私はソーマのパートナー   作:サンリアフレ

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第17話 リンドウside

「おはようリンドウ!」

 

「よう。今日も元気そうだな」

 

「いつもより元気だよ!」

 

 朝から溌剌な笑みを振りまく奴さんはそこらの子供よりも無邪気だ。

 成人したというのにそれでいいのかね。まぁ、それが奴さんらしいところでもあるが。

 大方、昨日気まぐれで与えた休暇でソーマと仲良くやったんだろう。

 

 思えばソーマもよく成長したものだ。

 言うことは全く聞かねぇわ、ようやく聞いたと思えば生意気な口を叩くわ。問題児だったアイツがあそこまで丸くなるとは……。

 セナもセナで超人離れしてやがるから、ああいう普通の女子をやってるとこを見ると妙な安心感を覚える。

 

「ねぇリンドウ。ちょっと集中治療室に行かない?気分が良いうちに済ませておきたい話があるの」

 

 割と真面目に感心しているとセナが親指で背後のエレベーターを指した。

 集中治療室っていうと榊博士のラボにある部屋だ。簡単に言っちまうと、極東支部で唯一支部長の目と耳が届かない場所だ。

 何か他人に聞かれちゃマズイ話をしたいらしい。村のことだろうか。特に問題はなかったと思うんだが。

 

 何にせよミッションまで暇な手前素直に頷く。

 榊博士のラボに入るとやたらとデバイスが多く引っ付いた仕事机……仕事機械?それに着いていた。

 

「おや。まだソーマ君への資料は出来ていないんだが」

 

「いえ、その件で来たんじゃないんです。隣の部屋貸してもらえませんか?」

 

「そんな喫茶店のようなノリで使う場所ではないんだけどね。まぁ、何か事情があるんだろう?好きに使うといい」

 

「助かります。あ、くれぐれも盗聴しないでくださいよ?」

 

「そう言われたらしたくなるのが人の性……冗談だよ。冗談だからその掲げた右手を降ろしてくれ」

 

「約束を破ったらそういうつもりで」

 

 肩をすくめて作業に戻ったのを尻目に行こうと歩き出すセナ。

 トントン拍子で進む二人のやり取りに置いて行かれつつもセナに連れられる形で集中治療室に入った。

 

「お前さんたちずいぶん仲が良いんだな」

 

「いつものことだよ。あの人、すーぐちょっかい出してくるからあれくらい言っとかないと自重しないんだ。好奇心が服を着て狐の皮を被ったような人だから」

 

「そこは人の皮って言ってやれよ、一応さ」

 

「本人が喜んでるからそれでいいの」

 

 喜んでるんですかい。天才の考えることはよくわからんな。

 そんな苦手意識があってあんまり榊博士とは関わりがない。

 

 無駄話はさて置き、どっかりベッドに腰掛けたのを皮切りに本題が始まった。

 

「支部長の身辺調査の件なんだけど、結局エイジス島に潜入捜査したの?」

 

「いや、してねぇ。入るためのコードキーは手に入れたんだが、それがあっさりと手に入ったもんできな臭くてな。罠じゃねぇかと睨んでる」

 

「賢明だったね。自分の周りを嗅ぎまわってる輩を誘き寄せるための罠だよ、ソレ。下手に潜入したらその場でお縄についてたと思う」

 

 俺もそうかもと思っていたが、何の疑いもなく罠と断定してくるとは思わなかった。

 するとセナは呆れたような表情で言った。

 

「考えてもみなよ。セキュリティとかネットワークに精通してるヒバリちゃんならともかく、ゴッドイーターってこと以外はただのおじさんに過ぎないリンドウがちょっと頑張っただけで手に入るような場所に重要機密に繋がる鍵を置くわけないでしょ」

 

「正論だがおじさん呼ばわりはやめような?自分で言うのはいいが他人に言われるのはダメだ」

 

「なら他の成果も出してもらいたいね。それ如何で前言を撤回するよ」

 

 芝居掛かったやれやれ顔が絶妙に腹立つ、

 だが俺にもちゃんとした用意がある。すぐに撤回してもらうさ。

 

「一ヶ月近くエイジス島に物資を搬送する貨物船の中身を調べてみた」

 

 うん?と首を傾げたものの、すぐに合点がいったようで「へぇ。やるね」と笑みを剥いた。

 察するの早すぎるってお嬢さん。これ思いつくのに結構時間かかったんだが。

 地頭の違いを見せつけられて無駄な傷を負ったのを隅に追いやって報告を続ける。

 

「中身の大半は液状化されたコアだった。十中八九俺たちが特務で集めたものだろう。建設に必要な鉄骨とかはほとんどなかった」

 

「なるほどねぇ……。それ、かなりヤバくない?」

 

「ヤバイな。どう考えても」

 

 一見、対アラガミ装甲壁の材料として搬入しているように思えるだろうが、装甲壁ってのはそう単純に作れるような代物じゃない。ぶどうパンじゃあるまいし適当に鉄と混ぜ混ぜすれば出来るものじゃないのだ。

 

 エイジス島内部で装甲壁を作っているって線もなくはないが、それはあまりに非効率的すぎる。極東支部内にそれ用の工場があるんだから、そこで作って出来たものを持って行くのが普通ってもんだろう。

 

 つまり、トラックに積まれた大量のコアはエイジス計画に関係ないものであり、建築以外でコアが必要なものと言ったらもうアラガミの育成しかあり得ないだろう。

 それこそがエイジス計画の裏で進められている謎の計画の正体。まさか本当にアラガミを生み出してやがったとは恐れ入る。

 

「それにしてもあんまり驚かないんだな。俺は震え上がったもんだが」

 

「もしかしたらって思ってたから。アラガミの製造って実は随分前から考えられてたことなんだよ。『アラガミ進化論』って言うんだけどね、提唱したのがヨハネス支部長の実弟さんなの」

 

「それを兄が利用したって訳か……。今でこそ納得できるが、思いつくには飛躍し過ぎじゃねぇか?」

 

「少し前に終末捕食の話を聞く機会があってね。火のない所に煙は立たないって言うし、やけにコアを要求してきてるでしょ?嫌な予感はしてたんだよ」

 

 セナの勘の鋭さに舌を巻くしかない。あまりに荒唐無稽で考えもしなかったわ。

 

「まぁこんなとこですかね。それで准尉殿、前言の件は」

 

「及第点としましょう。撤回します」

 

 おふざけをおふざけで返してくれるのはコイツとサクヤくらいだから気が楽だ。

 姉上は超真面目だからなぁ……。

 

 さて、ここまで話がまとまると残った議論は一つだ。

 

「……どうやって本部に報告する?」

 

「難しいねぇ……。ぶっちゃけ物的証拠は皆無で想像で語ってるだけだから、そのまま報告したところでどうにもならないよ」

 

「ならエイジス島に潜入するか?一番手っ取り早いぜ」

 

「それはあり得ない。最低でも本部からのバックアップがないと無理」

 

「ならどうすんだ。このまま野放しにするのが一番ヤバイってのに」

 

 セナはこめかみに指を添えて瞑目した。

 遥かに歳下の部下に考えさせてばかりじゃアレなもんで一応俺も考えを巡らせてみるが、やはり思いつかない。

 いっそのこと何とかして本部の連中を引っ張ってきてエイジス島の強制捜査でもやらせてみるか?それが出来たら悩むことはねぇんだけどよ。

 

 しばらくしてセナが口を開いた。

 

「まだ報告しなくていいと思う」

 

「そりゃまた何で」

 

「まず一つに、さっきも言ったけど報告に足る証拠が皆無だから。これじゃ本部も動いてくれないし、仮に動いてくれても支部長にシラを切られやすくなる。私たちも支部長の目的がわかってないんだから無闇に捜査したって空回りする」

 

 そして二つ目、と大きくため息をついた。

 

「意外と時間はあるかもしれないってこと。支部長は前々から特殊なコアを欲してた。たぶんそれがないと計画を実行出来ないんだと思う。

 結局ハンニバルのコアは望んでたものとは違ったらしいし、最低でも次の新種が見つかるまで猶予があると見ていい」

 

「三つ目は?」

 

「そもそも育ててるアラガミが私たちの手に負えない可能性が高いんだよ。仮に私たちが集めたコアが全部そいつが食ってるとしたらハンニバルなんか目じゃないくらいヤバイ代物になってるはず。下手に突っついて支部長がアラガミを解き放ったら手に負えなくなる可能性が高い」

 

 よくそこまで考えが回るもんだ。浅知恵で及第点貰ったのが恥ずかしいレベルだ。

 

「だがそのアラガミがエイジス島で暴れてないってことは支部長が上手く管理出来てるって訳だろ?そこを突くことは出来ねぇか?」

 

「その考え私としてはアリだと思うけど、それにはやっぱりエイジス島内部の情報が必要になる。現状じゃ打つ手なしだよ」

 

 お手上げー、と言いながら肩を竦めたセナだが、ふと眉を顰めた。

 まるで嫌な予感がよぎったような顔つきにつられて胸の内がざわついた。

 

「……言ってて思ったんだけどさ。支部長の身辺調査っていう本部からの依頼、今思うとかなり変じゃない?」

 

「そうか?……そうなのか?」

 

「普通その手の際どい任務をちょっと腕が立つだけのゴッドイーターに出そうと思う?私ならヒバリちゃんに出すよ」

 

「特務を任されてるからこそ俺らに声がかかったんだろ。俺たちは謂わば支部長の懐に入ってるんだぜ?」

 

「けど肝心の中身がわからずじまいじゃん。私たちだけじゃどんなに頑張ってもここが限界だよ。こうなる事くらい本部もわかってたはずでしょ。何せ最終的には電子セキュリティを破らないといけないんだからさ」

 

「……言われてみればそう思うが、本部はそこまで深く探ろうとしてなかったって線だってあるだろ。身辺調査って言うくらいなんだからよ」

 

「それだったら尚更人選がナンセンスって話になる。その程度のことなら本部直属の諜報部隊で充分」

 

 つまりコイツは何を言いたいんだ?

 その思いを乗せて睨むと、苦々しい表情で呟いた。

 

「本部と支部長がグルかもしれない」

 

「……はぁ!?」

 

 予想外の憶測に剽軽な声が飛び出てしまった。

 だがそれに相応しいくらいセナのそれはとんでもないことだったのだ。

 

「てことはなにか?この身辺調査ってのは支部長が不審者を炙り出すために仕組んだマッチポンプって訳か?」

 

「……可能性はある。けど、ちょっと話が立て込んできて勝手に疑心暗鬼になってるだけかもしれない」

 

 ガシガシと乱暴に煉瓦色の髪をかき乱す様に煩雑への憂いが見てとれる。俺より圧倒的に若いのにこんな七面倒な話に巻き込まれているのだ。よく投げ出さないものだと感心すら覚える。

 

「互いに頭を冷やすのも兼ねて今日はここでお開きとするか」

 

「そうだね……。そろそろソーマ君パワーが無くなってきたし……」

 

 この部屋に入る前は溌剌としていた顔色が今ではゲッソリとしてしまっている。早いとこソーマのとこに戻してやった方がいいだろう。いつからソーマは栄養源になったんだ。

 

 本部の後ろ盾が無くなったどころか信用すら出来なくなった今、俺たちが取るべき行動はかなり限られてくる。

 このまま支部長の手駒として働いて知らんぷりを決め込むか思い切って歯向かうか。

 いずれにせよ多大なリスクを伴うのは間違いない。今後の身振りには細心の注意を払ってセナとの連携を深めていかなくちゃならない。

 

 この事を姉上に伝えるべきなのだろうか……。なるべく巻き込みたくなかったんだが、俺たちだけじゃ二進も三進もならないのも確かだ。それに今の俺が頼りに出来て、かつ信頼できる人は姉上くらいしかいない。

 

「しょうがねぇか……」

 

 ひとりごちりながら部屋を出ると、相変わらず忙しそうなデスクに着いて作業をしている榊博士が振り向いた。

 

「随分長く話し込んでいたね。私の予想では20分程度で済むと思っていたんだが」

 

 壁時計に目をやれば時針がぐるりと一周回っていた。内容が内容なだけに仕方ないだろう。

 

「それはそうと、たった今ヨハンから君たち第一部隊に伝言を預かったんだ」

 

 図ったようなタイミングで出てきた名前に思わずセナの顔を見やってしまう。が、さっきまでのダウナーな雰囲気はどこに行ったのか、いつもの笑みを浮かべていた。

 そして一瞬目だけで睨まれて、それが中で話していた内容を悟られないためのポーカーフェイスであることに気づいて急いで佇まいを正した。

 

 ふむ、と丸眼鏡の奥の細目を光らせながらも榊博士は続けた。

 

「近いうちにロシア支部から新型のゴッドイーター がやって来るそうだよ」

 

「ロシア支部から?それに新型ですか」

 

「なんでも()()()()()()()()とのことで異動が決まったらしい。第一部隊に配属されるみたいたいだからよろしくってことだね」

 

 新型ねぇ……。レア物の新型をそう易々手放すものか不思議なもんだが、見方を変えりゃヨハネス支部長が特殊なコアとやらを集めるラストスパートをかけて来たと見ることもできる。

 

 こいつはいよいよ雲行きが怪しくなってきやがった。

 

「わかりました。サクヤたちには俺から伝えておきます」

 

「助かるよ」

 

「それでは失礼します」

 

 背後でシャッと自動ドアが閉まったのを聞いてから隣を小突く。

 

「支部長も切羽詰まってきたってとこか」

 

「みたいだね。状況も時間もキツくなってきたし、これ以上の先延ばしは出来ない」

 

 今回の話し合いで得られたのは現状が詰みに近いという事実確認だけだ。進展はない。暗中模索でこの危機を乗り越えなければならないのだ。

 

 お互いに今日何度目かわからないため息を吐いたのだった。

 


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