穂乃果→ゆきくん
海未 →純行
ことり→すみくん
凛 →ゆっきー
真姫 →ユキ
花陽 →ゆっくん(普段『ゆきさん』呼びじゃなかったっけ?)
にこ →あんた(だけかな?)
絵里 →純行
希 →ゆっくん
……めっちゃガバァ。
……暇だ。
どのくらい暇なのかというと、一日が千年……とは行かないが一日が一年ぐらいの時間があるんじゃないかと思えるほど暇なのである。これがその辺の石ころとか天井の蛍光灯の気分かと感動するあたりもう既に時間感覚が末期なのかもしれない。最初に目覚めてからそんなに時間が経ってないと思うんだがなぁ。
なんでこんなに暇なのかって、そりゃもう身体中が死ぬほど痛いからに決まってる。ストーカーに襲われて、ズタボロに切られ刺され、気が付けば個人病室でミューズに監禁されていたという超展開。しかも傷はまだ塞がりきれてないから下手に身体を動かすと巻かれた包帯があっという間に血塗れになる始末。これでもまだ生きてるのかって自分でも驚くわ。
真姫から絶対安静(もしくは『一ミリたりとも動くな令』)を言い付けられた俺は今こうしてミューズと団欒している訳なんだが、そういえば入院患者ってのは看護師の世話になるんじゃないのかって疑問に思うほど看護師を見かけない。まあ起き上がれないだけで実はいるのかもしれないがね。でも基本的にミューズと駄弁ったり寝たりして過ごすのがしばらくの生活になりそうだ。
「それでね、海未ちゃん結局ことりちゃんに負けたんだよ!」
「ちょ、穂乃果!? ババ抜きの話はやめてくださいとあれほど言ったのに!」
「そんなに分かり易かったんだ?」
「ちょっとファンの人には見せられないようなくらいにね……あはは」
視界に映っているのは天井と二年生の顔だけで、他の学年の連中はそれぞれ思い思いに病室内で過ごしている。読書中の真姫を邪魔する凛だとか、花陽と一緒にアイドル雑誌を読むにこだとか、持ち込んでいたのか生徒会の書類を希と処理している絵里だとか、とにかく皆自由だ。むしろ自由すぎて少し静かにしてほしいくらいなんだがね、特に凛。
ことりが見せる困った時の笑顔はいつ見ても可愛いなぁと雑用係として感心しつつ、凛の面倒を見なきゃなぁとか、次のライブはどうしようかとにこたちと相談したいなぁとか、俺も庶務として手伝いたいなぁとか、そんなことを考えたが、今はまともに動ける状態じゃないし、よくよく考えたらミューズは名目上解散してるんだよなぁと実感の伴わない寂しさが俺をノスタルジックにするのであった。
「……純行?」
「……んあ? 何さ海未」
「あ、いえ……何でもありませんが。珍しくボーっとしているな、と思いまして」
「俺はいつだってボーっとしてるさね。だからいつも言われんのさ『お前は人の話を聞かねえな』って」
「ふふふ。確かにそうですね」
「せめて否定しておくれよ」
ふむ、どうやらしっかり者の海未にいらぬ心配を掛けてしまっていたようだな。さっきの大号泣といい、海未は自分を責めていそうだからあまりそうさせないようにせねばならん。あまりじゃねえか、絶対にだな。
そういえば、海未が思わず敬語を崩してしまうところは中々たまらんものがあるなとその時に思ったっけか。真姫とは違うベクトルだと言えど、良家のお嬢様であることには変わりないから、だからこそ『普通の女の子』という奴を心から満喫してほしいと願ってしまう。でも何でアイドルを辞めたんや勿体無いやろ。
「……海未はさ、アイドルを辞めたことに後悔はしてないのかい?」
「え? 別にアイドルを辞めてはいませんよ?」
「違うそうじゃなくて」
「違いません。ただ、貴方のために、貴方だけのアイドルになっただけなんですから」
なんてことはない。いつもの厳しくも優しくあろうとする者の笑顔。まるで愚者を諭す聖者のように、親愛なる友人に向けるような年相応の笑みでそう言ってのけた。
頭に手の感触が伝わる。
「私のファンは、そしてミューズのファンは、純行だけで十分なのですよ?」
「本当に」友人に向ける顔か「?」
頭がサラサラと撫でられる。
「本当ですよ」
「……ならいっか」
海未の目を見つめる。やはりというか何というか、その目は慈愛と情愛に満ちた形となっていて、手付きも何だかあやされているみたいだ。
「純行の頭は撫でやすいですね。髪がサラサラしてて、柔らかくて、気持ち良いです」
「……左様で」
こっちゃむず痒くて仕方ないがね。
さて、ことりと穂乃果の視線が痛くなってきたところで、扉を二回叩く音が聞こえてきた。
「どうぞ」
入室を促すと、ガラガラと扉が開かれる。どうやらこの病室は引き戸だったらしい。
それはともかく入室者が硬い靴音を病室内で響かせながら、
「夕下さんの点滴の交換をしますね」
と視界に顔を出し――あ、看護師だったのか――手際良く傍にあったほぼ空の点滴を新しいものに取り換え、
「何かあったらナースコールボタンでお呼びくださいね」
と颯爽に出て行った。大体三分弱のことである。大して暇潰れてねえな。
で、それで何の話をしていたんだっけか。
そう思って二年組の顔を見やると、どうしてか彼女たちは仏頂面になっていた。
さっきまで海未は友人以上の笑みを俺に向けていたし、ことりと穂乃果は俺が構っていなかったからか頬を膨らませて眉を寄せて睨んでいたというのに、なぜ彼女たちはこうも押し黙っているのか。しかも他の学年の連中も気が付けば静かになってるし。
「ことほのうみ? どうした、嫉妬か?」
そう呼びかけてみると、三人とも一様にコクリと頷いた。……当てずっぽうに言ってみるもんだな。良からぬ誤解をさせてしまった気がするけど。
「ゆきくん、今さっきナースさんを見てたもん。穂乃果たちのことをほったらかしにしてたもん」
確かに。でも看護師に邪な目では見てないですしボーっとし始めた時から君らを放置しちゃってたような気がしますよ。ええ本当に。
と言いたかったが案の定というか何というか、ことりと海未の無言の圧力とやらで今度はこっちが押し黙るしかなかった。アイドルでもこんな顔出来るんだなぁとか感傷に浸ってる場合じゃないよ。
「二分四十九秒……ですか。純行が私たち以外の女性を見ていたのは」そこまで正確に計ったんですね流石海未ちゃん!
俺も流石に恐ろしいものを感じたので三人の顔から目を逸らし、天井の蛍光灯に――「そっち見ちゃだーめ」――視線を移せなかった……。
「見るなら私たちだけを見て?」
そう言ったのはことり。眉を八の字の形にして、困ったように笑い、ゆっくりと、か細く、だがしっかりとその言葉が紡がれた時、悪寒にも似た――もしかすると悪寒そのものかもしれないな――安らぎが俺の心を優しくかつ甘く包んだ。……ような気がした。
「……ことりがそう言うんなら」それが女神様のご要望とあらば。
まあそれはさておき。悪寒の錯覚もこの際打ち捨てよう。今は誤解を解かねばならないのだから。
「でも……そうだな。看護師を見て思ったんだけど、ナースコスって結構いいよな。きっと君らにも似合うんじゃないかと考えてたのさ」
「……本当に?」と平坦な調子の穂乃果。
「本当にそれだけ考えてたの?」
淡々と尋ねる穂乃果に、いつもの活気がないアンニュイな彼女も悪くないなと舌を巻きつつ、
「もちろん」
と、なんてことのない風に返す。実際はそれすら考えてなかったがね。でもあながち嘘じゃあない。
「君らって、俺をここで監禁して世話してやろうってなってんだろ? なら折角だしナースコスでもしてみるってのはどうすかね?」
まあミューズのことだし、今後のアイドル活動のことも考えて試着を兼ねてのナースごっこをさせてみるのも悪くないなと思う訳で。確かにミューズは解散したということになったが、それはあくまで俺が入院している間だけの、彼女たちの我侭だと考えても良いだろう。
つまりは実質、ミューズは休業扱いというこったな。まあそれでも俺が退院するまでの間とはいえ彼女たちが面倒を見てくれるのは心底嬉しいけど。
「……真姫」
「分かってるわよにこちゃん」
真姫が足早に病室から出て行き、カチャンとドアの閉まる音が響く。聞こえたのはそれだけであって、
「……貴方は破廉恥です」
とかは聞こえてないし、
「ゆきくんのえっち」
とかも聞こえてない。そもそもナースコスのどこにエロスを感じるというのか。
「ナースコスってね、さっきの人の制服よりスカート丈が短いんだって。膝上で、脚全体が見えちゃうくらい短いの」
それ以上はやめるんだことり。
○
それからというものの真姫が九着のナース服を持ってきてミューズに配布したところで、全員が俺の視界内(しかも俺を囲ってだ)で着替えだすという暴挙が発生した。流石に止めた。止めたさ。でも止まらなかったんだ。
「だってここには私たちしかいないもん」
というのは穂乃果の弁。俺をえっち呼ばわりした癖にどうして俺がいるところで脱ぐのか。
そう抗議したが返ってきたのは、
「だって、いつも真面目なゆきくんが、穂乃果たちのナースコスが見たいって……」
といういつもの穂乃果らしからぬ言い草。
普段
「確かに純行は真面目ですが。でも思い出して。この前だって『メイドコスっていいよね』と言っていたではないですか」
「言ったけど。言ったけども……!」
正しくは(PVとかライブとかの衣装に)メイドコスっていいよね、な?
それはともかくせめてもの礼儀として(何に対しての礼儀だろ)、肌やら下着やらが視界に入らぬよう目を瞑って全員が着替え終わるのを待った。布が擦れる音が耳に入ったり、「別に見てくれてもいいのに」なんてからかうような絵里の声が聞こえたりしたがそれは全部幻聴だということにした。幻聴ったら幻聴です。
「ゆっくん見てみてー。ウチら今裸になってるんよー?」「その冗談はやめて」心臓に悪いから。
さて、それからミューズのコスチュームチェンジが終わった後で、
「ゆっきー、もう目開けてもいいよ?」
「ホントに? 実は裸でしたーみたいなオチじゃないんだな?」
「ありゃ、そう言うってことはやっぱり裸の方がよかったんかな?」
「よかねえ」
「花陽はちょっと……すごく恥ずかしいけど、ゆっくんがそう言うのなら……」
「言ってねえ」
「純行、貴方は破廉恥です」
「改めて言うでないぞ園田ぁ」
という下手なコントか漫才みたいなことをやっていたが、それはさておき。
いざ目を開けてみると天井とミューズの顔が見えるだけで実は着替えたフリでもしたんじゃないのかと思っていたが、よく目を動かせば肩や胸元辺りが白いのが分かる。あと頭に帽子っぽいものもあるな。看護師の頭に乗っているというアレだ。確かナースキャップだっけ。
本当は彼女たちの全身を見たかったんだが、そうするにはせめて上半身を起こさなきゃいけないし、そもそも今の俺の容体からして起き上がるのは無理だと言われている。気合と根性でなら出来なくはないような気がするしどうしても皆をよく見たいが、それを真姫に伝えると、
「今の状態でユキが一ミリでも動いたら全身から血が噴き出て死ぬわよ」
「だからもしユキが動こうとしたら私が皆を代表して優しく殺してあげる」
と脅されてしまった。死なれる前に殺すとか発想が天才のそれだと思ったわ。
「まあ……しばらくはこの格好でいてあげるから、早く元気になりなさいよね」
と励まされもしたけど。突然すぎて「はいよ」しか返せなかったぜ。「ありがとうな」と言えたのはそれから数秒後、他に何て言えばいいのか分かったのと同時のことだ。
それから直後に空気がしんみりとしたものになったような気がするが、ミューズ全員の顔を見るとそうでもないことに気が付いた。どうやら何か……珍しいものを見たような表情で、それでいてどこか嬉しそうにしているような……。
「何さ、いきなりそんな」
「ふふ。いえ、何でもありませんよ。本当に」
さっきと打って変わってにこやかに笑う海未に怪しみつつ、しかし何だかんだいい時間を過ごせて楽しかったなぁと深く息を吐いた。ことりや穂乃果もまた、他の学年の連中もきっと、その辺りは俺や海未と同じ気持ちなんだろうなぁとも思えた。実感の伴わない寂しさが少し薄れていく、これはきっとそんな気分なんだろうな。
天井の端からオレンジ色の陽が漏れる。これから一日が終わる印。そして新たな一日を始めるための準備の印でもある。
そろそろ彼女たちを帰した方がよさそうだと判断して呼び掛けた。これ以上ここにいさせると家族が心配するだろうし、そもそも面会の時間とか大丈夫なのかね。
「ええ、
「うん?」今……なんとおっしゃいやがりました?
「うんとね。ゆきくんにはまだミューズで決めたことを全部話してないけど、私たちもここで寝泊りするから」
「え、あ、うん、そう」いやこころのじゅんびががが。
「荷物とか枕とか持っていかなくちゃいけないものがたくさんあるから、ちょっとだけ待ってて。ね?」
「あ、はい」……。
ちょっとだけ待ってて。
ことりにそう言われて、同時にミューズが病室から出て行ったのを引き戸の音から確信出来たとき、今更ながら俺にある一つの懸念が生まれた。
「これがバレたら、今度こそファンに殺されそうだよな……」
せめてこの場所の割れることがありませんように。
女神たちから授かった幸福を甘受するのに必要なもの。即ち今の俺に出来ることはこうして祈ることだけだった。
「無事だといいなぁ」
……そしてこうやって彼女たちの帰りを願うこともまた。
まあそんな訳で二話。
ところでキスする場所に意味があるって素敵ですよね。ヤンデレ作品に取り入れるともっと素敵なことが起こると思いませんか? 俺はそう思います。
例えばミューズの……真姫ちゃんとかは、主人公にきっと胸にキスをするんだと思います。する機会があったらね。他のメンバーもきっと主人公にするとしたら上半身のどこかだと思います。
……主人公がミューズにキスするとしたらどこにするのかって? そりゃもちろん爪先に決まってますよ。隷属。彼にとって彼女たちとはあくまで崇拝対象にすぎませんので。今のところはね?
さて次回。海未ちゃんが一日目をどのように過ごしてきたのかを語ってくれます。いわゆる裏面ですね。
それではまたお会いしましょう。
お疲れ様でした。