偽典の聖杯戦争   作:tuki21

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第6話:一日目③ ライダーVSランサー

 春日居(かすがい)市内。

 太陽の位置が夕方に差し掛かったころ、その男は、市内の往来を肩で風を切って移動していた。

 飄々とした雰囲気なのに、どこか大きな存在感を持った男だった。

 秋の風に揺らす金髪に、稚気を残した黄色の瞳。口元には口角を吊り上げる軽い笑みを浮かべ、黒い、スリーピースのスーツと格子状の模様が入ったネクタイ姿で堂々と街を歩く。

 一般人は、すれ違う彼の姿を目にとめ、何かを感じいるだろう。英雄に憧れる子供のような憧憬か、断罪を前に震える、悪人のような恐れか。それは人それぞれだろうが、いずれにしろ、彼の存在に足を止めてしまうものだった。

 そして、一般から外れた超常の担い手、即ち魔術師たちも、彼の姿を目にし、そして驚愕に目を見開き、内心で口にするだろう。

 

 なぜ、サーヴァントがこんなところに、と。

 

 彼こそ、ここ春日居市で行われる偽典の聖杯戦争のために召喚された、ライダーのサーヴァント。召喚者にしてマスターのアルフレットからもらった当世風の衣装――それがこのスーツ姿だった――で、現世を探索していた。

 これは、彼自身が戦場を把握したかったことと、現代の人の営みを見てみたかったことが理由だ。

 極東の国、日本。生前の出身地とは文化様式も何もかも違うし、政治体系も長い時をかけて、世界ごとに変わっているようだ。「王」という地位のない国もあり、面白く感じる。

 この日本もそうだった。王政ではない、民主主義の国。

 多くの意見が飛び交い、可決されて、或は否決される世界。これを舌先三寸で絡めとるのは難しいかもなと、ライダーは思う。何しろ数が多すぎる。無駄なまでに。

 そして、多くの文明に満ちた往来。聖杯によって現世に召喚される際、聖杯から現代の知識は一通り頭の中にインプットされているが、知るのと体験するのとではわけが違う。

 

「いやー、いいねぇ、現代。気候はいいし、活気があるし、食べ物はおいしいし」

 

 言いながら、途中で買ったホットドッグをぱくり。しっかり咀嚼したうえで嚥下する。

 うまいねーともう一度呟いて、ふと視線を向けた。

 向けた先は路地裏の入り口。薄暗く、そこには人々も入りこもうとしない。

 誰もいない。否、姿が見えないだけだ。確かに気配を感じた。

 サーヴァントの気配を。

 

「ははっ。誘ってるねぇ。いいよ、乗るよ、その誘い」

 

 呟いて、ライダーはホットドッグを食べ終わって包み紙をコンビニのごみ箱に捨てる。

 両手をポケットに突っ込んで、口笛交じりに気配を追う。勿論、念話でアルフレット(マスター)への連絡も忘れない。

 

『マスター。ほかのサーヴァントからお誘いを受けたよ。向かってる最中だけど、マスターはどうする?』

『サーヴァント戦か。当然行くぜ。オメェさんの力、見せてみな。場所が確定するようなら連絡しとけ。すぐに向かうからよ』

 

 マスターの返事にライダーは苦笑する。

 

『どうせ、隠れて見ているつもりだろ?』

『あったりめぇよ。馬鹿正直に正面に出るつもりはねぇよ。なぁに、弱っちいマスター様は、物陰からオメェさんをサポートしてやんよ。ま、初戦でオメェさんに万が一のことがあるとも、思えねぇがな』

『期待してるよ、マスター』

 

 そして、ライダーはしばらくサーヴァントの気配に誘われるように春日居市内を歩き、最終的についたのは、街の端にある港だった。

 

 春日居港、木暮(こぐれ)岸壁。

 春日居港内いくつかある岸壁の一つで、一番新しく作られた岸壁だ。

 岸壁の一部が海上に作られたコンクリート地面。大型トレーラーが五台は並列で並べるような広さに加え、コンテナ群と、倉庫が並ぶ。五台の移動式ガントリークレーンが並んだ大きな岸壁だ。広さ、まずまずの遮蔽物。戦場としては申し分ない。

 誘いに乗ったライダーは、最終的にここまで誘導された。

 港の中、しかも岸壁ならば、停泊中の船や、船に対して荷役を行う人々やトレーラーなど、とにかく人気が多いのが当然であるはずだ。

 にもかかわらず、周囲には人っ子一人おらず、停泊中の船もない。

 日が沈みかけた夕暮れ時に、港内が無人になるなどありえない。人払いの結界が張られているのは明らかで、ならばそれを成したのは誰か? 自分を誘い込んだサーヴァントのマスター以外あるまい。

 ライダーは港内の自動販売機で買ったコーラを飲みほし、完全に中身が無くなったのを確認して、前を見た。

 眼前に、いつの間にか人影が立っていた。

 男だ。

 眉目秀麗。だが儚げな印象は一切ない。肩までかかる長さの白金色の髪と、意志が強そうな、翡翠石のごとき碧眼。聖職衣(カソック)を思わせる戦闘服姿に、その上から纏った、青銅製と思われる白い重装鎧に、白いマント。白一色の、堅牢鉄壁にして怒濤の、重戦車のような趣。

 間違いなくサーヴァントだ。ライダーがこの場にたどり着いたのを確認し、霊体化を解除したのだろう。

 

「やぁ、初めまして。ぼくはライダーのサーヴァント。真名は伏せさせてもらうよ。堂々と名乗るほどたいそうな名前でもないしね。君は?」

 

 ライダーとしては軽いジャブのつもりの最初の台詞だった。まずこちらから語り掛けて、イニシアティブをとる。別に相手が会話に応じなくても、それはそれで構わないし、応じたならば応じたで上々だ。こちらのペースに引き込める。

 

「此度の聖杯戦争。ランサーのサーヴァントとして現界しました。真名は――――まぁ、名乗らないでおきましょう。聖杯戦争では、そちらの方が礼儀」

 

 乗ってきた。ライダーは内心でガッツポーズを造った。

 

「しかしお互い難儀だよね。聖杯戦争なんて言ってもさ。この戦いの先に、本当に聖杯なんてあるのかね? ぼかぁ疑わしいよ。聖杯は聖杯でも、とんでもない破滅装置だったりして。願望機じゃなくて破滅装置なんて、滑稽じゃない?」と、ニマニマ笑いのライダー。

「さて、どうでしょうね。私は私のマスターの意向に従うまでです」対するランサーは涼やかな声でにべもない。

「おや、君はマスターに服従するタイプかい?」

 

 軽く目を見開くライダー。口調に、若干意外そうな色と、嘲笑の色を加えてみせる。

 

「私のマスターは正しいことのために行動しています。で、あれば、私から言うことは何もありません。マスターが、あまりにも暴走するのであれば、諫めるのみ」

 

 だがランサーは挑発に乗ってこない。涼し気に流すだけだ。

 

「そして、こうしてサーヴァント同士が顔を合わせ、周囲に人気はない。で、あれば、ただお喋りに興じるだけ、ということはないでしょう」

 

 そう言って、ランサーは己の得物を出現させた。

 ランサーの身の丈よりも長い、全長二メートル程の、白一色の長槍。柄の部分には茨が巻き付いたような紋様があった。

 

「ま、いつまでも喋っててくれないか」

 

 肩をすくめたライダー。その姿が変わる。現代の装いだったスーツ姿から、緑と茶色を基調にした革鎧姿へと。

 その右手に握られていたのは、ランサーと同じく、二メートルほどの槍。武骨で、武器として機能性と量産性の身を追求したと思しい、変哲のない代物だ。

 左手にまだ握ったままのコーラの空き缶。それを、ライダーは空高く放り投げた。

 空き缶が放物線を描く。頂点から、落下していく。

 甲高い音をたて、空き缶がコンクリートの地面に落ちた。同時、太陽の最後の一欠けらが地平線の向こうに沈み、夜が訪れた。

 瞬間、両者が動く。

 放たれた矢のごとくまっすぐに直進するランサー。対するライダーが描いたのは曲線。弧を描いてランサーの背後に廻る腹積もりだ。

 ランサーの槍の穂先が、直前までライダーが立っていた地点を射抜いた。

 だがそこにライダーの姿はもうない。ライダーは軌道を修正、己の俊敏性をフルに活かしてランサーの背後を取った。

 そこまでの行動で、ようやく風を孕んだランサーのマントが落ち着きを取り戻す。

 

 ライダーの目前にはランサーの白い背中が見えていた。

 がら空きの背中。やるなら今。鎧があるので後ろから心臓を貫くのは難しい。

 狙うは首、頚椎。既にライダーとランサーの距離は二メートルを切った。槍の柄を少し短めに持ち直し、刺突の構えに入る。

 次の瞬間には槍を抜き放ってランサーの急所を抉る。もらったと、ライダーはそう思った。

 だが次の瞬間、全身に走った悪寒に刺突を繰り出すことを躊躇した。

 何が己の行動を停止させたのか? 考える前に身体は動いていた。

 前方に流れかけていた体を無理やり方向転換。後方への跳躍にベクトルを変える。

 跳躍。足が地面から離れた瞬間、ランサーのマントが内側かから突き上げられるように、一点が膨れ上がった。

 マントをどかして突き出てくる槍の穂先。背後を取られたと知ったランサーは、その場で振り返る愚を犯さず、後ろを向いたまま槍の持ち手を逆手に変え、穂先を反転。そのまま、まるで侍の切腹のように、自分の脇をかすめるように槍を背後に迫るライダーに向けて突き出したのだ。

 

「後ろに目でもあんの!?」

 

 思わず出た叫びに返答はない。かろうじて回避成功。急制動からの動きだったため、跳躍というよりはバックステップとなり、思うように距離を稼げなかったが問題はあるまい。

 着地と同時に再度跳躍しようとしたが甘かった。まだライダーの身体が浮いていた時に、既にランサーは左足を軸にして旋回。さらに背後に槍を突き出す際に、より早く突き出せるよう、柄を短めに持っていたらしい。

 今は石突に近い位置を右手で握りしめている。そのおかげで旋回したランサーの槍のリーチがぐんと伸びた。

 

「ッ!」

 

 短い呼気はランサーのもの。

 一閃。槍の使用法の一つ、薙ぐ一撃がライダーを襲う。

 ライダーは己の槍を盾にして辛うじてガード。だが衝撃は殺しきれず、身体が軋む。食い縛った唇の間から息が漏れる。

 地面を滑るライダー。二本の足で大地を踏みしめているのに、ランサーの攻撃による反動で移動を余儀なくされた。

 ライダーが体勢を崩している間に、ランサーは刺突の構えをとる。先程のような曲芸じみた背面突きではない。まっすぐに(ライダー)を見据えた。直死の一撃!

 

 

 刺突を繰り出したランサーは、この一撃が当たると確信していた。

 宝具の真名を開帳してはいないが、己の魔力を込めた渾身の一撃だ。ライダーは己の一撃を受けて体勢を崩している。この一撃を躱すことは困難で、彼が手にした槍では防ぐこともまた難しい。――――金属音。火花が散る。

 驚愕のランサー。ライダーの手に槍はなく、いつの間にか円形の大盾が構えられていた。

 

「盾……?」

 

 いつの間にか槍が消えていた。武器の切り替えか? 感じた時には既にライダーが動いている。

 ライダーの身が一瞬沈む。まずいと思った時には、盾を使って槍を絡められた。下に引きずられ、次の瞬間にかち上げ。槍ごと上体のバランスを大きく崩された。

 距離を詰めるライダー。既にこの間合いは槍のものではない。では何か? 剣だ。ライダーは、いつの間にか盾の実体化を解除し、その手に剣を握っていた。

 一閃。振り抜かれた一撃は、やはり火花と共に止められた。

 

「うえ!?」

 

 驚愕だがどこか間の抜けた声はライダーの喉から。下から切り上げる一撃は、ランサーの右足、鎧の脛当部分で止められたのだ。

 鮮血が散る。ライダーの一撃はランサーの鎧を断ち切った。だがそこで勢いの大部分が殺され、足を両断までは至らず、骨で止まってしまったのだ。

 攻守交代。攻撃を振りぬいてしまったライダーに対して、ランサーはこれからなんでもできる。

 ライダーが剣から手を放す。離脱を優先する彼の行動に対して、ランサーは今だ剣がめり込んだままの左足をこん棒のように振るった。

 重さの乗った蹴り。軽装ゆえの哀しさか、右上腕にもろに喰らったライダーは吹き飛ばされ、一度地面にバウンド。コンクリート片をばらまきながら海に落ちていった。

 水柱が上がる。いったん、沈黙が戦場に降りた。

 

 

 沈黙のまま、ランサーは槍の構えを解かない。足に食い込んだままの剣が消え、血が溢れ出してもそれは同じだった。

 仮にも英霊、サーヴァント。あの程度で倒れるとは思っていないし、溺れているとも思っていない。

 それにあのライダーは油断ならない。

 武器の切り替えもそうだ。武器の切り替えによるトリッキーな戦い方もそうだし、飄々とした態度は掴み所がない。戦闘中にヘラヘラ喋るのも、此方の油断や苛立ちを誘っているように思えてならない。

 だからこそ、油断なく、見逃しなく、ランサーはライダーが沈んだ海面を見据えてる。

 

「――――――?」

 

 だがふと、ランサーは視線を感じた。

 自分に向けられた視線だ。多分、肉眼ではないと思う。方向は、後ろ。

 前方への注意を怠らず、わずかに首を動かして、視線を後ろにやる。確か、後ろには荷役用の荷物を仮置きしておく倉庫の群があったはず―――――。

 

「ッ!」

 

 だがランサーが視線をわずかに外した瞬間だった。ライダーが沈んだ海中が爆発したように水しぶきを上げ、中から飛び出してくる影があった。

 無論、ライダーだ。

 軽装とはいえ鎧を着込んでいても沈まず、ライダーはまるで海中に足場があったかのように、跳躍したばかりと言わんばかりの姿勢で海中から登場。手には、既に矢を番えた弓。

 ライダーの矢が放たれるのと、ランサーがその場から跳躍したのはほぼ同時。

 矢が()()する。

 まさしく『着弾』だった。矢が刺さった部分が爆発し、小規模のクレーターを造る。

 地面のコンクリートが粉砕され、粉塵が巻き上がる。

 凄まじい一撃だ。だが魔術を交えた一射とは思えなかった。単純な剛弓。先程の槍や剣と比べても、桁違いの威力と速度。そして精度だ。離脱が一瞬でも遅れていれば射られていた。

 空中にいたライダーは重力に捕まって落下。だが岸壁ではなく海が足元にあるため、そのまま海に落ちるかと思いきや、ライダーは海を蹴って再び跳躍。矢を射った。

 驚愕のランサー。だが即座に思考を切り替え、自身に迫りくる矢に対処する。

 数は五。いや七。最初の五発を目くらましに、あとから繰り出した本命の二発が続いている。

 最初の五発のうち、三発を回避、一発を槍で弾き、一発は左肩口に喰らう。

 灼熱と激痛がランサーの脳髄を叩くが、耐える。この一発はわざと喰らった。ここで、この当たるはずの一発を躱してしまえば、続く本命の二発で脳と心臓を射抜かれた。あの威力の矢ならば、この鎧くらい紙のように貫くことは分かっていた。

 だがあえて急所から外れた位置に受けたことで迎撃態勢が整った。ランサーは激痛を無視して槍を振るい、残る二発のうち一発を弾いて、その勢いを利用して横転。最後の一発も回避した。

 だがライダーの攻撃は繋がっていた。躱した最後の一射。それはランサーの背後のコンテナ群に激突。一番下の段になっていたコンテナをひしゃげさせ、貫通した。

 衝撃がコンテナに伝播し、四段積みのコンテナが一塊崩れ出した。

 そして崩れた先にいるのはもちろんランサーだ。

 コンテナが地面に激突する轟音が、夜の港に響き渡る。

 沈黙。海上から岸壁に降り立ったライダ――先ほどはしていなかった、青い色のスカーフを首に巻いていた――は、ゆっくりを矢を番える。

 弦を引き絞り、放とうとした瞬間、コンテナが衝撃によって吹き飛ばされた。

 

「うお!」

 

 ランサーの仕業であることは明白。しかも一個は弾丸もかくやという速度で自分に向かってくるではないか。

 ライダーは即座に弓を消し、馬を召喚。跨って離脱する。

 コンテナが一度地面に激突してバウントし、海に飛び込んだ。

 水柱が上がり、コンテナが沈んでいく。ライダーは姿を現したランサーに向けて、馬上から弓を構えた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ランサーとライダーが戦闘に入ったのとほぼ同時刻。

 春日居港内にある倉庫群。多くは入港した貨物船に積み込む荷物の保管場所で、おそらくここもそうだったのだろう。

 丁度大きな荷役が終わったばかりなのか、倉庫内に荷物はほとんどなく、空もいいところだった。

 戦場となっている木暮岸壁からの距離は、約八百メートル。十分狙撃範囲内だし、息を潜めていれば発見される危険も少ない。

 そこが気に入った。野戦服姿のウィンクルードはロープを使って音もなく、するすると倉庫の屋根上へと昇り、装備を下ろした。

 

「やれやれ、おもてーな。アーチャーに持ってこさせりゃよかったぜ」

 

 一息をつき、ウィンクルードは装備を点検する。

 組み立て式のスナイパーライフル。彼は星明りのみが光源のその場所で、手早くライフルを組み立てていく。すでに何度も整備分解、組み立てを繰り返した代物だ。暗闇での組み立ても、そもそも目を瞑ってでもできる事なのでなんら問題ない。

 一分とかからずにライフルを組み立てる。そして、最も安定性のある伏せ撃ちの姿勢に移行する。

 

 

 夕刻、春日居港内の作業員が続々と帰宅し始めることを、エクソダスからの連絡で知ったウィンクルードは、今日、この場所でこそ聖杯戦争の初戦が行われると確信し、アーチャーを連れだって移動を開始した。

 案の定、港内には二騎のサーヴァントがおり、戦闘を開始した。

 その光景を見て、ウィンクルードは絶句した。

 これが英霊、これがサーヴァント同士の戦い。

 魔術による視覚強化と、スコープで拡大し、辛うじて目で追えるレベル。

 攻防は一瞬。そして、それぞれのサーヴァントがいかなる行動に出たのか、その詳細を把握することはできなかった。

 さらなる連撃。アーチャー顔負けの速度と精度で矢を連射するライダーに対して、ランサーは的確に対処している。

 そしていったん海中に没したライダーを警戒して此方に背中を向けていたランサーに銃口を向けた時、ランサーがこちらを向いた時は本当に肝を冷やした。直後にライダーが動いてくれなかったら、どうなっていたかわからない。背中が汗でびっしょりで、呼吸を整えるのに時間を要した。

 とにかく、一連の攻防を見て、分かったことが一つある。

 ウィンクルード(自分)では、戦闘中のサーヴァント相手に狙撃は不可能だ。

 あんな超高速戦闘に割って入ることなど、できそうにない。

 できるとすれば、同じサーヴァントのアーチャーか。

 今、ウィンクルードはアーチャーと別行動だ。アーチャーはもっと近場で狙撃態勢に入っているはずだ。

 本来、サーヴァントはサーヴァントの気配を大まかに察知できる。ゆえにあまりに近づきすぎれば、本来ならアーチャーも戦っているニ騎のサーヴァントに存在を察知される恐れがある。

 だがアーチャーの場合、()()()()()。それは彼がアサシンに匹敵するランクの『気配遮断』スキルを有しているからで、まさしく狩人としての本領発揮だ。

 で、あれば。少なくとも最初の一撃を放つまでは、アーチャーの存在が敵サーヴァントたちに気づかれるとは思いにくい。

 

『アーチャー。お前、戦闘中のサーヴァントに鉛弾をぶち当てることができるか?』

『基本引き籠りのキャスターや、鈍重タイプのサーヴァントならばいざ知らず、ランサーとライダー。ともにトップクラスの敏捷ステータスを持つあのニ騎に当てるのは難しいな』

 

 試しに念話で聞いてみたが、サーヴァントからの返答はそっけない。

 予想通りだったので、ウィンクルードは苦笑する。

 

『じゃ、質問だ。相手が立ち止まれば行けるか? こっちに気づかず、気を取られているとか。例えば、さっきまで時々相手を警戒して止まっていた時とか』

『なるほど道理だ。ところでマスター。余裕があるなら、岸壁入り口側のガントリークレーンの上を見てくれ』

 

 言われ、頭に疑問符を浮かべながらも、ウィンクルードはアーチャーの言う通りにした。

 スコープ越しに指定されたガントリークレーンの頂上を覗き込む。

 

「ん……?」

 

 視線の先に、うっすらと浮かび上がる影があった。

 影は黒衣の女だった。夜空にぼうっと浮かび上がる、黒い肢体。その顔には、右半分だけの髑髏の仮面。

 明らかに人間が醸し出す雰囲気ではない。超常の存在、サーヴァントだ。

 ライダーとランサーは戦闘中、バーサーカーが戦場であんなところにいて待ちぼうけなどありえない。キャスターならば自分の陣地にこもっているだろう。そしてセイバーという雰囲気でもない。セイバーならば、あんな、夜に溶け込む様な格好ではないと思う。

 夜に溶け、音もなく忍び寄るあの様は、

 

『アサシンか』

『そうだマスター。悪いことにおれの位置から近い。撃てば気づかれる』

『実体化してんのはマスターと感覚共有の魔術を使っているからか。つまり、アサシンの目を通してそのマスターも戦況を観察しているってわけだ』

『つまり、迂闊に動くわけにはいかん。獲物が多すぎる。一体を狩ればそこに隙が生じる。獲物の攻撃時、その際の殺気に己の殺気を隠し、引き金を引くのは狩りのセオリーだ。無論、同じことを別方面からやられることもあるだろう』

 

 だとすれば厄介だ。アサシンの存在がこちらへの抑止力になっている。今はまだアサシンはアーチャーに気づいていないようだが。気づくのも時間の問題だろう。狙撃態勢に入っている以上、アーチャーも実体化している。『気配遮断』のスキルを用いていても、目視されれば見つかる。

 と、岸壁の戦況が僅かに変化した。馬上から矢を射るライダーの変則的な攻撃に対して、ランサーは愚直に肉薄する。矢が肩や腿に刺さろうが関係なく突き進み、距離を詰める。

 攻撃リーチの差は飛び道具を持つライダーは有利。ランサーがその槍でライダーを捕えるには、距離を詰めなくてはならない。ゆえに、多少の損害を無視して距離を詰めに行くのは正しい。

 不思議なのは、攻撃を受けているはずのランサーの勢いが全く衰えないことだ。致命傷ではなくとも、ダメージは負っているはずなのに……。

 いや、よく見れば、傷が再生している。最初にライダーの剣撃を受けた時に負ったはずの足の怪我はもう完治しているようだ。

 マスターによる治癒魔術だろうか? 姿の見えないランサーのマスターが、どこかで戦況を見守り、逐次回復を行っている。ありそうだが、それにしてはランサーは一切気にかけていないのが気になる。

 そも、戦闘中の高速移動の最中だ。そんな時に治癒魔術を的確に描けることができるだろうか? 何らかのスキル、または宝具と考えた方がいいかもしれない。

 ――――と、ついにランサーの槍がライダーを捕えた。正確には、ライダーの馬を貫いた。

 倒れる馬。ライダーは直前で跳躍していたため、落馬することはなかったが、既に弓矢の距離ではない。

 距離を詰めにかかるランサー。そうはさせじと後退し、距離を取ろうとするライダー。距離の取り合い詰め合いが両者の間に起こる。

 そんな最中、不意に二騎の動きが止まった。彼らは何かに気づいたようだった。

 なんだ? 訝しるウィンクルードの視界の中、()()が現れた。

 最初に見たのは炎だった。夜の港内を照らす赤朱。

 岸壁入り口側、ちょうど、アサシンが足場にしているガントリークレーンの隣。入口から二つ目のガントリークレーンの真下。何もなかったはずの空間。炎はそこから唐突に現れた。

 炎は周囲を熱し、蠢き、そして触手を伸ばすようにしてコンテナ群の一部に延焼した。

 熱気が辺りを支配する。熱で溶解する鋼鉄の箱。その中身。

 そして炎がゆっくりと、歩み寄ってきた。

 炎は、否、それを纏った人影は、まるでヴェールを剥がすように右腕を一振りし、炎を振り払う。

 炎の向こう、露わになるは、全身甲冑の鎧姿。

 肩と膝に、牙を上下に打ち合わせたような禍々しい意匠を施した黒銀の鎧。右肩に何かを削り取り、さらに燃やしたような凄惨な傷痕がある。そして左腰に下げた一振りの、巨大な両刃剣。

 その端端からは、今もまるで湧き出るように炎が噴出している。肌の露出は一切なく、性別の区別もつかない。

 ただ、冑の奥。そこに爛々(らんらん)と輝く一対の赤い瞳。それが、戦場を見ていた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」

 

 憎悪と怒りを込めた咆哮が轟く。それで分かった。このサーヴァントは――――

 

「バーサーカーか!」

『どうにも、戦況が混沌としてきたな』

 

 呻くウィンクルードと、反対に冷静かつ客観的な声色のアーチャー。

 だが戦場は、既に誰にも予測できない状況になっていた。

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