戦争に勝ち残ること限定で理性と思考を許されている。
その冷静な部分が目の前の小鹿よりも脆弱な人間を殺せと言っている。これでマスターを失ったセイバーは脱落。マスターが死ぬため、はぐれサーヴァントとの再契約により敗者復活の目も消えるという算段だ。
だがバーサーカーの、己をあえて狂気へと堕とした激情が否を唱えた。
セイバーを殺せ、セイバーを殺せ。あの国の、あの忌々しい国の匂いが染みついた女を殺せ。
首を跳ねろ、心臓を潰せ、頭蓋を砕いて脳漿を引きずり出せ。そして残った死体をこの炎で燃やせ。灰になるまで。
奴らが
殺して燃やせ。この女を!
激怒が冷静な思考を洗い流す。しかし冷静な部分はそれでも踏みとどまった。
ならばなおさらマスターを殺せ。あの女の手の届かぬところで、あの女の大切な
生前のオレがそうされたように。
◆◆◆◆◆◆
戦いの場は、今は沈黙が下りていた。
祠堂邸に叩き込まれたセイバーは復帰してこない。マスターである司を守るすべはなく、そして今、司の眼前には手に剣を提げたバーサーカーの姿。
司は動けない。一歩でも動こうとすれば、バーサーカーの一撃が飛んでくる。サーヴァントにとって、
だが動け。危険しかないこの場所で、動かなければ本当に死ぬ。
しかし身体が動かない。圧倒的な存在がすぐそばにいて、身動きが取れない。
司は必死になって体に命じた。動け、動け、動け。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け―――――――!
バーサーカーが体の向きを変え、司の方を見た。司も、自分が狂戦士の双眸に射抜かれたのだと理解した。
死ぬ、という実感が司の全身を駆け抜けた。
だが同時にそれは契機にもなった。地面に張り付いたかのような足が動き、司は弾かれたように走り出した。
目的は屋敷の中、叩き込まれたセイバーの所。
だがそんな闘争を、バーサーカーが、サーヴァントが見逃すはずがない。いくら魔術で脚力を強化しようともサーヴァントからすれば微々たるものでしかない。
司の背後から凄まじい熱波が沸き上がる。
バーサーカーの炎。だが振り返って確認することはできない。そんな刹那さえも惜しい。
順当に考えれば、サーヴァントの炎から一介の魔術師が逃げ切れるわけがない。次の瞬間には熱波は物理的な炎となって司を襲い、その体を骨も残さず焼き尽くしていただろう。
バーサーカーもそのつもりだった。その全身から噴き出る炎が殺意を込めて司を襲うその直前――――――
「ッ!」
炎のうねりが軌道を変え、バーサーカーの頭部を守った。
次の瞬間、彼方から飛来した
それが何なのか、バーサーカーが把握したのは炎を守りを突破してきた時。
小さな弾丸。アーチャーの“魔弾”だ。
炎を突破したそれがバーサーカーの頭部も、冑ごと穿とうと迫る。
バーサーカーは咄嗟に頭部を逸らして直撃を回避。冑が作る曲面に従って弾丸がそれ、火花が散った。
炎が晴れ、バーサーカーの頭部が露わになる。無理な体勢でかわしたためにバーサーカーの姿勢がぶれた。そこに間髪入れず次弾が飛来する。
傾き流されたバーサーカーに避ける手段はないように思われた。
だがそこは英霊。人類史に名を刻んだ影法師。左足を提げて踏みとどまり、流れるような動作で右手の剣を振るった。
次弾の迎撃はその一閃によるもの。火花が散り、弾丸が叩き落とされた。
バーサーカーの動きは止まらない。次々に、降り注ぐように飛来してきた弾丸を、バーサーカーは完璧に迎撃した。
剣で斬り落とし、炎で掴み、フットワークでかわし、敢えて鎧で受けて見せた。
バーサーカーは無事だ。だがその目的は達成されなかった。狙っていた背中が屋敷の中に入っていく。マスターとサーヴァントとの合流はもう防ぎようがない。
絶妙なタイミングでのアーチャーの
「■■■■■■■■■■■■――――――!」
怒りの咆哮を上げるバーサーカー。その間にもアーチャーの“魔弾”が飛来してくる。
バーサーカーの右手が閃き弾丸を叩き落とす。炎がうねり、咆哮が轟く。
◆◆◆◆◆◆
春日居市、旧地区にいくつかある、電線を通す鉄塔。その一つに、アーチャーは膝たちの狙撃姿勢で息を殺していた。
スコープは必要ない。視線の先には咆哮を上げるバーサーカー。
頭の中を、口笛のような、風が吹き抜けるようなメロディが流れる。
故郷の音楽。狩りの時によく口ずさんだもの。
アーチャーの目には、バーサーカーが一匹の獣に変じた。
咆哮を上げ、怒りとともに爪牙を振り上げる凶獣。その外装が剝がれ、
そこに向かって引き金を引く。発射された弾丸が風も、コリオリの力も何もかもを無視して突き進む。
獣が剣を振るって“魔弾”を撃ち落とした。それでも引き金を引き続ける。バーサーカーをその場に釘付けにし、セイバーのマスターの安全を、この一時のみ確保する。
「――――――――」
膝立ち姿勢のアーチャー。その銃口が、不意に移動した。
今までバーサーカーを狙っていた銃口が自らの直上を向いた。
停滞も遅滞もなく引き金を引く。
『弾丸生成』スキルと宝具、『
着弾音はアーチャーの頭上。次いで甲高い獣の悲鳴。
暗くて、深くて、冷たくて、けれど心地よい深淵に意識を静めていたアーチャーは、だからこそ俯瞰的に己とその周囲を観測していた。
だからこそ気付く。上空からこちらに向かってきていた怪物の姿を。
それは
巨大な怪鳥。頭を撃ち抜かれてもこちらを狙って爪を立ててきた怪物を、アーチャーはその場から動かず二発目の弾丸で心臓を潰し、今度こそ仕留めた。
怪鳥の姿が墜落していき、地面に激突する途中で霧散した。
エキドナの子供だろうか。名前は知らないし興味もない。もしかしたら神話の時に名を刻んだ彼女の子供ではなく、現代で生まれた新種かもしれない。
どうでもいいことだ。続けて飛来してきた怪鳥の頭を撃ち抜きながら、アーチャーは冷え切った深淵に意識を置きながら、祠堂邸の様子を確認した。
状況は変化していた。
◆◆◆◆◆◆
屋敷の中に飛び込んだ司が見たのは、仰向けに倒れたセイバーの姿だった。
「セイバー!」
書斎に叩き込まれたセイバーは本棚をいくつか薙ぎ倒し、文机を潰して床に叩きつけられていた。
だが外傷らしいものは見当たらない。慌てて駆け寄った司が見たのは、セイバーの身体を鎧のように、殻のように覆った黒い茨。
セイバーが持っている宝具――と司は思っている――の、影絵の茨だ。バーサーカーが叩きつける一撃を、躱しきれぬと判断したセイバーは茨を己の身体に巻き付けて鎧の代わりにしたのだろう。
だが威力を完全に殺しきれず、さらにバーサーカーの攻撃によって生じた運動エネルギーをもろに喰らってしまい、こうして吹っ飛ばされ、受け身もとれなかったようだ。
「セイバー!」
もう一度、己のサーヴァントの名を呼んで、司はセイバーの身体に手をかけた。
だとすれば、こうして体に巻き付けているセイバー自身もまた、傷を負っているのでは?
自罰的な宝具に心を曇らせながらも、司はそれでも手を触れ、痛みを無視してセイバーの身体を揺さぶった。
反応はすぐに帰ってきた。気絶していたのはせいぜい数秒ほどで、彼女の瞼がゆっくりと上がった。
「あ……、司様……?」
「セイバー。今の状況が分かるか?」
セイバーの瞳の焦点があってくる。すぐに凛々しい表情になり、頷いた。
「はい。バーサーカーを迎撃しなくては――――――」
そこでセイバーは、自分がバーサーカーに吹き飛ばされ、
「ッ! 申し訳ありません、マスター!
「いいんだ、セイバー。戦闘だからね。それに今考えるのはバーサーカーについてだ。それとアーチャーがどこかで狙撃体勢に移っているようだ。といっても、アーチャーが狙撃で俺を救ったみたいだから、アーチャーは今は敵じゃないと思う」
真っ青になって謝罪を続けようとするセイバーを、司は勢いで黙らせた。セイバーが気に病むのはサーヴァントである以上避けられないかもしれないが、その罪悪感は今は不要なものだ。
今重要なのは、今も屋敷の庭で暴れているバーサーカーへの対処。それ以外の余計な感情は棚上げするべきだ。
自分でも無理矢理だと思いながら、司は言葉を重ねた。
「大丈夫、俺は無事だった。それでいいよ。それよりセイバー、アーチャーに頼ってもいられない。俺たちでバーサーカーを撃退しないと。できればバーサーカーを倒したい。だから、その……」
一瞬の躊躇。セイバーが
「俺の血を、吸うかい?」
『吸血』スキルによるダメージの回復。さらに魔術師の血ならば一時的なブーストにもなるだろう。
しかしセイバーは静かに首を横に振った。
「問題ありません、マスター。私も、己の業に頼ってばかりもいられません。多少の傷で我を忘れるほどはしたない女ではないつもりです」
立ち上がるセイバーにダメージの影響はない。その周囲には剣が浮遊し、彼女の戦意を現しているようだった。
だとすれば、司に、マスターとしてできることは一つだけ。
「分かった。それじゃあ、セイバー。バーサーカーを撃退しよう。それと――――――」
司は己のサーヴァントを信じ、そのうえで自分が感じたこと、考えていたことを話した。
「分かりました。行ってまいります。司様」
ふわりとほほ笑んで、セイバーは再び戦場に向かって飛び出した。
◆◆◆◆◆◆
屋敷から飛び出したセイバーは真っ先にバーサーカーに向かって疾走した。
炎が走る。バーサーカーの咆哮が空気を震わせ、こちらに叩きつけられた。
鞭のようにしなり、蛇のように飛び掛かる炎を、セイバーは身をひねって回避する。
回避された炎はその場で旋回し、背後からセイバーに迫る。
セイバーは軽く地面を蹴った。その足下を過ぎ去っていくのは彼女の直剣。
一本の直剣がバーサーカーの頭部に向かって射出され、一本の直剣にセイバーが両足を乗せた。セイバーの身体が飛び乗った剣に合わせて浮遊、加速する。
「■■■■■■■■■■■■――――――!」
バーサーカーの右手が乱暴に振るわれ、自身に向かって射出された剣を叩き落とす。その際に視界が一瞬塞がれ、晴れた先にセイバーの姿はなかった。
どこへ行ったか。考えるよりも先に、バーサーカーは全身から炎を噴出させた。
バーサーカーの炎は熱だけでなく、物理的な干渉能力を持っている。セイバーのように近接戦闘が主な攻撃手段のサーヴァントとは優位に立てる。一時見失おうとも、これならばセイバーからは攻撃できない。
と、すかさず炎の壁の、薄い部分を貫いてアーチャーの“魔弾”が飛来する。
だがバーサーカーも、多くの狙撃に晒されたことでアーチャーの“魔弾”に対する対処は心得ている。
アーチャーの狙撃手としての腕は凄まじく、こちらの炎の圧が薄い所を的確に狙ってくる。
逆に言えば、必ず炎の薄い所を狙ってくるのだからこちらからわざと炎の壁の一部を薄くしてやれば狙われる場所も確定できる。
だから
火花が散り、バーサーカーの左手が僅かに弾かれる。威力の減衰があっても、アーチャーの弾丸はそれほどの威力なのだった。
「はぁ!」
その隙は逃さないとばかりに、セイバーが上から剣を構えて降ってきた。炎の内側。なぜ、どうやってこちらの頭上にいたのか。混乱の材料はあるがバーサーカーの本能が体を動かした。
わずかに崩れた体勢をもろともせずにバックステップで回避。だが剣の切っ先が黒銀の鎧を掠めた。
剣は鎧を割り、中の肉を裂く。が、鎧の割れ目からさらに炎が噴き出してきた。
「ッ!」
吹き付けられた炎は蠢き、セイバーの華奢な身体を包み込んだ。炎は物理的な干渉能力を持っているのは先に述べたとおりだが、勿論炎としての性質は残っており、全身を炎で包まれればサーヴァントと言えど無事では済まない。
が、その炎の壁を、セイバーは突き破ってきた。
「はぁ!」
裂帛の気合とともに刺突がバーサーカーの顔面を襲う。
バーサーカーの右手が翻って刺突を弾き、返す刀でセイバーに一太刀を浴びせようとするが、担い手もなく飛来する剣によって阻まれる。
炎がセイバーを襲うが、やはり彼女は己の身を焼く赤い脅威を半ば無視してバーサーカーに斬りかかってくる。
己のダメージを無視し、自壊前提にも見える戦術。狂戦士でもなければしないようなそれを、セイバーは躊躇なく行っている。
その理由を、バーサーカーは見た。セイバーの全身を、黒い茨が覆っている。
この影絵の茨はバーサーカーの炎のように物理的な干渉能力を持っている。その茨は硬質で、こうして全身に纏えば即席の鎧になる。その防御力を前提に、バーサーカーの炎を強引に突破しているのだ。
影絵の鎧。セイバーにも負担がかかるが、この防御があればバーサーカーの炎を突破できるのではというのは、飛び出す前に言われた司の意見だった。その考えが当たったのだ。
炎を纏ったバーサーカーの剣が振り下ろされる。もとは技量もあっただろうが、
炎を纏った剛力を、セイバーはステップで回避。バーサーカーの右側に回り込んで鎧の隙間に差し込むように刺突を繰り出す。
「■■■■■■■■■■■■――――――!」
バーサーカーの右腕がかすむ。バーサーカーが力任せに右腕一本で振り上げた一撃が、攻撃態勢に移っていたセイバーを捉える。
セイバーの防御は間に合っていた。茨の鎧に加え、剣の壁。それが彼女へのダメージを軽減した。
だが先程と同じく、衝撃は殺せず、セイバーの小柄な体が吹き飛ばされそうになるその刹那、
セイバーの影絵の茨。地面を走る茨が立体を持ち、バーサーカーの足に巻き付いた。茨の先には今にも吹き飛ばされるセイバー。
吹き飛ばされるセイバーの運動エネルギーがそのままバーサーカーを引っ張ることになり、バーサーカーの体勢が崩れた。
畳みかけるように出現した直剣がバーサーカーめがけて降り注ぐ。
「■■■■■■■■■■■■――――――!」
咆哮と共に炎が迎撃に出る。弾き、掴み取り、叩き落す。
だが迎撃を掻い潜った四本が、鎧の隙間を縫って突き刺さった。
肩に二本、左ももに一本、そして腹に一本。
血潮は出ない。
それが合図となった。空中に出現した七本の剣が一斉にバーサーカーめがけて射出された。
さらに七本の剣が追加、またその後列にさらに七本が。
雨あられの剣による波状攻撃。ここで決めるというセイバーの本気が伺える。
「■■■■■■■■■■■■――――――!」
バーサーカーの背中が
無論自身にダメージが大きい自爆技だ。しかしこの狂戦士はやった。強引に起き上がり、剣を躱したバーサーカーはそのまま体勢が整いきってないセイバーに肉薄した。
すかさずアーチャーの
振り払う炎と剣撃が弾丸を叩き落としたが、セイバーに体勢を整えさせる時間を与えた。
セイバーが地を蹴り疾駆し、合わせたアーチャーの狙撃がバーサーカーを牽制する。
剣戟の火花が散り、バーサーカーの炎が猛り、セイバーの茨と直剣が駆ける。
ステップで距離をあけたセイバーに対して、バーサーカーが肉薄する。
迎撃する直剣は炎によって弾かれるが、弾かれた剣の柄に影絵の茨が巻き付き、そのままハンマーのように叩きつけられる。
予期せぬ方向からの予期せぬ一撃は、バーサーカーの肩口に刃を突き立てた。
すかさずアーチャーの
炎を膝に巻き付けてガード。さらにアーチャーを無視してセイバーへの肉薄を続行しようとしたその瞬間に、異変は起こった。
「―――――――――!?」
バーサーカーの挙動が大きく乱れ、急に膝を付いた。
まるで膝から下が消失してしまったように、疾走の勢いを殺せず地面を滑るように
昨日の戦闘でも見せた不可解な異常。バーサーカーの左足に絡む黒い靄。
おそらくバーサーカーの生前から絡みつくデメリットスキル。一時的に自由を奪う“呪い”。
「いまだセイバー!」
司の声が駆ける。千載一遇のチャンス。この機を逃す道理はない。セイバーも地を蹴り、今度こそバーサーカーに止めを刺そうと疾駆する。
「■■■■■■■■■■■■――――――!」
苦し紛れにバーサーカーが放った炎を潜り抜ける。
そして無防備となった狂戦士の首に剣を振り下ろそうとし、セイバーは見た。
バーサーカーの、炎を迸らせる全身に無数の小さな影がまとわりつき始めたのを、だ。
「キャスターの怪物!?」
バーサーカーの乱入前に祠堂邸に侵入していたカルキノス。バーサーカーの登場とともにどこかへと消えたはずの怪物が、今またここにやってきた。
小蟹の群はバーサーカーの身体を包み込むようにまとわりついてくる。
無論小蟹を気にすることなくバーサーカーは炎を発し続けている。が、カルキノスは自分の身体から出る泡でコーティングし、炎の熱を堪えている。
いったん警戒の色を見せたセイバーだったが、黙って見ているわけにはいかない。この怪物が、バーサーカーを連れ去ろうとした事を察したからだ。
「はぁ!」
地を蹴り疾駆するセイバー。だが蟹の群の一部がセイバーの方に向かい、溶け崩れ、混ざり、中型の蟹となった。
「ッ!」
明らかな足止め。アーチャーの弾丸も、小蟹が一匹犠牲になって止める。
ザリザリと蟹達が蠢く音が聞こえる。小蟹の群はバーサーカーを包み込んで離脱する。
だが中型蟹が激しく攻め立てて、セイバーに立ちふさがる。
「く……!」
歯噛みするセイバーの目の前で、蟹の群が去っていく。中型蟹もその身を小蟹の群に崩して離脱していく。
まるで波が引くような鮮やかな撤退に、セイバーは自身が完全にキャスター陣営の手玉に取られていたことを痛感した。
そう思うと胸が張り裂けそうだ。無辜の民が犠牲になるなど――――――
「セイバー!」
マスターの声がする。 責だろうか? だとしたら甘んじて受け入れなければ。
そう思っていたセイバーの思考を、司の声が現実に引き戻す。
「まだ終わってない! アーチャーがいる!」
「あっ!」
そうだった。バーサーカーがいる時はこちらに攻撃してこなかったが、今はそうとは限らないではないか。
自分の迂闊さに頭が痛くなる。セイバーはすぐさま司のそばに駆け寄って、その身を守ろうと彼の前に立った。
だが予想に反して狙撃はない。二人は息を殺して待ったが沈黙だけが返ってきた。
否、沈黙の間に、機械音が割り込んできた。
ブーンという音。何なのか、セイバーは分からなかったが司には覚えがあったようだ。
「プロペラの音……?」
頭上を振り仰ぐ司の視界に、夜の黒に紛れて人工的な黒がやってくるのが見えた。
四枚のプロペラを装備したドローン。なぜあんなものが、そんな疑問を抱く前に、ドローンは司のそばに近づき、アームで掴んでいた
何かと思って手に取ってみればガラケーだった。
なぜ? そう思った時、手に取ったガラケーから着信があった。
「わ……」
驚いた司は、画面に表示されていた文字を見て表情をこわばらせた。
「これは――――――」
覗き込んだセイバーもまた眼を見開く。
画面には、アーチャーのマスターと書かれていた。