ハッピーシュガーラブライブ!   作:夕霞之

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 やっとできた……!
 お待たせしたかもしれません(予防線)。
 言い訳もたくさんあるのですがまあそれはなしにしましょう。
 それでは召し上がれ。


二日目午後の部 九柱の女神を夢む。

 ここは公園。公園といっても遊具が滑り台とその着地点の役割を掛け持ちしている砂場、それから二人掛けのベンチしかない、いわゆる安全化された公園だ。

 

 そこにいるのは俺と奴。仰向けになった俺に奴が乗っている。

 

 奴はサバイバルナイフらしきものを両手で持ち、振り上げ、俺が避けられないように膝で左右の二の腕を押さえている。狙いは首かそれとも顔か。

 

 極めて好意的でない状況ではあるがそれでも奴の顔は見える。かっ開いた双眸には俺の間抜け面が映り、口端は上方向に歪んでいる。まさに獲物を捕らえたような笑顔でそのままナイフを振り下ろした。

 

 すんでのところで肩ごと右腕を強引に動かし、手のひらでナイフを受け止める。硬いものと硬いものがぶつかる音か衝撃かが右手を中心に響く。

 

 大人しく死んどけよ、と聞こえたような気がした。俺も出来ればそうしたいところではある。さっさと楽になりたいし。

 

 けどそうも言ってられないのが生存本能。手の甲からナイフが突き出るようにした後に、鍔を握りしめて奴の手からナイフを引き抜こうとする。

 

 奴もまたナイフを取られまいとして両手を振り回す。キムチ鍋の素が熱さを伴って俺の顔に降りかかる。あと死ぬほど痛い。

 

 隙だらけになった奴の脇腹を左手で突き、ひるませたところでやっと奴からナイフを奪う。ボロボロの利き手でナイフの感触を確認していると顔の右から鈍痛が走った。衝撃で強制的に左へ向かされる。

 

 せめて目だけでも方向修正しているとまた右を殴られた。その合間にナイフを五本の指で手のひらから引っこ抜く。そして力を振り絞ってナイフを放った。

 

 俺の狙い通り、奴はナイフを追うため俺から立ち上がり離れていった。いそいそとこちらは死ぬ気で立ち、立ち……。

 

 立ったはいいがまともに走れないことに気付いた。右の太腿にある刺し傷のせいだ。左ならまだマシだったんだがねぇ。じゃあ歩くかというと普通に追いつかれるのが目に見える。

 

 さてどうするかと悩む間もなくナイフを拾った奴はまた俺に向かって突進してくる。さっきのように──馬乗りにされる前のように避けることはもうできない。

 

 ……ああ。

 

 俺、やっと死ねるのか。

 

 俺、もう死んでしまうのか。

 

 気が遠くなる感覚はどうやら実在するようで、その感覚のせいでどうも全てが遅いと感じるらしい。

 

 だからゆっくりと物思いをすることができた。

 

 穂乃果を倒れさせてしまった雑用係(かんりがわ)としての責任。

 

 彼女たちの心を知った上でそれを悪用したことによるツケ。

 

 そもそも夕下純行という、女神たちを誑かした蛇。

 

 まあそんな俺にも起源となる要素があった訳だが、それはただの言い訳。蛇は大人しく腹這いになって人々に忌み嫌われるのがよかろう。それに、呪縛から解放されたいとも思っていたしな。

 

 ……人でありながら人を嫌うとは何と虚しいことか。それを克服しようにも常に後ろめたい考えが過り、心の底から幸を感じることはない。正攻法として積極的に人間関係を築き上げようとしても結局人嫌いは癒えない訳だ。

 

 かといって人の上に立ち彼らを思うがままに動かすは悪手だ。それこそツケというもので、例えるなら、愚かなメロスに暗殺されかけたディオニス王に似ている。彼は運よく助かったが、俺の場合はここで終わる。それはそれで楽になれていいけどさ。

 

 ……。

 

 …………。

 

 終われよ、早く。何逃げてんだよ糞ストーカー野郎。

 

「ゆっきー!」

 

 聞き慣れた声が耳をつんざく。丸い髪形の少女が俺の左腕を自分の両肩に担ぐ。

 

「ゆっきー! しっかりして! ゆっきー!」

 

 鼓膜を破るほどに彼女は叫び続ける。そのまま、俺は彼女にベンチへ連れられた。

 

「今かよちんが救急車を呼んでるからね!」

 

 凛に補助されながらベンチに横たわる。同時にどっと疲れが出るわ細かい傷が痒いわで曖昧な意識がより曖昧になる。いやほんと、奴ってば直撃できなくてもチクチク攻めるとか卑怯だろ。

 

 何だか安堵したやらやっと休めたやらで思考に余裕が生まれたっぽいがやはり眠いものは眠い。血を散々流してしまったし、死ぬのは時間の問題なのかもしれない。まあ、とどめを刺されるよりマシか。

 

「だめッ、ゆっきー!? 起きてッ!! 死なないで!!」

 

 必死に止血をしようとしているのか、何か手を動かしながら叫ぶ凛。途中から花陽が駆け寄り、二人で懸命に応急処置をしているのを最後に、俺は息絶えた。

 

 

 ○

 

 

 珍しい。夢なんて滅多に見ないはずなのに襲われた時の記憶が再現されるとは。もしかして意外とトラウマなっているのか? ……いや、うん。意外とトラウマってあるんだよね。なっても不思議ではないよね。極力気にしないようにしてるけど。

 

 というかまた寝落ちしてたのか俺。暇人生活ってここまで生活リズムを崩壊させるんやなって。

 

「ゆっくん? 起きたん?」

 

 そう言って真っ先に声をかけるは希。チーズかまぼこを片手にこちらを覗き込んでいる。

 

「わしわし趣味といい、ほんと俺よりおっさんぽいよなぁ……」

 

「何か言った?」

 

「チーかま美味しいよねって話」

 

「ゆっくんも食べる?」

 

 自分のを口に咥えポッケからパッケージを取り出す希。分けてもらえるのは嬉しいんだけど、身動きが出来ない身分としてはトイレ事情をややこしくしたくない気が強い。昨日からずっと用足してないってのがあるからな。

 

「今はいいや。というか食っていいんか?」

 

「ダメなんやけどね。今のも冗談」

 

 パッケージをしまう希。もう一度俺の方へ向き直すとき、ちらと微かなドヤ顔が見えた。うん、すごく悔しいですね。「はは……」としか返しようがない。

 

 それはともかく。

 

「包帯の交換っていつするん?」

 

 先ほどの昼寝の前に聞いたのだが、どうやら午後に一度包帯を巻き直すらしい。まあ全身が蒸れて痒いので非常にありがたいと思うし、暇つぶしにはちょうどいいしな。

 

「三時やね。もうそろそろやと思うけど……」

 

 壁にかかっているであろう時計に顔を向ける希。俺では姿勢の関係で時計が見れないのでついでに教えてもらう。

 

「三時ぴったやね。真姫ちゃんが替えの包帯を持ってくるからそのときにみんなでするんよ」

 

「え? 看護師さんとかは?」

 

「その言い方やとまた誤解されるでゆっくん。それに巻き直し方はミューズのみんな知ってるから」

 

 と言いつつ俺の頭を撫でだす希。全身がむず痒いのは蒸れているからということにする。

 

 引き戸が開かれる音が聞こえた。

 

「お、真姫ちゃん。みんな待ってたで」

 

 という希の声からするにこれから包帯を替えるのだろう。

 

 ……そういえばだけど他の子たちはどうした?

 

「待たせたのは悪かったわ。希以外気持ちよさそうに寝ちゃってるし」

 

 ああ道理で。希以外の声が聞こえないなと思ったらそういうことだったか。

 

 それでもし凛が起きたら多分『ゆっきーの腕巻くにゃー!』とか元気いっぱいに言うぜ。んで花陽が『一緒にやろうね』ってセーブするのさ。それを真姫がツンツンしながら丁寧にここはこうとか何とかでリードしていくの。

 

 穂乃果は……そうだな。下手糞ながらも頑張りに頑張って最終的に良い感じにやってくれそうではあるな。そうなる過程で海未に叱られたりことりに教えてもらったりするんだろうけど。ところで海未は男に触れんのかね?

 

 三年生組はどうなるか分かるわ。絵里が黙々とやっている横でにこが希にわしわしされてんの。『にこっち? サボりはあかんよ?』『げえっ。あ、いやサボってないわよ!』みたいな感じ。それを見て俺と絵里が吹き出すの。

 

 すっごい楽しみだなぁとワクワクしているがここはノーアクションノーリアクション。ただ待つことしかできませんからね。

 

「じゃあ起こすね」

 

「お願い。私は準備してるから」

 

 言って真姫、希の隣もとい俺の枕元に寄り、「ガラガラ」

 

「何の音だ?」

 

「ゔぇ? ああ、ワゴンで持ってきたのよ。包帯とか傷を洗浄する道具とか」

 

「ああそういうこと」

 

 そして聞こえるは凛の第一声「ゆっきーの腕巻くにゃー!」。これをきっかけに各々が目を覚ましていく。しまいには俺が昼寝する前にあった活気が復活していた。

 

 絵里が手を鳴らし注目を集める。

 

「はい、みんな聞いて。今から純行の包帯を交換するわよ。真姫の指示をよく聞くように。真姫、お願いね」

 

 絵里に促された真姫はギョッとして、咳ばらいをしてから説明を始める。

 

「包帯を巻き直すと言ってもユキの傷の状態によるわ。動かしてみて痛がるようだったらそこはそのまま。問題なかったらそこに貼ってあるものを全部剥がして、私の言うとおりに傷を洗って。洗い終わったら包帯を巻かずに私を呼ぶのよ? 分かった?」

 

 はーいの声が部屋中に響く。その後何人かが耐えられなかったのか小さく吹き出した。

 

「もう……。じゃあユキ、試しに右腕を動かしてみてくれる?」

 

「殺さない?」

 

「殺さないわよ殺されたいの?」

 

「真姫ちゃんならいいと思う人手ぇ上げてー」

 

 と言いながら挙手する。痒みやらジュクジュクするような痛みやらがあるものの激しい痛みはないようだ。念のため手のひらを握ったり開いたりをしてみる。

 

 ふむ。

 

 ふむふむ。

 

 ふむふむふむ。

 

 あっ。

 

「だだだだだ。手が裂ける手が裂けるっ」

 

 バナナの皮を剥くみたいに手のひらが裂けちゃうっ。

 

 目覚めたばかりの時と同じように上げたままの右腕が震える。戯言の一つでもほざいてミューズを安心させたかったがそんなことは痛覚が許してくれなかった。

 

 ああ、許すといえば奴が作っただろう怪文書に書いてあったなぁ。“高坂穂乃果を使い倒した夕下純行を許さない”だっけか。他にもいろんな怪文書もらったけどさ。それだけ余罪があるってこったな、なはは。

 

 痛みだか自嘲だかで笑いが沸々漏れる。そのまま大声で笑いたくなる。右手がじわりとした感触に襲われる。焦点にブレが生まれる。このまま意識を放棄したくなる。

 

 笑いを抑えて目を瞑る。そのまま深呼吸して電源を落とそうと試みた。

 

「大丈夫。大丈夫」

 

 右手が柔らかく、暖かいものに包まれる。弱すぎず、しっかり挟んでいながら決して傷つけない()()()

 

 痛みが軽くなったような気がした。なぜそう錯覚したのかは分からない。

 

 けれども、安心させるこの声、あやすように包むその手、これらの持ち主は目蓋を開けてすぐに分かった。

 

 希。それも、いつも通りの、たまに見る顔。優しく見守る者の顔。穏やかな笑み。

 

「大丈夫よゆっくん。痛くない、痛くないよ」

 

 いたいのいたいのとんでけー。

 

 そう言って俺の手の甲を撫でる希。撫でられる度に熱が引いていく。無理矢理抑えていた笑いも知らずのうちに治まっていた。

 

「うんうん。もう痛くないね? よしよし」

 

 握られた手はそのままに頭を撫でられる。手の甲と頭に人の温もりが染み渡る。とろけてなくなるんじゃないかとおもうくらいまどろんでいく。

 

「んっんんっ」

 

 咳払いが聞こえた。音源を見やると真姫がジーッとこちらを睨んでいる。目を合わせていると体温が上がった気がした。うん、気がしただけだとも。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、腕は大丈夫みたいね。希、そのまま洗浄と交換をお願いできる?」

 

「え、ええんやけど……海未ちゃんがなんかソワソワしとるで?」

 

「え!? あ、いや、私は別に……」

 

「へえ。その割には海未ちゃん目がギラギラやん?」

 

「そうね。すっごくやりたそうにしてるし、希、悪いけど海未に代わってくれる? 希はまた別の仕事をお願いするから」

 

「ええよ。ほら海未ちゃん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 真姫が変わらず睨んでいるのはそのままに、希と海未が入れ替わる。赤と青のいい組み合わせだ。……ユニット組めないかな?

 

「じゃあ海未、私は替えの準備しておくから先に自分の手を消毒してから右腕のそれを剥がしてもらえる?」

 

「はい、お任せください。純行、痛かったら言ってくださいね」

 

 シュリシュリと擦り合わせた海未の両手が右腕を這う。

 

 ビリビリと小気味いい音とともに右腕が軽くなっていく。それからその下に貼られていたらしいシール的なもの(ドレッシング材というそうな)も剥がされ、肌が晒される。蒸れた肌を解放するというのはどうやっても気持ちがいい。「傷口を洗いますね」あ、生理食塩水で洗うのもいいなこれ。癖になりそう。

 

 真姫の的確な指示と海未の丁寧な手つきでドレッシング材と包帯が替えられる。そうしてボーっとしているうちに右腕の処置が終わっていた。

 

「具合はどうですか?」

 

「すごいよ海未。めっちゃすっきりした。ありがとうな」

 

「喜んでくれてよかったです。あまり手のひらを動かさないようにしてくださいね?」

 

 そう言って視界から引っこむ海未。真姫が「お疲れ様」とすかさず声をかけていた。

 

 

 

 

 

 ……それはそれとして、どうしよう。

 

 洗浄で水気を意識してしまったせいか、そういえば溜まってたものがあるなと思い出してしまった。尿意だ。冗談ながらも懸念していたトイレ事情だ。

 

 こればっかりは役得かと聞かれると返答に困る。アイドルにトイレの世話をされるとか空前絶後な体験にもほどがあるし、尊厳と性癖と体裁が三つ巴で殺し合うような地獄絵図だぞ。

 

「で」

 

 それに気付いているのか、真姫がノータイムでこちらに顔を向けてきた話なんだけど。うん、折角の可愛い顔が怖くなってますな。

 

「希」

 

「う、うん」

 

「これ使って」

 

 視線はそのままにワゴンから取り出すは尿瓶。希の目がかっ開き、口が息を吸い込んだ。

 

「え、え? これを?」

 

「そうよ。そろそろ頃合いかと思って。でしょ、ユキ?」

 

「そ、そうなの?」

 

 睨めっこ真姫と乙女モード希に見つめられる。……こうして言葉にすると『どっちにするの?』的な究極の選択が迫られて大変お得な気がするしプロマイドにして売ってもいいと思う。でも考え直せ。これはトイレの話だ。何でもかんでもアイドル活動に結びつけるんじゃない。

 

 ともかく背に腹は代えられないし黙って頷いた。漏らすよりはまだマシかなと思ったくらいだが。

 

「ああやっぱり。じゃあ希、ズボン脱がして」

 

「え、や、あの、真姫ちゃん? 私やっぱり遠慮するよ」

 

「いいのよ遠慮しないで。私はユキをフォローしてるから。ほら」

 

「うっ、ううううう……」

 

 呻く希に目を合わせ頷く。そうだもんなお前こういうのに弱いもんなと同情と応援を込めて。

 

「ううううううう……。ううううううううう……」

 

 おっかなびっくりな手つきで尿瓶を受け取る希。震えながらも俺のズボンを脱がし、解放の準備を進める。

 

「見なくても大丈夫?」

 

「見たらダメだって!!」

 

 何だよその会話。

 

 希の顔が真姫の責め苦でより一層赤くなりゆく。

 

 一方真姫の方はというと。

 

「大丈夫よユキ。何も恥ずかしいことはないから。安心してすっきりしちゃいなさい」

 

 と頭を撫でている。というか何故に俺の頭はしょっちゅう撫でられるのか。子ども扱いか。

 

「そうそう。なんにも怖くないんだから。ね?」

 

 やっぱり子ども扱いじゃないか。

 

 けれども頭を撫でられるというのは不思議なことで、排泄なんか恥ずかしくも何ともないんだと思わせてくれた。……くれた?

 

 だから、うん。出した。希の悲鳴も静かに漏れ出た。いや尿瓶からアレは漏れてなかったけど。

 

「あっ、ああああああああ……。黄色い……」

 

 実況しなくてよろしい。

 

「よしよし。えらいえらい」

 

 さっきから真姫は何なの?




 はい、お疲れさまでした。
 チラッとね。こう、謎を明かしました。
 また色々と妄想していただけると嬉しいです。
 それでは時間がないので今年はこれで(用事から帰ったらここを更新するつもりです)。
 また来年!!

 次回予告ですよ。

 まさかのまさかでウチが恥ずかしくなることがあるなんて思わなかったなぁ。
 まあそれはともかく、ゆっくんがまた眠りだしたからこれからミューズのみんなで諸々の確認をするところなんよ。
 ことりちゃんの留学の件はどうなったかとか、ゆっくんを襲った人の情報はないかとか。
 ゆっくんから離れたい人はいないか、とか。
 ……最後のとこは多分いないと思うんやけどな?
 そうだ、ゆっくんが安心して眠れるようにおまじないしとこ。
 あの時は顔色悪かったしな。
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