fate/Love story 作:厨二
そこは辺り一面が数多の色で塗り染められた花畑。
若干季節外れではあるものの、豊富な色彩を放つその花の世界はまるで衰えを見せない。寧ろただ綺麗とだけ形容するのはあまりにも勿体ない程の美しさを内包している。
自然が減りゆくこのご時世、これだけの景色を保てている場所は世界中を探しても中々多くないだろう。
「……マスター、これは」
感嘆が入り混じった、そんな何とも言えない小さな声。
しかし、決してそこに負の感情はない。ただ目に広がる神秘的な光景に驚嘆し、彼女は目を見開いている。彼女の生きた時代にも、これだけの花畑はあったのだろうか。
「凄いだろ? 元々俺はここの記事を書くためにこの町に来たんだ」
それがこうして図らずも聖杯戦争だなんて自分の生死にかかわる魔術師の殺し合いに参戦している。皮肉にもそのおかげでこうして彼女と出会えた訳だが。
全く人生って奴は何が起こるか分かったもんじゃない。
「……はい」
手を胸に当てて、そうはにかむ少女に思わず見惚れてしまった。
「お、おう」
何という破壊力だ。これではアトラス院の兵器よりもよっぽど殺傷性が高いじゃないか。しかもコストがゼロに等しいので尚更始末に悪い。
更には彼女のバックグラウンドには絶世の花畑があるお陰で、彼女の笑顔はいつもの三倍増しに輝いている。なんならあまりに輝いているせいで目を反らしたくなる。ただ俺が恥ずかしいだけである。
「ああ、えっと、そうだ。花には触っちゃだめだぞ? この花畑の管理人が禁止してるんだ」
「……はい、分かっています。それに、私が触れると――――――むぐぅ!」
彼女が何かを言い切る前に俺は口を押さえ付ける。
全く、俺としたことが。また彼女のコンプレックスを刺激する不用意な発言をしてしまった。自分の事ではあるが、相変わらずの学習力のなさに呆れてしまう。
「悪い、今のは俺の発言が迂闊だった。でも今日はそういうの抜きに楽しもうぜ?」
「……すみません」
本当に申し訳なさそうに俯く。その際悲しそうな表情をしていたのを俺は見逃さない。
ふむ、これはこれでそそるモノがある。というか、そもそも彼女の行動一つ一つが色っぽすぎる。お陰で何度魅了されかけたことか。これで
いかんいかん何を考えてるんだ、俺は。考え散ることが不純な上に失礼過ぎる。
「謝んなって。ほら、気楽に鑑賞タイムとしゃれ込もうぜ」
そう言いながら俺は彼女の手を掴んで、小走りで花畑に敷かれている土の道を進む。道は意外と狭いので、花を傷つけないように気を付ける。
すると彼女は、
「……あっ」
などとこれまた消えてしまいそうな音を出して、俺に為されるがままに引っ張られた。
思っていた以上に彼女が従順な子で良かった。正直俺も途轍もなく恥ずかしいので、何も言われないのは大いに助かるのだ。
彼女の手は柔らかくて、その上程よくひんやりしているので握っているととても心地がいい。今こうして分析すると、女性の手に触れるのは本当に役得なんだなと思った。
暫くしてから足を進める速度を落とす。ゆっくりこの花畑を鑑賞するのに、流石に早歩きでは落ち着かないだろうという考えの下だ。最後に俺は「悪い悪い」と謝罪してから、少し名残惜しかったが彼女の手を離した。
「……むぅ」
「ど、どうした?」
いかにも不機嫌です、と言わんばかりの音を漏らされて焦る。そのせいかとっさに出た声もどもってしまった。何か彼女の気に触る様な事をしてしまっただろうか。
少し過去を振り返って見たが成程、心当たりがありまくる。というか、ついさっき彼女の手を強引に引っ張ったばかりだった。
俺が勢いよく彼女の方へ向き直ると、彼女は頬を小さく膨らませていた。かわいい。
「……」
無言で見つめられているため彼女が何故怒っているのか、その具体的な理由は分からない。しかし、それでも彼女が何かを求めているという事くらいは何となく察せる。
問題は彼女が俺に何をしてほしいのかという事だった。
「あ、あのジールさん?」
俺が戸惑いつつも声を掛けると、彼女はちょこんと手を差し出してくる。
これは現状とは全くもって関係ない話であるが、じっくりと彼女の手を見て一つ気付いたことがある。それは彼女の手はもの凄く綺麗だという事だ。
傷一つない彼女の褐色の肌は何とも言い難い清潔感と魅力に溢れている。だというのに常人からすれば、この綺麗な肌さえも致命的な凶器となるのだから本当に世の中は不条理だ。いや、不条理だと嘆くよりもすべての元凶である暗殺教団の老害どもをくびり殺してやりたい。
まぁ、何はともあれ……
「やっぱり、綺麗だよなぁ」
「……え?」
もう本当にかわいい。
俺の唐突な宣言にきょとんとした顔をして首を傾げている。かわいいと綺麗を兼ね揃えた最強のサーヴァント。俺のアサシンは最強なんだ!
因みに自分でも変なテンションになってるなぁという実感はあるので悪しからず。
「ん、何でもない。それよりもこの手は何? 握手したいの?」
実は彼女が何を求めているのかは、手を差し出された時点で気づいてはいた。逆にここまでされて気づかない方が難しいだろう。タイミング的にも俺が彼女の手を離したのと同時だったし。
ではなぜわざと彼女の要求に答えないのか。
それは俺が彼女の恥ずかしがる顔を見たいからだ。ちょっと自惚れてるかなとも思ったが、俺の発言に顔を朱色に染めてそっぽを向いた反応を見てやっぱりかわいいなと再確認した。
もはや弄ってくださいと言わんばかりの愛らしさだな、これは。という訳で俺はもう少しジールちゃん弄りを続けることにした。
「うん? どうした、そんなに顔を赤くしちゃって。まさかジールは自分が恥ずかしがる様な事を俺に求めているのか? もしかして、
そう言う事とは、所謂親しい仲を通り越した男女が行う性行為の事である。性行為って言っちゃったよ。
気づけば意地悪な顔をしてるんだろうなぁと自分で認識できる程、俺はこの状況を楽しんでいた。ここまでしてようやく分かった。
俺ってサディストだわ。
「……マスターが望むのなら、私は構いません」
「え?」
ごめん、調子乗ってた。さっきの話はなかったことにしてほしい。
まさかの反撃である。しかも恥じらうというよりも、何処か決心したような眼で俺を見ている。おいおい、野外でもイケるとか結構レベル高いなこの子。
「……マスター」
甘味ながらも真剣味を帯びた彼女の声音は酷く、そう酷く甘ったるかった。下手をすれば情欲を抑えきれない程の甘さに、心臓の動悸が激しくなる。
しまった、よく考えてみれば彼女は初心ではあっても、決して深い行為に疎い訳ではなかった。寧ろ
このままでは彼女に押し切れれて、ヤる所までヤってしまう。建物内ならまだしもここは外である。次に俺のとるべき行動も自然と決まっていた。
「よし、花畑の鑑賞しようぜ」
苦し紛れに俺は彼女の手を取り、強引に話を断ち切った。思わぬ反撃に冷静な判断が出来なかったというのもあるが、それ以上に恥ずかしかったのだ。
暫くして彼女の方から小さく笑いを堪える声が聞こえてきて、俺の顔が一気に熱くなった。
☆
「……こんな世界が、あるんですね」
視界いっぱいに広がるこの美しい光景を見つめながら、彼女はそう呟く。因みにあれから手はつないだままである。しかも世間一般で言う、指を絡めた恋人手繋ぎと言うやつだ。
彼女の表情はとても喜びとは言い難く、寧ろ憂いや哀しみが含まれた様な微笑みだった。最初俺に見せてくれた笑みとはまた違う方向性の笑顔。
彼女の言葉に含まれた真意は俺如きでは到底計り知れない。そして今まで凄惨な人生を歩んできた彼女の瞳にはこの世界が一体どのように映っているのかも、やはり俺には分からなかった。
偉業を成し遂げ、そして死んでいった霊長の守護者。
その内の一人が彼女である。本来はこうして面と向かう事すらあり得なかった超常的な存在。
―――――――彼女の最期は確か、呆気なく首を跳ねられたのだったか。
「……恐い顔、してます」
「え、ああ、悪い」
いつの間にか彼女はこちらを覗き込むように見ていた。俺は慌てて平静を取り繕うとするが、彼女からすればそれは見苦しく強がる男の姿に過ぎない。
俺の手を握っていた彼女の手は俺の肩に置かれて、まるで俺に吸い込まれるかのように顔を近づけてくる。
そして、そのまま自然な勢いでキスされた。
「ん? んぅぅ!?」
あまりに突然なキスに、思わず何の抵抗も出来なかった。
いや、もし仮に唐突なキスで無かったとしても、恐らく俺は彼女を突き放すことなどできなかっただろう。何故ならいつの間にか彼女のもう片方の腕は俺の首に回され、逃げることを拒むように俺を拘束しているからだ。
息継ぎもなく数十秒もの間、俺と彼女の唇は触れ合っていた。それどころか、彼女は俺と舌を絡ませては唾液の交換を試みてくる。
本当に、この手に関しては彼女の方が上手の様だ。
「……ぷはっ。心配しないでください。私は、消えたりしません」
まるで俺の心の中を見透かしたような言葉だった。或いは本当に俺の心の内を見たのかもしれない。
彼女は俺に抱き着いてきて、そして宥めるように背中を優しく撫でる始めた。俺も何かをしなければと思っていると、彼女は態勢を変えて今度は俺を抱きかかえた。
つまり、彼女の柔らかい胸部にうずまる様な形になったのである。
「――――――んっ!! んん~~~~!?」
その柔らかい感触は狂おしくなるくらい気持ち良く、そして時折聞こえてくる彼女の心音は何よりも心地が良かった。
手を握った時にも感じたことだが、女性の身体とは何でここまで柔らかいのか。
同じ人類、正確には彼女はサーヴァントではあるが、それでも同じ人のカタチをした者同士であるというのに、どうしてこうも違うのか。俺は生物学者ではないから正確な事は分からないが、コレが『母性』というやつなのだろうか。
「……そんなに、弄らないでください。少し、くすぐったいです」
艶っぽい彼女の声が聞こえてくる。
ああ畜生。
俺の理性という細い糸が少しづつ、しかし確実にほつれていくのを感じる。分かってやっているのか、それとも彼女がただ天然なのか。どちらにせよ、彼女の発言の全てが今の俺の理性を奪いに来る。
「……マスター。私は、この幸せが長く続けばこれ以上の事はないと、そう思っています」
それは俺もだと、そう言いたかった。
しかし、今の俺の頭はがっちり彼女の胸に押し付けられている。従って俺は言葉を発することが非常に難しく、また弄らないでと言われた手前、発言すること自体躊躇っていた。
「……ですから、この聖杯戦争の間だけ。どうか私を正しく扱ってください」
それは、ダメだろう。
俺は彼女を道具として使っていけない。ましてや彼女に告白され、そして決意したことをその日の間に取り消す訳にもいかない。いや、そもそもヒトを道具扱いするという思考自体が異常なのだ。
そんな考えが出来てしまう時点で、俺はどうしようもないクソったれだ。そんな事、他でもない俺自身が嫌と言うほど理解している。
しかし、だからこそ、せめて彼女の前だけは胸を張れるような人間であろうと。そう心に決めていたのだ。
「……私はもう一度だけ、生を受けたい。貴方と共に、生を歩みたい」
俺もだ。
この聖杯戦争が終わったら、俺も彼女と一緒に……
「……ですが、そのためには障害を排除しなければ。あと二組、あとそれだけの障害を殺すのに、どうか、心を鬼にしては頂けませんか?」
「……っ」
「……マスターが私を大事にしている。それだけで滾る。私の全身は熱くなる」
そうか、俺は勘違いしていた。
「……全て、全て、御心のままに。ご指示いただければ、いつでも、私は、あなたの敵を殺します」
――――――俺も彼女も、目的のためなら手段を択ばない人種だという事に。
だから俺も答えなければならないだろう。
「ああ、そうだな。敵は邪魔だからな、全部やらなきゃな」
俺は今どんな顔をしているのだろうか。いや、きっと彼女と同じ表情をしているに違いない。
「……はい、マスター」
花畑のど真ん中。俺達は極上の笑みを浮かべていた。
すみません、今回書くのが難しかったです。
特に最後の方。
ところで、皆さんは夏イベを楽しんでいるでしょうか。
私は静謐ちゃんが真水獲得特攻を持っているのを見て、思わず鼻血が出ました(実話
具体的には静謐ちゃんが水を掬ってきて、誤って水に触れてしまい毒まみれにしてしまうという妄想であります。
機会があれば軽く書いてみようとおもいます。