私はソーマのパートナー 作:サンリアフレ
第10話 ソーマside
俺が特務を受け始めてから一週間ほど経った。
セナは順調に快復し、アラガミ化した右手も指先以外は元通りに戻った。
「セナ君ほど神機との親和性が高くないと到底できない芸当だ」
と提案した榊が驚いており、予測より早く身体の治療に取り掛かれるとのことだった。
そして俺の方はと言うと、二日前に着任した"新型"のお守りに出かけていた。
新型──第二世代神機使いと呼ばれている貴重な人材だ。
遠近両立の神機を扱えるポテンシャルを秘めたソイツの見た目は、驚くほど平凡だった。
黒髪に黒目。
背も平均的な高さで、唯一他と変わっているのはフェンリル制服を律儀に着込んでいることくらいか。
名前は
大層な名前だが、十中八九フェンリルに拾われた孤児だろう。
そうでなきゃ、そんなゴッドイーターのために生まれたような苗字を冠するわけがねぇからな……。
そんなユウは俺と同僚のエリック・デア=フォーゲルヴァイデでミッションコード《鉄の雨》に出撃していた。
噂とは大したもので、俺が特別に難易度の高い任務をこなしているとあっという間に知れ渡っていた。
俺が特務を受けていることを知ってるのはクソ親父と榊、ツバキとヒバリだけのはずだが、立ち振る舞いだけで察せる奴がいるらしい。
セナの時は誰も気づいてなかった癖に、調子の良い奴らだ。
そんな噂を鵜呑みにしたエリックは、どういうことか俺を超えることが目標などと新型に熱く語っている最中だ。
ミッション中だというのにお気楽なことだ。
が、俺の正体を知っている上で話しかけてくる数少ない奴だ。
他の奴だったら多少は怖い目に遭わせてやって教訓にさせるのも良かったが、今回は特別だ。
「エリック、上だ」
「え?」
冷静にエリックに組み付かんとしていたオウガテイルを叩き落とす。
体勢を崩し、地面に這いつくばったところを容赦なく叩き潰す。
アラガミの中でも最弱のオウガテイルだが、その身体は俺たちより一回り大きいほどだ。
体重もそれ相応にあり、飛び掛かれたら瞬く間に押し倒され、凶悪な顎で食いつぶされるだろう。
ザコの代名詞であるアラガミ、オウガテイル。
しかし皮肉なことに、最も多くゴッドイーターを殺したアラガミでもあるのだ。
廃工場の屋上から飛び掛かってくるとは夢にも思っていなかったらしい。
死んだオウガテイルを無様に尻餅をつきながら呆然と眺めるエリックに手を差し伸べる。
「ほら、立てるか」
「あ、あぁ……すまない。僕としたことが情けないところを見せたね」
エリックは所謂ナルシストというやつだが、素の性格は悪い奴じゃない。
自分の反省すべき点は素直に受け止められる奴だ。
それにナルシストのくせに自分の腕を過大評価しない妙なやつでもある。
そういうところが皆に認められているのだろう、エリックを頼りにする奴は多い。
ユウもそのクチのようで、さっきまで熱弁していたのにさっそく無様を晒したエリックを笑うようなことはせず、駆け寄って声を掛けていた。
それから俺に声を掛けた。
「その、僕が言うのも変ですが、エリックさんを助けてもらいありがとうございました」
「……変な奴だな。初めて顔を合わせる奴が死のうと、簡単に切り捨てるのが極東だぜ」
「えっ、そうなんですか!?」
「冗談に決まってるだろ。間に受けるな」
気のない苦笑いを浮かべる新型。
セナに会っていなかったら、きっとオウガテイルの奇襲に気づくことも、エリックを救えることも、新型と雑談を交えることもなかっただろう。
自分の確かな成長を感じられ、人知れず笑みを零す。
だが油断は禁物だ。
これくらいではセナに到底追いつけない。
そんな決意からか、無意識に俺はこう言っていた。
「お前は、どんな覚悟を持ってココに来た」
「え?」
俺が戦場に来るとき必ず心中で呟くことだ。
昨日の任務は上手くこなせた。
だが今日はそうとは限らない。
セナなら簡単に終わらせるはずだ。
俺はそのラインに到達していない。
大切な人をこの手で守るために、俺は戦場で戦う。
そのためにも、俺はもっと強くならなくてはならない。
「……ふ、気にするな。少し先輩風を吹かせてみたかっただけだ」
死の恐怖を今更になって感じたのか腰を抜かすエリックに声を掛けようとしたとき、新人は呟いた。
「誰かのために戦えたらと……そう思ってます」
「……そうか。見つかると良いな、その相手」
「はい!」
「ソーマ、今回は遅れを取ったが次は僕が助ける番だ。大船に乗ったつもりでいたまえ、僕が華麗に援護してみせよう!」
声を掛けるまでもなく立ち直っていたエリックにユウが拳を突き上げて賛同する。
頑張れよと適当に口ずさみながら戦場を駆ける。
いつもより足取りが軽く感じられた。
◆◆◆
「へぇー、新型君……えぇっと、ユウ君! 優秀そうじゃん」
「新型らしく遠近両方使いこなしてた。動きはぎこちねぇが、その内優秀なゴッドイーターになるだろ」
任務を終えたその足でセナのお見舞いにやって来ている。
「ふふ、今日も来てくれてありがとねソーマ君」
「俺が来れば早く治るんだろ。俺としても早く治ってもらわないと困るからな。仕方なくだ」
「ん、ありがとー」
両目に眼帯をしても相変わらずの快活な笑顔を見せるセナ。
がっちり握られている左手を意味もなく揺らしては楽しそうに鼻歌を歌う。
すっかり元気になった。
二回目に意識を取り戻したとき、最初に目を覚ました時の取り乱しっぷりを赤くなりながら謝ってきたセナは、俺以外とは面会謝絶となった。
うっかりセナと呼んでしまっていたが、よほど混乱していたのか、そのことは覚えていなかった。
榊曰く、身体機能の欠落は想像以上のストレスを本人に与えているはずで、セナにとって俺は特効薬なのだという。
前者は納得するが、後半は怪しいものだが本人が元の調子に戻っているのだから、そういうことにしておく。
そういう訳で、セナの目が戻るまで俺は毎日医療室に通っていた。
ただ通って無言でいるわけにもいかず、されど取り乱したときに言ってた"また独りにしないで"という言葉を言及するわけにもいかず、その日あった出来事をかいつまんで話している。
俺が特務を受けていることはセナに伏せている。
余計な心配と負い目を感じさせたくないからだ。
関係者にも伏せるよう厳重に釘を刺しておいたが、なぜか生暖かい眼差しで笑われた。
大方、セナもこんな感じで俺に伏せていたのだろう。
こうして雑談していても、やはりセナは右手のことを気にしているようだった。
気にするなという方が酷だが、俺から見えないように右腕を隠す姿は胸の内を刺すものがある。
当然ながら、セナにはセナの身に起こっていることを説明してある。
ただ一時的とは言え視力を失ったのは精神的に苦しいものがあるようで、俺と話している以外は鎮静剤を打ってもらい寝ているそうだ。
俺もいつまでも弱ったセナを見たいわけじゃない。
さっさと治してもらって、また前のようにくだらないからかいの一つや二つをしてもらわないと、調子が狂う。
自然とセナの左手を握る手に力が籠る。
「今日は情熱的だねー」
「お前は相変わらず暢気だな。成人らしく振舞えよ」
「はぁ、以前のソーマ君なら顔を赤くして取り乱してくれたのに……。すっかり大人になっちゃったねぇ」
「もう十八だ。ガキ扱いするな」
「そっかぁ。じゃあオトナの悪戯をしても大丈夫かな?」
そう言い眼帯を外すとぐっと顔を近づけてくる。
本当は見えているのかと思うほど正確に俺の鼻先でピタリと止める。
ふいに揺れた煉瓦色の髪からシャンプーの匂いが漂う。
お互いの息がかかりそうな距離で瞳を見つめあう。
尤も、セナは見ていないはずだが。
そこらへんに歩いている女よりは整っていると思える顔が目の前にある。
首から上に血が上るのを自覚する。
光が見えないはずの目は寸分違わず俺の目を捉えて、逆に俺が逃げるように顔を背ける。
ちょうどそのときポケットに忍ばせていた業務用の携帯端末がバイブした。
そばを離れて応答した。
逃げたわけではない。
むぅと小さく唸ったセナだが、よく見れば頬が少し赤くなっていた。
自分で仕掛けて恥ずかしがるなら最初からするなと心中で悪態をついて医療室を出る。
「なんだ」
『これからお前の受ける特務について話がある。私の部屋に来たまえ』
君という二人称を普通とするくせに、俺にだけはお前と言うクソ親父は要件だけ述べるとさっさと切ってしまう。
俺も何か話したいとは思わないが、冷静に物事を考えられるようになった今では何とも慕い甲斐のない親父だと思う。
頭の後ろで腕を組んで寝そべっているセナに声を掛ける。
「悪い。仕事が入った」
「えー、またぁ?」
「人手が足りねぇんだと。今日はもう来れない」
「……そっか。それじゃ、また明日ね」
そう言って寂しそうな笑みを浮かべて左手をひらひらと振るのだ。
さっきまで無邪気にはしゃいでいたのに、別れ際にその顔を見せるのはずるいと思う。
いつもは俺を玩具のように扱っては笑い姉貴ぶるセナが、今では親を無くした子供のようだ。
セナが俺を見つけたときも、こんな感覚だったのだろうか。
「治ったらさっきの続きしろよ」
「……えっ、え!? それどういう──」
慌てふためくセナを無視してドアを閉め切る。
もし目が見えないフリをしていたら困るからな。
今の俺の顔は。
意味もなくフードを乱暴に被り直し、エレベーターに乗り込んだ。