偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第45話:四日目⑤ 濃霧の中でⅢ

 春日居市駅周辺。

 正体不明の敵が作り出す霧の中、(つかさ)は目の前の行動の意味を理解した。

 逃げ込んだ中華料理店。濃く立ち込めてくる霧。そして、無人の中華料理店の裏口から、今にも氷の兵隊が押し入ってこようとしていた。

 その頭がどこかから飛び込んだ一撃によって粉砕された。直後に送れてきた銃声が響く。

 司はそれをアーチャーの放った弾丸だと理解。一瞬、こちらにも弾丸が来るのではと思い、身を低くしたが、その気配はない。

 新たに作り出された氷像も全て頭部と胸部を砕かれて沈んでいく。どうやらアーチャーはこちらを助けてくれるらしい。

 マスターがこちらと協定を結びたがっているため、サーヴァントもマスターの方針に従うということか。

 司はゆっくりと裏口の扉を開けた。

 氷像は造り出されておらず、氷柱も降ってこない。

 一息ついて、外に出る。瞬間、裏路地の出口――表通りへの道――に弾丸が撃ち込まれた。

 こちらを狙わず、氷像も狙わない一発。意味がないはずがない。司はそれを、アーチャーによる()()()だと解釈した。

 アーチャーはこの霧を発生させ、こちらに攻撃を仕掛けてきた魔術師の居場所を掴んでいる。

 本人が狙撃しないのはマスターの命令か、それとも狙撃しにくい場所にいるのか。それは分からないが、とにかくこちらに相手をさせようとしている。

 動くべきだ。このままでは状況は改善しない。

 司は頭の隅で、セイバーとランサーはどうなっただろうかと考えながら、行動に移った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 銃声が轟いた時、セイバーは一瞬硬直し、対してランサーの行動は迅速だった。

 今までの重戦車のような重々しさをかなぐり捨て、疾風のような速さと軽やかさで跳躍。建物の壁を蹴りつけさらに跳躍。その先はセイバーではなく、銃声のした方向に向かって疾駆する。

 

「あっ!」

 

 一瞬遅れ、セイバーも剣を足場に飛ばしながら跳躍し、ランサーを追う。

 今の銃声は間違いなくアーチャーだ。マスター、司様は無事だろうか?

 頭に浮かんだ疑問は目の前に対する集中によってかき消される。向こうからの連絡はなく、マスターとのパスは今も繋がっている。無事だと信じ、自分は目の前のランサーに対処すればいい。

 

「待ちなさいランサー!」

 

 叫んでみるが槍兵は当然止まらない。牽制のために射出した剣もさして注意を払っていない。そのマントがたなびき、剣を払い落し、落としきれなかった分は急所を外して鎧や籠手で受けた。

 確かなダメージのはずだ。だがランサーは止まらない。ビルの屋上を蹴り、屋上のコンクリートを砕きながらさらに銃声にした方向へ、霧のヴェールを突き破っていく。

 あまりにもなりふりかまわないランサーの姿勢に、セイバーは違和感を抱いた。

 先ほどまで対峙していた敵サーヴァントをかなぐり捨てての行動は、やはりマスターが危機に陥っているとみるべきか。

 だとすれば、先程のアーチャーの銃声は、彼のマスターを狙ったものか? そしてランサーは、銃声からアーチャーのいる方向を割り出し、こうしてアーチャーに肉薄しようとしているのか。

 銃声がさらに続く。ランサーの焦燥がはっきりと伝わってくる。セイバーは左手をランサーの後ろ姿に向けて伸ばした。

 セイバーの伸ばされた左手から影絵の茨が飛び出し、ランサーに迫る。ちょうどその時どこかのビルの屋上に着地したランサーは自らを拘束しようと伸びる影絵の茨に気づいた。

 ランサーの行動に停滞はない。ランサーが身に着けていたマントが、ふわりと風を孕んで揺れた。

 マントを外し、風を孕んで膨らんだそれでセイバーの視界からその姿を隠すためか。それとも、一刻でも早くマスターの許にはせ参じるため、少しでも行動の重荷になる物を外しておきたかったか。

 いずれにしてもそのマントの先にランサーはいる。円を描いて茨がマントを囲い、停滞なく絞られた。

 

「えっ!?」

 

 疑問の声はセイバーのもの。ランサーのマントを絞った影の茨は、しかしマントだけを捉えていた。

 中身(ランサー)がいない。

 今の一瞬で、どうやって抜け出したのか? 霊体化? ありえない。霊体化すれば物理的な制約から解き放たれるが、魔力がこもった攻撃――例えばサーヴァントによる攻撃だ――には実体化している時以上に無力になる。今にもセイバーの一撃に晒されようというタイミングで霊体化する理由が分からない。

 一体どこに? ふと周囲を窺うセイバー。――――それが隙となった。

 セイバーの視界に走る影。それが、地面すれすれを走るランサーであると気づいたのは一瞬遅れて。

 自分よりも大柄なランサーが、自分よりも低い位置から攻撃してくる展開に、動揺がセイバーの身体を縛り上げる。

 ランサーは槍の刃付近を持つことでリーチを短くする代わりに取り回しをよくしている。下からの刺突が跳ね上がる。セイバーは僅かに身体をのけぞらせることが精一杯だった。

 跳ね上がった槍の穂先がセイバーの鎧を抉り、肌を切り裂く。

 鮮血が濃霧の中を飛ぶ。だが浅い。セイバーののけぞりが間一髪致命傷を避けさせた。

 だがランサーの攻撃は終わらない。ランサーの手の中で槍が回され、石突部分が天を向く。

 槍というより、棍棒として扱われる一撃。唸りを上げた振り下ろしに対し、セイバーは僅かに首を傾げて脳天への直撃を回避。だが容赦のない一撃が左肩口に叩き込まれた。

 

「くぁ……ッ!」

 

 苦痛の声がセイバーの喉から漏れる。だが茨の防御が辛うじて間に合ったため、骨も内部も無事だ。

 しかしランサーは止まらない。セイバーの反撃よりも早く、ランサーの蹴りが出る。

 重戦車を思わせる足裏がセイバーの胸に直撃。その小さな体を吹き飛ばし、セイバーの身体がビル屋上から飛び出して宙を舞う。当然その先は重力に捕まり落下だ。

 それでもセイバーは諦めず、影絵の茨を伸ばしてどこかに捕まり、落下を阻止しようとした。

 だがランサーもそこは予測していたらしい。落下を始めたセイバーの視界に、跳躍したランサーの姿が映る。

 ランサーはすでに槍を逆手に持って投擲に姿勢をとっていた。

 来ると思っても体は動かない。せめてもの防御に前方に剣を展開して壁とする。

 ランサーが槍を投擲。剣の防御を容易く弾いて、槍の穂先がセイバーの胸の中心部に直撃。セイバーの身体が一気に落下していった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市、新地区。

 春日居市の新地区は近年、都市開発が行われ、オフィス街にはホテルのほかに、ビジネス用の背の高いビルもいくつかある。なので新たな背の高い建造物がこれからも造られていくのだろう。まさに経済の潤いを感じさせる。

 アーチャーが狙撃の場として陣取ったのは、そんなビル群の中で一際背の高いビルだった。

 といっても中に人はいない。今だ建築は途中で、外装は出来上がってきているが、内部工事はまだで、今日は工事のために出入りしている業者もいない。今日は現場の都合が元受けの都合か、工事は休みだった。

 なのでアーチャーからすれば、特に周囲を気にすることなく狙撃に専念できる、好条件の場だった。この場所での狙撃待機を命じたウィンクルード(マスター)は、事前の下見で工事の予定を入手していたのだった。

 

「…………」

 

 濃霧の中、アーチャーの身を貫くのはかつての、生前の記憶だった。

 背筋を貫く悪寒。この感覚に覚えがある。獲物がこちらの存在に気づいた時だ。

 逃げるのではない。逆にこちらを狩るつもりがある獣だ。獣の爪牙がこちらを捉えんと、逆に迫ってくる時、あの感覚に似ている。

 

「――――――」

 

 手にした銃はそのままに、アーチャーは膝たちの姿勢を解き、その場から飛びのいた。

 一瞬後、屋上を貫く光が一筋。それがランサーの槍であることは、一瞬で看破できた。

 そして屋上に降り立つ槍兵の姿。

 来た。セイバーを退け、今ランサーが狙撃手たる自分を葬らんとやってきた。

 分かっていた。ここまで何発も弾丸を放っているのだ。こちらの位置など把握して当然。

 屋上に突き刺さったままの槍を、ランサーが無言で引き抜く。

 構えは一瞬。地を蹴った槍兵の姿が霞む。

 アーチャーが右半身を開くように体をのけぞらせ、間にマスケット銃を差し込んだ。それがアーチャーの精一杯だった。

 暴風の様な刺突が通過する。ランサーの一撃をかろうじて直撃回避したアーチャーだったが、掠めた余波だけで体勢が崩れる。回避の最中で喰らったのでなおさらだ。

 だがそれでいい、とアーチャーは思う。ダメージは軽微。体は動き、自分の銃にも異常はない。そして吹き飛ばされたことで多少距離が空いた。今なら銃の間合いだ。

 しかしアーチャーのその思惑を、耳に近づく風の唸りが否定する。刺突を回避された時からランサーの動きは続いている。右足で急ブレーキをかけ、そのまま右足を軸に旋回。槍の穂先がうなりを上げてアーチャーに迫る。

 

「ッ!」

 

 歯を食いしばって、アーチャーがマスケット銃でガード。穂先ではなく柄の部分に銃身を当てたが、鈍い音と共に衝撃がアーチャーの腕に伝わってくる。

 銃から手を放し、アーチャーの身体が沈む。その両手は神速で後ろ腰に回り、ホルスターから二丁の拳銃を引き抜いた。

 グロック17。その名のとおり十七発の弾丸が弾倉に詰まった逸品が二丁。銃口がランサーに向けられると同時に引き金が引かれ、マズルフラッシュが濃霧の中を照らす。

 放たれた銃弾。同時に弾丸の軌道とランサーの間にあったマスケット銃が消える。

 障害物の無くなった二騎のサーヴァントの間を、合計三十四発の銃弾が突き進む。

 アーチャーが自身の宝具によって宝具の属性を付与された弾丸。ただのサーヴァントの攻撃よりも当然、与えるダメージは上。内包する神秘はたとえサーヴァントでも、当たればただでは済まない。

 ランサーの腕と槍が霞む。足を止め、振り払われる槍は旋風の壁と化し、弾丸を撃ち落としていく。

 だが弾丸の雨は止まらない。()()()()()自動で生成され、装填される弾丸は、アーチャーの魔力が尽きぬ限り供給され続ける。

 そこにリロードの隙は無い。銃の最大の弱点は、アーチャーにはない。

 弾丸はランサーに届かない。だが叩き込まれる銃弾の数が百を超え、二百に昇ればその鉄壁にも綻びが出る。

 弾丸が何発か槍の防御を抜けてランサーの身体に命中する。一発通れば複数発も通る。ランサーの鎧の隙間から、血が滴り落ちるのが見えた。

 だがランサーは揺るがない。さらに追加で弾丸が叩きこまれ、さらにアーチャーはゆっくりと移動しだした。

 それを見て取って、ランサーの動きが加速した。被弾覚悟での移動。アーチャーの視界からランサーの姿が消える。

 血が線を引いて空中を走る。だからアーチャーはランサーの軌道の軌跡を捉えることができた。

 アーチャーから見て右側。とっさに銃を盾にする。

 衝撃はその刹那。何とか刃の部分は外せたが、柄の部分でもランサーの力で殴られればアーチャーには脅威だ。盾代わりの二丁拳銃はひしゃげて破壊され、防御の外側に添えた左腕は、おそらく骨が折れた。

 だが被害はそこまでで済んだ。防御に回るとともにとっさにその場から飛びのいたのが効いた。

 そして、地に足のついていないアーチャーの身体はランサーの振り払うによって当然のように踏みとどまれずに吹っ飛ばされる。

 これもまたアーチャーの狙い通り。逃走経路は確保した。後は、追撃の妨害だ。

 アーチャーは懐からボタンを取り出し、押した。

 瞬間、凄まじい轟音が周囲に轟き渡り、炎の赤が濃霧の乳白色の中に咲いた。

 霧が炎に舐められて一時的に散る。

 アーチャーたちが戦っていたビル、その屋上部分が、最上階天井に仕掛けられていた爆弾によって吹き飛ばされたのだ。

 無論、アーチャーの仕業だ。彼は爆弾の上に居座って狙撃を繰り返し、さらに今、ランサーからの追撃を防ぐために爆弾に火をつけたのだ。

 足元が爆発し、炎と足場の消失に見舞われたランサーだったが、その程度で前後不覚になるならば、英霊は名乗れない。爆炎によって散らされた霧の隙間から、ランサーのが飛び出してきた。

 

「――――――――――――」

 

 アーチャーはすでに己のマスケット銃を、無事だった右手一本で構え、支えていた。

 銃口はすでにランサーの向けられている。

 

「宝具装填。―――――我が魔弾は遍く総てを逃がしはしない(ブレット・オブ・ザミエル)

 

 アーチャーが持つ本命の宝具。七発しか撃てない――しかも自由に撃てるのは六発まで――真なる魔弾。

 あらゆる要素を無視してアーチャーの思惑通りの軌道を描く魔弾が、ランサーの左胸、心臓部に突き刺さった。

 いつかの夜とは違う。今度は仕留め損ねない。

 着弾位置からランサーの身体に罅が入る。罅はどんどん広がっていき、心臓がガラスのように砕け散った。

 ランサーに、今際の言葉はない。最期にアーチャーの方を睨みつけ、その霊基(からだ)を崩壊、消滅させた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 春日居市駅。

 駅周辺から、アーチャーの弾丸の案内に従って、司はこの場所に戻ってきた。

 無人の駅前広場の向こうに、大きく口を開いた駅の入り口。中に入れば改札口と切符売り場、窓口に備え付けの喫茶店、ほかにも駅に直結している多くの店舗。それらは今、伽藍(がらん)としている。

 また、建物の中とは言っても、駅の構造上、外と中を隔てる扉はないため、霧が駅構内にも入ってきている。だから視界が定かではない。

 司は警戒しながら先に進む。

 一番最初の場所に、首謀者が潜んでいた。これは確かに盲点だったが、ここならばアーチャーの狙撃から身を守ることもできるし、外の監視もできる。アーチャーが自分をここまで案内しながら、自分で敵を狙撃しなかったのも頷ける。

 決戦だ。司は、緊張と高揚感を持ちながら、この、危険だらけの場所に足を踏み入れた。

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