???
殺した命には、責任を取らなければならない。
師であり父である男に、子供のころから言われた台詞。その台詞を、胸に刻み付けた。
狩りとは獣との戦いだ。だから、知恵を絞らなければならない。そして、長く苦しませてはならない。
その通りだ。――――――獲物が見えた。
茂みの中、息を殺し、銃を構える。
獲物は親子連れ。母親が子供に寄り添って水場で水を飲んでいる。
森の中、緑の中、茂みに己を同化させ、同時に、自分の意識がどこか遠く、深くて暗くて、冷たい彼方へと放り出され、自分と、獲物を俯瞰的に見れるようになってきた。
銃声は一発。放たれた弾丸は、母親の首を撃ち抜いた。
母が倒れ、子供は何もわかっていないように動かない。
子供はまだ動かない。出ていって、獲物を回収するか。
そう思った時、銃声がもう一発轟いた。
子供が倒れる。
横を見れば、父は硝煙を上げる銃を片手に立ち上がった。すぐ隣にいたのに、獲物を殺すその瞬間まで気配を感じなかった。素晴らしい、狩人としての特性。
よくやった。父はそう言った。誇らしく思う。
殺した命には、責任を取らなくてはならない。
父はそう言った。その通りだ。こうして殺したのだ、悪戯に放置するのは獲物に対する侮辱に他ならない。
早く、捌き、糧を得るのだ。
肉は食料に、毛皮は衣服に、骨は、場合によっては装飾品に。獣に捨てるところはない。
我らは流浪の民。ひとところに留まらぬ故に、殺めた命は尊重しなければならない。
その通りだ。そうやって、おれ達は生きてきた。生きるため、生き続けるため、多くの民族の血を取り込んで。
引き金を引く。獲物は倒れる。生活の糧を得る。
引き金を引く。獲物は倒れる。生活の糧を得る。
引き金を引く。獲物は倒れる。生活の糧を得る。
引き金を引く。獲物は倒れる。
引き金を引く。獲物は倒れる。
引き金を引く。獲物は倒れる。
引き金を引く。
引き金を引く。
引き金を引く。
引き金は思ったよりも軽かった。放たれた“魔弾”は見事にターゲットの
騒然となる側近、民衆、地域。
そして、ここからが戦いの始まりだ。
領主は倒した。純血主義の領主。そんなに我らが憎かったか? 見つけ次第、老いも若きも、女も子供の関係なく皆殺しにするほどに。
おれの父も、幼き弟妹達を、笑いながら殺せるほどに。
地獄に堕ちろ。おれの家族達よりも、はるかに悪辣な場所へと堕ちていけ。
◆◆◆◆◆◆
春日居市、新地区某所、ウィンクルードのセーフハウスの一つ。
静謐な朝の空気を台無しにする、血の臭いのする夢を見た。
ウィンクルードは仮眠から目覚めると、まず初めにろくでもない夢を見たことに顔をしかめた。
「……
小さく悪態をついてベッドの
お守りのように握っていたコンバットナイフをベッドの上に置き、垂れてきた前髪をかき上げる。
顔を洗って、冷静になってから考える。
今見た夢は一体なんだ? ウィンクルード自身には何の覚えもない風景は、過去の回想ではあってもスクリーンの向こう側の映像を見ているようだった。
「そうか、これが――――――」
マスターが夢という形で見るという、契約したサーヴァントの生前の話か。
全てを見たわけではなく、断片的なものだったが、流浪の民だったアーチャーとその家族は、各地を流れるうちにいろんな人種を自分たちの集団に迎え入れ、やがてその血が混ざっていった。
異なる人種たちによって形成された流浪の民。だがそれが純血主義の領主の逆鱗に触れ、迫害の憂き目にあった。
そしてアーチャー、いやさ“魔弾の射手”マックスは、狩の魔王ザミエルと契約して鋳造された魔弾で悪逆の領主を撃ち、己の民族の仇を討った。
「……なんだこりゃ」
ウィンクルードは触媒を使ってマックスを召喚すると決めた時、当然召喚する英霊について下調べをしている。
魔弾の射手マックス。
多くの伝承、民話、戯曲があるが、統括すればマックスの物語は以下の通りだ。
1960年頃のボヘミア。近々行われる射撃大会。そこでの成績次第では婚約者との結婚を破棄される猟師マックスは、しかし絶大なスランプだった。
獲物を射抜けぬ猟師マックスの心の隙間に付け込んだのが同じ猟師仲間のカスパール。
カスパールに唆され、マックスは狼谷に深夜、カスパールと共に赴く。
そこでマックスはカスパールとともに狼谷で狩りの悪魔ザミエルに魔弾の鋳造を依頼し、それをマックスが四発、カスパールが三発の魔弾を山分けした。
カスパールが、他ならぬマックス本人の命と引き換えに、魔弾の鋳造と契約の延長を、頼んでいたことも知らずに。
射撃大会当日、素晴らしい成果を発揮したマックスに対し、領主は鳩を射抜くことを命じる。
放たれた四発目の――合計七発目の――魔弾はマックスの意志を離れ、婚約者アガーテに向かっていく。
あわや悪魔とカスパールの思惑通りの結末となるところを、アガーテが身に着けていた、森の隠者が作った白い薔薇冠の加護が防いだ。
冠の加護によってそれた魔弾はカスパールの胸を射抜いた。
こうして、悪魔に仲間を売ったカスパールは死に、マックスも、悪魔の誘いに乗ってしまった己の罪を告白した。
森の隠者のとりなしもあり、追放の罰を免れたマックスは、無事一年後、アガーテと結婚した。
大雑把だが概要としてはこうだ。この物語の中で、マックスは確かに人を殺めたが、それは悪魔にマックス自身を生贄としてささげたカスパールのみのはず。
領主を撃ってはいないし、ましてマックスは流浪の民でもない。
だがサーヴァントと見えない
アーチャーは、本人が名乗った通り、本当に魔弾の射手のマックスなのだろうか?
ウィンクルードの胸の裡に一抹の不安と疑念が湧いた。
だがアーチャーは今のところウィンクルードを裏切ったりはしていない。それにウィンクルードがマスターとなって手にした、サーヴァントのステータスを見る透視能力も、アーチャーの真名はマックスであるとはっきりと記されている。
ならば問題はない。この夢にどんな意味があるのか、アーチャーの本当の素性は何なのか、気にはなるが、良きビジネス関係を崩すほどでもない。
(マスター)
と、その時、ウィンクルードの耳に声なき声が届いた。
アーチャーからの念話だ。
(どうした、アーチャー?)
(セイバーとそのマスターに動きはない。昨日のマスターからの提案について、話し合っているようだ)
(二人の移動は分かるか?)
(問題ない)
アーチャーのスキル、『悪魔の義眼』は、サーヴァントの心臓の位置を光点としてアーチャーの網膜に映し出す。このスキルなら、たとえ多くの障害物に隠れていようとも、サーヴァントの
(ならば引き続き、セイバー陣営の監視を頼む。もしも動きがあったら報告もな)
(了解した)
了承の言葉が返ってきたが、ウィンクルードはアーチャーがまだ何か言いたそうな気配を察した。
(どうした、アーチャー?)
(なぜ、セイバー達を助けるように、おれに命令した?)
昨夜のことだろう。ウィンクルードはアーチャーに、セイバーの手助けを命じた。そのおかげでセイバーはバーサーカーとキャスターの怪物に急襲された時、辛くも難を逃れることができたのだ。
(そうだな、確かに昨日は碌に説明してやれなかったな)
セイバーとそのマスターの援護。昨夜ウィンクルードがアーチャーにそう命じた時、アーチャーは反発せずに了承したが、納得したかどうかは分からなかった。
急を要する事態だとあらかじめ説明していたため、アーチャーも何も言わずに向かってくれたのだ。
だとすれば、こちらの意図を説明しなければフェアではない。
ウィンクルードはセーフハウスの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
封を開け、棚の中から取り出したグラスに
(オレが何より警戒しているサーヴァントは何だと思う?)
説明するといいながら質問しだすウィンクルード。
(全てのサーヴァントが警戒対象だと思うが?)
特に不満も不快も
(まぁ、間違いじゃないな。だがその中でも一等目が離せないのは、やっぱりキャスターだよ)
キャスター。真名エキドナ。ギリシャ神話の怪物たちの母。
宝具は怪物たちの母というエピソードの具現らしく、彼女は多くの怪物を産み、使役している。
(その場合、もっとも厄介なのは数って力だ。いつの時代だって、数は力。まして神話の怪物は、質の面でも一級品。マスターの姿も確認できない現状、狙撃が最大長所の
それだけじゃない、とグラスの中の水を飲み干しながら、ウィンクルードは続けた。
(キャスターの下には、怪物だけじゃなくて、バーサーカーもいる。そうなるとますますオレ達だけだと不可能性が高まる)
(だから、他のサーヴァントと同盟を組もうというわけか。なぜセイバーから?)
こちらの意図は十分理解したうえで、アーチャーは更なる疑問を投げかけてきた。ウィンクルードは律義に答える。
(まぁ、
拠点が分かりやすいし、実の所、ここと
んで、全く動きの無かった如月邸と違って、祠堂邸は次男以外は市外に避難した。必然監視対象はマスターの祠堂司だけ。遠巻きに監視させた結果、同盟相手にするマスターとしては一番
嘘はない。他のマスターはそもそも最大の敵となるキャスターのマスターや、ライダーのマスターのように腹に何物持っているか分からない時計塔の魔術師――おまけにライダーは消滅してしまった。にもかかわらずそのマスターがこの街に留まっているのは疑問だが――やら、詳細不明のランサーのマスターだとか、とにかく曲者が多い。
(それにオレ達には前衛が欲しい。その点セイバーってのは最善だ。最優のサーヴァントは伊達じゃない。おまけに、セイバー陣営と同盟を組めれば、あいつらと組んでるランサー陣営とも共闘できるかもしれない)
(――――――了解した。あくまで最大戦力を倒すまでの、一時的な共闘関係というわけだな?)
(そうさ、キャスターと、その下にいるバーサーカーさえ倒せれば、オレたち狙撃手ってのは脅威だ。どれだけ残るか分からんが、生き残り組には相当な脅威だろう)
だから、そのチャンスを狙って、
「オレ達が、聖杯を頂く」
実際の言葉と念話の両方で、ウィンクルードはそう言った。
(…………なるほど、同盟を組む場合、聖杯を手にする機会が減るが、そのリスクを飲んででも、キャスター陣営は打倒しなければならない敵だと、そう言うのだな?)
(ああ、不満か?)
(いいや。マスターの判断に従おう)
どうやらアーチャーも納得したようだ。最大勢力を潰すために、他のマスターと同盟を組む、というのはこの手のバトルロワイヤルでは定石の一つだったが、サーヴァントからすれば自分一人の力を信用していないのではないかと取られかねない、とウィンクルードは懸念していたが、その心配はどうやら杞憂だったようだ。
そう思った所に、
(マスター、もう一つ質問してもいいだろうか? これは、戦略的に意味のある物ではないかもしれないが、おれにとっては、重要かもしれないんだ)
念話でも、アーチャーの声音に真剣な色が濃く出ているのが分かった。ウィンクルードは他に誰もいないのに、自然姿勢を正した。
(なんだ?)
(マスター、マスターはなぜ、
心臓が、跳ね上がったかと思った。
ウィンクルードは息を飲み、己の動揺が念話となってアーチャーに伝わっていないかどうか、本気で心配した。
頭を占めるのは困惑と、後にやってくる理解。
サーヴァントとマスターは見えない
今朝、ウィンクルードはアーチャーの生前を、過去を見た。ならばウィンクルードの過去をアーチャーが見ても、何らおかしくはない。
――――――心臓に二発。頭に一発。感じることは何もなく、軽々と引き金を引いた。
覚えている。地下に充満する硝煙と血の臭いも。
信じられないものを見るような眼をする婚約者。もう顔も思い出せない彼女も、同じように心臓と頭を撃ち抜いた。
その光景を、頭から打ち払う。
(アーチャー、そのことについては、会って話そう。こんな念話越しじゃなく、面と向かって)
念話で済ませていい話ではない。そう思ったウィンクルードは己の動揺を押し殺しながらそう言った。
(了解した、マスター)
了承の念話が返ってくる。微かな安堵を感じながら、
(待ってる。だがアーチャー、それまではセイバーたちの監視を――――――)
(ああ、今、動きがあった。場合によっては、さっきマスターが言っていた思惑は崩れるかもな)
(何?)
(
それは確かに、セイバー陣営と同盟を組み、そのままセイバーたちが同盟を結んでいるランサー陣営とも協調しようという、ウィンクルードの思惑は脆くも崩れ去りそうな状況だった。
「どうなってんだ!?」
誰もいない部屋の中、ウィンクルードは盛大に叫んだ。