私はソーマのパートナー 作:サンリアフレ
パートナーに内緒で特務を受けている俺は、早朝にそれを割り当てている。
セナは退院した後も性懲りも無く特務を受けているらしく、やはり深夜に取り組んでいる。その分、就寝時間が遅くなり、当然起床時間も遅くなる。
まぁ、それでも8時には起きているのだが……。毎日何時間寝ているのか心配で仕方ない。ちなみにアナグラのゴッドイーターの平均起床時間は9時である。任務の受注が強制でないのと、早朝に発注される任務は少ない上に収入が乏しいものばかりだからだ。
ともかく、セナの目が閉ざされている時間は早朝しかない。
なぜセナに内緒にしているのかと言えば、やはり無用な心配をかけたくないからだ。
確かにセナの負担の肩代わりという目的もある。だが、本音を言えば鍛錬に利用しているだけだ。
今の俺は余りにも弱い。
セナに着いて行き、見習い、その内心のどこかで自分は無敵なんだと錯覚していた。任務で負傷することも殆どなくなり、任務評価も高いことも錯覚を助長させていた。
しかし、セナが泥まみれで倒れていたのを見て目が覚めた。
あのセナが
俺がその未曾有のアラガミと遭遇した時、果たして狩ることができただろうか。
否。断じて否。骨が残っていればまだ良い方だっただろう。
もしセナと一緒にソイツと遭遇した時、果たして狩ることができただろうか。
これも否だ。むしろ足手まといになり、余計にセナを危険に晒すことになっただろう。
今の俺には力が必要だ。実力。知力。技術。ありとあらゆる力が必要なんだ。
俺を死神と言った奴は、なるほど的を得ていた。こんな足手まといがいれば、セナの首を切り落とさせられるだろうから。
俺の望みは唯一つ。セナを守ることだけだ。
それを成すには、力が必要だ。
「お疲れ様ですソーマさん。報酬の方は……」
「いつものように頼む」
やり取りを手短に済ませ、次のミッションの物色に移る。
受付を務めるヒバリは、ほとほと困ったような営業スマイルを浮かべ、ため息を押し殺す。
特務をこなした直後にまた出撃しようとしているからな。ゴッドイーターとして歓迎されるべき勤勉さだが、人間としては過労も良いところ。
受付には事務処理を始め、ゴッドイーターの近況把握も含まれている。働かなさすぎる奴をしょっぴくためなんだろうが、まさか働きすぎる奴を止める日が来ようとは夢にも思わなかっただろう。
実際、何度も止めろと言われている。悉く無視して今に至る訳だが。
それでも強引に止めようとしないのは、恐らく動機を理解しているからなのだろう。
内心を知られているのは業腹だが、それが鍛錬できる理由ならば我慢する。
受付に設備されている受注可能の任務一覧表を映すタブレットから目を離し、腕時計に目をやる。
……7時ちょっと前か。これなら8時までにアナグラ付近の任務の一つくらい消化出来るな。
視界の端でヒバリが無言で首を振るのが見えたが、俺も無言で向き直りタブレットに表示されているミッション名を指差して見せつける。
眉間に指を添えつつ、片手間に手元の端末を操作するヒバリ。そして、心底不本意そうに護送車のキーを差し出す。
俺はわざとらしく笑って見せてそれを受け取り、さっさと翻す。背後で聞こえがよしにため息を吐かれた。
もう何十回も同じやり取りをしているんだから、いい加減諦めるべきだろうに。今となっては、一種のコミュニケーションになってる。
……受付がそんな私情丸出しの態度で良いのか?と常々思うが、先ほど言った通り、それは翻って今の俺が目に余る行為をしているからと理解しているので、いわゆるご愛嬌である。
鬱陶しいとは思う。けれど、それは野良猫が足に纏わり付いてくるときに抱くようなものであって、別に毛嫌いするようなものじゃない。
なぜなら、以前の俺はそもそも、そんな人間らしいやり取りをすることすら出来なかったのだから。
口では化け物の俺なんて云々と斜に構えて誤魔化していたが、今は素直に認められる。
俺は誰かと接したかった。俺を真っ当な一人の人として、対等に話したかったのだ。まぁ、あり大抵に言ってしまえば、周りの奴らに嫉妬していたわけだ。
そんな態度を取るものだから、余計に人が寄り付かないし、角が立つ。俺は更に意固地になって態度を改めない。笑ってしまうくらいガキだった。
セナ曰く、狐と葡萄のようなものだったらしい。どういう訓話か知らないが、その狐もさぞ捻くれた滑稽な奴だったのだろう。
そんな救いようのない俺をここまで引っ張り上げてくれた人がいた。哀れみとか同調ではなく、ただの好奇心で。なんて事はないと笑いながら、底なし沼に嵌った俺を日の下に引きずり出してくれた。
その笑顔が余りに眩しくて。余りに尊くて。あの光が無くなれば、きっと絶望のあまり死んでしまうくらいに、俺の心を温めてくれた。
恩返しをしたいとか、そんな恩着せがましい理由じゃない。もっと汚らしいが欲にまみれた理由だ。
側を離れないでほしい。失いたくない。失ってしまえば俺が死んでしまうから、俺は必死に足掻く。
遥かな絶壁にでも指を掛けよう。無限の海をイカダで乗り越えよう。月にだって吠えてやる。
それが人となった俺の全てだ。
誰に聞かせることもない心の独白を終え、決意新たに踏み出した俺だったのだが……
「やあソーマ。今日も華麗に任務を完遂しているようじゃないか」
声音だけでどんな性格をしているか解ってしまうようなそれは、階段の上に置かれたソファから発せられた。
顔を覗かせれば尊大に踏ん反り返るパンクな服装とサングラスが特徴的な、煤けた赤髪が特徴の顔見知りがいた。
「珍しいな。お前、早起きするタイプじゃないだろ、エリック?」
「そういうキミこそ、華麗に寝坊しそうなタイプだろう?」
フッ、とキザったらしく前髪を払うエリック。
コイツを一言で紹介するならば、ナルシストが服を着たような奴である。
だがそのデカイ態度は奴の確かな腕前からくるもので、態度は鼻に付くが心は善良過ぎるくらい純粋な奴だ。いわゆる、憎めない奴。
でなければ個性の強い奴の集まりであるアナグラと言えど鼻つまみ者になっているだろうし、死神だった俺に平然と声をかけたりしないだろう。
ちなみに、コイツとは同期だったりする。そんなこともあり、ちょくちょく任務を共にする腐れ縁である。
「……で、俺に用があんのか?見ての通り忙しい身なんだが」
「なに、そう大したことじゃないさ。久しぶりに一緒にミッションに行こうかと思ったのさ」
言われてみれば、ここ最近……具体的に言えば、セナが入院した三ヶ月前あたりからプッツリ交流が切れてたな。まぁ、コイツに限らず、ほとんどの奴とも切れてたんだが。
振り返ると死神だった頃と大差ない環境だな、これ。
……そう思うと、何だか今から一人で行くのは間違っている気がしてした。忙しいと言っても、今に限れば一時間以内に軽いミッションを片付けるだけの話だ。特務のような特殊なものでも無いし、ここらで交流を改めるのも悪くない。
────別に、もう一人であるべきだと考える必要もないからな。
階段にかけていた足を下ろし、受付に首を伸ばす。案の定会話を聞いていたヒバリとバッチリ目が合い、凛々しい笑みと共にグッと親指を立てていた。俺一人で奔走するより余程安心できるのだろう。俺が何か言う前に手を動かした。
そんなヒバリの様子に、俺は自分が思っているより多大な心労を彼女に掛けていたのを今更ながら実感した。
「ヒバリ。何と言うか、すまんかった」
彼女から見れば脈拍もない謝罪だったろうに、ヒバリはやれやれと肩を竦めて笑顔で答える。
「全くですよ。まぁ、自覚していただけ以前よりだいぶ成長していますが、もう少し頭を冷やせるようになってくださいね」
「……お前、俺より年下だよな?何でそんな上から目線なんだ」
「ふふ、伊達に受付を務めているわけじゃないんですよー?それに女の子は強かなんです。数年の付き合いがあれば、相手の機微を読み取るくらい訳ないですよ」
ドヤ顔で嘯くヒバリに、今度は俺が肩を竦める番だった。確かに身の回りの女には敷かれてばかりである。
行ってらっしゃいという元気な声に肩越しに手を挙げて応えておき、エリックの前に立つ。
「そういう訳だ。足引っ張んなよ」
「誰にものを言っているんだい?僕はエリートゴッドイーター。どんな任務も華麗にこなしてみせよう」
時間が経っても相変わらずの態度に、やっぱりお前は憎めない奴だと思いながら出撃ゲートをくぐった。
◆◆◆
俺とエリックが引き受けた任務はアナグラ周辺に寄り添う住居区の防衛だ。より正確に言えば防壁の外に出て、将来襲来してくる危険のあるアラガミ群の掃討である。
具体的にどのアラガミを狩るか決まっていないため、たまに貧乏くじを引くことがあり、人気のない任務だ。俺にとっては都合のいい任務なんだが。
朝日が昇り、思わずぐっと体を伸ばしたくなる陽光を浴びながら荒野に繰り出した俺たちは、ヒバリに指示されるままに動き、アラガミを殲滅した。
エリックも銃型神機を遺憾なく発揮し、俺の支援をしつつアラガミの牽制を行い、エリートゴッドイーターの自称に恥じない働きぶりを見せた。
以前奴は頭上から奇襲してきたオウガテイルに気づかず死にかけたことがあったが、決して口先だけのバカじゃない。むしろ極東のゴッドイーターの中でも上位に食い込む実力者だ。
ゴッドイーターの死因の一番はアラガミによる奇襲である。基本四人一組で討伐に臨むため、標的に殺されることは少ないからだ。
エリックの名誉のために明言すれば、エリック上田は日常茶飯事起こる事故。どんな熟練のゴッドイーターでも避けれぬ理不尽だ。
「今物凄く不名誉なあだ名で呼ばれた気がするんだけど」
「気のせいだエリック。そんな格好をしているから体が冷えただけだ」
エリックはむき出しの両腕を撫りながらぼやく。俺は討伐したボルグ・カムランを神機に捕喰させているので顔を向けていない。
きっと赤い革ジャンを肌着しただけの格好だから寒いのだろう。
このご時世に娯楽なんて贅沢は許されない。しかし娯楽なくして生きれないのが人なので、ファッションや料理など細やかな物に大変こだわるようになった。
つまり、アナグラに奇抜な格好をしている奴が多いのは変なことではなく、むしろ人らしく生きようとしている結果なのである。
……何が言いたいかと言うと、エリックの勘の良さを適当に煙に巻こうとしただけだ。
そんな幼稚な軽口を叩いた後、エリックは切り返した。
「しかし流石だなソーマ。いや、敢えて我がライバルと言い直そう。男子三日会わざらば刮目せよと言うけど、君は目に余るくらいの成長ぶりだ。一体何をすればそこまで華麗になれるんだい?」
「適当に仕事をこなしてりゃ誰でもこうなる」
「ふぅん。適当、か。ここ数日のことしか知らないが、君の生活には尋常ならざるものを感じたよ」
エリックの相槌に含むものを感じたため目線をやると、いつもの自尊心に満ちた勝気な笑みはなく、アラガミと対峙している時にすら見せることのない真剣な表情を浮かべていた。
サングラスに隠れた目付きは窺えないが、きっと柔らかい色を湛えていることだろう。声音だけでも十分に伝わってくる。奴が新人にも憎まれない理由は、こういった真心からくる優しさを感じ取れるからなのかもしれない。
「僕としてはこっちが本題だったんだよ。次々と任務を捌く姿は実に痛快だが、その顔が鬼気迫るものであっては華麗さに欠けると言うもの。ライバルとして、そして親友として見過ごすわけにはいかない。どうだい、ソーマ?何か悩みがあるのなら、この僕が相談に乗ろう」
無駄に長い口上の末に、エリックは得意げに鼻を鳴らしながら近場の瓦礫に腰掛けた。
俺は特務を受けていることやその真意について、誰かに相談しようとしたことはないし、することもないと思っていた。
だからエリックの誘いに乗ることもないはずだ。
けれど、その考えに反して"コイツになら"という思いが心の隅に巣くった。
どうしてこんな簡単に考えが揺らぐのか不思議だったが、悪い気はしなかった。
そしてやけにあっさりと、俺はエリックの隣に腰掛けたのだった。
◆◆◆
特務絡みのことは省きながら気持ちを吐露すると、エリックはふむと相槌を打った。それからニヤリと口角を釣り上げる。
「なるほど、君も男になったんだな」
「はあ?」
「男は守るべきもののために身を呈して戦う生き物だ。そして胸に秘める情熱を隠しながら華麗に男を遂行するのが紳士さ。君は正しく紳士だ」
「お、おう」
やけに尊大に言うものだから曖昧に頷くことしか出来なかった。
引き気味の返事に気を悪くすることもなく、満足そうに頷いたエリック。
「本来ゴッドイーターは民衆を守る使命を背負っている。それは何故か。それを成せる能力を持っているからだ。"
ノブレスオブリージュ。それはアラガミが世界に蔓延る前の時代に一部の地域に浸透していた思想のこと、らしい。
本来の意味は平民より豊かな貴族は、その分多く働くべきというものなんだそうだ。解釈の違いでお互いがお互いに足りない部分を補う協力体制のこととも。
成る程確かに道理である。エリックの言った通り、何かを成すための力を持つならば、それを隣人のために行使するのは大変な美徳だ。
しかし、現実にそんな聖人君子はいないだろう。きっとその思想も口上としか捉えられていなかったのではないか。今、人類滅亡の危機に瀕している俺たちの時代でさえ、上位者は己の私腹を肥やしているのだから。
そんな夢物語を、エリックはごく真面目に語った。
「少し僕の話もしようか。僕の家、フォーゲルヴァイデ家はフェンリル傘下企業の一部を統括していて、それ相応に豊かだ。貴族と呼んでも差し支えない。僕が物心付いた時から何不自由なく育てられた。あれが欲しいと言えば手に入ったし、嫌な物から目をそらすことだって出来た。まぁ、絵に描いたような坊ちゃんだったさ。家訓も表面上でしか理解していなかったし、志そうなんて微塵も思っていなかった」
苦々しい表情で吐き捨てるように言う。貴族の子ならば当然の成長ぶりだが、彼にとっては汚点に他ならないのだろう。
「そんな僕にも守るべきものが出来たんだ。三つ下の妹さ。本当に可愛い奴でね……どこに行くにしてもすぐ後ろを付いてくるんだ。どうして付いてくるんだいと聞くと、一緒にいると怖くないからって答えたのさ。その時にようやく僕は家訓を真の意味で理解出来た。この震える妹を守れるのは僕しかいないんだってね。幸い僕にはゴッドイーターの適性があったから、すぐ志願したさ」
「……それで今に至ると」
ざっくりと言うとね、と区切った。
「そこで本題だ。つまるところ、君は邦枝セナを守りたいと思っているが、彼女に劣っていると自覚している。その差をなんとか埋めようにも上手くいかない。だから焦っている。その悩み自体は悪くないと思う。むしろ、あの邦枝セナに迫ろうと努力を惜しまない姿勢は僕も見習いたい。問題は君が自分の身を省みないところだ」
サングラスの奥から覗く目は責める色を浮かべながら、どこか悲哀を感じさせた。
「さっき僕の話を引き合いに出したのは、君が守るという行為を勘違いしているからだ。守るという行為は決して自己犠牲のことじゃない。僕は
その問いに俺は口答えすることが出来なかった。
散々リッカに言われてきたことだ。神機は替えが利くが、俺自身の代わりはないのだと。セナの気持ちも考えろと。
それを俺はわかっているつもりだった。何を当たり前なことを。そう思ってた。
けれど、実際にそれを理解しているエリックの言葉の重みに触れて、ようやく俺は自覚していなかったのだと思い知った。
なぜ今の今まで自覚できなかったのか不思議でならない。多分、努力している自分に酔っていたために、無自覚に自分は死なないと思い込んでいたのだろう。
ガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける俺を見て、やれやれとため息をついたエリックは尻をはたきながら立ち上がった。
「君はバカじゃない。が、どうも一つのことに意識を向けると、他のことに気が回らなくなるきらいがある。集中できるのは美徳だけど、周りが見えなくなるのはよろしくない。今回を教訓に意識したまえ」
「あぁ、そうする」
我ながららしくないことをしてしまったな、と悪戯な笑みを零すエリックに、俺は堪らず訪ねた。
「どうしてお前はそんなに大人びたんだ?俺と同い年とは思えないくらい考えがしっかりしてるじゃねぇか」
まるで地に足をつけた大人のように振る舞う。普段の飄々とした態度も、その思考が裏付けしているように感じてきた。
俺の問いに、なんて事はないと答えた。
「さっき言っただろう?こう見えて僕はそこそこの企業の御曹司ってやつなんだ。当然、将来的に継がなくちゃいけない。このご時世の社会事情とか、企業間の権力争いを始めとしたジメジメとした陰湿な世界に飛び込まなくちゃいけないわけだ。そういったことで親から教え込まれた知識があったし、何よりそんな息苦しい世界に妹を送り込みたくなかった。だから色々と考えてた時期があったのさ。つまるところ、君より幾分か考える機会が多かっただけ。君が気に病む必要はない」
「……そうか」
「そう、忘れていたが、今回僕が言いたかったのはもう少し自分を大切にしろということだけだ。努力する分には大変結構だが、過ぎたるは及ばざるが如しってやつだ。君の悩みの根本である力不足については僕はどうしてやることもできないけど、相談くらいなら喜んで引き受けよう。一人で抱え込むよりずっと建設的だ」
さぁ凱旋といくか!と颯爽と歩き去っていくエリックの背中がとても頼もしく見えた。
唐突に失踪して申し訳ありませんでした。
リアルが落ち着いてきたので、ぼちぼち再開していきます。
エリック上田なんてバカにされてるけれど、生きていたらきっと頼もしい人だったに違いないと妄想してたら大先輩みたいなキャラになってしまった。
けど家庭環境とか本人の言動的にかなり自立してそうだったので大目にみてください。