偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第41話:四日目① 霧煙る朝

 ???

 その少女はまだ幼かった。

 (つかさ)の見たところ、まだ十歳にもなっていないように思われた。もっとも、司の見解と、()()()()()子供の外見年齢が一致するかどうかは分からないが。

 短く、しかし清潔で正確にカットされた金髪に、宝石のような青い瞳。子供特有の柔らかさを感じさせる、丸みを帯びた頬に白い肌。

 着ている服こそ質素なもので、ところどころみられる()()を修正したような跡が見れた。

 決して裕福とは言えない環境で、それでも彼女は美しかった。それは女児の可愛らしさからは程遠く、むしろ高貴なる物の気品を感じさせた。

 凛とした美しさは年齢不相応。それでもどこか張り詰めたものは感じない。穏やかで、それでいて無視できない輝きが見て取れた。

 彼女のことを知っている。と司は思った。

 だが司にこのような美しい女児との面識はない。しかし知っているという確信があった。

 間違いない。司が契約を交わしたサーヴァント、セイバーだ。

 マスターとサーヴァントは、見えない(パス)で繋がっている。その影響か、マスターはサーヴァントの生前を、サーヴァントはマスターの過去を、夢という形で見ることがある。

 司は知らぬことだったが、今彼が遭遇している現象は()()だった。今、司は肉体の無い状態で、視覚だけでセイバーの生前を垣間見ているのだった。

 召喚した夜のこと、セイバーは司にこう言った。自分は穢れた存在、悪行を成し、最終的に民衆の正義によって討たれた、反英雄だと。

 だが目の前の少女にそのような兆候は見られない。

 少なくとも、夢見る司の目の前で笑う少女が、将来悪行を成して人類史に名を刻む反英雄になるとは――――――

 

 

 ノイズ、場面転換。

 

 

 視覚以外の五感の無い司がそれでも、喉に()()()を、鼻の奥にむせ返る気持ちを感じた。

 

「――――――」

 

 ないはずの喉が鳴り、胃からせり上がってくるものを感じる。

 これをセイバーがやったのだと、最初は信じられなかった。

 血と、死に満ちた空間だった。

 赤く、紅く、朱く。世界が(あけ)に染まった空間。

 それが多くの人間の死体の果てと、そこから搾り取られ、零れ落ちた血液だと、最初は気付かなかった。

 赤いセカイの中心で、今の司が見知った姿のセイバーが、独り佇んでいた。

 

「―――――――――」

 

 無言で司はセイバーを見つめた。彼女は血に染まった体を拭いもせずに佇んでいる。

 視線の先は転がる死体の群と、広がる血の池へ。

 司の視線はセイバーから剥がれない、離せない。

 この、終わってしまったセカイを、目の前の彼女が作り出したのだと、どうしても思えなかった。

 と、セイバーの唇が動いた。

 この惨劇の中心で、何を語るのか。吐き出される息とともに、小さな言葉が漏れ聞こえた。

 

「これで……世界は動きます。動く、はずです……」

 

 だって、と、消え入りそうな声でセイバーは語る。

 

「この国の皆が、この国の()()が、脈動が……、()()を望んだのだから」

 

 セイバーの言葉の意図は分からない。だが彼女はとても悲しそうだった。その表情から、この惨劇が彼女の本意ではないことは分かった。

 ではなぜこんなことを? その意味を考える前に、司の存在しない体を浮遊感が包み込んだ。

 夢から覚めるのだ。漠然とそう思った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 スプリングの軋む安いベッドの上で、司は飛び起きた。

 

「あー」

 

 喉からかすれた声が出る。喉がカラカラだ。

 薄暗い部屋の中、何気なく周囲を見渡して、困惑した。

 見知った自分の部屋とまるで違う壁、床、天井。

 一瞬、状況の把握が困難になる。

 

「マスター。お目覚めですか?」

 

 女の声が耳に届いた。視線を向ければ霊体化を解いたセイバーの姿。

 一瞬、夢で見た血塗れの彼女が脳裏をよぎった。

 血で染まったセカイの中心で、嘆くように呟いたセイバー。いったい何があったのか? 己は邪悪な存在だからと、真名を明かすことを拒んだセイバーは、この生前を自分に知られたくなかったのだろうか?

 

「マスター?」

 

 小首を傾げて、セイバーはこちらに目を向けた。司は軽く(かぶり)を振って、脳裏にこびりついた夢への疑問を打ち払った。

 

「なんでもない」

 

 言いながら、目が覚め、頭の中の霧が晴れていくように、現状を思い出してきた。

 

「そうだ……。結局あの後、家から移動したんだっけな」

 

 キャスターの怪物やバーサーカーの襲撃。さらに昨夜は援護(フォロー)だったとはいえ、アーチャの弾丸も家に敷地に内に飛び込んできた。

 この状況で暢気に祠堂邸に構えていられるはずもなく、司とセイバーは必要最低限の荷物だけ持って新地区にあるビジネスホテルに移動したのだった。

 状況が把握できると、頭の中の霧も晴れてくる。と同時に軽い空腹を感じた。

 

「セイバー。まずは朝食にしよう」

「かしこまりました。簡単なものですが、用意しております」

 セイバーはそう言っていったん退室した。バスルームにでも引っ込んだのだろう。

 サーヴァントの気遣いに感謝しつつ、司は着替え始めた。

 

 しばらく後、着替え終えた司と、同じく人前に出る時の私服姿に着替えたセイバーは朝食を終えて、机を挟んで向かい合っていた。

 

「やっぱり前夜に買っておいたパンや総菜じゃ、少し味気ないね」

「仕方ありません。緊急事態だったのです」

 

 己の食事上の貧しさを嘆いている暇はない。それよりもとセイバーが身を乗り出した。

 

「それよりも、司様。(わたくし)としては、司様に問いただしたいことがございます」

 

 カップに注がれたインスタントの紅茶を口に運びながら、セイバーはまっすぐに司を見つめて言った。

 何も言わないが、分かっているとばかりに頷く司。こちらはインスタントコーヒーを口に運び、

 

「昨日の夜。バーサーカーが立ち去った後に来た、アーチャーのマスターからの電話だね」

 

 緊張感が溢れてくる表情をして、セイバーが頷いた。

 そうして司は回想する。昨日の夜、辛くもバーサーカーを撃退した後に起こった出来事を。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 昨夜、祠堂邸。

 キャスター(エキドナ)の怪物と、バーサーカーの襲撃を辛くも退けた直後、司の耳には場違いな電子音がひっきりなしに届いていた。

 視線は地面に。その先には「アーチャーのマスター」と液晶画面に表示された携帯電話。

 コール音が収まる気配はない。さっきまでバーサーカーを相手に、アーチャーの狙撃(フォロー)が入っていた。ならば、アーチャーとそのマスターは今も司たちを監視していると考えた方がいいだろう。

 

「司様、相手の意図が分からない以上、ここはあえて誘いに乗ることでその意図を探れるかもしれません」

 

 セイバーがマスターとしての判断を求めてくる。その上で自分の意見を忠告という形で教えてくれた。司は微笑して頷いた。

 

「そうだね。俺もそう思う」

 

 セイバーに周囲の警戒は怠らないよう告げて、司は地面に落ちて己の存在を主張し続けている携帯電話を手に取った。

 

「……もしもし?」

 

『おっと、やっと出てくれたか』

 

 電話の向こうから聞こえたのはくぐもった声。合成音声らしく、どこか発音がちぐはぐだ。

 

『まぁ、電話でこちらについては表示されているだろうが、一応自己紹介だ。アーチャーのマスターをやっている』

 

 合成音声のため声からは男女の区別も、素性も知れない。一応、口調は男性のものだがそんなものはいくらでも変えられる。

 

「アーチャーのマスター、ね。それって名前じゃないだろう?」

 

 自分は今、アーチャーの銃口に狙われている。その危険は十分に承知だったが、それでもあえて司は挑発的なセリフを吐いた。

 バーサーカーを追い払った後、こちらに銃口を向けるのではなく、こうして連絡を取ったのならば、話し合いの意志があるはずだ。少なくともいきなり頭を撃ってくることはあるまい。

 司のその考えは正解だったようで、相手は気分を害した様子もなく、警告の弾丸一発も飛んでこなかった。

 だが小賢しい()()の考えは見透かされたようで、相手は少し楽しそうに笑った。

 

『そりゃそうだ。悪かった。恥ずかしがり屋な上に臆病者なんでね、面と向かって話もできないし、こうして本名も名乗れないんだ。まぁ許してくれよ、祠堂司君』

 

 向こうは名乗らない。が、向こうは当然のようにこちらの名前を把握していた。情報では圧倒的に無効に有利を取られている。

 司はガラケーをスピーカーモードに変えた。周囲を警戒中のセイバーにも、電話の内容が聞こえるようにして、

 

「じゃあ恥ずかしがり屋さんの勇気の理由を聞きたいな。わざわざこうして連絡を取ったってことは、ただ敵対したいわけじゃないだろうけど」

『ま、そりゃそうだ。そして率直だな。嫌いじゃあない。何しろ最近、本心を隠して遠回しに言ってくる奴が多くてね』

 

 電話の向こう、軽口が飛んでくる。相手の意図が分からず、司が困惑していると、アーチャーのマスターが、

 

『ま、無駄話はここまでにして、本題に入ろうか』

 

 背筋が寒くなるほど、()()()()()声音に変化した。

 

『単刀直入に行くぜ。こちらと組まないか?』

 

 同盟の申し出。わざわざ連絡してきたことからその可能性は高そうだと思っていたが、ドンピシャだ。そしてこれは願ってもない展開だ。狙撃の警戒をしなくてすむのだから、同盟を組む意味はある。

 それが、遠くない未来に瓦解することが確定している同盟でも。

 司の眼前で、セイバーもまた息を飲んでいた。ちらりと彼女に視線を向けると、セイバーは首を横に振った。今この時点で、安易に了承するべきではない、ということだ。

 確かに、同盟は願ってもないことだが、あまりにもアーチャー組に有利過ぎる。一方的に不利な条件での同盟は、こちらが下であると明確にされる。

 そうなれば、最悪ボロ雑巾のように利用するだけ利用されたうえで狙撃によってバン。なんてこともあり得る。

 セイバーの周囲に剣が浮遊し、音もなく司の周囲に移動した。万が一の備え、ということだろう。

 セイバーの意図を理解した司は首肯し、電話に向かって言葉を投げた。

 

「さっきも似たようなことを言ったけど、もう一度言うよ。姿も現さず、肉声も聞かさない。やる事は遠方からの狙撃だから、サーヴァントを失うリスクも負っていない。そんな相手を、簡単に信用できると?」

 

 喋る司の頬を、一筋の汗が伝った。

 サイドの長髪と不信。これは司とセイバーにとって、かなり危険な状況だった。何しろ、この返答によって、さっきまでバーサーカーに向けて放たれていたアーチャーの魔弾が、今度こそ司たちに向かうかもしれないのだ。

 だがもしもアーチャー組が、詭弁ではなく本気でこちらと組みたいなら、魔弾は飛んでこないはず――――――。

 

『……確かに、そちらの言う通りだな。悪かった』

 

 苦笑を含んだ声が、電話口から聞こえてきた。

 

「―――――――――」

 

 電話の向こうから聞こえてきた声は、今までの合成音声ではなく、男のもの。

 あっさりと譲歩してきた。わざわざ本名を名乗らず、声をかける手間を、あっさりと捨てた。

 不覚にも、唖然として司は息を飲んだ。セイバーも同じだった。

 信じられない。自分が圧倒的に有利な状況で、なぜわざわざ一部とはいえ情報を明かしたのか。

 

「……なぜ、声を?」

『おいおい、そちらが素性をあまりに明かさないと信用できないと言ったじゃないか』

 

 苦笑と共にアーチャーのマスターのが聞こえてくる。

 或いは、本気で同盟を組みたいのか?

 

「そう、だった」

 

 声がかすれていやしないか、それが心配だった。

 何とか言葉を絞り出しながら、司は先を続けた。

 

「譲歩はありがたいけれど、やっぱり疑問はあるね。なぜわざわざ俺たちに同盟を持ち掛けたのか。その理由が分からない」

『予想はついているだろう?』

 

 その通りだ。バトルロイヤルにおいて、一時的とはいえ同盟を組む理由は一つしかない。

 最大勢力を、多数で囲んで潰す。

 マスター同士の会話を聞いているセイバー。彼女に視線を向けると、サーヴァントらしく、周囲の警戒を怠っていなかった。それでいながらこの会話にも意識を払ってくれている。ありがたい。

 

「キャスター陣営」

『ご明察。そしてその答えが出るってことは、キャスターの真名もわかっているだろ?』

 

 答えた方がいいのだろうか? こちらが知っている情報を、不用意に明かすことは危険を感じる。

 だが今、自分たちは銃口を突き付けられている。しかも相手の姿も、銃も見えない。

 

「エキドナ」

 

 選択肢はない。司は苦い思いを抱えながら予想されるキャスターの真名を告げた。

 

『同じ意見だ』

 

 電話の向こうの男が、微かに笑ったようだった。

 よく考えれば、キャスターは自分の怪物を街に放ち、こうしてサーヴァント――ひょっとしたら外来の魔術師も――を襲わせている。少し考えれば予想ぐらい付くだろう。

 

『まぁそういうわけで、怪物の数と質は厄介極まりない。単一陣営じゃどうにもならない程にな』

「それで同盟、か……」

 

 分からない話ではない。しかしやはり姿も見せない相手と同盟を組むのは気が進まない。セイバーの表情も曇ったままだ。

 司の頬を汗が滴り落ちる。セイバーは常に狙撃を警戒していた。

 メリットはある。アーチャーを一時的にでも味方にできれば、狙撃の警戒をしなくて済む。

 だがあまりにも信用できない。しかし拒否したとして、このままアーチャーが大人しく引き下がるとは思えない。

 すでにバーサーカーを相手にして疲弊しているセイバーと司。その上でさらに姿の見えないアーチャーを相手にするのは難しい。

 

「…………即答はできない」

『逡巡しているな。まぁそりゃそうだ。いきなり同盟を組もうといわれても、はい分かりましたとは言えないよな』

 

 苦笑交じりに、男の声が電話口から聞こえてくる。

 

『ならもう一つ、メリットを提示しようか。オレを組んでくれるなら、()()()()()()()()()()()()()()

「ッ!」

 

 バーサーカー。なぜかセイバーとよくかち合うサーヴァント。意図的に狙ってきているふしもある。しかもバーサーカーは一般人を襲って魂食いを行っていた。野放しにできない危険なサーヴァントだ。

 

『まぁ、いきなり言われても答えなんてすぐには出ないよな。明日、一九○○、春日居駅前ロータリーで、返事を聞きたい』

 

 アーチャーのマスターの言い分では、今ここでもう一戦交えようとは思っていないようだ。

 だとすれば――――――

 

「分かった」

『ああ、是非ともいい返事を期待しているよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

「な――――――」

 

 思いがけない最後の言葉に、司は絶句した。セイバーもだ。そしてその間に電話は切れてしまった。

 かけ直しても勿論相手は反応しない。約束の時間までだんまりを決め込むつもりのようだ。

 

「くそ……っ!」

 

 どうにもアーチャーのマスターの掌の上から抜け出ていない気がする。とにかく、明日の行動を考えなければならない。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 とはいえ疲れ切っていた司は思考もほどほどに、ホテルを取ってこうして一時の宿にしたのだった。

 

「そんなわけで、アーチャー陣営から同盟の申し出があったけど、セイバーはどう思う?」

「アーチャー陣営に有利すぎますね。向こうはこちらについてある程度の情報を把握しており、ランサーとの同盟も見透かされている。勿論、確証があったわけではないでしょうが……」

「最後に俺が動揺しちゃったから、ばれたかもなぁ……。

 だけどこちらにも強みはある。アーチャーの真名について、こちらもある程度当たりをつけているってことだ」

「魔弾の射手、マックス……」

 

 悪魔から七発の弾丸を受け取り、あわや花嫁を撃ち殺してしまうところだった、凄腕の狩人。この真名予想が当たっているのなら、アーチャー自身の狙撃の腕のみならず、悪魔との契約の証である七発の魔弾――一発はランサーに向けて撃っている――も危険だ。何しろ、シスター・キャロルは、ランサーの治療のため、令呪を一画切っている。

 

「それにバーサーカーの真名を、向こうがほぼ確定しているのなら無視できない」

 

 もしもバーサーカーがまだ魂食いを始めるなら、今度こそ友人も巻き込まれるかもしれない。やはり放置してはおけない。

 

「いずれにしろ、シスター・キャロルには連絡を入れて、相談をしておくべきだと思います」

 

 セイバーの進言。司も頷く。アーチャー陣営がこちらがランサーと組んでいるとほぼ確信しているのなら、情報を共有しない方が危険だ。

 

「それと、今日も学校に入った方がいいと思います。ああ言ってきた以上、監視はあるかもしれませんが、アーチャーの狙撃は約束の時間まではないと思われます。ならば敢えて日常を変えずにいて、アーチャーに、こちらはまるで動じていないと、見せつけてみるのはいかがでしょうか?」

 

 確かに、セイバーの言うことはもっともだ。その迷いのない眼差しに、司は力強く頷いた。

 窓から外を見る。薄暗い。どうやら霧がかかっているらしい。

 天候と同じく、聖杯戦争四日目の展開もまた、先が見通せなかった。

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