インフィニット・ストラトス~IF(インフィニット・フェイト)~   作:カイナ

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第十話 つかの間の休息と侍の覚悟

IS学園のグラウンド。一周五キロという凄まじい広さを誇るここで総司は一人木刀を振るっていた。壱花は今日は朝のジョギングは休み。というのも壱花は今日はハウスキープのため外出、実家に戻る事になっている。ついでに中学時代の友達――バイト先の定食屋の娘さんらしい――のところにも顔を出す予定だという事で朝から行き帰りのモノレールや荷物の最終確認に勤しんでいた。

曰く「一ヵ月近く放ってるんだよ!? お兄ちゃんがたまに帰って掃除してるっていうけど信用できない! むしろ掃除しなきゃなんないところが増えてるって思ってもいいね!」らしい。基本兄を尊敬している壱花だが、家事に関しては千雪の信用度は最底辺のようだ。だから朝一のモノレールで家に飛んで帰り、午前中に掃除を終わらせ、昼からは夕方のモノレールの時間まで中学時代の友達と遊ぶ予定だそうだ。ちなみにその外出許可を偶然立ち聞きしてしまった時に千雪が「危うい時は白式の展開をしてでも逃げろ。安心しろ、俺が許す」と言っていたが、総司は聞かなかったことにした。

 

「……」

 

雑念が混じり、総司はふぅと息を吐くと気を取り直し、彼の精神の集中が高まると共にその視線が鋭くなる。びゅん、と一点の雑念もなく振るわれた木刀は風を切り裂き美しい軌跡を描く。しかしそれに満足することなく総司は刀を振り上げ、再び振り下ろす。

剣の道は一日にして成らず。どこぞのローマみたいな格言だがそれは事実。本格的に修行を始めたのは小学校二年生頃ではあるが物心ついた頃から刀を握り、中学校では剣道の全国大会で優勝を成し遂げた今でもまだ剣の道を究めたとは到底言い難い。未だ研鑽の日々に終わりはない。

 

「……」

 

だから総司は刀を振るう。薄皮を一枚一枚削ぐように、雨だれがやがて岩を穿つように、剣の丘で鉄を()つように、少しずつでも己を鍛え進んでいく。それこそが己の歩むべき道である。そう信じて。

 

「……」

 

しかし、少しでも早く、もっと早く。そうでなければ間に合わない。その焦燥感が総司の心の隅に宿る。

織斑壱花、彼の親友にして初恋の相手。思わぬところで彼女と再会できたことは心から嬉しく、今もなお彼女とは剣の道を共に歩む同志であると自信を持って言える。しかし今彼の前には二つの、いや、三つの壁が立ちはだかっている。

一つはセシル・オルコット。イギリスの代表候補生にして壱花とは互いに言葉の行き違いが原因で争った後、今ではすっかり仲良くなっている。もちろん総司自身も彼とは友好的な関係を築き、壱花のコーチ仲間としては剣技はもちろん自分の方が上であるが、自身が苦手なデータ分析など頭脳系については彼に頼っている事が多い。頭脳派を自称している様子の壱花本人にはとても言えないが彼女も割と脳筋なところがあるため己にない部分を補うという意味ではセシルはとても良い仲間であると言える。

一つは凰蓮音。中国の代表候補生にして壱花のセカンド幼馴染(壱花談)。別れ、再会に至るまでたった一年、その意味では彼と壱花の築き上げた思い出は色あせていないだろう。さらに彼も代表候補生の称号に違わぬ実力を見せており、しかも総司と、そして壱花と同じ近接系ISの使い手。それもISの操縦技術は確実に総司より上だ。

 

(このままでは……俺はただの能無しになってしまう……)

 

頭脳ならばセシルが上。ISの接近戦用操縦技術は蓮の方が上。それだけならばまだいい。まだ自分には刀があるから。だが、ここで彼の前に立ちはだかるもう一つの壁が彼の頭の片隅に浮かぶ。

彼の前に立ちはだかる最後の壁、それは……織斑壱花。

 

(剣を合わせているからこそ分かる……あいつは、たった一回の戦いの中でも確実に強くなっている……)

 

今は剣術では自分の方が上、しかし壱花は、乾いたスポンジが水を吸い込むように、総司の教えを吸収し、剣の腕を上げている。真っ直ぐだが柔らかな若竹が、自然なまま堅くしなやかに育っていくように、壱花は柔軟でありながらも堅く強くなっている。

使っているのは最新鋭の専用機と学園所有の汎用機、機体差がありすぎるのはしょうがない。そう言い訳をするのは簡単だ。しかしこのまま弟子である壱花に剣術で追い抜かれてしまえば、刀を振るうしか能のない自分は本当に役立たずになってしまう。

 

「はぁっ!」

 

一念鬼神に通ず。ただそれを信じ、総司は迷いを振り払うように刀を振るうしかなかった。

 

 

 

 

時間が過ぎて昼頃。太陽がさんさんと照り付けるとある町に、家族の名字にそのまんま食堂という名前をつけたような看板をでかでかと掲げた、年季の入った木造建築の家屋。そこの入り口の端に左右対称となるように地面に打ち込んだ木製の杭に紐と首輪で繋がれた巨大な白い犬と黒い犬。彼らはまるで番犬のように鎮座し、はっはっと息を荒くしながら暑いのか舌を出していた。なおそれぞれのすぐ近くに水を入れたお皿が置かれているため脱水症状の危険はない。

 

「……」

 

すると、その店の前にざっ、と地面を踏みしめて一人の少女が立つ。その瞬間二匹の犬がぴくりと反応し、立ち上がるとその少女を見る。尻尾がぶんぶんと左右に揺れ始めた。

 

「……久しぶりー! ラムレイー! ドゥ・スタリオンー!」

 

「「わんわんわんっ!!」」

 

そしてその二匹は長い紐を最大限に使って少女――かつての飼い主である織斑壱花へと飛びつき、壱花も頬を最大限に緩ませて二匹の犬を抱きしめた。

 

 

 

「いやーうん……本屋から帰ってきたらうちの食堂の前であたしと同い年の女子が、犬二匹にじゃれつかれて転がってるとか……どうしたらそうなんの?」

 

「いやーお恥ずかしい。ついテンション上がっちゃって……」

 

心の底からの呆れを示すジト目で壱花を見る少女――五反田蘭。壱花とは中学時代に知り合い親交を深めた中で今では互いに親友と呼び合える間柄である。なお現在はタンクトップ&ショートパンツという超ラフな格好に、本人曰く「切りに行くタイミング逃してたらいつの間にか伸びちゃってた」というロングヘアを、しかししっかりと手入れしていることを示す綺麗なキューティクルを保って下ろし、垂れそうな前髪はバンダナで押さえている。彼女の言葉に、今は蘭のベッドの上で寝転んでいる壱花は気恥ずかしそうに返した。物心ついた頃からの、ある意味総司と同じかそれ以上に付き合いの長い家族との再会にテンションが振り切れてしまっていたようだ。それに蘭ははぁ、と大きく吐いたため息でさらに呆れを示す。

 

「あ、ラムレイとドゥ・スタリオン、蘭ちゃんちに迷惑とかかけてない?」

 

「かけてないって。それにしても、壱花がIS学園で寮暮らしする事になったからしばらく預かってもらえませんか、って千雪さんが頼み込んできた時は驚いたわね。ラムちゃんとスタちゃんのご飯代とかその他諸々の経費として充分すぎるお金を千雪さんが振り込んできてるらしいし。それにあの子達、大きくっていかつい割りに人懐っこいからお客さんに結構人気なのよ。それでいて怪しい奴には臆せずに吼えて立ち向かうから番犬としても完璧。千雪さん完璧な躾けしてるってお爺ちゃんもすっごい褒めてたよ」

 

壱花の問いに蘭がふふっと笑いながら返す。なお、この二匹を飼っている理由としては千雪が、壱花が小学校低学年でまだ自分も学生の時、自分がいない時に壱花を守るためとして飼ってきたのを厳しい躾けと訓練を繰り返し、人懐っこさと愛嬌を残しつつ完璧な番犬として育て上げていた事をここに追記しよう。

 

「あ、そうそう。はいこれ、頼まれてた雑誌ね」

 

「ありがとー蘭ちゃん! IS学園だと女性用の雑誌って購買部にも置かれてないのよー。かと言って外出には面倒な届出が必要だから雑誌買うためだけに外出ってわけにもいかないしー。あ、お金払うね」

 

蘭が手渡してきた真新しい紙袋――中には結構な量の中身が入っているらしく大分分厚い――を壱花は嬉しそうに受け取り、きちんとお金も支払っておく。

 

「はい毎度どーも……だけど、これだけじゃないよね?」

 

「……はいはい」

 

お金を受け取った蘭はにしし、と笑いながらさらなる報酬を要求。壱花は苦笑しながら頷くと持ってきていた鞄から一枚の写真――折れ曲がったりしないよう厳重にファイリングしている――を取り出した。

 

「はい。IS学園で私のクラス、一年一組のクラス写真よ」

 

「毎度ありー♪」

 

写真を受け取った蘭は嬉しそうに笑って写真を見始め、壱花は紙袋から最新のファッション雑誌を取り出し、今年のトレンド夏物ファッションのページを読み始める。時折写真を見ている蘭の方から「きゃ~♪」と黄色い声が聞こえてくるが、どうせかっこいい男子がいたとかだろう。中学時代遊びに来てアイドルの番組を見ている時にたびたび聞いている声と同質のものに壱花は気にするまでもないと気に留めずにファッション雑誌のページをめくった。

 

「で、さぁ。壱花」

 

「ん?」

 

「あんた、この中で一人なわけ?」

 

唐突に呼ばれ、目を向ける壱花に蘭は写真を見せながらそう尋ねる。それに壱花は参った様子でこくんと頷いた。

 

「そうなのよ。おかげで気苦労が絶えないわ……」

 

「まあ、男子ばっかりの中に女の子一人とかどこの乙女ゲーよって話だしね。同情するわ」

 

壱花の言葉に蘭はからからと笑いながら返す。しかしどこか他人事な様子で楽しんでいる感じがうかがえ、壱花は再びため息をついた。

 

「まあ、知り合いがいるのが唯一の救いね。私の隣の黒髪ポニーテールの男子が、蘭ちゃん達と出会う前の幼馴染、所謂ファースト幼馴染の篠ノ之総司君。で、もう一人仲がいいのが逆隣に立ってるセシル・オルコット君。イギリスの代表候補生で、専用機を持ってるからって特訓に付き合ってくれてるんだけど、たまに私の事を(プリンセス)とか呼んでくるのよ。なんでも自分が騎士で私が姫で、騎士として紳士として女性を守るとかなんとか」

 

「へー……このポニテイケメンにメガネイケメンが」

 

壱花の言葉を聞き、蘭はすぐにセシルに対して考察を深める。守る、それはどういう意味なのか。イギリス紳士というのは確かにイメージとして女性に優しそうなものがある。しかしもしや壱花を異性として認識しており、だからこそ守ると言っているのかもしれない。と。セシル本人が自覚していない恋心を蘭は身勝手な考察でとはいえすぐに認識していた。

 

(ふむ……)

 

蘭はもう一度写真を見直す。ポニテイケメンこと総司は壱花と手を繋いでいる。しかしそれは周りに気づかれないようこっそりと繋いでおり、だが壱花は特に意識している様子を見せておらず、対して総司はどこか照れくさそうな顔をしている。つまりどっちから手を繋ぐようにしたのかは分からないものの、総司の方が壱花を異性として気にしているように見えた。

 

「ふ~ん……ま、あんたがクラスでハブられてるとかそういう事はないようで安心したわ」

 

そう言い、蘭は優しく笑う。イケメンを見つけて目の保養をするというのは二の次の目標。今回わざわざ本屋に出向いて最新の女子高生向け雑誌を買ってくる代価としてIS学園一年一組のクラス写真を要求した最大の目的。それは親友である壱花がもしや知り合いの全くいない(実際はいたわけだが)男子校同然の学校に放り込まれて辛い思いをしていないか、それを少しでも確認する事だった。しかし実際のところ写真から見える壱花の笑顔に曇りはなく、周りのクラスメイトからも険悪な空気は感じ取れない。蘭の心配は杞憂だったという結果に終わっていた。

 

「で、さ。それだけなの?」

 

「それだけ?」

 

蘭の唐突な問いかけに「はて?」と首を傾げる壱花。だが彼女は蘭が追撃の質問をしてくる前に彼女の質問の意図を認識したようにぽん、と手を叩いた。

 

「そうそう。蓮君がこっちに来てるって知ってたの?」

 

「へ? 蓮?……ああ、蓮が」

 

壱花の言葉に蘭は一瞬呆けた後こくこくと頷く。

 

「で、どうなの?」

 

「うん、前と同じで元気だったよ」

 

「前と同じねぇ」

 

蘭はにやにやとにこにこの中間くらい(ややにやにや気味)の笑みで壱花に話を振るが、壱花の返答を受けると蘭は進展なしとみなしてため息をつく。なお壱花は不思議そうに小首を傾げていた。

 

「あー、まあ蓮の事はいいわ。いや、そうじゃなくってね――」

 

そこまで言って蘭はニヤリ、と意地の悪い。まるで悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

「――IS学園で、もうすっかり骨抜きにしちゃった男子とか。いないの? 告白された~とか」

 

「何言ってるの、ないない。むしろソウちゃんやセシル君、蓮君が私の近くでやけに喧嘩してるせいで私まで遠巻きにされちゃってるからさ」

 

「おいそこ詳しく」

 

本人的には軽い気持ちで答えた言葉。しかし今の今までフローリングに寝転がっていた蓮は突如がばっと起き上がって壱花に問いかける。さっきまでのニヤリとした笑顔はむしろ真顔になっていた。

 

「え、いや、詳しくと言っても……よく分かんないんだよね。遠巻きにしてる男子は“修羅場”だの“どーじんしのネタ?”だの、“いち、そう?”とか“いち、せし?”とかよく分かんないこと言ってるだけだもん。ソウちゃんやセシル君や蓮君は毎日の訓練のメニューとかで言い合ってるみたいだし。自分が壱花の相手をするとかなんとか」

 

「へいそこ詳しく聞かせなさい!」

 

「え? これ以上詳しくって言っても、私がアリーナが空いてたら専用機の訓練をしてて、ソウちゃん達にはそれに付き合ってもらってて――」

「真面目か! そうじゃなくってこうあんたの魅力にメロメロになってる各種イケメンについて聞かせろっつってんのよ!! 修羅場だのイチソウだのイチセシだのカップリング満載じゃないの! っていうか二人ともあんたが攻めか! なんで男子が受けなのよ二人ともヘタレか!」

「――え、えぇ、ええぇぇぇっ!? な、なに意味の分かんない事言ってるの蘭ちゃんちょっと落ち着いて!」

 

がっくんがっくんと壱花を揺さぶりながらにやにやとにこにことニヤリが混じり合った笑顔に加えて目を爛々と輝かせている蘭の言葉に壱花は混乱しながらそう答える。

 

「誤魔化そうたってそうはいかないわよ! さあ素直に答えなさい、さもなくば――」

「きゃっ!?」

 

そう言い、蘭は壱花をベッドに押し倒して彼女の上に乗っかる。

 

「――素直に白状するまで身体に聞いてくれるわー!」

「ちょ、蘭ちゃんくすぐったいきゃはははは!」

 

そして蘭は壱花の身体を指でなぞりくすぐり始める。いきなりの攻撃に壱花も悲鳴を上げると共にくすぐったさに笑い始め、逃げようと身体をよじるがのしかかられているため逃げる事も出来ず、身体をよじった時に膨らんだ胸が大きく揺れる。

 

「……ねえ壱花」

 

その瞬間、蘭の顔が真顔になった。

 

「な……なに?」

 

壱花も何か嫌な予感を感じつつ問い返す。

 

「また、胸大きくなった?」

 

その言葉に壱花はぎくり、と身体を震わせ、さっと目を逸らす。瞬間、蘭の額に怒りマークが浮かんだ。

 

「もー! あんたはどれだけ胸を成長させりゃ気が済むってのよー!? 半分でいいから分けなさいよこしなさいこの駄肉がー!!」

 

「ちょっ蘭ちゃん落ち着いひゃんっ!?」

 

乱心してわーん、と泣き声が聞こえそうな勢いで叫び胸を揉みまくる蘭を壱花は落ち着かせようとするが、胸を揉まれて嬌声を上げてしまう。

 

「ほほう、そらそらここか、ここがええのんか? 止めてほしければ素直に胸を大きくする秘訣とイケメンについて聞かせなさいっ!!」

 

「ひぁっ、と、特別な事なんてひゃんっ何もしてないってばー!」

 

完全に悪ふざけのノリで蘭は壱花の胸を弄り始め、壱花は嬌声を上げながらやめさせようとする。

 

「姉貴ー。爺ちゃんが昼飯出来たってよー」

 

その時不意に部屋のドアが開かれ、ドアの向こうに立っていた、眠たそうな細目をし、頭にバンダナを巻いたこちらもロングヘアの少年が蘭に声をかける。服装はだらしのないシャツの上に薄地の半纏、下は灰色のゴムズボンという部屋着感満々のものだ。彼は五反田弾。蘭の弟で壱花の中学時代の後輩でもある、現在中学三年生だ。

 

「さっさと、食べにこ、い……って……」

 

弾の言葉はどんどん細くなり、その表情も驚愕に彩られていく。

 

「い……ち、か……先輩?」

 

「あ、や、やっほー弾君……久しぶりー……」

 

驚愕に彩られている声の弾に壱花も苦笑交じりに挨拶する。まあこんなカオスな状況ならそうだよなぁ、と彼女は思う。なにせ姉が同性の友人とベッドの上でふざけ合っているのだ。自分だって千雪と束がそんな事していたらドン引きを通り越す。と何気に壱花は冷静に思考していた。あいにく彼女はそれで萌えられるような特殊な性癖を持っていない純粋さんだった。

 

「あ、き、来て、らっしゃったん、です、か?……」

 

「うん」

 

「あんたさっきまで寝てたでしょ? 昨日夜更かしして年齢制限付きのエロゲなんてしてるから――」

「ん、んなもんしてねえっての!! 全年齢対象の健全なギャルゲーだって!!」

「――へー?」

 

弾の言葉に壱花が頷くと、蘭が呆れたようにそう言う。その言葉を遮り、夜更かししてエロゲしている中学三年生などという不名誉なレッテルを剥がそうとする弾だが、余計な口を滑らせてしまい蘭がニヤリと笑うと「はうあっ!?」と悲鳴を上げる。

 

「そ、それじゃ、そのっ、い、壱花さんもよかったらどうぞっ!」

 

「うん、いただくね。ありがとう」

 

「それじゃっ!」

 

そう言い、弾は慌ててばたんっとドアを閉める。

 

「ん~……弾君ともかれこれ三年の付き合いなんだけど。まだ心開いてくれないのかなぁ」

 

「は?」

 

壱花の言葉に未だのしかかっている蘭が信じられないものを見るような目つきで壱花を見る。

 

「いや、だってよそよそしいじゃん。さっきもすぐ出てっちゃったし」

 

「……あたし、たまにあんたってわざとやってるんじゃないかって疑う時があるわ」

 

「?」

 

その言葉に蘭は呆れたように答え、壱花は再びクエスチョンマークを頭に浮かべる。と、蘭は壱花の上からどいてベッドから降りた。

 

「まあいいわ。あたしもこんな年の近い妹はいらないし。とりあえずお昼食べて少し外に出ようか」

 

なぜ唐突に妹の話題なんて出たのだろうか。と壱花は不思議に思いながら起き上がり、さっき蘭にもみくちゃにされていたせいで乱れた服装を直す。特に胸辺りはひどく服がはだけていてブラジャーが覗き、胸も谷間が見えてしまっていた。

それから蘭の部屋を出て一階へ、裏口から出て食堂の正面玄関へ移動。ラムレイとドゥ・スタリオンがお出迎えしてワンッと一鳴きし尻尾を振るのを見る。面倒な作りだが蘭によると「だから私生活に商売が入ってこない。何事もメリハリが大事」とのことだ。

 

「こ、こんにちは、壱花さん!」

 

出迎える弾に壱花は首を傾げる。さっきまでのシャツに半纏にゴムズボンの格好ではなく、いい具合にくたびれて味のあるポロシャツに着替え、下も破れがお洒落な味を見せるズボンを履いている。弾渾身のセレクトであるヴィンテージ、特にズボンは破れ加工のブランド物でお高いもの。家の手伝いという名のバイトを頑張りまくって購入したものだ。

 

「あれ、弾君。着替えたの? でもズボンが破れてるよ?」

 

「あ、いや、これは、その……」

 

しかし壱花には通じず、弾が言い訳を考える。

 

「あー……なんていうかこれ、弾のお気に入りなのよ。勝負服っていうかね」

 

「あ、そうなの。そんな破れるほど履くんだ。お気に入りなんだね。物を大事にするのはいい事だよ」

 

「あーもうそれでいいです……」

 

流石に蘭がフォローに入るが壱花はどこかずれた答えを出し、弾が頭を抱えながら答えたのであった。

 

「おい、食わねえなら下げるぞガキども」

 

「あ、食べます食べます。いただきます。厳お爺さん」

 

ぬっと厨房から顔を出し、そう言うのは蘭と弾の祖父。五反田厳。齢八十を過ぎてなおも健在。この五反田食堂の厨房を一人で切り盛りしている五反田家の大将にして長である。長袖の調理服を肩までまくり上げ、剥き出しになっている腕は筋骨隆々。中華鍋を一度に二つ振る事が出来るその剛腕は熱気によって浅黒く健康的に焼けていた。

 

「「「いただきます」」」

 

それから昼食の残り物を盛り直した、所謂残り物定食で昼食が開始。壱花、蘭、弾は両手を合わせて挨拶をしてから食べ始める。ちなみに配置的には四人掛けのテーブルで壱花と蘭が向かい合わせに、弾は蘭の隣に座っている。

 

「で、落ち着いたとこだけど壱花。蓮と、えーと誰だっけ? ファースト幼馴染と再会したって?」

 

「あ、ソウちゃんのこと?」

 

「ソウチャン? 誰ですそれ?」

 

「篠ノ之総司君。私のファースト幼馴染。ちなみにセカンドは蓮君」

 

蓮の名前が出た時、弾の表情が少し硬くなる。

 

「あ、そうそう。蓮も今はIS学園にいるんだってさ、クラスは別だそうだけど。でもって、この壱花の隣に立ってる黒髪ポニテイケメンがその篠ノ之君。あたしの見立てではクラスで一、二を争うイケメンレベルね」

 

すると蘭が持ってきていたらしいクラス写真を弾にニヤニヤしながら手渡し、弾も眉間にしわを寄せて「けっ、面食いな姉貴が言ってるだけだろ」的な表情をしながらクラス写真を奪い取り、総司を見ると表情を固める。その顔は「やべえマジでイケメンじゃねえか」と語っていた。なお解読できるのは姉である蘭のみ。壱花は解読できていない。

 

(今日の揚げ出し豆腐美味しいなー)

 

というか弾の表情の変わりように興味を持たずに揚げ出し豆腐に舌鼓を打っていた。

 

「そういえば寮生活って食事とかどうなってんの?」

 

「うん、食堂があるからそこで買って食べてるよ。でも寮生活って結構大変だよ、この前までお風呂も使えなかったからずっとシャワーだったし」

 

その言葉を聞いた弾が「壱花さんのシャワー」とか小さな声で呟き、はっとした顔になった後誤魔化すようにコップの水を口に運ぶ。

 

「ちょっと前までソウちゃんと相部屋だったし」

 

「ぶぐ、むごふっ!?」

 

直後壱花の口から出た言葉に彼はむせてげほごほと咳き込んだ。

 

「あ、相部屋ぁげほっ!? い、壱花さん、げほっ、それってつまりごほっ、寝食をげほともにごほっ!?」

 

「弾君、よく分かんないけどまず呼吸を落ち着かせてから話そうよ……」

 

「あーもう世話が焼けるわねぇ」

 

弾の大慌ての台詞&咳き込みに壱花が困った顔を見せると蘭が呆れた様子で彼の背をさする。

 

「ぜえ、ぜえ……い、壱花さん。さっきの話ですけど、つまりこの篠ノ之(なにがし)と同じ部屋で……」

 

「あ、うん。まあちょっと前までで今は別の部屋になってるけど」

 

「そ、それでもつまり一ヶ月半以上同せ――同居していた、と……」

 

「うん、そうなるね」

 

呼吸を落ち着かせてからの弾の確認を壱花が躊躇いなく肯定すると弾はばたんとテーブルに突っ伏す。なお隣の蘭は両手で頭を抱えながら「これで恋に発展しないとかもうどうしろってのよ」とか呟いていた。二人の反応に壱花はよく分かっていないように首を傾げた。

 

「……決めた」

 

すると弾が突然がばりと起き上がる。

 

「俺、IS学園を受験する!!」

 

「はぁっ!? あんた料理の専門学校に行って食堂を継ぐんじゃなかったの!?」

 

弾の言葉に驚いて声を上げるのは蘭だ。

 

「えーと……弾君、悪いけどIS学園はIS起動試験っていうのがあって、適性がなかったら容赦なく落とされちゃうんだけど……適正はどう?」

 

「う……う、受けた事ないけど、今度受けに行きます! タダだし!」

 

「たしかうちの中学校、ISに関する事前学習とかやってなかったと思うんだけど。自主勉強大変だよ?」

 

「や、やってみせます!!」

 

壱花としては心配している様子だが弾は怯みつつもやってみせると叫び、黙って見守っている厳の方を振り返る。

 

「なあ、いいだろ爺ちゃん! 男、五反田弾一生の頼みだ!!」

 

「……ふっ」

 

弾の言葉を受け、厳はそのいかつい顔に笑みを浮かべる。

 

「いい顔をしてるな、弾。分かった。男は道を自分で切り拓いていくもんだ。覚悟があるんなら、好きにやれ」

 

「ああ、サンキュ! 爺ちゃん!!」

 

厳と弾は何かを通じ合わせたように頷きあう。男同士、きっと通じ合うものがあるんだろうなぁと思いながら壱花はうんうん頷いていた。

 

「ソウちゃんの写真を見せただけでここまで発奮するなんて。やっぱり男の子ってかっこいいものに憧れるんだね」

 

「いや、違うし……」

 

しかし壱花は弾のIS学園志望動機を完全に勘違いしており、それに蘭が消え入りそうな声でツッコミを入れるが幸か不幸かそれは誰にも聞こえなかった。

 

 

 

「…………」

 

時が過ぎて夕方。総司は剣道部の部室で一人刀を構え、目を閉じていた。刀を構えと言ったがそれは僅かに違う。彼の左手に握られた鞘には未だ刀が収められ、右手はその柄に添えられている。そして彼の前には巻き藁が立てられていた。これより行うのは居合いの訓練だ。

総司は目を閉じ、瞑想する。心を落ち着かせ、精神を波立たせる事なく集中を研ぎ澄ませる。瞬間を超える刹那を自在に操る事が必要な剣術において、それこそ瞬時に集中力を限界まで研ぎ澄ます事は必須。しかし精神が高ぶっていてはその刹那の時に生じる勝機を見出せない。心を波立たせる事ない不動心を持ち、僅か一瞬にて限界まで精神を研ぎ澄ませ集中する。心身ともに気を練り、もっとも充実した一瞬を見極める。

 

「はっ!」

 

それこそ刹那。気が高まったその一瞬を逃すことなく総司は刀を抜く。一瞬の刃の閃き、瞬きの間に巻き藁は一刀両断されゴトリと床に倒れ落ちる。

 

「……く」

 

しかし総司の表情は苦く、彼は刀を鞘に納めると巻き藁を見る。その切り口には若干の乱れがあり、心身一体で放たれた一閃の結果とはとても思えなかった。

 

「やはり……俺は焦っているのか……」

 

剣閃に精彩を欠いていると言っても過言ではないその一太刀。それを否応なく映し出す結果に総司は苦言を漏らす。

それから総司は巻き藁を片づけ、胴着から制服に着替えて部室棟に設置されたシャワールームで汗を流してから寮に戻る。

 

「…………」

 

その途中、寮の玄関に立った辺りで総司は何かを考え足を止める。今の自分はどうにも鍛錬に身が入っていない。一念鬼神に通ず、その信念を持って修行に励んではいるがまだ足りないように思える。何か、自分のやる気を向上させるというか自ら背水の陣に立つような何かを総司は考える。

 

「……」

 

総司は何かに思い至ったように携帯を取り出すとあるアドレスへとかける。

 

[はいもしもしー? どうしたの、ソウちゃん?]

 

「壱花か?……もう、寮に帰ってるか?」

 

[ん? うん。帰ってきてるけど? 何か用事?]

 

「ああ。今から部屋に行くから待っていてくれ」

 

[ん、了解]

 

簡単なアポを取って総司は電話を切り、携帯をしまう。これである意味後戻りはできない。そう考えながら総司は壱花の部屋へと足を進め、他のドアにはついていないインターフォンを、心なしか震えている指で押す。ピーン、という音が僅かに聞こえた。

 

[はいはーい]

 

「総司だが」

 

[うん。待ってて、今開けるね]

 

来客対応用のスピーカーから聞こえてきた声。カメラもあるため自分の顔は写っていると思うが一応名乗り、壱花からもそんな返答が聞こえるとパタパタという足音、少し遅れてがちゃっというロックが開く音がして、ドアがゆっくりと開く。

 

「やっほー。ソウちゃん」

 

そしてそのドアの影からやけに上機嫌の壱花が顔を出し、総司がドアにぶつからない位置に立っていることを確認してからドアを開ける。と、総司の目が驚いたように見開かれた。

 

「どうどう、似合う? 今日蘭ちゃんとお買い物してる時に一目惚れして買ったんだ♪」

 

えへへ~、と上機嫌な様子の壱花がくるっと回って今自分が来ている服を見せる。今壱花が来ているのは純白のワンピース。せいぜい寝巻き姿だろうと思っていた総司は不意打ちの服装に顔を赤らめる。

 

「で、用事って何?」

 

「あ……いや……その……」

 

不意打ちで、言おうとした事が吹っ飛んでしまう総司。それに壱花は首を傾げる。

 

「よく分かんないけど、長くなるなら入る? お茶でも淹れるよ?」

 

「い、いや、ここでいい」

 

不思議そうな表情の壱花に対し、総司は静かにそう返しながら呼吸を整える。心を落ち着かせ、精神を波立たせる事なく集中を研ぎ澄ませる。

 

「壱花」

 

そして覚悟を決め、真剣な目で切り出す。

 

「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……」

 

口にするのは六月末に行われる学年別の個人トーナメントの話。

 

「お、俺が優勝したら――」

 

そこまで言った瞬間、まるで言葉が喉の途中で詰まったように口から出てこない。しかしここまで来て何も言わなければ俺はただの変な奴だ、と自分を奮い立たせる。

 

「――つ、付き合ってくれっ!!!」

 

もはやヤケクソになったように声を張り上げる。

 

「……はい?」

 

その言葉に、壱花はきょとんとした声を返す。

 

「あ、いやそのっ、個人トーナメントは今までの修行の全てを出しきるに相応しい舞台だからな。優勝をしたら打ち上げを兼ねて出かけないかって思っただけであって……」

 

瞬間、総司はヘタレてしまいすらすらと言い訳を並べ立ててしまう。

 

「あ、そういう事。うん、もちろんいいよ。その代わり私が優勝したらソウちゃんの奢りね?」

 

「あ、ああ……分かった……」

 

「じゃ、おやすみなさーい」

 

バタン、と無情にドアが閉められる。自らを奮い立たせるための考え、この大会に優勝したら壱花と恋人関係になる。という告白作戦。しかしそれは己のヘタレた精神によって失敗に終わってしまう。

 

(……僕の馬鹿……)

 

思わずそんな、昔の一人称で自分への呪詛を呟きながら、彼は肩をがくりと落として自分の部屋へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

(……びっくりしたぁ)

 

一方、ドアを閉じた後壱花はそんな事を考える。いきなり真剣な目をして何かと思えば六月末の学年別トーナメント打ち上げの相談だということ。

 

(そんな事くらい別に電話でもいいじゃん?)

 

打ち上げの相談であんな真剣な顔をするだろうか。と壱花は思う。そして彼女は思い出す。先ほどの真剣な目つきを、昔よく見ていた泣き顔とは打って変わった覚悟を決めた男の顔を。

 

――俺が優勝したら、付き合ってくれっ!

 

頭の中でリピートされる、総司曰く打ち上げへの誘い。しかしそれを脳内で再生していると何故だか顔が赤くなってしまう。それを知るのは織斑壱花本人だけだった。




今回ついに満を持して登場五反田姉弟。なお当初は蘭を総司やセシルを見てカップリングを妄想する腐女子にしようかと思いましたけど流石にアウトかなと思い直しました。そして弾は残念系を目指します。(笑)
でもってオリキャラ(?)、ラムレイ&ドゥ・スタリオン。もはや元ネタを隠す気すらない命名ですけど別にここから先に登場予定はありません。同じ完全オリキャラの真黒卓でさえ、セシル戦前の特訓フェイズで一応剣道部に顔出すんだからと最低限必要そうな主将としてあるゲームを元ネタに作り上げたんですが、この二匹は完全に思い付きだけで登場させました。(酷)
そして原作一巻の締めを飾る箒の告白騒動を書き終えて次回シャルル&ラウラ編に突入する予定です。しかし、今までは無計画というかなんとなく流れが出来ていたから大分早く書き進めてましたが、ここから更新速度が一気に落ちると思います。まずラウラのビンタ事件をどう切りぬけるかを考えなければ。ここの千雪はシスコンこじらせてますからラウラが壱花にビンタしたらまず確実に千雪もキレそうな気がしてならん。(汗)
そこやシャルルの女装事件のフォローやらなにやらまだ考え着いてないところが多いので、しばらく更新が止まりそうな気がしますがお気になさらないでください。思いついたらまたさっさと書き上げられるよう努力します。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。
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