fate/Love story   作:厨二

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静謐のハサンルート
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 「……全ては、貴方の、御心のままに」

 

 俺の命令にそう答えて、翌日には彼女は敵のマスターを毒殺した。

 

 そいつは狂戦士(バーサーカー)のマスターだった。不確定要素は排除するという方針の下、俺は彼女にただ命令した。

 

 ――――――殺せと。

 

 彼女がどれだけ人を殺めることを嫌悪しているかを知りながらも、俺はそんなクソったれな指示しか送ることが出来なかった。俺の事を罵倒して、蔑んで、いっそ殺してくれたら諦めもついた。

 

 しかし、彼女はそうはしなかった。

 

 儚げに微笑んで、しかし嫌な顔も嫌な声も漏らさず、ただ敵を滅ぼす。無論、先にも述べた通り彼女は殺しを享楽する人でなしなんかではない。寧ろ悲しいくらい一般的な感性を持ち、美しい物を美しいと言える真っ当な人間なのだ。

 

 一般に近い俺の方が、英雄である彼女よりもよほど歪んでいるじゃないか。

 

 「……全て、全て、私の全てを捧げます」

 

 だというのに、どうして俺はこうも彼女に好かれているのか。しかも少し歪と言える様な好意だ。

 

 俺は元々、魔術を少し齧っていること以外は普通のフリージャーナリストだった筈である。この聖杯戦争だって半ば巻き込まれたようなものだ。彼女、アサシン教団の頭目が一人、静謐のハサンを召喚できたのも本当に奇跡だった。

 

 最初は何処とも知れない魔術師の仕掛けた人払いの結界に誤って入ってしまったのが始まりだった。その結果、俺は剣士(セイバー)(恐らく)と槍兵(ランサー)(こちらも恐らく)の神話を再現したかのような戦闘を目撃してしまう。

 

 それだけならまだ良かったのだが、俺を敵方のマスターだと勘違いしたらしい両サーヴァントに俺は襲われてしまった。しかし、その後説明するのも億劫になるほど短い間に色々あって、俺はセイバーのマスターを人質に取ることに成功する。

 

 脅すことで令呪をセイバーのマスターに無理やり使わせ、ランサーとセイバーを強制的に戦わせた。その間俺は人質のマスターからサーヴァントを召喚するための魔法陣を聞き出し、恥ずかしいことこの上ない召喚魔法を唱え、そうしてアサシンを召喚したという訳だ。

 

 最終的には下手なことをせずに、俺は彼女を伴ってその場から撤退した。因みに俺達が去った後にランサーが破れたようだ。結局何の英雄だったかは分からず終いだったが、ぶっちゃけ脱落した陣営の事を気にしてもしょうがないのでどうでもよかった。

 

 兎も角、彼女と出会ったのは偶然の産物なのである。

 

 「……貴方は、私の探し求めていた愛しい人。毒の塊である私に、触れることが出来る、愛しい君」

 

 そう、まだ一週間も共に過ごしてないのにも関わらず俺が彼女にここまで、本当にここまで好かれている理由がソレだった。

 

 俺は何故か彼女に触れることが出来る。

 

 彼女の全身は宝具に昇華されるほど非常に強力な毒で構成されている。十全以上の対策を練ったとしても、恐らく彼女の毒から逃れることは困難だ。彼女の吐息は他者が吸い込めばたちまち呼吸困難に陥るだろうし、もし仮にそういう(・・・・)行為に及べば確実に死ぬ。

 

 だが、そんな彼女に俺は特別な護符も魔術も行使していなくとも触れることが出来る。

 

 体質と言われれば、それまでだった。

 

 「……どうか、私を貴方の隣に、置いてください」

 

 俺はその時、何と答えたのだったか。確か静かに頷いただけで、特に言葉を発さなかったような気がする。

 

 自分が生き残るためとはいえ、俺は彼女を本当に道具の様に使った。それはとても、とても許されざることだ。そんな俺が今更どの面を下げて彼女に甘い言葉を掛けれようか。

 

 しかし、無言の肯定であっても彼女は喜んだ。それはもう、年頃の少女の様にとはいかなくとも、普段の物静かな彼女とは思えない程饒舌に感謝の言葉を投げかけられたくらいだ。

 

 それがどれだけ心苦しかったことか。

 

 「……私を、どうか道具と思って。我が全ては、貴方のモノです」

 

 どうにかなりそうだった。

 

 病的とすら言える彼女の信頼に、俺はどう応えてやればいいかを必死に考えた。しかしその結果が敵のマスターを殺害させることだった。

 

 彼女は喜んで俺の指示を聞き、それを達成させた。

 

 結局俺は俺が一番大事だったのだ。

 

 本当に最低でどうしようもないロクデナシだ、俺は。

 

 「……なぁ、アサシン。どうして俺なんだろうな」

 

 ここ一週間、彼女が殺めた……俺が彼女に命じて殺させたマスターの人数が3人。ランサー陣営は最初に脱落しているので残りは俺達を含めた三陣営となる。これは他の陣営が本格的に動く前に、俺達がほとんどの陣営を封殺した形になる。

 

 アサシンが敏腕だったからというのもあるが、こればかりは俺の采配もまた上手かったからと言えるだろう。それだけ俺の作戦は上手くいった。

 

 だから、単純なマスターの腕だけなら俺はそれなりに優秀な部類に入るかもしれない。

 

 「お前が生涯かけても見つからなかった人が俺だなんて、ホント、どうかしてる。お前に触れるのが俺じゃなくて、もっとお前を大切に思える人であればよかったのにな」

 

 しかし、俺はどう考えても人としては劣悪だった。

 

 女性に平気な顔で人を殺させ、心を傷めてもそれを取り下げることはしない。

 

 所詮、俺は自分の事しか頭にない俗物に過ぎないのだ。

 

 「……そんなこと、ありません。貴方は、心を傷めてくれる。それはとても、とても、もったいないことです」

 

 彼女の投げかける言葉は俺にとって卑怯な免罪符だった。

 

 俺は言い訳すら許されない。

 

 彼女は自分を本当に道具程度にしか考えてなかった。だからロクデナシの俺にそんな甘い言葉を投げかけられるし、幸せそうに薄く微笑むことも出来るのだ。

 

 「……そうかよ」

 

 苛立ちがなかったといえば嘘になる。

 

 だが、俺が彼女に何を言える? 何も言えない、言えるわけがない。今更どの面下げて、彼女を怒れというのか。

 

 「……一つだけ、思いついたことがあるんだ。聞いてくれるか、アサシン?」

 

 俺は彼女の返事を待たず続ける。

 

 「俺は聖杯でお前から一切の毒を失くすことを誓うよ。そしてお前が受肉を願えば、お前は晴れて自由の身だ。俺よか良い奴なんてこの世界には巨万といる。お前が自由になったらさ、そいつ探してみろよ」

 

 そのための援助は惜しまない、と付け加えておく。

 

 ――――――ハサン・サッバーハ。

 

 アサシン教団を束ねる山の翁の一人。そして歴代の長は長自身にしか会得しえない、それこそ誇りともいえる業がある。彼女にとってその業が彼女自身の毒の身体。

 

 それを失くすというのだから、この時点で彼女に首を落とされても文句は言えなかった。死にたくはないが、不思議と彼女にだったらそれもありかと思っていた。

 

 だが、彼女の答えは意外なモノだった。

 

 「……いいえ。私は、貴方がいい」

 

 「は?」

 

 間抜けな声が漏れたが、それ以上に彼女の発言は理解できない物だった。

 

 彼女に触れることが出来る人間が俺しかいないのなら兎も角、どうしてその縛りがなくなっても尚俺を選ぶのか。まるで理解できない。

 

 「……貴方は、勘違いしてる」

 

 そう言って音もなく俺に迫って来る彼女はとても静謐で、何よりも艶めかしかった。

 

 今まで彼女はこうやって外敵に近づき、そして殺していったのだろう。成程、確かに為す術もなく殺されるわけだ。欲情が湧いて出るのを抑えるも、一歩、また一歩と近づく内に理性が音を立てて削れていくのを感じる。

 

 お互いの体が軽く触れ合うまで接近される。

 

 何とか俺の理性は他でもない俺の色欲に勝り、そのまま彼女から目を反らす。彼女の熱っぽい瞳と目を合わせると、とても正気でいられる気がしなかったからだ。

 

 「……目を、反らさないで」

 

 頬に手を添えて、強引に彼女を見るよう誘導される。サーヴァントであるから当然の事だが、意外と彼女の力は強く、俺の抵抗はまるで意味を成さない。

 

 またも、目が合う。

 

 儚くも美しい彼女の瞳が俺を優しく包む。その優しさが、今の俺にはあまりにも苦しかった。世間一般で言えば多少歪な好意と言えど、彼女は全力で俺を信頼している。その事実が俺の胸の苦しみを高める。

 

 頬にあった手が、ゆっくりと首に回される。

 

 胸の高鳴りはまた大きくなる。苦しみの他に、未だ俗的な期待をしている自分に嫌悪したくなった。こんな自分の何処がいいのか、全く不思議な気分になる。

 

 「……貴方は、マスターは私のために、悲嘆する。それがどれだけ、私にとって救いになるか、分かりますか?」

 

 分かる訳がない。

 

 俺は彼女の気持ちを分かっていながらも、それを尊重してないのだ。

 

 そんなモノ、分かってないも同然である。 

 

 「……優しい人。そんなに苦しいなら、私を、召使い(サーヴァント)を、道具だと考えればいいのです」

 

 そんな事、出来る訳がない。

 

 もし仮に彼女が人のカタチをしていなければ、或いは話は別だったかもしれない。だが、彼女は『座』に迎えられたとはいえ元は人間で、今もなお人の心を兼ね備えた『人』であるのだ。

 

 それに俺は優しい筈がない。

 

 ジャーナリストになってこの方、俺は人のためになることなんて殆どやってない。金を稼ぐため、食事を少しでも豊かにするために俺は何でもした。

 

 例えば、貧困に苦しむ家庭の写真を遠目から撮った。だが、その記事で出来た金で決して支援などしなかった。または病気と闘う少年を取材した。しかし、結局俺はそのことを世界に事実を広めただけで、少年を救うことにつながらなかった。

 

 「俺はお前が思っているほど出来た人間じゃない。精々が中途半端に良心を残したばかりに苦しむ、全くもって自業自得な野郎さ」

 

 自嘲するように呟いた。思えば、碌な人生送ってないな、俺は。

 

 「……私は、貴方を知りません」

 

 ぽしゃりと、彼女も弱々しく呟いた。

 

 ただし、その声音の中には強い否定の色が含まれていた。

 

 有体に言えば、彼女は怒っている。

 

 「……今までどんな事をして、どんな思いで仕事をなさっていたかも、私は知りません。だからこそ、貴方を知りたい。きっと貴方の行動の裏には、言葉では説明できない、仕方ない事があったのかもしれません」

 

 それは詭弁だよ。

 

 全てが仕方ない事だと免罪符にして割り切ってしまえば、何でも許されるわけがない。

 

 「……物事には、役割というものがあります。それがたまたま、マスターは苦しむ立ち位置にいることが多かっただけ。貴方は、何も悪くない」

 

 生前やりたくもない暗殺を課せられた彼女のその言葉が、どれだけ重い物かを知っている。しかし、かといって俺がその言葉に頷くわけにはいかない。

 

 自分の罪を認めて開き直れたら、確かに相当気は楽になるだろう。だが、俺がソレをするわけにはいかないのだ。

 

 何故なら、生前の行いを悔いて、嫌いなモノが自分自身だと宣う少女が目の前にいるのだから。

 

 「だから、どうか、お願いです。私の愛する貴方を、貴方自身が嫌いになっ!?」

 

 最期まで言わせる訳にはいかなかった。強引に彼女の口元に己の掌を当て、言葉を遮る。その際少しチクっとしたが、気にはしない。

 

 俺は、感情が人並みに揺れ動く癖に合理的に動ける俺自身が大嫌いだ。

 

 「……それ以上は、ダメだ」

 

 何故ダメなのかと、彼女は聞いてくる。

 

 目元には涙をため込み、表情は悲しみにまみれている。こんなにも近くにいるのだから間違いはない。英雄とはいえ、やはり彼女だって人なのだ。

 

 彼女は本気で俺を好いてくれている。それはたまらなく嬉しい。

 

 しかし……

 

 「止めようぜ。俺は多分、君を幸せにできない」

 

 幸せにできないというのはただの方便だ。

 

 「……私は、マスターと一緒にいるだけで幸せです」

 

 間髪いれずに答えてきたのに驚いた。

 

 女性にここまで言わせたことに途方もない罪悪感を覚える。自分が面倒くさい奴だってこともしっかり自覚している。ましてや告白を遮るような男がどれだけ最低かも理解している。

 

 だが、俺はこんな素敵な女の子に恋することが、これ以上ない程に恐ろしい。

 

 彼女が俺という人間から興味を失ってしてしまうのが恐ろしい。彼女に触れることが出来る人間が他に現れて、彼女がその人間を選んでしまう事が恐ろしい。俺はチキンを通り越した臆病者だから、一度好意を見せられた人間に嫌われて、離れていくのが頭がおかしくなるくらい嫌だ。

 

 だから彼女を拒絶することにした。

 

 そうすれば、俺は傷つかなくて済む。

 

 「……なぁ、どうして俺なんだ? いや、違うな。本当は誰でもよかったんだろ?」

 

 

 

 ――――――ああ、ホント最低だ。

 

 

 

 「お前に触れることが出来るという条件を満たした人間なら、お前はどんな性格な奴でも、或いは同性でも構わないんだろう?」

 

 

 

 人間として、何よりも男として、何もかもが劣悪で醜悪。

 

 

 

 

 「お前の言う『愛』ってのは体の良い言葉だ。そうやって言えば大抵の男は落ちるんだからな。お前も見てきたんだろう? 目の前で顔を歪ませて、鼻の下を伸すような男どもを」

 

 

 

 泣かせたくないと思った女の子を、俺のためだからと罵倒して否定する。

 

 

 

 いっそ、もう殺してくれ。

 

 

 

 「もう一度言うぞ。所詮、お前の愛って言葉はな、空虚でからっぽで――――――っっ!!?」

 

 

 視界一面が黒く塗りつぶされた。

 

 ようやく首が落ちたかと、そう思った。あれだけ罵倒に暴言を重ねたのだ、当然の帰結であると言える。しかし首が落ちたのなら、そもそも考えることなんてできやしないという事に気が付く。

 

 ならな一体、何が起きているというのか。

 

 

 ――――――ふと、舌が熱くなるのを感じた。

 

 

 自分の物ではない柔らかい上に熱く、そして甘味に湿った何か(・・)が、俺の舌と唇を弄んでいる。不快であると同時に、ソレ以上の快感が俺の舌を襲う。

 

 本当に柔らかい。極上の肉でもここまで柔らかくはないだろう。

 

 俺の舌はその柔らかい何かに口内でいいように転がされ、口の中が温かい液体で満たされる。あと少しで溢れそうになって、思わず俺は液体を飲み込んだ。

 

 そこまでして、ようやく気付く。

 

 それが所謂口づけなのだという事に。

 

 「――――――っぅぅ!?」

 

 誰が俺の舌を蹂躙しているのかなんて言うまでもない。

 

 彼女、だった。

 

 




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