私はソーマのパートナー 作:サンリアフレ
セナが未知のアラガミに遭遇した時、俺はアナグラにいた。
先日達成した任務に関するレポートの提出をしにツバキを探していたのだ。
普段ラウンジで事務をこなしているツバキだが、書き上げた時間が深夜ということもあり、昼間は人の行き来の激しいラウンジが嘘のように静まり返っていた。
レポートの期日が迫っているわけでは無かった。
いつもなら日を改めて顔を見かけたときに提出をすれば良いと思っただろう。
しかしその日に限って、俺が心当たりのある場所を探してから諦めようと思った。
心の奥底で、このラウンジの静まりようが引っかかっていたからだ。
そして俺の耳はツバキの声を捉えた。
『クソっ、あいつ、無線を切りやがった!』
声を辿れば、そこには作戦司令部とラベルが貼られたドアに行き着いた。
場所に限らず、アナグラ内部に存在する大よその部屋は防音仕様が施されている。
腐っても軍の名義を取っているから、階級に見合わない機密情報などの漏洩を防ぐ目的なのだろう。
だが俺の耳は特別……いや、異常だ。
就寝するときも周りにスピーカーを設置して音を流していなければ、防音仕様の壁越しでも簡単に声を拾えてしまう。
作戦司令部は大規模な防衛作戦や緊急時に使用される部屋だ。
そこからツバキの声がするということは、俺の知らないところで大変な目に遭ってる奴がいるということだ。
邪魔しては悪いと身を引こうとした時だ。
『応援部隊を派遣すべきです! それと回収班も!』
『解っている! 近くに作戦行動中の部隊は……チッ、仕方ない、アナグラにいる奴を叩き起こせ! 何としてもあのバカを……セナを死なせるな!!』
セナ。その名前で引いていた足がピタリと止まった。
なぜ今ここでセナの名前が出てくる?
今日のミッションを終わらせたアイツは「疲れたからもう寝るねー」とあくびしながら自室に戻ったはずだ。
それに深夜帯に自主的な出撃はできないはず。
死なせるなとはどういう意味だ?
頭で理解するより先に、俺は作戦司令部のドアを蹴破っていた。
「おい、それはどういうことだ」
「ソーマさん!?」
驚愕の顔で振り向くヒバリと、コメカミを抑えて苦虫を噛み潰したツバキ。
ヒバリは無線から流れてくる報告で我に返り忙しく手元の端末に入力しながら号令を掛けるが、ツバキは俺を睨み付けたまま黙りこくった。
それから搾り出すような声で聞いた。
「聞いていたのか」
「盗み聞きする趣味は無い。それよりセナを死なせるなとはどういう意味だ」
後でセナに殺されるな、と吐き捨てたツバキ。
「第一接触禁忌種に匹敵する未知のアラガミと遭遇し、セナとの通信が途絶えた」
「何!?」
「奴のことだから問題ないと思うが、激務の後だ。万が一のことがある。それに今回のアラガミは少し様子が変だしな」
後半は口の中で呟かれたが、俺の耳は聞き逃さなかった。
「その応援部隊に俺を入れろ」
「……解った。サクヤの班に入れ。出撃ゲートに行けば合流できるはずだ」
了承を聞くや否や部屋を飛び出していた。
セナの戦闘能力は誰よりも理解している。
あのセナがそこらのアラガミに負けるわけがねぇ。
だが、通信途絶が起こるほどセナが追い込まれているのは事実だ。
そう思うと居ても立ってもいられない。
えも言えぬ予感に急かされながら護送車に飛び込む。
中にいたサクヤに驚かれたが、何かを察したように口をつぐみ、発車するよう号令した。
揺れる護送車の中でサクヤにセナを発見次第、何も触れることはせずただ連絡をしろと厳命された。
衛生兵のサクヤはこういった現場を何度も経験してきた。
強襲兵の俺より遥かに怪我人の処置に精通している。
でも、それはあたかもセナが敗走していることが前提のような口ぶりで。
あの負け知らずのセナにそんなことは無いと思いたい一方で、胸の中を掻き
作戦エリアに到着して回収班たる俺らは散開し、セナの探索に乗り出した。
強力なアラガミの周りには常に小型アラガミが取り巻いている。
一説に寄ればボスたるアラガミが食い残した屍を漁るためだと言われているが、つまりこういった回収任務は一刻の猶予も許されない。
強力なアラガミが追ってこなくとも、ハイエナのような小型アラガミが負傷兵を襲う可能性もあるからだ。
そして作戦開始から十分後、ついにセナは発見された。
しかし、特徴的な煉瓦色の髪は土と埃で塗れており、口元からは夥しい量の血が流れ、力なく横たわるセナの顔を血溜まりに埋もれさせていた。
見つけたのは俺だった。あまりの惨状に何も身動きが取れなかった。
「
普段の明瞭なものとは比べ物にならないほど脆い声で、ようやく俺は体を動かせるようになった。
「セナ!! セナぁっ!!」
サクヤに厳命されたことすら気に掛ける余裕はなく、ただがむしゃらに叫びセナの身体を抱き上げた。
これだけ叫んでもセナには聞こえている様子は無く、その口からは小さな呻き声と血が流れ落ちるだけだった。
薄く開かれた目には小さく収縮した黒い瞳が光を反射しているだけで、四肢にはろくな力が入っていない。
そして、そこで気づいた。
腕輪を付けるセナの右腕が異様に変化していたことに。
アラガミ化。オラクル細胞の制御限界が超えたとき、腕輪を介して注入される偏食因子を食い破り、捕食の均衡がオラクル細胞へ傾く現象。
ゴッドイーターでは最も忌避されている、致命的な障害だった。
「そ……そん、な……」
手首から手先だけだが、確かに人ならざる手に変形していた。
その髪と同じ色の鱗が生えそろっており、五本の指だったと思われる部位は鋭い鉤爪状になっていた。
そんな状態でも神機は硬く握り締められていた。
必死に戦ったのだろう。
でも、俺が散々唾棄していた、半分アラガミの状態に、なってしまっていた。
「あぁ……アァ……!!」
間に合わなかった。
その無慈悲な一文が目の前で踊った。
変質してしまったセナの右手を両手で握る。
アラガミ化した指はぎこちなく動き、神機から手を離した。
そしてその禍々しい見た目とは反して優しく俺の手を握り返した。
「
「セナ! おい、セナ! しっかりしろ!! 目を開けろ!! セナ!!」
「ソーマ! セナを見つけた────っ」
俺の叫び声に気づいたサクヤが駆けてきたが、俺の手を握るセナの手を見て口を手で覆った。
「なぁ、サクヤ、セナは助かるんだよな……?」
「ソーマ……」
「セナが……こんなことで死ぬはずがねぇよな……?」
俺の言葉から目を背け、サクヤは無線を繋げた。
「こちら回収班。対象を発見しましたが、身体の一部にアラガミ化が認められました」
「おい、ふざけるなよ……サクヤ、まさかセナを──」
「ソーマ。チームの誰かがアラガミ化したときの対処手段……。解っているわね?」
「ふざけるなァッ!! そんなことがあって堪るか!!」
「直接手を下すのは部隊長の責任よ……。後は私に任せなさい」
アラガミ化した隊員を処理するには、その隊員の神機で殺さなければならない。
だが、他人の神機を触れば神機に捕食される。
その矛盾を孕む処理方法はしかし、確かにその神機に侵された身体を侵した神機に閉じ込めるのは合理的でもあった。
神機に捕食される経験は誰もが経験する。
そう、腕輪を装着するときに捕食されているのだから。
あの想像を絶する苦痛を再び背負わなくてはならない。
だが、それだけでサクヤの苦渋に歪む顔を説明付けることは出来なかった。
気丈に振舞っていた部隊長ではなく、仲間の死を悼み涙を零す女がそこにいた。
地面に転がるセナの神機に伸ばす手をもう片方の手で抑えつけるサクヤ。
だが覚悟を決めたのか、抑えた手をどけた。
その時だった。
『待ってくれサクヤ君!』
「さ、榊博士!?」
ツバキがサクヤからの報告を受け、叩き起こした博士からの無線だった。
ゴッドイーターを生み出した男は迷いを孕んだ声音で言った。
『セナ君を救えるかもしれない』
「ほ、本当か榊!!」
『解らない。むしろ失敗する確率の方が遥かに高いだろう。だが、セナ君は私の興味深い観察対象だ。簡単に死なせるには惜しい』
このごに及んで自分の好奇心のためだけに動いていることに苛立ちを覚えるが、それでセナが救われるのなら是非も無かった。
「絶対に助けろ!! セナを死なせたら────お前を殺すからな」
『それは困るね。至急セナ君を回収してアナグラに帰ってきてくれ! その後は何とかしてみよう』
◆◆◆
結果的に言うと、セナは助かった。
実際に何とかして見せた榊は説明する。
「精密検査を行った結果、セナ君の脳細胞に極々僅かなオラクル細胞が癒着していることが認められた。
便宜上癒着と言っているが、あれは融合と言うのが正しい。
本人の弁では
しかし、その実態は活性化させたオラクル細胞を連結させた腕輪を介して体内に侵入させて、神経を伝って脳細胞に到達させる。そして意図的に脳の形を変形させることで様々な恩恵をもたらすというものらしいね。
脳は究極のブラックボックスとも言われていて、ほんの少しでも傷がついてしまうと全てが壊れてしまうほど繊細な一面を持つものの、逆に制御されていた力を解き放ち才能を開花させる者もいたという。
実際に以前の世界で、頭を鉄ポールが貫通した事件があったそうだが、その被害者は障害を負うことなく、天寿を全うしたと言う。
奇跡的に生命活動を司る部位に損傷は負わず、失った部位は大脳の代償機能によって補えたのだろう。
とは言え、脳の形を一時的に変えるなんて人間業じゃないよね。本人は無意識でそれを行っていたみたいだけど、それを実行してきた脳細胞と融合したオラクル細胞は誤魔化せない。
今回は脳に収まりきらなかったオラクル細胞が神機に戻ろうとした所、何らかのトラブルがあって右手に駐在。そのまま偏食細胞を食い散らかしてアラガミ化を起こしていたようだ。
だから溜まったオラクル細胞を元の居場所である神機に戻してあげれば、セナ君のアラガミ化を治すことが出来る。
今は実際に戻している最中だよ。
そのためには常に神機とリンクさせる必要があるから、片時も神機を手放せない状態だけどね。
経過を観察しても良好だ。
直に元の綺麗な手に戻るだろう。
ただ他にも目に見えない傷を彼女は負っていた。
脳は全稼働率を100%とするならば、普段は30%ほどしか力を出していない。
それは身体の限界を超えた力を出さないためだね。
身体を守るためにリミッターを掛けているんだ。
でもセナ君は無理やりそのリミッターを外してしまったんだ。
身体のあらゆるところに多大な負荷をかけてしまった。
それ相応のダメージを負っているよ。
これらも治してやりたいけど、アラガミ化のことを考えるとむやみに人為的な処置を施すのは危険なんだ。
アラガミ化を治し終わったら治療を開始する予定だ。
まとめると、アラガミ化を克服するのに身体が手一杯で、他に損傷した神経や筋肉にまで手が回りそうにない。
しばらく……そうだね、三ヶ月か四ヶ月くらい安静にしていれば常人のそれに戻るはずだ」
セナがアラガミ化してから二週間が経った。
現在セナは特設された医療室で鎮静剤を打たれて眠りに就いている。
安らかな顔でベッドに横たわるセナの右手は未だに醜い形に歪んでいるものの、発見された当初よりはだいぶ良くなっていた。
その右手に握られている神機のコアは規則的に点滅を繰り返しており、着実にセナの手からオラクル細胞を回収している。
最初にセナが目を覚ましたのは医療室に入ってから三日目のときだった。
「……ぅ」
「セナ!? セナ!! 気づいたのか!?」
「……その声はソーマ君?」
「あぁ、俺だ!! チクショウ、心配させやがって……!」
ピクリとも動かず眠り続けるセナをずっと見守ってきた身として、張り詰めていたものが緩み、思わず涙が零れてしまう。
だが、それを恥ずかしがる余裕も無く、見っとも無く嗚咽を漏らした。
俺がクアドリガに砲撃されて担ぎ込まれたときのセナも、こんな思いだったのだろうか。そう思うと申し訳なさも込みあがってきた。
セナは両目を開けて、困ったような笑顔を浮かべて左手を差し伸べた。
だが、その左手は見当違いの方向へ伸びており、セナの向く方向もまた、俺の目を見ておらず、胸元辺りへ向けられていた。
「……おい、セナ?」
「……あれ、おかしいなぁ……。目は開いてるはずなんだけど、真っ暗で何も見えないや。ソーマ君、悪いんだけど部屋の電気を付けてくれる?」
「は……? 電気は付いてるぞ」
「……え?」
いつものからかいではないのは明白だった。
ぺちぺちと自分の顔を両手で触り、そしてその右手の感触に違和感を覚え、笑顔をみるみる内に萎ませた。
そして、今にも壊れてしまいそうな、作った笑顔で震える右手を眼前にかざして、言った。
「ねぇ、ソーマ君。私の右手、どうなっちゃったの? 私、何も見えないから解らないの」
「……セナ、いいから寝とけ」
「ソーマ君」
「セナ! 大したことじゃねぇ! すぐに治る!」
「ねぇソーマ君! お願いだよ!! また独りになんてなりたくない!! 嫌だよ!! こんな暗闇に置いてけぼりにしないで!!」
目が見えなくなっていた。
自分の変質した右手を確認することも出来ず、ただ気味の悪い感覚を訴える右手を切り離すことも出来ず、突然真っ暗になった視界へ闇雲に両手をばたつかせた。
癇癪を起こした子供のように泣き叫ぶセナを、俺は必死に抱きとめることしか出来なかった。
胸から込み上げてくる何かを押さえつけるために、俺はあらん限りの力を込めてその華奢な身体を抱きしめた。
ゴッドイーター用に調整された鉄のコップすら紙くず同然で握りつぶせる俺の力で押さえつけられるのは、さぞ痛かっただろう。
なのに安心したような息を搾り出し、俺の背に左手だけ回して肩に頭を擦りつけただけで、しばらくして涙を零しながら眠りに落ちた。
それから騒ぎを聞きつけた榊たちが鎮静剤を片手に飛び込んできて俺は追い出された。
セナの目の網膜には異常は無かったらしい。
目と脳を繋ぐ神経が摩耗しており、様子を見なければどうしようもないとのことだった。
結局は榊から説明された通り、アラガミ化を治せれば目も直に治る見通しだ。
だが、あの時に味わった無力感は忘れられない。
セナが危険な目に遭っていた時にそばにいてやれなかったこと。
傷ついたセナを前に取り乱すことしかできなかったこと。
そもそもセナが特務という危険な任務に毎日就いていたこと。
そして、もし俺がセナと共にいたとしても、きっと足手まといになるだけだったと思ってしまったこと。
何もかもが俺のちっぽけなプライドをずたずたに引き裂いた。
セナの戦闘を多少は習ったつもりでいた。
確かに腕は上がった。
でも、セナは俺の手が届かないような、遥か先まで歩いていた。俺はセナに甘えていただけだった。
まるで覚悟が足りなかった。
だから俺はセナの肩代わりをすることにした。
あのクソ親父と顔を合わせて、セナが受けるはずだった特務の一部を代行することを申し出た。
階級的に任せられないと足蹴にされたが、実績面を押し出して何とか特務の中では最も簡単なものだけは受注されることを許された。
最も簡単とは言え、その実は大型アラガミを一度の任務で何度も狩るものだ。
本来なら部隊を編成して日に分けるほどの内容を、たった一人で一日にこなせと言う。
正気の沙汰ではない任務ばかりだ。
でも、これがセナが背負ってきたものだ。これぐらいこなせなければ一生俺はセナに着いていけない。必死にこなし続けた。