偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第44話:四日目④ 濃霧の中でⅡ

 春日居市、新地区。

 霧に覆われた春日居市内。道を行き交う一般人の姿は極端に少なく、いたとしても己の目的のみを頭に浮かべて邁進しているため、周囲の異常を意に介さない。

 各々のこと以外を知ることのできない霧の異界。だからこそ、少し頭上に目を向ければ見える火花に気づかない。

 いわんや、その火花を起こしている二騎の英霊のことなど、さらに。

 建物の屋上部分に軽く足をかけ、セイバーとランサーは宙を駆ける。

 攻め立てるランサー。彼の刺突をセイバーは身をひねって避け、その隙間を埋めるように浮遊している剣を射出し、ランサーの追撃を牽制する。

 ランサーの槍さばきによって剣が弾かれるも、セイバーは姿勢を整えてどこかのビルの屋上に降り立った。

 再びの跳躍はない。セイバーは右手に召喚した剣を握り締める。その視線の先に、ランサーが軽やかに着地した。

 濃霧の屋上で対峙するセイバーとランサー。ランサーは槍を構え、僅かに膝を曲げたいつでも飛び出せる姿勢のまま、しかし口を開いた。

 

「その剣、あなたの意志で操っているのですか?」

 

 セイバーは答えない。戦場での問答は、時間稼ぎか相手の情報を得るかの二つしかないからだ。

 応えないセイバーに構わず、ランサーは言葉を続ける。

 

「しかしそれにしてはややタイミングが妙だったこともあります。完全に隙をついた一撃を防がれたことが何度かある。体勢を崩しても間を埋められたことも。であれば、答えは単純。

 あの剣たちはあなたの意志で動く物以外に自動(オート)で動く。或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 セイバーは答えない。しかし反応してしまった。眉を動かし、表情筋を固めてしまい、手足に僅かな、ほんのわずかな力と硬直を起こした。

 汗が頬を伝う。その反応に、ランサーは満足したように微笑んだ。問題の答えが正解だったことを喜ぶ学生のように。

 

「その反応、正解のようですね」

 

 ランサーの口元が僅かに笑みの形になる。セイバーは動揺を押し殺すように、軽く小さく息を吐いた。

 剣についてバレたからと言って、それがそのまま自分の真名に繋がるわけではない。

 確かに()()は、生前の自分の所業、反英雄たる所以(ゆえん)のエピソードから、死後も(わたくし)に囚われている。そのようになってしまった。

 だが、凄惨な所業を成して英霊と呼ばれた人物は他にもいる。やはり、それだけで真名には至らない。

 セイバーはもう一度、今度は長く、大きく息を吐いた。

 周囲の剣先をランサーに向ける。腰を落とし、右手の剣を両手で握り、切っ先を地面に向けて構える。

 腰を提げ、膝を曲げ、身体のバネを縮ませる。

 一拍の間

 

「──────ッ!」

 

 セイバーの身体が、まさに弾丸のように発射された。

 気迫を込めた疾走。だがそれでもセイバーはクレバーだった。

 セイバーの疾駆に一拍早く、彼女の剣がランサーめがけて殺到した。

 ランサーの槍が回転し、唸りを上げる。白い槍の刃が、柄が剣を弾き、剣があさっての方向に飛んでいく。

 だがそこにセイバーの小さな体が迫る。セイバーが、手にした剣を一閃させる。

 白銀の一閃は、しかし白い槍に防がれる。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 停滞はない。ランサーの身体が半身を開くように後ろに下がり、それに従ってセイバーの身体が前に流れる。

 セイバーは剣を手放して左足を軸に旋回。その際にバランスを崩さぬよう、影絵の茨を左足から地面に向けて実体化し、屋上の床と左足を縫い付けた。

 旋回するセイバーの身体。その右手に吸い付くように一本の直剣が飛び込んだ。

 

「ッ!」

 

 ランサーの表情が強張った。旋回の勢いをそのままに、セイバーの横一閃が奔る。

 ランサーの身が沈んだ。遅れて彼が付けていたマントが広がる。

 槍を手放した。セイバーがそこまで理解した時にはすでにランサーの右足が鋭い足払いを放っていた。

 セイバーは自分の足を縫い付けていたため、とっさに回避ができない。影絵の茨を解き、足の自由を取り戻したまでは良かったが、その時にはすでにランサーの蹴り足がセイバーの左足を刈らんと迫っていた。

 当たる。セイバーの確信はしかし裏切られた。

 セイバーの剣が彼女自身の意志を離れて飛来し、刃が当たらないようにセイバーの左足を()()()()()

 

「きゃっ」

 

 セイバーの身体がバランスを崩して仰向けに転倒していく。だが屋上から離れた脚は地を這うようなランサーの足払いを空振りさせた。

 背中から倒れそうなセイバーを、飛来した剣が支える。屋上と平行に、平らに差し出された剣身の上で、セイバーは後転を決めて着地。

 その視界に広がる足裏。ランサーは足払いが空ぶったとみるや、両手を屋上につけて体を浮かせ、強引に右足を戻し、体重を乗せた蹴りを放ったのだ。

 セイバーは咄嗟に腕をクロスさせ、さらにその腕に影絵の茨を巻きつかせて強度を上げた。

 直後、セイバーの腕にランサーの蹴りが直撃。彼女の小さな体が砲弾のように屋上から()()された。

 

「……ッ!」

 

 衝撃に、セイバーの息が詰まる。霞む視界の中、霧を突き破って吹っ飛んでいく自分を追いかけるように、やはり霧を貫いてこちらに飛来してくる白いものを見た。

 一瞬後に、それがランサーが手にしていた槍だと気づく。

 サーヴァントが、己の宝具を投擲に使った? アーチャーならともかく、ランサーが? 疑問が湧きはしたものの、あれの直撃は避けなければならないと危機感の方が先に来た。

 セイバーの身体から、影絵の茨が三次元化して茨を伸ばし、さらに剣を飛ばしてやりの軌道を逸らそうとする。

 剣戟の音が鳴り、火花が霧の中で散り、槍の軌道が僅かにずれる。その隙を見逃さず、茨が槍を引っ掻け、セイバーの腕の動きに合わせて軌道を大きくずらし、どこかへと飛ばした。

 セイバーは空中で姿勢を制御し、茨を伸ばして近くの街灯に巻き付け強引にブレーキング。体の負担を無視して茨を引いて体を街灯に引き寄せ、着地する。

 一息つく暇もなく、同じく地面に降り立つランサー。どこかに放ったはずの槍はその手握られていた。

 セイバーは鎧の下、肌の露出している部分に、影絵の茨を這わせ、同じように手にした直剣もまた、茨で覆った。これで防御力と攻撃力を引き上げる。

 ランサーの戦闘は巧みだ。このままでは決定打がない。だが彼の宝具、あの聖槍は、この呪い茨の防御を貫通してこちらを貫いてくる。

 今だ宝具を使う兆候がないのは謎だが、使わないのなら、攻め立てて使う隙を与えないよう立ち回ればいい。

 同時に考えることがある。目の前の彼も、そしてマスターも知らない、己の()()()()を使うべきか。

 呼吸を整え、攻めのタイミングを計りながら、それでもセイバーは逡巡する。

 敵の知らないこちらの切り札。使えば意表を突けるだろう。もしかしたら、倒すことも。

 だが迷う。穢れたこの身に、あの輝きを振るう資格があるのかどうか。

 逡巡は敵につけ入る隙を与える。そのことに思い至り、しまったと己の迂闊さを嘆いた時、セイバーとランサーの耳に、銃声の轟きが聞こえた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 霧の中、司は右手に宿らせた炎剣を横一閃に振るった。

 熱と赤い軌跡が霧を切り裂き、しかし霧の水分によって力を失っている炎はその先にいる氷の彫像を切り裂ききれない。

 胴体の七割を切り焼かれながらも、通行人に偽装されていた、斧の形をした左腕を持つ氷像が己の身体を意に介さず斧を振り下ろす。

 司は一閃の勢いを殺さずにターン。振り下ろしの一撃を躱す。反撃を透かされた氷像は自らの攻撃の衝撃に耐えきれず、司が切り裂いた胴体部から割れ砕けて崩壊した。

 だがその向こうから新たな人影が現れる。

 無論、氷の彫像だ。両手を剣にした氷像と、右手を斧にした氷像が迫る。

 

「きりがない!」

 

 たまらず後退する司。その退路を断つように氷柱が頭上から迫る。

 

「ッ!」

 

 ()()()()()()()()。直感に突き動かされるように、司は掛ける。

 アスファルトを蹴りつけ、『強化』の魔術を使い、その場から離れることだけを考える。

 とにかく氷像も氷柱も相手にするだけ無駄だ。この霧を生み出している魔術師そのものを倒さなければならない。

 そのためには、魔術師の居場所を特定しなければならない。

 近くにいるはずだ。近くで、こちらの様子を窺っていなければ、ここまで正確に攻撃を繰り出してこれない。

 走りながら周囲を見渡す。だがそれらしい影は見当たらない。

 建物の中か? だとすればどこに? 高いところ?

 考えながらも攻撃はやまない。前方に見えた人影を咄嗟に敵と判断し、司は地面を蹴りつけて方向変換。路地裏に入った瞬間、反射的に地面を蹴って跳躍。その足下を、氷の刃が通り過ぎていった。何も知らずに走っていれば真っ二つだっただろう。

 その事実に背筋が凍る思いをしながら、司は手近な壁を蹴ってさらに方向転換。

 直下に向かって左手から炎弾を氷像に向かって発射。右手が鋭利な剣の形をしていた氷像が、頭部を燃やされ崩れ落ちる。

 息が切れる。呼吸がし辛く、胸が苦しい。的確に詰められているのが分かる。チェスや将棋で、一手一手が相手の詰みに近づいているのにどうにもできない焦燥感が、司の心を炙る。

 だがそのままにもできない。手近な扉を見つけた司は、そこが駅近くから少し外れた所にある、中華料理店の裏口の扉だと気づく。めいっぱい走り回っているようで、まだ駅からそう離れてもいないらしい。

 鍵を壊し、中に入る。建物の中までは、霧も入ってきていなかった。

 中に誰もいない。この時間では、店主もまだ来ていないのか。それともこの()()()()のせいか。

 どちらにしろ住人がいないのは好都合。司はドアから離れ、窓から外の様子を見る。

 霧は相変わらず乳白色の闇となって司の視界を塞ぐ。あの霧は司の位置を正確に把握していた。

 この視界の利かない霧の中で、敵は一体どうやって司の位置を知ったのか。疑問は尽きないが、それでも可能性を探るなら、霧そのものが、攻撃手段であり、知覚手段であるとみるべきか。

 敵の魔術師は相当な使い手だ。この霧の粒子一つ一つを、完全に掌握しているとしても驚かない。

 おそらく敵は霧の内部で行われていることを逐一把握している。今、霧に触れていない自分の存在は近くできているだろうか? できていてもいなくても、反応が消えた付近を探る。自分ならそうする。

 だとすれば、霧はすぐにこの建物の中に入ってくるだろう。

 店の窓から覗いてみれば、案の定、霧がさらに濃くなり、その向こうから氷像がやってきた。中に押し入ってくる気だ。

 どうする? この場所はもうすぐ()()()()()()。すぐに逃げなければ――――――

 

 その時、一発の銃声が司の耳に届いき、氷像を粉々に砕いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 アーチャーにとって、この霧は厄介ではあったが、狙撃任務諸々が不可能になるほどではなかった。

 生前だったなら、この霧は狩りをやめる理由として十分だった。だが今は、C+ランクの『千里眼』スキルに加え、『悪魔の義眼』によって、アーチャーの目には霧の奥に潜む敵の心臓が、光点として見えている。なのでこの霧も、込められている魔力と物理的な濃さで、狙撃の難易度を上げてはいるが、不可能にはしていない。

 そのアーチャーの視界では、濃霧から逃れようと、足を速める一般人の姿が、さっきまでは見えていた。彼ら彼女らの動きはシンプルだ。目的地に向かって一直線。迷いはない。

 普段ならあるだろう、近くを歩く他人を気にしての歩幅の乱れも、今日はない。隣人の顔も見えないこの霧から逃げるように、各々の目的地に向かっていく歩幅、歩調に迷いはなかった。そして一般人は目的地の建物の中に入っていく。そのため、あの霧の中を彷徨(さまよ)う者たちの主観から、一般人の姿は消えているだろう。実際には、新たに駅から出てきた一般人の姿はあるが、すでにこの舞台の主要人物たちは駅のロータリーからは離れている。主観でいないなら、存在しないも同じだ。

 アーチャーは目線を駅以外に向ける。視線に先で、目まぐるしく動く光点が二つ、見えていた。

 セイバーとランサーだ。濃霧のせいで姿は確認できないが、凄まじい戦闘速度で移動しながら、この街を縦横無尽にかけている。

 水面下で同盟を組んでいたはずの二騎がなぜ争っているのか、アーチャーは知らない。マスターも驚いていたので、本当にイレギュラーなのだろう。

 マスター。ウィンクルード・アーマス。己の肉親を、銃を使って殺した男。

 

「…………」

 

 遮断(カット)。今この思考も、疑問も邪魔なものだ。アーチャーは己の思考を棚上げし、心を切り離す。

 マスケット銃を構える自分自身も俯瞰的に見る。心はここではない、どこか深くて、冷たくて、寒い場所へ。

 光点はさらもう一つ、聖杯戦争の関係者を映し出す。

 この霧の中、乱れた歩調で走り続ける光。

 時に立ち止まり、明らかに走っているのとは違った挙動を示す光点は、霧の中で戦っているセイバーのマスターか。どうやら劣勢。マスターの思惑がある以上、ここでセイバーのマスターに死なれるのはまずい。

 フォローが必要だ。セイバーのマスターを、この霧の元凶の許まで届けなければならない。

 敵の位置も、だいたいは掴んでいる。が、さすがにこちらの狙撃を警戒しているのだろう。うまく狙撃ができない角度を保っている。

 おそらく、この霧を介して、狙撃姿勢にいるこちらを感じ取っているのだろうと、アーチャーは見当づけた。

 他にも問題はあったが、対策は講じている。

 アーチャーは躊躇なく引き金を引いた。

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