インフィニット・ストラトス~IF(インフィニット・フェイト)~ 作:カイナ
織斑さんちの今日のご飯
「きょ~うのおっひるはおそう~めん~♪」
即興で調子はずれの歌を歌いながら一人の少女が町を歩く。その左腕には買い物かごが提げられ、そのかごの中にはたしかに素麺(スーパーの特売品)が買いだめのつもりなのか詰め込まれていた。
「ん?」
すると少女は何かに気づく。一軒の家の前で一人の少年がまるで立ち往生でもしているかのように立っているのだ。
小柄で華奢な体躯にゆるくウェーブした金髪を長く伸ばしている、一見すれば美少女に見間違うほどの端正な顔立ちはどこかのモデルと言われても納得がいく。こんなどこにでもある道の真ん中に立っていること自体が不自然にもなりそうなその相手を見た少女は驚いたように駆け寄りながら口を開いた。
「シャルル君!? こんなところで何してるの?」
「あ、やあ壱花」
少女――壱花の言葉に少年――シャルルは右手を上げ、爽やかな笑顔で答える。その後彼はこてりと首を傾げ、甘えるような目を見せた。
「来ちゃった♪」
わざとかがんで顔の位置を壱花より下にし、握った両手を自分の口元に持っていって首を傾げた状態での上目遣いというあざといポーズでのあざとい台詞。彼の可愛らしい方向に端正な顔立ちも相まって普通の女の子ならこの一発でハートを撃ち抜かれても不思議ではない。
「そうなんだ。じゃあせっかくだし上がっていって、あまりおもてなしは出来ないけど」
しかし壱花には一切通じず、のんびりとした笑顔を浮かべながらそう答えると門を潜っていく。シャルルも苦笑しながらその後に続き、二人は家――壱花の実家である織斑家へと入っていった。
「今お茶淹れるから座って待っててねー」
「ありがと、壱花」
織斑家はリビングとキッチンが繋がっているタイプの普通の一軒家で、シャルルが案内されたリビングのソファに座ったのを確認した壱花はそのままキッチンにお茶を淹れにいく。
その間にシャルルは家の中をきょろきょろと見回す。壱花には両親がいないと聞いているし、唯一の肉親である千雪はIS学園の教員としてIS学園におり、壱花もIS学園の学生寮で暮らしている。つまり普段はこの家は無人、にも関わらず部屋の中には埃一つなく彼女がたまの帰りにしっかりと掃除していることがよく分かる。
(壱花っていいお嫁さんになるだろうなぁ……)
自分で作った方が節約になるしといつもお弁当を持ってきており、たまに分けてもらうそれは食堂で出される料理にも劣らない程に美味。なおかつ栄養バランスもちゃんと考えられており、料理の腕は抜群。それに普段家にいないにも関わらず時間の合間を上手く使って掃除もちゃんと行っている。いつも清潔な服をきちんと着ている事から洗濯に手を抜いているということもない。まさしく家事万能と言って過言ではないだろう。
(……フランスに帰るつもりないし、IS学園卒業したら壱花攫ってどこかに身を隠そうかな)
今まではデュノア社の操り人形という立場に甘んじていたが、今はデュノア社の命令シカトして女装やめて全ての事情を明かしてIS学園残留というデュノア社からしたら完全裏切り――にも関わらず何故かデュノア社からは特に帰還命令もお叱りも来ず、いわば黙認状態なのが不思議だが――状態のシャルル。
自分の唯一の家族である母を裏切った父親に従う義理もなく、実は今のこの状況をとにかく上手く利用して出し抜くつもり満々の彼はIS学園卒業と同時に行方をくらまして壱花と一緒に暮らすことも計画していた。
(そういえば相川に聞いたけど、日本には若妻裸エプロンっていう文化があるんだっけ……)
純日本人クラスメイトから聞いた(ラストサムライである総司が聞いたら顔を真っ赤にしてブチギレる事間違いなしの間違った)日本文化を思い出し、シャルルは壱花と一緒に暮らす計画に続き、家にいる壱花が裸の状態で純白のエプロンを身に着けている姿を妄想、同時に頬が「にへへ」という感じでにやけてしまう。彼も思春期の男子高校生であった。
「おまたせ、シャルル君。はいお茶――」
そこに壱花がお茶を淹れて戻ってきてしまう。
突然現実に引き戻されたシャルルはこんなアカン妄想をしていたことを万一にも気づかれないよう「あ、ありがとね!」と言葉少なくお礼を言うと、にやけた頬を隠すために慌ててお茶を飲む。
「あっづぁっ!?」
突如口の中を襲う熱とそこから生じる痛みにシャルルは悲鳴を上げ、カップを落とす。フローリングの床にお茶が零れてしまった。
「シャ、シャルル君大丈夫!? お茶熱いから気を付けてねって言おうと思ったのに!?」
「わ、ご、ごめん壱花!?」
壱花がシャルルの心配をし、シャルルは床に零れたお茶を見て慌て、幸い割れずに床に転がっていたコップだけでも拾おうと咄嗟に手を伸ばす。
「あつ!?」
しかしコップは熱湯で濡れており、無防備に触ってしまったシャルルは熱さに手を引いた。
「わ、シャルル君大丈夫!? 火傷してない!?」
「うひゃ!?」
それを見た壱花が咄嗟にシャルルの手を掴んで火傷していないかを確認、突然手を掴まれたシャルルもどぎまぎとしてしまう。
「……うん、大丈夫みたいだね。まったくもう、シャルル君は世話が焼けるなぁ……今掃除するからね」
「て、手伝うよ!」
「いいからいいから」
自分のせいで汚れたんだから掃除を手伝うと申し出るシャルルを壱花はあしらうような笑顔で制して雑巾を取りに行く。そう言われてしまったらどうしようもなく、シャルルは再びソファに座りなおした。
「ホント……壱花ってお母さんみたい」
こっちを心配してくる姿やあしらう巧さはまるで子供を相手にする母親のよう。というか、さっきの掛け合いは完全に慌てんぼの息子としっかり者の母親である。そう思いながらシャルルはひとりごちた。
ピーンポーン
その時、玄関の方からチャイムが鳴る。
「あれ? 宅配便かな? はーい」
「ああ、いいよ壱花。僕が出てみるから。壱花は掃除してて」
「そう? ありがとー」
雑巾とバケツを持ってきた壱花がチャイムを聞いて返事をし、せめて壱花が掃除している間に来客対応くらいはしてあげようとシャルルは腰を上げる。
普通は他人が来客対応することの方がおかしいはずだが、そういうのに慣れているのか壱花は平然とそう答えるとシャルルに対応をお願いしてフローリングの掃除を開始。シャルルは玄関に向かうとドアを開けた。
「はい、すみません。今ちょっと家の人が手を離せなくて、ご用件だけでも――」
「こんにちは、壱花さん。いい紅茶の葉が実家から届いたので、おすそ分けというものに伺い――」
ドアを開けたシャルルの目の前にいたのはシャルルよりも背が高い、金髪を几帳面に整えた眼鏡男子。互いに笑顔で言葉を交わしていた二人は、目の前の相手に気づくと言葉を途切れさせた。
「……何をしているんだ、シャルル」
「その言葉そっくり返すよ……セシル」
眼鏡の奥の目を鋭く研ぎ澄ませながら問いかけてくる眼鏡男子――セシル・オルコットにシャルルは引きつった笑みでそう返していた。
掃除が終わったリビングにシャルルはセシルを伴って戻り、セシルは壱花に挨拶もそこそこにおすそ分け兼お土産である最高級の紅茶の葉を渡す。
すると壱花は「早速淹れてみるね」と嬉しそうに言ってキッチンへ引っ込んだため、現在リビングはシャルルとセシルの二人きり、隣のキッチンでは壱花がスマホでググりながら紅茶を淹れているだろう。
「えーと……奇遇だね、セシル」
「ああ。奇遇だな、シャルル」
互いに笑顔を浮かべてはいるもののそれはどこか相手を牽制しているようなものだ。やがてセシルはふぅと緊張を解くように小さく息を吐いてやや強い睨みをシャルルに向ける。
「何故お前が壱花さんの家に来ているんだ?」
「お友達の家に遊びに来ることがそんなに悪い?」
セシルの質問にシャルルはにこっと笑顔を浮かべて返すが、セシルはさらに目に力を込めた。
「
「……あははー、そんなわけないじゃないかー」
その質問には目を逸らし気味に答えてしまうシャルル。不埒な真似を働こうとはしていないが、不埒な想像は間違いなくしていた。
「そ、それよりセシルはなんで来たのさ!?」
「さっき言っただろう? ウッド……うちの執事がいい紅茶の葉を見つけたからと送ってくれてな。日本にはお世話になっている人にプレゼントを贈る、おすそ分けやオチューゲンという文化があると聞いたから持ってきたんだ」
「むう……」
誤魔化そうとしたもののしれりと答えるセシルにシャルルは困り顔を見せる。
「おまたせー二人とも。調べながらだから時間がかかっちゃった」
するとそこに壱花が紅茶をティーカップに入れて合流。二人に紅茶を一緒に用意したのだろうお茶菓子と一緒に出す。
ピーンポーン
その時、再び玄関の方からチャイムが鳴る。
「あれ? お客さんかな? ちょっと待っててね」
チャイムを聞いた壱花が二人に紅茶を差し出し先に飲んでてと促して、「はーい」と答えながら玄関へと歩いていく。
(……嫌な予感)
つい先ほどと同じ状況に、シャルルは嫌な予感を感じていた。
するとバタバタという荒い足音と共にリビングのドアが開く。
「テメエら! 一体何やってんだ!?」
そして全身の毛を逆立てて怒る猫の如く憤怒の形相の蓮がリビングへと飛び込み、その後ろから総司とラウルがひょっこりと顔を覗かせるのであった。
「もー。皆来るのは別にいいんだけど、一人くらい連絡してよー」
「ああ、すまん。今朝になって急に暇になってな……」
「なんだよ、いきなり来られると困るのか?」
「人が来る予定があるならそれなりにご飯とかおやつとかの準備が必要でしょ? 今日はたまたまお素麺を買いだめしてたからいいものを、なかったら今から買い物に行かなきゃいけなかったんだからね?」
「あっはい。すんません……」
突然の複数人の来客にブーイングを出す壱花に総司が謝ると蓮が唇を尖らせる。しかし壱花が完全にオカンみたいな理由を答えるとすぐさまぺこりと頭を下げるのであった。
今日のお昼は素麺。しかし突然の大勢の男子の来客に冒頭で買いだめしていた素麺を全て使う羽目になってしまっており、残り物のキュウリやハム、タマゴなどを素麺を茹でる横で切り焼きして作った即興のトッピングを準備したものを全員でつついていた。
「そうだ」
と、食事をしている途中で突然ラウルが声を出す。
「手土産と言ってはなんだが、部隊から物資を送られていてな。一人で消費をするのもなんだし、土産として持ってきていたんだ。主よ、コップはどこにありますか?」
「あ、飲み物? じゃあ入れてくるよ」
「いや、主人にさせるなど……教えてくれれば自分でしましょう」
「そう? じゃあ台所の棚にあるの、好きに使ってよ」
「承知しました」
ラウルは壱花にコップのある場所を聞き、壱花は来客にそんな事させられないと答えようとするがラウルがそう答えると、壱花は言い負かすのが面倒になったかコップの場所だけ教え、ラウルが台所へと向かうのを見送ると再び素麺をすすり始めた。
「主よ、入れてまいりました」
「あ、ありがとー」
少し時間が経ち、ラウルがそう言って渡してきたコップを受け取った壱花は丁度喉が渇いていたのかすぐに飲む。
「……きゅう」
瞬間、彼女はばたりと倒れ込んだ。
「い、壱花!? おいラウル!? お前何飲ませたんだ!?」
「なにって……これだが?」
突然ぶっ倒れた壱花に蓮が驚き、ラウルに怒鳴る勢いで問いかけると、ラウルは別のコップを蓮に見せる。黄金色に輝く液体、その上部はコップから溢れんばかりに泡立っている。
「ってビールじゃねえか!?」
「……え? 何か問題あるの?」
蓮のツッコミに何故かシャルルが反応。ラウルを除く全員の怪訝な視線がシャルルへと降り注ぎ、しかしシャルルは不思議そうな顔で首を傾げる。
「だって、ビールって16歳からでしょ?」
「そうだろう?……もしや壱花はまだ15歳だったか?」
シャルルの言葉にラウルが同意するように頷く。
ドイツとフランスではビールの飲酒は16歳から認められているそうです。
と、セシルが驚いたように目を丸くした。
「なに!? ビールを飲んでいいのは18歳からではないのか!?」
その口から天然ボケ染みた言葉が放たれる。
イギリスではビールの飲酒は18歳から認められているそうです。
「国家間の飲酒可能年齢なんざどうでもいいんだよ!」
「日本では飲酒は20歳からと決まっているんだ! とっとと捨ててこい!!」
日本で暮らしていた経験から知識として知っている蓮と純日本人の総司が二連続でツッコミを叩き込み、ラウルは「部隊から送られた、結構いいビールなのに……」としょぼんとしながらコップになみなみと注いだビールを流し台に捨てに行く。
「さて……」
それから総司がある方向を見る。
「ふにゃふにゃ……」
その視線の先にはビール一杯以下どころか下手すれば一口ですっかり酔っぱらったらしい壱花がいた。顔は真っ赤でにへぇと締まりのない顔になり、さっきの漫才の内に熱くなったのか若干ボタンを外しており、服がはだけて胸の谷間がちらりと見えている。
「……とりあえず、寝かせてやるのがいいだろうな」
総司がそう呟き、壱花を担ぎ上げようとする。
「お、おい待てよ! なんでお前が行くんだ!?」
「何故って……俺は壱花の幼馴染だ。介抱は当然だろう?」
壱花を担ぎ上げようとしたところで蓮が声をあげ、総司がそう当然のことのように言うと蓮もぴくっと反応する。
「聞き捨てならねえな! 俺だって壱花の幼馴染だ、この家も勝手知ったるものだ。俺が行く!」
「……壱花の部屋は二階のはずだ。そんな小柄なのに運び上げられるのか?」
「ぁんだと!? 横抱きにすりゃ体格なんざ関係ねえだろ!?」
総司と蓮が幼馴染として張り合い始める。
「……先ほどから聞いていれば、くだらない事だ。ここは英国紳士として僕が運ぼう」
と、呆れた様子で眼鏡を直しながら、セシルが壱花に歩き寄る。
「おっと待ってよ。僕は壱花と相部屋だった身だ、壱花をどう寝かせればいいかは承知しているよ。僕が行く」
そこにシャルルが参戦、セシルと睨み合う。
「……」
そこに無言のまま、ラウルがひょいと壱花を担ぎ上げた。
「「「「って、おい!?」」」」
そこに四人が声を上げてラウルを睨みつけ、ラウルがきょとんとした様子で四人を見、首を傾げる。
「……どうした?」
「いやいやいや、なんでお前勝手に壱花を運ぼうとしてんだよ!?」
「主人の介抱は犬として当然のこと。それに今回の事は責任は俺にある。ならば俺が行うのが筋ではないのか?」
一番最初はともかくとして、自分が間違えてビールを飲ませてしまったから壱花は酔いつぶれてしまった。ならば責任を取って壱花の介抱をする。至極正論である。
「しっ……信用できるか! とにかく壱花下ろせ!」
蓮がまるで見知らぬ人を前にした猛犬のようにぎゃんぎゃんと吼え、ラウルに壱花を下ろすように要求。ラウルも意味が分からないながらも蓮を落ち着かせるため、壱花を床に置き、自分が座っていたクッションを枕にさせて寝かせる。
そして総司、セシル、蓮、シャルル、ラウルが睨み合う。目的は壱花を部屋に寝かせること。至極くだらない争いが今、幕を開けようとしていた。
ピーンポーン
「壱花ー、いるー?」
しかし三度鳴る玄関のチャイムの音と同時にそんな呼びかけが聞こえてくる。
「今日帰ってるんでしょー?……買い物にでも行ってるのかな?」
「げ、この声!?」
改めて聞こえてきた声に蓮が反応。するとガチャッ、とドアの開く音が聞こえてきた。
「鍵が開いてる?……壱花ー! いないのー!?……もう、不用心なんだから」
どうやら中に入ってきたらしい、と気配で彼らが気づく。とどうやら来客と知り合いらしい蓮がプライベート・チャネルで「ちょっとタンマ! 誤魔化してくる!」と通信。急いで玄関に走りだそうとするが、元々部屋の奥にいた蓮が居間の入り口に行くのと、
「きゃっ!?」
来客が居間の入口へと到達するのは同時だった。
「よ、よお、蘭! ひっさしぶりだなぁ!」
「蓮……もう、びっくりさせないでよ。壱花は?」
「あ、あー。ちょ、ちょっと買い物だそうで……」
慌てた汗をかきながら挨拶をする蓮に対しその相手――五反田蘭は憮然とした様子で蓮に尋ね、蓮は冷や汗をかきながら誤魔化そうとする。
「ん?」
しかし、身長にして蓮よりちょっと小柄程度の蘭は、蓮が壁になっているつもりの居間の中を見てしまう。すなわち、壱花が顔を赤くして倒れていること、近くのテーブルにはビールらしき飲み物が入っているコップがあること――先ほどラウルが捨て損ねたらしい――そして顔を赤くして倒れている壱花を取り囲む、蓮含めて五人の高校生男子の姿に。彼女は気づいてしまった。
「……スタちゃん、ラムちゃん」
蘭が声をかける。同時に彼女の脇に待機していた、幼き日の壱花を守っていた二匹の勇士がスタンバイ。四肢で立ち上がり姿勢を低くし、まるで猟犬が獲物を前に飛びかかろうとする様子を見せる。
「Go!!!」
「「バウバウバウバウ!!!」」
そして蘭が号令を与えると共に二匹の勇士が主――織斑壱花に牙を剥こうとするけだもの達へと吠え掛かる。白犬――ドゥ・スタリオンが壱花の側にいち早く駆け寄って彼女を守るように外敵へと吼えかかり、黒犬――ラムレイが怯んだ外敵を威嚇するように吼え時には己の牙をもって壱花から引き離す。
「お、落ち着けドゥ・スタリオン!? 俺だ、篠ノ之総司だ! 昔よく一緒に散歩していただろう!?」
「いででででで! 噛みついてくるなラムレイ! お前昔店の残り物の肉をよく食わせてやってた恩を忘れたか!?」
「弾! 警察に連絡!! 未成年の女子高生にお酒を飲ませて酔い潰させた男子高校生五人がいるって!!」
「え、えぇっ!? 何が起きてんだよ姉貴!?」
どうやら弾もいたらしく、二匹と知り合いらしき総司と蓮が悲鳴を上げる横での蘭の呼びかけに玄関の方から聞こえてくる悲鳴染みた声を聞いた蓮がぎくっと反応した。
「まっ、待て! 蘭!! これは違うんだ!!」
「……そうね、警察はダメね」
蓮の説得を聞き、知り合いを警察に突き出すのは問題と思ったか蘭が思い直すように呟く。
「警察なんか呼んだら壱花の経歴に傷がつくしね……うん。弾!」
「お、おう!?」
冷静さを取り戻したらしい蘭に、蓮がほっと一息つく。
「今すぐに千雪さんを呼んできなさい!! さっきまで家にいたわ!」
いや、状況は余計に悪化した。
『それだけは待ってください!!!』
直後、専用機持ち男子高校生五人の一般女子高生への土下座という世にも珍しい光景が見せられるのであった。
しかしタイミング悪く千雪が織斑家にやってくるのにそう時間はかからず、全ての事情を(土下座状態の総司達から)聞いた彼は頭痛を堪えるようにこめかみに指をやってため息をついた。
「はぁ、全く……蘭」
「は、はい!」
「壱花を寝かせておいてくれ。それと、すまんが壱花の介抱を頼む」
千雪はため息を漏らした後蘭に指示、蘭もこくんと頷くと玄関を見る。
「わ、分かりました! 弾、手伝って!」
「お、おう!」
姉に呼ばれ、弾が慌てて壱花の元に駆け寄る。と千雪は目を細め、チラリと弾を見た。
「弾、壱花の変なところに触れたらただじゃおかんぞ」
「は、はいっ!」
その言葉に弾はびくりとなりつつ、胸などに触れないよう注意しながら壱花に肩を貸すのであった。
「さて、お前達」
今度は総司達がびくりとなる番だった。土下座したまま小さく震えている彼らを見下ろした千雪はソファに座りながらくくっと笑って足を組む。完全に魔王の姿だった。
「そう怯えるな、別に取って食おうなどとは思っていない……貴様らが壱花を食べていたらどうなっていたか保証は出来んがな」
ガタガタガタと総司達の震えが強くなる。「場を和ませるための冗談だ」と千雪は笑うが、クックッと喉を鳴らしながらの低い声でのそれに「冗談に聞こえないです」などとツッコミを入れられる勇者はここにはいなかった。
「ま、冗談はこの辺にしておいて。本当に顔をあげろ、このままだと話しづらくて仕方がない」
千雪の促しに全員が土下座をやめて起き上がる。しかし正座は維持したままだ。
「まあ、日本の飲酒可能年齢を調べずにビールを飲ませたラウルにも問題はあるが、見て明らかにビールと分かるものを確認もせずに飲んだ壱花にも非はある。今回の件について俺からお前達に何か罰を与えるつもりはない」
「恩赦に感謝いたします、教官!」
千雪の温情ある沙汰にラウルが正座状態で敬礼を行って礼を述べる。「織斑先生だ」と千雪がいつものツッコミを返した。
「しかし壱花があそこまでビールに弱いとはな。初めて知った……お前達、これに懲りずにまた酒を飲ませでもしたら今度は容赦せんぞ」
そう言って千雪はぐびりとビールを一気にあおる。言うまでもなくラウルが捨て損ねた壱花の飲みかけだ。壱花は一口で酔っぱらったためほとんどまるまる残っているそれをあっさりと一気飲みしていた。
「うむ、なかなか美味いな。ラウル、お代わりはあるのか?」
暗に「あるならよこせ」と要求。ラウルもそのつもりなのか「お納めください」とあっさり残りのビールを全て千雪に献上した。
「姉貴ー、スポドリ買ってきたぜー」
リビングの横の廊下から買い物に出ていたのだろう弾の声が聞こえてきた。
「ふむ。壱花は蘭に任せておけば大丈夫だろう。俺は用事があるから少し出る、お前達はゆっくりしていくといい……だが、壱花と蘭にあまり迷惑をかけるなよ? それと、泊まりは許さん」
そう言い残して千雪はリビングを出ていくと、家を出る前に蘭にも一言言っておくのか二階に上がる階段のきしみ音が聞こえて足音が遠ざかっていく。その瞬間総司達は今まで我慢していたかのようにぶわっと冷や汗を噴き出させるのであった。
「いやはや、なんだかお世話をおかけしたようで」
夕方ごろまで時間が過ぎ、リビングのソファに座る壱花が頭をかきながら照れ笑いしてそう呟く。
蘭の献身的な介護の賜物かそれとも体質なのか酔うのが早い代わりに覚めるのも早かったようだ。
「というわけで、今日は私泊まることにしたから。千雪さんにお願いされたしね」
その隣に座る蘭も腕組み&専用機持ちメンバー相手への睨みを強めてそう返す。一応事故だとは弁解されたものの、まだ疑いは消しきれていない様子だった。
さらに専用機持ちメンバーの背後には相変わらず唸り声を上げているラムレイとドゥ・スタリオンが待機中、主にあだなす者に牙を剥く気満々である。完全にこの家のヒエラルキーが「壱花>蘭>ラムレイ&ドゥ・スタリオン>>(超えられない壁)>>専用機持ちメンバー」となった瞬間でもある。
なお弾は家の手伝いに呼び出されたため帰っている。
「さてと、じゃあそろそろ晩ご飯の支度しなきゃね。皆も食べてくでしょ?」
「まったくもう、壱花は甘いんだから……」
さっきまで酔っぱらって倒れていたのにも関わらず、いつものように夕食の準備に取り掛かろうとし、さらに専用機持ちメンバーも当たり前のように食べていく前提の質問を投げかけていた。それに対し蘭は額を押さえてはぁとため息交じりにそう漏らす。
それからさっきまで倒れてたんだからと壱花だけではなく蘭や専用機持ちメンバーも勢揃いで最寄りのスーパーへ夕食の材料を買い出しに向かう。ちなみにラムレイとドゥ・スタリオンは留守番だ。
「こうしてると、お母さんと一緒に買い物をしてたのを思い出すなぁ……」
スーパーを歩きながら、シャルルが昔フランスの片田舎で暮らしていた頃を思い出し、そう呟いて頬をほころばせる。すると隣のラウルがジャガイモを真剣な目で見ているのに気づいた。
「何してるの、ラウル?」
「ああ。主からカルトッフェルを取ってきてくれと頼まれた……ふむ、どれが良いものか……」
ジャガイモ売り場に所狭しと積み上げられたジャガイモを見ていたラウルは自分の眼鏡に叶ったものを見つけたのか数個取ると壱花に渡しに行く。
すたたたたと無駄のない様子で走って行くそれはどこか飼い主の投げたボールを拾って飼い主の元に持っていく犬のように見えた。
「壱花さん、キャロットを持ってきました」
「壱花ー、ひき肉持ってきたぜー」
「ありがと。カゴに入れといて、あとは玉子を一パックと玉ねぎもお願い」
「俺が行ってこよう」
ラウル以外にもセシルと蓮、総司も総動員で夕食の材料を次々に取ってくる。壱花とその隣で買うものを確認している蘭はスーパーの入り口で準備したカートの近くに立っているだけで次々食材が舞い込んでいる状態だった。
「主よ、カルトッフェルを取ってきました」
「ありがと、ラウル君」
「次は何を取ってきましょう?」
「んーと……」
ラウルからジャガイモを受け取り、カゴに入れた壱花は次は何をお願いしようかとメモを確認する。
「あらまあ、壱花ちゃんじゃない!」
と、そこに声をかけられて振り向く。そこにはスーパーの制服を着た恰幅の良いおばちゃんが懐かしいものを見るような目で壱花を見ていた。
「あ、お久しぶりです」
「久しぶりねぇ。IS学園に行ったって聞いてたんだけど、元気だった?」
「はい」
知り合いらしいおばちゃんに壱花も笑顔で応対。おばちゃんは彼女の隣に立つラウルを見上げた。
「随分と大きいわねぇ……もしかして壱花ちゃんの彼氏かい?」
「いえ、俺は主のい――」
ラウルを見上げたおばちゃんは何か邪推して壱花に尋ね、それに対してラウルがまたアブノーマルな発言をしかけるが既に何度か似たような展開で慣れていた壱花と前に一度見た蘭がダブルでラウルの腹にひじ打ちを叩き込んで黙らせる。
それから壱花はひじ打ちを誤魔化すようににこっと微笑んだ。
「学校のお友達です。千雪お兄ちゃんが前に教えてた教え子でもあるんです」
「あらまあ、千雪君も元気?」
「はい。今も学校で厳しく勉強を教えられてます」
壱花がラウルをそう紹介。千雪の名前が出たおばちゃんは千雪も元気かと尋ね、壱花は苦笑しながらそう返した。
「壱花、玉子と玉ねぎを取って来たぞ」
「あらもしかして総司君! 格好良くなっちゃって!」
「……ど、どうも……」
戻って来た総司もおばちゃんに突然声を掛けられ、突然のことにびっくりしたのかややどもりながら挨拶する。
それから他にも頼まれたか牛乳やプチトマトなど色々持ってきたセシル、蓮、シャルルを見たおばちゃんは目をぱちくりさせた。
「蓮君もだけど、壱花ちゃん格好いい子とこんなに知り合いになっちゃって……」
「あはは……」
おばちゃんの言葉に壱花は困ったように愛想笑いを返すのであった。
買い物を終え、織斑宅に場面が移る。
「まずは玉ねぎを微塵切りに~」
レンジで玉ねぎを温めた後に素早く微塵切りにし、それを半分ずつに分けておく。
「蘭ちゃん、これ炒めといて。弱火でじっくりお願いね。玉ねぎ全体に油がまわったら塩少々追加で」
「はいはい」
実家が定食屋で祖父の調理補助程度とはいえ経験のある蘭をアシスタントに、玉ねぎを半分炒めるように指示。もう半分は置いておく。
「皆、ひき肉にお塩を一つまみ入れて粘りが出るまでよく混ぜてね」
『おー』
ひき肉を混ぜるという力仕事になりそうな仕事は男子メンバーに任せる。
蘭に炒めるようお願いした玉ねぎが飴色になってからよく冷ましておき、男子メンバーが練ったひき肉もいい具合になるとパン粉、玉子、ナツメグ、胡椒、生玉ねぎに炒め玉ねぎを投入。さらによく混ぜさせる。
「いい具合になったら空気抜きと成形もお願い。シャルル君、任せたよ」
「任されたよ」
家庭料理程度とはいえ経験があるというシャルルに男子組のリーダーを任せ、壱花は次にジャガイモやニンジンなどを取り出す。
「ソウちゃん達がやってくれてる間に私達は付け合わせのニンジンのソテーとポテトフライを作ろう」
「オッケー」
総司達にばかり働かせず自分達もその間に他の料理を行う壱花と蘭。ちなみに料理の途中で成形に入ったらしいがシャルルが「ラウル強すぎ! これじゃ焼く前に割れちゃうよ!」と必死の声で叫んでいたり、なんかガチャガチャという音が騒がしく聞こえていた。
「騒がしいわね……壱花はこんなのに囲まれてるの?」
「うん。まあ慣れちゃった」
呆れた様子の蘭の言葉に壱花はあっさり返答しながら、油で揚げていたジャガイモのフライを油から出してお皿に移していく。蘭も「ふ~ん」と返答しながらニンジンのソテーが焦げないようにフライパンを動かすのであった。
それからニンジンのソテーとポテトフライが完成した辺りで成形も完了したらしく、小判型の生地が運ばれてきた。
「主よ、これはもしやハンブルグですか?」
「うん、ハンバーグだよ」
ドイツ語発音で言うラウルに、壱花は日本で馴染んだ呼び方で呼びながら生地を見る。厚さも大体だが均等でいい具合の出来だ。
(でも、なんとなく性格出てるなぁ……)
あまり慣れていないせいか少し成形が荒れていながらも出来る限り丁寧に作った様子がうかがえるのは恐らく総司。
きっちりとした小判型で厚さも出来る限り均一にしているのは几帳面なセシル。
総司と同じく成形が少し荒れているものの、どこか慣れが見えるのは中華料理とはいえ料理経験のある蓮。
丁寧に作られ、他と比べると小さいが食べやすい大きさになっているのは女子を気遣ったのだろうシャルル。
逆に他と比べると大きく、不格好なのは簡単なものならともかく凝った料理を作るのにあまり慣れていないラウル。
壱花はそう、一つ一つの成形生地に想いを馳せながら、温めて油を引いたフライパンに生地を投入していく。最初は弱めの中火で焼き始め、焼いている面が固まったら弱火にして三分焼く。
側面が白くなってきたらひっくり返してさらに三分。それくらい焼いた後に一度火を消し、蓋をかぶせて二~三分放置した後に再びコンロの火を点けて二分ほど弱火で焼く。
(で、竹串を刺して透明な汁が出てきたら焼き上がりのサインっと。最後は強火にして焦げ目をつければ完成)
茶色に焼けたハンバーグ、焦げ目がより美味しそうな雰囲気を見せるそれに男子勢が「おぉ」と歓声を上げる。
「じゃあ私がどんどん焼いていくから皆で運んでね」
さっさっと皿に盛り付け、総司達男子メンバーに渡してまた次の生地を焼き始める。
そしてやがて全ての生地が焼き上がり、付け合わせも含めた夕食が全員へと行きわたり皆が席についたのを確認する。
「では僭越ながら私がお祈りを……天にまします我らが父よ、今日一日の糧を与え――」
「はい、両手を合わせて。いただきまーす!」
セシルが食前の祈りを始めるが、それを遮るように壱花が言うと総司、蓮、ラウル、蘭が「いただきます」と唱和して食べ始める。
「「あ、あれ!?」」
完全にキリスト教のお祈りのノリになっていたセシルとシャルルが唖然とし、その光景を見た壱花が首を傾げる。
「食べないの?」
「あ、いえ、その……いただきます」
「いただきます……」
結局二人も日本式の挨拶で食べ始める。
ちなみにセシルも普段はここまでしない。というか朝食も昼食も急いで食べなければならないためお祈りをする時間がなく、転じてIS学園の食堂では特に行っていなかったというのが正しい。
「お、美味ぇ。流石は壱花、腕上げたな」
「ありがと」
ハンバーグに大口を開けて齧りついた蓮がほふほふと口を動かしながら器用に賞賛し、壱花もお礼を言いながらハンバーグを上品に齧る。
「このキャロットのソテーもいい味だ」
「フリットも美味しいよ」
セシルとシャルルも口々に料理を褒め、次々の賞賛の声に壱花は照れたように頬をかく。なおラウルは特に何も言わないが、むしろがつがつと食べ進めている姿がそのまま賞賛に繋がっている。
「……美味い。ご飯に合う」
総司は日本人のソウルフードである米と一緒にハンバーグを食べ進めており、その静かな賞賛の言葉に壱花は心なしか一番嬉しそうに頬を緩める。
そんな感じで彼女らの夕食の時間は過ぎていくのであった。
皆様お久しぶりです。リアルの方で色々と立て込んでいて執筆の時間が取れず、ようやく特別編の投稿が出来ました。
今回は「恋に騒がす
次回は「真夏の夜の夢」を書く予定です。またいつになるかは未定ですけれど気長にお待ちいただければ幸いです。
ところでインフィニット・ストラトス原作の方ですけど、なんか展開がめっちゃ駆け足でしたね。今までの大事な伏線をパッと数行で終わらせたり……箒と呉桜の秘密の辺りとかこれだけで一巻分とまではいかなくても一つのエピソードまで膨らませられないだろうか?
あとアイリス始めルクーゼンブルク公国関係者がなんというか……彼女ら何のために出てきたんだろうかとしか言いようが……結局ただの一夏ハーレム要員&シリアス展開での援軍という「ハーレムはともかく援軍なら既存キャラとか専用機をなんやかんやしてゲットしたのほほんさん始め、いっそのことアキブレキャラとかでもよくない?」って感じに……12巻の構想をいつから練ってたか分からない以上偉そうには言えないけど、アキブレという公式外伝がある以上同じ唐突な登場でもアキブレキャラの方が多少は読者にも親近感があるのではと思うわけで。
それと次回がインフィニット・ストラトス最終巻らしいですね。一体どんな結末を迎えることか……そして次巻終了ってことはアーキタイプ・ブレイカーもそんなに息は長くないかな?(ド失礼)
色々と特別編のネタ帳にはなるだろうし、せめてストーリーくらいは終わらせないと。(イベントで精一杯)
そして最後に。18歳以上の方限定ですけれど、同時投稿いたしましたR18小説「一片の花、一夏の夢」もお読みいただければ幸いです。
ハーメルンに来る前にも色々なサイト回って活動してた風来坊ですけど、R18小説は初挑戦ですので何か感想の他ご指摘などがありましたらお気軽にどうぞ。