アーノルドは使い魔の目を通して、ライダーとランサーの戦いを見ていた。
魅入っていた、と言ってよかった。
これがサーヴァント。これが英霊。人類史にその名を刻んだ眩き者たちの戦い。
これだ、これこそが、おれが求めていたものじゃないのか?
聖杯戦争。そうが、おれも、彼らのように、おれの存在を刻みつけるのだ。
おれはおれだ。唯一のおれだ。決して
「■■■■■■――――」
傍らで唸り声がした。言わずもがな。アーノルドが、己の存在を世界に対して刻みつけるために呼び出したサーヴァント、
「ああ、そうか。そうだよな。おまえは、我慢できるはずがないよな」
くつくつと、肩を震わせて笑うアーノルド。
「いいぞ、バーサーカー。行け。存分に、その怒りを叩きつけろ。おまえの存在を、この戦場に刻め!」
マスターからの号令が下った。バーサーカーは歓喜とも取れる唸り声を残して、戦場へと繰り出したのだった。
冷静に考えれば、アーノルドは静観しているべきだった。
バーサーカーは理性のない狂獣ではあるが、理性と知性がない故に制御そのものはしやすいはずであった。ここでアーノルドが待ったをかければ、バーサーカーは不満を得ただろうがおとなしくなったはずだ。
だがアーノルドはそうしなかった。それはやはり、彼も
聖杯戦争に参加し、そして己の存在を世界に対して刻みつける。そのために極東の島国までやってきた。退路も捨てた。私財もなげうった。
それなのに座してみているだけなどありえない。まさしく自分自身も狂戦士のような形相で、アーノルドは叫んだ。
「敵は皆殺しだ。おまえの狂気を解き放て! バーサーカー!」
春日居港、木暮岸壁。コンテナの群に隠れ、司はライダーとランサーの戦いを見ていた。
魔術で視力を強化。そしてここに居れば安全だという奇妙な確信を持ったまま、彼はじっと、ニ騎にサーヴァントの戦いを見つめていた。
「これが……。英霊同士の戦い……」
ごくりと唾を飲み込んだ。時空間を超えて見えた英雄の戦いに、魅せられた。
だから司は、失念していた。
今いるこの場所こそセーフティゾーンだが、ここから一歩でも前に踏み出てしまえばそこは死地になることを。
我知らず、司は一歩、足を前に出していた。
それは純粋な子供が英雄の活躍をもっと間近で見たいという、そんな幼い感情に動かされた結果だろうが。その対価は大きかった。
カラン。司は、前に出した自分の爪先が何かを蹴っ飛ばしたのを知った。
それは司は知る由もないことだったが、戦闘開始前にライダーが飲んでいて、そして開始の合図となった空き缶だった。戦いの余波で潰されず、奇跡的に――司からすれば不運なことに――破壊されずにここまで転がってきたのだ。
しまった。と思った時にはもう遅い。戦っていたニ騎のサーヴァントが、音に反応し、振り向いた。
二対四つの視線が司を射抜いた。
魔術師の常識として、神秘は秘匿されるべき、というものがある。
簡単に言ってしまえば、魔術行使の際に魔術師以外の人間に目撃されるなというものだ。
聖杯戦争もまた魔術儀式、即ち神秘だ。使い魔越しの観戦、つまり魔術師に目撃されるならば問題はないが、そうでないもの。つまり一般人に目撃された場合、神秘の漏洩につながってしまう。
魔術師はそれを防がねばならない。
もっとも短絡的で乱暴且つ、簡単な手段は口封じだ。死人に口なし。死ねば漏洩できる秘密はない。
たとえサーヴァントがそれを好まなくても、マスターが命ずれば従うしかない。
そして魔術師は往々にして人命を軽視するものだ。
殺される。司はそう感じた。これが、圧倒的質量を伴った死の恐怖。
「あ――――」
唇から漏れたのは声ではなかった。ただの息。かすれてるだけの言葉以下の音。
だが司の身に死は訪れなかった。司の存在など何の問題にもならなくなる、圧倒的な存在が新たに現れたからだ。
岸壁内に並ぶガントリークレーンの一つ、その根元に、
最初に目にしたのは赤々と燃える炎。それはかの有名な八つの首を持つ大蛇のように意志あるもののように蠢き、のたくった後、そのヴェールの向こうから、巨躯を生み出した。
肩と膝に、牙を上下に打ち合わせたような禍々しい意匠を施した黒銀の鎧。右肩に何かを削り取り、さらに燃やしたような凄惨な傷痕がある。そして左腰に下げた一振りの、巨大な両刃剣。
体の、鎧の隙間から噴き出る炎を身にまとった黒騎士。その禍々しき姿は――――
「バーサーカーだ……」
覆わず司は呟いていた。その声が聞こえたわけではないだろうが、夜空に向けて、敵を前に狂戦士は咆哮した。
咆哮は長く轟き、やんだ頃にバーサーカーは腰に下げた剣を鞘から引き抜いた。
直後、バーサーカーの身体から噴き出ていた炎の一部が剣に巻き付いた。長剣は一瞬にして炎の魔剣と化す。
バーサーカーがただ現れただけで撤退するなどありえぬ。ランサー、ライダーの両サーヴァントは司への対応を切り上げ、バーサーカーに向き直った。
バーサーカーは獣のような咆哮を上げながら大地を蹴った。コンクリートの地面が爆発したように弾け飛び、破片が後ろに散弾のように吹っ飛んでいく。
バーサーカーの狙いはライダーだった。これに何らかの理由があるのか、ただランサーよりもライダーのほうが僅かにバーサーカーに近かったからかは分からない。おそらく後者であろう。
「こっちかい!」
叫び、ライダーは後ろに跳躍した。しながらも空中で出現させた弓を引き絞る。
矢がバーサーカーのほうに向く。
発射。音の壁を超えた一矢がバーサーカーを狙う。
瞬間、バーサーカーの身を覆う炎がうねった。
鞭のようにうねり、巻き上がった炎は触手となって矢を掴み、焼き尽くす。
バーサーカーの突進は止まらない、距離が開いたならその分詰めればいいとライダーに肉薄する。
ライダーは第二、第三の矢を放つ。それも今度は同時に三~七発。そして四射目は十二発。バーサーカーはそれらすべてを迎撃できなかった。
第二射の三本は炎で強引に払い、第三射の七発は四本を炎で、二本を剣で打ち払ったが一発を左の肩に受けた。だがこれは鎧に当たり、さらに炎によって半ば
そして第四の十二発は炎と剣によって迎撃され、防御を掻い潜ったのは三本。右肩、右わき腹、右腿に突き刺さった。
今度は鎧の隙間を通ったようで、バーサーカーの動きが鈍った。
その隙をついたのは白い槍兵。背後に肉薄したランサーが槍を突き出す。
必殺の意気を込めた一撃だったが、届かなかった。
刺突はバーサーカーの鎧の隙間から噴き出した炎が、まるで触手のように八本に枝分かれし、ランサーの槍をがっちりとつかみ取っていた。
どうやらこの炎、単純な炎としての攻撃力だけでなく、物質に干渉できるらしい。ライダーの矢を打ち払っていた時点で予想はできていたが。
ランサーの身体が流れる。バーサーカーが炎でランサーを捕えたまま、力任せに体を振り、そのままランサーを放り投げたのだ。
バーサーカーの乱入によって、戦況は明らかに混乱してきた。今は二人がかかりでバーサーカーに向かったライダー、ランサーも、互いが敵同士である現状は変わらない。
結局背中に気をつけながらバーサーカーと相対せねばならず、厳しい状況だ。
そして戦闘状態の三騎のうち、ランサーだけが感づいている。一度ライダーが海に落ちた時、自分に向けられた視線。
この場にはまだ傍観者がいる。もしもその相手がアーチャーのような遠距離攻撃の持ち主ならば、そこからの攻撃にも警戒せねばなるまい。
◆◆◆◆◆◆
そして、ランサーに警戒されている監視者こと、ウィンクルードとアーチャーの狙撃チームは、状況の変化にも戸惑わず、淡々とスコープの先で獲物を捕らえていた。
『アーチャー。お前そこから三騎のうち誰かを狙撃できるか?』
『マスター。さっきも言ったが、アサシンがいるが?』
『そちらにはオレが対処する。だとすれば行けるか?』
『その場合、マスターがアサシンを初撃で仕留められなければ、マスターの身が危険だと思うが?』
『ああ。確実にこちらの位置がばれて、オレが移動するよりも早くアサシンにすっぱりやられるだろうな。
だがアーチャー。それは射手が一人だった場合だろ?』
ウィンクルードの言外の含みに気づいたアーチャーから微笑の気配が漂ってきた。
『なるほど。マスターの真の狙いはアサシンか』
理想通りのアーチャーの返答に、ウィンクルードの口角が吊り上がる。
『いやいや。オレァちゃんとあの三騎もターゲットに入れてるぜ? もっとも、後顧の憂いを断てるなら大歓迎だがな』
『いいだろう。マスター。おれの命運を預けよう』
アーチャーは相変わらず淡々と、しかし念話でも感じ取れる微笑の気配を漂わせて、そう言った。
アーチャーはマスターの命令を受けた後、じっと狙撃に最適な瞬間を待っていた。
彼が潜んでいるのはまさに戦場脇のコンテナ群の最奥。ウィンクルードよりもさらに近い位置で、じっと息をひそめていた。
伏せ撃ち姿勢のアーチャーは微動だにしない。既に戦場のバーサーカーから放たれる炎の熱気は物理的な攻撃力と圧力を伴って空気を焼いている。今もアーチャーの頬には熱風が叩きつけられている。
それでも彼は微動だにしない。例えライダーが放った小型ミサイルのような矢が自分のすぐそばを通り抜けても、狙撃姿勢を崩さない。そんな些末事は彼の脳内から追い出されていた。
アーチャーの目に映っているのは三匹の獣。割り当てられた名前は
うち、ランサーは厄介だ。奴はスコープで覗いていたマスターに気づいていた。勘の鋭い獲物は厄介で、そして危険だ。獲物の牙はこちらまで届く。
轟音。ライダーが馬に跨ったまま放った剛弓の一撃が、緩やかな曲線を描いてアーチャー前方のコンテナを貫いた。どうでもいい。飛んでくる破片が耳元をかすめたことも、些末事だ。今のアーチャーの心は涅槃の彼方。戦場の喧騒も関係ない、ここではないどこかに飛んでいた。
自分の外側のことには興味がない。内面世界に突入していたアーチャーにとって、外界の一切が排除対象だ。それは、今も息を潜めて自分のすぐ近くにいる
脳裏に歌が聞こえる。口笛の様なメロディ。ああ、懐かしい。故郷のメロディだ。家族と歌ったものだ。狩りの時も、自然口ずさんでいたことがあった。
いつしかアーチャーの目には三体の獲物の外装が剥がれ、赤い光点が剥き出しになっていた。
これこそが敵の急所。
アーチャーのスキル、『悪魔の義眼』の効力だ。このスキルにより、アーチャーの目は対象の霊核を赤い光点としてロックする。対象はアーチャーの視界の外に逃れぬ限り、霊体化しようが姿形を変えようが心臓の位置を見破られ続ける。このスキルの前では『気配遮断』も無力。見えず聞こえずとも、そこにいる限りアーチャーの「義眼」からは逃げられない。
同時にアーチャーの目には赤い光点めがけて走るいくつもの軌跡が見えていた。
アーチャーの持つマスケット銃の中で今か今かと発射の時を待っている魔弾の軌跡だ。これもまた『悪魔の義眼』の効果。彼が持つ悪魔から直接手渡された七発の真なる魔弾には及ばぬが、悪魔の義眼はこれから発射する魔弾の軌跡を未来予測的にアーチャーに見せてくれる。
視界に映ったそうした狙撃に利する諸所の要素を、目を瞑ってアーチャーは一旦全て棚上げした。
いま必要なのは冷えた世界。引き金を引く瞬間の、虚無に落ち込んだような心そのものような冷気の世界。
冷たくて、深くて、暗い。誰もいない、誰の声も聞こえない宇宙の深淵のような、心地の良い世界。
引き金を引きなさい。そうするうちに、お前はヒトから堕ちていくのだから。
そう言ったのは誰だったか。契約した、悪魔を名乗る何者かだったか。
瞼を開ける。状況にわずかな変化。ランサーが距離を取り始めている。
離脱か。ならば奴から仕留めるか。そう思ったのは一瞬にも満たない一刹那。答えは否定。ランサーは勘が鋭い。奴は潜伏する存在に気づいており、常に警戒していた。バーサーカーと二手三手やり合った後撤退したのは、此方からの攻撃を嫌ったからだろう。
構わない。獲物は三匹もいるのだ。欲張ればすべてを逃がしてしまう。それは良くない。
「――――――――――――」
沈黙のまま、時を待つアーチャー。やがてその瞬間が現れた。
馬の俊足でバーサーカーの炎を躱し、牽制と本命の矢を放っていたライダーだったが、ついに炎の触手が馬の右前足を掴んだ。
即座に馬から飛び降りるライダー。その動きを見るのは二度目だ。
この瞬間こそ、アーチャーが待ち望んでいたものだった。
引き金に掛けられた指に力を込める。宝具の属性を付加された魔弾が、銃声とともに嬉々として発射された。
アーチャーは結末を見届けない。既に分かり切っている。だからこそ、対処するは別のこと。伏せ撃ち状態から体を回転させて仰向けに。銃口は夜空のアサシンに向けられた。
ライダーがその衝撃を受けたのは、馬が捕まったので乗り捨て、着地した直後だった。
背中に衝撃。それもただのダメージではない。明らかに心臓まで届いた一撃は致命傷だ。
「あ――――?」
何が起こったのかわからない。狙撃、アーチャーか? そこまで思って、思考は途切れる。
咆哮が轟く。バーサーカーが弱った獲物に肉薄したのだ。
背中から心臓に向けて魔弾を食らい、動きを止めたライダーに、バーサーカーの剣撃が叩き込まれた。
炎を纏った鋼の一撃は、ライダーの左肩に吸い込まれるように叩き込まれ。鎧を断ち、骨を砕き、肉を裂き、既に弾丸を食らっていた心臓を斬る。
ライダーは思う。これは、致命傷だ。二度にわたって心臓を破壊された。これではいかな英霊でも無事では済まない。
身体から力が抜けていく。これが、戦場での死。これは確かにどうしょうもない。
……けど、よかったな。
それでもライダーは思う。『戦闘続行』スキルでもなければここからの反撃は無理だ。これは貴重な情報だ。次に生かせる。
この経験があれば、次はもっとうまく立ち回れるだろう。
次は――――――
口内にたまった血を唇の端から零しながら、多くの武具を扱い、馬術をも心得た器用で奇怪なライダーのサーヴァントは消滅した。
現在公開可能なサーヴァント能力
クラス:アーチャー
真名:マックス
マスター:ウィンクルード・アーマス
性別:男 身長186cm、体重83kg、属性:中立・中庸
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力B+ 幸運C 宝具?
クラススキル
対魔力:C:第二節以下の詠唱による魔術を無効化。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:A:現界の維持、戦闘、宝具の使用まで一切をマスターのバックアップなしにこなせる。ただし宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
固有スキル
気配遮断:A:サーヴァントとしての気配を絶つ。完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。ただし行動を起こすとこのランクは大きく落ちる。
???
悪魔の義眼:A:対象の心臓の位置を、赤い光点として認識すると同時に、対象に向けて発射する魔弾の弾道を未来予測的に感知することが可能。
相手が姿を消そうが変えようが、問答無用でマークするため、アーチャーに対してあらゆる物理的、魔術的隠蔽は効果がなく、この目から逃れるならば、アーチャー自身の認識をだますしかない。
千里眼:C+:視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。ランクが高くなると、透視、未来視さえ可能になる。『悪魔の義眼』によって視力の瞬間的な向上が可能。
銃神の調べ:A:同ランクの『射撃』スキルを獲得し、サーヴァントとして召喚された時代に存在するあらゆる銃器のカテゴリーに属するものを自在に操ることのできるスキル。
弾丸作成:D:弾丸精製能力。物体としての材料があれば瞬時に作成可能。また、己の魔力を削るだけでも即座に作成可能。ただし、一度に生成できる数はあまり多くはない。いずれの場合も、作成された弾丸は『魔弾の射手』の効果で魔弾と化している。
宝具
魔弾の射手(デア・フライシュッツ):A:対人宝具:レンジ-:最大補足-
アーチャーが手にした飛び道具のカテゴリーに属するものを魔弾化し、宝具の属性を追加する。これは永続的に効果が継続し、アーチャーの手を離れるどころかアーチャーが消滅した後も対象物は宝具であり続ける。対象物の種類や実際に飛来した時の威力、アーチャーの飛び道具としての認識によってによって「魔弾」の宝具ランクは変化する。
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