魔法少女リリカルなのはAnswerS  ~共に歩んだキミの答え~   作:アチャコチャ

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二人で…

 静寂の中にカチ、コチ、とアンティークな時計が秒針を刻む音だけが響く。

 灯された明かりは枕元のライトだけで、発熱灯の控え目な光量が目に優しい。

 動かしていた視線を再び正面に向ければ、日本ではあまり見られない高い天井が目に入る。

 それを見て、ああ、そういえば異世界なんだっけと忘れていたことを改めて思い出した。

「知らない天―、ゲフンゲフン」

 危ねぇ、危ねぇ。ぼー、としてたら勝手に何かを口走ろうとしていた。

 テンプレネタは嫌いじゃないが、使いすぎは良くないと誰かが言っていたからな。自重しよう、うん。

 などと、変なことを考えていたら、モゾッと何かが動く感触を感じる。

 視線をそちらに向ければ、そこには再び黒猫の姿に戻ったアリシアの姿があった。

「どうしたの? 大丈夫?」

「ああ、別に何ともない。平気だ」

 そう返すとそれで話が途切れ、再び静寂が支配する。静かなのは嫌いじゃないが、こういった沈黙は苦手だ。

「ごめんね。私のせい、だよね」

 そう謝ってくるアリシアの声はもはや涙声に近い。

 さっきまでからは想像出来ないこの姿は、オレのケガの原因が全て自分にあると落ち込んでいる為だ。

 その姿にオレは目を閉じ、頭の中に先程確認した特典スキルのステータス画面をもう一度表示する。

 特典スキルを使う前は文字化けしていたステータス画面は今は直り、そこにはこう記載されている。

 

能力名『天の杯(ヘブンズフィール)・主』:

内容 第5次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントの能力を得る。但し、使用には以下の制限が付く。

1,発動には、『天の杯(ヘブンズフィール)・従』(アリシア・テスタロッサが所有)の能力が必要。

2,使用時間が有り、その時間は二者の能力の熟練度によって左右される。(現在1サーヴァントにつき、150秒発動可能)

3,使用できる宝具に制限有り。使用可能なランクは二者の総合魔力値で決まる。(現在Cランクまで使用可)

 

 そこまで読んでステータス画面を消す。

 他にも、この特典スキルに付随する能力があるが、今は置いておく。

 つまりは、そういうことだ。

 オレが能力を単独で使えなかったのも。

 カラドボルグの投影に失敗したのも。

 そして、能力が強制的に解除されたのも。

 何てことはない。そういう風に能力が再設定されていただけのことだ。

 そして、こうなったのはどう考えても特典スキルをアリシアと分割した為だろう。

 確かにそういった意味では、アリシアにも原因はある。

 だが―。

「さっきも言ったろう? こういうことになる可能性があるって判ったうえでオレは受け入れたんだ。お前だけのせいじゃないよ」

「でも」

「それに、このケガは能力とかは関係ない」

 尚も言い募ろうとするアリシアだったが、オレの発言に口を閉ざす。

 そう、特典スキルがどうとかの問題ではない。

 このケガの原因は、浮かれて油断したせいだ。

 デメリットがあると分かっていたにも関わらず、能力の確認を怠り、手にした力に浮かれていた結果だ。

 きちんと能力が発動した時点で、特典スキルを確認していれば、こんなことはならなかった。

「だから、アリシアのせいなんかじゃない」

 そう説明すると、アリシアが放っていたどんよりとした空気が和らぐのを感じた。

 嬉しかったのか、鼻をピクピクと動かしながらオレの顔の側までトテトテとやって来た黒猫は―。

「…ありがと」

 すり、と身体を寄せた後。

 あろうことか、オレの顔を舐め始めた。

 ぺろ。

 ペロ。

 Pero。

 ――アカン。

 アリシアにしてみれば感謝の気持ちを表しているだけなのだろう。

 しかし、これはアカン。

「…あの、アリシア、さん?」

「? なに?」

 キョトンとした感じで聞き返してくるアリシア。しかし、その舌は、――止まらない。

「あの、今、黒猫ですよ、ね?」

「? 見ての通りだけど?」

「でも、ホントは人間さんッスよね?」

「…さっきから何言ってるの?」

 怪訝な表情―猫だからよく分からないが―のアリシアさん。

 く、出来れば察して貰いたかったが仕方ない。

 覚悟を決め、口を開く。

「いや、絵面的には微笑ましいのだろうけど、実際には幼女が顔をペロペロしているわけだから、かなりヤバイというか変t―」

(ヒュ)←アリシアの爪が散魂鉄爪する音。

(ゴロゴロ)←オレが悶絶して、のたうち回る音。

「まったく、人が本気で……」

「わるい、すまなかった」

 ブツブツ言いながら、身体ごとソッポをむいたアリシアに謝る。

 それでも、機嫌が斜めのままなので、さらに言葉を重ねようと口を開こうとした時、廊下からペタペタと誰かが近付いてくるのに気付いて口を閉ざす。

 程なく、音を立てないように気を遣ってか静かにドアが開かれる。

「あら、気付いたんだ?」

 入ってきたのは、外国人の少女だった。

 アリシアよりも濃い金の髪をツーサイドにし、勝ち気な光が瞳に宿っている。

「どう? 何処か痛む?」

 利発そうな顔立ちに心配そうな表情を浮かべて、少女はこちらの様子を窺ってくる。

「あ…、っと、大丈夫。えっと―」

「アリサよ。アリサ・バニングス」

 ベッド横の椅子に腰掛けながら少女が名乗る。

「ん。怪我の方は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。バニングスさん」

「名前で良いわよ。ファミリーネームは呼ばれなれてないの」

 呼ばれ方に違和感があったのか、微妙な顔付きをする少女。

「じゃあ、アリサさん」

「………」

「アリサ、…ちゃん」

「ん、まぁ、及第点ね」

 満足できたのか、顔付きが柔らかくなる少女、――アリサちゃん。

 …呼び捨てはアレだと思ったから、ちゃん付けしたが慣れてないせいか妙に気恥ずかしい。

「ではアリサちゃんと。――ああ、この響きは実に君によく似合っている」

「な…ッ」

 気恥ずかしさを誤魔化すために、どこぞの赤い人の台詞を引用してみたら効果覿面。クリティカル。

 出会ったばっかりの女の子ですら赤面されられるんだから、さすが。FATE界の色男の名は伊達ではない。

「んんっ、と、ところでアンタ、どうしてあんなところで倒れてたのよ? しかも、あんなにケガして」

 一つ咳払いをしてから、そう話題を振ってきたアリサちゃん。

 それに、オレはさてどうしたものかと頭を悩ます。

 本当のことを言うわけにはいかない。というか、言った瞬間に怪我人から怪しい人にクラスチェンジだ。

 かと言って、適当な嘘を言っても意味はない。

 この容姿である以上、親御さんに連絡をしようとするのが普通の対応だ。

 だが、連絡しようにもこの世界には家族どころか戸籍すら無いだろう。すぐにバレる可能性が高い以上、下手な嘘はただ相手の信用を損なうだけだ。

「ねぇ、聞いてるの? あ、ひょっとして怪我のせいで記憶があやふやだったりしてるの?」

「ああ、いや…」

 黙っていたことを勘違いして、心配そうに聞いてくるアリサちゃん。

 もう一度、お医者さま呼ぶ?と言う彼女に首を振りながら、オレは意を決して口を開いた。

「何をしていたかは、ごめん、言えない」

「言えない?」

「ん。ごめん。でも、世間一般での人様に言えないことをしていた訳じゃないよ」

 どうしようか考えてみたが、結局、良い案が浮かばなかったため、言えないことは伏せて嘘偽りなく答えることにした。

 助けて貰ったことには感謝しているが、この子は初対面の女の子。嘘を付いてまで維持するような関係が有るわけでなし、むしろ、嘘を付くほうが悪いだろう。

 結果、警察か病院に突き出されるかもしれないが、その時はしょうがない。ややこしくなる前に特典スキルを使って逃げ出そう。

 そして、口を開いたが実質黙秘と変わらないオレの発言にアリサちゃんはと言えば、案の定険しい顔でこちらを見ている。

「一応、言っておくけど。私達、別に下心があって助けた訳じゃないわよ?」

「ああ。そこに関しては、別に疑ってないよ」

 自分達を怪しんでいると考えたのか。そう発言したアリサちゃんの言葉に頷く。

「分かっていて…、言えないって?」

「…悪いけど、色々訳ありで、ね」

 だからといって、事情を話すことはできない。申し訳ない気持ちはあるが、このままのらりくらりと避わしていこう。

「……私としては、あまり大事にしたくはないんだけど」

「奇遇だね、オレも助けてもらった礼もきちんとせずに、退散するのは心苦しいと思ってたところなんだ」

 暗にやっかいになれば逃げると告げれば、その意図が伝わったのか、アリサちゃんはむぅ、とうねって押し黙った。

 そのまま、二人して沈黙する。

 オレから話すことはないため黙っているが、アリサちゃんの方は考えをまとめているのか、それとも此方のは様子を窺っているのか。

 じっと見つめてくる挑戦的な熱を宿した視線に居心地の悪さを感じて視線を余所にやれば、我関せずと言わんばかりに後ろ足で耳を掻く黒猫が一匹。……あれ、幼女だよな?

「事情は説明できないのね?」

 横合いから聞こえてきた声に明後日の方へ飛んだ思考が元に戻る。アリサちゃんに戻した視線が彼女の翡翠色の瞳に絡まった。

「うん」

「御両親―、御家族は?」

「…とても、遠い場所にいる」

「…友人とか、連絡つく方は?」

「いない」

「……行く宛は?」

「ない」

「………家出の理由、目的は?」

「家出じゃないけど、目的は言えない」

 そこまで言うとアリサちゃんは大きくため息を吐き、背もたれに身体を預けた。その表情は俯いたことで垂れた前髪に隠れて見えない。

「…身寄りがないのね」

「そう、いうことに、なるかな? 多分…」

 先程のやり取りから、そう結論づけたらしいアリサちゃん。

 実際のところ、本当に身寄りがないかは分からない。ここに送りこんだのは、仮にも神様を名乗るくらいの奴なのだから、仮の住まいやら戸籍やらを用意していても可笑しくはない。とはいえ、確認できない以上、今のオレの身分は家なき子以外にない。…悲しいことだ。

 そんなオレの返答にアリサちゃんはと言うと、そう。と短く答えただけで、それ以降、口を閉ざしている。

 どうしたのかなと思って、よく見れば、前髪の隙間から見えた唇は何かに耐えるように引き締められている。視線を僅かに下にやれば、膝に置いた拳がふるふると震えていた。

 …アレ? なにやら、とんでもない誤解をされているような気がスルヨ?

 なんというか、現状に対する認識にオレとアリサちゃんで大きく差異がある気がする。

 確かに今の境遇に対して、多少の焦燥感はある。だが、危機感に関しては然程感じていない。

 現実味を欠いてるのもあるのだろうが、開き直りに近い感覚。

 どうとでもなれ、という程投げやりではない。

 だが、何とでもなる、というような自信というか妙な安心感があるのだ。

 しかし、アリサちゃんはそうではないだろう。なんというか、彼女の中で盛大なバックストーリーが展開されているような気配がする。

「あの「決めたわ」、…ハイ?」

 誤解を解こうと口を開きかけたオレの言葉に被さるようにアリサちゃんが声をあげた。

「あなた、名前は?」

「え?」

「名前よ、な・ま・え! それともそれも言えない?」

「あぁ、いや、…ゼンだ。神崎ゼン」

 アリサちゃんの勢いに圧され、しどろもどろに名前を口にする。

 名前を聞き出したアリサちゃんは、「神崎ゼン、…ゼン」と何度かオレの名前を口の中で反芻していたが、おもむろに勢い良く椅子から立ち上がった。

「じゃあ、ゼン!」

「はい?」

「あなた、今日から此処に住みなさい」

「………はぇ?」

 何を言われるかと心持ち身構えていたオレだったが、あまりに予想外の一言に間の抜けた声が口から漏れた。

「此処に住む?」

「そうよ」

「誰が?」

「アンタに決まってるでしょ。それとその子も」

 胸を張ったまま、くいっ、と顎で示す先にはこちらも驚いているのか、丸い目を更に丸くした黒猫幼女の姿。

 つまり、オレとアリシアに此処に住めとアリサちゃんは言っているのだ。

 ……いや、いくら何でも急すぎるだろう! どうして、そうなった!?

「あ、アリサちゃん」

「今日のところは、とりあえず―、って何よ?」

「ご、ごめん。ちょっと話に付いていけてない。…あのさ、本気で言ってる?」

「当たり前でしょ」

 何言ってるの? と言うような顔で事も無げに言うアリサちゃん。寧ろ、こっちが何言ってるのって言いたい。

「あのさ、オレ達会ったばかりの赤の他人だよ? しかも、自分で言うのもアレだが随分怪しいというか…」

 そんな人間を本当に置いておくつもり? と訪ねるがアリサちゃんの態度は変わらない。

「だから、何よ。確かに怪しいとは思うけど、行く当てのない子供の、しかも、怪我人を放り出すわけにはいかないでしょ」

「いや、まぁ、そうだけど…。でもほら、親御さんがなんて言うか分からないだろ?」

「それなら、大丈夫よ。パパに言われてるもの。『拾うのは構わないが、拾った以上は最後まで面倒みなさい』って」

「…………」

 それは犬猫の話だろ!ってツッコミたかったが我慢した。なんか無駄っぽいし。

 だが、不満げな気持ちは伝わったのだろう。畳み掛けるようにアリサちゃんが口を開く。

「もう! 意固地になってないで素直に好意を受けときなさい。とりあえず、事情は聞かないでおいてあげるから」

 唇を尖らせて、ちょっと怒ったようにそう言うアリサちゃん。

 確かに、事情を聞かずに置いてもらえるのは今のオレ達には渡りに舟だ。それにここがどんな世界か判らない以上、現地人のアドバイザーは必要になってくる。

 そういった意味でもアリサちゃんの存在はオレ達の助けになってくれるだろう。

 だけど、と思う。

 アリサちゃんは一般人だ。対して、今のオレとアリシアは一般人とはとても言えない。

 『世界の異変を修正しろ』とあの神様は言った。それがどのような行為を指すのか分からないが、夕方のような事が含まれるなら、今後、アリサちゃんを巻き込みかねない。

 …やはり、断るべきか。

 メリットとデメリットを量りに掛け、そう決断する。

 とはいえ、正直に言ってもこの子はきっと納得しないだろう。後でこっそり逃げ――。

「言っとくけど、この場をやり過ごして後で逃げ出そうとか考えない方が身の為よ?」

 心を読まれた!?

「もし、そんなことをしようものなら、ありとあらゆる手段を使ってでも見つけ出すわよ。TVやネットに顔写真付きで捜索かけたり、賞金つきの貼り紙を日本中にばら蒔いたり、ね」

 こ、怖い…! どこまで本気か、―いや、マジだ。マジでやる気だ! この子にはやると言ったらやる………、『スゴ味』があるッ!

 って言ってる場合じゃねぇ! どうしよう。そんな事されたら商売上がったりだ。身動き一つ出来なくなっちまう。マズイ。助けて、アリシア!

 状況を打開するためにアリシアに目で助けを求める。だが―。

 アリシアは仲間になりたくなさそうにそっぽを向いている! ………畜生ぅ。

 その時、ふっと手に何が触れる感触。視線をやると、アリサちゃんがオレの手を両手で包み込んでいた。

「だから、さ……」

 先程までとは違う、優しい、静かな声が耳に響く。

「此処にいてよ。どうしても出ていきたくなったら止めたりしない。だから、せめてケガが治るまでは…」

 アリサちゃんの瞳がオレを見据える。その瞳に宿る熱は挑戦的なものではなく、純粋に此方を気遣うものに溢れていた。

「―――」

 小さく溜め息を吐く。呆れていた。彼女にではない。オレに対してだ。

 彼女はオレ達の、―オレの身を案じてくれていた。ひょっとしたら、ちょっとした勘違いを含んでいるかもしれないが、それでも、純粋に。下心なく。

 なのに、オレは自分のことしか考えてなかった。彼女の気持ちに頭が回らず、メリットとデメリットでしか判断してなかった。

 彼女は聡い子だ。見ず知らずのオレを置くことがどういうことか、理解してないわけがないだろうに。

「―わかった」

「え?」

 オレの手を包む彼女の手に手を重ねる。

 此処にいることで彼女を危険に巻き込んでしまう可能性はある。

「君の好意、受け取らせてもらう」

 だけど、これ以上、彼女の想いを無下にすることはオレには出来なかった。

 ふと、アリシアを見れば、彼女も賛成なのか、ふりふりと尻尾を振っている。

「まったく! 最初から素直にそう言ってなさいよ」

 アリサちゃんがふんぞり反えり、得意げな顔でそう言う。だか、その顔がどことなく、ほっ、としているようにも見えて微笑ましく思ってしまう。

 そんな彼女に頭を下げる。

「有り難う。君の善意に感謝する、アリサ・バニングス」

 あらんかぎりの感謝を込めて、そう口にする。

「な……ッ」

 すると、アリサちゃんは口をパクパクさせながら固まってしまった。おまけにその顔はみるみる赤く染まっていってる。

「か、勘違いしないでよね! こ、これは、私の信条とかそういう問題であって……、べ、別に、アンタの為じゃないんだからね!」

 

 

 

 

 なんだろう。胸がドキドキする。

 

 

 

 

「くぎゅう……」

「はっ」

 アリシアの鳴き声?で我に返る。あぶねぇ、意識がどっか行ってた。つーか、何ですか今の? 宝具ですか? 固有結界ですか?っていうくらい、とんでもないものを見た、いや、聞いた。

 ツンデレ。しかも、金髪の。うん、素晴らしかった。まさか、出会って早々聞かせてくれるとは。財の出し惜しみは無しなんですね、アリサちゃん。

 良い開幕です。

「何か、アンタ達から不快な気配を感じるんだけど」

 気のせいです、く―、アリサちゃん。

 

 

>>>

 

 

 どこか納得いかない、といった顔をしていたものの詳しいことはまた明日と言い残してアリサちゃんは部屋を後にした。

 身体を横にすると疲れからか、あるいは当面の心配がなくなった安堵からか、あっという間に睡魔がやってくる。

 眠気でぼんやりしてくる頭で、今日1日に起こったことを振りかえる。………うん。

「色々ありすぎだわ」

 思い出すと余計に疲れてきたので考えるのをやめる。

 何はともあれ、乗りきったのだから良しとしよう。だから、問題は。

「これから、どうするか、か…」

 呂律が回らなくなってきた口で小さく呟く。その呟きが聞こえたのか、ちょこんと起き上がったアリシアの姿が視界の隅に入った。

 生活面はしばらく大丈夫だとして、本命の方は何をどうすればいいのかもわからない状態。加えて、現状ではそれに対処するための戦力にも難がある始末。

 問題は山積み。まさしく一寸先は闇状態である。

「ゼン…」

 耳元で震えるようなか細い声が響く。半分以上、睡魔に支配されていて顔をそちらに向ける気力のないオレの頬に小さな温もりが当たった。

「ゴメンね…」

 小さな声で謝罪が届く。何度も何回も。泣きそうな、いや泣いているような声が。

 

 …………。

 

「アリシア…」

 途切れそうになる意識を繋ぎ止めて、アリシアに声をかける。

「確かに、特典能力がややしいことになったのはアリシアと能力を分けたことが原因なんだろう」

 それは事実であるため、否定できない。頬に触れる温もりがビクリと触れるのが分かった。

「能力が十全に使えていたら、こんなことにもならなかったかもしれない」

 実際、使ってみたから分かる、その能力の恩恵。

 人の枠組みを越えて振るわれる力の、全能性と超常性。

 もし、あの力が無制限に使えたのなら、こんな風にベッドに転がっているなんてことには、きっとならなかっただろう。

「ゼン、わたし……」

「でも」

 だけど。

「一人じゃない」

 そう。確かに能力は、使える力は小さくなった。

 だけど、代わりに一人じゃなくなった。

 いきなり、転生されて何処ともしれない異世界に投げ出されて、化け物に襲われて。

 これからどうなるかも分からない、本来なら途方に暮れるような状況にあって、だけど一人じゃないということが、一緒にいてくれる存在がいることがどれだけ救いになっているか。

 それは、力の半分を支払ってもお釣りがくるくらいに価値があるものだと思っている。

 それに。

「オレは弱いからさ…。誰かが見ててくれないと、すぐに立ち止まってしまうかもしれないし」

 なんせ、ここに飛ばされる前まで完全に心が折れ、全てを諦めていたような男だ。

 見ててくれる、―見栄を張れる相手の一人でもいないとすぐに諦めてしまう保証がないとは言い切れないのだ。

「……ゼン」

「今は、全然駄目かもしれないけど、でも、頑張ればきっとさ、強くなれるかもしれない」

 一人前の力を二人で分けて、今は半人前が二人。

 でも、二人で強くなれば。強くなって一人前になれれば。

 本来よりも、もっと強くなれるはずだから。

 だから―。

「強くなろう、――二人で」

 そこが限界。そう言い切れたかどうかのところで、オレは意識を繋ぎ止めることができなくなって――。

 言いたいことがきちんと伝わったか分からない。

 でも、完全に眠りに落ちる直前に聞こえた「ありがとう」という声が嘘でなければ、きっと、ちゃんと伝わっただろうから。

 頬に感じる温もりが僅かに強くなったことにそう確信したオレは、今度こそ微睡みに身を委ねた。

 

 

>>>

 

 

 同時刻。海鳴市、郊外の森。

 暗闇に支配された森の中を、一匹の異形が駆けていた。

 それは夕刻の頃、ゼンとアリシアを襲ったあの位相体である。

 ゼン達をその一撃で吹き飛ばした後、位相体は受けたダメージを回復するべく、静かに身を潜めていた。

 ゼン達から受けたダメージはそこそこに大きく、完全回復には少なくとも一両日は時間が必要だった。

 だが、位相体はダメージの回復もそこそこに全力で森の中を駆けていた。そう、まるで何かから逃げているように。

 いや、実際に位相体は逃げていた。

 その魔力を捉えた瞬間から、位相体は狩る側から狩られる側に変わった。

 あるかどうか分からない本能、―もしくはそれに準ずる何かがずっと警告を発しており、それに従うように位相体は逃げていたのだ。

 やがて、位相体の視界に森の終わりが見えた。

 残りの距離を一気に踏破し、その勢いのまま、遠くに消えようと位相体が力を開放しようとした瞬間。

 桜色の光が降り注いだ。

 位相体の行く手を阻むように軌跡を描いて降り注いだ5線の光条は、まるで巨大な獸の鉤爪の如く位相体を捉える。

 それに、位相体の動きが止まる。止まってしまう。

 その瞬間、放たれた膨大な魔力。

 強大な魔力のプレッシャーに、位相体が後ろを振り返る。

 位相体が見たのは視界全てを染める桜色の光の奔流。

 それが、自身の見る最後の光景になるとも理解できないまま、位相体は光に飲み込まれていった。

 

「ふう…」

 無事に位相体を封印できたことに安堵し、高町なのはは大きく息を吐いた。

 封印され、淡く輝くジュエルシードを相棒の杖に納める。すると、ガサガサと近くの茂みから何かが動く音が聞こえてきた。

「お疲れ様、なのは」

 そこから出てきたのは、もう一人の相棒のユーノ・スクライアだった。

「うん、ユーノ君もお疲れ様。それで、どうだったの?」

 返事と共に、なのははユーノに質問を投げかける。

 なのはが位相体と戦闘していた頃、ユーノはある気がかりについて調べていたのだ。

「うん、やっぱり魔力が使われた形跡があったよ」

 調べていたのは、夕刻のことについてだった。

 ゼン達と位相体の戦闘による魔力の波動をなのは達はしっかりとキャッチしていたのだ。

 今、この世界には戦える魔導師はなのはしかいない。

 なので、戦闘が行われているというレイジングハートの情報はなのはにしてみれば、寝耳に水だった。

 疑問に思いつつも慌てて現場に来てみれば、もうすでに戦いは終わった後。

 何か手掛かりはないかと色々調べていた所でジュエルシードの魔力を捉えたなのは達は、まだ戦えないユーノが調査を続けて、なのはは封印に向かったのだった。

「それって、やっぱり……」

「うん。この街に他にも魔導師がいるってことだね」

 言い淀んだなのはの言葉を引き継ぐかたちで、ユーノが答えを言う。

「味方、かな?」

「分からない。援軍が来るのはまだ先のはずだし、僕が先行しているのは通達済みだから…」

 こちらに何も連絡がないのはおかしい、とユーノが締めくくる。

 降って沸いた謎の存在に二人の空気が重くなる。

「まだ、何とも言えないけど…、注意だけはしておこう」

「うん……」

 ユーノの忠告に神妙に頷いたなのはは胸の中の不安をかき消すように、ギュッとレイジングハートを握り直した。




あっちこっちで色々書いているせいで全然更新出来なくてスミマセン。
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