今回始まりますは第四話。入院生活二日目でございます。
去年の次回予告では真姫との会話があったと思いますが、今回はないです。
あと活動報告で言った花陽が今回のヒロイン役も嘘です。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごべんなざい。
ではどうぞ。
変な時間に目が覚めた。
日を跨がない内にしかも夕方に寝たものだからこんな真夜中に起きてしまったんだろう。
室内は暗く天井の蛍光灯に光は灯されていない。現状で知覚できるのは精々ミューズの寝息くらいだ(あと花陽の「もう食べられないよぉ」)。時計も場所と身体の関係で見られないから今何時なのかも見当付かない。
それはそうと傷の具合はどうだろうなと思ったがよくよく考えたら一日程度で
目蓋を閉じて、暗闇に意識を預ける。そうして自我が少しずつ無に飲み込まれていく中、ふとこんなことが脳裏を過ぎった。
――もし右手が自由に動かせていたら、痛みに悶えることがなかったら。
――俺は彼女たちを、
……どうするつもりだったんだろうな。手で払ってちょっと離れてもらうのは確かだろうけど。あとあれか。泣いた青鬼をわしゃわしゃするってのもやってたろうな。少なくとも彼女たちに心配を掛けさせないように振る舞っていたのかも。
まあ、それは、動けるようになってからしてあげようかね。出来るかどうかは考えないとして。
あーあ、早く直んねえかなぁ。
○
……なんかうるせぇ。ガサゴソと物を出し入れしているような、内緒話の声で談笑しているような、とにかくゴチャゴチャした物音が聞こえる。そのせいか目蓋を開けずに目が覚めてしまった。……文面にすると矛盾してるように見えるなこれ。
どうせ今日は真姫の父親に診られるだけだし、それまで眠っているかね。
という訳で二度寝ならぬ三度寝を決行。惰眠を貪る雑用係の屑の気持ちになるですよ。と、ここでノック音。
「夕下君は起きているかい?」
扉が開くと同時に聞こえた男声。これはすぐに真姫の父親だと分かった。過剰睡眠ができず、誠に遺憾である。
ぶっちゃけると説教される覚悟はまだできてないから寝たフリを敢行する。真姫パパに一度大見得を張った身であるから、こんな情けない姿では彼の怒りを煽ってしまうからな。
「今起きたところです」とは希の声。
……いやいや、なんで寝たフリがバレてんの? 「顔見れば分かるで?」じゃないから。さらっと心読むのやめいや。
仕方ないから目蓋を開ける。相棒の蛍光灯くんは今日も元気に光っていて、院長先生の後光になっている。希? もちろん後光差してるけどぶっちゃけそんなの必要ない。なんせ彼女は最初から女神なんだからな。俺が威張るところじゃないが。
「おはようございます、真姫さんのお父さん」
「おはよう夕下君。調子はどうだい」
「はい、元気です。寝返り打てるともっと元気になれます」
「真姫から聞いているだろうが、下手に動けば傷が開く。しかもそれが数えて五十以上もあるから失血の恐れがある。動けるようになるのは二、三週間後だね」
もちろん知っているが、動けるまでにかかる時間は聞いてなかったのでちょっとラッキー。
「個人的に驚いたのはね、五十回も刃物で傷つけられても一命を取り留めたことなんだよ。普通は太い血管のある所がやられたり、それか同じ場所を何度も何度も……なんてことで失血死するんだけど……これは夕下君たちに話してて平気かい?」
「ボクは」血の話には力が抜けるけど「だいじょぶっす。みんなは?」
「ゆっくんのことなんやから、全然平気やで?」
「凛と花陽はこの話題平気? 気持ち悪くならない?」
「ううん、大丈夫。ゆっきーのことだもん。ね、かよちん」
「うん。ゆきさんの体のこと、よく知っておきたいな」
大天使リリンとカヨチエルのコンビに拒絶されないこの救済感。褒めて撫でたい。無性に。でも二つの理由でできないんだよなこれが。え、希? 褒めようとしたら逆に褒められて撫でようとしたら逆に撫でられる未来しか見えないわ。
「あと苦手そうなのは……穂乃果と海未とことりと絵里と真姫……かな?」
「なーんで私を抜くのよ!」
「落ち着くにゃにこちゃん」
「このにこにーこそスプラッタが苦手なか弱い女の子なのに……ああっ」
にこが胸の前で手を組んで倒れるフリをしている。といいながらすんでのところで立ち直った。
「……」
……。
「……ちょっと寒くないかな?」
「なーんでよ!」
閑話休題。というか本題から思いきり逸れているのでそろそろ収拾をつけねばならない。凛の変な口調はこの際放置だ放置。
ひとまず真姫パパが黙ったままなので声をかける(アイドル達に顔を向けているせいか表情はいまいち見えない。空恐ろしい)。
「えっと、どうぞ、続きをお願いします」
俺の声に気付き、眼鏡が現れる。
「……ん、ああ。僕が確認したところだけどね、首や脇、脇腹などの太い血管がある所に大きな傷はなかったよ。ただ、揉み合っていたのかもしれないけど、手のひらに刃物が貫通した痕があったり、深くいった訳じゃないけど腕や太腿に刺し傷があったね」
「抵抗していたのは確かですね。向こうには殺意がありましたから」
「それなら僕が通報しておこうか?」それは勘弁してほしいな。「それから、比較的小さい切り傷が上半身を中心にあったよ。これが傷の数の大半だね。残りはさっきの通りだよ。……本当に、よくそれだけの負傷して生きて帰ってくれたね」
「いやいやホント、凛と花陽のおかげですよ。彼女たちがいなかったらどうなっていたのやら」
あの時は意識が朧気だったものの、二人が必死になって止血しようとしたり救急車を呼んでくれたりしたのを見た。二人揃って死にそうな顔をしていて、なんだかそそるモノがあったのは内緒だ。
「君に何があったか知っていないし娘のこともあるから言っておくけど」
真姫パパの体が天井を覆う。というか覆うように俺の頭のすぐ横に寄った。
一人の父親の、眼鏡の奥にある目付きが鋭く見える。
「君に無茶は許されない。君の命は君のものだけど、失うことだけは絶対にしてはいけない。いいね?」
「もちろん承知の上です。俺だってまだ死にたくありませんから」半分嘘だけど。
「……そうかい」溜息を吐かれる。「じゃあこう言おう。あまり、娘たちを心配させないでほしい」
「それも、もちろんです」もちろんそんな愚行は金輪際しない。
「……そうかい。じゃあ僕は行くよ。まだ入院したばかりだし、昨日の今日で傷は治らないからね」
お大事に。と言葉を残して真姫の父親は病室から去っていった。
「真姫ちゃんのこと、そんなに触れなかったね」
院長を見送った希が呟く。
「君らがそうするように仕込んだんじゃなくてか?」
「うちらはなんもしてへんよ。真姫ちゃんも、ずっとゆっくんと一緒にいた訳だし」
「へえ」
彼が一体何を思っているのかは、正直いって分からない。娘を大事に思っているのは確かだろうし、だからこそ俺を責める可能性もあるんじゃないかと考えていた訳で。
まあ、あれだけで済んだのであれば万々歳なのかもしれないな。真姫も彼に何かを言ったんじゃないだろうし。
「というかゆっくん、真姫ちゃんのお父さんに怒られると思ったでしょ」
「顔に書いてあった?」
「書いてあったって……国語の教科書の落書きじゃないんだから」
「じゃあ何さ」
「女の勘よ」
「……そうかい」
やべえ真姫パパの口調が移った。
目蓋を下ろして現実逃避兼思考に耽る。
というか、うん。
確かに、彼女たちを心配させてしまったのはいけなかったな。希にまで余計な気を遣わせてしまっているし、何より約一名を本気で泣かせたからな。アイドル活動をする上で泣くのは嬉しいことがあった時だけにしなければならない。それにズタボロの俺のためにミューズがずっとここにいてくれることもちろんは嬉しいが、でもそれでは良くない。
なんで良くないのかは分からんけど。
嘘だよ。
一人の男として嬉しいけど、アイドルに恋愛沙汰は信仰の観点からして禁忌なのさね。アイドルは誰からも愛され、そして誰をも愛する存在である故、彼女たちが一人を好くことは本来してはいけない。もちろん、ただの人間からすればアイドルでなくともハーレムはダメ。当たり前だね。ただし百合営業は除く。
そして彼女たちはそれを知っていてミューズを解散させた。ただの女の子としてただの男子と恋愛するためにだ。この辺りは俺の復活直後に絵里が明言している。まあ普通の恋愛をするっていってもお相手が一人だと思うんですが。同じ人を好きになるっていう現象は九人同時でも起こり得るんかね。
加えて述べるまでもないが、ミューズの好意が俺に集中している話は俺の自意識過剰や勘違いによるものではない。普通じゃない俺が言うなって話だけど、目が覚めたら女の子複数に囲まれていて、その子たちにずっと自分と一緒にいるって聞かされたら普通好かれていると気付くはずだ。ラノベ主人公のような鈍感など現実には存在しない。仮にいたとしたら、そいつは気付かないフリをして好意を利用する人間の屑だ。そしてその人間の屑は昨日のような出来事がなくとも既に彼女たちの気持ちを察している。
だから俺は普通じゃないのはひとまず置いとくとして、これから先、俺が早急に解決すべきなのは快復を待つことだ。さっさと傷を直して、ミューズを復活させねばならない。俺のためにも彼女たちのためにも、アイドル活動を観衆のために続けなくてはいけない。
「ねえ、ゆっくん」
「ん?」
今後の計画に頭を悩ませているとまた希から声がかかった。
開眼して隣の椅子に座っている彼女に目を向ける。
「ゆっくんに、何か困ったこととか悩んでいることとかってあったりする?」
普段のなんちゃって関西弁が抜けている希の表情は読めない。読めないというか真顔だ。
「寝返りが打てない以外はないな」
はてさて希のことだから何か思うことがあるんだろうし、当然この後お茶を濁す様を拝められるわけなんだが。
「本当に? ゆっくんは自分のことを真面目に話さないからみんな心配してるよ?」
「そりゃ真面目に話すまでもないからなぁ」
真面目に話してはいけないものしかないし。
「やっぱり何か隠してる。話すまでもないって、つまり何かあるってことじゃない」
「そりゃそうだよ。トイレとかどうすんだよ。まともに動けないから恥ずかしくてまた死にかけるわ」
そう言うと希は真顔から一転、目を見開き息を派手に吸った。視線が高速移動するようになり、頬を真っ赤にしながら俺に笑いかける。
「そ、そうやよねっ、しばらく点滴だけになるといってもね、水分やもんねっ。やっぱり出したくなっちゃうよねっ。でも大丈夫やでゆっくんね、わた、うちがね、お世話したげるからねっ。ねっ」
「なに希を壊してるのよ……」
「面目ないっす会長殿……」
いやいやホントに。希はシモの話に弱いとか誰が予想できたか。普段は主ににこほのりんをわしわししているというのに、まさかトイレ事情でさらに口調がヘンテコになるなんて思いも……するわ。女体と男体じゃ訳が違うわ。
咄嗟の誤魔化しでセクハラしてしまったことに反省しつつ希を落ち着かす。
「希さんや」
「な、なにかなっ。他にしてほしいことあったりするんかなっ。なんでもいいからねっ。あっ、でも、ちゃんと段階をふんで──「にこと凛がまだ喧嘩してんぜ」……」
「なに希を怒らせてるのよ……」
「面目ないっす会長殿……」
この後(希がにこりんを)めちゃくちゃわしわしした。というか今めっちゃしてる。
二人の悲鳴が病室中に響き渡って、看護師さんからお叱りの言葉をいただいた。
はいお疲れ様でした。
ところで話は変わるのですが、ギャップ萌えという概念に関して非常に興味と関心があったりするのですよ私が。
例えば今回の希は、普段はわしわしを通して女の子のお胸を堪能する反面、男性のブツ関係にはてんで弱いとか。
海未ちゃんだったら、破廉恥云々の割に破廉恥願望があったりとか。
イタくて黒くてしっかりしているにこも、実は甘えただったりスプラッタには本気でダメだったりとか。
花陽は隠れサ〇。凛は隠れマ〇。穂乃果は姉属性無自覚発動で、ことりたそは人をダメにする。花陽も人をダメにする。罵りながらダメにする。
エリーチカはギャップない方がいい。お姉さんでしっかりしててポンコツの時点で最高。あ、でもふざけ合うのはもっと最高。
真姫ちゃんはそのままでいいからね。ちょろくても高飛車でもなんでもいいからね。やりたいようにやりなさい。「今はあなたといたいの」ああああああああああ!!!!!
こんなの! ラブライブで! やるな!!!!!
お目汚し失礼しましたッ!!!!!!
追記
次回予告ですよ。
ずっと横になっていることと生活リズムが粉々になってしまったことで寝たり起きたりを繰り返すのが日課となりつつある気がする。気がするというかもうなってるんですがね。
ともかく舟を漕ぐのが趣味化した記念に夢を見たという話だけどもね。普段は夢なんか見ないけど、今回は夢を見た。それも非常に生々しい夢だった。
常人ならトラウマになるだろうレベルの、俺自身が血まみれになる内容だ。うん、どう考えても襲撃された時の記憶が夢になったってことなんだろうな。血は苦手だってのになんで覚えているのやら。
希が心配しないようにさっさと忘れないとなぁ。さっきの誤魔化しもう効かないだろうしなぁ。
あ、そういや包帯の巻き直しがあるんだっけか。