偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第46話:四日目⑥ 濃霧の中でⅣ

 春日居駅内部

 外の濃霧が解放された出入り口から入ってくる。そんな春日居駅に足を踏み入れて、(つかさ)は周囲を警戒した。

 アーチャーの誘導に従ってこの場に来た。ならば、この霧を生み出し、ランサーをけしかけた()はここにいるのだろう。

 司の身体に緊張が巡る。息を一つ吐く。

 脳裏に浮かべるのは、火が灯る映像。司の体中を走る魔術回路が励起する。臨戦態勢だ。

 ただし魔術による炎はまだ出さない。この霧の中、炎の赤はよく目立つ。敵に先に発見されるリスクはできればとりたくない。

 歩きながら、油断なく周囲を見渡す。そして、霧の中に人影を見つけた。

 初めはまた氷の兵隊かと思ったが、どうやら違うようだ。司が慎重に近寄ってくると、武器を構えるでもなく、ゆっくちと振り返って、こちらに近づいてくる。

 そこに氷像の重々しい動きも、音もない。響くのはコツコツという、靴が床を叩く音だけ。

 霧が、まるで意志あるものの如く揺らめき、僅かに薄れた。

 すると向こう側の人影の正体が分かった。

 女だった。

 ただし、司が知っているランサーのマスター、即ちシスター・キャロルとは違う。

 ひどく、水の似合う女だと思った。

 人間よりも、妖精じみた白い肌、背中まで届く金の髪、赤い瞳と、それを覆うフレームレス眼鏡、肌に張り付くような白いシャツに薄青色のスラックス。秋も始まるこの時期では少々寒さが身に染みそうだ。

 真冬の空の下で鍛えられた、氷の短剣の風情。

 

「……貴方が、この霧で街を覆った魔術師か?」

 

 脳裏でちらつく炎が、勢いを増した。大きく揺らめく炎。同時に、司の魔術回路が励起する。全身に魔力が漲り、次の瞬間には魔術が遅滞なく行使できるようになる。

 

「そうだ。と、言ったら?」

 

 女の口から、涼しげな声が放たれた。

 肯定の言葉。だがそれは、相手の反応を引き出すための文言だった。同時に司が思うのは、この問答で、果たしてどこまで情報を引き出せるのか。或いは、こちらの情報をかすめ取られてしまうのか。リスクとリターンを天秤にかけたうえで、どう行動に出るべきかだった。

 

「すぐに解いてもらいたい。この霧は、この土地の人たちの活動に支障をきたす。なぜこんなことを?」

 

 司は慎重に、相手の出方を見逃すまいと観察しながら声をかけた。女は口の端を僅かに上げた、控えめな笑みを浮かべた。口だけで作る笑みだった。

 

「勿論、神秘の隠匿のため。気付いているでしょうが、この霧は結界。霧が晴れぬ限り、一般人は魔術を感知できず、その結果もまた、認識できない。

 つまり、白昼堂々、サーヴァント同士の聖杯戦争が行える。これのどこに不都合が?」

 

 まるで出来の悪い生徒に対して抗議する教師のような口調。だが彼女の言葉はこの事態を引き起こし、司の敵であるとはっきり告げていた。

 だが司はすぐに戦闘には移行しなかった。ここは彼女のフィールド。この場所は危険に満ちている。迂闊に動いてはいけない。脳の片隅で、そんなことを考えながら、問いかけを放つ。

 

「貴方は何者だ?」

「それを聞く意味は? ランサーのマスターだというのは分かっているはず」

「それは嘘だ」

 

 女の返答に対して、司はほとんど同時に否定した。女は少し驚いたように目を開いたが、すぐに表情は元に戻る。口元だけ笑みを浮かべた、薄くて冷たい微笑に。

 

「その迷いのない返答。()()()貴方はランサーのマスターの正体を知っている」

 

 ()()()、司の全身が総毛だった。今、女の()()()()()()()()()()()()()

 

「知っていること、考えていること、全て喋ってもらう」

「ッ! 」

 

 返答はせず、司はその場から飛びのいた。

 次の瞬間、司が一瞬前までいた場所に頭上から生成、射出された氷柱が突き刺さった。そのままあの場に突っ立っていれば、司の脳天は氷柱によって貫かれていただろう。

 着地と同時に司は疾走を開始。右に、女から見て左に走り出す。

 

人形劇(ギニョール)は好きです」

 

 女が涼やかに呟きながら、まるで指揮者のように右手を振るう。

 瞬間、司の眼前に立ち上がる影。それが両手を刃の形にした氷の彫像だと気付いた時にはすでに彼もまた動いている。

 

「もっとたくさん、人形(プッペ)がいれば特に」

 

 司の行く先を塞ぐように新たな影。どこかから立ち上がるのではない、まさに唐突に()()したのだ。

 

直剣抜刀(ソードバレル)!」

 

 司の右手に炎が灯り、息つく暇もなく伸び、直剣となる。

 そのまま、まるで居合居ぬきのように右腕を振り抜く。

 霧の中、炎の赤が氷の青を切り裂く。その頭上に影。振り仰ぐ愚を犯さず、和輝はその場から前に飛びのいた。

 それは前に身を投げ出すもので、その体勢だったからこそ功を奏した。

 前に身を投げ出すことで体の位置が低くなり、新たに出現した氷像の横薙ぎの一閃を回避。さらに和輝の頭上に出現していた氷柱の落下圏内からも脱出できた。

 受け身を取り、床を転がりながら和輝は考える。

 氷柱と言いい氷像といい、あまりに突然に出現しすぎる。使い魔的に用意しているのではなく、この霧の水分を使ってこの場で即興で生み出しているのだろう。

 ただ放つだけの氷柱に比べ、氷像の動きは関節の在る人間のように滑らかだ。町中を駆け巡っている時はここまで俊敏ではなく、像らしく動きはもっとぎこちなかった。

 あの女の視界内で作り出されているから、操作もより円滑なのだろうか? 考えながら振り下ろされた斧を回避。バックステップの着地後、間髪知れず右にターン。直後に足元から氷柱が生えた。あの場に留まっていれば股間から串刺しだった。

 とにかくこの場所は()()()()()()()()。和輝は右手に炎の剣を手にしたまま、左掌を女に向けた。

 

銃身展開(バレルオープン)発射(シュート)!」

 

 無手の左手から炎が灯り、弾丸となって発射される。女は眉一つ動かさず、指を軽く動かし、唇を震わせる。

 

人形(ドール)

 

 静かな一声。次の瞬間。霧が一か所に集まり、作り出されるのは大柄な男の氷像。無駄を省いた流麗な動きは息を飲みそうで、そして早い。何しろ司の炎弾の到達よりも氷像の完成がのほうが早い。

 氷像は太い両腕を広げて女を守るように仁王立ち。直後に着弾。氷の表面が削れる。

 

「――――――」

 

 司の炎弾は止まらない。削れ、抉られた個所にさらに四発の炎弾が叩きこまれる。

 

全弾発射(フルバレル)!」

 

 左手の炎から、さらなる弾丸が発射される。

 今度は炎弾は途切れず、氷像を打ち砕きながら女に向かって飛来する。

 

(ウォール)

 

 一言の起動ワード。それで霧が凝縮し、文字通りの壁を作る。

 

戦士(ウォリアー)

 

 女は動かない。ただ全体を俯瞰し、都度、指揮棒(タクト)を振るう奏者のように、司を追いつめようと詠唱を続ける。

 司も止まらない。氷の壁を回りこんで強襲してきたのは、今での氷像よりもスマートなフォルムのヒトガタ。それは右手を短剣のような形状にしてこちらに肉薄する。

 司の判断は一瞬。右手の剣を振るい、繰り出された刺突を弾き、さらに膝を曲げて姿勢を低くする。

 

直剣抜刀(ソードバレット)!」

 

 炎弾を吐きつくして炎の消えた左手に、新たな炎が灯り、直剣の形状を取って固定される。

 炎の剣の二刀流。左手の一閃が相手の膝を切り裂く。

 

(ランス)(レイン)

 

 女の唇が涼やかな呪文を紡ぎ、その結果が即座に現出する。

 膝を屈めた姿勢をとっていた司の頭上に、まさしく槍のような氷柱が出現。それも一つではなく、司を囲むように七つ。

 だが司は、その一瞬前にすでに行動を終えていた。

 

弾けろ(BANG)!」

 

 詠唱とともに、司の足元が爆発する。瞬時に上がったスピードに、槍の雨は対応できない。

 大量のガラスが割れるような激音が響き、駅エントランスの床を傷つけながら、氷柱が砕け散る。

 だが司は無事だ。まさにこの場が危険であると気づいていたように、一瞬早く包囲から脱出し、炎剣二刀流で女に肉薄した。

 ここで女が初めて動いた。流麗な動きでバックステップ。司との距離をとる。

 当然のように『強化』の魔術で身体能力を強化しているのだろう。一足で二十メートルは距離を開けられ、司の双剣による一撃は空ぶった。

 女の姿が司の視界から消える。駅エントランスにある柱の一つ、その後ろに身をひそめたのだと気づき、どこだと思考した時には女は次の手を打っていた。

 柱の影から飛び出す人影が三つ。司から見て右が一つ、左が二つ。どれも氷像。だが動きが滑らかで、油断ならない。

 司は迷わず右の一体に向かっていった。

 炎の剣と氷の剣が激突し、火花と氷の破片をまき散らした。霧によって司の炎は威力が減衰させられているが、それでも何度か切り結べば炎が氷に打ち勝つ。まして氷像は反対側に二体いた。その二体が背後から襲い掛かってくる可能性は高い。手早く仕留め、氷像が追い付くよりも早く、柱の向こうにいる敵に向かわなければならない。

 だが次の瞬間、氷像が()()()()()()()。氷像の腹を食い破って、内部から大量の氷柱が穂先を向けて発射されたのだ。

 攻撃態勢に入っていた司に、逃げ場はなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 この敵は難敵だ。この戦いの中、女は常にそう思っていた。

 思ったよりも粘る。自分とあの、セイバーのマスターとの戦力差を考えるに、魔術の腕では確実に自分が上回っている。

 手数も多い。一対一で相対すれば、さほど時間を掛けずに磨り潰せると、そう思っていた。

 結果はこれだ。こちらの包囲、攻撃を、敵は紙一重で躱し、或いは防いでくる。なかなか決め手を打たせてもらえない。

 それに、敵の()()()も謎だ。

 聞けば、彼は祠堂家の次男。此度の聖杯によってマスターに選ばれたものの、次男という立場上、祠堂家の後継者には指名されていない。

 ならば魔術刻印も持たないだろう。だというのに、セイバーのサーヴァントを戦闘させながら、ここまで自分と魔術戦を行えている。普通なら魔力切れを起こしてもおかしくないだろうに……。

 だがそれも終わる。肉薄された時は焦ったが、柱の陰に隠れ、一瞬でも相手の目から自分の姿を隠せた時点で()()に持っていくことは可能なはずだ。

 呪文を紡ぎ、氷像を生成し、二体と一体のチームに分け、数が少ない方により魔力を込めて内部に仕掛けを施した。

 霧を通して、祠堂司の動きが伝わってくる。予想通り、数の少ない方に向かった。

 ああ、これでこの戦いは終わる。手こずったが、時間切れにならずに済んだ。

 

 

 ふと、物思いに耽る。

 

 

 思うのは、自分が今のマスターと出会った時。

 冷たくて、狭くて、暗かった水槽から外の世界に初めて出た時。

 ああ、自分は、こんな自分でも、日の当たる世界で生きていていいのだと思えた時。

 あの時自然と流れた涙を、自分は一生涯忘れることはないだろう。

 だから、自分を連れ出してくれたマスターに報いるのだ。

 今はそのために、生きろ。

 

 

 破裂音がして、女の意識が現実に引き戻された。

 

 

 氷像の罠が作動した。回避不可能なタイミングでの氷柱の槍衾(やりぶすま)。これで――――

 

「な――――――」

 

 女は初めて絶句した。

 氷を通じて、司の位置が女に伝わってくる。

 だからこそ、氷柱の罠を突破し、今こちらに肉薄してくる司の存在をはっきりと感覚できた。

 どうやって? 一体、何をしたのか? 確殺の罠を思いがけず回避された動揺が女の思考を混乱させる。

 司に停滞はない。右手の炎剣を女に向かって振りかぶる。

 

「――――――手甲(ガントレット)!」

 

 それでも女は反応し、反応してからは素早かった。両手に氷の手甲が装着され、司の炎剣を左腕でガード。空いた右手で拳を作り、司の左わき腹に向かって振り上げる。

 司はすぐにその場から飛びのいて、身を沈めた。右のフックから左のハイキックがかがみこんだ司の頭上を駆け抜けていく。逃げ遅れた髪の数本が千切れて宙を舞う。

 しゃがんだ司の右足が足払いの形に動く。女は軸足の左足だけで跳躍。足払いを躱して距離をとる。

 本当に、この次男坊は()()()()。決め手のはずが決め手にならず、思いのほか粘り、勝負勘も悪くない。

 何より先程の罠を潜り抜けた手腕が不明だ。ところどころ氷柱がかすり、血を流しているようだが行動に支障はなく、致命傷にも程遠い。治癒の魔術ですぐ治るだろう。

 このまま続けても、負けるとは思わない。肩で息をして、今呼吸を整えてる司を見て、女は冷静にそう思った。

 だが、今この場ではできない。()()()()()

 表情には出さなくとも、女は屈辱感を抱えながら、地面を蹴ってさらに司と距離をとる。

 周囲の霧に干渉し、その濃度をさらに上げていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 急に距離を取った女に対して、司は追撃に入らず、呼吸を整えることに時間を費やした。

 それは一度息を整えなければならないと感じたこともあるが、あの一連の流れで仕留められなかった以上、次の相手の出方を窺う方がいいと判断したためでもあった。

 急に霧の濃度が上がったので、何か仕掛けてくると、そう警戒して身構えた。

 だが司の予想に反して、向こうからは何の反応もなかった。

 

「……?」

 

 構えは解かずに訝しんでいた司の耳に届いたのは、急を告げる足音。

 何かと思ったが、振り返るよりも前に答えが来た。

 

「無事ですかマスター!?」

 

 血相を変えてやってきたのはセイバーだった。

 見れば鎧は砕けており、下に着ている戦衣が露わになっていたし、口元には掠れた血が付いたままだ。

 所々汚れているし、負傷したのは見て取れる。

 だがそれらを全て無視してここにやってきた。マスターの反応がここにあると察し、なりふり構わずやってきたのだ。

 それだけこちらの身を案じてくれていたのだ。

 とにかくセイバーが来てくれたのはありがたい。いかに格上の魔術師と言えどもサーヴァントには敵うまい。セイバーと交戦に入っていたランサーがどうしているのか分からないが、だったら敵サーヴァントが合流する前に押しきれれば――――――

 

「あれ?」

 

 そこでようやく気付いた。霧がどんどん薄くなっている。見れば眼前で繭のように濃くなっていた霧も、急速に薄れてきている。

 

「これは――――――、霧が引いていきます。それもこの街総てを覆っていた分が」

「まるで、悪い夢のようだ」

 

 女の姿はもうなかった。おそらく霧を介してセイバーがこちらに向かってきていることを察知し、撤退したのだろう。こちらとしてもこの場での余力は残っていないのでありがたい。

 とにかくやり過ごせた。すぐこの場を去らなければならないと頭では分かっていたが、司は思わずその場に腰を落としてしまった。

 

「司様!?」

 

 もしやマスターに何かあったのか。セイバーが気遣うように声をかけるが、司は心配ないというように手を振った。

 

「大丈夫。ただ安心したら力が抜けてさ」

 

 苦笑して、司はセイバーに向けて手を差し出した。

 

「悪いんだけど、手を貸してくれないかな?」

 

 ともかく危機は去ったようだ。あくまで当面の、だが。

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