魔法少女リリカルなのはAnswerS ~共に歩んだキミの答え~ 作:アチャコチャ
ズガン。バキン。ドカン。
背後にそんな物騒な破壊音を聞きながら、その音の発生源が自分にならないように全力でひた走る。
背後を確認する余裕もない。命懸けの追いかけっこ。
「いや~、まさか、猫になるとはねぇ。一度死んでみるものだねぇ」
にも関わらず、のほほんとした声を上げるのは、胸元に抱かれた黒猫―、もとい元幽霊幼女の黒猫である。
「余裕だなぁあああああ!!」
走りながら、雄叫び同然なツッコミを入れるオレ。きっと、今のオレを漫画で見たら、吹き出しが口元から長く尾を引いているに違いない。
「余裕?何のことだ?これは油断というもんだ」
「逆!それ、逆だから!?」
刺さるから!上半身だけで放つ突きとか刺さっちゃうから!
「ふふ、この状況できちんとツッコミを入れることができるとは!さすがはワタシの相棒…!」
「全っ然!嬉しくねぇ!!つか、そんな余裕あるんなら後ろ、後ろ見てくれ!!」
「後ろ?」
オレがそう言うと、胸元のアリシアは肩口へと登り始めた。落ちないように立てられた爪が肌に食い込み、チクリと痛む。
「どんな感じだ!?」
肩口に到達し、後ろを覗き込むアリシアを片手で押えながら、後ろの様子を聞く。
「んとね~。相手の状態を一言で言うなら」
「言うなら!?」
「絶賛タ〇リガミ中」
「アシ〇カ様!!誰かア〇タカ様を呼んできて!?」
頭の中に浮かぶのは、ドロドロしてウネウネ動く例のアレ。うわ、イヤだ。絶対に捕まりたくねぇ!
「あ」
「あ!?」
よりスピードを上げて走っていると、不意にアリシアが声を漏らした。何事かと思い、問い返そうとするが、そうするまでもなく答えがわかった。
一瞬の静寂。そして、前方から轟音と地響きと共に現れる正体不明の追跡者。
コイツ、跳びやがった…!
行く先を塞ぐように立ちはだかる異形。
どうする?来た道を戻るか?-いや、また、回り込まれる。
なら、左右の林に逃げ込む?-でも、障害を避けながらと破壊しながらの勝負になったら、すぐに捕まる。
どうする?選択肢がない…!どうする!?
「#&%$*」
次の一手が打てずにいると異形の様子が変わる。低く唸り声を上げ身震いをしている。何事かと警戒するその視線の先で、異形から無数の触手が――。
「伸び―――!」
驚愕が口から零れる。慌てて横っ跳びに逃れようとするが遅かった。
かろうじて触手から逃れるも、避けた触手が地面を砕き、衝撃と石飛礫が全身を襲う。
全身に走る痛みと共に感じる宙を舞う感覚。それを頭が認識した時には地面に叩きつけられ、その勢いで地面を転がっていた。
「ハァ…、ハァ…」
痛みと叩きつけられ衝撃で意識が混濁するが、危機感に後押しされた本能が身体を動かし、何とか木の陰に隠れることに成功する。
不幸中の幸いか、吹き飛ばされたことで視界から消えたことによって異形はこちらを見失ったらしい。
「大丈夫?」
吹き飛ぶ直前、咄嗟に抱き込んだ黒猫が声をかけてくる。
さすがに空気を読んだのか、先程のような呑気な雰囲気は無く純粋に心配しているようである。
「平気」
実際、身体中から痛みを感じるが深刻な怪我は特に無い。本気で宙を舞ったと感じるくらい、吹っ飛んだにしては軽傷だが今は気にしている余裕はない。
今の問題は―。
「どうやってアイツから逃げ切るかだ…」
「ん?」
腕の中で首を傾げる黒猫を見ながら、意識は思考に集中する。幸い、隠れることはできたけど、このままでいるわけにはいかない。あの異形が五感が人間と同じくらいかどうかわからないし、怪物特有の感知能力があるかもしれない。
先程は難を逃れることができたが、そんな幸運がそう続くとは思えない。
「どうにかしないと…」
「んむぅー。…ねぇ?」
先程から何やら唸っていたアリシアが話しかけてくる。
「どうして戦わないの?こっちに来る前に戦うチカラ、貰ってたでしょ?」
なのにどうして逃げるの、とアリシアは無言で続ける。
アリシアからすれば、もっともな疑問だ。戦う力を持っているのに逃げ回っているこの状況は不可解以外の何物でもないだろう。
勝てるかはどうかは別にして、応戦すれば今より対応の選択肢は増え、より確実な逃げるチャンスも作り出せるだろう。
―能力が使えるという前提条件さえクリアできていれば、だが。
「アレ、魔力はデカイけど制御できていないから十分勝ち目はあるのに…」
能力が使えないことを、どうアリシアに伝えようかと考えていたら、先にアリシアが口を開いてきた。
十分勝ち目がある。
つまり、雑魚。ゲームで言えば、チュートリアルで倒すような相手って訳か。
アリシアが妙に余裕だったのは、それが分かっていたからで――って、待て待て。
「アリシア。お前、魔力がどうとかって分かるのか?」
「え?うん、一応…。長くなかったけど、そういう世界に生きていたし少しは」
そういう世界。
魔力のある―、いや、魔力とそれに伴う技術(ワザ)が認められた世界。
アリシアはその世界の住人。異星人―、というより異世界人か。
「なら、アリシア。アレが何なのか分かるか?」
「…ここに来る前にも思ったけど、ゼンって少し順応性が高くない?」
オレの反応が予想と違ったのか、アリシアが不満そうな声を上げる。
「ここはもっとこう―、『そんなことありえない!』とか言って、ワタシがニヒルな感じで『ありえない、なんて事はありえない』とか言う場面でしょうが」
「ハガレンかよ。というか、今さらだろ」
用意していたネタを潰されて、プンスカ怒るアリシアに苦笑する。
ホントに今さらである。
事ここに至るまでに、一体いくつ妙ちくりんな体験をしたと思っている。
あの世(仮)に幽霊、神様。転生に若返り、異形な怪物。
そして、世にも奇妙な喋る黒猫。
慣れ親しんでいるため、超常性というかそういったモノが感じられにくいが特典能力であるFATEの能力も充分『あり得ない』ものだ。
この数時間にこれだけのことがあったら、頭がおかしくなったり感覚が麻痺して現実感を失うことで逆に順応したりもするだろう。
オレは後者だっただけ。もっとも失ったのはずっと前。現実感ではなく、現実への執着ではあるが。
「まぁ、オレのことはどうでもいいだろ?それより、答えは?」
「あ、うん。多分、アレは異相体だね」
「異相体?」
聞き慣れない単語に思わず聞き返す。
「うん。魔力を持った道具や、曰くありげな一品にはよくあることなんだけどね。漏れ出た魔力がカタチを得て、所構わず暴れ回るの」
「機械がイカれて、勝手に動き回るようなもんか。それで対処法はあるのか?」
「アレを構成している魔力を貫いて、核となっている物体に封印魔法…、ゼンに分かるように言えば、動力源をむき出しにして直接電源を落とせば大人しくなるはず」
つまり、戦わないといけないってことに変わりはないか。
「それで?こっちの質問には、まだ答えてもらってないよ?戦わない理由は?あっ、ひょっとして怖かったり?」
「いや、そういう訳じゃない」
怖いということはない。というか、言われるまでそういう可能性もあると思いもしなかったくらいだ。
アリシアもそこのところはわかっているのだろう。最後の一言は人間の状態であれば、ニヤニヤとからかい顔で言っているであろうと分かるくらいに、あからさま口調だった。
…能力の事を正直に伝えるか、少しだけ迷った。
だが、いずれはバレるし、オレより魔法に精通しているアリシアなら何か良い打開策が閃くかもしれないと思い直し、正直に話すことにした。
「神様のヤロウから貰った特典能力だが…、使えなくなっているんだ」
「え?」
「アレに遭遇した時にオレも戦おうとしたんだ。だから、能力を発動しようとしたけど何故だか使えなくなっててな…」
仕方なく逃げ回っていたんだ、と締めくくる。
言われたことが予想外の内容だったのか、アリシアは数瞬の間固まった後、アワアワと慌て出した。
「あ、あれ?でも、さっき確認した時には…、あ、ひょっとして、二人一緒じゃないと駄目とか…?でも、ベースはゼンのはずだし…」
俯いてブツブツと呟き始めるアリシア。何か打開策でもあるのかと思い、その事を尋ねようとしたら、それより先にガバッとアリシアが顔を上げた。
「ゼン!その能力の事だけど、多分、今なら…ッ!」
勢い良く喋り始めたアリシアの言葉が唐突に途切れる。
何事かと一瞬思ったが、背中に走った悪寒が答えを教えてくれた。
考えるより先に、木の陰から離れる。
一瞬の後、何かが潰れた時に似た破壊音と腹にくる震度が響く。
振り返れば、思った通り。異形が伸ばした触手に薙ぎ払われて、先程まで隠れていた木が横に倒れていた。
「ちッ!のんびりし過ぎたか…!」
こうなる前にここから逃れるべきだったのに後手に回ってしまった。
どうするかと再び考え始めていたら、腕の中のアリシアが騒ぎだした。
「ゼン!ゼンってば!」
「何だよ!何か起死回生の方法でもあるのか!?」
「ある!っていうか、あるようになってる!!」
「はぁ!?」
半ば自棄になって叫んだ事に返ってきた返事とその言い回しに訳が分からず混乱する。
「説明したいけど時間無いから、今は言う通りにして!」
「あ~ッ、訳分からんがもういい!どうすればいいんだ!?」
「いい!?何でもいいから契約の言葉を言ってアタシに触れて!そうすれば後は勝手に何とかなるから!」
「はあ?契約の言葉つったって、いきなり言われても…!」
「はやく!!」
戸惑っているオレをアリシアが急かす。後方を見れば、再び見つけた獲物に歓喜の咆哮を上げながら異形がこちらに向かって突っ込んで来ている。
考えている時間は無かった。
「ええい!どうにでもなれ!」
「よし!じゃ、いくよ!」
腹を括ったオレを見たアリシアがそう言うと抱き抱えていたアリシアの身体が突然光り出す。
思わず離してしまう。
すると光は輪郭を無くしながら大きくなり始め、それが再び輪郭を成して光が消えると、そこには此処にくる前の少女姿のアリシアがいた。
いや、あちらにいた時と違い、その身体が若干透けていて、いかにも幽霊らしい感じになっていた。
「さっ、はやく!」
「ッ!」
再度促すアリシアの声にハッとなる。
色々気になるが、今は後だ。
とはいえ、契約の言葉なんてどんな風がいいのか、どんな言葉を使えばいいのか検討もつかない。
何かそれっぽい言葉はないかと必死に自身の記憶を模索する。
「~~~~ッ、告げる!」
半ば混乱しかけていた頭を働かせた結果、口から出てきたのはその言葉。
何度も遊んだ結果、すっかり耳に残ってしまった呪文だった。
「汝が身は我が下に、我が命運は汝の剣に!聖杯の寄るべに従い、その意、その理に従うなら応えよ!」
咄嗟に口から出てしまったが、FATEの能力を使う以上ピッタリだと思った。
契約を口にして、アリシアに手を差し出す。
今の契約の言葉をオレが何から引用したのか分かるのか、アリシアの口元に深い笑みが浮かぶ。
そして―。
「アリシアの名に懸け誓いを受ける!貴方を我が半身(パートナー)と認めよう、ゼン!」
返された誓いの言葉と共にアリシアの手が重ねられた――。
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最初、何が起こったのか、その異形には理解できなかった。
見失った獲物を見つけて、今度は逃がさないとばかりに襲いかかった。
直撃したはずだった。殺ったはずだった。
だから異形は獲物に突っ込んでいった自分が、獲物から離れた場所で倒れているという現実を理解できなかった。
チャリッと地を踏む音がする。
その音に気付いた異形は晴れていく砂ぼこりの中から獲物の姿を探そうとした。
だが、そこに獲物の姿は見当たらなかった。
そこで見つけたのは。
真紅の衣装をはためかせ、両の手に黒白の夫婦剣を携えた小さな剣兵。
異端なる弓の騎士の力をその身に宿した狩人の姿だった。