とは言っても前二話と比べて短めなんですが、それはヒロイン視点だからで済ませていただければと存じます。
ところで海未ちゃんが大泣きした理由を書こうと思ってたらすっかり忘れてたんで気合いで察してくださいね。
ではどーぞ。
純行の病室から出て行った後、流石にナース服を着たままでいるのは恥ずかしいと思い女子トイレで制服に着替えてから自宅へ向かいました。
昨日は両親には何も言わず今の時間になるまで彼に付き添ってしまいましたから、相当心配を掛けていそうです。それについてはきちんと事情を説明して謝罪することにします。
家にたどり着き、手始めとして両親に話を持ち掛けました。アイドル研究部の部員が倒れてそれに一日中看病していたこと、しばらく向こうで寝泊まりすること、そしてそのための許可は既に頂いていることを詳細に伝えました。
お父様は渋っていましたが、お母様が説得してくれたおかげでなんとか許しを得ることができました。その後の「頑張ってね」と悪戯気味に笑うお母様の顔はもちろんありません。記憶にありません。
夕食とシャワーを終え私服に着替えた後、純行の病室へ持っていくものを登山用リュックサックとスクールバッグに詰めてから家を出ました。リュックには制服・ナース服・寝巻が一式ずつ、それと替えの下着一週間分、加えて教材やノートが何冊か入っています。入りきれなかった教材や筆箱などの小道具はバッグに入れてあります。
門戸を出て数歩、ふと一番忘れてはならないものを忘れてないかと足を止めてスカートのポケットに手を入れました。
クシャリと鳴る中身。四つ折りのしわくちゃなそれを一枚取り出して広げると、“高坂穂乃果を使い倒した夕下純行を許さない”の文字が明朝体で大きく横書きされてあります。
それを折り畳んでまたポケットに入れて歩きだしました。急いで戻らないと純行が心配で仕方ありません。
そうとなれば走っていくしかありませんね。スクールバッグを脇に抱え、リュックサックを背負い直してから速度を少しずつ上げていきます。
速く、速く、もっと速く。
そうして息が荒くなった頃には、目と鼻の先に彼のいる病院が建っていました。
受付の人に止められそうで不安でしたが真姫が手を回してくれたおかげでそんなことはなく、まっすぐに病室へ向かうことができました。
横開きの扉を開けて、真っ先に純行がいるかを確認します。……いました。とても暇そうに変な顔を連続して晒していますね。
扉を開けたときの音で気付いたのか「んお」と気の抜けた声が私を迎えます。
「お帰りなされちゃんうみ」ちゃんうみってなんですか……。
「……何故私だと分かったのです?」
「多分勘」
「……そうですか」
「ちょっとその反応悲しいよ。対コミュ障必殺兵器やでそれ」
「いつから貴方はそんな適当な性格になってしまったのですか……」
「いつからって言われてもなぁ……そうなったつもりはないんだけど」
「根が適当だったのですか貴方は!?」
「ちゃうちゃう。真面目に不真面目で不真面目に真面目の間違いね」
「あー……これは超が付くほどの適当ですね」
「凄い。これでも真面目君なのに何も言い返せない」
「まあ、前よりは明るくなったと思いますけど……」
それこそ、後ろめたいものがなくなったと言いたげなくらいにハキハキと。彼のことは声音で大体分かります。
「そうかい? 全っ然実感わかんな」
純行の頭から近い椅子に腰かけ、彼の顔を覗き込みます。
顔には付けられた傷なんてものはなく……一つ見ない振りをしようと思ったのですが、右頬が真っ赤に腫れています。そこに湿布が覆っているといった感じです。
瞬きした黒目と合い、胸が少し締め付けられました。「まあいっかね」と微笑む彼に、あの時私がいてやれなかったと思ったからです。
「で」と突然表情が切り替わる純行。
「話変わるけどさ、……帰る時、服はどうしたん?」
じっとりした目つきで睨まれ、なんだか私の後ろめたいものを感じ取っているのではないかと多分錯覚しました。もしかしたらそうかもしれないですし、そうじゃないのかもしれません。
「普通に着替えて帰りましたよ」
「んで今は?」
「普通に私服です。急いできたのでコスプレフェチな純行のご褒美はまた今度ですよ」
「じゃあ治ったらお医者さんごっこしようぜ」
「否定しないのですか!?」
否定できないの間違いね、なんてあっけらかんとまた笑っています。何というか、彼には人とは違った感受性か価値観を持っているような気がします。
思えば、彼のことは初対面の時から微妙に掴めていないような気もします。学校でのチラシ配りで誰が見ても嬉しそうに受け取ってくれたと思いきや、穂乃果の提案でアイドル研究部に入った当初は誰が見ても淡々としていて必要以上に私たちと関わろうとしませんでした。今ではそのようなことはありませんが、声音で分かろうとしても、それどころか彼の素性を理解しようとしても今でもいまいち要領を得ないのです。
もちろん彼から話すことはありません。聞こうとしても聞くだけ損と誤魔化される始末です。ただ、時折「うっ、頭が……」とわざとらしく頭を抱えることがありますが、一体何なんでしょうか。
不意に欠伸が聞こえたので意識を純行に向けるとちょうど口を大きく開けていたところでした。
「眠いのですか?」
「眠いのかもしれんね」
「お昼寝しては起きてを繰り返していましたからね。まともに眠っていなければそうなるのも当然かもしれません」
「……海未たちもここで寝るんだっけ?」
「もちろんですよ。安全確保もそうですし、何より貴方と一緒にいたいので」
「……左様で」
「左様です」
あ、ちょっとだけ照れてますね。声が微かに掠れているのに、それでも何でもないように振る舞うんですから。
「明日になったら身体動かす許可くれないかなぁ」なんてまたすぐに誤魔化して。
「明日でも駄目です。まあ、包帯を替えたり真姫のお父様に診てもらう予定はありますけど」
「俺としては何だか複雑な気分だよ……」
真姫のお父様に「真姫さんのことは、どうかマネージャーの私にお任せしていただきたいと存じます」なんて大見得を張っていましたものね。あれは一学期が終わってのことでした。
言いたいことを言いたいだけ言った純行はやっぱり眠たげです。先ほどまで見えていた黒目がまったく見えていません。
「もうおねむですか?」
「年上に対してなんて言葉遣いだよ……」
「でも既に目を閉じているではないですか」
「死ぬほど眠いもの……もう寝て良いかい?」
「ええ、穂乃果たちはもうすぐ着くそうなので。お休みなさい」
「お休みパトラッシュ……」
「私は犬ですか」
そうして純行は眠りに就きました。まるでやっと安心して眠れるというような顔つきで、安らかに目を閉じたのです。
「まったく、純行ったら……」
寝息を立てる愛おしい彼。
彼の肩から伸びる二本の腕と二つの手には血の滲んだ包帯で巻かれています。
その赤色は純行は人間だと肯定しているようで、それを見つめていると何だか少し嬉しくなってきました。「人外だって言いたいのか園田」と怒られそうなので口には出しませんが。
「……」
腕から顔へと目を移し、しばらく眺めているうちにふと私の唇が何かを欲しているように感じました。特に彼の唇を求めている気がしますが、どうせそんなことをするのであれば起きている時にしたいものです。
……破廉恥なことを考えてはいけません私。まだそんなことをする勇気なんて持ってませんし、そもそも恋人同士がする行為を恋人未満がやって良い訳がありません。しっかりするのです園田海未。
「…………」
……。
……いけませんってば。
まったく、純行を見ているだけなのにどうして彼と接……破廉恥なことがしたいだなんて思うのですか。
…………。
……考えるまでもありませんでしたね。彼のことは私にとって、その……好、じゃなくて、凄く大切な人ですから。
ただ、それでも実行に踏み切る程の勇気を私には持ち合わせていません。それに寝ている時にするのは私の独り善がりになってしまいます。
かと言って、何でしょう、この感覚。純行の身体に触れたくて仕方ないと言わんばかりの衝動と触れたらきっと気持ちいいのだろうなという根拠のない推測が入り混じり、頭の中がぐちゃぐちゃに混ざったダークピンクに塗り潰される感じがするのです。同時に胸の奥が締め付けられ、心拍音がはっきりと聞こえてきます。
しばらく彼の寝顔を見つめている内に、息が荒くなってきていることに気付きました。
静寂の病室。私と彼しかいないこの空間。
今なら誰も見ていません。だからこれからすることはノーカウントで、なかったことになります。私は綺麗さっぱり忘れることは出来ませんが、胸の奥底までしまい込むことくらい出来ます。
あとは、勇気をほんの少しだけ出すだけ。
口を付けられないなら他にすれば私は十分です。
なら、どこに?
頬? 恥ずかしいです。
鼻? それでは満足出来ません。
目蓋? 何か違います。
そもそも顔にする程の度胸があると? ……ありませんね。
ならば。
腕、ならどうでしょう。想いを表すのに良いですし、彼の腕にはちょっとした憧れがありますから。
……そうですね。もし、この腕が私を包み――純行が私を優しく、それか強く抱きしめてくれるのであれば、それはきっと、今よりもっと幸せなのでしょうね。
彼のことを良く知らなくても、彼と共にいられるのなら、いつかそうなりたいものです。
だとしたら……まずはこの恋慕を必ずや打ち明けなければなりませんね。純行の傷が治ったらそうしましょうか。
「お休みなさい、純行。また明日」
一先ずはこれで我慢してくださいね?
そう心で詫びながら、純行の腕に一度、二度、三度、四度、五度、六度と唇を落としたのでした。
好き。
好き。
大好き。
愛してます。
死んでも、
生きていても。
「たっだいまぁ!」
「きゃっ! ほ、穂乃果!? それに皆も!」
そんな感じで第三話こと、一日目夜の部、そして一日目を終了とさせていただきます。
本文で海未ちゃんや主人公のことをちょっとだけ知ってくれればと思い情報を出すのを精いっぱいさぼりました。主人公が好きな海未ちゃんと、変人故に掴めているようでどことなく掴めてないような気がする主人公。これだけ分かれば「また一年待つのか……(困惑)」となること間違いなしですね。自分でも何書いてんのか分かんないすねこれ。
じゃあ次回予告。
意識を取り戻して二日目の朝。何故かすぐに来なかった西木野パパンが登場。男二人で一体何を語るのか。次のヒロインは真姫なのか希なのか。
「まだ起きちゃダメ?」
「ユキがどうしても殺されたいのなら起きてもいいわよ。その前に殺すけど」
「ひえ」
「ゆっくん、今私に出来ることあるかな?」
「素になってるからキャラを取り戻せばオーケー」
「そうやってすぐ茶化すゆっくんには、お仕置きが必要やねぇ?」
「わしわし……はしないんか。じゃあ何を? え? まさかのガン無視?」
「娘を、どうかあまり心配させないでほしい」
「善処します。ちょうどどうすればいいか考えているんで」
それではお疲れさまでした。